2009年02月28日

掟破りの訂正投稿

大事な所で訂正箇所を発見。
それは ウソをついたら閻魔様が出てきて口を捻って
舌を抜いてしまうゾ。ってところが下になっていました。お詫びして訂正いたします。
でもよくよく読み返してみると、これでもいいかと思ってきました。先生って職業の人は下半身もダラシナイ人が多いから舌は下(シモ)にもかけて下としとけって悪友からの助言。ありがたくお聞きして、改めて訂正させていただきます。

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2009年02月28日

ウソつきは○○の始まりだ〜(先生)

早いもので今日で二月が終わる。
このまえまでお正月気分だとか言っていたものの歳を取るにつれだんだん早く感じるようになって来ました。最近特に思うんですが人と人との関わりってこちらとあちらの関係が昔みたいにスムーズに行かない場合が多くなってきたように思います。
人を信用するってことが昔は当たり前なことだと思っていました。最近は少々変わってきたようにも思えます。(私だけでしょうか?)
人の本心ってそんなに移り変わりやすいものなのかなってことです。それって何だか失恋に似てませんか?
こいつと連れそうって思って結婚したのに、いざ結婚してみたらこんなはずじゃなかったとか・・・
それはさて置き、ウソをつくならばれない様に、そして最後まで突き通せばそれはウソでは無くなるって誰かが言っていたような。でもなによりウソはイカン。
小学校で習った?(いや日本人の常識)ウソをついちゃ大人になってもろくな人間にはならないと先生に教えられた。でも、その先生もちょっとオカシクなってきているようです。先生と名のつく職業の人。そうです私たちも含めてです。医者、弁護士、教師、そして政治家。みんな先生と言う別称をお持ちの方たち。
ウソをついたら閻魔様が出てきて口を捻って下を抜いてしまうゾ。 あ〜あ怖い!一番ウソをついてはいけない人の口がだんだんひん曲がってきているって思うのはわたしだけでしょうか。

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2009年02月27日

名言。(考え方が変わるんじゃなくて、考え方が増える)

前出の友人の娘さんの話。
課外授業で施設の方へ行っていた。最初はジュラシックパーク状態やとかメールで言ってきていたらしいのだが、そのうちあまりメールも来なくなって少々心配していたと言っていた。その子が帰って来ていろいろ話を聞いたらしい。その変貌振りに両親驚いたといっていた。居ないと灯が消えたようだとか、食事がつまらないとか言っていたのに帰ってきた途端、もうちょっと行ってればとか憎まれ口を叩くような話をしていたという。まぁなにわともあれお疲れさん。
そんな子が言っていたんですが利用者は我々健常者と何ら変わりが無いことに気がついたとか。その瞬間から何だか気持ちの蟠りが消えたとか。フムフム。
人間の人生の生き方の深さを知ったとも。フムフム。
幸せって人それぞれ違っていて、それを支えるってことはすごい事なんだって。フムフム。
そしてその子が言っていた言葉の中にその子の最大の収穫というか学んだ事にこんな言葉がありました。

みんながそういった施設に行くと考え方が変わると言うが、考え方が変わるんじゃなくて考え方が増える。
そう言っていたのが大きな進歩のようだと友人が言っていた。オレももう少し若ければなぁ、そんな体験出来たかもって、オイオイおまえが言うのかい。

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2009年02月26日

平凡という幸せ

我々の仕事はよく考えて見れば同じ事の繰り返し。スケーリングからブラッシング。カリエスの充填やらクラウン、ブリッジ、デンチャーと形は違えど日々同じことを繰り返し行っています。当然、人のよってケースはちがうものの流れは同じ。性別年齢様々な人たちの治療には流れというのがあって少しでも予定が狂うと先々までのびてしまうのです。そこで思ったんですが一つ一つ単純作業の繰り返しが一番近道であるように思えてきました。
淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質だと誰かが言っていました。これといってなにも起きない。
普通の毎日こそが幸せの本質。このことに気づいてから少しストレスが取れたように思います。そこで今日の一言。

 誰でもできることを 誰にもできないくらいやれば

 絶対に成功する。 やってダメならもっとやれ。

 何をしたいのか 明確になった途端に何かが起こる

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2009年02月25日

一瞬先は 光です

友人の娘さんが大学の課外実習から帰ってくるという。それも約2週間の間、家を留守にしていたという。今まででもガールスカウトのキャンプくらいしか家を空けたことがなかったのにこんなに長期にわたって家を空けるというのはそこの家族にとっても始めての経験だったという。そこの妹さんはおねえちゃんとこんなに離れるのは初めてでいささか心配をしていたがいなければいないでやっていけるといかにも現代っ子。それに比べて親はどう思っているんだろうか。
平和な日々が壊されるとか、いないと灯が消えたように寂しいとか、会話がもたないとか、食事が美味しくないとか。でもやっぱりいつもいる人がいないとつまらないらしい。でも女の子だからいずれは嫁ぐであろう日のことが頭に浮かぶという。いればいたで喧嘩もあろうがいないとこんなに寂しいものだと実感したみたいだ。女の子を持った宿命だと言っていた。
嫁に行ったら行ったで寂しいし、行かなければ行かないで心配だとも。家族の歯車が一つ欠けてもスムーズには行かないとも言っていた。そして私はこんな事を思い出した。何かの本で読んだんだけれど、たしか
「どんなことでも、どんな時でも、自分を信じる。
一寸先は闇じゃなくて、光なんです。目の前が少し暗くなっても信じていればなんとかなります。光に向かって進むことが大事なんですよ。」
自分を信じて好きなものに打ち込むとき、一瞬先は光になるんです。
さあ、自分を信じて進んでいきましょう。

