2008年09月30日

さぁ、さぁ、さぁ どうする?

昨日、友人に借金の申し出をされました。
いつも普通に付き合っている仲間なんだけど、何となくそんな雰囲気になってお金の話を切り出されました。大きな金額なら簡単にそんなん無い。って言えるんだけど、中途半端な額でないとも、あるともっていう額でした。もう一人の友人は絶対お金の話を出した時から友達関係はやめる、って宣言しているので、これが話題になった地点でハイ、さよならって意図も簡単に友人関係を解消してしまいました。スゴイ!
でももう一人の友人は額はともかく、せっかく頼ってきてくれたのだから何とかしてやりたんや。って言っていろいろ策をこうじたけれど最後に出した結論は、ちゃんとした借用書と保証人をつけて出してくれ。でした。私はというとそのどちらに付くわけでもなく、如何したものかと思案中です。友人関係をやめると言った奴からは、止めとけ、だれも貸してくれないから我々のところへ言いにきたんや。返ってくる訳がない。そいつの身近な連中にも見放されたのに返ってくる訳がない。全くの正論。また別の奴からは自分に置き換えてみたらやっぱり頼れるのは友達やから我々に言ってきたと思いたい。これも正論。ここに人の性格がはっきりと出たように思いました。どちらが正しいかははっきりとは判断できませんが、両者にそれぞれの納得させるだけの言い分があるように思えました。
期日は今週末。はたして私はどんな結論を出すのでしょうか。じっくりと考えたいと思います。
ただ、借りる時は恵比須顔。返す時は般若顔。って昔から言われていますよね。何で貸した側が返してもらう時に気を使わなければいけなくなるのか。これはおかしいと思うのですが・・・

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2008年09月29日

同じ目標をもって

企業が発展し続けるためには、社員に常に上を向かせて仕事をさせる必要がある。
仕事のやり方一つにも、もっといい方法があるのではないかと模索する事が大切です。
ロマンある目標をしっかり掲げ、その目標を達成させるために、みんなが働きやすい、質の高い職場を作る。会社の質は社員の質より絶対に良くなりません。
会社を良くしようと思ったら、社員一人ひとりがいい質にならないと駄目です。個性を持った個人が集まった集団が、風通しよく雰囲気が明るい魅力ある職場で仕事ができるようにしなければならない。そのために、現場に足を運んで話しをするといった努力をして、職場つくりにも努力をしています。エクセレントカンパニーなんてない。必要なのは社員一人ひとりが燃えて仕事が出来る集団、エキサイティングカンパニーではないでしょうか。そういう会社なら、いろいろ環境変化があっても、浮き沈みがあっても会社としては栄えていく。これは組織としてもとても大切なことだと思っています。従業員が多ければ多いほど意思統一は困難になると言われますが、同じ目標に向かって一致団結をすればこれほど心強いものは無いでしょう。

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2008年09月28日

熟慮して勇気ある決断

迷った時は皆さんはどうしますか?
考えてそのまま進む?それとも一度引き返してみる?
そうなんです、今まったくその岐路に立っています。

よくよく考えていったん決めた道を自信を持って突き進むこと。これにはそれなりの自信と確信がなければなりません。また一度引き返すことを決めたらつべこべ言わずに勇気を持って引き返す。これなどその時の咄嗟の判断で決めることもあるだろうし、じわじわと積み重ねで決めることもあるだろう。人生の中にはこのような重要な決断をするときがいくつかあるように思います。職業選択の時、結婚を決心する時、親が亡くなって一家の大黒柱になった時、子供が独立する時。人にはさまざまな決断する時期があるようです。

今日一日じっくりと考えてみようと思います。

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2008年09月27日

餌を与えるだけでは魚は去っていく

何事も成果は(対策+実行度+熱意)で決まる。
最大のポイントは熱意=やる気である。
数値で表せない社員のやる気こそが、企業の含み資産である。

能ある人に禄を惜しんではならない。小さな魚には小さな餌。大きな魚には大きな餌があって初めて釣れるように、相手の能力に応じた禄をきちんと払わないと人は集まらない。但し、それは最低条件である。
本当に人をひきつけたいのなら(愛民)の二文字に尽きる。

 利して害さない。成させて敗らせない。

 生かして殺さない。 与えて奪わない。

 楽しませて苦しめない。喜ばせて怒らせない。

これが愛民の道である。今でも十分通じる考え方だ。

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2008年09月26日

自問自答

これが最高の答えであるなんて誰が決めれるであろうか。そのつど状況は変わっているのにである。こういえばなにをと思われる方もいらっしゃると思いますが、正直今、少々スランプです。なにがと言えば、人間って一人では何にも出来ないし無力なもんだという事を実感しました。抽象すぎてすみません。ただ昨日からの流れで仲の良い友人が入院しました。同級生です。その彼が体調を崩して入院したのにそれまで全く気づかず、何とかしてやれなかったのが残念なのです。もし自分に当てはめた時にどこまで気を許した相手に打ち明けて相談できるかってかってに思ったら不安になってきました。そんな時のこんな言葉を思い出しました。それは(古もみな苦を忍び愁いながら修行せり)これは、いつも答えを与えたり、一方的に指示ばかりしていると、自分では何も考えない癖がついてしまい、その人をダメにしてしまう。という事です。もっと簡単に言えばこういう事です。畑でキュウリを収穫している人に(水やりをてつだいましょうか)と言うと(ご好意は有難いのですが結構です。外から水をやると、キュウリは自ら努力しないで水分を取る癖がついてしまいます。そうすると乾いた土から自力で水分を取る能力を失い、最後は枯れてしまいます。)
これって、何だか胸にズキっときました。

