2009年06月30日

一大事だぁ~!でも一安心。

昨日、前にも書いた友人の事で話し合いがあった。
彼はチョットだけイタイ病気になったんで、勤め先も吟味に吟味し
無理のない勤務先を探して、初めは何とか勤める事が出来ていたが開業一年目の厚労省の指導あたりから雲行きが怪しくなってきた。
それが昨日一気に爆発してしまいました。
まず、その指導直後から院長には全くと言っていいほど改善する気が無い事。そして代診の先生にマル投げ。マル投げしてくれるんだったら、全部をマル投げにしてくれればいいものをお金に関する事、材料、技工に関すること、その他諸々をいちいち院長の確認無しには何も出来ない状況は全く前任者の時と変わっていない。それかよりひどくなっているようにさえ思えてくる。例えば、材料についても在庫ゼロ。もし急患や、新患が来られて入れ歯が割れたら、一人分なら何とか修理できても、立て続けに来られたんでは全く対応できないと前から言っているのに、一向に改善されない。
それと注文するたびにいちいち院長に受付が確認を取ってからの注文。今すぐに必要なモノにまで発注から入ってくるまでに一週間はかかる、タイミングが悪ければ10日~2週間かかる。そんなに患者さんは待ってくれない。コレも前に書いたが注文を受けてから材料を切るっていう食堂よりもひどくて、注文を受けてから材料を買いに行くって感じです。まだもっとひどく言えば、注文を受けてから種をまいてこれから育てて収穫するとでも言いましょうかって感じです。ここまで悪口を言いたくは無いが彼の名誉のタメに言っておきます。友人は某歯科大学の大学院までも優秀な成績で卒業して立派に開業をして彼を信望する患者さんも着いていたのに、体調を壊して開業を諦めざるを得なくなった。何とか勤務医ならいけそうでって事で勤め先を探して今のところに勤務したんですが、ハッキリ言って私の目からも(覇気が無い、やる気が無い、必死さが無い)こんな診療所で彼は悪戦苦闘してくれていました。でもやっぱりダメでした。その原因をもう一人の友人と深夜まで話し合いましたが結論は出ませんでした。やっぱり世の中にはいろんな歯医者が居るんだという事が分かった次第です。
患者さんの為を一番に思い、何が一番良いかを考えた時に出た答えは一つでした。

こんな歯科医院は診療してはイカンという事でした。
患者さんには早く転医してもらいちゃんとした診療をしてくれる歯科医院に行ってもらう事が患者さんの為になるという結論でした。

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2009年06月29日

院長 ちょっとボケました~?

私の好物にバームクーヘンがある。
最近はいろんなタイプのが出てきている。値段もマチマチ。
昨日、友人のオヤジさんのお見舞いに行った帰りに最近出来たと聞いていたバームクーヘンの専門店に行ってきた。絶対、初めての人にはわからないだろうって場所にある。私も当然、何度もお店に電話を入れながらナビを駆使して近所まで行ったが最後はお店の人に前まで出てきてもらってやっと分かった。
優しい味だ。その証拠に買いにくるお客さんの殆どが若いカップルか赤ちゃん連れ。勿論赤ちゃんと言っても離乳食を離れたばかりの子供だ。コーヒーも本格的で隠れた穴場になる事間違いなし。
私の場合、ここでこう書くときっと直ぐにメールか電話で場所を教えろって言う奴らがいる。当分は秘密だ。そんな奴らが行って折角の穴場が穴場でなくなってしまったら、今、行かれている常連さんたちに申し訳ない。小さな子供たちにも申し訳ないですから。
そんなこんなで、その後、お決まりの神戸~六甲コースで昼から岸和田でお仕事。でもここの院長大のゴルフ好き。調度、石川遼君のラスト3ホール。診察時間はもう当に始まっていて、患者さんも入ってきている。でもきっとテレビを取るだろうなって思っていたら案の定テレビにくぎづけ。手に汗握る場面。看護師も受け付けも院長を呼びに来るがソファをたつ気配がない。まして灰皿に1本、口にくわえタバコ、その上また新しいタバコに火をつけようとしている。「院長タバコ!」そう言うとまだ火をつけていない方のタバコを何と灰皿にもみ消し、口にくわえた方のタバコを元のタバコ入れに直し、もう全くこちらの声さえ耳に入っていない様子。こんな時に誰かが院長にモノ申すようなら最後、何を言われるかはみんな分かっているので、そっとしていると、最後のパットを入れた途端、
時計を見て、「もうこんな時間か なんでもっと早く呼びに来ない」こんな声が聞こえてきました。ヤバイっておもって待合室を見てみると患者さんもテレビのまえで同じように見ていたんで、事なきを得た。それから患者さんと喋る事喋る事。結局始まったのは午後の診療時間開始から30分が経っていました。またそのあとで院長と私があそこはああだこうだとゴルフ談義。院長があの何番ホールの攻略の方法を私に説明し始めた。黙って聞いていたがあまりに詳しいから院長に聞いてみた。
「院長先生 メッチャ詳しいですね」
「当たり前やろ あそこのコースはなんども回ってるんや」
「そうですか」
「でもな あそこは何度回ってもな 難しいねん」
「そうですか」
「あの難しいコースでな あのスコアや」
「ハイ」
「立派なものやと思うワ」
「本当ですね」
「オマエもそう思うやろ」
「はい」
「いっぺん オマエも回ったらエエねん」
「・・・」
「なんやったら 紹介したろか?」
「・・・」
「ここのメンバー知ってるから 頼んだるワ」
「・・・」
「いらんのか?」
「院長先生 誰にこのコース頼みはるんですか?」
「そらな・・・」

「すまん オマエやったわ」

そうなんです 私はここがホームコースなんですわ。

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2009年06月28日

お見舞いは慎重にね・・・

今日は朝から友人のオヤジさんのお見舞いに
いつも何かがあったときには大きな病院にお願いするとか、緊急時に提携の病院にはお世話になるであろうけれど、仕事以外ではお見舞いなどでしか行くことがありません。大きな病院ほどお見舞いなどの時間の決まりがうるさくて、時間内のお見舞いを徹底している。携帯然り。もう一人は『突発性頚動脈瘤』で緊急入院。ストレスが原因だとか。今日は仕事も午後からなんで午前中はお見舞いの日に。その友人曰く。
「突発性頚動脈瘤だとさ」
「へ~おまえがなぁ」
「急に肩が腫れてきてな」
「それで」
「肩こりのひどいのだと思ってから」
「ふ~ん」
「いつもよりマッサージの時間を長くしてもらった」
「それで」
「それがイカンかった」
「なんで?」
「あんまり揉むとヤバイんだって」
「どうなるんや」
「血栓が細かい欠陥に詰まってしまうんやって」
「ふ~ん」
そんなことを言ってました。また別の友人はこうも言ってました。
「なんで いままで気がつかなかったんや」
「いつも肩こり症やからかな」
「ふ~ん」
「それならオレたちみんな検査しないとな」
「なんでやねん」
「そうかて オマエがストレス感じているんやったら」
「なんや」
「俺達もみんな同じやないか」
「オマエらとは出来が違うワ」
「まぁ 早く良くなってくれよ」
「おう そうするワ」
そのあと友人たちでまたワイワイ、ガヤガヤやってました。
でえも我々の仲間だから早く良くなってくれること願います。
でもなぁ、欠席裁判みたいで嫌やけど、いないと何を言われるか、それがまたストレスになって入院が長期になるんではないだろうか?
それはそれで大変だ。

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2009年06月27日

ちゃんと理解してくださいね

昨晩から今朝にかけてひっきりなしにメールや電話がかかってきます。あの反響たるや凄いものがあります。
みんなが言うには自分の数字は分かった。でもそんなの財布に入ってないやないかってね。当たり前です。そうそう見つかるものではありません。見つかってたまるかもんです。だから見つけてたときの喜びもヒトシオなんじゃないですか。
ワザと見つけたんじゃなくて、偶然見つけたときの喜び、それを宝物のように大事に保管しておく。我が家の家人には全く理解してもらえません。(お金はお金、それが千円が千五百円になるなら別だが・・・)あぁ、なんと嘆かわしい限りでしょうか。
また、別の連れは連れたちで、お互い交換したら早く集まるんじゃないかとか。こうなるともう最後、こいつらには何を言ってもダメな気になりました。
結局、こういうことだと私は理解しています。それは『お金を意識しろ』『お金を大切にしろ』 当たり前だという声が一斉に聞こえてくるとは思いますが、そういう事です。
もしそうして大切に扱ったお金を世のため人のため、または自分のタメに使って何かしら効果があったら知らせてください。