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2009年02月24日

幸せの方程式・・・

友人の娘さんが恋愛で悩んでいると言っていた。
いまどき珍しい話だ。いまどきの子はと言っては失礼だがおじさんたちの時代にはよくあったように思う。
今の子が無いという訳ではないのだが、おじさん的には珍しいと思った。それはこうだ。その友人はクリスチャンでよく聖書を読んでいる。別に牧師さんではないのだが、愛読書が聖書と言う変わった奴である。
「あなたが美しいのは、愛されようとするときより、
愛するときである」
聖書の中にある、言葉だとか。
その友人がこんなことを言っていた。子供が生まれて、愛する事と愛される事に関して、気づいた事があったという。
子供を思う気持ちと、恋愛で相手を思う気持ちで、決定的に違うところがあるという。
彼は寝る前に、子供の寝顔を見ながら、しばらく頭をなでているのが一番幸せな時間だと言っていた。
子供はもちろん彼がなでていることなど分からないし、でもそれでもいいと彼は言っていました。
大切な人がこの世に存在してくれること、それだけで最高に嬉しいと。子供が生まれてはじめて、愛されるより愛することの方が幸福感が深いことに気がついたと言っていました。そこで今日の一言

愛される人はかわいいけれど 愛する人はかっこいい

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2009年02月23日

聞く側の意識の問題か

昨日も友人たちと井戸端会議。
顔を合わせるたびにピンチだピンチだと言っている奴がいる。ひとには二種類あるという。有っても無いという奴。無いのに有るという奴。どっちもどっちだと思うけれどそれが違うと言う。何故か?それはこうだ。有っても無いという奴は実は几帳面で始末屋らしい。自分の分は確保しといてまだまだ欲しい欲しいと俗に言う(欲張りな奴)。そして無いのに有るあると言う奴は(ミエっぱり)。私はどちらでもないと言う方はごく僅かかもしれない。そして人が生きていくうえで誰しもぶち当たる困難というものがある。これも考え方一つで吹っ切れることもある。ある人にこんなことを言われた。それは「困難の無い人生は無難な人生。困難の有る人生は有り難い人生」なるほど。困難が無いという事は無難か、困難が有るという事は有難でははくて有り難いか・・・上手い事言うな。って関心しました。そしてこんなことも。「雨だれが石を穿つのは、激しく落ちるからではなく、何度も落ちるからだ」なるほど。これらのいろんな話を聞くたびに思うのですが聞く側に聞ける状態、意識がなくてはそれらの意味もわからないのでは・・・

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2009年02月22日

見えないところをきれいにすると、見えるところが光りだす。

昨日、岡山への出張で新大阪駅で事故があって列車が30分以上止まりました。改札制限やら入場規制でコンコースは人で溢れかえりました。たまたま一台前の列車に乗れたので時間にはギリギリ間に合ったんですが、そんなときに人って本性が出ますね。大人しそうなお上品そうなお嬢さん、見送りの人の前では「そうでございますね。おほほほ・・」見た感じエエ氏のお嬢様といった感じでしたが、列車に乗ったとたんに電話でこう言って、
「なぁ、列車遅れとってん、時間には間にあわへんからそっちへは行かれへん言うとってな、えっ、もうキャンセルでけへんの。しゃぁないやんか、行かれへんねんから。そやかて行かれへんのじゃ。」思わず聞きたくも無いけれど聞こえてくるあの素敵な容姿からは考えられないような言葉使い。誰がどこで見ているか分からんけれど本性むき出しでのあの言動。もうちょっとで騙されるところでした。人は見かけによらんものだということ。
そこでこんな事を思い出しました。それはある無名のデザイナーさんなんですが、実は「裏地」がよかったからなんです。裏地にデザイナーの拘りを感じたからです。
『見えないところにも、まったく手を抜いていない』
このデザイナーは服を作ることにきっと命を賭けている。そう感じたので好きになりました。
拘りは隠していたって、伝わってしまうものなんですね。やっぱり、見えないところに天使は宿るんですね。
かつて映画監督の黒澤明さんはこう言っておられました
『一生懸命に作ったものは、一生懸命見てもらえる』

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2009年02月21日

ゆっくりしたいが なかなか出来ない

今日は岡山へ出張。
今年初めての出張です。新幹線も慣れてきたし一度車でチャレンジしようかと思っては見たが元来の邪魔くさがりの性格。ゆっくり居眠りでも決め込もうと思っても一時間弱で着いてしまう。昨日書いた代診の先生の姫路も素通りで一度は途中下車でもして突然、診療所訪問でもしてみたくなった。
私も大学病院勤務のときにいくつかのバイトに行かせて頂いた。そのときの医院が幸いにも良い所ばかりだったので今思えば非常に助かっている。良い先輩や職員の方々にいろいろ助けられて(当時はそう思っていたかは?)今があるわけで、そう思えば今の代診の先生には何も教えてないなぁ。幾つになっても向上心を忘れちゃだめだし、これでいいやと思った地点で進歩は止まる。
たしかこんなことを先輩から言われたような記憶がある。
もう一度初心にかえってあの初々しい気持ちの頃に戻りた〜い。

