2019年04月11日

今の心境はといえば・・・

今月4月は私の誕生月だ。有難いことにお祝い❓メールや嫌味❓メールを沢山頂いた。事に触れ年寄りだの老人だのと自分自身の事を言ってはいるが、正直親父の亡くなった年になってみて今親父が生きて居たら何て言われるか考えてみた。
まぁ「お前もエエ歳になってまだこんな事をしてるんか」位は言われると思う。
今思えば親父は「仕事」と「ゴルフ」コレを取ったら何にも残らなかった人だ。
酒も飲まず、タバコも吸わず、家庭サービスもほぼゼロに等しい。
しかし一生懸命働いてくれたからこそ私を歯科医の道に導いてくれたことは今思えば感謝しかない。私の爺さんも64歳で亡くなっているし、親父も同じ64歳で亡くなっている。そうなると周りは私も同じ64歳で亡くなるんじゃないかと変な思い込みがあってバースディーメールには「オマエも今年はヤバイ年やぞ」とか「親父、爺さんの歳を超えろ」とか煩いメールが何通かあった。
最近よくこんな事を思う時がある。それはもし親父が生きていたらこんな事を思っていただろう、この年齢でこんな事が出来たのは流石だ。とか、いちいち親父を引き合いに出して見ると言うことだ。
親父は親父、俺は俺と分っていてやはり同じ年齢で今のこの医院をここまでしてくれたのには大いに感謝するとともに、いったい私は何をして来たんだろうと思い返すことが多くなってきた。
世間様は跡継ぎだとか終活だとか、考えていると思うが今の私にはこれから先をどう過ごそうかを考える余裕は無い。親父には悪いが私は親父より趣味が多い、友達?が多い(悪友はもっと多い)そんな奴らとワイワイガヤガヤ毎日が楽しい。親父には金があったが私には金は無い。ゴルフの様にとことん打ち込める趣味は無いが浅く広くの趣味はある。
ただ親父から見せられた生き様は少々真似て見ようかとも思っている。
よく親父が言っていたことで今でも実践していることがある。それはこうだ。
「もしも迷った時は楽な方へは行くな」と言うことだ。人生楽な方が楽しいではないかと思っていたが、いやいやそうでは無い。楽でない方に行ったとき最初は辛く苦しい思いもするがそれを乗り越えた時に得られる喜びは普通の喜びではない。今まであまり親父の事をそこまで考えたことなどなかったが、今言える事はこの教えこそが今の私には大きな財産になっているように思える。

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