2009年12月31日

大晦日だというのにまだやり残した事が・・・

いよいよ今年も今日一日。
世間ではお正月用意や大掃除で忙しくされているでしょうね。
今日も昼まで仕事して、昼から急患の患者さんの洗浄をして、夜には毎年恒例の
大晦日の7時に来られる患者さんを診て本年最後になる予定です。何でこの時期にって思われるでしょうが、この方ご近所のお寺さんの娘さんが嫁いで他県におられるんですが、実家のお寺がお正月は忙しくて31日には戻ってこられてお正月のお手伝いをされるんで、ここ数年このパターンなんです。
昔はお正月三が日はのんびりと過される方が多かったように思いますが、大手のスーパーやショッパーズモールなどは元旦から開いているし、今時の子はおせち料理なんかはあまり食べないし、それこそファミレスなんかは年中無休だし。
便利になっていく代わりに段々とお正月の情緒は無くなっていっているみたいです。
それでも昨日は、家に居たら邪魔なオヤジたちとこの忙しい時期にって思われながら釣り場に足を運びました。そうなんです恒例のカワイイお魚達に正月前のエサ撒きに。先日はフグとガシラの新子にエサをやって、大きくなって帰ってらっしゃいと海に戻してやったのにまだそんなに日が経っていないのにもうそろそろ親がお礼を言ってきてもいい頃なのにという、不思議な理論でまたも海に出没。
正月くらいはおとなしく家に居るような奴らではなく、どんな理由をつけてでも出てくる連中です。きっと今日も何とか理由を付けながら秘密の穴場に集まることでしょう。
我が家は昔から、近所の悪たれ連中が各家を順番に回ってひと暴れして飲み食いして帰るのが恒例になってはや40年。そこの家の奴が居なくてもあいさつ回りだけは欠かしたことが無い。各家のおせちの味も目隠ししてでも分かるようになっても、このお正月の恒例行事は欠かしたことがありません。子供の居る家にはお年玉も結構いるし困ったもんですが、それも子供にとっては嬉しいことだから仕方がありません。
昨年同様に、友人宅に娘さんの彼氏が来るらしくてまたそこの家族には少々プレッシャーみたいだ。いいじゃないか家族がまた一人増えたみたいでって言ってやったが、どんな風に思っているのやら。
でも受験生は大変だ。センター試験ももう直前に迫っている。最後の頑張りで志望校に合格して欲しい。友人とこの息子さんはただ今一浪。医学部狙いだから仕方が無いが、体調を万全にして合格を目指して欲しい。
何だかんだと一年間、無事に過せたので、また来年、多くを望まず、一歩一歩、
前進していきたいと思う。
今年もここに登場してくれた皆さんのご健康とご多幸をお祈りして今年の締めといたします。

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2009年12月30日

たかが30日、されど30日 今年も後1日です

今年も残すところあと1日になってしまいました。
と言いながら、朝から急患で診療所にいます。アポは10時なんですが9時には入って準備をしていると、前から言っているように当医院のルールで診察室の窓のブラインドが一つでも開いていると中に居ますのルール。それを見たのかは知りませんがこの30日になっても患者さんの問い合わせがいくつかありました。普通30日は何処も休みやろって勝手なノリ突っ込みで言ったりしても、結局は診てしまうのが辛いところ。でも、患者さんの不具合、不都合を考えるとお正月を前にどれだけ不安になるか、何とか少しでもその不安を解消できれば医者冥利につくというものです。
昼から行く先輩のところは明日の31日まで(午前診)ですが、患者さん皆さん喜んでおられます。ただ当医院はオフィス街でこの時期には人通りはあまりなく歩いているのは観光客かコンビニの店員さんか。昔はこの時期人っ子一人いない街だったんですが、コンビニが出来たおかげで少しは人がいるようになりました。近所にもマンションが出来、住民も居るにはいるが市場とかが無いから日常雑貨などはどこまで買いに行くんだろうか?百貨店では遠いし高くつくし。ここ何年か何だかんだと言っては31日まで診療所にいますが、家の用事をしたことがありません。何もこの時期に一斉にしなくても、「日頃からやっておけばすむことじゃないか」って言うと、家人は必ずこう言います。「日頃からやっておいてくれれば、何もこの時期には言いません」って。全くもって御尤もな話。
ヘタに突っ込むとやぶ蛇になりそうなのでこのへんで、患者さんも来たことだし仕事をしてきます。

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2009年12月29日

信頼関係って難しいんだよなぁ

診療は昨日までのはずが、朝からそれも8時から仕事をしています。
10時現在でもう5人も患者さんを診ました。平日の午前中より多いペースです。何せ、私一人でやっているから患者さんに待ってもらうのが辛い。それも洗浄だけの患者さんなら時間も早く済みますが、脱離や義歯の破損なら時間がかかってしまいます。
でもこれでお正月を快適に過ごせれるなら待ってもらっても、ちゃんとした仕事をしないと責任重大です。
ご近所さんたちばかりで気をつかわなくてすむ方ばかりなので、こちらも和気藹々と仕事が出来ます。何ででしょうか?お互い言わなくても患者さんもこっちを信頼してくれていて、お任せしますって感じだからかも。でもこのお任せしますが曲者なんです。こっちがこれでいいと思っていても、相手はイヤまだまだって思われたらそうはいきません。お互いの呼吸があってこそ、信頼関係があってこそ、それが成り立つんだと思います。
昔大学時代の恩師の先生がこう言っておられました。
たとえ痛くてもその先生の顔を見れば痛みが和らぐ。
そして話をゆっくりとじっくり聞いてあげれば痛みは和らぐ。
そして最後に一事、「大丈夫ですよ」って言ってあげれば痛みは消えるって言われました。そこには患者さんと医師との信頼関係が成り立っているから出来る事で、お互いに相手を疑ってしまえば絶対に成り立たないっておっしゃっていました。
でもこの信頼関係ってなかなか難しいんだよなぁ。

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2009年12月28日

暗いニュースばかりが流れていますが・・・

本日、今年ラストの診療です。(表向きは)
でも、今日の診療で切開した患者さんも義歯が割れた患者さんも明日に洗浄と調整に来られます。もう3人の予約が入ってしまっているので、結局明日も診療があります。なおかつ、大掃除と称して家を出てくるので何ら変わりのない生活が待っています。違いはと言うと、気分的にのんびりしているかな?って感じだけです。
お正月気分にはなかなかなれないってみんなが言うように、ニュースを見ても今年はやっと越せたが来年は・・・
こんなニュースばかりが流れています。誰かが言っていましたが、一人ひとりが希望を持って戦争反対って言えばその輪が広がっていつの世にかは戦争が無くなるって。同じようにみんなが希望を持って来年は良くなるって思えばきっと良くなるんでしょうか?
今年は総選挙の年でした。政権が代わってこれで世の中が良くなると誰でも我期待をしています。はたしてこのままでいいのでしょうか?痛みを分かち合う事で皆が良くなるなら我慢もしましょう。でも、一向に明るい希望も見えなければ国民はきっとまた大きな決断を下す事になるでしょう。我々の業界も今まで与党を応援していたから政権が代わっても与党に付くのは仕方ないにしても、我々の暮らしも開業医、勤務医共に我慢の限界に来ていることは間違いないと思います。世間からは医者は不況にはなんら関係は無いからいいねなんて間違ったほうにとらわれているようですが、ここが大違いだと声を大にして言いたい。今まではボディーブローのようなものだったが、それは間違い。鍛えてあるお腹なら少々打たれても持ちこたえるが、ブヨブヨの私のようなお腹には一発で効いてしまいそうです。