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2009年06月26日

ここまでやるか・・・   その答えとは

昨日の引っ張りようはないでと言う、お叱りの声をあちらこちらから頂きました。あ~あ 皆さん聞きたいし、興味があるんだって実感しました。留守電にも、メールにもその他の連絡網を使って、人よりいかに早く情報を知ろうとする輩が多い事か。あんまり煩いともう答えを書かないゾっていう脅しもなんのその。ただ人より早く答えが知りたいという単純な理由の奴らのためにも、もう少し引っ張ります。まぁこいつらには金儲け、イヤ失礼、きっと世の中のタメに使ってくれる事を期待してなんて、これっぽっちも思っていないことですから、きっと今度の週末に競馬で当てたいとかパチンコでこの頃の負けを一気に取り戻したいという、アサハカナ考えの人にも効いてくれるからやっかいなんですねぇ。
さて本題に戻りますが、この数字のお札を使ってお願い事をするとお金が言う事を聞いてくれるっていう、誠に単純な事ですがその反響や私の周りの人たちには結構あったらしく、一部の人たちからも少し洩れて伝わったと聞きます。ただ昨日も書いたように、このお金を使う使い道なんですが(自分のお金をどう使おうと勝手やないか)そこのところがこれからお金に(好かれるか好かれないか)の差なんだという事を肝に銘じてください。(早く言え)っていうお叱りにもめげず、昨日の④の様にお金を使わないって事が出来る方のみにきっと幸運は舞い降りる事でしょう。そのお金を人のタメに使えるか、有効利用を考えているか、お金に好かれるようにしているか、人それぞれ違っていいんです。結果が出ればそれでいいし、出なくてもそれでいい。出ないからと言って恨んじゃいけません。それはあなたがまだお金に好かれていないって事だと思ってください。 (コレだけ振ったらもういいだろ)ではお教えいたしましょう。お金に好かれるその秘密とは・・・・





先ず昨日の運命数の話思い出して頂けたでしょうか?
まだの方は早速昨日のブログを見てください、ここでは割愛させていただきますが、その『運命数』の数字をお札の数字に当てはめてみてください。お札には必ず英語と数字が書かれています。その数字のみが有効なんですが、昨日のブログに書いた例に当てはめますと、運命数『8』の方は数字の頭が8で最後が9になる数字のはいったお札を集めてください。『**8○○○○9*』
教えてしまった!これでこの事を知ったあなたはこれから幸福な人生が約束されたも同然です。オメデトウございます。
ただ千円札、五千円札、一万円札これらみんなに有効ですから
財布に入っているお札を早速調べてみてください。 ありましたか?あったらそっとそのお札を抜き取ってください。そしてちゃんとそのお札を別の入れ物に入れて他のお札と分けてください。
コレはいざと言うときに使う大切なお金です。お札の中のお札。
いわば『KING OF お札』です。この事をくれげれもお忘れなきよう。 みなさんお金に好かれてくださいね。

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2009年06月25日

ここまでやるか・・・

今日はすご~くタメになるお話です。
いつだったかここのブログに書いたかもしれませんが、私の周りの友人、知人から多くの驚きの声が寄せられています。
私は以前から実行しているんでなんら驚かないんですが、彼ら彼女らにはきっとコシを抜かすほどの驚きだったに違いありません。
早く教えろってですか、もうちょっとお待ちを。そもそもこの方法は私の師匠の教えで、門外不出、(そんな大袈裟なものではありあせん)でも実際に信じる人も少なく、結果オーライなのかもしれません。でもお金をかけずにお金が増える。人の力を借りずに自分に成功を齎す。ここまで言えばあなたも少しは興味が出てきたんじゃないでしょうか。(まだ 引っ張るか!)そんなお叱りの声が聞こえてきそうなんでそろそろお教えいたしましょう。
『あなたは自分の運命数を知っていますか』こんな事を書いたのを覚えていらっしゃる方もあると思います。まず、ここから。
自分の運命数は自分の西暦の数を全て足して、例えばこうです。

 1967年4月8日なら1+9+6+7+4+8=35.
  そしてその35は3+5=8

このかたの運命数は『8』なんです。そしてここまでは皆さんいろんな占いで使われているから知っている人は沢山いらっしゃるでしょう。その後が問題なんです。(早く言え)ってですか、もう少し引っ張ります。その人の運命数に人は少なからず影響を受けているという事を皆さん知っていてもらいたいんです。
その結果、こんな事が起こったんです。

 ①この数字のお金を使ったら宝くじが当った

 ②この数字のお金を使ったらパチンコで大当たりした

 ③この数字のお金を使ったら競馬で大当たりした

 ④この数字のお金を使わなかったから思いのほか貯金できた

その他諸々のお知らせを頂きました。不思議なもんですねぇ。
私は①も②も③もしませんからそれらの結果には正直分かりません。でも④の結果は自分で実証済みだからハッキリ言って間違いないでしょう。自信あります。デモ本当はお金を貯めるためにこんな事を言っているんじゃありません。その貯まったお金で世の中の役に立つように使えって言ってるんです。自分に関わりのあるお金を有効に使う。コレって大事じゃないですか?無駄に使うも有効に使うもお金はお金。お金の事を『御足』って言うでしょう。まわり回って自分のところに返ってらっしゃい、それもひと回りもふた回りも大きく育って返ってらっしゃいってね。

ここまで引っ張りましたし、興味が湧いた方もいらっしゃるとおもいますのでその答えは・・・・・・
















   明日、お答えいたしましょう。でも知ったら目からウロコですよ。  乞うご期待あれ。(引っ張りすぎてスミマセン)

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2009年06月24日

ちゃんと連絡は受付に・・・

今日は朝から天気が良いが、朝一の患者さんは近所の同級生。
モーニングは一緒じゃなかったからまだいいが、朝のモーニング、昼食、その後のコーヒータイム、三時のティータイム、そして帰りの喫茶。会う機会はこんなにあるのに会わないときって全くの音信不通。いつもアポなしで突然来るんでスタッフには不評。ちゃんとアポして来たためしがない。案の定に今、留守番でアポ通りには行けないって私の携帯に電話。ちゃんと受付にしろよって言ってやりました。
「おう おはようさん」
「おはようさん」
「オマエ 今日モーニングに行ったんやろ」
「行ったで」
「一足違いやったんやな」
「ほんまかいな」
「おう 行ったら女の子が、今先生帰られましたって」
「ホンマかいな 助かったワ」
「何でやねん」
「何でって 朝からオマエと会うと 一日が調子悪いねん」
「なんでやねん」
「やっぱりおまえは疫病神や」
「なんでやねん」
「朝 会ってロクな事ないからや」
「うるさい」
「こっちも あさからオマエの顔なんか見たくもないわ」
「ほっとけや」
「オマエ この前のブログで書いていたホタルな」
「何や」
「あれr いつ行くんねん」
「まだわからん」
「オレも連れて行けよ」
「いやや」
「なんでやねん」
「オマエとホタルは似合わん」
「うるさいな ほっとけ」
「ホンマはまだきまってないからわからんねん」
「わかったら 絶対教えろよ」
「ハイハイ」
ここまで言って電話を切りました。
いったい何やったんや。この電話は。
女の子からこんな一言が。
「先生 また○○さん来られませんが、何か連絡ありました?」