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2009年02月20日

行きはよいよい 帰りはこわい

当医院のスタッフは女の子ふたりだけ。週に一回代診の先生が来てくれてはいるが毎日は私を含めて三人で診療をしている。嘗てはオヤジの頃は女の子が七人もいて一人の患者さんにシックスハンドで治療をしていた。受付にも二人座っていて賑やかだった。
でも数が多けりゃいいってモンでもない。最小限のスタッフをどう使いこなすかが院長先生の腕の見せ所だ。友人の診療所では受付に奥さん、娘が衛生士、弟が技工士、オヤジが一応院長先生。全くの家内コウギョウ。仕事の時は勿論、終わっても家に帰っても同じメンバー。これってどうよって聞いた事がありました。彼曰く。昔からこれできているからなんとも思わないって。しかし反対にこんな意見も。自宅と診療所がくっついていると夜中でも起こされて「歯が痛い、何とかしてくれ」って言ってくる患者さんがいるとも。
当医院は幸いにもオフィス街。まして自宅とは車で30分の距離。ちょうど気分転換にはいい距離。
嘗て代診の先生に来てもらっていた頃その先生が実家から通っていただいていた。それも姫路から。
新幹線通勤である。定期代もバカにならなかったけれど本人も市内にマンションを持っていたのに自宅からとは・・・そうなんです。市内でひとり暮らしをすると食事代洗濯代等等で十数万円かかるようです。なら自宅通勤に変えたら交通費だけでそのほうが安いといっていました。時間も梅田からでは一時間ちょいで帰れるとも。ある時、彼と一緒だと言って遊びに行っていたら彼から自宅に電話があって「院長先生もうお帰りですか?」って。家の者が「あら、一緒じゃなかったの?」って。あちゃ、バレテしまった。
次の日あんまり早く電話をかけてくるなと言ってももう後の祭りです。その当時の私の通勤時間は、行きは30分。帰りは2時間だったから。

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2009年02月19日

意見を言える環境を・・・

昨日、友人の会社の若い子としゃべる機会があった。
時々友人から聞いていた子である。彼はいつも引っ込み思案でなかなか意見を言わないって聞いていたのだが、会って喋ってみるとちょっと違っていた。
友人曰く。「あいつは自分の意見を言わない奴だ」といつも私にぼやいていたがよく聞いてみるとそうではなかった。彼が喋ろうとすると友人がそれに対していろいろ注文をつけたりするから、言いたくても言えないってことが判明。彼なりには意見も持っていてしっかりとした考え方である。ただ性格からかゆっくり落ち着いて喋るから(おっとりしている)だの言われるのである。そのことを彼に言ってみた。
「君の評価は何を考えてるか分からん奴とか、おっとりしていてつかみどころが無いって言われてるゾ」って。すると彼がこう言っていました。
「はい 分かってます。いままでは結構意見を言っていたんですが・・・」
そういえば昔の彼はよく笑ったり、喋ったりしていたのを思い出した。友人のオヤジさんの時代はもっと皆が活気があって人も生き生きとしていたように思う。
そして友人の代になってからは古参の人たちもだんだんと辞めていき残った人たちといえば俗に言う(イエスマン)ばかりになっていた。コレでは折角の代々ある会社が心配になってきた。いちど折を見て友人に意見してやろうと思っていた。ちょうどその晩に一杯飲む機会があったので言ってやった。
「オマエのとこの○○君、結構会社の事を考えてるゾ。」
「そうか あいつはオレにはあんまり喋らんから分からんかったワ」
「もっと社員の事、気を使こうたれや」
「いつも気使ことるで」
「いやいや まだまだアカンでそれくらいでは」
「そうかなぁ」
「そやで」
そんな会話でしたが最後には友人がこう言っていました。
「でもなあいつに酒飲ませたらメチャクチャ喋りよるで」
「そしたら飲み会でもして意見交換をしたらどうや」
「・・・・・・・・」
「どうしたんや」
「そしたら オレが無口になってしまうんや」

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2009年02月18日

話は最後まで聞いてみないと・・・

先日、同級生とこんな話で盛り上がりました。
「最近、患者さんの数がめっきり減ったと思わんか?」
「今に始まった事やないで」
「うち所は今、どん底やで」
「こっちは、早くからどん底や」
「なぁ、おまえ患者さんを早く終わらせるのと、ながく引っ張るのとどっちがエエか分かるか?」
「さあな、どっちがエエんやろうか」
「オレな最近、思うんよ。毎回少しずつ治療をして貰う料金を少なくして引き続き来て貰うほうがいいんか?それとも一度に時間をかけて早く終わらせるほうがいいのか。金額はかかるけど」
「歯医者の永遠のテーマやな」
「けど最近の患者さんは料金を安くしても続けて来なくなった」
「時間は有るけどお金が無いって」
「家族みんなで医者にかかれば1万円くらいあっという間に無くなるって」
「前にも言ったやろ。○○さん一家が一時間取っていて、一人キャンセルが出たらそこの家族みんな来ない。だからまるまる空いてしまう」
「でも一度に沢山治療しても(お金が出来たら来ます)って言われた医院もあるらしいで」
「ウチにくる材料屋さんも言ってたわ」
「このごろ材料が売れませんって」
「ほんまや、ウチも先月の請求みたら安くて助かったと思ったら点数も収入もえらい少なかったワ」
「ほんまにこれからどうなるんやろうなぁ」
「ほんまや」
とこんな話をしていて彼が最後にこう言いました。
「オレなコンビニ歯科、やったろうかって思ってるねん」
「何やそれ」
「24時間いつでも診療いたしますって」
「ふ〜ん。で、誰がやるねん」
「そこやねん、誰かやってくれへんかなぁ」
「オマエがやるんとちゃうんかい!」