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2008年09月25日

大変だ〜あ バナナが消えてしまった。

本日二度目の投稿。掟破りですみません。
でも本当はこちらを本日の投稿にしようと思っていたもので、直前に変更してしまいました。でもやっぱり皆さんにお願いをしとかないとと思って、再度の投稿です。ここ最近近所のスーパー(KOYO,SUZUYA,阪急ファミリー等等)でバナナが品薄どころか欠品になってしまいました。大きなスーパーには入っていると思いますが。そうです最近TVでバナナダイエットなるものを紹介されたため、バナナが品薄状態になっています。マジでです。昨日も三軒もまわったのにどこにもバナナの姿がありません。こんな事初めてです。こんなところにもTVの影響が現れています。どうか皆様惑わされないように、そしてそんなことでダイエットなど出来ようはずもありません。日々の努力の結果のダイエットをお願いします。バナナとコップ一杯の水だけで体重が落ちるなどと決して思わないでくださいね。なんなら私が実践して見せるためにどうぞ一房、いやいや一本でも残しておいてくださいな〜〜。

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2008年09月25日

一花咲かせるに年齢は そんなの関係ねぇ!

このところ体力が落ちてきたのが自分でもはっきりと分かるようになってきた。それに伴い気力も何だか落ちてきているように思える。イカンイカン。人には何だかんだと言うくせに、自分に振り返ってみたら、こんなことではダメだ。と思うようにもなってきた。
よくお相撲で(心、技、体)などと言われるが我々の仕事も同じようにこの(心、技、体)は必要です。
どれがもっとも重要かは人それぞれ違うと思いますが、年齢を増すと体力は落ちてきます。それを技術でカバーするようになってきます。それと経験を積む事で心も充実するようになってきます。しかしその経験を活かせないのが多すぎる。ちょっと辛口になりますが、我々の30代の時の先輩たちはというと、バリバリの仕事人。特に50代などは体力、気力ますますお盛ん世代だったように思います。そのことを思うとどうでしょうか今の我々世代はと言うと何事もほどほど世代とでも言いましょうか、中途半端なように思います。もう一度体力をつけて、心豊かに、持っている経験をフルに活かして一花咲かせてみたいと思います。

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2008年09月24日

最近の三禁とは

こんな話しを聞いたことがあります。
お商売をしている方には3つの禁があるということ。
一つ目は宗教の話しだそうです。日本では信仰の自由が保障されていて、いかなる宗教にも入れます。だから間違っても偏った話しは出来ないという事です。
二つ目は政治の話しだそうです。いろんな政党が乱立していた時代からだんだんと二大政党制に近づいてきているようです。
三つ目はプロ野球の話だそうです。地元贔屓は勿論あるでしょう。特に大阪では阪神タイガースのファンだといえば知らない者同士でも急接近するのが面白いものです。この時期は特に混戦のペナントレース。
一時のぶっちぎり状態から接戦にファンもヤキモキしているんではないでしょうか。この三つを上手く捕らえれば患者さんとの話しを上手に持っていけること間違いなし?でもね、ある某球団の上層部はたとえ違う球団のファンでも顔には決して出しませんが、心では我が球団を応援しているって聞きました。ライバル球団を応援したなんて知れたら首が飛ぶとか。あらら、誠に怖ろしい。で、先生はどこのファンって聞かれたら私はいつもこう答えております。

 私の好きな球団はね 勝った球団が好きやねん

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2008年09月23日

実力と運の相関関係は

またまた、天満繁盛亭の落語会
月イチのお楽しみ、兼リラックスタイム。
日々の緊張から緩和への見事な切り替わり。
そこでこんな事を考えてみました。
実力があるのに売れない落語家、実力が無いのに何故か売れる落語家。その差はなんでしょうか?運?それともその他の何かが左右するものがあるのか。
我々の仕事もちょっと似ているところがあるんじゃないでしょうか。実力が技術があるのにそのことを患者さんは分からない。コマーシャルがうまくて、宣伝上手なところに患者さんが流れていく。そんなことをマジマジと見てみると患者さんにもっと教えてあげたくなります。同業者としてはそんなことを言ってはいけないんだけれどやっぱりそっと教えてあげたくなってくることも。例えば歯科矯正、先生どこか良いところはないですか?って聞かれればちゃんとお答えはしますが、本当のところはどうでしょうか?例えば身内が受けるならやっぱり信用できるところに頼むんじゃないでしょうか。そんなことを言ったら身もふたもないと言われそうですが、もっと患者さんにも情報公開は必要ですよね。それにはやっぱり実際に通っている方に聞くこと、これが一番良く分かると思うのは私だけでしょうか。