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2009年06月23日

頑張れ オヤッサン

今日は知り合いのオヤジさんの手術日。
頚椎の狭窄でシビレが少々出てきたといっていた。
年齢は80歳、手術するなら今しかない。でも例えどんな手術でも手術は手術。何が起こるか分からない。無事に生還する事を願っている。
クビの後ろを切開しての手術。術後は暫くはうつ伏せの状態での生活。ところがこのオヤジさん『達磨体型』ビヤ樽体型なんで事前のうつ伏せでの生活、1時間ともたなかった。だから心配。
いったい手術後のうつ伏せ体制を維持できるんだろうか?
これは他人事ではない。自分も完全なるメタボ体型。このオヤジさん程ではないにしてもかなり似ている。もし自分に置き換えたらきっと出来ないだろうって思った。
我々の生活、何気無い生活の中にも病気は潜んでいる。もし自分が急病になったりケガでもしたらいったいどうなるのだろう?
14~5年前に自分も診療所で滑って大たい骨を骨折した。そして救急車で病院搬送、でも二度同じところを骨折しているので三度目は出来ないという事で、牽引してギブスでの固定。そして一週間程度でリハビリ開始。昔は石膏のギブスで重いはムレるはでもう大変でした。今では樹脂を固めたギブスで軽いしかゆくなっても、コンプレッサーの空気を当てればいささか軽減します。昔はハリガネをうまく伸ばしたり丸めたりしてかゆい場所を掻いた事を思えば、ものすごく簡単になりました。
でもギブス状態のままタクシーで診療所まで毎日通って、診療をしたのを思い出します。代診の先生が居たには居ましたが、やっぱり心配で診療所に顔を出していました。我々、歯科医師は体が資本。
自分が入院でもしたら誰が後の面倒を見てくれるんだろうか?
誰も自分のところが精一杯。休んだ医院の事など考えてくれないのが普通だ。幸いにも私の場合は友人たちが、自分の所の休診日に順番に助けに来てくれた。ありがたいことである。50歳も半ばに差し掛かると体がいう事を聞いてくれない。家庭では家族がいう事を聞いてくれないし、診療所でもしかり。頼るのは自分しかないって事をしみじみ感じる今日この頃でした。
ただ今手術の真っ最中。オヤッサン頑張ってください。無事の帰還をお祈りいたします。その暁にはまた一献。

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2009年06月22日

またまた忙しい日曜日でした。

大阪は朝から雨。
昨日、吉野のお山へお参りに行きました。午前中の診療は休みになったと前日にメールが入ったので急遽山行きになりました。
天気はまだ何とか梅雨の中休みか、雨はまだもってくれていたので午前中にお参りに行く事が出来ました。やっぱりお山はいいです。
気分がシャキっとします。脳天さんにていつもお世話になっている先達の先生のお護摩があったので参加させていただき、身も心もリフレッシュさせていただき帰路に着きました。途中、一時的な雨には遭いましたが何とか大阪に帰ってきました。本当は昨日の午後には地域寄席の500回記念公演があって、今回の目玉は上方落語協会会長の桂三枝師匠がこられました。当然前売りは4月中に完売。それでも知らずに来られた方が沢山おられました。近所と言う事もあり知り合いにスタッフの方々も沢山おられたので差し入れのオニギリと熱々のコロッケをと近所のお肉屋さんへ開店前にもかかわらず数十個揚げて頂き(ゴメンナサイ、今日買いに来られるお客さんには数が減ってしまいました)スタッフに差し上げました。
行った人の話では今までで最高の人で尚且つ最高の盛り上がりだったそうです。(行けずに非常に残念でした)四月に前売りの地点できっと即完売にはなるだろうって思ったんで家族の分と二枚頼んであったからウマクいけたんですが、急遽山行きが決まったんで知り合いにその券を差し上げて行ってもらいました。その四月に岡山に出張の時に偶然新幹線で三枝会長と席が前後になって前からちょっとだけ顔見知りだったんで挨拶をした時に今度楽しみにしている旨を伝えてあったのに残念でなりませんでした。でも代わりに行かれた方から丁重なお礼の電話を頂きこちらが恐縮いたしました。
そして岸和田の仕事帰りに向こうのスタッフからこういわれました。
「先生 そろそろまたあの季節がやってきましたね」
「ホンマ そろそろやね」
「いつ 行かれます?」
「いつ 行きましょうか」
コレはなにももったいつけているんじゃないですが、肝試しやないですよ。 そうですホタル観賞です。
数年前に友人に教えてもらったある場所に山全体がホタルで光るっていう体験をしたので毎年の恒例になっているんです。
これからいろんなところで、このホタル特集が出てくる頃だと思いますが、これって水がキレイになったって事?だったら良いんだけれども客寄せだったら嫌だなぁ。
もし全国の皆さんの所にも、ウチのホタルが最高じゃってところがあれば教えてくださいね。

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2009年06月21日

私もやっぱり意地っ張りだと思う

昨日、友人とこの診療所に行ったとき時間があったので診療の仕方をいろいろと指導(そんなよいものではありません)しました。でも衛生士のに直接言うとまた拗ねたりすると友人に迷惑がかかると思ったんで、その友人に言うことで自分に言われたかもって思わせようとしました。(はたして気付いたかどうか)
友人も暫く実地から離れていたのでやっぱり少々の不安はあったんですが、やっぱりそこは先生暦二十年以上の彼の事、直ぐに勘を取り戻してくれました。
前回には印象の仕方や石膏の流し方やらを指導したら、100%とは言いませんが前回よりは改善されていました。今回はミラーテクニックを実際に自分が患者さん役になってもらってこのやり方では痛いか痛くないか、体験してもらいました。やっぱり身をもって体験してもらうのが一番かなって思いました。
勘の良い者なら自分に言われているって分かると思ってますが、さてどうだか。
自分のところではやっぱり聞いてくれるかは自信なかったですが、一度ミーティングでやってみて良かったので、これは是非やってみたかったんです。
自分のスタイルは大事です。それがやり良い仕方かもしれません、でももしもっとやり良い仕方があるなら教えてもらうチャンスかと思い少しだけポイントを言いました。分かる人には分かるところだけでもいいから身につけて欲しいものです。昨日、最後の一言を追加したときに何となく書いてしまいましたが、今思えばこれって自分が純粋に感じたことだからやっぱり誰がどう言おうとやり遂げたいことです。友人に言われたことでちょっと???って思ったんですが。
もう一度書いてみたいと思います。

『自分の足を棒にしてでも、他人を幸せにする行動をとりなさい。周りからバカと思われる事でも。周りに理解されなくても。』

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2009年06月20日

体が幾つあっても足りません

今日から友人の診療所にお手伝い。
土曜日は二箇所で診療しているが、もう一箇所増えてしまった。
余計なお世話といわれているのは百も承知。でも頼まれたらイヤといえない性格をお見通しで頼まれてしまった。自分のところもちゃんと出来ないのにって批判をもろともせずに、他人の所やから出来るんやと理屈に合わない屁理屈を言いながら、(本当は自分のところもそうしたい)から実践かたがた行くんです。
地域差も、勿論あるとは思いますが、何より人です。
やる気を見せないとダラダラでは何にもなりません。態度で示さないと。それに決めたら直ぐに動く。コレって大事。頭では分かっていても(本当は分かっていない)体が付いていくうちにやっておかないと。ビシッと言ってやろうじゃないか。(逆に言われたりして)他所の診療所を診るのもいいモンです。自分のところには無い何かが見えることも、また見直さないといけない所も見えたりなんかして。
本当に体が幾つあっても足らないようです。体重が分散してくれるなら幾つでも分散させるのに。
でもこんなことも言われました。今の素直な気持ちです。
『自分の足を棒にしてでも、他人を幸せにする行動を取りなさい。周りからバカと思われる事でも。周りに理解されなくても。』