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2009年02月17日

拘りは人それぞれ

今日はお食事会。
当医院ではスタッフの誕生会をしています。と言ってもワイワイガヤガヤの普段と変わらないメシ会です。
何だかんだと理由をつけてはメシ会をやっているので、本当の誕生日がいつかなんてどうでもいいけれど、メシ会だけは外せません。で、何が食べたいとかどこがいいとか、そんな事を考えているのが楽しいんであって美味い不味いは行ってみないと分かりません。条件は一度も言った事のないお店。ジャンルは当人の希望。今回の子は辛い物好き。それも相当の辛い物好き。一度イタリアンではタバスコ一本まるまる空けてお店の人を驚かせたことがあって今度もちょっと心配。家でもなんでもタバスコだと言っていました。
確か一度行ったお店でお徳用の瓶入りを真剣に欲しがっていてお店の人に言われました。「コレは業務用です」って。でも彼女もなかなか引き下がらない子で
「どこで買えるんですか?」って聞いていました。何でも普通の瓶は57mLで業務用は350mLだとか。まぁお徳と言うより何度も買い換えなくて済むからだそうです。と言う私も拘りがあって、(七味、一味、山椒)は某メーカーのモノしか使いません。だから携帯用のマイ七味を持ち歩いています。でもここでも私の拘りがあって、美味しいお店には同じ七味が置いてあるのでそれを使える。そしたら不味いお店で使うかと言うと、もったいなくて使えません。だからなかなか携帯用のは減りません。ここでちょっとした工夫で美味しくいただける工夫をひとつ。それは冷たいお蕎麦のだし汁にほんの少々七味を入れて、お塩をお箸につけていただく。まこと美味しいお蕎麦に変身しますよ。
但し、山葵は勿論、擂りたてを直接お蕎麦につけて。
でも行きつけのお店でないとだし汁を二つも用意してくれないのが残念ですが。

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2009年02月16日

残念至極

なかなか想いは伝わらないのが残念です。
こちらが良いと思っていてもなかなかその真意を伝えられないのって辛くないですか?人それぞれ考え方はあると思いますが同じように同じ方向を見ていたと思っていたのにチョット残念。気持ちを取り直して考え方を切り替えてやっていこうっと。依存体質の強い人には自分の力がどれほどのモノか分からない人っていますよね。そういう私もこんな経験をしました。中学生の時から受験生の高3の時まで塾やら家庭教師の先生が必ずいていろいろと勉強を見てくれていました。受験の時ふと我に返るともう頼れるのは自分しかいなくて心細くなった事を思い出しました。そして今になるまで大学病院やバイト先では院長先生や先輩たちがいてくれたおかげでやりたい事をやってきたように思います。でも今、自分が院長になってみて回りにやりたいようにやらせているかと言うと???です。
また若いからって簡単にまだ未熟だとは決して決め付けられないこともあったりします。歳だけとってもなかなか昔の自分を捨てきれない人も結構います。
まぁお互いの進歩のためにも自分で気がついてくれることを期待していこうと思いました。
(過ちを改まるに 憚る事なかれ)とはよく言われることですが過ちと分かっている人にはそれも通じることかもしれませんが、もともと過ちと思っていない人には憚れませんよね。人それぞれ思いはあってもそれに合わせるという事の難しさを痛感したこの週末でした。

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2009年02月15日

体質なんだろうか

友人にグルメな奴がいます。
そいつとこの一週間で食べたものを言い合いした時にちょっと驚きの事実を発見しました。
そいつの一週間のメニューというのは。
月曜日〜金曜日の朝食はバナナとヨーグルト。
昼食は職場でのお弁当。ここまでなら別にびっくりすることは無いのだが、問題はここからでる。
月曜日〜金曜日の夕食である。以下列挙すると。
(月)焼肉とサラダ (火)カレーとサラダとフルーツ
(水)中華料理とサラダ (木)お寿司とお造り
(金)イタリアン料理
ここまでなら別によくあるメニューだけれど驚いたのは土日のメニューです。
(土)朝食はモーニングのハシゴ 昼食は鉄板焼
   夕食はてっちり
(日)朝食はモーニングのハシゴ 昼食は中華街での中華料理のハシゴ 夕食はすし屋でお鍋料理そして〆はラーメン。
いくらなんでもカロリーオーバーだろうといったところ
体重はここ10年変化無しだとか。不思議なことである
もしも私が同じような食事をとっていたらきっと今頃はマックス体重で悩んでいることだろう。