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2008年09月22日

初めての経験と貴重な体験

昨日、午後3時頃大阪南部に大雨洪水警報が発令されて?いたのでしょうか。物凄い雨と落雷にあいました。丁度、ショッピングモール内で買い物中でしたがそれはエレベーター内で起こりました。ここまで言うとお分かりいただけたのではないでしょうか。そうです、落雷による停電に遭遇しました。一瞬何が起こったのか分からなかったんですが、エレベーター内の照明が消えて、軽い衝撃を感じ、ゆっくりと近くの階に止まりました。パニックになることも無く出ることが出来ました。これも日頃からきっとそれなりの訓練が出来てこその対応の速さと係りの人のチームワークがなせるワザ。(そんなかっこいいものではないですが)やっぱりこんなときはどうするといったマニュアルがあるんでしょう。いい経験でした。でも少しは怖かったんですよ。マジで。

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2008年09月21日

知恵を出し惜しみしない

昨日、友人達と食事会がありました。
その中の一人が今度 特別養護老人ホームを作るといって話し合いがありました。その中で行政の規制緩和があったせいでいろいろな業種からの参入で雨後の竹の子の如くあちらこちらに特別養護老人ホームが出来ました。それによってホームに関る仕事がたくさんでき仕事が増えて良い面もありますがまた共倒れを招く結果になりかねない面もありました。そこでも話し合いの中で出たうちの一つに 人を育てる というのがありました。それは目先の利益を追求するのではなく大局にたってこれからの世代の人たちを育てる、そこで働く人たちに働き甲斐を持ってもらえるようにすることこそ大切ではないかということ。みんなが同じ方向をみていないようでは意志の統一やら、仕事のやりがいを見出すことなんか出来ないといわれています。
今後何度か意見交換会があるみたいでどのように変わっていくかが楽しみです。今までに無いような施設が出来ることを期待しようと思いました。

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2008年09月20日

なにをするにも先立つものは・・・

またまた土曜日は混雑してしまいました。
やっぱり一人で何もかもをやるのには限界を感じてしまいました。その間、電話のアポやら問い合わせやらで結局一人大体30分遅れの診療になってしまいました。患者さんに問診したり主訴を聞いたりしてる間にカルテを打ち込んだり、印刷したり、お金を頂いたり、ほんまにスタッフの子たちはよくやってくれると思います。一昨日、後輩の診療所に行ったときのことです。彼とは年に数回しか会わないんだけれど、行くと何かしら刺激を受けてきます。今回は診療スタイルについて彼が考えていることで(動線)と言うものに考えが行きました。動線とは診療に際して自分の動ける範囲、および、スタッフの動きやすいような配置。先代のオヤジさんが造った診療所だから昔のまま、荷物やら、モノがそこらに無造作に配置されていて、確かに動きづらい。それを思い切って改装するという。
何度も何度も設計士と相談の上考えに考えたんでしょうそれはそれは素晴らしい設計図が出来上がっていました。彼も相当気に入っていて自慢タップリ。しかしそのお値段を見たとたん顔色が急に変わったと言います。はっきりとは教えてくれなかったけれど何となく雰囲気で分かります。これからいかにそれらから削っていくのか楽しみになってきました。これを普通の設計士にたのんだのと、歯科専門の設計士に頼んだのとでは倍から見積もりが違ったといっていました。
フ〜ンそうなんや、でどっちが高いの?って聞いたら彼はあきれた顔でこう言いました。えっ!先輩、マジで言ってるんですか?って。よくよく聞いてみると確かにボッタクられているのが分かりました。世間知らずを恥じながら、もっと勉強しないと足元を見られることが分かりました。

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2008年09月19日

5カンが無かったらイカン?

江戸時代の船頭、高田屋喜兵衛は船を操る極意をこういいました。
 無用の我を捨て、己が船になれ、風になれ、潮になれ。と言っています。これは人と人との世界にも通じることです。
我々はともすれば、自分を優位に考え、一方的に話すだけで相手に声には耳を傾けなくなりがちです。どんな立場の人にでも通用することでこういうものがあります。

 1、人の話は聞かなアカン 

 2、判断は的確にせなアカン

 3、心理学者にならなアカン

 4、根気よく指導せなアカン

 5、よく気がつかなアカン

これは元近鉄バッファローズの監督の鈴木監督の言っていた言葉です。

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2008年09月18日

今日一日、この笑顔を崩すまい

笑って生きても、しかめっ面で生きても一生は一生。
どんな事があっても、ニコニコ笑って過ごす事。
辛い事、悲しい事、苦しい事などが、はじめからあるのではなく、それは自分の心の持ち方にすぎません。こうある本に書いていました。
今、病気で戦っている友人にこんな話をしようかと思いましたがよくよく考えて辞めにしました。個人個人その病状も違うし、受け止め方も違うのに通り一遍の本の通りなんか上手くいくわけがありません。なにも本を否定しているわけではありません。確かに上手くいくケースもあるでしょう。しかしほんの通りに生きて生ければいいいですよ。そんな奴ほど不器用な生き方しか出来ないんです。こちらの気持ちが何分の一でも分かってくれたらいいのにと思っていても、暖簾に腕押し、糠に釘。人間起用、不器用は紙一重。私もいつかこんな風に思われるのかと心配していたら、スタッフからこういわれました。先生は大丈夫。けっしてこんなイタイ病気にはならないでしょうと。なんだか嬉しいような寂しいような。