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2009年06月19日

『本気で成功したければ 手を抜くな』 これがなかなか難しい

人には好調,不調の波がある。
いつも好調ばかりが続くとも限らない。また不調ばかりが続くとも限らないかって言えば、コレはそうではなくて好転しかけているのにコレに気が付かないのでチャンスを逃しているって事もある。
さてこの好調、不調の波をいかに気づきその波に乗るかは日頃のその人の生き様だ。調子の良い時は何をしても巧くいく。コレが落とし穴だ。『好事魔多し』日頃から注意深く生きていると、些細な事でも好調から不調に反転する目を摘むことが出来る。
先輩からの教えにこんなのがある。『本気で成功したければ、手を抜くな』いつも肝に銘じている言葉だ。何となく巧くいっているのは成功しているではなくて、たまたまだ。だからコレを確固たる成功に結び付けるには本気になる事だ。
誰だって失敗はしたくない。でも失敗は必ず起こる。それをいかに大難を小難に、小難を無難に変える事はできる。それも心の持ちようだ。占いを信じるもよし、バイオリズムを信じるもよし、信仰に助けを求めるもよし。その他、自分に合った事で乗り切ってもらうしかない。かつてここでも紹介したオヤジと久々に会った。今回は普通にTシャツを着ていたが昔着ていたTシャツの事が忘れられない。覚えている方もいらっしゃるかと思いますが、そのTシャツにはこんな事が書かれていました。『頑張れ言うな 頑張っとるワイ』でも果たしてどうだろうか?本当に限界まで本気で頑張ってるか?この本気が大事だ。一皮剥けるかどうかはこの本気にかかっているんじゃないだろうか。

誰でもできる事を 誰にもできないくらいやれば 絶対に成功する
やってダメなら もっとやれ 何をしたいのか明確になった途端に何かがおこる。

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2009年06月18日

感化されやすい自分がいます

今日は診療所に早く着いた。
昨日から明日は早く行って診療所の掃除がしたくなったからである。それは昨日のブログに書いていたお気に入りのお店の事が大いに参考になったからだ。医療も食べ物屋さんも清潔が命。毎日、仕事が終わってから掃除をするのだが、この頃の掃除を見ていると何となく掃除をしているように思えられてならない。そこに何かが足らないって感じたからだ。何が足らない?『気』だ。何も難しい事を言っているんじゃありません。この『気』って言うのは、何をするにもやってるぞって言う気持ち。だらだらやってたのでは、その
『気』は出ない。これって何事にも言えるんじゃないでしょうか。
よく患者さんにこう言います。『歯を磨いていると磨けているは違いますよ』って。そうです歯を磨くという行為一つとっても、何気無く磨いていたんではそれは磨いていることにはなりません。ただハブラシを歯に当てて擦っているに過ぎないからです。磨くって言うのは擦るではなくて「しっかり擦って歯の汚れを取るゾ」って言うのが磨くです。ある人はこんな事を言っていました。
「その行為に気持ちが入るかどうかで、おのずと結果に違いが出てくる」って。全くその通りだと思います。気持ちの入っていない磨きではただの擦りです。磨きじゃありません。
また別の人はこんな事も言っています。それは『食べて痩せよう』です。コレはどういうことかといえば何気無く毎日食事を摂っていたんでは、カロリーオーバーで太るんだそうです。(なるほど)
コレを食べて痩せるんだという強い意志をもって食事を取ると必要以上の太るというのをおさえられる効果があるとも。(なるほど)
ここまで言えばお分かりかと思いますが、でもこの緊張を持続させるのは難しいんです。人はせいぜい40~50分がこの緊張を維持させられる限度だというのを聞いたことがあります。だからダラダラの仕事は効率が悪い。メリハリをつけるというか、ON/OFFをつけるというか、そんな事をしながら効率よく仕事をしていくのが良いみたいです。
話は脱線しましたが、仕事前に私はもう一度前日にスタッフの子が掃除をしてくれたにも関らず、仕事前に掃除をする、コレが自分の気持ちのON/OFFにつながるように思っているんで実行しています。これも仕事に入る前の私のルーティンです。

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2009年06月17日

流行っているお店のある法則

昨日お気に入りのお店(お好み焼き)に仕事帰りに寄りました。
そこはカウンターだけのお店なんですが、三人で切り盛りしているお店です。お婆ちゃんと息子さんとお孫さんの三人でやっているんですが、いつ行っても待ちは当たり前のお店。幸いにも昨日は御客さんの入れ替わりの時間帯だったのか待つ事無く入る事が出来ました。いつもはイライラして待っているんですが、今回はスムーズに入れた事もあって待ちも気になりません。その上中で待っていてどうしてこのお店はこんなに流行っているんだろうかってじっくりと観察する事が出来ました。まずお客さんに注文を聞いてからでもイライラさせずに待たせる事が何より凄い。三人の連携プレーとでも言いましょうか全く無駄がない。慣れって言えばそうかもしれませんが、酒を飲む客、子供連れの客、一人で来て食べている客、アベックの客。様々なお客さんにも慣れた対応で常連客や初めてのお客さんにも同じように無駄な動きもお世辞も無く見事に焼き上げていきます。
普通、お好み焼き屋さんってどこか油でギトギトしているってイメージなんだけれどもここは全然違って先ず、掃除が行き届いている。奥にあるトイレも綺麗。そしてキャベツなどの食材も地べたに置いてなくて、ちゃんと籠に入れてある。いろんなお店を知っていますがここはその中でも三本の指に入るほどの味、値段、雰囲気のあるお店です。何よりお婆ちゃんの元気な事、こちらまでその元気を貰えるようできっとお客さんはこのお婆ちゃん目当てじゃあないかって思うほどです。
前にも書いたが儲かるお店の法則にちゃんと則っています。
安いだけでもダメ、雰囲気が良いだけでもダメ、勿論味が不味ければブ~~!そして絶妙の味付けがあって初めて流行るって事が分かりました。
我々の仕事にも当てはめてみたらどうでしょうか。
某牛丼屋さんのキャッチフレーズじゃないけど安い、早い、美味い
でお客さんをつかむのと同じ事で安い、早い、そして痛くない。
これだけで患者さんが増えるわけではないが、やらないよりやった方がいいに決まっている。目線は患者さん目線。そしてその患者さんが何を一番に希望されているかを早く見つけて、じっくりと話しを聞いてあげて、上手に治す。これ大事な事だと思いませんか。
まぁだれもみんなこのようにしようとしているんだけどなぁ。

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2009年06月16日

人にはそれぞれ適正ってヤツがある でもな・・・

先日より機械の調子がもう一つだ。
何とか騙し騙し使っていたがそろそろ限界か?
タービンのホースの所から水が少し漏れてきているように思ったんで早速修理をお願いした。悪くなる時って重なるものでタービンだけなら何とかやっていけたんだがシリンジのボタン付近からも水が漏れるようになってきた。こりゃイカンって事で早速に修理に連絡を取ってもらった。
連絡して直ぐに動いてくれるから今のメーカーにしたんだけれど、いろんなメーカーがしのぎを削っている中で生き残るには何かしら付加をつけてやっていかねばお客はついてこない。
このメーカーは歯科ではまあまあ中堅どころではあるが、フットワークがよい。それと営業の人には悪いが営業よりも修理部門に重きを置いているからどんなトラブルにも直ぐに対応してくれる。
別に何かを貰って宣伝しているわけではないが、口先の上手い営業より寡黙でも黙々と修理してくれるほうが私は好きだ。
人は目先は華やかな部署や人気の部署に行きたがるものである。
しかしそれら全てが一つの会社の人間である。勿論、口が上手い人には人を納得させる技術があるだろうし、機械イジリが好きな人に営業に行けといっても気が重いだけである。人には向き不向きがある。その中で自分の得意分野を活かせる部所につければ幸せだ。
オレはこんな事をするためにここにいるんじゃないって思う方もいるとは思うが、自分の能力の何分の一しか自分には分かっていない事もある。意外な才能ってヤツである。
我々の仲間で転々と職を代わる奴がいる。この歳になってもなかなか自分の適性を分からない奴。ここまでくると定年になってから自分の適性を知ってしまう。もう手遅れだ。
早く自分で気がつくか、誰かに見つけてもらうかして適正な職に就ければ幸いだ。でももし就けなければどうだろうか?それは不幸か?いえいえ就けなくてもそこでの仕事を楽しめれば、郷に入れば郷に従え式に楽しもうではないか。何事も自分の気持ちの持ち方次第だと思うのだが。  だから人生五戒だ
『怒るな』 『威張るな』 『焦るな』 『腐るな』 『負けるな』

