2015年09月04日

「偶然の産物」にはしてほしくないのだが・・・

最近になって分かったことだが(本当は分かっていたこと)、私は何でも興味を持つが飽き性だと言うこと。
熱しやすく冷めやすい性格だと自負している私が、最近、ふと思うことがある。それは飽き性だと思っていることの中にいつまで経っても飽きないことがあった。(それは後々書くことにする)
誰でも単調な作業には飽きが来ると言うこと。少しでも日々変わるものには飽きが来ないと言うこと。
その一例が、前にも書いた「クワズイモ」だ。小学生よろしく毎日観察記録を付けている。写真に撮って、パソコンに残しているが、よくもまぁ毎日続けれるものだと自分ながら驚いてしまう。
小学生の頃に確か夏休みの宿題に朝顔かひまわりの成長記録なるものをしようと思ったが同じことの繰り返しが苦手な私は、最初と最後の方にまとめて書き上げた記憶があった。想像力だけで書き上げた。何でもそうだがきちっとしたことが苦手だった。性格はきちっとしていると思っているがどこか人と違うことをしてみたくなる性格なのかもしれない。
その一例が中学時代の技術の授業での「ちりとり事件」だ。
皆と同じものを作るのに抵抗があった反抗期?な私は何故だか画一的な同じものを作る気がしなかった。そこで一人だけ他の人と違うものが作りたくなった。
ちゃんと製図をしてそのとおりに作るから皆、同じものが出来るわけでそれではあまりつまらないと思った私は縦横の比率を逆にした製図を書いた。当然出来あがったちりとりは皆同じサイズのものだから積み上げるときに一つになるはずが、一つだけはみ出して積み上げられることになった。
簡単に言えば縦横6対4の比率のちりとりが出来た。
普通ちりとりは横長らしい、しかし縦長でもいいじゃないかと思った。その時の技術の先生に職員室に呼び出されていろいろ聞かれた。そこに担任が居てこっぴどく叱られた。でもその技術の先生は違った。言われたとおりしないのはいけないが、一から製図をして比率もちゃんと同じにしてあると言うことはちゃんと理解しないと出来ないと。そういって庇ってくれた。暫くの間、私の作品は技術室の黒板の上の目立つところに飾ってあったらしい。同級生が教員試験の実習で母校に行ったときにそのちりとりを発見、その事を教えてくれた。ただその先生はもう既に退職されていたがその作品だけは残っていた。ただどういう経緯でそうなったかは言われ続けていなかったが、「偶然の産物」と言うことで昔こんな間違いをした学生が居たことになっているとか。だから寸法はちゃんと見ましょうだと。でもそこには深い深い思い出があったということだ。

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