2019年04月24日

じっとできれば良いのだが・・・

花散らしの雨が降っている。桜はすっかり花が散って葉桜の様子。
庭には冬の間避難していた観葉植物や盆栽のいくつかを出してお日様のもと日光浴をさせてあげた。この時期は一番きれいに見えるのが「藤」だ。その藤の盆栽も花が咲き見事な花がこうべを垂れて薄紫の小さな花をつけている。しかしこれも一時、直ぐに花が落ち一面薄紫の花が散らばっている。まさに落下の亭だ。
一雨ごとに季節は暖かくなるとはいえ、診療所の中は一気に夏バージョンになって行った。先日までは午前中はエアコンの送風、午後から冷房に切り替わる。
しかし今週になって午前中からエアコンが冷房になっている。患者さんが「暑いですね」のひと言で診療所の中は春から初夏を通り越して一気に夏になった。
一年中半袖で診療しているとなかなか季節感を感じることが出来ない。女の子は一枚カーディガンを羽織れば済むがこちらはそうはいかない。なるべくエアコンの吹き出し口には近づかないようにしている。毎年と言っていい位にこの時期に早風邪をひくからだ。汗をかいてそのままの下着で診療しているとその気化熱で涼しくはなるが風邪をひく。困ったものだ。受付の子も頭からエアコンの冷房が効いていてカーディガンを羽織って足元には冬の間活躍した温風機が作動している。見ていると、頭は夏で体は春で足元は冬のようだ。こちらは一年中同じ服装だから季節感は無い。毎日着替える白衣で何色かあってそれで気分転換をしている。今は3色で回しているが夏になれば午前と午後で着替えるので毎日持ち帰る洗濯物が嵩張る。
日常の事で何も不便には感じないが、家に帰って一番先にするのがこの洗濯だ。
いちいち自動式で洗えば時間がかかってしまうので白衣は二層式の簡単な方で洗濯している。まぁ慣れればそんなに苦にはならない。
今日は一日雨模様だと天気予報は言っている。しかしこれが終わればジトジトの梅雨、そしてそれが終われば一気に夏になる。来週からの9連休どうして過ごそうか今迷っている。どっちにせよビルは閉まっていて診療は無いが観葉植物に休みは無い。水やりに来るのが3日になるのか4日になるのかの違いだけだ。
ネットで自動水やり器なるものがあったので買うかどうか迷っているが結局買っても様子を見に来るのには変わりがない。何でこう家にじっとしていないんだろう。

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2019年04月23日

昔はこんなこともあったなぁ・・・

来週から始まるGWの為今週は普段の患者さんの来院が多く、待ち時間が出ていた。
当医院は「待たさない」を目標にしてきて居るので待合室に何名か患者さんが待っていると少々焦ってしまう。患者さんから「まだか?」の御叱りの声があるわけではないが、い埒な私が勝手にそう思っている。患者さんからすれば少しでも遅く呼ばれたいみたいだが、待合室に居て心の準備が必要だと聞いたことがある。
別に命まで頂かないがそんな気持ちで待っているとか。私自身、他の医院に行って待合室で待っている間同じような気持ちになることがある。このまま「先生が急に用事が出来て他の日に変更願いませんか」、なんて言われたら「どうぞ、どうぞ」と思ってしまう。病気で受診しているのに待合室で待つ間が如何に健康上悪いか、そう思いませんか?だから待合室っていろんな患者さんが居て面白いと言えば失礼ながらそんな雰囲気があるように思います。特に当医院なんかは昔からある会社の偉いさんがよく来ていただいてちょっとした会議室状態だったこともあります。しかしおかしなもので同じ会社から来るなら一緒に車に乗って来てくれればいいものを、そこは違うんだそうです。社長の車、専務の車、常務の車、と診療所の下に黒塗りの車がずらっと並び如何にもって感じの時がありました。そんな光景はそのほかにもあって、筋向いのビルにも月に一度同じような光景が見られました。それは某ヤ○ザ屋さんが入っているビルで親分さんたちの会議がある日です。その時もビルの周りに何台もの黒塗りの車が止まっていました。偶々それが重なった時に近所の方から警察に通報があったみたいで警官が何人か来て一台一台車を調べていました。当医院に来られた会社の運転手さんは全くの迷惑な話でそのついでにトランクまで調べられていました。そりゃそうでしょう、合計10台近い車が、それも黒塗りの高級外車が道にならんで停まっていれば。何処かのショウルームみたいな光景でした。出て来る患者さんも失礼乍ら恰幅の良い方たちで道を歩いていたらきっと職務質問をされそうな方でした。昔はこんな事もあったと懐かしく思い出します。

