2009年07月31日

お堅い頭を柔軟にしてみよ~っと!

久しぶりに一人で昼食に出かけた。
こう言うと、いつも賑やかに誰かと食べに行っているようだが、
いつもは一人で何となく食べていた。木曜日は代診の先生が来る日でいつも二人で食べていたが、その先生が二週間に一度になり、それも午後からの診療になったためだ。唯一、楽しみにしていた昼食
ワイワイ喋りながらの食事はそれなりに楽しみになっていた。たまにスタッフを連れて食べには行くが、コレも何かチョット違うような気がして変な感じだ。
たまに行く洋食屋さんで昨日はいつも食べている(日替わりかAランチ)にしようかと思ったが、何故だか急に気が変わってその時の気分って言うんでしょうか、メニューを見て見ました。どこの食堂にもメニューはあります。当たり前でしょうが、そこはA型人間の私は決まったものしか食べた事がなかったんです。(恥ずかしい)
ここの蕎麦屋ではコレ、あそこの喫茶店ではアレっていう風に。
でも一つ勇気を出して、今まで頼んだ事のない料理を頼む事にしました。(私にとっては勇気のいる事です)その結果はなんだか今までと違うなんともいえない感じが自分の中でしてきました。
どういう風に言えばいいんでしょうか、散髪をした後の爽快感?
予期せぬ楽しみに出会えた?そんな感じでした。
まぁたいそうにって思われるかもしれませんが、自分の中では大変革だったんです。道ですら同じところしか通らないし、ましてや入る店も決まった所しか入らないし、そんな私が・・・(大袈裟)
でもいいモンですよ、こんなプチ冒険は。新しい発見もあったりして。家を出るのも決まった時間、通る道も毎日同じ。到着時間も5分と変わらないし、止まる信号もほぼ一緒。
これからはもう少しあたまを柔軟にしてみたいと思います。

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2009年07月30日

仕事への情熱

『仕事はほれこんでこそ、その人のものになる。そして、仕事への情熱と充実感が生まれる。』
仕事にほれ込まなければ、仕事は苦行になってしまう。
苦行になったら、何とか楽をしようとして手を抜く事を覚える。
歳を取るにつれて要領ばかりがよくなり、仕事への情熱はだんだんと色褪せていく。
いつも問題意識を持って仕事に取り組んでいれば、「あ、そうだ」
「そうだったんだ」と気づく事ができる。「これをうまく処理したい」「何とかその手立てを見つけたい」と工夫していれば、道は必ず見つかる。
仕事は100点でなくてはならない。それだけに、真剣に情熱を持って取り組まなければならない。
偏差値教育のなかで育ってきた人は、平均点として高い点をあげればいいと考えがちである。受験のテクニックとしてはそのとおりだろう。しかし、仕事は全く異なる。例えば機械を組み立てる時、たとえネジ1本でも不良品があれば、それによって事故が起こる。
100点満点でなければ仕事ではないのだ。それだけに、真剣に情熱を持って取り組まなければならない。まして我々の仕事は常にパーフェクトを求められる。
仕事は全部リンクされていて、単独で終わるのはむしろ例外といえる。だから「まあ、これくらいでいい」と満足してしまうと、最後にとんでもない事になってしまう。
すべての不祥事もこれと同じである。小さなところでダメ押しをしておかないと、大きな不幸をもたらす。仕事というのは全部100点、100点と取っていかなければならない。そのことを肝に銘じたい。仕事をするキーポイントはまず熱意である。いくら知識や才能があっても、熱意がなければ仕事は進まない。熱意は他人の知恵や才能までも引き寄せる。次に判断力である。正しい物差しをもっているかどうか。そして行動力である。テキパキとした行動が確かな信頼を得る。

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2009年07月29日

やっぱりミーティングはするべきだ

昨日の食事会兼ミーティングでのお話
やっぱり診療所内でするミーティングと食事会での話では本音を聞けてよかったと思いました。
皆が同じ方向を向いている事が何より大事って話しが主な内容でしたが、スタッフからの要望でアポ外の患者さんが来られたときの対応について、如何したものかって言う発言がありました。コレは永遠のテーマだと思います。完全予約制なら初診であれ急患であれ、アポ重視だから待っていただくのは当然ですが、新患、急患随時って事ならやはり来られた順番か内容によって待っていただかなければいけません。時間通りに来られる方は絶対に遅れるときには電話が入るし、そのような時は予定が立ちやすいけれど、絶対に思いついたときしか来ない患者さんに限って、待ち時間も守らないし、必ず文句の一つも言います。受付の対応一つで患者さんの気分は大いに変わってくると思うので、それ相応には対応しているつもりですが、それをも超えるような患者さんもいます。お互いに言い分もあるとは思いますがそこは大人の対応をして欲しいし、ルールを守って欲しいものです。
診療時間ギリギリにしか入ってこない患者さん。変更の連絡をしてこない患者さん。自分だけは丁寧に診てもらいたいと露骨に言われる患者さん。・・・数えればきりがありません。
また患者さん側からも、代診ではなくて院長に診てもらいたいって言われる患者さん。セットを早くやって欲しいといわれる患者さん。受付の対応やら衛生士、助手の対応に注文をつけてくる患者さん。・・・
こんな事は開業をしていたら必ずついてくるものだから、いかにそれらをスムーズにこなして患者さんに満足していただくか、大変なんですよ。院長、開業者は。
先日開業して一年と言うコンサルをしている医院での話で、患者さんにここで開業していますよって知らせる事の重要性を話しましたが、新規の患者さんを増やす努力も大切だけれど、完了した患者さんにリコールの重要性を認識してもらう事も大事だって話をしました。完了後のリコールは再発予防や早期発見には欠かせないものですが、先生一人の力では何の役にも立ちません。
パラデンタルスタッフや受付の対応が非常に重要になってきます。
コンサルではこんな事を平気で言えますが、我が診療所ではどうでしょうか?他人の振り見て我が振りなおせです。
だから自分のやっている仕事は、社会につながっていると信じて、懸命に取り組んでいきたい。

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2009年07月28日

律儀な友人の話です

今日は久々の当医院のミーティング。
院内ミーティングはちょくちょくやっているんですが、食事会を兼ねたミーティングは久しぶりです。
でももう当医院の周りのお店は殆ど行き尽くしたんでネタがありません。同じところへは行かないルールだからお店探しが大変です。スタッフに聞いてみても「お任せします」って言われるし、患者さんのお店にも行き尽くしたし、かといってマズイお店(患者さんの評判で)は行きたくないし、あ~困った、午前中の時間のあるときにメットで調べてみようっと。
友人が明日から社内旅行に出かけるという。ここの会社は友人が社長のまぁ云わば(ワンマン会社)だ。よく従業員が文句を言わずに勤めているなぁって感心してしまう。ウチみたいに度々ミーティングをするわけでもないし、年に一度の社内旅行はここ10年ほどは毎年同じ民宿に泊まっている。何故?って聞いても社員も「なんででしょうかねぇ?」「社長の知り合いのところですか」くらいで何も知らない。(私は知っているんですよ)
10年程前に初めて、我々悪友達と遊びに言った時にこの民宿にとてもカワイイ娘さんがいたんです。当時、10台前半くらい。
そいつが嫁さんも子供もいるのにその娘に淡い恋心を抱いたからさあ大変、仲間たちがそちらの方面にゴルフといえば、そこに泊まり、釣りに行くといえばそこに泊まる。何だかんだと屁理屈をつけては彼女に会いに行っていました。多い時には毎週のように。
でもその娘さんが結婚が決まったと言って暫らく落ち込んでいたんですが、いつの間にか自分が親代わりになったつもりで何かにつけてはそこを応援するようになりました。最後はその娘さんにこういわれたんです。
「○○さん 永いあいだウチの民宿を利用してくださって ありがとうございました」
「何を言ってるねん こちらこそいつも美味しい料理出してもらって助かってるんよ」
「そう言っていただくとうれしいです」
「結婚するねんてなぁ」
「はい」
「寂しくなるなぁ」
「でも 忙しくなるときは手伝いに帰ってきますから」
「そうか 手伝いに帰ってくるのか」
「はい」
「そうしたら 毎年、この時期には帰って来るのか?」
「夏休みのあいだの忙しいい時には」
「そうか そうしたらこの時期にはオジサンは○○ちゃんの顔を見に来るわ」
「そうですか 楽しみにしています」
「約束やで」
「はい」
そんなこんなで、友人はその娘との約束があることなんてそこの会社の人間も悪友たちも誰一人として知りません。(今までは)
でもコレを書いた地点で皆に知れ渡ったらどうなる事やら。
しかし我ら悪友たちはいたってこういう話には弱い連中たちです。
きっとまた各自の会社の慰安旅行やらゴルフや釣りにここを利用してくれる事でしょう。

