2016年04月22日

震災で思うことは・・・

毎日のように地震のニュースを見るたびに、日頃からの避難や持ち出しを考えないといけないと思うようになった今日この頃です。
しかし命以外に何を持ち出そうとしても、お金も貴重品もその他も命以上のものはありません。
しかし避難した後、待ち構えているのはこれからどうして暮していこうかと言うことです。お金が無くては何もできないことは分っていますが、こんな大震災にあって人生観が変わった人もいます。
先の阪神淡路大震災に直撃に合った親戚は180度価値観が変わったと言っていました。そこも同業で町の開業医さんでした。しかし震災以降の暮らしは今までのような働きづめで仕事に遊びに思う存分時間を有効利用していた人でしたが、震災後の暮らしに大きな影響をあたえたことがあったとか。
子供のころから親父に連れられてよく遊びに行っていた医院。そこの息子さんも歯科医、娘さんは私の先輩と結婚して近所に暮らしていました。
今では珍しいかもしれませんがカウンターバーがあって、卓球台があって、趣味の一つのビリヤード台があって、子供心にもうらやましい生活を送っていた家族でした。使う食器はバカラやウエッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、ウチにあっても使ったことすらありません。そこのウチに行くとそんな高級食器でお菓子やお茶を頂いたものでした。子供の頃は何が良いか、高級かなんて分らずに頂いたものですが、段々とその価値が分るようになって羨ましさがひしひしと実感できる生活をしていた家でした。
しかし大震災で食器類はめちゃくちゃに壊れてしまい、金庫に入れていたお金は炭になり、宝石類も焼けてしまって何もかもが一瞬で消えてしまいました。
何十年もかかって築き上げたものがいとも簡単に炭とかして残ったのが体一つということになりました。それからはコップと言えばモロゾフのプリンの器に、お皿と言えば100円均一のお皿に、服もブランド物からユニクロに、宝石類はイミテーションに毛皮はフェイクに変わっていきました。
そこの先生は大好きな旅行にもゴルフにも行かずに余生はのんびりと暮らしておられました。病気で入院された時お見舞いに行って私に言われたことがあります。
お金や貴金属は頑張って働いて稼げばいつでも買える、その代わり家族とに時間は犠牲になる。だからこれからはもっと家族との時間も、自分の時間も大事にしなさいって。
最初はよく呑み込めなかったですが、今となって今回の震災の映像を見たらみんな家族が無事でよかった、自分自身の命が助かってよかった。
こんな風に見えて仕方がありません。お金に代えがたい大切なものを発見できてよかったと思うようになりました。

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