2019年04月19日

懐かしい・・・

桜が散って新緑の季節になった。
植物は何処でどうやって季節を感じるのだろう。我が家の前に中学校がある。
私の出身校だがそこの校門には見事な桜が植わっている。私が卒業して50年になるからその当時の桜だとしてももう樹齢幾つになるんだろう。
昨日、家の中の掃除をしていて納戸の奥に開かずの箱があるのに気付いた。
家人のものだとばかり思っていた。そして家人も私のだと思っていた。お互いのだから触ることも無くそのままにしていて、そろそろ納戸のものを片づけようと聞いたら「それってあんたの箱やろ」「いやいやそちらのやろ」でお互いが押し付け合いをした。そして箱にテープで封をしていたのを開けた。中身は私の小さい頃の写真や弟の小さい時の写真だった。お互い存在は知っていたがどこかにやってしまって行方知れずになっていたものだった。私の祖母が持っていてその箱自体の存在は知っていたがそこにまさか入っているとは思いもしなかった。
そして風呂上がりにリビングに持ち込んだ箱の中を確認したら私の生まれたころの写真やその当時の家の周りの様子が映っていた。まだ道はアスファルトではなく地道だった。それに家の前には立派な街路樹があった。今はもう無いが幹回りは大人二人でもやっとの幹回りだった。そして家の前の中学校は門が木の門だった。その横にはもう立派な桜の木が植わっていて花を咲かせた写真が何枚かあった。60年前の珍しい白黒写真だった。それにその当時には珍しい自家用車が写っていた。
日産のプリンスだと思う、観音開きのドアの前で私が写っていた。おかっぱ頭のボンボンスタイル。そして首には蝶ネクタイ。まさしくボンボンスタイルだった。
こんな写真が残っているとは思いもしなかった。それに別のアルバムにはどこか私に似た親父とお袋が写っていた。多分、新婚間無しだと思う。私の姿が無くお袋が19歳の時の写真だった。親父も若いし如何にもの気取ったポーズで写真に写っていた。うす暗くてよ~く見ないと分りづらかったが今の家の前での記念写真だと思う。そんなこんなの写真で一盛り上がりして家人に聞いたが一向に思い出せないとの返事。少々認知が進んではいるがその当時の話になると所々で頭の中の何かがつながるんだろう、写真を持った手が暫く動かない。自分の写真もそうだが私の写真の時はあの時はこうだったとか、思い出すのだろうか。
「何であの時のままなら良かったのに」とか言い出す始末。
良い思い出も悪い思い出も一枚の写真には込められている。

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