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2008年09月17日

人生の時計をもっと有効に使う

久しぶりにゆっくりと新聞に目を通してみて心から
イイ話しだなぁって思える話しはありますか?
米国経済の破綻報道やら、日本での食品偽装問題、
お役所の事なかれ主義。我々国民はまったくもって
シラケモード。もうじき自民党の総裁選挙は我々の大切な暮らしを守る日本の総理大臣を決めようとしているのに全くもって国民不在。なにを信じたらいいものなのか?信用して購入した食品もはたしてどうなのか?なにを信じて選べばいいのか?嘗ては一流国だとか何とか言われて浮かれている間に足元はグラグラ揺らいでいるではないでしょうか。いくら一般庶民がホザイテモお上はどこ吹く風ではあきれてモノもいえません。 こんな愚痴」ばかり言っていてもラチが空かないのである講習会で聞いたお話しを。

1、好きなことをする、楽しいことをする。

2、状況をよく理解して、取り組む課題や対象を絞る。

3、雑用を先に片付ける。

4、集中時間帯を設けて重点的に課題に取り組む。

5、集中しやすい場所、環境を見つける。

6、集中を容易にする自分なりの動作を見つける。

誰でも一日24時間は平等ですが、集中力によって
何倍にも生かす事は可能です。

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2008年09月16日

本当のサービスとは

今の時代どこの商品をとっても品質面、価格面での大差がなくなって、心理的品質(新しい使い方や楽しみ方の提供とか、購入に伴う安心感や快適さ、共感、面白さ、感動)などの高さが問われる時代になっている。しかし、モノと違って、心の充実を提供するとなると非常に難しい。
サービスでもっとも気をつけないといけないのは、ともすればお客さん(患者さん)に迎合的になり、媚へつらう姿勢になってしまうことです。そのような形でお客さんを喜ばせようと考えるのは錯覚です。
本当のサービスとは、される側は勿論、する側も人間的な喜びを体感できるものでなくてはなりません。
迎合やへつらいから出てくるのは卑屈であって、それでは誰も満足感を得られません。
人間的な喜びを持ってサービスをする。人に受け入れられる人間になる。それによって、お客さんとの間に生まれる連帯感、それこそが醍醐味ではないでしょうか。 そこで今日の一言。

 人間の健康も、運命も、心一つの置きどころ。

これはヨガの哲学で心を積極的にすることの大切さを説いたものです。

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2008年09月15日

何でも勉強 落語も勉強

時々、趣味のひとつに落語があることを時々このブログに紹介させていただいております。昨日、久しぶりに私の好きな落語をNHKのTVで見ることが出来ました。落語は単純に面白いものから、人情もの、考えオチのものまで、多種多彩だから面白いと思っています。昨今また落語ブームとやらが訪れてきているそうですが、やっぱりマスコミの影響たるものすごいものがありますね。私が初めて出あったのが昭和40年代の第二次落語ブームからです。現上方落語協会会長の桂三枝氏、笑福亭仁鶴氏、亡くなりましたが桂枝雀氏らの全盛時代。そして大学の落研などからプロへ転向してくる人たち。どんどん面白可笑しく益々発展することをいちファンとして応援していくつもりです。
そのきっかけとなった一つに昨日の演目(一文笛)というのがあります。これはスリのお話で、そのスリが駄菓子屋で一文笛を欲しそうに見ていた貧しい子供にいけずしたその駄菓子屋のバアサンにこっそり抜き取って子供の着物に隠して持たせるといった内容、身に覚えの無い子供は親からの叱責を気にして井戸に身を投げるが何とか一命を取り留めたという内容の話です。ここで考えさせられたのが、その人が良かれと思ってした事があいてにとっては全く正反対の結果につながっていくというストーリー。ここではその子を不憫に思ったスリが店から笛を一本失敬して子供の着物に隠し持たせる、しかし子供は入れられたことに気がつかないで泥棒呼ばわりされていたたまれなくなって身を井戸に身を投げてしまう。その泥棒が後になってそのことを仲間から聞いて自分のちょっとした考え違いからこの子をこんな目に合わせてしまうことに非常に申し訳なく思うといった内容です。なんども言いますが、自分の一方的な考え方で相手に迷惑をかけていることを言いたかったお話ですが、何だか自分に当てはめてみても考えさせられるものがありました。自分の思い上がりの押し売り。これは本当に相手にはどうなんだろうか?って考えて行動しているんだろうか?そんな意味深な話です。最後にこのスリは思い余って自分の右手の二本の指を落として詫びるが最後の大仕事で見事に成功する。といった内容。おまえは大事な右手の二本の指を無くしても仕事をする、大した奴やなぁって言われて言った言葉は、はい私は左利きです。