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2019年04月22日

これからもよろしく・・・

新入生も約1か月が過ぎようとしている。
受験勉強から解放されてこれから大学生活を満喫しようとしている大学生も多いかと思う。4月は新しく入学した学生に対して新入部員の勧誘などのクラブ活動が活発に行われる。そう言う私も大学入学の後クラスメイトとどこのクラブに入るか話し合いをしたのを思い出す。高校時代は帰宅部だったから何かクラブに入って大学生活を満喫しようと思っていた。仲の良いクラスメイトは野球部に、弓道部に、フォークソング同好会にと決めて行ったが私は中々決めきれなかった。そして帰りが同じ方角の同級生と帰り道、何処かのクラブの勧誘に引っかかった。私は男子校だったので女性の先輩に「あなた、新入生?」なんて声をかけられたら「ハイ、そうです」と即答してしまった。「ちょっとでいいから話を聞いて貰えない?」なんて今まで女性とまともに話などした経験が無い無垢な私を無理やり引っ張りこんだ大学横の喫茶店。中には何人かの女性の先輩がいた。高校時代なら同じように引っ張りこまれて入った喫茶店には剃りこみを入れた怖そうな奴らがいた。同じ引っ張り込まれるならこっちの方が良かったと思ったのが運のつき。一緒に連れ込まれた同級生は仕方がなくサインをしたが私は偶々、高校の先輩が居て私を見つけて手招きをしてくれた。それで即答しなくて済んだ。でもその後結局はそいつと同じクラブに入った。それがテニス部だった。
高校時代は運動なんかしたことが無かったが仮入部の時に一応簡単なテスト?みたいなのがあってラケットの振り方や握り方を教えて貰った。
これも偶々だったが私を教えてくれた先輩は同じ沿線に住んでいて帰りにも何度も一緒に帰った。そして今だにその先輩にはお世話になりっぱなしだ。
途中下車をさせて飯を奢ってもらったり飲みにも連れて行ってもらった。
我々の大学は今はどうか知らないが先輩後輩が絶対の関係。歳は上でも学年重視、
そんな関係が一生続く。現役生の私はいわば一番年下。一年後輩には3浪生が居て歳は2つ上だが学年は一つ下なんて当たり前に居た。だからいくら儲けて立派になっても歳が上でもそいつには一生私が奢らないといけない。また高校の同級生にも浪人して入って来たのが居て大学で会っても「オウ、○○」なんて気安くよばれて「もっと気を遣えよ」と言ったこともあった。
そんなこんなで未だに講習会などで会っても凄くよくしてもらっている先輩がいるが最近は何故だか私の姿を見つければそっと視界からいなくなるようだ。
何故なんだろう?そう言う私も後輩を見つければ同じことをしてしまう。
なるほどそう云うことか、やっとその謎が解けてしまった。
支部にも高校の先輩後輩はいる、しかしそれ以上にクラブの先輩後輩は強い絆でつながっているように思う。先輩これからもよろしく。