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2009年07月27日

言葉の効果って我々ももっと気をつけなきゃ

昨日は友人の朗読会へ言ってきました。
朗読会?ただ舞台で本を読むだけやん、って勝手に思っていたんですが、コレがまたちがうんですよ。
やっぱりプロは凄いって再確認しました。たまたま友人の時間にはその場にいなかったんですが(何のために行ったん?)と言うお叱りもモロともせずに後で内容を教えてもらって、これまたビックリ。
何でも友人でもう数年この朗読会には参加しているって言っていたんですが、その中に十数年の先輩の方がいらっしゃって、その方の話が始まると途中からあちらこちらからハンカチで目頭を押さえる人、鼻をすする音、淡々と語っていらっしゃるのにそこに感情移入されて思わず涙ぐんでいた方も。
話をいかに聞く側の心に訴えるかでその話の深みと言うか一言一言の言葉が重く感じられると言います。
その友人は職業柄、お話をする事が多いんですが、我々にとってもとても参考になる話でした。
言葉の重み、例えば患者さんにとっては我々の言葉は感情なんて入ってはいけないことかもしれませんが、痛いって言って来られる患者さんに「痛いですか そうですか」ではいたみを増幅させるだけで、そこは「痛いでしょう でもちゃんと処置しましたから大丈夫ですよ 頑張りましょうね」って声をかけてあげれば痛みも半減?するんじゃないでしょうか。言葉って大事ですよねぇ。

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2009年07月26日

PCの調子が悪いなぁ

今日は友人の朗読の会です。
まったく無縁の友人と二人で見に?聞きに?行って来ます。
たまにはこんなのもいいんじゃないって思ったりして。
何だかPCの調子が悪いから、今日はこのくらいで。

もう一人の友人は昨日、釣りに行ったと言っていた。サヨリ釣りに行ったが、結局ボウズで次回に持ち越しだったとか。その友人と久しぶりにミナミに出ました。暑さと人ごみに眩暈がしてきました。昨日は天神祭りでした。大阪で一番暑いころです。ここを乗り越えればって思っても若くはない身体にはチョットきついかな。

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2009年07月25日

深夜のお仕事お疲れさんって 誰も言わんやろうなぁ

昨日の大宴会の事は、また後で書くとして。
深夜に友人の娘さんが緊急の歯痛で治療して来ました。
何せこちらは下戸で、まして車でしか足がないので飲酒運転にはまったく縁がないので、検問などは心配しなくていいんですが、昨夜の電話では激痛が走って全身悪寒がするといっていました。
歯科医師会の夜間救急もあるのですが、近所に救急病院もあるのですが、そんな事は全くの無視。調子よくなっているオヤジ達のところに、そこの嫁さんから一本の電話がかかりました。

「おとうさん そこに○○先生いてはるでしょ」
「おるで」
「ちょっと 代わって」
「○○先生 いつもウチのがお世話になってます」
「いえいえ こちらこそ ホンマに今日はいてまっせ」
「そんなん どっちでもエエんですが ウチの娘が急に歯が痛いって言い出して 何とかならんでしょうか」
「いつからですか?」
「二三日前からなんだか変な感じって言ってました」
「そしたら 今から治療しに行きましょうか」
「エッ 今からですか?」
「そうですよ 痛いの我慢出来んでしょう」
「エエ まぁ」
「オッサンは放って置いても大丈夫ですが○○チャンが可哀想ですやん」
「はぁ」
「直ぐに出る用意できますか?」
「ハイ」
「そうしたら 私も直ぐに出る用意します 迎えに行きますワ」
そんなこんなで 
オヤジは放っといて娘さんの治療に診療所まで行きました。
ちょうど天神祭りの宵宮で道は混んでいましたが、何とか無事に着いて20分ほどで治療が終わり、元の店に戻ってみたら、まだまだ宴会の真っ最中。何とかナダメすかしてこのオヤジを嫁さんにつれて帰ってもらって、また宴会が始まりました。

そこでの面白い話はまた後ほどってことで。

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2009年07月24日

早速の答えがでて いいんじゃな~い!!

昨夜、携帯を車の中に忘れて寝てしまったのでメールが来ていたのも知らずにいた。
パンパカパ~ン!!やりました、やってしまいました。いや~本間に。なんと友人がナンバーズ3のストレートに当ったって言う内容でした。
朝、車に乗って携帯のメールや着信に入っていたのを見て、早速電話をかけてみた。

「おはようさん」
「アホ 何で昨日直ぐに出んかったんや」
「携帯 車に忘れてたんや」
「こんな大事な時に しっかりせい」
「ほっとけ それで何」
「当ったんや」
「何にや 車か、電柱か」
本当はメールを先に見ていて知っていたんですがワザと知らん振りをしていました。
「ナンバーズにや」
「へ~ ミニか?」
「アホ そんなんで喜べるか」
「そしたら 何や」
「ストレートや」
「へ~ なんぼ付いたんや?」
「教えたろか  へへへ」
「それなら いらんワ」
「そんな事言わんで なぁ」
「いらん 言うてるやろ 自分で調べるワ」
「そんな事言わんで 聞いてくれよ」
「しゃあないなぁ そしたら聞いたるワ」
「いくら付いたと思う?」
「そやから 知らんいうてるやろ」
「へへへ 88600円や どや驚いたやろ」
「いいや」
「何や 感動の無い奴やなぁ」
「オレが当ったら 喜ぶで」
「そんなこと 言わんと一緒に喜べや」
「ハイハイ オメデトウさん」
「あのな オマエの言っていたお金の番号な」
「それがどうした」
「オマエの言うとおり財布の中に一枚だけ入ってたんや」
「それで」
「でな 一枚だけ買ったんや おれ4月22日やろ誕生日」
「知るか オマエの誕生日なんか」
「でな 422を一枚買ったんや」
「ふ~ん」
「パンパカパ~ン! それが見事に当りましたワ」
「チョットは感謝せいよ」
「ホンマ オマエには感謝するワ」
「そしたら それでパァっとお祝いするか」
「アカンアカン そんなんしてみぃ 皆に知れてしまうやないか」
「なんや 皆にはナイショか」
「当たり前やないか」
「ふ~ん でもばれたら終いやないか」
「バレへん、バレへん」
「何でやねん」
「そうかてまだ嫁にも言ってへんからな オレとオマエだけやで」
「ふ~ん」
「どや 今晩ちょっと付き合えよ」
「へ~珍しいな 奢ってくれるんか」
「当たり前やないか お前には感謝してるで ホンマに」
「ヨシ わかった 今晩空けておくワ」
「ええか くれぐれも皆に内緒やで」
「おう わかった」
「○○で待ってるで」
こんな会話で二人で盛り上がっていました。でもこんな事、黙っていられる訳がありません。先ほど悪友たちに一斉メールをかけました。まぁ連れの居酒屋ですが88600円分、きっと飲み放題、食べ放題の大宴会になる事間違いないです。これって、連れの店は繁盛して喜ぶし、悪友たちは勿論タダ酒飲めるから喜べるしで、きっと泣くのは一人だけだから、こんなんもいいんじゃな~い。