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2009年02月14日

ストレスとチョコの相関関係は

今年のバレンタインデーは土曜日。という事は義理チョコは昨日までに渡すはずだと友人が言っていた。
で、昨日までに貰ったチョコは義理だと言うのが彼の持論。なるほど。でも義理でもいいからチョコをくれと彼が言っていた。それにブログに書いたGABAの話になった。
「何で ストレス社会で闘うのにチョコがいるんや?」
「きっと、イライラした時に甘いチョコがいいんとちがうか?」
「そうかイライラした時にはチョコか」
「だったらチョコの食い過ぎの奴はみんな太っているのか?」
「確かに我々の周りのメタボ連中もやっぱり食い過ぎか」
「あいつらストレスなんか無いはずやけどなぁ」
「・・・・・」
「・・・・・」
お互いの体型を見たときに思わず声が出なかった。
「オマエのストレス当ててみようか」
「わかるか?」
「わかるワ。嫁やろ」
「何で 分かった?」
「でも嫁さんもストレス持ってるんとちがうか」
「ナイナイ あいつにストレスなんて」
「なんでや」
「自分の好きな時に好きな事やってるのに何がストレスヤ」
「そうかなぁ」
「そうに決まっとる」
「そうかなぁ」
「何でおまえ嫁のかた持つねん」
「・・・・・・」
「何でやねん」
「・・・・・・」
「そうかて、オマエの嫁さんよう肥えとるし・・・」
「GABA大人買いしとったで箱で」
「・・・・・・」

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2009年02月13日

ということは・・・

今日でまる一年がたちました。
そうです、昨年のバレンタインデーのグッピーデビューをして、なんだかんだとしているうちにちょうど一年が経ってしまいました。昨日に最初から順番にブログを見直してみると、初々しさのあった頃も懐かしい。それに引き換えなんだか特定の人にメッセージを送っているようなのもあったりして。それにこのブログを通じてお知り合いになった方々、有難うございました。まぁのんびりと焦らず、腐らずいければいいかなって思っております。それと悪友連中にはいろいろとネタを頂戴いたしました事感謝いたします。中には「一周年じゃ、パーティーをやろうぜ」という馬鹿げた提案をしてきた○○君、ここに載っていた事を自分の講義に使わせてもらったと言ってくれた某大学の教授○○君、そしてメタボ会の憎めない連中たち、そして再三登場してくれて話題豊富な大阪のオバチャンたち、そしていろいろなネタを提供してくれた一般ピーポーたち、それらすべての方々に感謝しつつ日々これからも続けられたらなぁってしみじみ思っております。最後になりましたがつたない文章をお読みいただいた方々にはもう一度感謝いたします。有難う御座いました。で、今日の一言は。

 まぁ永い事やっていたらいろんなことがあるけれど

 続けれる事の大切さ、その意味がちょっとだけれど

 分かったときにこんな事を思い出した それは

    継続は力なり、そして財産なり。

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2009年02月12日

もうすぐバレンタインだ〜〜

友人の娘さんが親とケンカした。
何でも些細なことだと言う。内容はこうだ。
バレンタインが近づいて彼氏にチョコをあげるために手作りチョコを作ろうとしていた矢先に親に言われた一言。「せっかく、美味しいチョコをわざわざ手を加えて不味くしてどうする」って。冗談だとは思うが親も親である。せっかく娘さんが気分よく作って彼氏にあげようとしているのに、そんなこと言うモンではないと思う。また娘さんもそんなこと聞き流すだけの事って放っておけばいいんじゃないだろうか。
一年のうちで一番大事なバレンタインデーとクリスマス。考えて見ればそんなことに鈍感になった自分にショックを感じた。今年は貰えるかとか幾つ貰えるかとか。義理でしか貰えない歳になったことに少々、寂しさを感じる。現代では自分への御褒美とかで自分用に買う人が増えているとか。結構なことだと思う。
オジサン連中はチョコの種類や値段なんて全く知らないし、買いに行きたくても行けない。せめてコンビニで何気無く飲み物と一緒にちょこっとチョコを買うのが関の山だ。彼女がいればもらえるだろうが、いなければ一人寂しく板チョコでも齧るか。さもなければどんなチョコがいいか。結局、買ったのはこのチョコだった。
ストレス社会で戦うあなたに GABA だった。

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2009年02月11日

のんびりとした祝日にしたいものだ

今日は祝日。
気持ちは日曜。でも明日は木曜日、週半ばで仕事の調整がつかない。一日休みが入るとその前後が忙しい。水曜日の患者さんが木曜日に入ってこれからのアポにも移動が出来そう。今のアポのシステムでは患者さんを見て曜日が分かるようになってきた。この患者さんが来ると水曜日とか、決まって木曜日にしか来ない患者さんとか。
友人と昼から会う約束になっていた。高速を走っていて車の数が多いことに気づく。そうだ今日は平日の祝日。
高速を降りて信号ごとに検問の為の警官を見る。
その友人も今日は仕事だという。ご苦労さんな事だ。
仕事をしているときには、早く休みにならないかと思うし、休んでいたら早く仕事がしたくなる。誠に勝手なものである。彼とこんな話をしたことを思い出した。
「なんで、こんなに仕事ばかりしないといけないんでしょうね」
「でもな、仕事があるって事は幸せなことなんやゾ」
「あーあ、ゆっくり休みが取りたいですね」
「取ってもすることが無いのとちがうか?」
こんな会話だったように思う。でも今その心配が現実のものとして言われるようになった。仕事ができるだけでもありがたい。このシンドイ仕事も無くなってみればきっとそのありがたみが分かるんだろうなって思いました。結局、あちらこちらと車で移動すること200キロ。のんびりとした祝日にはならなかった。

