2008年10月29日

涙の数だけ大きくなれる

あるところに、何をしても長続きしない女性がいました。つまらない、やりたくない、私のやりたかった事じゃない。言い訳ばかり。大学のサークルも就職してからの仕事もすぐ辞めてしまう。気づけば彼女の履歴書はたくさんの職歴が並ぶようになった。
「どうせ、すぐ辞めるんじゃない?」
「ちょっと、今回はねぇ」
「これじゃ 信用できないな」
いつしか正社員として彼女を雇う会社は無くなっていった。その後、派遣社員になるも、やはり辞めてしまうのだった。こんな私じゃダメだ、ガマン強くなりたい、でも如何頑張ってもなぜか続かない。
こんな私じゃダメだ。そんな時にきた仕事がスーパーのレジ打ちだった。しかし数週間後、単純作業がイヤになって結局また辞めたい衝動が彼女の心を襲う。
そんな矢先、電話が鳴る。田舎の母からだった。
「もう 帰っておいで」母の一言に心を固め辞表を書き荷物をまとめだした時あるものを見つける。それは子供のころの日記だった。「ピアニストになりたい」はっきりとそう書いてあった。唯一、長く続けられたもの、それがピアノだった。彼女の中で静かな変化がおこった。もう逃げるのはやめよう。お母さん、私もうちょっと頑張ってみる 決意の証が雫となって頬をねらした。ピアノも練習するうちに鍵盤を見ずに弾けるようになった。ひょっとしたら、レジも・・・
彼女は特訓を始めた。大好きだったピアノを弾くように。彼女はいつの間にかレジ打ちの達人になっていた。変化はすぐにあらわれた。お客様の顔を見る余裕が出来、次第に覚え話が出来るようになった。
「あら、鯛ですね 良い事があったんですか?」
「わかる 孫が水泳で賞を取ったの!」
「それは良かったですね!おめでとうございます」
彼女は沢山のお客さんと話が出来るようになった。
そんな時、ある事件が起こる。それは店内アナウンスが何度も流れるほど忙しい日だった。
「お客様、どうぞ空いているレジにお回りください」
「重ねて申し上げます、どうぞ空いているレジにお回りください」
彼女が見回してみると、彼女の列だけにお客様の長い列が・・・
「お客様 どうぞあちらの列へ」
「イヤよ 私は彼女と話をしにここへ来てるの」
「私も同じよ だからこのレジに並ばせておくれよ」
その光景を目にして彼女は手を思わず止めた。
溢れる想いは歓喜の雫となり、その場に泣き崩れた

その後もレジからは会話が途絶えなかった。
ほどなくして彼女はレジの主任になった。そのまま新人教育も担当する。

彼女の履歴書がその後どうなったかは誰も知らない。


     ちょっといい話でしょう

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