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2009年07月23日

相手が自然じゃ どうしようもないかぁ

今日は昨日とうって変わって晴天です。
世の中こうもうまくいかないものなのかって、勝手に思っています。何十年ぶりの日食を一日違いでこうも変わるものかってね。
一日中、この話題のTVを見ていて残念だったろうなぁって思っています。トカラ列島の悪石島まで行かれた方には申し訳ないですがこれも自然のなせる業。他では味わえないいい経験をされたんじゃないでしょうか。ここ大阪でも一瞬ではありましたが雲の隙間から太陽が少しかけるのを見ました。偏光グラスをかけないでも曇天ではグラスなしでも微かに見えたようでした。
船で洋上からの観察された方にはよく見えたとTVで言っていましたが、今ではLIVEで高感度カメラでよ~く見ることが出来て臨場感溢れる映像を見ることが出来ました。でもやっぱりその場で見れたらものすごく感動したであろうって思ってしまいました。
相手は自然です、そう上手くいく筈無いって事です。そして昨日書いた『新月の願い』皆さんはどうですか、お願いされましたか?
私は時間ギリギリに追加のお願い事をしておきました。
友人にこんな奴がいます。
「オマエに教えてもらった お金の番号なぁ」
「何や」
「なかなか集まれへんゾ」
「当たり前や そう簡単に集まるか」
「それに 先週のお水取りの件なぁ」
「何や」
「あれって何時頃から 効果が出てくるねん」
「そんなん 知るか 人それぞれや」
「その上 今度は『新月の願い』やろ」
「それがどうした」
「それだけやって何にも変化が無ければ、どうするねん」
「どうもせえへん 普通の人には何か変化があるねん」
「オレどうにも 変わらんように思えてならんねん」
「知るか そんな事」
「責任取れよ」
「それはな オマエがちゃんと守っての事やで」
「何でやねん」
「オマエ お金の番号人に頼んで集めてへんか?」
「・・・」
「お水取りに行くって言って 外泊してへんか?」
「・・・」
「それ見てみ きっとそんな事やと思っとったワ」
「何で 分かるねん」
「何でもや」
「不思議やなぁ」

そんなこんなでこの不埒な友人は半分納得していました。
きっとこんな奴の事、新月の願いなんてきっとアテにならんっていい加減にお願いしたに違いないって思った次第です。

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2009年07月22日

何とかは三文の徳っていうじゃな~い

以前にも書いたと思いますが、ヨガの先生から教えていただいたんですが『新月の願い』と言うのがあります。
それに今日は皆既日食とも重なる46年に一度と言う、特別な新月です。(11時34分からです)
通常は月といえば夜だと思ってしまいますが、今日は昼の11時34分から新月になります。

願い事を2個以上10個までを紙に自筆で書く。
しかもポジティブな文章で書く。
(幸せになりたいではなくて、幸せになる!!)
こう強く念じるように書くこと。
新月になってから8時間以内が良いとの事。

今回はかに座だから、家族の願いなどが有効だという話。

お試しあれ。  今日コレを見られた方は三文の徳ですゾ。

そうそう言い忘れておりました。くれぐれもフライングはダメだそうです。11時34分を過ぎてからお願い事を紙に書いておくことだそうです。

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2009年07月21日

食べず嫌いの一大決心だ~!!

人には好き嫌いがあると思う。
私の場合は一寸変だといわれている。(今は大分改善されている)
例えばお寿司の場合、タコvsイカ、エビvsカニ、ウナギvsアナゴ
お分かりですか?そうなんです、よく似たモノならどちらか片方しか食べない。(皆から変わり者といわれています)
また麺類の場合、今度は麺の太さに拘りがあって極太うどん~素麺までの太さで尚且つきしめんなどの平たいモノも。コレは歯ざわりの関係で噛んだ時の感触でOK~ダメまであります。
こんな事を30年以上拘っていたのですが、ここ最近何を思ったのかチャレンジ、チェンジ、その他言い訳はいろいろあっても、これじゃイカンって思い直して先ずお寿司から何でも食べるようにした次第です。次にチーズの場合、粉チーズはペケ、固形チーズもペケ、溶けるチーズならマル。そして麺類の場合も蕎麦はマル、うどんはペケでした。そんな私が昨日一大決心をして今流行の手打ちうどん屋さんに行きました。私の中では清水さんの舞台から飛び降りるようなもので、なかなか決心がつかなかったんですが、友人が半無理やり連れて行きました。関東はお蕎麦文化、関西はうどん文化とか言われながらも頑なにおそば大好き人間を自負していたんですが、嘗て一度だけ間違ってうどん専門店に入ったことがありました。
その時はお汁だけを飲んで中のうどんは連れに食べてもらい、悔しい思いをした記憶がありました。
何でうどんが食べれないかって言うと、小学校の時悪ガキたちの遊びといえば近所の池で魚釣りでした。自分も魚釣りが大好きでよく行っていました。そしてその時の釣りエサは蛹粉をまぶしたうどんでした。皆さんの中にもそんな経験をされた方もいらっしゃるかと思いますがその瞬間に『オレはフナか?』って思った瞬間にもう、うどんが食べれなくなってしまいました。それがトラウマとなってそれ以来食べた事がありません。家でうどんすきをした時も、私だけ具とお汁をすするって事当たり前になっていて、面白くなくってうどんすきはあまり、イヤ非常に好きではありませんでした。
そんな事があって久しくどころか私には全く無縁と思っていたのに、最近のうどんブームに乗せられて入ってしまいました。
手打ちのうどんにトッピング(自分でチョイスできる)して、うどんが隠れるように(天婦羅、揚げ、玉子、等々)して会計をしてもらっても一人当たり600円くらいでした。(一寸感激)
こんな事ならもっと早く食べたらよかったのにと言う簡単なモノではなかったのですが、これからは積極的に食していこうと思いました。

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2009年07月20日

平凡な休日が欲し~い

久しぶりの祝日、昨夜の嵐がうそのような静かな朝だ。
昨日の朝から水撒きなんかするから嵐になるんだという家人の嫌みももろともせずに、後片付けをしてから今日は明日からの診療の準備に仕事場へ。
まったくゆっくり出来ない性格で、一番何処が落ち着くかって思ったらやっぱり診療所かなって思ってしまう。
友人が釣りに行ったといっていたのに、その釣果はここでは書かないけれど、今は何が釣れても嬉しい時だ。サビキ釣りから投げ釣りへそして釣りたい魚の仕掛けを覚えてしまったらさあ大変だ。絶対にハマる事間違いない。
ここで終われば普通の釣り師だ。もう一人の友人はここから船舶免許をとって、遂にボートまで手に入れてしまった。ここまでくれば立派と言わないで何と言おうか。その友人からよく船に乗せてやるって言われ続けたが、初心者の操縦ではイヤだと言っていまだ乗っていない。そろそろ乗ってやってもよいが、いやいや板子一枚下は地獄という船の事、やっぱり心配だ。
そんなことを書いているときに悪友から電話がかかってきた。

「オイ 昨日の雨 すごかったなぁ」
「おう 雷もすごかった」
「あの時な 実は 釣りに行ってたんや」
「アホか」
「あの雨の中でも何人かは竿出していたわ」
「そいつらも アホや」
「何でやねん」
「考えても見てみ 避雷針持ってるようなもんやで」
「夜の稲光って綺麗やったで」
「おまえの頭の中 見てみたいワ」
「何でやねん」
「あんな あの嵐の中で竿だしたら 自殺行為やで」
「大丈夫 オレは不死身や」
「ほんま おまえは雷に落ちられても死なんわなぁ」
そんなこんなで今日久しぶりにゴルフの打ちっぱなしのお誘いが
「なぁ 今日な打ちっぱなしに行けへんか」
「いやや 暑いし」
「昨夜の全英オープン見てへんのか」
「見たで」
「そしたら ゴルフしたなったやろ」
「いいや 別に」
「感動のない奴やなぁ」
「何が 感動やねん」
「あのコースで、あんな素晴らしい活躍している選手 凄いと思わんか」
「思わん」
「ほんま オマエは感動の無い奴っちゃ」
「ほっとけ」
「なぁ 行こうぜ 打ちっぱなしへ」
「いやや」
「何でやねん」
「聞きたいか」
「おう 聞きたいワ」
「そしたら 教えたるワ」
「何や」
「オマエな いつもメジャーって言われてる競技の後でな」
「何や」
「必ずこうして電話かけてきて 打ちっぱなしに行こうって言ってくるやろ」
「そうか?」
「そうや」
「マスターズのときもそうやし、全米オープンのときもそうやし」
「そやったかなぁ」
「そうやで それで行ったらな 一籠も打たんあいだに 必ず言うで」
「何て?」
「忘れたんか」
「覚えてないわ」
「あんな オマエが必ず言うセリフ」
「何や」
「俺達はプロじゃないから あんなこと出来んでエエねん」
「・・・」
「それみてみ 思い出したか」
「そんなこと 言ってたかなぁ」
「言ってたわ」
「そうかなぁ」
「そして その後必ず言うで」
「何て」
「まだ わからんか」
「・・・」
「こんなことはプロに任せて オレ達は一杯飲もうぜって」
「そやったかなぁ」
「おまえだけなら未だしも 他の連中も加わったら収集がつかんからな」
「そうやったかなぁ」
「結局、最後は閉店までワイワイ騒いで店に迷惑かけるからイヤや」
「大丈夫 今日はみんなおれへんから」
「何でやねん」
「そうかてみんな家庭サービスでどこかに行って 留守や」
「なんで分かるねん」
「そうかてもう皆に連絡したら 今日だけは都合悪いって」
「それで」
「アイツはヒマにしてると思うから誘ってみって」
「それ オレの事か?」
「イヤ その・・・」
「そこまで言われて 行くと思ってるんか」