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2009年02月10日

迷惑な話

昨日友人から電話があった
「オイ ちょっと聞いてくれへんか?」
「何や」
「今度 家でペットを飼うことにした」
「へ〜ペット?」
「ところがオレはネコがいいと思ってる」
「ふ〜ん」
「ところが嫁はイヌじゃないとダメだという」
「今 そのことでもめてる」
「知るか そんなこと」
まぁ私にはどっちでもいいことなんだけど、ここの夫婦何かあったら必ず電話をかけてくる。
「オマエの知り合いでネコとイヌを飼ってるところあるやろ」
「まあ 何人かはおるけど」
「どっちの方が飼いやすいって」
「まあ その人によるでぇ」
「うちならどっちの方がいいと思う おまえなら」
「う〜ん そやなぁ」
本当はどちらでもいいけど、私にゃ関係ないけれど
「ネコも飼ってるやつに言わせればそれはそれで可愛いし、イヌもまた同じや」
「そしたらどっちがいい?オマエに決めてもらう事でオレたち納得したんや」
「・・・なんでオレが・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「チョット待て もし何かあったらオレのせいにしようと思ってるやろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それにおまえらしょっちゅう出かけるのに・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「ペットの世話をこっちにさせようと思ってるやろ」
「ばれたか・・・」
「アホか我が家ではペットは飼われへん 言うてるやろ」
「知ってるよ オマエのとこではオフクロさんがこう言ってるんやろ『口とおしりのあるものはよう飼わない』って」
「知っとたら無茶言うなよ」
「ひょっとしたら もういけるかなと思って」
「アホか オフクロにいつも言われているのをオマエも知ってるやろ」
「そやなぁ オフクロさんいつも言ってるなぁ。きっとこう言うやろうなぁ」
『家(うち)ではあの子だけでも大変やのにそれ以上厄介かけんといて』って。


あ〜あやっぱりダメかって。最初から分かっていた事やろ。もしもって事があったらもっと早く自分で飼っていたわ。

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2009年02月09日

心の贅沢 ちょっといい話の続き

そのお気に入りの喫茶店で入り口の所の花瓶に何やら花が挿してあった。ほんのりと微かではあるがいい香りのする花であった。ママも何となくそのことに触れて欲しそうだったんですが、ちょっと焦らせて、帰りに知らなかったように聞いてみました。
「ママ、何かいい香りがするね」すると待ってましたとばかりママが食いついてきました。
「先生 いい匂いするでしょう」
「変わったコーヒーの匂いやと思とった」
「こんないい香りのコーヒーあれへんで」
「これこの花の匂い?」
「何の花か知ってる?」
ちょうどタイミングよく家にも同じ花があったんで憶えていたけれど、ちょっと知らんフリしようと思って
「何やろ?この花。香りは沈丁花に似ているけど、花は三椏にわかれているけど、葉っぱは無いし、せめて葉っぱでもあったらなぁ」
「・・・」
「そや、やっぱり三つに分かれているから三椏か?」
「・・・」
「なぁ ママこの花なんていうの」
「先生 ここのところは四つに分かれてるやろ」
「ホントや、でなんと言うの?」
「・・・」
「四つに分かれていても・・・三椏(みつまた)や」

 あ〜あ すっきりした。

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2009年02月08日

心の贅沢 ちょっといい話

昨日、お気に入りの喫茶店で美味しいコーヒーを頂きました。そのお店はママが一人でやっている小さなカウンターのみのお店です。コーヒーを頼むとお客の雰囲気、その日の服装などでカップを決めてくれます。
そこでこんな会話になりました。
「カップも飲み口の厚いの薄いのどっちがいいの?」
「口当たりは、冷めないのでカップは分厚いのがいいのかな?」
「でも飲むのはマグカップでも十分じゃないのかな?」
いろんな事を言ってママとの会話の中でこんな事を話してくれました。
「でもね、小さいときから高価なコーヒーカップを使ったほうがいいよ」
「どうして?」
「それはね、上等なカップは呑み口の微妙なカーブが丁度飲みやすいし、飲む時に唇が尖がらなくて。」
「唇が尖がる?」
「それはね、小さいときから良いカップを使うことで大きくなっても飲み方が綺麗に見える」
「ふ〜ん なるほど」
「それに高価なカップを使うことで洗うのも一つずつ丁寧に洗うから割れることも無いし」
「ふ〜ん なるほど」
「ここのお店はもう三十年以上やっているけれど、カップを割ったのはほんの少しだよ」
「ふ〜ん すごいね」
気持ちが入っていて一杯一杯を入れているから緊張感が好きだと言っておりました。
なんでもそうです、緊張感を持続することは難しいですが仕事においての緊張感、プロ意識、それらを再確認させてもらって美味しいコーヒーを頂いて、貴重な話を聞くことが出来ました。そしてお返しに先日このブログで書いた『とん蝶』の話をしました。
「ママ 今日は貴重な話をありがとうね。お返しにこんな話を知ってる?」
「何?」
「大阪名物の『とん蝶』の意味?」
「う〜ん 何だろうねぇ」
「教えようか?」
「う〜ん 何だろうか? トンボと蝶チョか?」
「・・・」
「知ってたの?」
「う〜ん 当てずっぽう」
へ〜え 参った 知ってたなんて。

