2015年09月01日

今日は「防災の日」 いろんな防災について考えてみた

今日から9月だ、そして1日は「防災の日」になっている。
関東大震災があったのも9月1日、立春から数えて二百十日目の日でちょうどこの時期が稲の開花時期に当たることから台風が来襲すると大きな被害が出る事を勘案して注意喚起をすることを目的として制定されたらしい。
昨日もまた違った意味で9月1日のことが出ていた。
それは二学期が始まって子供の自殺が最も多い日だとか。
そんな特異日になっていると紹介されていた。
こんなことが大々的に紹介されるということはそれなりに大きな影響があるということだ。
地震や台風は自然災害でいつ訪れるかは分からない、しかし子供の自殺問題はその兆候が必ずやあるように思う。
親、兄弟、友人、その他の周りに居る人が注意しておけば何かしらの情報が発信されているはずだ。
先進国だ何だという前にこんな事も予防できないで居ることの方が問題だ。
いくら気象衛星が発達して雨雲レーダーが発達しても人間一人発信している「助けて」の情報を見逃すようではいかがなものか。
昔は兄弟げんかなんかしていたら、親は勿論、近所の親父によく叱られたものだ。今はそんな人は皆無だ。
もしも叱ったらその親からなんて言われるか、また教師も学生を叱るようなことはしない。
特に大学生なんか授業中に寝ても先生も助手も起こさない、いや起こしてはいけないらしい。
やっぱり昔のように嫌がられてもこんな煩い存在の人が居なくてはいつまでたっても教育が云々、それも文科省の肝いりで発案された「ゆとり教育」なんかの意味を取り違えた教育方針を信じ込んでいるゆとり教育世代の若い先生に子供たちを任せていけないように思う。
決して昔の教育が良いとも思わないが、それなら何かよい対案があれば示してもらいたいものだ。
今日は防災の日にちなんで自然災害だけでなく自殺という人的災害ももっと考えないといけないのではないだろうか。

Comment

この記事へのコメントはまだありません

ページの先頭へ