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2009年12月27日

生きたお金の使い方だと思うんですが・・・

昨日、年内最後のミーティングがあった。
思い返せば友人が新しい職場に移ってから一年がたった。
何とか少しづつではあるが落ち着いてきているみたいだ。
いろんな問題もあったが、何とか一年無事に過ぎてくれた事に感謝。
そこでいろいろ話があったが、今の我々が置かれている状況が非常に厳しいという意見は一致している。このまま手をこまねいていてはダメだとは分かっていても、何をどうするのか手詰まり状態だと口をそろえていっていた。
我々大人がこんな状態だから子供に至っても夢を語れる子供が少なくなっているという。いったい誰がこのようにしたんだ?世の中が悪いのか?
最近読んだ本の中にこんなことが書いてあった。それは「夢に破れたんではない、ただ夢に逸れただけなんだ」
こんな事が書いてあった。夢に破れたなら取り返しが付かないが、逸れただけならまた探せばいいって事だ。ただ探し方を知らない人が多すぎる。
昨日も書いたがお金に嫌われないようにしないと、だんだんお金から嫌われ去っていかれる。でも皆で綺麗な気持ちでお金を使えばお金はウソをつかないでちゃんと期待にこたえてくれる。だからあのカナダの宝くじに当たった夫婦の取った行動は、批判もあろうが結局、生きたお金の使い方だと思う。
ただお金をあげるんじゃなくて、そこには雇用というものを生み出し仕事を生み出す。それで街が綺麗になって皆が快適に暮らせればこんな良い事はない。
それに使われたお金はいかに喜んでいることだろう。
もう一度言うが、現代の人は夢に敗れたんじゃない、夢に逸れただけなんだからもう一度探せばいいじゃないか。いかがですご同輩。

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2009年12月26日

ちょっとシリアスな話で・・・

友人が言っていたことですがこんな話って皆さんどう思います?
それはある夫婦の話なんですが、旦那が借金をして失踪してしまったと言う、何処にでもある話なんですが、ここに今の日本が抱える問題があるように思いました。
結婚とか離婚とか簡単に考えていませんか?
結婚は好きで好きでたまらんようになって、ある年齢以上になれば未成年でなければ誰でも出来ます。しかし離婚は一方的には出来ません。当たり前です。この当たり前が厄介な問題を引き起こしたんです。それは旦那が借金をこしらえて失踪して奥さんとはもう何年も会っていないし、それでも電話だけはつながっているそうなんです。でもいつ電話をしても出ないし、かかってくるのは向こうからの一方通行。警察にも相談したけれどこれって「失踪」じゃないんだそうです。だったらいったい何?いろんなところに相談に行ったが役所も警察もみんな、判で押したようにいう事は同じで、「民事不介入」だそうです。自分で見つけ出さないといけないんだそうです。こうなると厄介なのが、福祉の問題で離婚が成立していないと勿論、「母子家庭」の認定も何ももらえません。でも小さい子供を抱えて生活保護を貰うのがやっと。
友人曰く。このオヤジ何を考えてるんやと。自分の借金のせいで家族に迷惑をかけるのも程ほどにせいって怒っていました。
なるほど納得。またこんな事例も。それは趣味が釣りで毎週のように釣りに出かけていたオヤジがあるとき磯で行方不明になったんだそうです。当然警察のお世話にもなったんですが、礒に釣具が残っていただけで本人の形跡は無し。するとこれが事故か事件か分からないんで「失踪」とも「死亡」ともつかないんだそうです。
結局6ヶ月間立たないと死亡診断書、などが出ないんで葬式も出せなかったとか。いましたよね、芸能人で海に落ちて記憶がなくなってどこかの海岸に現れたっていう人が。
話は戻りますが、なかなか役所が動いてくれないのは、言い換えればそれだけその事を悪用する者がいるってこと。偽装離婚をして母子医療証を取得したり、生活保護をもらっていい車に乗っていたり。こんな連中がいるから本当に貰わなければいけない人に行き渡らないんじゃないでしょうか。なんだかイヤな話しばかりをしてしまったんで最後にちょっと良い話を。
カナダである夫婦が宝くじを買ったんだそうです。そして1等を当てて大喜びをしたそうです。そしてその夫婦は何をしたと思います?家を買ったわけでもなく、車を買ったわけでもなく、その夫婦のとった行動はなんと、街の皆に還元したそうです。ただお金をあげるんじゃなく、皆に僅かな賃金ですが街の清掃員として街の美化に貢献したそうです。お金もこんな使い方をしてもらったんならきっと喜ぶに違いありません。 ちょっとシリアスな話ですみません

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2009年12月25日

忘れないうちに  もう一つ

診療の合間に見つけた良い言葉 忘れないうちに

For attractive lips,speak words of kindeness.

for lovely,seek out the good in people.

for a slim finger.

share youe food with the hungry.

for beautiful hair.

Let a child run his fingers through it once a day.

for poise,walk with the knowledge you`ll never walk

alone.

People, even move than things have to be restord,

renewed, revived, reclaimed and redeemed and redeemed

and redeemed.

Never throw out anybody.

Remember, if you ever need a helping hand.

You`ll find one at the end of your arm.

AS you grow older you will discover that you two hands.

One for herping yourself,the other for helping others.


魅力的な唇のためには 優しい言葉を紡ぐこと

愛らしい瞳のためには 人々の素晴らしさを見つけること

スリムな体のためには 飢えた人々と食べ物を分かち合うこと

豊かな髪のためには 一日一度 子供に髪を梳いてもらうこと

美しい身のこなしのためには 決して一人で歩む事が無い事を知ること

人はものより遥かに多く回復し復活し生き返り再生し繰り返し報われる事が必要なんです

歳をとると人は 自分に二つの手があることに気がつきます

一つの手は自分を助けるために もう一つの手は他者を助けるために




   これは Sam Levinson の言葉です

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2009年12月25日

ささやかな望みで良いってか・・・

来週の今日は元旦です。
本当に一週間しか今年はありません。遣り残した事はありませんか?充実した一年でしたか?思い返せば、今年もたくさんの人と知り合いになれて幸せな一年でした。また自分の思い出の中から消え去った人たち、今まで有難うね。お互いこれからも頑張っていきましょう。やっとの思いで年賀状を仕上げました。世間ではクリスマスイブだというのに。昔は、イブなんか家にいないのが当たり前、どこかのお店で日付変更線を超えて、跨いで、朝までドンチャン騒ぎをしていた頃が懐かしい。
若い子はイベントで忙しいし、(彼氏彼女の)でもそんな有名なお店以外はけっこう空いていたみたいです。
ホテルのディナーショー。そして心ときめくデートの時間。
別にアノ当時に戻りたいとは思わないけど、今の自分に合った過ごし方ってあるみたい。お金をかけずとも楽しいイブにする事は出来るはず。今年は特に家で過ごすって方が多いと聞く。こんなところにも不況の波が来ているのか。来年は来年はって毎年言っているように思う。ただ坦々と過ごせれば良いし、健康に注意しながら過ごせればそれで良い。でも夢だけは見ていたい。私の夢ですか?
それは今年最後の大勝負、《有馬記念》これに全精力を傾けたいと思います。