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2009年02月07日

嬉しい誤算

昨日はちょっと遅い目の新年会。節分も終わって新年会はないだろうとのお叱りもあろうとは思いますが、今年初めていつものメンバーと会うのでやっぱり新年会。その中の一人にこのごろちょっと羽振りのよい奴がいて会社を立ち上げて今年初めて黒字になった記念にと記念品を貰った。それこそ彼が一生懸命働いたから黒字になったしそれが来期に続けれるようにとの励みにと貰った品である。日ごろそんなに人に物をやるなん縁遠い奴から物を貰うなんてちょっと怖い。でも人は関っていく人によって大いに変るものである。
運気の悪い奴らと関れば自分の運気も悪くなり、運気の良い人たちと関れば自分の運気も良くなる。
また部屋の様子も昔は空気が決してよいとは言えなかった。何だか澱んだ空気があったのに今はまだ昔に比べてではあるがマシになったと思う。彼に言った事がある。お金は使い方でどんどん入ってくるゾって。
自分の為に使っていては逃げていくし、人の為に見返りを期待しないで使えばまわり回って自分のところに戻ってくる。 そこで今日の一言

 お金は金に寄って来るが夢にはもっと寄ってくる
 

 

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2009年02月06日

久々に苦言を呈す

先日、お気に入りのお蕎麦屋さんに友人と行きました。ちょっと隠れ家的存在のそのお店は後輩に教えてもらってちょくちょく通っていたんですが、先日に行った時にあれっ?て思うことがありました。
私は蕎麦が大好物でその為には遠いところまで足を運んで美味しい蕎麦を頂くのが大好きです。何度かここのブログにも登場していたお蕎麦屋さんなどは仕事帰りに寄っては晩御飯の前のそれこそ「むしおさえ」で頂いておりました。当然禁煙なんですが晩酌のアテにお蕎麦。何か粋な食べ方をする人たちが集まっている場所だという事はわかっていました。しかし今回はチョット???というくらい???が付いてしまいました。
そこは日本酒も沢山の種類が置いてあってお酒飲みの方には堪らん場所だと思います。しかし純粋にお蕎麦だけを食べたい人にはちょっと迷惑な場所になっていました。いい調子になってワイワイガヤガヤ、それは結構なことですが、周りのお客さんがいてるのに自分たちだけがよければいいと言う態度、行動。やっぱり沢山のお客さんがいる席ではもう少し考えてもらいたいものだと思いました。そして究極は、酒のアテに出すために焼いたイカを注文した時です。店中にその匂いが漂いました。ここは禁煙のお店。タバコの臭いはダメでイカの焼いた匂いはいいのか?昨年に初めてこのブログに書いたのを思い出して、読み返してみた。2月15日のブログにも書いている「臭いと匂いの違いだ」折角、お気に入りのお店の一つとしていずれはここで紹介しようと思っていたのに残念。お蕎麦や出汁は一流なのに雰囲気やお客は二流ではお勧めできるお店には程遠くなった。確かに理想だけを言っていたら商売的にはキツイかも知れません。もし今度その店に行くことがあったら一言言ってやろうと思いました。「ここは禁煙、禁イカでしょうか?」ってね。
そこで今日の一言は。

 どんな場合でも 心まで忙しくするな

 一流を装っても大事なのは外ズラではない

 肝心なのは媚びない心意気

 目先の利益を求めるよりももっと大切なものを

 わすれないでほしい。
 

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2009年02月05日

日本語は難しいなぁ。

昨日、友人と他愛の無い話でウダウダ言っていました。それは最近の日本語って難しいなぁって。
そいつは時々分からん事を聞いてくる。今回は何でもTVのCMでたしかビールのコマーシャルでのことだと言う。「この味、雑味なし」とか。ん?雑味??
何のこっちゃ?いったいどんな味? ???
こっちはビールなど飲まないしアルコールはめったに口にしないからどうでもいい事なんだけど、そいつにとってはこの??があったら夜も寝れないって。
まぁ暫くは付き合ってやろうと考えて、ああだこうだと勝手な意見。それでもうそろそろ飽きたので「オレもう帰るワ」って言った時、土産に《とん蝶》を頂いた。これは大阪の人なら殆どの人が知っている食べ物。大豆と炊いたもち米に少し塩昆布を混ぜ真ん中に小さな梅干を入れただけの食べ物。よく家では亡くなった祖母が「コレはむしおさえ」って言っていた。これを考え出したら二人とも頭がパニック。そしてイライラが講じてこれ以上すると診療にも差支えが出てきそうな感じがしたのでここの製造元に聞いてみた。
それは、この包装紙にも書いてあるように、「ふるさとの味」なのでふるさとのイメージとして『トンボ』
と『蝶』なんだそうです。だからそのネーミングは、「とん蝶」だそうです。あ〜〜スッキリした。
まだそのことは奴には知らせてない。きっとこのブログを読んでスッキリさせてやろう。でもこんなことでわざわざ本社に問い合わせるとは我ながら呆れてしまうのである。でもやっぱり聞いて良かった。聞かずに悶々とするより聞いてスッキリする方がいくらか身体に頭に良いではないか。このくらい一生懸命に仕事に精を出せっていうお叱りが聞こえてきそうなので今日はこれくらいで。そこで今日の一言。