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2008年09月14日

岸和田のカレンダーは9月がお正月

昨日、今日と岸和田のだんじり祭りが行われています。ここ2〜3年TVなどで取り上げられることが多くなり全国的に有名になりました。最近は土日の開催ですが、かつては平日開催もあったので、地元では学校は休み、会社も休み、地方に行っていた人も帰って来て地元の大イベント。先輩の診療所はその岸和田のど真ん中。患者さんの数は普段より1/10.駐車場ななんかガラガラ。スタッフも何だか手持ち無沙汰。
いやいやそんなことはありません。いつもなら昼からけが人がワンサカやって来るでしょう。何せ土日に開業しているんで、来るは来るは。待合室はハッピをきた人ばかりで混雑するのが毎年の姿。去年はひっくりかえって顔面強打、歯が脱臼して運ばれた人もいたし。同じようにこけて入れ歯を割った人。そこまでやるかと思っていたらそこのレントゲン技師のお兄ちゃん、歯が割れたら歯医者に行けばいい。入れ歯が割れたら作り直せばいい。でも祭りに行けなかったら何のために一年待ったのかわからないですよって。我々岸和田のお正月ですって。何で?聞いてみたらなんと、
岸和田のカレンダーは9月から始まっているではありませんか。たぶん全国でも9月から始まるのはここしかありません。

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2008年09月13日

こころの床の間にとっておきの花を生ける

座敷に床の間があるのとないのでは、落ち着きがぐんと違ってきます。空間的な余裕だけでなく、そこの花や書画があれば、私たちの心を和やかにしてくれます。同様に、私たちの心にも床の間を設け、余裕を持つことが大切だと思います。
心の床の間とは、僅かな時間でもいいから自分の日ごろの心を振り返り、考える時間を持つことだと思います。たとえ10分か20分持つだけでもうんと違ってくるように思います。そして、心の床の間に生ける花や掛ける書画として、読書や、話しを聞いたりして感動した言葉などを自分の心の縁として記憶しておくことです。
自分を支え、リードしてくれる言葉を見つけて、日々の生活をするならば、自然に自分の人生が楽しく生き生きとしてくるはずです。そこで今日の一言。

 随所に主となれば、立処皆真なり

これは、いつ、どこでも、自分がやる気になって事にあたるなら、あなたもあなたのいるところも、ともに充実すると言う意味です。
それが楽しく生きるコツです。

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2008年09月12日

廃れて桃となるか、奮い立って松となるか

吉田松陰の[講孟余話]に、こんなことが書かれています。
桃や李の類は秋冬の霜や雪に遭えば枯れてしまうが。松や柏だけは雪の中でも青々とその翠をたたえている。人間の才能もこれと同じである。
世の中には、年若く気鋭鋭く、才能も豊かなものが沢山いるが、艱難辛苦を経るにつれて優れた気性が崩れ、一俗物になってしまう者が少なくない。その中で、ただ真の志士だけが、その艱難辛苦に対処していよいよ奮い立ち、ついにその才能を完成する。
霜雪は桃や李が枯れる原因であり、同時に松や柏が完成する原因である。同様に艱苦は人の鋭い気性が廃れる原因であり、同時に志士が奮い立つ原因である。
自分は才なき者ではあるが、桃や李の仲間となって松や柏に笑われる事のないようにしなければならない。
わが身を磨き鍛えて立派な人物にならなければならない。
今我々を取り巻く時代環境は非常に厳しいものがあります。これはまさに天が我々に大任を降さんとして、その人の志を試さんとするものと思い精進していきたいものです。苦労の中で、人物の真贋が試されます。
 今日の一言は瀬戸内寂聴さんの法話から

 忙しいは(心+亡)と書きます

 心が亡くなるとどうなるでしょう

 忙しい忙しいとばかり言っていると大切な何かを

 失くしていませんか?

 

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2008年09月11日

友人と喋って気づいたこと

昨日、友人と話があってファミレスでお茶をしました。話しの内容がちょっと込み入っていたのでいつもは禁煙席を希望するんですが両サイドがあいていたんで喫煙席に移動して話し込みました。チョット病気のほうは回復傾向にあるようだけど、薬の影響か歳のせいか疲れているように見えました。学生時代からずっと一緒に勉強に遊びにワイワイやった仲間だけれど、人のことはいってられん。自分も体力的にちょっとキツクなって来ました。老いは誰にでもやってくるとはよく言ったものでついに来たか、という実感を感じたのには正直ショックでした。体力的に落ちてきたならせめて気力だけは負けまいと思っては見ましたがさてどうなることやら。前にお寺での法話のなかにこんなのがあったのを思い出しました。雨の日の托鉢は、冬は寒さが身にしみ、梅雨の頃は合羽の中が汗で不快極まりない。こんな天気だから三つの選択肢がある。
1 雨だから理由をつけていくのをやめよう。
2 皆が行くからしかたなく付いていこう。
3 どうせ行くのなら雨でも頑張ってついて行こう。
消極的な姿勢で托鉢に出ると、早く終わらないかとばかり思ってつらい一日になる。ところが、積極的な気持ちで托鉢に行くと、(いやだ、つらい)と思っていた以前の托鉢とは、違ったものが見えてくる。
雨に打たれた緑が、感動的なほど生き生きとして美しい事。おばあさんの(ごくろうさん)という労いの声が、晴れの日とは違って、わが身にズンと響く事。
そして終わった後に読む般若心経にも感動がある。雨の日の托鉢の感激と厳しさは、晴れの日の托鉢を何万回やろうとも味わえない、といっています。
これは、私たち凡夫の人生すべてにあてはまることです。何事も逃げる気持ちがあるといっそう苦しくなってきますが、自分から飛び込んでいけば苦労も気になりません。 そこで今日の一言。

