2019年10月18日

様々な思いがドラフト会議にはある・・・

昨日はプロ野球のドラフト会議だった。
ドラフト会議と言えば毎回思い出すことがある。それは何年か前のドラフト会議であの桑田、清原の時の事である。当時私は大学病院の助手でその日は宿直で昼から連れとゴルフに来て居た。それもPL球場の横のゴルフ場。ゴルフをしての帰りにタクシーに乗って駅まで行こうとしたらそのタクシーの運転手さんが何やら様子がおかしい。後で聞いたらその年のドラフトは清原が巨人、桑田が大学進学と大々的に報じられていた。世間もその通りだと誰もが思っていたが開けてびっくり玉手箱。
桑田を巨人が指名して獲得し清原は西武へ。そしてあの伝説の西武優勝の時のファースト清原の男泣きがあったのだ。昨日の会議でも1位指名はほぼ予想通りだったが隠れ1位とかドラフトの4位、5位クラスになると本人さえ、周りさえ知らずにいきなり名前が出てびっくりすることもある。そりゃ人生を賭けたドラフトでプロになれるかどうかだ。びっくりもするだろう。そしてコレが終わって日本シリーズが待っている。そしてそれが終われば来季の構想外の選手による生き残りをかけた戦いの映像をテレビでやる事だろう。ドキュメンタリー風に仕上げているが家族の人生を賭けた様子を見ていて誰が楽しいのだろうかといつも思う。まだ小さな子供のいる家族などを追いかけて、どこか拾う球団があればまだしも、結局は何処にも声のかからない選手も数多くいる。引退試合をしてもらえる選手は一握りのまた一握り。
ドラフト1位だと言っても即、活躍出来るわけでも無い。何人も1位指名を受けても活躍できずに去って行く選手がいる。誰かが言っていたが勿論プロでやって行ける選手は一握りだしそこから1軍に行ける選手も一握り。人数の枠に入らなければ何にもならない。1軍に居ても試合に出れる選手もましてレギュラーになれる選手、そう考えると実力の世界だが運も大きく作用する。怪我に泣かされる選手もいれば怪我にめっぽう強い選手もいる。身体が資本のプロの世界、自分の身体にどれだけお金をかけてケアするかにかかっている。
我が家の前に子供の頃にバッティングセンターがあった。小学生時代だと思うがそこの子は私の一つ下、よくただでバッティングセンターを利用させてもらっていた。一つ下の子は女の子だったがその子の下に弟がいて私と仲良しで一緒にバッティングを教えると言う名目で暇な時に利用させてもらっていた。
軟球でそれも一番ゆるい球のゲージに入って打たせてもらっていた。確か2~3年しかやっていなかったがその子はその後中学高校と野球部に入り大学の時には東京六大学で活躍する選手になっていた。プロには行かなかったがドラフトにはかかっていた。いろんな思い出が交錯するドラフト会議、一人の若者の人生がかかっていると思ったら、外野は面白おかしく見るわけにもいかない。
あくまで本人の努力次第、あのイチローさえドラフト1位ではなかったのだから。

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2019年10月17日

本日は初っ端からトラブルでしたが無事解決 感謝

今朝、ここのブログが開かなかった。
何でもメンテナンスで午前9時頃まで閉鎖されていた。
9時になっても接続できませんと言うメッセージが出てうんともすんとも出来なかった。午後になっても接続不良で原因が分らなかったからGUPPYの方に電話をかけた。その前にメールで送ろうとしたら何故かここもエラーが出て送信できないでいた。結局は電話が一番早いと思ったので直接電話をかけた。
丁寧な対応で原因を探してもらったら、URLの一文字が多いだけだった。そりゃドット一つ違っても相手に送ることが出来ない。便利と言えば便利だが、不便と言えば不便だ。
結局はメールのやり取りが出来ないと言うことで直接電話をかけてみた。
こんな初歩的なことでこのページが開かないなんて初心者の私ぐらいか。
オヤジのパソコンってこんなものだ。他の方法が出来ない、ちょっとした専門用語も理解できない。でも根気よく、本当に根気よく付き合ってくれて何とかページを開くことが出来た。
本当に本当にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。お付き合い願った○○さん(女性の方)ありがとうございました。

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2019年10月16日

今からでも遅くは無い 早急な対策を・・・

日増しに台風被害の情報が入って来ては今回の台風の爪跡があからさまになって来た。昨今の情報は正確さを増し、危険避難となれば自分の身は自分で守るの法則通りいち早くそのような行動をとるべきだったと被災者皆が言っている。と言うことは実際に被災してみて初めて分ることだと思う。あまく見ていたわけではないだろうが、「まさか私が」と言う考え方が今となっては間違っていたと言うことだ。
誰でもそうだろう、「まさか私が」はだれだって思い得ることだ。
しかし自然の猛威をあまく見ているわけではないにしろ、一旦起こってしまえば後の祭りだ。偶々今回は免れたが次回はどうかは分らない。例えば車にしろ、まさかここまで水がつくとは思いもしなかったと被災された人は言う。川から何百メートルも離れているから大丈夫は東日本の震災の時にも同じことが言われた。念には念を入れよの言葉もあるくらいだ。
いつもは台風=沖縄や九州地方のイメージだがその地域には今までの蓄積された経験と知恵がある。まさか海なし県の長野や山梨で河川の決壊による浸水被害が起こるなんて誰が予測しただろう。でも起こってしまうのだ。今朝の新聞の記事で、幕末の動乱を経て明治政府が進みだした時、国土は荒れ果てていた。各地で河川が氾濫し、そこに招かれたのがオランダの土木技師だ。30年にわたって滞在し主要な川を巡って河川改修を手掛けたが、その時の感想が「日本の川はまるで滝のようだ」山から海までの距離が短く平地でも欧州の様にゆったりと流れる川が少ないと言うことに恐れを抱いたと言うことだ。そこで考えられたのが堤防を強固にすることだった。しかしその当時はこれほどの雨量を想定しては居なかった。
我々の住む町の地形は変えられない、だからより強固な堤防を早急に造らねばならない。

