2019年08月02日

こうなればジェネレーションギャップは無い

昨日は富田林のPL教団の花火芸術祭があった。俗に言うPLの花火大会だ。
PLと言えば花火か野球だろう、しかしPLの野球部は解散してしまってもう高校野球に出場することは無くなってしまった。多くのプロ野球選手を輩出している名門校が様々な事情があるにせよ高校の野球部を解散するなんて誰が想像したでしょうか。
存続の嘆願も出たと聞くが結局廃部になってしまった。
私がまだ大学病院に勤務していた頃、偶々宿直の日に昼間にPLゴルフ場でプレーをして帰りのタクシーの中でドラフト会議の結果を聞いた。その当時清原は巨人、桑田は大学進学が既定路線だと言われていたが、結果は皆さんもご存じの様に桑田が巨人、清原が西武に決まった。ここで二人の人生が大きく変わってしまった。
今考えれば同じような事がよくあると思う。ドラフトがいけないと言っているのではない、例え1位指名でも結局は鳴かず飛ばずの者も居る。あのイチローでも1位ではなかったはずだ。結局は才能があっても努力次第で1位の選手以上の働きをするものも居ると言うこと。期待外れと言ったら失礼だが瓢箪からコマなのか、これまた外国選手を採って来るスカウトにも言える。メジャーで活躍をしてそこそこ成績を残していても日本の野球には向かない、どこかにメジャーの選手がは日本野球を小ばかにしたところがあるのかもしれない。
最近は野球もそうだがサッカーが海外に出て行く選手が多くなった。でも言葉の壁が彼らのパフォーマンスの壁になっていることは否めない。最近では18歳の久保選手が話題になっているが彼は小さなころから海外に出て行ってその国の言葉をマスターして今で何一つ不自由なく話せるとか。コレが大きな武器になっていると伝えるマスコミもある。そして彼ら世代がゆとり世代の大きな武器になっている。
頭で考えて「どうしようか」「失敗するのではないか」そんな考えがまず頭によぎるのはゆとり以前の世代のまず考えること。しかしゆとり世代で育った子たちは「まず、やってみよう」「失敗したら次を考えよう」とずっと前向きの考え方が出来るのが強み。我々世代は先ずそんな考え方が出来なかった。「他所は他所」「あんなとこに行くなんてなにをかんがえているのか」位だった。
やはり世界で活躍するような選手はこうでなければ生きていけないのだろう。
我々世代が出来ないことを難なくやり遂げていける若い世代に期待を込めて、そしてこれからのこの国を支えて行ってくれる若い世代に大きな期待を込めて行きたいと思う。彼らの邪魔をしない程度に・・・

ページの先頭へ