 心の水は とかく楽なほうへ 流れたがる

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2008年09月10日

おも〜い一言

こんな質問をされました。
病院で診察を受ける時はいつごろ受診すればいいんでしょうか? 
初めてこんな質問を受けました。何故かと言うとその方が経験されたことをお聞きして患者さんはこんな事を考えていらっしゃるんだと思いました。それは我々にも大いに参考になったし気を引き締めなければと思いました。その方が言うには、朝一番に診察に行ったとき、まだ気持ちがよし今日も頑張るゾ、って感じられないで何となく仕事をされているように感じたと。
また午前診のラスト近くに行くと、昼前で何だか気もそぞろで焦っているようにも。また午後診の始めは朝とはまた違ってお腹の皮が弛んで気だるいような、そして午後診の最後近くは体力的に疲れているのか、早く帰りたいのかって感じに思えると。ふ〜んなかなか鋭いご指摘。これは我々、歯科医師にもスタッフにも受付にもあてはまることのように思いました。
実際にそんな事はないと我々も周りのスタッフも思っているし思いたい。でも患者さんがそう思っているという事はきっとそのように写っているんでしょう。確かに自分が患者さんの立場で受診すればよく分かる事ですが、少し分かるように思います。ならば、いつ受診すればいいのか?どの時間に受診すればいいのかって問題になりますが、そう簡単な問題ではないように思います。決して我々もそんなつもりで仕事をしていませんよってお伝えしてお帰りいただきました。今日はこんな言葉をご紹介しましょう。

 霧の中を行けば、覚えず衣湿る。

これは道元禅師の言葉、霧の中を歩いていると、濡れぬともなく知らず知らずのうちに、衣服が湿ってしまい重くなってきます。人生もそれと同じだというのです。

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2008年09月09日

プライオリティ 優先?順位?

人は何でも優先順位をつけたがる。
仕事が出来る人は何でもテキパキ用事を片付ける。
それはただ漠然とするのではなくて、その中に優先順位をつけて・・・ならば最後に回された事柄はどうでもよいことなのか?それはその人にとっての勝手な優先順位であって、社会や、組織の中での順位は?である。何故、こんな事を言うかといえば、ただ今ニュースでは自民党の総裁選のニュースばかり。たしかに我々にとっては一国の総理大臣になる人だからしっかり政策を国民に示して欲しいと思う。でもそんな大きなことを望む前に生活をしている最小単位である家族のお話。何度もこのブログに登場いただいている例の家族のお話です。そこの家族は5人家族、夫婦と子供2人、そしてお母さん。玄関を入ったところにスリッパ入れがあるんですがそれがまたどういうわけかそこの家の順位を表しているという。最上段はお母さん、次に息子、そして子供たち、最下段にはお嫁さん。さあ、もうお分かりでしょう。ここの嫁さん、いつもこの順番で並んでいることに疑問?を持っていたそうです。一度、ご主人のを最上段にそしてお母さん、子供の順番で置いたそうです。すると次の朝にはもとの位置にもどっていたそうな。今度はワザとお母さん(姑さん)のを最下段において置いたらまた不思議なことに朝になったら元の位置に。そこで彼女はやっと分かったんだそうです。これはこの家のプライオリティかと。お母さんに聞いても私は知らん、存ぜぬの一点張り。だったら嫁、姑のバトルがあった日はこの嫁さんお母さんのスリッパを最下段においておいたそうです。結果は目に見えていますよね。その通り、で、また次のバトルの後ではさすがに最下段に置くのはよくなかったと反省したのか最上段においておいたそうです。但し、裏返しにしてですと。お〜お怖い!!

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2008年09月08日

マナーについての一考

最近特にマナーの悪い人が目立ちます。
昨日も喫茶店での出来事なんですが、自分の携帯電話のバッテリーが残り少なくなっていたんでしょう、勝手にそこのお店のテーブルの下にあるコンセントに断りもなく充電していた人がいました。たかが充電というなかれ、これはれっきとした窃盗行為です。同じような事は各医院でもあるように聞いています。例えば同じように携帯の充電をすれば厳密に言えばそれは窃盗行為に当るし、しかしどこの医院も大げさには言わないし、おお目に見ているのが現状ではないでしょうか。チョット充電させてくださいって言われればイヤとはどこの医院も言わないと思いますがここは他人の喫茶店。充電させてといってもおそらく普通はお断りしますというのがスジだと思うしコンビニやら、携帯のショップなどには急速充電器も設置されているはずです。簡単に黙って使えば、分からなければイイや。そんなマナーの欠如が多いように思いました。水も電気も少々くらいヘッチャラなんて気持ちを起こさせる、起こしてしまう今の風潮に警鐘を鳴らしたいと思います。ただし、新幹線の座席の下(窓の下)にコンセントがあって車内でPCやら携帯の充電をしてもいいのだろうか?それとも車内の掃除用のコンセントなんだろうか?って勝手に思っている今日このごろです。