でも今日は全くの暇人です。仕事場の準備が終わったら付き合ってやろうかと思っています。

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2009年07月19日

お水つながりで・・・

朝からお水つながりです。
久しぶりに玄関と庭の水やりを。いつ以来してないのかも忘れたが、久しぶりに一汗かいた。盆栽にも庭木にもたっぷりと水をやりました。我々はクーラーの効いた涼しい部屋にいてるから分からないが、これから益々暑くなるので、毎日の水やりはやっぱりやらねば。
友人は今日、子供さんと魚つり公園へ行くといっていた。
彼も魚つり初心者だ。ここに書いていたゴルフからの転身者。まぁ本当に子供連れならしかたないか。でもこれからがどうなるか、楽しみだ。海つりから陸つりに変わらないように。

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2009年07月18日

お水取りでパワーアップ

昨日夜中にお水取りに出かけた。
お水取りとは、自分にとっての吉方位に出かけ、その土地の神社や湧き水のある場所からお水を頂き、何日間かに分けて飲むことで、その土地のパワーを吸収する古くからの開運方である。
その年の年盤、月盤、日盤の三つが重なる日で年に数日しかありません。
平成21年は「九紫火星」の年ですから、九紫火星の月、日を選定します。
そしてその地でお参りをして数時間滞在しパワーを貰うんです。
昨日は残業で時間がギリギリになりましたが、何とか間に合い予定の時間までには行くことが出来ました。
私は三輪山の大神神社に参拝しそこの強力なパワーを頂き、一年の無事祈願をお願いしてきました。
誰もいない参道を一人待ち合わせの場所まで行くには少し心細かったりしましたが、そこは神様詣、祓井戸で大祓いの祝詞をあげ、気分も新たに本殿に参拝しご神木にお参りしていると知り合いの行者さんとばったりお会いすることが出来ました。本格的な山伏装束の彼は、最近大峰の奥駈に行ってきたばかりだったのでその出で立ちは薄暗い提燈の中から現われたときはテレビドラマのワンシーンのようでした。仕事を今日は臨時休診させてもらってパワーアップしてまた頑張ってみようと思った次第です。

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2009年07月17日

久しぶりにプレイボーイ君の登場で・・・

昨日、昔からの友人の○○君から電話がありました。
久しぶりで年賀状のやり取りくらいで、前回会ったのはたしか小中学校の同級生のお通夜の席だったと思います。
こいつは頭も良くて何よりプレイボーイ。私らは足元にも及びません。今はカタイお役人さんですが、一皮剥けば名うての遊び人です。
そんな彼が急に電話をしてきて一度同窓会を開こうぜって。
なんで急にそんな事を言い出すのかと思ったら、どうやら我々が習った恩師の先生がもういいお歳でどこの同窓会にも出席されていないとか。最後に一番印象に残っている我々の学年、クラスでの同窓会をしたいとか。(本当だろうか?)うれしい事である。
たまたま私が両方の幹事を仰せつかっていたんでそのこともあって彼が連絡してきた。確かにもう40年近くになると思うが卒業してあっていない同級生も何人もいる。近所で会う悪友たちもあの頃の純朴な?頃もあったんだから、一声かければ直ぐに何人かは集まれる。最初はクラス単位の同窓会だったがいつの間にか学年単位の同窓会に変わってしまった。地元で商売をしている奴らとはしょっちゅう会って入るが、引越しをした連中とは年賀状くらいの付き合いしかない。オッサンになっただろうなぁ。オバサンになっただろうなぁ。こっちも同じ歳だから偉そうな事はいえないが一度連絡を取ってみるか。
さてこのプレイボーイ君、学生の頃から遊び方が半端や無い。
彼女の誕生日に車のトランクいっぱいにバラの花を詰め込んで、彼女とドライブ。美味しい食事の後、夜景のきれいな所で口説いては彼女に何気無く車内のいい匂いを嗅がせてはああだこうだと、そして最後にトランクの中のバラの花を見せて感激させたり、彼女が東京ディズニーランドへ行くといえば偶然を装って東京に現れたり。まぁテレビのドラマ顔負けの演出をしていた奴である。
今の嫁さんもそんな彼の手口にコロっと参ってしまった人である。
結婚後は嫁さん一筋と言う、まこと信じられないような事を実践している彼ではあるが、何より偉いのは人前であろうが、子供の前であろうが『オレの一番大事なのはオマエや』なんてことをサラっと言ってのけるんで全く持ってタチが悪い。
そこの子供もそんな夫婦を見ているから凄く素直に育ったように思う。この子にしてこの親ありか、この親にしてこの子ありかって感じである。でも本当の彼の凄さはこんなもんぽではない事を私は知っているからまた、ここでも紹介しようと思う。

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2009年07月16日

最近読んだ本の中から

よく人は、生きることに疲れたという。しかし生きることに疲れたのではない。正確には憎しみを抑圧する事につかれたのである。
あなたは真面目に生きてきた。しかし自分の憎しみの感情を吐き出す事はなかった。心の底で思っていることを言わないことで人は消耗する。
外側からでは何も見えないが、内面ではものすごい衝突が起きてその衝突でエネルギーを消耗してしまう。
思ったことをポンポンと言ってしまう人は、外側は動いているようで実は心は疲れない。
心の中でいつも衝突している人は、川の流れをいつもせき止めているようなものである。思ったことをポンポンと言ってしまう人は川の流れがスムーズに流れている。だから疲れない。
あなたは心の底で人を恨みながらも、周囲にいい顔をしてきた。それが消耗の原因である。
さらにもう一つ消耗する原因がある。それは心の底の憎しみを周囲の人に気づかれまいとするからである。自分の心の底の憎しみを周囲の人に気づかれまいとすることが、自分の中に心理的な緊張感を生み出し、その緊張感がエネルギーを消耗する。
そして憎しみが心の底にあるからあなたは他人にやさしく慣れない。他人にやさしくなれないから結局は本当の友達もできない。
そして真面目に生きてきたあなたは、働く事も遊ぶ事も億劫である。人と会うのも億劫である。
自分がやさしい人になりたければ、まず視野を広げて劣等感を乗り越える事である。
真面目な人がなぜ幸せになれないか。
それは真面目な人が勘違いしているからだ。真面目でありさえすれば幸せが手に入ると思っている。
それはデパートの前に開店前から並んでいれば商品をタダでくれると思いこんでいるようなものである。自分が開店前から並んでいるのに、後から来た人が商品を買っていくのを見て、「不公平だ」と嘆いているようなものである。
鬱病の人は後から来た人はお金を払っているのに気がつかない。鬱病の人は自分が自分がお金を払っていないから商品がもらえないのだと気がついていない。このデアートの商品が「幸せ」である。
真面目でも人を信じなければ幸せにはなれない。愛を信じなければ幸せにはなれない。人と親しくならなければ幸せにはなれない。真面目でも人とコミニュケーションできなければしあわせにはなれない。心が触れ合えなければ幸せにはなれない。
鬱病になるような人に今大切なのは「自分を出す事」である。鬱病になるような人は、人から好かれようと、長いこと自分の感じ方、自分の考え方などを表現してこなかった。
生きることに疲れた人には自分の意見が無い。自分の意見がある人が賛成する時には賛同。服従できない。服従の裏には敵意がある。
人は自分を出してしまったほうが愛される。傷つかなければ触れることができない。それが素直さというものであろう。素直でなければ何をしても幸福にはなれない。
生きることに疲れたあなたは長いことヘビが竹筒に入って真っ直ぐに進むような生き方をしてきた。他人がまっすぐに進む事を期待したからである。他人に気に入られようとしたからである。
自分の感じ方よりも周囲の人の感じ方に合わせてきた。生きることに疲れたあなたは周囲の人に受け入れられる事が最も重要だったから。
あなたは皆から「いい人」と言われてきたが、それで何を得たのか。生きることに疲れただけではないか。その時、気に入られればいいという生き方が、生きる喜びを奪った。
長い時間を考えて動いていない。人間は欲で滅びる。欲はいい人に思ってもらいたいという願望。愛されたい人は滅びて、愛する人は救われる。愛されようとする人は悩む。