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2019年10月15日

忙しい週末だったが良い事も悪いことも・・・

先週末から台風にワールドカップラグビーと忙しい週末だった。
翌日のニュースで堤防決壊などのニュース、テレビ画面に映る一面の水没に川の氾濫映像。これまで酷いとは思いもよらなかった。30数年前に奈良県でも水害があって水に浸かったことがあったとここでも書いたが、連れのマンションは2階でそこまでゴムボートが来て居たと言っていた。1階は完全に水没、その時の水面の高さに水平に色の変わった線が未だに残っている。同様に隣のマンションの1階も水没したが連れのマンションは床から水平に線が付いているのがお隣はやや斜めに線が付いている。と言うことはお隣のマンションは少々傾斜が付いていると言うこと。何度もこの話を聞かされた。それはマンションが斜面に建っていることでは無いかと言うと「いや違う、ウチのマンションはまっすぐに立っているが、お隣は・・・」と必ず言う。
どちらにせよ水没したことには変わりないと言うと、「ここは大事なところや」と言い返す。水が引いた後の泥の清掃は半端ないそうだ。乾いた後の泥は風が吹くたびに細かいほこりのような砂をまき散らしマスクをしないと喉をやられるとか。
今回でもまたしばらくするとボランティアの活躍が話題になるだろう。
そのボランティアに行けない人が募金に行くか何かしらのお手伝いをすると考える。
日本でもボランティアと言う活動がそろそろお馴染みになって来た。今回も釜石でラグビーをする予定のカナダやナミビアの選手が被災地のお手伝いをしてくれたと一斉に報じた。しかし彼らの国ではボランティアは特別な事ではなくて困っている人がいれば誰でも手を貸すなんてことは当たり前の事だ。今までの日本はお金を出せばいいとか、援助の物資を送ればいいと思われがちだが人的なことが必要なことがいくらでもある。やれる人がやればいい、出せる人が出せばいい。
今回の台風で思ったことはもしもではあるがこんなに簡単に堤防が決壊したらそこの下流はひとたまりもないと言うことだ。我が国はどこの川が決壊しても甚大な被害が出ることが分った。その教訓を生かして一刻も早い復興を願ってやまない。
来年はオリンピックもあるしそんな時に今回のような台風でも来ればひとたまりもない。雨降って地固まると言うがこんな雨はもうこりごりだ。
そう思えばやはり日頃からの災害に対する意識と言うことが何より大事だと学んだ。今回も停電が起これば何も出来ないことが分ったし、水が無ければ生活できない事も分った。世界中が注目していたあワールドカップラグビーが別の意味で今の日本の状態を世界中に発信していくことになったのは何か皮肉なものだと感じてしまった。ベスト8に入った日本の選手が口々に被災した人の為だとか、力を貰ったという言葉を聞くたびに日本人に生まれて良かったと思った。

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2019年10月11日

どっちやねん・・・

一昨日、いつもは携帯の充電をして眠りについていたが、何らかの原因で携帯の充電が十分に出来ず朝そのまま持って出た。そして普段通りメールのチェックをしようと思って画面を見たら残量が10%しかなかった。これでは1時間も持たない。
案の定10時頃には充電が切れて携帯電話が使えなくなった。
慌てた、そりゃ今の携帯には相手の電話番号も入っていて開くこともできない。
まぁ普段は私の携帯に電話をかけて来る奴と言ったら数名あるかないか、でもこちらからかける相手の電話番号もこの中に記憶させている。全く故障ではないがただただ充電で来て居ないだけだが、それでもどれだけ携帯電話に日常の生活が浸食されているかだ。
私は音楽も聞かないし、ゲームもしない。専らニュースを見たり調べ物をする位だ。
だけど相手に電話をかけるのもほぼ昔の様によくかける相手の番号を覚えることも無くなった。学生の頃、お付き合いをしていた彼女の電話番号なんか忘れようとしても忘れられないほど毎日のようにかけていたが何がどうしたのか、間違って自宅にかけてしまった。それも公衆電話から。その時偶々親父がいて「もしもし」電話をかけたら親父が「何や、今お前家に居ったんと違うのか?」と言われて焦って電話を切ったのを思い出した。家に帰って親父から「オマエ何処に電話かけてるんや」と言われて変な汗が出ていた。そんな時代から今や各自が1台や2台、人によっては3台くらいの携帯を持ち歩いている。代診の先生などスマホ2台とガラケー1台を上手に使いこなしている。そんなに要るのかと思って聞いたが何でも「仕事用」「プライベート用」「その他」だとか。いろいろと説明をされて何となく納得はしたが気になることが出てきた。私の携帯は何処に分類されているのだろうか?今、私の机の前にその3台の携帯が並んでいる。代診の先生が診療中に一度鳴らしてみたい衝動にかられた。そして私の携帯を鳴らした。さてどれが鳴るのか、
マナーモードにされているし裏返しに画面を下にしておいてあるので分らなかったが、私が電話をかけた時に同時に2台の携帯が振動した。オイオイどっちやねん、
2台のスマホがタイミングよく同時に振動した。その後私も診療に入ったので最後まで聞くのを忘れてしまった。いったい私のはどっちやねん。

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