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2008年09月07日

いい経験でした。

今日は月イチの勉強会の日。毎月、岡山で勉強会ですが、毎月行っていると何だか遠かったのがウソのように新幹線の中で本を読んで時間を使っていたのもあっという間に時間が過ぎて行きました。そんな異文化交流だったのですが、行ってみてよかったと思いました。その新幹線の中で読んでいた本の中にこんな言葉が載っていました。好きなことは疲れない。また、笑顔は能力である。自分の喜びが相手の喜びでもあるのがプロ。頭では分かっている事も身を持って体験すること、大事なこととは?そして最後にこう書かれていました。 仕事を雑にしたとき、それは雑用になる。

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2008年09月06日

磨いていると磨けているは違うもの

何故だか土曜日になると混雑する当医院。
いままで1〜2人だった患者さんが土曜日になると来てくださる。ムダ話につきあってくださる貴重な方々である。その中に毎回、歯のクリーニングに来られる方がいらっしゃる。でもいつも下の前歯の裏に歯石がついている。本人は一日3回、キッチリと磨いているのに何ででしょうか?とご質問。何度も磨き方やらをお教えしてもなかなかこちらの思うようには磨けていない。何故?一度、ここで磨いてみてくださいとお願いして磨いてもらうと案の定磨けていない原因が分かりました。その方にこう言いました。たしかに歯ブラシを上手には使われていますが、磨いていると磨けているは違うんですよ。って教えてあげました。そう、磨いていると磨けているは違うものです。お分かりいただけたでしょうか?ただゴシゴシ磨くのはその通り磨いているだけ。磨けているはその中に意識(意思)が入っていること。磨いているゾという強い意志がそこに入っていないと磨いていることにはなりません。こういうデーターもあります。無意識に歯磨きをしてもらうと大体、同じ時間で同じ回数のブラッシング。これでは取り残しの箇所は毎回同じ場所。という事は、
その箇所は毎回磨けてなくて結局磨いてないのと同じ事になります。昔は磨き方で○○法だとか、××法だとかあったように思います。我々もそう習いました。
しかし今はその人に合った磨き方で丁寧に磨く事を推奨している先生もいらっしゃるといいます。
なんだかこんな事を言ったら歯医者さんみたい。

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2008年09月05日

どうしたことだろう

朝から初診の嵐。昨日の帰りのアポでは今日はゆっくり午前中は診療できるとおもっていたのに、ありがたい誤算。二組夫婦で来られて、それで四名。あと別に二人で計六名の初診の患者さんが来られました。
まぁこんな日もあってもらわないといつもいつも暇では経営的にはちょっとシンドイ。ありがたく拝診させていただく。前々から言っていたんですが日ごろなんともない時にこそ一度受診してチェックすることの重要性を事あるごとに言っていました。しかし一度にこう来られると、レントゲンやら問診やらチェックやらでどうしても時間が取られてしまって本来のアポの患者さんにご迷惑をかけかねません。しかしそこは上手くいくときはこういうものでチョット時間がズレて来られる。まさにグーなタイミング。こんな時は午後診の方が心配。けっこう混んでいたんでこのままならいいけど、キャンセルの嵐だけはご容赦願いたい。

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2008年09月04日

たまには外食もいいかも

久しぶりに昼食を代診の先生と食べに出ました。
いつも決まったお店ばかりで食べているのではじめてのお店に入るのには少々勇気がいるんですが、思い切って入ったお店の中での話しです。そこはお蕎麦屋さんで最近オープンしたばかりお店。内装もまだまだ綺麗で清潔感があってよかったんでこれで味がよければグーですね。と、楽しみにしていました。食べ物やさんで大切な事は勿論味です。それと清潔感、そしてやっぱり従業員の態度。これは我々の業界で言うと味の変わりに技術かな。三拍子揃えば職種が違えど流行らないわけがないと思いました。さて、この店はと言うと何だかすべてにおいて中途半端な感じがして一つもインパクトが無かったです。おそば専門店にしては禁煙ではないし、我々は二人席だったから良かったけれど、四人席では相席だし、詰め込むだけ詰め込むといった感じだし、まぁ期待したほどではなかったのかなってかんじでした。そして従業員のやる気。これも意気のいい鮨屋の兄ちゃんじゃあるまいし、元気良くとはいかないまでも覇気が感じられない対応ではのびたお蕎麦のような感じでした。やっぱり行きつけのお蕎麦屋さんがいいよね、ってことで一件落着。そこで今回分かった事はたまには違うお店で食事をしてみる。するとどこのお店が美味しいかよく分かるという事。
単純な事だが馴れ合いになったら我が診療所も伸びた蕎麦同様に飽きられてしまうように思いました。
へい いらっしゃい とは言えませんが。