こんな内容だったように思う。私なりにこう理解した。
『まず 自分から 動け』  私みたいに動きすぎるのもなぁ。

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2009年07月15日

オレは男や でも嫁はオンナやしなぁ

昨日の先輩先生からの電話が朝からありました。
昨日にあるかと思っていたのに聞いてみると、PCを開いてみるのが朝に決めていると言っていた。だから今見て早速の電話でした。
「やぁ ビックリしたで」
「スミマセン 分かりました」
「全く 何のこっちゃ分からんかったけど 暫らくして飲み込めたワ」
「まぁ そういう事で」
「よし分かった オレも男や この事はオレの中にしまっておくワ」
「・・・」
「前から何度も読み返していて なんだかよく似た話もあるもんやとは思っていたんよ」
「そうでしたか」
「オレ 今までに何人かに この事を言っていたからひょっとしたら気づく奴がでてくるやも知れないゾ」
「いいですよ 別に」
「エエんか?」
「別に悪い事書いてないと思うから 分かったら分かったで」
「そうか でも ワシも男や 分かったからにはもう言わん」
「何がですか」
「何がって あのブログを書いてるんは ワシの知り合いやって」
「○○先生 それは言ってるんと同じですやん」
「あっ そうか」
「そやから 先生は分かってはるから 他の人にはあんなアホな事よう書くなぁって言ってもらってけっこうですよ」
「そうか それなら気が楽や」
「お願いしますよ」
「そうか 分かった オレも男や」
「先生が男の中の男って事はよ~く分かってますから」
「ん~ でもな・・・」
「如何したんですか?」
「ワシな 一旦 口に出した事は守るよ  男やから」
「はい」
「でもなぁ~」
「何でしょう?」
「ワシな 何度も言うけど約束は守るよ 本当に」
「はい」
「でもなぁ~」
「どうしたんですか」
「ワシなぁ 自信はあるんよ そやけど 酒が入ったらなぁ」
「はい」
「直ぐになぁ 記憶がなくなってしまうんよ」
「はい」
「その時は ゴメンな」
「ハイ?」
「でもなぁ ワシだけの秘密にしとくの勿体無いしなぁ」
「でも 先生も男なんでしょう?」
「そやった ワシも男や 一旦口に出したからには約束は守るで」
「ありがとうございます」
「でもなぁ」
「何ですか 先生」
「ワシは守るで きっちりと」
「・・・」
「ウチの嫁さんがなぁ」
「如何したんですか 奥さんが」
「いや 朝PC開けたんは嫁さんやし 朝食の時にいつもここの話題でメシ食うんや」
「はい」
「あいつは知ってのとおり 近所でも同級生仲間でも有名なくらいの俗に言う『放送局』やしなぁ」
「???」
「こんな面白い事 黙っていられるかなぁ?」
「???」
「知ったら絶対に言いよるで」
「だったら 奥さんにも内緒にしたら?」
「そんなことしたら 会話が無くなって変に疑われるからなぁ」

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2009年07月14日

世間って狭いものです  しかし・・・

昨日昼休みに友人と昼食を摂りに行った喫茶店に久しぶりに会う同業の先生と会いました。同じ区ではないのでなかなかお会いする機会がないんですが、昨日はお互い知り合い同士、昼食後の喫茶でお会いしました。
「○○先生 お久しぶりです」
「こちらこそ ご無沙汰しております」
「お元気ですか?」
「そちらこそお元気そうで・・・」
何気無い会話の後で、こんな会話になっていきました。
「ところで 先生このごろパソコンはやってるの?」
「何とかってところです」
「そう あのね面白いサイトがあるんよ」
「面白い?」
「そう 医療のサイトなんだけどね」
「医療のサイトですか?」
「求人サイトで『グッピー』とかいうサイト」
「グッピーですか」
「そう グッピー」
「何が面白いんですか」
「あのね その中にブログがあってね」
「へ~ブログですか」
「そうなんよ そのブログでね 誰かは分からんけどね何か面白い事書く人がいるんよ」
「へ~面白い事をね」
「そう なんか日常の事なんだろうけどね 身につまされるというか、ほんとに身近にいる人みたいな感じでね」
「そうなんですか」
「また一度見てみたらいいよ」
「そんなに面白いんですか」
「どんな人なんかなぁ ただ分かっているのはね」
「はい」
「どうやら大阪の人らしいんよ それも北区っぽいよ」
「へ~北区ですか」
「誰か聞かない そんな話」
「さぁ」
「そう まぁあれも本当に北区かどうかは分からないがね」
「そうなんですか」
「誰でもまともには書かないでしょう」
「そうなんですか」
「そりゃそうですよ もしもばれたらヤバイ話ってものもあるでしょう」
「そうなんですか」
「まぁ あなたもパソコンの練習に一度書いてみたら」
「はい頑張ります」
「おもしろいよ」
「そうですか」
こんな会話をして時間がきて先に席を立ってしまいました。
そうしたら一緒にいた友人は
「あれきっとオマエのブログのことを言ってるんとちゃうか?」
「そんな事あれへんで」
「いやあれは絶対にオマエのこっちゃ」
「そうかなぁ」
「場所も絞られているし、内容もつまらん事やって言ってたし」
「煩い つまらんって言ってない」
「同じようなもんや」
「違うワ」
「でもこの事を書くなよ」
「なんでやねん」
「アホ そんなことしたらちょんバレやないか」
「エエやないか 誰にも迷惑をかけてないから」
「アホ 迷惑かけっぱなしや オレたちには」
「知るか そんな事」
こんな会話で時間ギリギリまで喋っていました。本当に○○先生はこのブログを見ているんだろうかって思ったら悪友の忠告なんて、全く頭に残っていません。気がつけばもうここまで書いてしまっています。もし午後からでも○○先生から電話があればツマランことを書いた人の正体をバラしてしまおうかって考え中です。

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2009年07月13日

チョット反響があって  言い訳で~~す!

一昨日の趣味のお話の続きが大変な反響を起こしています。
まぁ「身から出た錆び」とでも言いましょうか、私も共犯って思われてもしかたないのでざんげの意味を込めてお詫び申し上げます。
でも初めは本当にゴルフ好きが真剣に練習しコースでも真剣にプレーしたことは間違いないですよ。言っときますが・・・
初めは100を切るってことにみんな必死で、あいつより早く上手くなりたいとか、ニギリで勝ちたいとか、その他思いは違っても本当にゴルフが好きな連中でした。中にゴルフ部なる者も入っていて一丁前に訓を垂れる者までいたりして、でも仲のよい連中たちでのプレーは何をおいても楽しい気分転換になっていました。
ゴルフってやられない方もいると思いますが、あれはクラブとボールでするものと思っていらっしゃるでしょう。(当たり前じゃ)と言うお叱りもあろうとは思いますが、イヤイヤあれはもう一つ『頭』でするものなんです。何を偉そうにって言われるのを覚悟で言わせて貰えばこういう事です。スコアを気にしてスコアアップばかりを考えていると、あるところまではいくがそれ以上は伸び悩んでしまうらしいです。あるプロから聞きました。それはHD20くらいの人はフックもスライスも意図して出るんじゃなくて、打ってみないと何が出るかは分からないとか。そしてもう少し上手くなってくればフック、スライスは何とか打ち分けられるとか、まだもう少し上手くなれば今度は球の上下まで打ち分けられると。
そしてHD10くらいになると、18ホールを回った後に一打一打を振り返る事が出来るとか。まぁここまでいければゴルフを論じてもいいかなって。我々の仲間に「練習場プロ」なるものがいます。
練習場ではメチャいい球を打つし、理論も素晴らしいのに、実際にコースに出たらスコアは纏まらない奴、逆に練習場ではいつもムチャクチャなのにコースへ行けばそこそこスコアを纏める奴。
ゴルフと言うのはまこと難しいもんだと言うのを認識しました。
こんな奴らとワイワイ言いながらゴルフをしていて何が楽しいって言えば、純粋にゴルフが上手くなりたいって思ったこともあったことだけは、どうぞご理解下さい。奥様方