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2009年12月24日

こんなところにも新しい発見が・・・

昨日、朝から家中の電球やら蛍光灯やらの取替えでコーナンまで買いに行ってきました。朝からの人だかりは何なんだ?と思いきや、皆さん掃除道具の売り場がこの混雑。ヤッパリ思うことは皆さん同じなんだと一安心。あれもこれもと見ていたら欲しいものだらけ。掃除道具も買ってしまって、カー用品売り場もウロウロ。車に戻ってエンジンをかけようとした時に思い出した。オレ何しに来たん?
そうです、電球、蛍光灯を買いに来たのを忘れてしまっていました。もう一度売り場に戻って品番を確認して買おうと思っていたらそこの店員さんから何種類か色の違いがあることを学びました。
昔は一種類しかなかったのに今では便利になって何種類もあることにビックリでした。それから何本か幾つかを予備用においておきながら変えないといけない順番に代えていき、古くなったのを年内最終のゴミの日に出す事になりました。
ここまで来たら診療所もって今確認したところ何本かのうち、最近代えたのを除いても驚いたことにいったい何本あったと思いますか?蛍光灯の数など数えた事が無いけれど、数えてみたら以外に多い事にまたまたビックリ。そして古くなったのには両端に黒いシミみたいなのが付いているのに気が付きました。日頃こんなモノにしげしげとは見たことが無いので新しい発見でした。
でも診療所内の蛍光灯の数もハンパじゃないので、これを全部代えるというわけにもいかず、暗くなりかけたのや古そうなものから交換しようと思い管理人さんに言いに行ったところ、こんな答えが返ってきました。それはこの時期に一斉に言ってこられるんで一寸待って欲しいって。皆さん何処も同じだと思いました。でもこのビル全体でいったい何本の蛍光灯があるのか単純に計算したらこりゃまた怖ろしいほどの数になってしまいました。各部屋平均数十本だとしたら2000本以上がある計算になってしまいました。
こんなこと知らなくっていいのかも知れませんが、知ってしまえばそこからいろいろ経済を知るきっかけになってしまいました。
蛍光灯代だけでもものすごい事になってしまいます。

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2009年12月23日

手を止めてじっと○○を見る  (賀状)

今週は忙しい週になりそうだ。
実際に今週で今年最後の仕事納めみたいなものだし、昨日の印象が年内ラストだったから今週はきっと飲みすぎ食べ過ぎでの患者さんが来られるのが、毎年の恒例だ。飲みすぎて歯ぐきが腫れたと言って来る患者さんや、入れ歯が割れたと言って来る患者さんや、ひどいのになるとどこかに入れ歯を無くしたから正月までに作ってくれって、難題を吹っかけてくる患者さんもいた。
この人のために学生実習よろしく1日で総義歯を作ったこともある。
人間やれば出来るって事の証明みたいなものだ。最近はそんなことは無いが昔、オヤジがやっていた頃、年末に今までのツケの回収に患者さんの未集金を持って来てもらう連絡を受付がしていたことが懐かしい。中には現金が無いからって現物での支払いもあった。その人は呉服屋さんでしたがお客さんの代金が入ることを期待して自費治療をしてもらったんですが、期待通りに回収が出来ず売り物の反物を持ってこられたりした。
オヤジもある時払いでいいって、こんな時代もあった。今ならカードやクレジットなんかもあって取りっぱぐれは無くなったかもしれないが何となく、昔の時代のほうがゆっくりとした時間の流れがあったみたいだ。
考えてみたら友人も新天地に引越しをしてもうはや1年たった。何とか食ってはいけているがこれからどうなることやら。
人の事は言ってられない。うちもこれから棚卸や年末に向けての大掃除や何かと忙しい週になりそうだ。
おっといけない!今は年賀状の仕分け作業中だった、でも何で皆さん自分の住所の郵便番号を知らない人が多いことに驚いた。リストを出してみたら1割くらいが郵便番号が書いていない、それでパソコンで調べるつもりがここへ寄り道してしまった。去年の貰った年賀状なんか読み返していると時間なんか気にしないでいると、後で後悔しそうだからそろそろ戻りましょうか。

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2009年12月22日

チョンボにはくれぐれもご注意を!!

今年二回目の失敗を仕出かしてしまった。
何をって、毎日の両替のお金を持ってくるのをです。
毎日一つではこんな間違いが起こってはいけないから、明日の分も必ず余分に一日分は置いていたんですが、昨日に限ってお札が足りなくなって二つ分もって帰ることにしたのがダメでした。
朝から慌ただしく年賀状の仕分けをしたのを同じような鞄に入れたのが間違い、お金の入っているほうを置いてきてしまいました。
今年二回目の失敗。何を考えていたのかは忘れましたが、確かに何となくボゥっとしていたんでしょう、車から降りる時まで全く気が付きませんでした。コンビにで買わなくていいものを1万円札で買い、お釣りを細かく貰って何とか始まりには間に合うようです。後は当医院の前の銀行に両替に行けば済む事なんで、別にそう慌てる事にはならないんですが、性格上このような失敗にはかなりへこんでしまいそうです。
年末、押し迫ってきているのにこんなチョンボをしたことに正直気を引き締めないとって反省仕切りでした。
明日は祭日。でも我々の仕事では休みが一日入れば、その分どこかに必ずしわ寄せが来るので大変です。
昨日の院長も大晦日の忙しいときに来るというし、近所のお寺さんの娘さんも(嫁いでいるんですが)お正月は人手が足りないとかで実家に帰ってくるのでついでに治療に来られるし、ほぼ一年中海外を飛び回っているウチの患者さんも今年は正月前に帰国すると言ってメールが来たし、(ここも31日に来るらしい)ヤッパリ31日は何だか仕事納めは紅白直前になりそうな感じです。

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2009年12月21日

いやはや全く迷惑な事でした

昨日も寒い一日でした。
車での移動しかしたことが無いから駅で電車を待つ間も猛烈に寒いと友人も言っていました。営業で外回りの人はもっと大変だろうって思っています。
さて先輩の診療所では毎年恒例になっている待合室の表示があります。それは何かって、年末年始の休日の知らせです。ここは年末は31日までやっていて患者さんには非常に助かるんですが(私も助かります)正月開けの日がいろいろ院長の機嫌次第で大きく変わることがあります。土日は絶対仕事をする方なので2、3日のことをスタッフ一同気にしていました。私が行くなり看護士の子が飛んできてこう言いました。
「先生来年は2日からみたいなんですけど」
「エッ2日から」
「そうなんですけど」
「何で2日なの」
「院長室のカレンダーに元旦だけ赤丸が付いているんです」
「という事は元旦だけ休みってこと」
「多分」
「そんなことないやろ」
「でもウチの院長のことやから」
「そやなぁ ここの院長のことやったら あり得ることや」
「先生 一度聞いてくださいよ」
「何でオレが」
「私たちが聞いたら院長ヘソまげて やるって言いかねないですから」
「オレが言っても一緒やで」
「でも先生なら・・・」
「よっしゃ いっぺん言うてみたるわ」
そんな話しが出来上がってしまいました。
「院長 ご機嫌麗しゅ」
「なんや 気持ち悪いなぁ」
「いえいえ いつもお世話になっております」
「何 あらたまっとんねん」
「毎年 31日までご苦労さんです」
「しゃあないやないか この商売やってたら休みなんかあらへん」
「・・・」
「オマエとこも31日か?」
「いえいえ めっそうも無い 28日までですよ」
「もっと働け」
「でも オフィス街には人がいません そんな時まで」
「そやったら ここの2階貸したるから ここで診療せいや」
「いえいえ めっそうも無い事で」
「患者がくるからしょうがないねん」
「そりゃ患者さんは助かりますワ」
「そやから毎年31日までや」
「ところでお正月は どうされるんですか」
「正月か 別に何も無いワ」
「・・・」
「何や?」
「イヤ 何でも」
「正月にでも病気は待ってくれませんからねぇ」
「そや オレら医者には盆も正月も無いワ」
「・・・」
「何やオマエ 今日おかしいゾ。まぁ今日だけやないけどな」
「そうしたら院長 ハッキリ言いますが」
「何や」
「来年 年明けはいつからでしょうか」
「なんやそんなことか」
「そんな事や ありませんで みんな心配してるんですよ」
「そんなん カレンダーに書いてあるやろ」
「カレンダーどおりですか?」
「そや カレンダーどおりや」
といってこの院長先生カレンダーを見ておもむろにマジックを取り出しました。そして2日3日に赤丸を付けました。
「院長 4日からですか?」
「そうや 4日からや」
「そうしたら 何で元旦にだけ赤丸をつけたんですか」
「ああ あれか 赤のマジックがちょうど切れて新しいのに代えようと思ってたら、患者ですよって呼ばれたんで付け忘れたんや」
「ああ そうですか よかった」
「何がよかったんや?」
「いや みんな2日からかと思ってました」
「何やったら 2日からしよか?」
「いえいえ 十分御身体 お休め下さい みんなの総意ですこれは」
「31日まで働いた帰りにオマエのところに診療に行くからな」
「31日ですか」
「そうや」
「僕もうおりませんで」
「なら 出て来い」
「・・・」