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2008年09月03日

ブログの功罪

このブログを見ていただいている方から激励メールと批判メールを頂きました。まことに有難うございました。たまたま思い付きが講じてなにやら取りとめも無い事を書くことが多くなってきましたが一部の方から何なりとメールを頂くと益々励みになります。ここまで言うと何だと思われることでしょう。実は一昨日のあのスーパーの記事の一件です。先ず、激励メールから。オッチャン達は昼飯なんかを買いにスーパーに立ち寄ってお弁当やらお茶やらほんの2〜3品を買うのに前にその日の買い物に来たオバチャンたちの後ろに並ぶのがイライラ、お釣りも小銭で支払をするもので余計にイライラ。その様子が分かったオバチャンは臆する事も無く悠然とレジで支払。何度もこういう状況に遭遇した人からのなるほどメール。共感いただいてこちらも嬉しくなりました。私だけがこう思っていたんじゃないことが分かってほっとしました。次にご批判メール。私たちはその日の買い物をするのに毎日どれだけ大変かわかっているのか?と強い調子でメールからまだ湯気が立ち上っているような勢い。しかしその方もオバチャン専用レジには賛成のご様子。そんなレジがあちこちに出来たらほんま助かるワ。もっともっと言ったって。激励メールはほんの数行でしたが、その批判メールたるや今日のこのブログ以上の行数。
あ〜ありがたい、ありがたいとよくよく見れば、以前ここでも紹介した嫁、姑バトルを繰りひろげた友人のオカンでした。という事はさっきの激励メールはとよくよく見れば私の友人ではありませんか。なんでも一昨日の私のブログでまたまた親子、嫁姑のバトルがあったらしいのです。で、その内容はといえば嫁はいったいそのオバチャンっていくつからなの?ってそのオカンに聞いたからさあ大変。あんたももう十分大阪のオバチャンやで。これが弾薬庫の導火線に着火。彼曰く、もうチョット考えてブログ書いてくれへんか?とお叱りのメール。いたみいります。

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2008年09月02日

小学生にでも聞いてみたら?

昨日、福田首相が突然の辞意表明で各局のニュースは大忙しでした。もともと政治には疎い私ではありますが今回のニュースを見て思ったことがあってこのブログには不似合いなのは承知で書かせてもらいます。
まず、私には特定の支持政党も独自の政治哲学などと言う難しい事はまったく持ち合わせていません。いい大人がと笑われるかもしれませんが、毎回、当然選挙にも行きます、しかしそのマニュフェストやら街頭演説だの、宣伝カーのアナウンスしか我々庶民にはその政策や理念など知るすべはありません。だからその一票は大事だと思っています。与党、野党の違いは当然政治に限らず世の中のいろんなことにもあてはまると思います。会社にしろ病院にしろ主流派、非主流派はあるものです。理念こそ違え我々の生活をより良いものにするといったことには変わりないではないでしょうか。与党が暴走しないようにチェックする。当然でしょう。でも民主主義である以上、いったん決まった事は一緒になって推し進めていかなければ全く進歩は望めないと思います。私はあえて子供にも分かるように優しい言葉で、単純明瞭に政策を行っていただきたいと思っています。こんなことを言えば笑われるとは思いますが、私が小学校時代に学級会や生徒会でこんな事を言われたのを思い出しました。みんなで議論し話し合いで、選挙で決まった事は反対する人もいてるかもしれないがみんなで良くしようという気持ちは同じなんだから皆仲良く一緒にこの学級を学校を良くしていきましょう。何かこんな単純なことではないと思いますが、行き着くところ基本はみんなで日本を良くしていきましょうってことだと思います。きっと小学生に聞いたほうがいまの日本をより良い方向に導いてくれるような気がします。 自戒の念を込めてこう言いたくなりました。

 まだまだ捨てたもんじゃないゾ。

 やる気になればやれるゾ。

 頑張れじゃなくて頑張ろうぜ。

 オリンピックでも一生懸命いっしょになって

 応援したじゃないか。 頑張ろうぜ日本!!

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2008年09月01日

たかが一言、されど一言

最近大手のスーパー(イオン、ジャスコ)なんかでも時々おこなっている所もありますが、友人の近くの中堅スーパーでのお話です。レジは10台程度の規模だから土日や夕方などはフル稼働しているんですが、平日は半分ぐらいはお休みしていてそう混雑もなくながれています。(平日は仕事で見ていない)その土日の混雑たるや前の道路から入ってくる車で**渋滞が起こるほど満員状態です。当然、レジも何分も待つことになります。一度お客様の声っていう投書箱にこれじゃたとえ何台レジを増やしても同じ、もっと効率よくするようにある提案をしました。それは商品5個未満、10個未満、それ以上の所。と言う風にしたらって余計な一言。まあ、こんな一般人の投書なんて期待もしてないし採用されないだろうとたかをくくっていましたところ、なんと久しぶりに入ってみたところちゃんとレジが三つに分かれて稼動していたではありませんか。それもスムーズに。エッエ〜!一般ピーポーのこんな投書でも採用されるんだ!と驚きでみていました。確かにお弁当にお茶だけの買いものでもたくさん買い込んだ人の後ろに並ぶんでイライラする事が多々ありました。これなら気を使わずにスッと通れるようになり、たくさん買い物をした人も後ろの人に気を使わずに済むようです。大阪人は並ぶのがキライというか、並べない。とよく言われます。まったくその通りです。自慢にはならないですが、大阪人は無駄がキライなんです。こうしてスムーズに流れていると納得してその列に並びます。でもよく見ていると流石大阪のオバチャン、カゴには三つの商品をいれて、レジに入り、あっネエチャンこれも一緒やって手にもった商品を追加しているではありませんか。こんなひとばかりではありませんが流石大阪人。それも大阪のオバチャン。 今度は大阪のオバチャン専用レジでも提案してやろうかと考えています。

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