なんだか言い訳がましいですが、信じてやってください 奴らを

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2009年07月12日

何処へ行ったんだぁ・・・

今日も一日暑い日でした。
友人は朝からゆっくり寝ていようとしていたところに、奥さんから一本の電話があったそうです。
「何で 直ぐに電話に出ないの」
「何やねん いきなり」
「そうかて携帯に出ないから」
「アホ 何時やと思ってんねん」
「9時や」
「まだ 9時やで」
「もう 9時や」
「どっちでもいいけど 今日は休みや言ってるやろ」
「私 忘れ物したから 持って来て」
「アホ 忘れた奴が悪いんや」
「そんなこと 言わんと 持って来て」
「いやや まだ寝てたい」
「そんなこと言わないで 持って来てね」  ガチャン!!
電話が切られた。そこまで言われてるんやったら 持って行かなきゃいいんですが、結局 持って行くハメに。
そしてそいつは奥さんの代わりにお中元を贈りに神戸まで行くことになったと言っていました。
「何で 神戸やねん」
「いつも中元は○○って決めてるからや」
「ふ~ん」
「中元と歳暮はこれって決めてるらしいから 外せないんや」
「ふ~ん」
「誰がこんな風習したんやろな」
「ホンマやなぁ」
「貰ったらお返ししないといけないのになぁ」
「ホンマや」
「どっちでもいいから 早くこんな習慣止めたらええのになぁ」
「そうしたら オマエから止めたらエエやないか」
「そうはイカン」
「何でやねん」
「うちから先には止められん」
「そうしたらいつまで経っても 止められんゾ」
「わかった そしたらオマエとこのを もう止めるワ」
「・・・」
「なっ そうなったら困るやろ」
「・・・」
「困るやろ」
「困らんわ」
「何でやねん」
「そうかてな・・・」
「早く言えよ」
「聞きたいか」
「聞きたいワ」
「やっぱり止めとくワ」
「何でやねん」
「本当に 聞きたいか?」
「聞きたいわ」
「そうしたら 言うワ」
「何や?」
「オレな 今まで一度もオマエから中元、歳暮貰ったことないわ」
「・・・」
「ほれ 見てみ 聞かなかった方が良かったやろ」
「・・・」
「オレ 嫁にオマエの所へも贈れって言ってるゾ」
「何言うてんねん 貰ってない言うたら貰ってないって」
「そしたら いったいオマエの分は何処へ行ってるねん」
「そんなん 知るか」

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2009年07月11日

趣味のお話し  ご注意あそばせ!

皆さんも趣味といわれるものをお持ちでしょう。
私も若い頃はスポーツ、ギャンブル・・・いろいろしましたが、
まだバブル期の前には土日といえばゴルフ、休日前にはマージャン、そして日曜日はゴルフが無い時は競馬、平日はパチンコとまぁ毎日こんなにもする事があるなってくらいでした。
でもあるときからそのゴルフ仲間が一人減り、二人減り、4人集まってワイワイ、ガヤガヤしていたのに気がつけば揃わなくなってしまいました。元々、一人でゴルフにいってもつまらないので、こちらも足が遠のいてしまって練習場にもなかなか行かなくなってしまいました。足をケガしたという事を理由に運動をする事が無くなり今まで忙しくしていた休みも何となく過ごすようになってしまいました。でもそこは我々の仲間、(悪友たち)はタダではおきません。ゴルフ仲間が今度は釣り仲間に変身してしまいました。

「今までよくゴルフに行っていたよなぁ」
「ホンマや」
「なんであんなにしんどい事やってたんかなぁ」
「ホンマやで」
「みんなであちらこちらのゴルフ場行ったよなぁ」
「そやな 車も相乗りで出かけたなぁ」
「一泊で遠征もしたよなぁ」
「ホンマやで」
「あちらこちらのゴルフ場の風呂に置いてあるビニールを持って帰って来て分け合ったよなぁ」
「本当は行ってないのに 行った事にして誤魔化したよなぁ」
「ホンマやホンマや」
「でもな 今の俺たちの趣味は釣りやからなぁ」
「ホンマ 釣りはエエなぁ」
「ホンマや釣りはエエわ」
「おまえがエエ趣味を教えてくれたから ホンマ助かるわ」
「ホンマやホンマや」
「ゴルフは行ってもないのに着替えをゴルフ場の洗濯のビニールに入れて帰ってこないと怪しまれるしなぁ」
「ホンマ釣りはエエわ」
「ホンマやなぁ」
「ゴルフは朝行って夕方かよるには帰らなあかんしなぁ」
「ホンマやなぁ」
「その点 釣りは夜から出れるしなぁ」
「ホンマやホンマや」
「何せ 風呂に入ってシャンプーの匂いがしてても怪しまれんしなぁ」
「ホンマやホンマや」
「オマエがエエ趣味教えてくれたから ホンマ助かるわ」
「ホンマにおまえは俺たちの誇りや」
「ホンマやホンマや 俺たちに希望と活力を与えてくれたわ」
「ホンマ おまえは偉い奴やなぁ」
「・・・・」
「・・・・」
別にそんなに褒められることを教えた事は無いのに、こいつらにとっては家を空ける絶好の口実を与えてしまった。
奥様達、本当にスミマセン。奴らはこうして家を空ける口実にしておるんです。
そして世の中の女性ならびに奥様達へ
もしも旦那や彼氏の趣味がゴルフから釣りに変わったという方がおられた注意あそばせ!!

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2009年07月10日

一攫千金って夢のまた夢

一昨日昼休みに近所の本屋さんに行きました。
いつもは何を見ようか、何を買おうか迷っていたりするんですが、
その日は何となく目に留まった所にあった本の棚には『利殖』『増やす』『儲ける』・・・などの文字が目に付きました。
株やらネットオークションやら今では身近にそんなものが溢れているように思えてなりません。でもその中には一攫千金を狙ったような本もあり競馬、パチンコ、その他のギャンブルなどの攻略本やらで、沢山の本が並んでいました。
でもふと思ったんですが本屋さんに無い本。これって分かりますか?もうここまで書いたら分かってもらえると思いますが、そうです『お金の使い方』なんて本はありませんでした。
当たり前じゃ!自分のお金をどう使おうと買ってじゃ。と思われる方も沢山いらっしゃるとは思いますが、この『お金の使い方』なる本を出したらいったいどんな反応があるのかって、勝手に思ったりしました。
お金を儲けるのは決して悪い事だとは言っていません。大いに自分の実力で儲ける事はいいことだと思います。しかしお金に喜ばれるような使い方をしているかって言えば、果たしてどうでしょうか?
よく「生きたお金」とか「死んだお金」って言うでしょう。
お金に生きる、死ぬなんてあるのかって問題ですが、自分にとっての大事なお金を有効に使ってあげればお金も喜ぶだろうし、無駄に使われてはお金も悲しむんじゃないでしょうか。
昨日友人と車の中でそんな話をしました。奢り奢られは世の常。
貸し借りとも言う。生きたお金はそんな中に放り込まれれば必ず正しいほうにいく。回りまわって自分に返ってくる。それもお供を連れて。しかし悪ゼニ身に付かずで、死に金とは言わないまでも、生きていないお金は回りまわっても自分のところへは返っては来てくれない。
最近書いた中でお札の数字を見ている人も多いと思うが、お金に喜ばれるようなそんな使い方を書いたら儲かるんじゃないかって友人に言われた。でもお金の方から(あいつのところへ行ってやろ)って思わせれば一人前だと思う。こんな一攫千金を夢に見ているようじゃまだまだこちらに来てもらえないんじゃないかって思ってしまった。

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2009年07月09日

お宝発見!一日遅れの七夕様からの贈り物

昨日、ガレージの中を整理していると階段の奥から亡くなった祖母の包みが出てきた。懐かしい風呂敷で包まれた紙の箱であった。
昔の人は何でも大事に残していてデパートの包装紙やらきれいに開けたお中元、お歳暮の包装紙やら自分のお気に入りの便箋封筒、旅行に行ったときに買っていた土産袋など沢山出てきた。
その中にまた別の袋が、中をあけて見ると何と記念切手と記念硬貨だ。祖母の友人が私設郵便局をしていて、きっと頼まれたんだか頼んだんだか知らないが私の子供の頃によく家に来ていたのを思い出した。もう亡くなって20年以上経っていたが存在すら分からずに今までガレージの中に置きっ放しにしていた。私が小学校時代だから40年以上前からコツコツと集めていて、はがきに張るでもなく封筒に張るでもなく、集めていた数ン百枚。金額にして・・・
やめておこう。別に換金するつもりも無く、切手として使う事も無く、祖母の大事な宝物だったんだから仏壇の引き出しの中に場所を移して一緒に供養させていただこう。
でもなんで昨日、ガレージの中なんか掃除しようと思ったんだか、掃除なら定期的にやっているのに、またそんな袋なんか目にも留まらなかったのか、分からなかったのか。
七夕様からのイキなお計らいなんだと勝手に思ってしまいました。

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2009年07月08日

7月7日はあちらこちらで忙しい

昨日は七夕。いつも断食でお世話になっている奈良県吉野山の金峰山寺では恒例の蓮華会がありました。コレは金峰山寺の三大行事の一つで、七月七日は役行者が産湯を使ったと伝えられる、大和高田市奥田にある弁天池にある清浄な蓮の花を蔵王権現に供える法会です。そしてここで行われる『蛙飛び』の行事は大青蛙を乗せた太鼓台が蔵王堂へ練り込み、法要の後、蛙飛びの作法が執り行われ、最後には導師の授戒によってめでたく人間の姿に戻ります。
ライブの映像がインターネットを通じてみる事ができましたが、多くの人が参拝されていました。調度仕事中でしたが少しがけ見ることが出来、その後のお護摩も見ることが出来て気分は参加しているようでした。これから大峰山の入峰が続きますが少々天候が気になります。皆さんお気をつけて行ってください。私は『山の行より里の行』こちらでお行に励みます。

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2009年07月07日

果たして自分はどうしただろうか?