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2009年12月20日

古いものと新しいものの共存

ここ数日 寒波がやって来て本格的な冬の到来だ。
先週の土曜には十数度もあったとは思えないくらい急激な温度差だ。
朝から家中の電球、蛍光灯のチェックをしていたら幾つも交換が必要なのが出てきた。最近はLEDやら省エネのが出てきて用途に合わせたものがたくさんあるみたいだ。
昔は練炭が座敷に置いてあって火鉢も。子供のころ《股火鉢》で何度も起こられたり、石油ストーブなんかは最近まで使っていたり、最近はガスファンヒーターが主流だしありがたいことに床暖でも寒さは幾分かはしのげる。
当医院のスタッフが新聞のチラシを見ていて、何を見ているのって聞いたら暖防具だ。そこで最強の暖防具はって話しになったときに私はその子にこう言いました。「やっぱり布団乾燥機で布団を暖めてそれでもダメなら抱き枕よろしく、抱き布団乾燥機はどう」って言いました。軽い気持ちで言ったのに、その子は即、ネットショップで買って使ったそうです。そしてその効果は絶大でしたって言っていました。こんな使い方もあるんだって思ったら言った本人もやらねば恰好がつきません。早速、使ってみましたがやっぱり暖かかったんです。
便利になって無くなった物もあるが、やっぱり今でも使われ続けているのは何かしら愛着があってたまには使いたくなったりします。何かって それはですね
 湯たんぽです。今風のやつではなくって、昔風のブリキの湯たんぽ。

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2009年12月19日

一大事だぁ~

またまたPCの調子が悪いみたいだ。
昨日年賀状の仕分けをしようとしていて、調子が悪いのに気づいたんですが、私は全くの機械オンチ。さてどうして進めたらいいのか全く分かりません。パソコン教室の先生が今日治療に来るので聞きたいんですが、この人いたって几帳面な人。教室外では教えないって有名な人。どうなることやら。
今年は思い切って手書きでもしようかって思っているんですが、女の子に手伝ってって言えばシブシブはやってくれそうだが、いやいや待てよ、自分で何処までできるかやってみようって気持ちがムクムクと湧いてきました。宛名書き、されど宛名書き。いちいち宛名まで手書きにするかどうか考え中。中身は一筆加えるが宛名まではねぇ?皆さんはどうされていますか?友人に聞いたところこんな答えが返ってきました。
別にどっちでもいいんじゃない、お年玉のハガキなら。たいしてみんな手書きか印字かなんて拘ってないゾ。それよりも当りそうな番号のやつをくれって。こんな奴にはきっと普通郵便のが行く事でしょう。
もう少々考えてから結論を出したいと思います。

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2009年12月18日

さぁ 年末に向けてラストスパートだぁ

今年も残りわずかになってきました。
今日から年賀状の仕分け作業が始まります。
毎年この時期になると家庭内不和の原因になるんですが、毎年出す枚数も増えてきて診療所と合わせれば1000枚以上になってしまいます。昔はプリントゴッコなる優れものがあって手書きよりずっと楽に出来て助かっていました。今は高速プリンターのおかげでもっと早く出来ますが、その当時でもプリントゴッコは画期的なものでした。でもインクがまだ乾かないのであちらこちらに並べて乾かした記憶がありました。こんな話を診療所の女の子にしたらポカ~ンとしていてプリントゴッコすら知らない世代の子と一緒に仕事をしてるんだなぁって不思議な感じがしました。
先月から喪中のハガキもいくつか届き、懐かしいやら残念やらで感慨にふけっていたら何処からともなく無言のプレッシャーを感じ、手を休めていたら何処からともなく「エヘン!」と言う咳払いが聞こえてきて、ゆっくり読み直す事もままならない状態になってきました。今年こそ一筆書こうといつも思うんですがついつい途中でめげてしまい、書けなくなってしまいます。
今年こそ自分の年賀状にはなんとか一筆加えようと思っています。
診療所の患者さんの年賀状にも一筆書ければいいんですが、顔と名前が一致しない人もいるんで正直困ってしまいます。特徴のある方なら覚えてもいるんですが、そうでない方はゴメンなさいです。
明日はまたまた忘年会があってそれまでに後輩とその連れたちとのイベントの企画会議です。楽しいイベントが出来たらいいのにって少々期待はしているんですが、どうなる事やら。

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2009年12月17日

世の中で一番美味しいものって・・・

知人の娘さんが大学合格  オメデトウ御座います。
まだ本命はこれからあるみたいですが、ひとまずオメデトウ。
その子は自分がアトピーで苦しんだから将来は食物栄養の関係に進みたいっていつも言っていた。赤ちゃんの頃から知っているが、玉子も小麦もミルクさえもだめで、何を食べても湿疹が出るような子でした。親も心配していたが何とかまだ食べれるモノを見つけたときには、会うたびにはそれを口に頬張っていた記憶しかありせん。
それはスルメと干芋。赤ちゃんの頃にはまだ十分に飲み込めないので1時間以上もスルメが真っ白になるまでしゃぶっていた記憶があります。そんな子のこの強い意志と根性でなんとかそちらの方面にいける一筋の道を見出して、一生懸命に勉強していました。
私も小麦に対して少しアレルギーがあるらしく、パンを食べると目の周りがかゆくなったりしますが、子のこのようにきつくはありませんでした。
一度この子が幼稚園の時に、友達の誕生会でのことですが、そこの親から何を食べさせたらいいかって問い合わせがあったそうです。そこで自分の食べる分だけ家から持参したそうです。しかし子供の事みんなが食べているものが欲しくなってついつい食べたらしく、家に帰って来て言った言葉が「おかあさん 世の中にこんな美味しいものがあったんやね」でした。親もかわいそうになって少々の湿疹は覚悟していたそうです。ヤッパリ湿疹は出ました。そしてその親がその子に聞いたんです。何がそんなに美味しかったのかって。
そうしたらその子の返って来た答えは何と「カルビーのかっぱえびせん」でした。

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2009年12月16日

GIVE and TAKE って意味わかってるんかい!!