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2009年06月15日

親友と悪友の区別って難しいなぁ(着歴を見てみよう)

世の中にはキッチリしないと気がすまない人がいる。
しかし それだけで何事も上手くいくとも限らない。
『潔癖症』聞こえがいいが、言い換えれば『融通が利かない』
何でも物事には裏表がある。一方通行な見方は自分に幅が無いようにしている。両側通行なら余裕を持って物事を判断できるんじゃないだろうか?
そういう私も結構堅物って思われている。自分じゃ物分りが良いほうだと思っていたんだが、違うらしい。
友人曰く。オマエは独特の判断基準を持っていて、自分の意見を押し通すって言うのが友人評だ。(そんな事無いとおもうけどなぁ)
でも、そう思われているって事はきっとそうなんだろう。
最近読んだ本の中にこんな事が書かれていた。

「許す者は許される、許さない者は許されない」それはこの宇宙には「投げかけたものが返ってくる」という法則があるからだ。
この投げかけたものは返ってくる、っていう事は言い換えれば
(投げかけないものは 返ってこない)という事だ。
物理学的には 作用=反作用、仏教学的には 動=反動だ。
何だか難しいようだが実は簡単な話だ。
つまり、「投げかけたものは返ってくる。投げかけないものは返ってこない」
「愛すれば 愛される」「愛さなければ 愛されない」
「感謝すれば 感謝される」「感謝しなければ 感謝されない」
「嫌えば 嫌われる」「嫌わなければ 嫌われない」
「憎めば 憎まれる」「憎まなければ 憎まれない」
簡単なようでなかなか難しい事である。
コレは「つらい」「苦しい」「悲しい」「悔しい」といい続けていると、周りはより一層そうなってしまう。またこの逆もあるんです。他人に喜ばれる事をしたら、自分も喜びに感じる事を頂くっていうように、投げかけたものは返ってくる法則が働いているんです。
友人がいない、電話もかかってこない、誰も近寄ってこないって言う人は、先ず自分から投げかけてみる、それが第一歩じゃないでしょうか。
但し、私のように少しの友人と、残りの大多数の悪友に恵まれて?いる人にはこの法則の一部は当てはまらないかもしれません。
こうしてブログを書いていても側においている携帯はなり続けている。決して着拒しているわけではありません。物事には優先順位があるんです。直ぐに出るって言うのは必要があるからで、後でカケなおすって言うのは う~ん優先順位が低いのかなぁ。
だから私の携帯電話の着歴には着信履歴には友人。発信履歴には分かってもらえるでしょう、そこまで言わなくても・・・

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2009年06月14日

たまの休みも休みにあらず 小さな幸せは何だ?

たまの日曜日にゆっくりすると何だか得をした気分になってしまう。
いろんなことがあった一週間でした。
毎日、たんたんと過ぎていくのもいいが、忙しく、気がついたら日曜日ってのもいいもんだ。仕事中毒の人間が仕事を離れたら何をしていいかわからなくなるって言っていたんだが、まさにそのとおり。次の仕事に向って英気を養ってって思っていたら、休みのはずの仕事場から電話がなりました。曜日を間違った患者さんが来られてどうしましょうか?っていう電話。普通なら今日は休みだからって言ってもらうはずが、休みだからいいですよって言ってしまった。ウン?何のための?休み。やっぱり仕事人間は仕事をしているときが一番落ち着くんかなぁ??

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2009年06月13日

正直者がバカを見ない世も中がいつになったら来るんだろうか?

昨日、中国に行っていた友人が帰国した。
今回は山の中の農場まで足を運んで来たと言っていた。
中国産の野菜から日本では使われていない農薬が検出されたので、直接、現地を視察するって事で急遽、中国に出張することになった。簡単に中国といっても相手は広い国。まして言葉もあらゆる地域で方言なんて生易しいものではなくて、全くの別言葉だ。当然、通訳も付くが国民性の違いから通訳と現地の人との間にも意思の疎通が、まして日本人と中国人の間には途轍もなく隔たりがあったそうです。
中国人には何故、日本人がこの農薬程度で大騒ぎするのか分からないし、日本人には使用禁止の農薬を中国人は何故に簡単に使うのか、全く水と油だ。
自分とこの畑ではその農薬は使っていないという。でも上の農地で使用したものが流れてきたものはしょうがないって言う考え方だ。我々がその用水路の水を使って何が悪いって。そう言われたんで現地で調査したところ、全くのデタラメできっちり使用していたそうだ。まさかここまで調べには来ないってタカをくくっていたみたいだ。日本の会社のまさか社長がこんな所まで、直々に出向いて来るなんて思っても見なかったようで、慌てたに違いない。
ここに両国の違いがはっきり出ています。分からなかったらいいだろう、これくらいなら許されるだろうは過去の日本にも当然あったと思う。でも必ず、お天道様は見ておられるって事、そしてウソをつくとそれを誤魔化すためにまたウソをつく。正直に生きるって事が簡単なようで難しい。小学校のこどもでも、まして幼稚園の子供にも当たり前だが『ウソをついちゃ ダメですよ』こんなこと、基本中の基本。ウソをついたことのない人なんていないと思う。ウソも方便なんていわれるが『ウソはウソ』『ダメなものはダメ』これがなかなか難しい。
政治の世界だって正義が通らない。通らなければ大臣ですら辞職する。
こんな世界っていやですねぁ。正直者がバカをみる。お国も会社も、我々、庶民にも。
でもやっぱり正直に生きてりゃ何か良いことあるかもしれないって思うのは、
間違っていませんよね。よね。よね。

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2009年06月12日

続く時には続くもんだなぁ

昨日は友人二人と久しぶりに食事に行きました。
ドタキャンの○○とか言ってゴメンネ。半信半疑だったんでチョットは心配しましたがちゃんと来てくれました。時間ギリギリには違いないけどね。そしてもう一人は絶対車で来るって思っていたんですが、なんと電車で来ました。それも久しぶりの電車だと言っていました。慌てて飛び乗ったら何と女性専用車両だったとかで、次の駅までドアが開くまで只管、冷ややかな視線を一身に浴びて身の縮む思いだったとか。(少々ダイエットになったかな?)
で、昨日に限って、珍しい事に午前中の患者さんから差し入れっていう事でケーキを頂きました。ありがたいことです。それも二組から。そして友人も手ぶらでは来にくいって事で彼もケーキを。
冷蔵庫にギリギリ入ったんはいいけど今日中にお召し上がり下さいって書いてあるからさあ大変。食い意地の張った我がお腹のムシたちには絶好のチャンス到来。よしよし待ってろよって内心喜んでいました。ところがどうでしょう、昼からの患者さんからも差し入れってまたまた頂き物が。(何じゃ 今日はいったい如何した事やら)続く時には続くものですね。まぁ野球で例えたら同じ勝つなら1点差でも10点差でも勝ちは勝ち。なぜに他の試合にとって置かないって事に似てるか。(こちらは生もの)
毎日一組づつ頂けたらこんな嬉しい事はないって、勝手な思いでありがたく頂きました。でもさあ大変、冷蔵庫はもう満杯状態でした。昔スタッフ込みで三名の時にある患者さんから頂いたケーキ20個の事を思い出して、どうしようか?その時は当ビルの管理人さんやら同じ階の事務所の皆さんで助けていただいた記憶がありました。それでも今のウチの子たちはあんまり甘いのを食べない子たちで一瞬前回のような事を思いましたが、冷蔵庫を整理して分けようと箱を開けてみたら、一つは焼き菓子だったんで何とか冷蔵庫に入りました。それでも各自責任食いでひとり数個。コレはちょっときついかもしれません。そう思っていたら今日は代診の先生が来られる日でした。ヨシ これで冷蔵庫のモノはハケルって思いでその先生に聞きました。
「先生 今日は何だかへんな日でねぁ」
「どうしたんですか?」
「午前中に二組、同級生の○○先生からと昼からの患者さんからも差し入れを頂いたんです」
「へ~それはよかったですね」
「先生手伝っていただけますか?」
「そりゃもう 喜んで」
「助かります」
「いいんですか 頂いて」
「こちらこそ お願いしたいですワ」
そんなこんなで今日中に何とかなる事になったんですが、 あら?
何だか少し様子がオカシイ。それは我々はここで食べていただけるって思っていたんですが、あらら様子が・・・
「今日はケーキのお土産があるから買わなくていいわよ」
何となく聞こえてきた代診の先生の電話。それは家族の方にかけているって事が直ぐに分かりました。でもそうすると数が・・・