 大切なのは分からないことが起こったら

 直ぐに動け、うだうだ言うよりやってみよ。

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2009年02月04日

奇跡ってあるんだぁ〜〜

友人の奥さんがとある新年会での事。
初参加の新年会があったそうです。昨年から楽しみにしている趣味の会みたいな集まりの新年会で最後にクジ引きがあったそうです。一等はなんと宝石。(何でもその先生がお気に入りのペンダント。)二等はコレも宝石入りのブレスレット。参加者は三十数人で宴会の最後にクジ引き大会をしたそうです。
年長者から順番にクジを引き、新参者のその奥さんは当然最後に引くことになったそうです。三十人くらいからまだ一等も二等も出ていないのにだんだん参加者から「本当に入っているの?」とか「今年は残念賞ばかりじゃないの」とか聞こえてきたそうです。
そしてついにその奥さんの番になりました。まだクジは沢山残っていて一枚引いたそうです。まだ開かないでもう一巡して一人二枚のクジが引けたそうで、全員にいきわたったところでその奥さんもクジを開けたところ何と、一等と二等が当ったそうです。当然本人も回りにいる人もそこの先生さえビックリされたとか。「あなたに当るような気がしていたのよ」って先生に言われ、周りからは「よくもまぁ二つも当ったわねぇ」とのやっかみをもものともせず帰って来て家族に報告したそうです。そしてその先生にこうも言われました。「あなた 今日は良い事があるから帰りに宝くじでも買ってみたら」その奥さんは興奮さめやらず帰りにキッチリ宝くじを買ったという事です。そして彼はこうも言いました。奇跡が二度続くとは・・・
二度あることは三度あるって言うじゃないですか。

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2009年02月03日

あららお役所体質か・・・

昨日、持って行かれた自転車を後輩と一緒に取りに行きました。いろんな人から散々、お金はいくらやとか、いっぱいあるから自分のがわからへんゾだとか言われながら待ち合わせの場所へ。すると先導してくれる車がやってきました。その車の後をついて行くと高架下に自転車が沢山保管してありました。まともなのからは遺品同然のまで運び込まれた日ごとに並べてあって向こうの人がこう言いました。
「どんな自転車でしょうか?」
「色、形は?」
「特徴は?」
またお役所仕事のように聞いてきたので、友人がこう答えようとしていました。
「ハンドルがついていて、タイヤが二つあって、座るところがついていて・・・」
普通に聞いたら絶対に怒るであろうけれど、そこは公務員の人たち、フンフンと聞いておりました。
「それでおたくの物という、証明は?」
「自分の自転車の鍵を持っていたら、自分のものという証明ではないですか?」
「なるほど・・・」

こんな事ではきっと違う人がいい自転車を取りにくるなぁって思いました。
「鍵を持っていないと自分という証明ができないから・・・」
そんな事を言われたからこう言い返しました。
「鍵が無くなったからそこにおいて置いたのに持っていかれた。だから鍵が無いんです」
「・・・なるほど・・・」
全くお役所体質とはこの事かって少々呆れてしまいました。

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2009年02月02日

やられたぁ〜〜

当医院のあるビルには専用駐輪場がない。
当然ビルの前に自転車通勤の人たちと一緒に駐輪している。月に一回くらい取締りの紙が張られて気づくたびにはがしていたんだが今回張られていたの気づかずにいたのでキッチリ持っていかれた。シマッタ!!
早速ネットで調べて問い合わせてみた。やはり先週に運ばれたらしい。こちらとしては言い開きが出来ない。ビルの管理人の人も医院の名前か何か書いてあれば剥がしておいたのにって言ってくれても後の祭り。
やっぱり自転車にも名前は書いておくべきだった。
その場所は当医院からは4〜5キロ先の十三大橋の下にあるらしい。そこまで行くのも持って帰るのも如何したものかと考えていたら後輩が運んでくれると言う。
ありがたいことである。でも、その時ふと考えた。
大阪市内で梅田周辺はタクシーで行くには近すぎて歩きは今度は遠すぎて全く持って中途半端なところ。
やっぱり自転車が一番便利な場所なのかもしれない。
ただ、普通に歩いたり車で移動するには道が分かっているんだが、いざ、自転車となれば非常に難儀な場所である。何せ梅田周辺は地下街が発達していてどこへ行くにもすべて地下街でつながっているから非常に便利だが自転車には非常に不便なことが分かった。
車のレッカー移動には何度か付き合ったことがあるので場所も方法も分かっているんだが取りに行くのにタクシーを使えば帰りは乗って帰らなくてはいけない。たかが自転車されど自転車。無ければ非常に困る。買い変えれば簡単なことかもしれないが、愛着もある。
その困った時に後輩に相談したらいいですよって言ってくれた。車で運んでくれることになった。

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2009年02月01日

オン・アロリキャ・ソワカ

今日から7日まで節分厄除け大法会が行われます。
「あびこさん」近くにあるご本尊が聖観世音菩薩のお寺。厄除けのお札授与所や護摩祈祷受付所は大勢の参拝者で賑わっておりました。もう遥か昔に厄年も過ぎましたが何度もお参りしている所でこの一週間は特別な一週間です。的屋もたくさん出ていて子供も楽しんでおりました。昔は人生五十年って言われていましたが、今では八十年はあたりまえになっているようでその点で言えば定年過ぎの六十歳過ぎがあぶないかな?そんなこんなで次の厄があるかないかは分かりませんが、あっても乗り切れるようにしっかりとお参りしてきました。
後輩の友人が同級生達と一緒に』会社をつくりました。最初は順調にいっていましたが考えてみればそこは同級生達。同じ年の集まりです。厄年になったら当然皆が厄年の同級生達。一人でも大変なのに皆が厄年なんて考えただけでも恐ろしい。やっぱり結果は・・・
その連中たちともいまだに交流があるのは嬉しくもあり怖くもあり。

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