昨日から友人が仕事に復帰した。
一週間とはいえ休んだ事が彼の心にはどう映ったんだろうか?
金曜日あたりから仕事がしたい、仕事がしたいって気持ちの高ぶりが出てきたようだった。でもここで焦ってしまったんでは何もならない、ゆっくりと復帰して欲しい。
もう一人の友人(中国貿易)は農薬が入っていて輸入停止措置を受けていたが何とか解除されてまた仕事に復帰できる事になった。
でも食品関係では何より信用第一。一旦落ちてしまったものを取り戻すのは並大抵ではない。でも彼は一旦失った信用を何とかしようと検査結果の資料を持って東奔西走している。無くなった取引を云々ではなくて、キッチリとした責任義務で動いている。凄い事だと思う。もう取引が無いんだから、仕事をもらえないんだからって決して放っておかないところが何よりえらいと思う。
こんな時に二通りの人がいる。一つは自分にはもう仕事が無いんだから今までの事をキッチリ清算してって思う人と仕事が無くなっても自分のやるべき責任でちゃんと後始末する人とである。
誰でも失敗はあるし避けては通れない事ぐらい分かっている。イヤな事でも避けてばかりでは一向に進歩が無い。次に起ってもちゃんとできるように危機管理を徹底しておく事こそ今彼に与えられた使命ではないだろうか。いつまでも人に尻を拭いてもらってばかりの奴も何れは自分でキッチリと始末をつけることが出来なければ何にもならない。性格って言ってしまえばそれまでだが、それだけだろうか?自分に置き換えてみた時に果たして如何できるだろうか?
考えさせられた今回の事でした。

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2009年07月06日

近所に悪魔の館が出現した~~!!

最近、近所で新しく開店したお店があります。
10人も入ればいっぱいのお店で、前のオーナーもウチの患者さんでした。今までに無い発想のお店です。ひとくちカツのオーダーのお店です。オーダー?そうです一人前を注文すると大体4~5個ですよね。ここは自分の食べたい数だけ注文できるお店です。1個100円5個なら500円、7個なら700円と食べたい数だけ注文する事ができて、出来立て、アツアツを食べる事が出来るお店なんです。でも私や近所の友人はきまった数を食べるほうがそれ以上に追加しなくていいので、痛し痒しです。早速先週に食べに行きましたが、周りの人のを注意深く聞いていると、女性で大体4~5個。男性で大体5~7個。う~んまだ10個以上を頼んだ人はいませんでした。友人も遠慮して9個だったとか。誰かが早くこの壁を破ってくれれば直ぐにでも10個注文するのにって友人が言っていました。今まで昼ご飯といえばお蕎麦か中華かカレー屋さんでした。オフィス街でのランチは時間が勝負。早く簡単に食べれて安くて美味い店って言うのは、あっという間に埋まってしまってなかなか食べれませんでした。まだここは開店間もないということで知られていないので今週ぐらいまでは穴場になる事間違いなしです。
よく昔は食べ放題って書いてあると、迷わず入って食べたものですが、そんな体力がなくなってしまいました。美味しいものを少しだけって事にしています。友人と昼食に行くと決まってこんな風に注文します。
(丼とお蕎麦)(お好み焼きと焼きそば)(回転寿司とラーメン)
(チャーハンとラーメン)など等。それに必ず食後のコーヒーがつくので一時間の休憩なんてあっと言う間に過ぎてしまいます。
でもよくよく見てみると、なんだか炭水化物ばかりのメニューですね。書いていてよくわかりました。チョット反省します。
今日は何にしようか考えていたら、もうお腹が減ってきました。今日なら迷わず10個オーダー出来そうです。

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2009年07月05日

いつまで経っても変わらぬ思いを・・・

来週から友人が診療に復帰すると言っていた。
月曜日から体調を崩して休んでいて患者さんには大変迷惑をかけたといっていた。しかしその間にいろんな事があった。同じ空気を吸うのもイヤだとか、まるで監視されっぱなしだとか、すぐに注文したものをいちいち院長に確認を取らないと注文しないとか、その他諸々。やっと大人の対応でナントか調整がとれそうだが、一筋縄ではいかないことは誰の目にも明らか。心配の種はつきない。
今日の休みは体調を整えて再出発して欲しい。こちらもいろいろ動いたけれど、お互いのチョットしたボタンのかけ違いがあったようだ。
今日の日曜日、仕事もあるが身内の祥月命日で今から墓参りに行って来る。
日頃、周りのものには墓参りには行けよって言っている手前、自分が行かずにどうするって想いが半日仕事を休んで行く事にした。もう30年前になるが弟が交通事故で亡くなった。そのときから我が家では時間が止まってしまったことがある。家族の絆や、いろんな事を考えさせられたこの30年だった。親友の車に乗っての事故で、親父どうしも同級生どうし。話は厄介なことで数年もめた。
彼にとっても一生心から離れないし背負っていかなければならない事、その彼が毎年命日には仕事を休んでまで必ず墓参りに来てくれる。頭が下がる想いだ。
いまだにその当時のことは鮮明に覚えていて忘れることはできないが、自分がその当事者になっていればここまで出来るかどうか・・・
その30年前の今日は歯科大学の定期試験中。私の同級生が家で勉強していたため弟は友人の家で試験勉強をするために出かけてそこで事故にあった。
簡単に事故のことを言うつもりはないが、普通の家族が普通に生活をしていて、突発の事故を受け入れるのには相当な時間とエネルギーがいったことも事実だ。
きっとこの時間には嫁さんと二人で墓参りに来てくれてるんだろうなって思うと本当にありがたい。そんな親友を持った弟は幸せ者だったんだと思う。
私がそこまで人のためにやってやれるか、意地だとか何だかんだ言っている自分がちょっと恥ずかしい気持ちにさせられた気持ちでいっぱいだ。
あんまり兄貴らしいことをしてやれなかったが、弟と同じ歯科医の道を目指して進んできたんであいつの分まで悔いの無い仕事をやっていきたいと思う。

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2009年07月04日

変に説得力のあった話し

昨日、阪神タイガースの大ファンの友人と食事をしました。
今年の成績に嘆く事嘆く事。いったい何がいかんのか、って話になりました。
名選手、名監督にならず、とか言っていましたが、果たしてそうでしょうか?
プロであるから、それでお金を稼いでいるから、自己の責任でチームの皆が優勝と言う同じ目標に向かって進んでいくのはいいかもしれませんが。 で、ここからが問題です。
「今年の阪神はあかんわ」
「なんでやねん」
「何でって 成績見たら分かるやろ」
「昨年の巨人の例もあるやろ」
「ないない、あんなんと一緒にせんといて」
「何でやねん」
「巨人はいつでもどこからでも優勝できる体制があったワ」
「ふ~ん」
「あんな プロである以上、どの球団にも優勝のチャンスはあるんよ」
「ふ~ん」
「おまえわからんやろうけどな」
「ほっとけや 分からんで悪かったな」
「あんな 優勝と2位以下は全然ちがうねん」
「そうかなぁ」
「そうやって プロである以上練習の質も環境もそうかわらんねん」
「そしたら なんでやねん」
「教えたろか」
「焦らさんと 早よおしえろや」
「意識や」
「意識ってなんや」
「意識やゆうとるやろ」
「そやから何が意識やねん」
「何も分からん奴やなぁ」
「煩いわ」
「最後の最後、ここ一番と言うときにな 意識の違い、意識の差が出るねん」
「よう分からんワ」
「そやから 分からん奴には分からん言うてるやろ」
「ほんまにオマエはうるさいねん」
「勝つと負けるはな 最後の意識の差が出てくるねんて」
「そやから何が意識の差やねん」
「ここ一番で 何が何でも 勝ちたいか 勝てればいいくらいの意識では勝てないって事や」
「ふ~んそういうものかね」
「そうや そこが大きな違いや」
「監督の差やな」
「何が監督の差やねん」
「星野のときを見てみ ベンチの中がピリピリしとったやろ」
「そうかなぁ」
「岡田の時もチョットはやる気あったやろ」
「ふ~ん」
「今の真弓見てみ ベンチの中で緊張感が足らんやろ」
「そんなとこまで見てなかったからわからんわ」
「アホ 野球はグランドだけでするんやないで」
「そんなもんかな」
「グランドとベンチとファンと一緒になってするもんや」

