2009年09月29日

人生のオンとオフ。頭を切り替えて《遊び心》を持つ

「はたらけど はたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざり じっと手をみる」  石川啄木の詩だ。
昔から「稼ぐに追いつく貧乏なし」と言う。
働くと言うのは「傍」を「楽」にするためだと言われて、戦前から戦後の復興期にかけて、日本人はよく働いてきた。
それが戦後50年を経過するうちに、働く事は美徳ではなく、余暇活用、《遊び》の方が美徳のように価値観が変わってしまった。
独身貴族と言う言葉もあるくらいだ。マイカー、マンション、海外旅行と《遊ぶ》ための資金がほしくて、やむを得ず《働く》。
労働や仕事に対して自己実現の形が変わってきた。
それでも変わらないのが中高年の人たちだ。
「二宮金次郎」的なイメージから一歩も抜け出せていないでいる。
技術革新の波についていけず、絶えず「窓際族」「リストラ」の対象にされる不安にさいなまれている。
周りが「楽」になって、自分だけが「苦しむ」のでは割が合わない。今まで何のために生きてきたのか。
考え方の大転換が必要だ。
我々の仲間にも仕事が趣味とうのがいる。仕事場が何より大好き。
家にいるより落ち着く、なんて事をしゃぁしゃぁと言う。
(自分も言っているらしいが)こんな奴に限って本当は趣味を持った奴や、自分の好きな仕事をしている奴を羨ましく思っていたりする。
イタリア人が好きな言葉に「ゴディアーモチ・ラ・ビータ!」(人生を楽しもうじゃないか)と言うのがある。
日本人は勤勉を美徳と思っているふしがある。遊びは罪悪ではなく、また単なるレジャーではなく、心のゆとりから生じる、精神のリフレッシュである。そう自分に問いかけてみたくなる。

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