昨日友人と話があってお茶していた時のことです。
人はワガママだと言う話になってのこんな話題でした。
「なぁ オマエは愛するのと愛されるのはどっちがええ?」
「何やいきなり」
「そやから 愛する喜びと愛される喜びと さぁどっち」
「そんな事いきなり言われてもなぁ オマエはどっちやねん」
「オレは愛されたいねん」
「ふ~ん 愛されるのもいいけど 愛するのもエエぞ」
おっさん二人で恋愛話でもあるまいし、こんな話をマジにしていてきっと周りにいた人は変に感じたんではないでしょうか。
そして次にそいつはこう切り出しました。
「なぁ そしたらモノを貰うのと、あげるのととっちがいい?」
「なんや オマエ今日はどうかしてるぞ」
「いいや どうもしてない 普段と変わらん」
「いいや おかしいわ」
「そんなことない それよりオマエならどっち?」
「そら モノを貰ったほうが嬉しいに決まっているやろ」
「う~ん やっぱりそうか」
「何がやねん」
「オマエもまだまだ人間が出来てないなぁ」
「うるさいねん」
「あんな オレも昔はそう思ってたんや」
「それで」
「そらな モノを貰ったらうれしいで、しかしこの人にこれを送ってあげようとか、あげようとか思ったらより嬉しい気持ちになるで」
「そうかなぁ」
「そりゃ オマエにはその感性はわからんやろうなぁ」
「煩いワ」
「オレも最近気がついたんや」
「ふ~ん」
「あんな その人の喜ぶ顔を想像してみ、あげて良かったなぁって思うやろ」
「そうかなぁ そりゃ一寸はそうおもうかもしれんな」
「だからオマエがよく言うやろ 布施するってことを」
「何もこんな時にそんな事を言ってもぴんとこないわ」
「いっぺんそんな気持ちにならしたろか?」
「いらんわ」
「そう言わんとなってみ」
「どうしたら なれるねん」
「教えたろか?」
「教えてくれや」
そいつは黙ってそいつの前に置いてあった伝票を私の前に突き出した。
「なんやそれ」
「これが 皆に喜んでもらうってことや」
「・・・」
「わかったか」
「オマエだけが喜ぶだけやないか」
「いやいや オマエも人に施せて嬉しいやろ」
「アホか」
「怒ったらいかん もっと慈悲の心で・・・」
「いっぺん しばくぞ!!
「いやいや ご馳走さん」

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2009年12月15日

何でも自己責任で行いましょうね

昨日、友人とまた夜中に徘徊していました。
そうです いまだ釣りには行けていません。
かつての実績のある釣り場に足を運んだところ、だいぶ様子が変わっていて新しい発見がありました。昔は岸壁のすぐそばまで車で入れて、横付けして竿を出せたのに今では入り口に大きな作業車をバリケードにして進入禁止にしてありました。また昨年だと思いますが大阪湾の釣り禁止区域での事故により釣り人立ち入り禁止などという立て看板も立ってたりして。
釣り人側にもそれなりのマナーを守らないといけないと思います。ゴミを出したら持ち帰る。その場の後片付けや掃除をして帰ればこういったトラブルは防げたはずです。お互いのルールをまもって気持ちよくつりを行いたいものです。話はそれましたが、それなりの実績のあった釣り場所は場荒れしているところも、まだてが付けられていないところも、昔なら身軽にテトラの上をピョンピョン飛び跳ねて移動したのに、現在の体型と足場の悪さでは怖くてそんな事は出来ません。せめてライフジャケットとスパイクシューズ、帽子は絶対に着用して欲しいものです。
友人にゴルフとお酒からこの釣りに趣味を変えた友人がいて、いろいろと嵌ってしまいました。趣味が高じてTVの番組にも出演するようになったり大名釣りと称して100匹近いタイを釣り上げたりしている奴がいます。釣ったら連絡するから取りに来いって言われ続けているんですがいまだお声がかからないのは釣れていないから?
でもそれで余計な飲み代が無くなったからよかったじゃないかって言ったら、高速代とガソリン代と仕立て船の代金でトントンやと言っていました。でもお土産がつくから(たまに)いいじゃないって言ってやったら、どんな仕事もプロって言うのは大したものやって答えが返ってきました。

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2009年12月14日

何でも味方につけなくちゃ・・・

昨日お歳暮を買いに神戸まで出かけた。
毎年、中元と歳暮はここって決めている所だから相手さんもそろそろってお待ちかねだと思う。毎回買いに行くからすっかり名前も覚えられていて、新製品やらいろいろと説明してくれるがいつもその店員さんに金額を言ってお任せしている。このお任せが曲者だ。
その任された人にはかなりのプレッシャーになるらしく、何度もああだこうだと確認の電話が入る。全てあなたの好みでいいって言っていても気になるらしく、大体の指示は出しておくが責任は私だからそんなの関係なく決めてもらってかまわないのに・・・
受け取る時に「いつもあなたのセンスの良さが相手さんにはすごく好評だから、気にしないで選んでね」って言っておくと非常に恐縮されると共に喜んでもらえる。最後のひと事って非常に大事だと思う。それでその方の一生懸命に選んでくれたことにもむくえるし、ただの一見さんのお客さんより覚えてもらえやすくなる。
店員さんに見下した態度で接するお客より、店員さんを味方につけた方が良いに決まっている。
味方といえばこんな事もあった。
私のオヤジは仕事とゴルフ以外には趣味と言う趣味はなく、毎週日曜日にはゴルフに行っていた。運転手と称して私もお供をするわけだが一緒の組にはたまにはいいがいつも前後の組に入れてもらっていた。あるときキャディーマスター室の前での会話で
「今日は○○さんやわ」
「アンタのところも○○さんやわ」
「エッどっちの○○さん?」
「ウチのところはマル」
「エッ そしたらウチはペケやん」
「残念やなぁ しっかり走りや」
「しゃぁないなぁ」
こんな会話でした。説明しましょう。これはマルはオヤジでペケは私です。片手シングルのオヤジはまずOBはしないし、クラブ選択もまず間違いない。しかし私はと言えばキャディーさんに右に左に走ってもらわなければゴルフにならないし、クラブも2~3本は必ず持っていかなければ迷ってしまうし、こんな事でキャディーさんウチではオヤジに付くか私に付くかで雲泥の差があるらしい。
だからオヤジに付いた方のキャディーさんはマルって言うし、私に付いた方のキャディーさんはペケって言うらしいんです。後で聞いた話ですが。またオヤジがクラチャンを争っていた時にも最終ホールで日が暮れてきて両サイドにキャディーさんが並んでボールの行方を見ていたときに最終ホールのグリーンに上がってきたときにも
オヤジの方に声援が大きかったとその相手の方が言っていた。今ではその方とも仲良くさせてもらっているので、その当時の事をいつも言われる。
「オマエのオヤジとゴルフをするとな」
「はい」
「キャディーを味方につけよるから やりにくいねん」
「そうでしたか」
「全然 キャディーの態度がちがうからな」
「そうですか」
「そうや ほんまやり難かったわ」
そんな話をいつもされていて、最後にはこういわれます。
「オマエとは回りやすかったワ」
「何でですか?」
「そら おまえと回ったらな」
「はい」
「キャディーは皆 おれの味方やないか」