そんなこんなで、やけに熱く語ったこいつは中高一貫して野球部にいた奴で野球には人一倍喧しい。でも何となく納得させられてしまったんでこれからそんな事を思いながら見てみようっと。

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2009年07月03日

正直者がバカを見るって どうなんでしょうね

『正直者がバカを見る』こんな事はあってはならんと思う。
でも正直な生き方をしていて今の世の中生きていけるか?
『武士は食わねど・・・』はやりにくい世の中になったものだ。
昨日友人からメールが届いた。その内容はこうだ。
ある会社である部署の人が鬱になった。それを皆が鬱とわかって対応していた。本人も他の人にすまないと思いつつ、時間をずらして出勤し、何とか一日を過ごしていた。でもだんだんと居づらくなって、休みがちになってくる。その悪循環が益々本人を苦しめる。
その人の上司が適当なアドバイスをしなかったり会社がちゃんと対応しなかったために今度はその上司が攻められてまた鬱になったという話。
今の社会はケガや目に見えた病気(例えば風邪)などには寛容だが心の病には無頓着だ。周りからはただサボっているように見えたり、ダラダラしているように見えたりするんだろうが、本人も辛いと思うがそれをサポートしている周りも辛い事を分かって欲しい。皆が助け合えるような社会、ストレスを極力かからないようにするなんて、今の社会では無理なんだろうか?昔にも心の病はあっただろうし、いつの時代からだろうか、権利を主張しだしてからおかしくなったように思う。本人は病気だから辛い事は分かっているが、それをサポートしている、家族、友人、職場の仲間たちの心のサポートを忘れて欲しくないように思った。また、別の友人がこんなことを言っていた。手術される人は麻酔がかかっていて何にも分からず、気がつけば手術が終わっていてなんにも無かったかのようにしているが、周りの人は(特に家族、友人)はその手術中はどんなに心配した事だろうって分かって欲しい気がしました。まぁ分かってもらわなくても、感謝されなくてもいいけどね。話は大きく脱線しましたが、元に戻します。まだまだ、昨日の続きを引きずっています。友人の勤め先の院長との確執、必要なまでのイジメ。(本人がそう思っている)でもね、アンタも勤め人なんだから法律に反するような事はしたらイカンと思う。でも許容範囲の事はどうだろうか自分が正しいって思っても協調する事は出来ないんだろうか?
もっと肩の力を抜いてみませんか?人の意見にももっと耳をかたむけてみませんか?そうしたらまた新しい世界が見えてくるんじゃないでしょうか。まぁ、当たり前が当たり前でなくなった時代だからこそ皆で考え直さないといけないんじゃないだろうか。

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2009年07月02日

なかなか難しい問題だなぁ   その2

自分の思い通り行く事など、この世には無い。そう分かっていても割り切れない思いがある。ましてこれだけ複雑な世の中に『コレだ』なんて答えは無いのは分かっていても、自分ではどうしようもなく考え込んでしまう事がある。
昨日の問題を引きずっています。友人は今某歯科医院に管理歯科医師として勤務しています。院長は年下、自分が病院勤務の時の教え子。そして私にとっては高校の後輩。いろんな人間関係のゴタゴタを友人は病み上がり状態でよく頑張っていてくれていると思う。
この友人、真面目に○○がつくほどの人間(汚い形容で書けませんが)で、理想は高く、常に患者さんの事を一番に考えるような奴です。院長は超いい加減の場当たり主義の楽観主義者。この二人全く水と油。最初からうまくいくはずがないって言われたんだがお互いの思いは飲み込んで仕事に就いた。最初は何とかこなしていたがやっぱり途中からああだこうだと口を挟んできた。任せたといったら任せればいい、口を挟むなって友人は言う。でも後輩側からしたらうまくやってもらえるだろうか?って心配もある。どっちもどっちだ。そして今、あいつの顔を見るのも、同じ空気を吸うのもイヤだというところまで来てしまった。向こうも同じだ。ならばさっさと辞めればいいものを、辞めさせればいいものを、それが出来ない。
友人は退路を絶ってマンションも処分してこちらに住民票を移してまでも後は無いという覚悟で来ているし、後輩も管理歯科医師がいなくなれば、廃院の危機である。どっちもどっちだ。
それにもまして友人は居たくない、後輩は辞めて欲しい。答えは簡単だ。でもここで二人が大いに間違っている事がある。患者さんはどうしたの?患者さんはどうなるの?あんたたちはそれでもいいかもしれないが患者さんはどうなるのって言いたい。ガキの喧嘩じゃあるまいし、大人の対応がなってない。好きで、好きだけで仕事は出来ない。我々の仕事はプロを要求されている。曖昧な、どうでもいいような仕事ではない。一時の感情の縺れで、何かあったらどうする。迷惑なのは患者さんだ。もっと大人の対応を期待したい。

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2009年07月01日

なかなか難しい問題だなぁ

昨日、久しぶりに昼過ぎに携帯電話のバッテリーがなくなった。
朝から一昨日の友人の件で電話が鳴りっぱなしだった。
結局は自分で決めないと何にも前に進まないのはわかっている。でも進めない自分がいることも本人は分かっている。困ったものだ。
原因はいろいろあるとは思うが、簡単なボタンの掛け違いで早い時期に手当てをすればここまで縺れなかったのかも知れない。
ちょっとイタイ病気を持っている彼には『頑張れ、頑張れ』は逆効果だ。それこそ『頑張れ言うな、頑張っとるワイ』だ。
しかしどこの世界にも、どんな職業にも多少なりとも、(イヤ、多くの)困難はあるものだ。それを逃げても一時的なものにしかならない。仕事、生活、そして人生にも困難があるのは仕方ない。それを乗り越えた時に、その達成感を味わう事が出来るのが嬉しいんじゃないだろうか。
昨日書いたことの中に「必死さが無い」と書いたと思う。
毎度毎度、必死であればそりゃ疲れてしまうし、続かない。
当たり前の事である。肉体的にも精神的にももたない。「ON/OFF]心のスイッチをいかに切り替えるかで味わう喜びになるか、苦痛になるかだと思う。
今の現状を逃避したところで心配事は追いかけてくる。例えばこうだ。昨日体調不良で診療を休んだけれども院長に伝えられないからそこの院長が5分おきに電話されて困ったと友人が言っていた。そりゃ相手にしてみれば連絡を取ろうとするのは当たり前の事だし、着拒すればするほど、どんどんつながるまでかけてくる。
「ストーカーみたいだ」と彼が言っていたが、ここで無視し続ければ益々かけてくる。だから一度出て喋れっていっても最初は「いやだ」「気分がのらない」などと逃げ口ばかり言っていたが、最後にはやっぱり電話に出てみた。そして今の現状を院長に説明したら、それからはかかってこなかった。「それ見ろ だから早く電話に出ろ」って言ったじゃないか。
人は自分でどうしても判断できない時がある。その時に誰か周りに居る人が適当な時期にちゃんとしたアドバイスをしてやればこうはならないんじゃないかと思う。ある人が面白い事を言っていた。
目が悪い人は目のいい人を羨ましがる。また逆に目のいい人はメガネをかけている人を羨ましがる。無いもの強請りだと言う。
確かにその便利さにそのメガネをかけてよく見えたのはいいが、見えなくてもいいモノを見てしまうという。コレに似ている。
知らなくてよいものを知ったために悩む事もあるだろうし、それ以上に知らなかった楽しい事も知って嬉しくなるかもしれない。
なかなか難しい問題だ。

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