2016年06月14日

晩節を汚さずに過ごせるのは無理なんだろうか・・・

毎日のようにテレビでは都知事の問題を繰り返しやっている。
きっと本人も分かってはいるんだろうが、人間引き際というものはつくづく大事なものだと考えさせられた。
前任の都知事も不正献金疑惑で多くの国民の前で冷や汗をかいて、それこそ針の筵に座らされて恥をさらしたのに、その轍を踏むまいと今回の都知事は選挙を戦って今の地位を得たはずだったのに。
人間はこうして追い詰められた時に本性が出るものだ。よく言うことだが、
お金に汚い人は必ずお金で失敗する、女にだらしがない人は必ず女で失敗をする。お酒に弱い人は必ずお酒で失敗をする。博打好きの人は必ず博打で失敗をする。
言い出せばきりがないが、これら一つでも必ず失敗をするのに、いくつか複数あればいったい幾つの失敗をしでかすか分らない。
今までよくテレビなどのマスコミに出ていた知事は、当然のように追い詰める立場でよく人を批判していて、まさか今自分がそのように追い詰められるとは思っても見なかっただろう。
大臣にまでなった人が、東京都知事にまでなった人がわずかなお金でその地位を無くすとは思ってもいなかっただろう。お金に汚い人はお金で失敗するの典型だと思う。
世の中特権階級と言われる人たちはいる。如何にもしがたいがそれは事実だ。
政治家は新幹線に乗っても満席でもフリーパスがあるし、医療法人、学校法人、宗教法人と法人には様々な特権がある。
我々は個人開業医だけれども税務上法人のように優遇は受けてはいない。
宗教法人はいろんな面での優遇がある。それを逆手にとって利用している悪徳宗教法人もあるやに聞く。せっせと蓄財に走った挙句お金で失敗すると言うのが目に見えている。
家族で使ったのに公に使ったかのように領収書を書いてもらうこと。無いとは言わぬ。聖人では無いから全く無いと言ったらそれこそ嘘になる。
でも個人のお金を誤魔化す、まだやってはいけないことだが可愛げがある。
それに比べて公金、公のお金を誤魔化せば罪は大きい。同じ罪でもある人がこう言っていた。
「同じ銀行強盗をするにしても、郵便局だけはやめておけ」
私の銀行強盗と公の郵便局とでは罪の重さが違うとか。強盗に変わりはないと思うが私と公では意味が違うらしい。その人は盗人ではない、その人はこうも言っていた。
「自分の稼いだお金を誤魔化すのなら可愛いが、公金を誤魔化せば罪は大きい」
だからよく公務員がお金で失敗するのにわずかなお金でも大きく取り上げられる。桁が違うくらいのお金を誤魔化していても私人では公務員より記事が小さいのはこのためなんだろうか。

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