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2009年12月13日

最近の忘年会事情

今年は忘年会の様子が変わってきたという。
毎年、いくつか忘年会に参加するが今までに無い事が起こっているようだ。
まず予算では、飲み放題込みで単価がぐっと下がったという。そして平日の夜に行われていたのが土曜日の昼からや日曜日にも行われているという。
今までは空白の時間帯でその分いくらかは安く上がるという。
でも我々の忘年会といえば、食事ーカラオケー飲み屋の順番でお決まりのコース。それに昔はマージャンやなんかで時間を費やしたようだった。
今の若い子はカラオケも行かないし、終わったら即解散ってパターンが多いという。
友人の会社での話しでは、社員からこう言われたそうだ。
「社長 忘年会って絶対参加ですか?」
「どういうこと?」
「だから行きたくない人は行かなくていいですか?」
こう言われたといっていた。なんだか寂しいかぎりだ。
強制だとかいやいやだとか、考えたことがないから面と向かって言われたならちょっとショックだと言っていた。
昔なら、二次会、三次会まで楽しみにしていたのに、参加すらしたくない社員もいる。酒の席での失敗もコミニュケーションのうちだと思っているのは我々、お父さん世代だけである。
自分のところでもしそう言われたら、きっと相当ショックだろうなぁ。
そいつはこれから忘年会を本当にどうしようか迷っていると言っていた。

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2009年12月12日

時代の流れには逆らえないんかなぁ?

当医院にはいろんな職種の患者さんが来られます。
今日は久しぶりに近所で永くやってられる本屋さんのご主人が来られてた。今年いっぱいで店を閉めようかって言っていた。
何でもコンビにで本を売るようになって、売上がガクッと減ったと言っていた、その上今度はインターネットの本屋さんが出来て益々売上が減ってしまったらしい。このように近所のお店も段々と様変わりして、ドンドン閉店したお店がある。文房具屋さんしかり、パン屋さんしかり。我々の歯科医院もいくつか閉めている。
人の流れが変わってしまったり、大きな会社が移転してしまったりして人口も減ってしまったのが痛いってみんなが言っている。
嘆いてばかりもしてられない。もっと街が活性化するようなことを考えないとそれこそ死活問題だといわれている。
コンビニだけでも窓から見える範囲で数軒あるし、高いと分かっていてもそこで買うようになってくるし、大手の文具店などは端から2割引でモノを売っているし、写真屋さんもデジタル化でお客さんの数も減ってきているって言うし。簡単に時代の流れとしてとらわれるのはイヤだし。さてさて如何したものか・・・

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2009年12月11日

自分と比較は出来ないが この子はきっと大成するゾ

友人の息子さんが大学進学を諦めて職人になりたいって言っていた。親は大学だけは出て欲しいと願っていたが、この子の意志が固くてなかなかいう事を聞いてくれないと嘆いていた。
自分で好きな道に行きたいっていえるだけ私はエライと思う。
今どきの子は(皆とは言わないが)何となく大学へ行って、何となく就職してってパターンが多いように思うからだ。好きな道にいけることの方が少ない時代、何をしたいか自分に向いている事は何か考えていただけこの子はエライ。親の見栄や周りの期待ばかりが大きなウエートを占めるのではなく、本当に自分がやりたい道にいけるのは素晴らしい事だと思う。でもまだ高校3年生だ、世間の事などまだまだこれからだと言うのにって言われていたが、とんでもない。この子はしっかりと自分を見つめているし考えている。
昔、ここのオヤジとすし屋で同席していた頃よりも一段と逞しく見え、親が考えているよりしっかりしている。
でも職人さんって言えば師弟制がまだまだ残っていてやっていけるか心配だと親が言っていたが、今の時代クラブ活動をやりぬいたこの子にはきっと克服できるだろうって思った。
今の芸能界においても我々の仕事にしても《職人》が減ったように思える。芸能界で言えば《師匠ー弟子》の関係が希薄だと言う。
○○芸能学院やら○○プロダクションやらに所属さえしていれば力関係でTVには出れるし、そこで生き残れるにはプロデューサーやディレクターにペコペコしていて可愛がられたら何とか食っていける。でも落語や漫才にもこの師匠と弟子の関係が少なくなっていたといっていた。我々の卒業したての頃は、先輩を頼って無給でバイト?をさせてもらったり、横に着いて見よう見真似で技を盗み見したりしていた。私の先輩は総義歯の印象は絶対に人には見せなかったし、助手もつけずに自分ひとりで何でもやっていた。誰にも自分の技を見せたくないっていう事らしかったが、私だけには見せてくれた。ありがたいことだ。しかしあるときその先輩に聞いてみた。
「先輩 どうして僕にだけ教えてくれたんですか?」
「聞きたいか?」
「はい」
「それはな」
「はい」
「オマエに見せても きっと分からんやろうからや」
「・・・」
「そやから 見せたんや」

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2009年12月10日

やってくれました!!(怒)

何の事?そうです昨日は忘年会だったんです。
案の定、当の主役である奴がドタキャンしてきました。
それも2時間前に。呆れてものも言えません。
まぁこの始末はキッチリとつけてもらうことと致しましょう。
せっかく彼の頑張れ会を密かに計画していたんですが、そんな事とはつゆ知らず、簡単にキャンセルしてしまうところが五十歳も半分過ぎようかとしている男として、また同級生として呆れるやら情けないやら。もう一人の同級生はいくらかは怒っていたが、半分は諦めの境地。でも私ともう一人はこんな事が一番嫌いなタイプ。
「スジを通す」ことを生きがいにしている者どうし。やっぱりケジメを着けてもらわねばって怒りの矛先を何処にぶつけるか考え中です。
当然不参加費は徴収するし(倍付けにでもしてやろうか)、当日の費用を全額負担させてやろうかって思案中です。まぁ金額的なことよりも、彼にそんなに軽く考えられていた事に対しての落胆とショック。だから仕事にも人生にも甘えが出て仕事にも熱が入らないんじゃないかって思ってしまいました。
約束って言うのは、それも男同士の約束ってのは重いって事、彼はきっと分かっていないと思います。このツケは自分が信用と言う代償を失って初めて分かるんじゃないでしょうか。
たとえ用事が出来ても、あとで必ず参加するとか、費用だけでも出しておくとか(実際には費用なんかは受け取らないが)そういう気配りが出来ないようではまた一人友達を失くすことになる事を真剣に考えるべきです。
これ以上まだまだグチを言えばキリがないのでやめにしますが、
「ああ やっぱりな」って皆に思われるのが可愛そうに思えてきました。
そして残ったメンバーでワイワイやっていて最近テレビであるタレントの離婚記者会見をやっていた。プライバシーを売り物にするのはどうかって思っていたが、その中であるタレントがこう言っていたのが印象的だった。それはこうだ。
「夫の携帯電話に 妻の幸せは入っていない」う~ん納得。
これをみんなで話し合って妙に納得してしまった。
本当はこちらの話を書きたかったんだが、腹立たしさに違う文章になってしまった。こちらの問題はまたの機会にという事で。

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2009年12月09日

静かな忘年会をのぞむゾ~!