結局、頂いたものをみんなで分けてスタッフの子たちにも持って帰ってもらいました。 あ~あ一件落着って思っていたらそうはいきませんでした。今度は我が腹のムシが爆発寸前です。結局、自分の分は自分で帰りに買って帰る事になりました。でもこれでみんながま~るく収まってくれるならお安いご用だ。 何てね。

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2009年06月11日

久しぶりのランチでもってか

今日は久しぶりに友人たちとランチです。
当医院はオフィス街で殆どのところは土日休診が多いんですが、友人たちのところは結構、木曜休診が多いみたいです。
たまたま一人は奈良県勤務でこの奈良県って所は木曜日に休診されている先生が多いため何でもゴルフ場に行ったら、同業の先生たちと会う機会が多いって聞いたことがあります。また月曜日の休みが多い業種では理容、美容の関係の方が休まれている事が多いと同じようにゴルフ場やらその他のリクレーション施設でよく顔を合わせたとも。その友人もどっぷりと田舎生活に慣れてきてしまうと、大阪まで出て来いって行っても、めんどくさい、邪魔くさいってなかなか出てきません。今回、調度大阪に出てくる事があったのともう一人の友人とも久しぶりって事もあって久しぶりのランチです。
もう一人は友人の中でも優秀な奴で某市の歯科医師会の会長をしていた奴です。滅多に彼から弱音やグチを聞いたことが無いんですが(私はいつもこいつにグチを聞いてもらってます)いろいろあって少々落ち込んでいるって聞きました。だから気分転換にメシでもやろうって声をかけたら気分よくOKを貰いました。彼は今回、あろう事かレセプトを社保と国保を入れ違って発送してしまったと言っていました。本当に弘法も筆の誤りってやつです。
でもそのお陰で久しぶりに三人でメシを食えるんで私的にはラッキーかな。
私のブログでチョイチョイ出演してくれる連中だからこれからのネタを仕込むには調度いいんじゃないかって思っているところです。
ただこの時間で少々心配なのは、一人は『ドタキャンの○○』であってもう一人は『超おいそがしいの中年暴走族、メタボのGTR』
彼らだってこっちの時間に合わせてくれるって保証もないし、お互いに利用するだけ利用している仲だし、どうなることやら。
友人の中でもこいつらは大学の同級生、いわば同業者。話す内容も同じことが多いようですが、趣味、癖その他のいろんな経験から話題が尽きない連中です。まぁちょっと高尚な友人たちです。
こんな事を書いていたらきっといつもの友人たち(あえて悪友といわせてもらうが)からはブーイングの嵐が起りそうでこわいですが。
私は本当に友人に恵まれてるって言うか恵まれてないって言うか、まぁどっちでもいいんですが、こうやってツマラン事のネタを提供してくれる奴が多いんで本当に感謝してるんです。で、こいつらのいつも会っての話の内容なんてつまらない事が多いんですが、誰かの失敗や揉め事なんかは格好のネタにされるんです。
我々の間ではいつもこう言ってます。それは

<人の不幸は蜜の味、一度経験したら 堪らんのう>

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2009年06月10日

昨日の補足です

いやぁ~ビックリしました。
昨日書いたブログの反響が私の周りで、ああだこうだと煩いくらいにざわついています。私としては通常の当たり前のことを書いたのであまり気にしなかったんですが、夕方から寝るまで携帯を見ていなかったのでメールや留守電に入っているは入っているは。
で、簡単な補足とその考え方を(私が教えてもらった)説明しましょう。
これはあくまで信じる信じないは個人の勝手なんで、気にしない方がいらっしゃっても、気にする方がいらっしゃってもご勝手に判断してください
よく○○占いなどにあなたの生まれた生年月日の数字を全て足して自分の基本の数字を出す方法があると思います。それと同じ考え方だと(私は勝手に理解していたんですが)思って先生に聞いてみました。  先生曰く。 ハイその通りですと。
その数字がその人のあらゆることに影響をする数字だとは皆さん思っても見なかったでしょう。でもそうなんですって。そもそも人は何らかの数字に左右されていて(支配されて)それからは逃れられないみたいです。そして自分の生まれた曜日にも何らかの影響があるらしいのです。
だから私たちが日頃から何気無く使っている「数」には、たんに数量を表す言葉としてだけでなく、伝統に基づいた意味が込められているんです。
例えば、畳一帖の『一帖』は、かつての日本人の成人男子が横臥して寝られる広さを基準に決められています。その畳を二つ合わせると『一坪』ですが、これも、成人男子が生きていくのに必要な一日分の稲が取れる耕地の広さが、目安になっているといわれています。どうです参考になったでしょう。(私は知りませんでした)
そして陰陽思想の影響も多く受けています。日本では言葉に言霊が宿ると考える『言霊』の国です。その音や意味から「二」「四」を忌み嫌う傾向があるのはご存知の通りです。ご祝儀には「二」で割り切れる札数を入れるのを避けますし、病院などでは特に4階にあっても「401」とか四のつく表示はしないものです。
反対に「三」「五」「七」の奇数は陽数として、縁起のいい数とされ、お祝いの席に用いられてきました。簡単に言えば二月二日、四月四日。六月六日などの偶数の重なる日は特別な日ではないのに、一月一日(元旦)、三月三日(桃の節句)、五月五日(端午の節句)、七月七日(七夕の節句)、九月九日(重陽の節句)などはすべて、お祝いの行事が執り行われる日です。
本題に戻りますが、洋の東西を問わず、「七」は聖なる数として考えられてきました。そしてまたこんな事にも現れています。
月の運行は七日ごとに様相を変えていきます。細い三日月が七日たつと半月形の上弦の月となり、また七日たつと満月になります。さらに七日たつと下弦の月となりそれから七日で新月となります。古代の人はこの月の変化を時をとらえる尺度とし、暦の基準としました。そこから、「七」は特別な数字と考えられるようになり、生後七日目にお七夜の誕生祝を行ったり、法要も七日ごとに行われるようになりました。
だから何って言わないでくださいね。自分に影響を及ぼす数字を知っておくだけでも何かと参考になったのではないでしょうか。
まぁ私の悪友たちには奇数偶数などはあまり関係がないみたいで、
ある奴はこんな事を言っていました。
「オレ別に奇数でも偶数でもどっちでもエエは」
「何でやねん?」
「そうかて奇数偶数関係ないもん」
「そやから 何でやねん?」
「同じ数字が揃ったらエエねん」
「・・・・」
「やっぱり単発よりは確変の方がエエに決まってるやろ」
「・・・・」
「オマエはパチンコしないからわからんやろうなぁ」
「ホンマにオマエの頭の中 見てみたいわ」

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2009年06月09日

自分の誕生日は何曜日か知っていますか?

