2019年03月12日

忘れまいぞ 震災 これからも生きて行きます

昨日、3月11日は東日本大震災の日だった。私は大阪在住だがこの東日本大震災に関係した人を何人か知っている。
阪神淡路大震災はまともに大阪は被害に合って多くの人が被災した。親戚も神戸や芦屋に居て被災したが多くの人が長いこと避難生活をしたり記憶の中にまざまざと残っている。平成になって大きな災害と言えば地震と津波が当てはまるだろう。
昭和生まれの私にとっても地震は大きな自然災害だがもう一つ忘れてはいけない災害があった。それは日航ジャンボ機墜落だった。
東京発大阪行の日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落して多くの人命を亡くした。その中に先輩のお父さんが乗っておられた。先輩はその後歯科医にしか出来ないことだと言って亡くなられた人の歯型やレントゲンを集めて身元の確認をされていた。私がまだ歯科医になりたての頃この大惨事があった。後にその話を先輩から聞いた時、仕事も大事だが我々歯科医にしかできないことがある、そんな仕事に誇りに思うと言っておられたのを思い出す。
なかなか言えないことだ。正直その先輩は特に私を可愛がってくれて学生時代から飲みに連れて行って頂いた。2軒3軒は当たり前。
下手をすれば陽が昇るころまでつき合わされ?たのを思い出す。
学年は3つ違いだが年齢は6~7違う。入学する時と進級する時に幾つか足踏みをされてそうなったとか。会うたびに「同級生がいっぱいいて楽しいぞ」と言われていた。
災害はいつどんな形で現れるかは分らないが、備えよ常にの精神でこれからの後何年生きるか分らないが備えようと思う。
その時代時代で災害は起こるがそれを乗り越えてきた我々の智慧がある。そのまま何もせずに生きて行くより、その経験を生かして生きて行く姿こそ大事なことだと思う。
なにわともあれ、3.11の日を記憶にとどめて鎮魂に 合掌

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