2019年05月14日

親子って似るものなんだとつくづく思ってしまった

昨年より診療所の私の机の横の棚に神棚を作った。作ったと言うより作っていたと言った方が正解か。先代が今の診療所を作った時に熱心に神棚に榊や塩や酒やお米をお祭りしていた。私の代になって少々疎かにしていたが、昨年のいつからか忘れたがコレを復活させた。同様に家の中にもリフォームと称して部屋の改装をした時に今までは無かった神棚を作って貰った。リフォーム自体は家人も高齢になってバリアフリーにしないと危ないと言うことと、昨年の大阪を襲った台風で屋根や外壁の一部が損傷して大工さんに入って貰った時に一緒にいろいろと手直しした。
玄関の石段も高齢者には危険だと言うことで手すりを付けたし、車いすだと1センチの段差も危険だと言うことで廊下から各部屋に入るのにその段差を少なくしてもらった。何よりリビングにはこの家に似つかわしくないほどの大きさの神棚を作って貰った。昔私が子供の頃には小さな神棚があった。家人が荒神さんをお祭りしていたように思ったが、いつの間にかそれさえもしなくなった。座敷の仏壇はそれこそ毎日のお参りは欠かさないが、と言ってもお茶と白湯を備える位だった。
私もその家人と同じくらいの歳になったら何故か急に仏壇にも神棚にも興味ではないがしないと落ち着かなくなった。しかし今までは無知と言うか知らないで行っていたことが本来はちゃんと仕方があって今思えばお恥ずかしいくらいだ。
御札をお祭りするのに中央に神宮大麻、向かって右側に氏神神社、左側に崇敬神社と決まっている。そして左から水、酒、米、塩の順に並べていく。
それをし出してどうだろう、部屋の気が変わった。何だかどんよりとしていた部屋の空気がすっきりと澄んだ様に思えた。同じく診療所にもあった神棚にも家と同じとはいかないが御札を祭り、水、酒、米、塩を並べ両サイドに榊をお祭りした。
神様に何々をお願いしてもそれはこちらがちゃんとしないと意味が無いと言われ、「今日も一日無事に過ごせますように」とお願いをして仕事を始めるようになった。心願成就とまではいかないが今の時代やっとの思いで仕事にあり付けるかどうか分らないご時世、ちゃんとやって来れるのも神様仏様のお導きだと自分に言い聞かせている。確か親父も同じ事を言っていたような記憶がある。
私もそんな歳になったのかと思ってしまった。そうか、そう言えば来月は親父が亡くなった歳の同じ月になるからか。もうそんな歳になってしまったことに驚きを隠しえなかった。

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