年に二回の断食を始めてもう十数年になります。
この中でいろんな健康についての話がありました。
○○断食だの**健康法だのその他諸々ですが、ここで最も効率の良い方法をお教えいたしましょう。
それは自分の生まれた曜日に断食をするとより効果があるそうです。コレは断食に関らずあらゆることに通じる事だと言われています。決断、決心、自分にとっての重大な事を決める時には自分の生まれた曜日の守護霊が大きく影響しているという。
確かに二つに一つって事よくありますよね。その大事な分かれ道に立ったときどちらを択ぶかはさてどうでしょうか?あなたは自信がありますか?神頼みにしていませんか?
そこで自分の生まれた曜日をさぐる方法をお教えしましょう。
『万年カレンダー』なるものをご存知でしょうか?
この万年カレンダーなるものを検索して自分の生まれた曜日を知っておくと何かと便利です。
そしてその自分生まれた曜日に断食するとより効果が上がるといわれています。その他の事でも重大な事を決める時にも自分の生まれた曜日に行えばよいとされています。
私はたまたま日曜日が生まれた曜日だったんで、それを聞いてからはなるべく断食もその他諸々の決め事も日曜日にするようになりました。そう思ったら何だか気持ちも楽になって日曜日が楽しくなりました。
友人曰く。それはオマエが日曜日に生まれたのかは知らんが、だれでも日曜日は気持ちが楽になって楽しいんじゃ  だって。
仰せのとおりに御座います。

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2009年06月08日

名言(迷言)にはならないだろうか・・・

友人が昨日から中国に出張に出かけた。
その前日に深夜までお茶していた時の話だ。
その中に面白い話しがあって一瞬、納得したり、そりゃ無いだろうって思ったこともあった。それはこうだ。
(くれぐれも性差蔑視しているのではありません)
『女性は嫉妬と自惚れ、男性は虚勢と小心』
ここまで書いただけでもう反感の眼差しがこちらに向いているって事は薄々、感じている事ではありますが。
人と比べて自分はどうだ、って事を男性よりも女性の方が凄く気にしているように思えませんか?(違っていたらスミマセン)
まだ自分と同等に思えるうちは良いとして、少しでも相手の方が良く見えたりしたらそりゃ一大事。何故にあいつは私より云々。
まぁ同等であっても、外見では私の方が云々。外見で負けたとしてもせめて内面ではあいつより私の方が云々。その他、家柄、収入、子供や主人の学歴まで云々。どうしてこうも比べたがるのでしょうか?確かに男性も無いとは言いませんが、そこまでいろんなことを比べたりはしないんじゃないでしょうか。(一般論ではなくて私の回りにいる人たちのことですが)
そこへいくと男性の方はと言うと、女性ほどではないにしても僅かではあるが嫉妬もあるでしょう、自惚れもあるでしょう、でも男性と言う者は単純なもの僅かな虚勢とそして小心、コレを盾に生きているんだという話になりました。
動物の世界ではオスはメスに気に入られようとあらゆる手段でメスに取り入って子孫を残そうとするし、メスは常に最高のオスの子孫を残そうとする。コレは世の常である。
まだまだ話は尽きなかったが一度に書けないほど出てくるので続編でまた書きたいと思います。自分の周りでも同じような事が起っているって感じている方、もう一度、この言葉を思い返してみてください。

『女性は嫉妬と自惚れ、男性は虚勢と小心』 迷言にはならないかなぁ。

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2009年06月07日

似たもの同士ってこういう事だ

昨日は毎月のお参りの日。
そこでの話の中でおもしろい話を聞いた。
『愛することは努力することである。夫婦の間でも親子の間でも、努力がなければ、愛は育たない。』
愛情は、当たり前に存在するものではなく、相当な努力を払ってはじめて構築されるものだ。
愛は怠けてはいけない。努力しなければ、つくりあげることはできず、味わい深いものにならない。そしてそのことを知らない人が多い。
<性格の不一致>などという理由で離婚する夫婦が多いが、性格など一致しないのが当たり前だ。それは単なる方便にすぎない。結局はどちらか一方が、あるいはお互いが、超えてはならない一線を超え、けじめのない言葉を口にし、けじめのない行動を取ったからである。知らないうちにか、あるいは意図的にか、超えてはならない一線を越えた結果が破局につながった。
お互いのことを少し知った程度で好きだと言っているのが、いちばん気楽な愛情の時期といえるかもしれない。
一緒に暮らし、生活していくなかで本当の姿を知るようになる。
その家庭でなお強い愛情を育てていく努力が、親子でも夫婦でも、愛についての必要な心がけというものだろう。
たまたまこの問題に直面した夫婦の方が来られていた。この話を聞いて少しは気持ちが晴れたのか、はたまた決定的になったかは分からないが、いつもはみんなが何となく聞いていた法話のなかでも、今回はけっこうみんなが真剣に聞いていた。

「そらそうやな 夫婦なんてもともと他人なんやから」
「でも子供を見ていたら やっぱり親子やと思うわ」
「何でや?」
「そうかて いつも思うけど、仕草や相槌の打ち方も相方そっくりや」
「そら おまえらの子供やないか」
「でも嫌な事は相手に似てると思うし、エエ事は自分に似ていると思うし」
「まぁ 勝手なもんやと思うわ」
「一度 子供に聞いたことがあるけど」
「なんて?」
「何でオマエはそんな言い方しかでけんのやって」
「そうしたら」
「いつも自分らが言っているやないかって」
「ほう よく見てるなぁ」
「ホンマ 怖いわ」
「嫁も言ってるわ」
「なんて?」
「アンタの悪いところばかり似て困るって」
「何を言ってるねん お互い様や」
「でも お互いのエエ所が似たら」
「アホか エエ所なんかあるか」
「そしたら何で結婚したんや」
「そやねん そこが最大の謎や」
「・・・・」
「やっぱりこういうことかな」
「何や?」
「お互い似たもの同士ってことかな」

2日のブログにも書いたが、『すべてがあなたにちょうどいい』を読んでみろって言ってやりました。

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2009年06月06日

今日の出来事

来週の土曜日は講習会で休診にしたもので、今週はてんてこ舞い。
朝に書き込もうとしたのにこの時間になってしまった。

合間合間に書き込もうとしていたら、何を言いたかったのか分からなくなってしまった。最後に来た患者さんの事でも紹介しましょう。その方はわざわざ三重県から来られた患者さんでしたが、何度も何度もいろんな歯医者に行ったんだけれども、なかなか思うように治らなくて来られました。最後の患者さんという事もあって時間的にはゆっくり話を聞くことが出来ました。するとどうでしょう、その患者さんの初めに訴えられていた耳鳴りや顎の後ろの痛みが和らいだと言って驚かれていました。まだ何の治療もしていません。レントゲンすら撮っていません。口の中すら診てません。なのにです、ひたすら患者さんが喋ってこちらが聞きにまわった事がなにか患者さんの中で今までと違ったように感じ取られたのではないでしょうか。そして口の中を診せてもらってレントゲンも撮ってカルテを書いていたら患者さんからこう言われました。

「先生 私の病気っていったいなんでしょうか?」
「そうですね お口の中を診せてもらっただけではわかりませんが・・・」
「今までは あちらこちらなんだか先の尖ったもので突っつきまわされたりしてね」
「ハイ」
「いっぱい レントゲンを撮ったりしてね」
「はい」
「なんだったんでしょうね」
「そうですね レントゲン的には問題ないと思いますが」
「そうなんですか?」
「虫歯もないし 歯槽膿漏でもないし」
「そうなんですか」
「で、今までの先生は何と」
「先生と同じように何ともありませんって」
「そうでしょう」
「でも 何かが違うんです」
「なんでしょうね?」
「なんでしょうか?」
「・・・・」
「・・・・」
暫くの沈黙の後でこう言いました。
「今までの医院では他にどんな事を?」
「いいえ こことおなじですよ」
「そうですか」
「でもね 直ぐに何とも無いから何かあれば来てくださいって」
「そうですか」
「今兄話を聞いてもらってないような」
「そうですか」
「・・・・」
「○○さん あなたのはね自分は病気と思い込んではるんですよ」
「そうでしょうか」
「だって 全くの健康体ですよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ」
「何でですか?」
「だって 病気なら」
「はい」
「そんなには 喋れませんから」
「・・・・」

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2009年06月05日

さぁ決戦 院内バトルだ~!