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2019年04月19日

懐かしい・・・

桜が散って新緑の季節になった。
植物は何処でどうやって季節を感じるのだろう。我が家の前に中学校がある。
私の出身校だがそこの校門には見事な桜が植わっている。私が卒業して50年になるからその当時の桜だとしてももう樹齢幾つになるんだろう。
昨日、家の中の掃除をしていて納戸の奥に開かずの箱があるのに気付いた。
家人のものだとばかり思っていた。そして家人も私のだと思っていた。お互いのだから触ることも無くそのままにしていて、そろそろ納戸のものを片づけようと聞いたら「それってあんたの箱やろ」「いやいやそちらのやろ」でお互いが押し付け合いをした。そして箱にテープで封をしていたのを開けた。中身は私の小さい頃の写真や弟の小さい時の写真だった。お互い存在は知っていたがどこかにやってしまって行方知れずになっていたものだった。私の祖母が持っていてその箱自体の存在は知っていたがそこにまさか入っているとは思いもしなかった。
そして風呂上がりにリビングに持ち込んだ箱の中を確認したら私の生まれたころの写真やその当時の家の周りの様子が映っていた。まだ道はアスファルトではなく地道だった。それに家の前には立派な街路樹があった。今はもう無いが幹回りは大人二人でもやっとの幹回りだった。そして家の前の中学校は門が木の門だった。その横にはもう立派な桜の木が植わっていて花を咲かせた写真が何枚かあった。60年前の珍しい白黒写真だった。それにその当時には珍しい自家用車が写っていた。
日産のプリンスだと思う、観音開きのドアの前で私が写っていた。おかっぱ頭のボンボンスタイル。そして首には蝶ネクタイ。まさしくボンボンスタイルだった。
こんな写真が残っているとは思いもしなかった。それに別のアルバムにはどこか私に似た親父とお袋が写っていた。多分、新婚間無しだと思う。私の姿が無くお袋が19歳の時の写真だった。親父も若いし如何にもの気取ったポーズで写真に写っていた。うす暗くてよ~く見ないと分りづらかったが今の家の前での記念写真だと思う。そんなこんなの写真で一盛り上がりして家人に聞いたが一向に思い出せないとの返事。少々認知が進んではいるがその当時の話になると所々で頭の中の何かがつながるんだろう、写真を持った手が暫く動かない。自分の写真もそうだが私の写真の時はあの時はこうだったとか、思い出すのだろうか。
「何であの時のままなら良かったのに」とか言い出す始末。
良い思い出も悪い思い出も一枚の写真には込められている。

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2019年04月18日

僅かな変化が大きな変化へと・・・

最近の当医院の診療内容が変化したことを患者さんからは頗る好評を得ている。
それは診察時間を少し長くしたことだ。大体歯医者は30分待って3分診療とよく言われた時代があった。そして今や歯医者乱立で患者さんが激減して一人当たりの平均点さえ上がらない時代、診療時間をどうするか散々迷ったが受付のカウンターの所に「じっくり治す」「早く治す」の張り紙をしたらほとんどの患者さんが「早く治す」を選ばれた。だから院長の私が患者さんに「これから少々時間をかけても早く治るように治療しましょう」と、一言加えるだけで患者さんの納得を得られた。
何も1時間2時間と時間をかけるのではない。今までが15分とか30分とか治療内容によって時間をかけていたのをその日治療する歯だけでなく一度に2~3か所治療するだけで沢山治療してもらった感覚になるらしい。今までも隣同士の歯なら一度に充填しても確かに3割負担だとそこそこの金額になる。初診で検査をして治療方針を立てて次回から診療を開始するパターンだったが、初診時にも主訴を治療するのは勿論その歯の隣にもカリエスなどの歯があれば患者さんの同意を得て一緒に治療するようにしたらお金はかかるが治療回数は減ってかえって喜ばれた。
いつも言っているが地域差もあって当医院の場所がオフィス街の診療所、時間に限りがある患者さんが多かった。しかし治療に来るのに隠れて来るような昔と違い、正々堂々?と治療にやって来られるから30分かかろうが1時間かかろうが早く済む方を選ばれるようになった。その方がこちらも楽だ。
患者さん減少の一つの策と思ってした事が結果喜ばれることになった。
しかしお金はかかる、平均点は上がる、これでまた厚生局の指導にかかることになる。でも前回も行ったときに偶然に先輩と会った。その先輩はこう言われていた。
「平均点が高いことが悪いことではない、むしろ誇れることだ」と。
確かに平均点やらに拘る方が診療を委縮させていることにはならないか。
そう思ったらこれからも堂々とこのスタイルを貫く決意がした。
数を診る時代から内容を診る時代への変化が私には訪れようとしている。

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