今日は当医院の入っているビルの消防訓練だ。
毎年一年に一回このような訓練がある。誰かが出ないといけないが今までは診療時間中だという事で参加していなかった。でも今日は何とまるまるその時間が1時間空いてしまっていたので、急患が来たら戻りますと言う条件付で参加することになっている。
消防署から来られていろいろ指導してくれるらしいが、この時期は消防の方も忙しいのにご苦労様なことだ。
当医院の入っているビルは一般の方は集中システムで水周りやガスは部屋には無くて、当医院と一階の部屋と十階のオーナーさんの部屋しか水道とガスは入っていない。だから本当は一階さんとウチが聞けば良いようなものだが、そこがなかなか忙しくて今まで参加していなかった。今年は一階さんも参加するみたいだと患者さんに来られた一階の方が言っておられた。きっと今までに無い参加人数になる事だろう。
さて今日は昨日にもお知らせした今年最初の忘年会だ。なのにもう昨日に打ち合わせと称して行ってきてしまった。なんでまた?と言うお叱りもあろうが、予約と称して、味見と称して、下見と称して行って来た。早速今日の打ち合わせをして明日の注文するものの下見をして、出してもらう順番を決めて(何でもいいから順番に出して)と訳のわからん理屈をつけながら二人でプレ忘年会をしていた。そいつは今乗りに乗っている、いわばイケイケドンドン状態の仕事をしている。確かに今年はキツイ時期もあったが人間、真っ当に仕事をしていたらこのように道の真ん中を歩けるようになるって事だ。押してばかりでもダメ、たまには少し引いてよく今の自分を観察してみることも大事。これは自分にも当てはまるって思った。
さて今晩の忘年会はどうなることやら。

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2009年12月08日

いよいよ始まる恐怖の宴会

明日は悪友たちとの忘年会。
ある奴は今日も明後日もあるからってウダウダ言ってきたから、「いいよ 忙しかったら来なくて」って言ってやった。
この会に来ないって事は何を言われても文句は言えない。欠席裁判みたいなものだ。何が怖いって有る事無い事、どんなに尾ひれを付けて言われるか考えただけでも怖ろしい。その上キッチリ不参加料はとられるし、踏んだり蹴ったりだ。たとえ手足が千切れても参加しないことには、インフルエンザに罹ってもここへ行けばそんな軟なウイルスなんかは吹っ飛んでしまう事請け合いの会だ。
今回は最近嵌っている、下町の飲み屋さん。お気に入りの創作料理のお店の二号店。カウンターと僅かなボックス席の小さなお店。しかし出てくる料理は本店と同じ料理長が作るから味は確かだ。それにそこで食べるよりはるかに安い。料は少し少なめだがそんなの関係ねぇ。って感じだ。いつもの頼み方でまたブイブイ言わせるんだろうなぁ。いつもの頼み方って、そうなんですこのメンバーで行ったら、呑む奴食べる奴、持ち場が決まっていて尚且つ割り勘だから凄まじい。ある奴は飲むわ飲むわ。またある奴は食うわ食うわ。また頼み方が尋常ではない。○○食いって言って、メニューの端から順番だったり、そのページのもの全部だったり、とりあえず出来るものからこちらがストップをかけるまでドンドン出してもらったり。だからここのメンバーに細い奴はいない。でも皆こいつらは口が肥えていてマズイものはマズイってはっきり言う奴らだ。
毎月の宴会は持ちまわり制だがいつの間にか幹事は私が独断と偏見で決めることにしている。一度、ある奴にやらせて偉い目にあったから。マズイは狭いはサービス悪いは・・・それ以来そいつにはさせていない。飲んべいは飲めたら良いけれど食いすけはマズイものはいただけません。だからこちらが独断と自分の好みをこいつらに押し付けています。でもいまだ嘗てマズイって言われた事がありません。言ったが最後きっとそいつは仲間はずれされるのが怖くて言えないのかも?でも忘年会って名目ではなくて毎月の月例食事会なんだけど、たまたま12月だから忘年会って銘打って集まるんです。
終われば直ぐに新年会の準備も始まるからゆっくりする暇もありません。お店を考えるのも大変なんだけどこいつらにはきっと通じないんだろうなぁ。

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2009年12月07日

美味しいものに出会ってしまった。

昨日、土曜日に配達した美味しい麺の続きです。
早速食べていただいたと、病院の看護士さんからメールと電話を頂いた。
「先生 アノ麺 メッチャ美味しかったです」
「そう やっぱり自慢するだけあっての麺やろ」
「はい お鍋に入れても形崩れしないから良かったです」
「そう それは良かった 相手さんにそう伝えるワ」
「でもね 先生が持って来てくれたじゃないですか。それをみんなで分けた時に味噌味と醤油味があったじゃないですか」
「うん あったね」
「あれを半々に分けてもらえれば良かったんですけど」
「どうしたん?」
「早く取っていった人が味噌だけとか醤油だけとかで、最後の方に取った人は片寄ったって言ってました」
「そう 今度は多い目に持ってくるね」
「はい お願いします」
こんなやり取りもありました。
また、他の人からは
「先生 あれは一般の人には買えないんですか?」
「そうやねん 市販されてないらしいよ」
「美味しかったから また友人にも教えてあげようって思ってたんですけど」
「皆そう言ってくれるから 今度その人に会ったらそのことも伝えるね」
「是非是非 お願いします」
値段を言えばそう高いモノではありませんが、こんなものでも喜んでもらえれば差し上げた甲斐があると言うものです。
嘗て、大学の医局時代に後輩が毎週、神戸まで美味しいシュウマイを買いに行ってくれるので、教室やら事務の人やらで纏め買いを頼んだら一個に付きいくらかのマージンを取られたのを思い出しました。でもそれでも自分で買いには行けないから仕方が無いって諦めていたら後で分かった事ですが、その後輩は自分の分を浮かせていたと聞きました。オソロシや大阪商人魂。

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2009年12月06日

国産万歳 これが本当のエコだ

気がつけば車の走行距離がオイル交換の設定距離に達していた。
設定しているから、毎回エンジンをかけるたびに「エンジンオイルの交換」って表示がでるようになった。最初は気にもならなかったが、毎回つくようになると鬱陶しくなってきたので昨日ディーラーに連絡をして朝から交換に行くことにした。
車は好きで何台も乗り換えたが、今は国産車に乗っている。何が国産が良いかと言うと夏はクーラーがよく効くし(当たり前)オイルも特別なものを使わなくてもいいし。ある有名なメーカーの車は(英国のR)その年代のオイルを使わないでもしもトラブルを起こしても保障してくれないし、また某国(跳ね馬)って言われる車なんかはサイドミラーひとつが75万円もの修理代がかかった。
最後に乗った(独国)の車は改造にも結構お金がかかった。
その点、国産はいい。何にもまして安全だしお金がかからない。でも前に出てもらった友人は今日、車のリミッターを外すために四国まで行くという。
国産最強の車に乗るとなると、それ相当の覚悟がいるって言っていた。まだ一回目の車検も来ていないのにタイヤ交換に50万円もかかったらしい。(嫁さんは知らないらしいが)初めはそいつも改造はしない、ノーマルに乗るって言っていたのに。本心は「羊の皮を被った狼」を目指しているように思える。実際はこうなんだけどなぁ。「狼の皮を被った豚」 あらら失礼。

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2009年12月05日

朝の早くから・・・

今日も朝早くから急患が来た
昨日の夜に家の方に親戚のお寺さんが前の差し歯がとれてしまって、明日法事があるので朝一番に診てほしいとの事。
親戚だから仕方ないし、よほど夜中にでも行って診てあげようとしていたが、お寺は朝が早いから今晩はもうヤスミマスって。そして7時に診療所に着いて早速電話をかけたところ「ただ今朝のお勤め中です」。しまった時間を聞いておくべきだった。
そんなこんなで1時間ロスをしてしまったが何とか無事に付けおえて十分すぎる時間が出来てしまった。それで今現在、久しぶりに机の周りを片付け中です。
窓から見ていてフト思ったことだが、最近、周辺のお店がどんどん代わっていっている。もう辞めたいって冗談で言っていた当医院の患者さんの所も閉店したみたいだし、最近人通りも少なくなったとみんなが言っていた。お商売も大変だ。ウチも大変だが・・・
事務所なんかはそのまま移転していけばよいが、設備をしているところなんかはそう簡単には出て行けない。冗談だが友人の歯科医なんかはいっそ移動車に荷物を積んで行商よろしく移動歯科医院でもしようかって言っていた。実際は法律上無理だが。それくらい患者さんの数が激減している。これ以上政府は医者を患者をイジメルナって声を大にして言いたいって、周りのみんなが言っていた。全くの同感である。さてこの先いったいどうなってしまうのか、心配事がまた一つ増えてしまった。

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2009年12月04日

一足早いサンタが行くゾ!!