今月は『虫歯予防月間』として数年前から患者さんにいろいろ粗品を差し上げている。今までコレを楽しみに来て頂いている患者さんもけっこういらっしゃる。今年は動物の形をしたクリップかチューブワインダー(簡単に言えばチューブ絞り)。まぁたいしたものでもないが、患者さんには好評だ。当医院はオフィス街で患者さんはサラリーマンかOLさん。滅多に子供は来ない。(年に一人か二人)毎年大体二種類を択んでもらう形にしているが、今回もスタッフたちとあれやこれやと無い頭をフルに使って考えた。
どちらが早く無くなるか、患者さんが気に入ってくれるかで賭けをしている。(不謹慎でスミマセン)
今日で5日目、現在のところ圧倒的な差がついている。
どちらが誰が択んだとは言わないが、動物の形をしたクリップよりも実際に使い道のあるチューブワインダーの方に軍配が上がっている。
おかしいなぁ、クリップもカワイイんだけどなぁ。僕なら絶対にこっちなんだけどなぁ。って思っています。
イカンイカン どちらがどっちとまだ言っていないのにバレバレになってしまいました。
賭けの勝者には昼ごはんのあとのお茶を賭けた院内バトル。
まだ始まったばかりだが、決着は来週にもついてしまいそうな相手の勢い。さてどうしたら巻き返せるか、どんな汚い手を思いつくか悪魔の囁きを待っているところです。

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2009年06月04日

今日は虫歯の日  そして強烈な思い出

今日は6月4日。虫歯の日とかなんとか語呂あわせでTVや新聞で歯科のことが取り上げられる事も多いと思う。
友人は学校歯科医でこの時期から歯科検診で忙しいと言う。
かつて私も大学病院に勤務していた時代、先輩から検診のアルバイトを何度か紹介してもらった。お金の無い時代検診のアルバイトは貧乏助手時代には大変ありがたかった。
それこそお声がかかればどこへでも行ったものだ。私の先輩はアルバイトのし過ぎで病院からお小言を頂いたりした。中には税務署のお世話になった兵もいると聞いていた。
ただ肉眼で口腔内検査をしても100%分かるはずもないがそれでも初めての検診の時などは一生懸命にした記憶がある。
そうしていろんな学校に検診に行ってこんな経験をした。
それは神戸の某女子高での歯科検診の時である。
前日に教室のカンファレンスの時にたまたま見た症例で同じような患者さんを発見、それをどう伝えるかどうか悩んだ記憶がある。
最初に一緒に行った後輩の先生が担当したんだけれど、横で診察していて5分経っても10分経っても一向にその子から順番が進まない。そしてついに私にSOSが来た。代わって診たところ前日の症状と酷似。でもなぁ、どうなんだろうか?って二人して顔を見合わせた。
『妊娠性エプーリス』ここは女子高、まして高校2年生。大人しそうな子で聞くのも気が引けるようだったんだけれど、終わりかけにその学校の保健の先生と話す事にした。

「お疲れ様でした」
「有難うございました ウチの学生はいかがでした?」
「はい しっかりと歯磨きされていて大変よい状態でした」
「それは常日頃から 校内で食べたら歯を磨きましょうって言っていますからね」
「そうですか」
「はい そうなんです」
何だかこの保健の先生 自信満々で横の教頭先生を見ていました。
「あの ちょっとお耳に入れておきたい学生さんがいらっしゃるんですが」
「はい どのような事で」
「ちょっと言いにくいんですが」
「どうかしましたか?」
「高2の○○さんですが」
「○○がどうかしましたか?」
「ちょっと気になる症状なんで 一度再検査したほうが良いと思うんですが」
「再検査ですか」
「はい」
「どうしてでしょうか?」
「あの ちょっと言いにくいんですが」
「はい 何でしょう?」
「・・・」
「どうしたんでしょうか?」
「間違っていればいいんですが」
「はい」
「あの子 ひょっとして妊娠してるかも?」
「・・・」
「いえ あくまでちゃんと再検査をですね・・・」
一瞬にしてその場の空気が変わりました。しまったヤバイ事を言ってしまったと思ったんですが、事実は事実。保健の先生が烈火のごとくこうまくし立てました。
「先生 ウチの学生に限って・・・」
あとは言葉になりません。教頭先生にいたってはこうも言いました。
「何かの間違いでは」
「だから間違いであってほしいと」
「・・・」
「本人が気づかないでいるかもしれないんで、先生の方から一度確認下さい」
言い終わって、わきの下に汗ビッショリ。
そして一週間後にその学校の保健の先生から電話がありました。
「先生 あの時は大変申し訳ありませんでした」
「ハイ それで」
「その後、本人に再検査で確認したところ」
「ハイ」
「やっぱり妊娠してました」
「そうでしたか」
「本人もまったく自覚症状も無く、分からなかったみたいでした」
「そうでしたか」

こんなやり取りがあったんですが、これが本当に良かったのか悪かったのか、未だに頭の中に強烈に残っている検診の思い出でした。

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2009年06月03日

新しい発見

昨日友人と夜に会って最近のいろんなことを話し合いました。
仕事の事、家庭の事、友人の事、病気の事・・・
一通りドリンクバーも飽きたので場所を変えようという事になって店を出て歩きながらまた話し始めた。途中で腹がすいたと言ってコンビニへ。サンドウィッチを買って出てきた。そしてその友人がおもむろにそのサンドウィッチを開けて中のパンを取ってみていました。
「はっは~ん やっぱりな」
「何や やっぱりって」
「コレを見てみ」
「何や」
「このサンドウィッチの中身を」
「そやから 何やって」
「よ~く見ておけよ」
そういって彼がそのパンを開いて見せました。
「やっぱりな」
「そやから 何やって」
「まだわからんか」
「わからんから聞いてるんやゾ」
「切り口と中身や」
「それがどうした」
「ホンマ おまえは単純やなぁ」
「うるさい 何が単純や」
「切り口に綺麗に中身のグザイが並んどるやろ」
「あたりまえやないか」
「ホンマ おまえって奴は」
「そやから何が如何したって言わなわからんやろ」
「真ん中に具がよって外側に具が無いやろ」
「・・・ホンマや」
「なっ」
「何でや?」
「そら テクニックやな」
「・・・」
「こうしたら 見た目にも綺麗し 中身の節約にもなる」
「節約?」
「そや 節約や」
「何が節約やねん」
「ホンマ おまえは天然記念物級の鈍感やなぁ」
「ウルサイ」
「よ~見とけよ こうすれば中身のハムも1/3程度で済むやないか」
「???」
「それに 見た目も綺麗し」
「ホンマやなぁ」
「分かったか?」
「分かった」
そんなこんなでコンビニの前でエエ歳のオッサン二人が買ってきたサンドウィッチを開いてはああだこうだと言っていたので、コンビニのレジから不思議そうに見られました。
皆さん、もしコンビニでサンドウィッチを買ったら一度中を開いて見てみてください。でもこうなって否としても何ら責任は負いませんので悪しからず。

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2009年06月02日

気分も新たに今年最初の目標を思い出してみた

今回の新しくなったこのページ、初心者の私には難しすぎて?直ぐには対応できなかったんでここのお問い合わせに聞いてみた。
そうしたら親切に教えていただいて誠に恐縮してしまった。
たかがPCの分かる方なら簡単な事なんだろうけれど、我々オジサン世代の者にはいつもとやり方が変わるだけで焦ってしまった。
それにも関らず懇切丁寧に教えていただいた事、感謝いたします。昼間に友人から今回、変わったから見れないって教えてもらって初めて何が変わったのか分からずに、ブログも書けずに悶々としていた、エッエ~イ 一丁、聞いてやれって気持ちで恥ずかしさを通り越して聞いてしまった。スタッフの方、本当に申し訳ありませんでした。

で、本題です。昨日から6月に入り今年最初に目標を立てた事の半分も達成できていない事に気が付きやや焦り気味。何が目標かって?それはもう少し経ったらお知らせする事にしましょう。
でも少しだけヒントを それは今年の初めに読んだ本の中にこう書かれていました。『あなたがすべてを決めている すべてがあなたにちょうどいい』これはお釈迦様の言葉だそうである。

すべてがあなたにちょうどいい
今のあなたに今の夫がちょうどいい
今のあなたに今の妻がちょうどいい
今のあなたに今の子供がちょうどいい
今のあなたに今の親がちょうどいい
今のあなたに今の兄弟がちょうどいい
今のあなたに今の友人がちょうどいい
今のあなたに今の仕事がちょうどいい
死ぬ日もあなたにちょうどいい
すべてがあなたにちょうどいい

こんな文章ですが 何となく心に残った言葉で今年の目標としようと心に決めた事です。でもまだまだそんな気持ちにはなれませんが

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