2015年03月19日

やっぱりなくてはならない存在になってしまった

昨日、今日と結構な雨が降っている。
二日続きの傘が必要な雨だった。
昨日に診療中にいつも使っている眼鏡がずれてしまって眼鏡ストラップから外れてしまい蝶番のねじが無くなってしまった。
片方のレンズが外れて使い物にならない。他の眼鏡もあるにはあるが、使い慣れたのでないと調子が狂う。
すぐさま買った所に連絡をして修理がきくか見てもらいに行った。
目の前の机の上に探せば3個も眼鏡ケースが出てきた。勿論、中にも眼鏡が入ったままである。
いつも診療に使うのは常に首からストラップで吊ってある。鞄の中にも一つ、車にも一つ、そして目の前の書類の山の中から3つ。
いったいいく積もっているのかも分からないくらいだ。
でも言い訳をさせてもらうと各々用途が違う。
診療用、パソコン用、新聞用、車の中用、と用途が分かれている。
連れは遠近両用を使っていて、「コレは便利やぞ」と言うけれど、私の場合は一度挑戦してみたが合わなかった。
近視の人が老眼になった場合と遠視の人が老眼になった場合では違うらしい。
それに眼鏡屋さんで検眼してもらう場合と眼科で検眼してもらう場合とでも違うみたいだ。
自慢じゃないがずっと今まで視力は2.0だった。診療所の向かいのビルの黒板に字まで見えたこともあるくらいの遠視。しかし人より老眼になるのは早かった。毎年、ワンランクずつ老眼が進んでいるのがわかる。
初めて眼科に言ったのもこの老眼が原因だった。他の科はいろいろかかったが眼科だけはお世話になったことがなかった。
大きな病院でCTやMRIを取るのは慣れているがはじめて眼科に行ったときは正直少しビビッた。
そこで眼鏡の処方箋を書いてもらって眼鏡屋さんに行った時、半年前に作ったそこでのデーターとどれだけ差があるかに興味があった。聞いてみたらワンランク手前だということだ。良くなっている?それとも間違ったデーターだったのか?
どちらにせよ新品の眼鏡をかけてみようと思うと新品の靴と同様にまだ慣れていないので耳の後ろが痛くなったり鼻の横が窮屈になったりで直ぐに慣れている方を使ってしまう。それではいけないと思ってもついつい習慣でなれた方を使う。だからせっかく検眼して眼鏡を作った意味がない。そういわれる今日この頃です。

Comment

この記事へのコメントはまだありません

ページの先頭へ