2019年01月24日

身につまされる話が話題になっていた

今朝のニュースでこんな話があった。
人造ダイアモンドと天然のダイアモンドの差は結晶構造も一緒、天然に作られたか否か。解説者の表現が面白かった。それはこうだ。
天然に咲いている薔薇かハウスで作られた薔薇か、薔薇には変わりはない。天然の魚か養殖の魚か。言い出せばキリが無いが人はここまで作り出すことに成功したと言うことだ。クロマグロなどは何処かの大学がもうすでに養殖に成功して出荷して庶民の口に入っているし、河豚だって皆さんの口に入っている筈だ。次は鰻か?
それほどの科学の進歩がダイアモンドにも出現したと言うことか。天然、人造を区別するのは人間の目、そして機械分析でもすり抜けてしまうとニュースでは言っていた。そうなると何を信用していけばいいのか、そこがこれからの問題だろう。今年はそんな事からダイアモンドの値段の値崩れが予想されると言っていた。
我々庶民には関係ない話だが本物、偽物論争はこれにとどまらない。おそらく今現在も食品表示を義務付けている中にもいくらでも偽物はあると思う。よく行く居酒屋では「シシャモ」と書いてあるがあれは絶対違う。シシャモと書いてあるがよく出ている「カペリン」だと思う。だって漁獲量が無いのにこんなに出回れるはずがない。時計だってロレックスだと思っていてもすでにスーパーコピーさえ出回っていて買取業者さえ見抜けずにいるのが現状。このスーパーコピーはあちらこちらのロレックスから部品を調達しているからロレックスには違いが無いが正規品ではない。知らぬは本人ばかりなりだ。
そして最後にテレビのコメンテーターの女性陣がこう言っていた。
「やっぱり貰うなら小さくても本物が良い」って。男性陣にはよく分からなかったが、大きくて偽物より小さくて本物が良い。
なら大きくて本物なら尚良いに決まっている。だけどそう言ってしまうと小さくて偽物も出て来ることを覚悟したいものだ。
男性諸君、偽物か本物かを品定めされる前に人間の中身を品定めされているようで辛いと思いませんか、御同輩。

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