2016年04月28日

天才と○○は紙一重だ・・・

世の中は高いものはより高く、強いものはより強くが成り立つ。
我々のような凡人は直ぐに「これでもう満足だ」と思う傾向があるようだ。
しかしもっと上を目指す人はなかなか満足だと思わない。何より同じくらいのレベルの人はより努力をしないと相手に勝てない。勝つまで満足をしない。
いきなりこんな話で申し訳ないが、昨日ある人との話の中でこんな会話があった。
一流と言われる人は凡人の我々からすれば大したものだと称されるがその一流な人はまだ上の超一流になるために日々努力を惜しまない。どこまでもストイックで真似が出来ない存在なんだそうだ。
一流の人は我々が見ていてもものすごく努力するし頑張っているのが目に見えているのに、超一流の人はその努力が、頑張りが見えないらしい。いや、見せないと言った方が良いのかもしれない。
いとも簡単に問題を解いたり、課題をクリアしたりする。
確かにそんな人たちを私たちは天才と呼ぶ。囲碁にも将棋にもスポーツにも言えることだがそんな天才たちは元から天才だったのだろうか?いや元は普通の少年、いや正直に言えばちょっと変わった少年時代をおくっていたらしい。
何処が変わっているかといえば「拘り」がすごくきつかったらしい。
この拘りこそがあっての今があると言っていた。世の中には我々が想像を絶する人もいる。一度見た景色は脳裏に写真のごとく映されていたり、一度指した手はいつになっても覚えていたりするらしい。
嘗て、ゴルフをしていたころにこう言われたことがあった。
18ホールをどのようなクラブでどこに打ったかを覚えていればHD18くらいで、シングルになるには何故そこに打ったらいけないかが明確に分らないと絶対にシングルにはなれないと言われた。
また同じ場所で魚釣りをしていても、何故この人ばかり釣れるのかと思う時がある。それは魚の気持ちになってみれば分ると言われた。魚の気持ち?と聞き返したが同じ仕掛け、同じ餌、同じ場所でも違いが明確に出る。そこが名人と言われる所以だ。
負け惜しみにいつも言うのだが「天才と○○は紙一重だ」そう言い聞かせる今日この頃だ。

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