気がつけばもう4日。12月は日がたつのが早い。
先日友人の知り合いが経営している製麺所から業務用と言う生麺を頂いた。ラーメンの生麺だった。これがまたメチャクチャ美味い。
どこで手に入れられるか聞いても市販していないから一般では買えないって言われた。買えない?手に入れれない?こうなると何とでもして欲しくなってくる。そこを無理を言って何とかしてでもって分けてもらえることになった。(言ってみるものだ)
麺には非常に煩いほうだと自負していて、仲間内からも「アイツはほかの事はチャランポランやけど、食い物だけは真剣や」って言われるようになった。その自称、麺食い人の私が最近食った中では今までで三本の指に入るほど美味かった。
普通にラーメンで食べるもよし。おなべに入れて食べるもよし。
一般のスーパーやインスタント麺とは絶対に天と地の開きがあるほどの違いがあった。(少し持ち上げすぎか?)
これがお歳暮とは言いませんが、今回200玉ほど手に入れることが出来そうです。(多分)
ウチで食べる分を少し取っておいてから、お世話になっている病院のスタッフや我が悪友たちにもお裾分けいたしましょう。
絶対に美味いっていうのは請け合いです。ただ何処でいくらで、って野暮な話は無しで私が大盤振る舞いいたしましょう。
ご希望の方は一寸早いサンタがお届けに参りましょう。
お楽しみにしていてください。御代はいただきません。お返しはいただきます。悪しからず。

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2009年12月03日

さぁ 年賀状の仕分け作業にかかるとするか

12月になってから毎日、何処からとなくお歳暮が届く。
一年の感謝を込めた品物を頂くと本当に嬉しいものだ。でも儀礼的にこのような習慣は如何なものか?って思うときもある。
年賀状ですら最近はメールで済ませる人が多いと聞く。
今、年賀状の仕分け作業の真っ最中だ。何度か喪中で途切れたりしたが、また復活して前のようにやり取りをしている方もいる。
このような機会しか連絡が取れないのは寂しいが、無事でいる事の確認なら仕方ないか。
最近のPCの普及で各家庭で年賀状を印刷するので友人の印刷屋さんは悲鳴をあげているという。昔はバイトを雇って仕事をしたのにって嘆いている。当医院の患者さんに郵便局の方がいる。ノルマがあるみたいで何枚かお願いできないかって来られたが、一日違いで発注した後だった。申し訳ないが仕方が無い。
昔、小学校の時に大好きだった彼女からの年賀状を大切にお守りのように持っていたが、そんな淡い思いでも今では懐かしくさえ思える歳になってしまった。ただ印刷をして出すだけではなく、今年は一筆付け加えてやろうか思案している。
でも前日まで一緒にいてる我が悪友たちや正月からドンチャン騒ぎをする悪友には一筆どころか住所も書かずに渡してやろうか、これまた思案しているところです。たった一人その中でも二年連続で我が家に来て手渡しで年賀状を渡したのに、そいつは飲みつぶれてもって帰るのを忘れたバカものがいてる。そいつには今年は渡してやらんと心に誓ってそう思った。そういえばそいつからは最近もらった事が無い事に気づいて、お互い様かと勝手に思っている。

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2009年12月02日

点と点が線になった 一番の得は わ た し

お気に入りのお店でお気に入りの落語を聞く。これって贅沢だとは思いませんか?そうなんです、瓢箪から独楽だったんです。
お気に入りのお店のカウンターでそこのオーナーと四方山話をしている時に、ひょんな事で出た話だったんです。

「先生 趣味ってなんなんですか?」
「趣味ですか?これといって自慢できるものはないですねぇ」
「何かあるでしょう、例えばゴルフとか釣りとか車とか・・・」
「ゴルフもしたし釣りもしたし車にも乗ったし・・・」
「いいじゃないですか 私なんか仕事に追われて何にも趣味ってものが無いんですよ」
「仕事一筋、これも立派なものだと思いますよ」
「自分が楽しめるのはいいけれど、こんな商売やってると何かお客さんに喜んでもらえるような企画ってないでしょうかねぇ」
「自分も喜んで、お客さんにも喜んでもらえる事ねぇ」
「はい 何か無いですか?」
「これも趣味かどうかはわかりませんが 落語って聴いたことあります?」
「いいえ 無いです」
「けっこう面白いですよ」
「そうなんですか・・・」

最初はこんな会話からでした。いろんなうだうだ話しの中の一つだったんですが、また次に行った時にもオーナーが思案した顔でこう切り出しました。

「先生 前に来られたときに言ってはったアノ件ですけど・・・」
「何やったかな?」
「アノお客さんに喜んでもらえるイベントでね」
「あ~あれね よく考えてみたんですが落語って面白そうじゃないですか」
「そりゃ面白いですよ ライブは。いろんな話しが聞けて」
「何とかならないでしょうかねぇ」
「えっ マジ?」
「はい」
「嬉しいねぇ オーナーがその気になってくれたなんて」
「先生 何とかお願いしますワ」
「分かりました」

その場で早速お気に入りの落語家さんに電話をかけてご相談をさせていただき、何とかいい方向に行くようにお願いをしました。
即決とは行かなかったけれど前向きに考えさせてって言う答えを貰って返事待ちでまっていたら、向こうからOKの返事。
早速オーナーに連絡してこれからの打ち合わせやら何やらで企画開始。それから何度か打ち合わせの結果、このほどやっと実行する事になりました。店側はイベントとしてお客さんに喜んでもらいたい、落語家さんは勉強をする場所を聞いてもらえる場所を探していてお互いの思惑があって、点と点が線になったという次第です。
一番得をしたのは私かもしれない。

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2009年12月01日

泣いても笑ってもあと一ヶ月

さぁ いよいよ12月に突入しました。
クリスマスの飾り付けや、忘年会のチラシがそろそろ街には出てきています。嘗ては12月なんていうと何処の歯科医院も年内に治療を完了したいって患者さんがたくさんいて、結構混んだものでした。
でした?って。そうですここ数年は12月と言っても昔ほどは混むことも無く坦々とした普通の12月になってしまいました。
歯医者の数が増えたのも、予防歯科治療が浸透したのも、いえいえ何を隠そう今が《不況》だからです。この《不況》はわれわれの業界にはボディーブローのように効いてきています。
11月の材料代や技工料の支払が少なくてよかったと思っていたら、点数が少ない。(当たり前か)
歯医者の数が減ったとしても、きっと何にも変わらないことでしょう。
かつてバブルなんていわれていた時代。街は賑わいでいました。
タクシーなんか2~3時間待ちは当たり前。ミナミやキタから歩いて帰ったという事もあったのに。いま政府は《デフレ》なんて平気でノタマウ。安くなっていいじゃないかっていう何にも分かっていない人まで現れている。このままじゃ年を越せないっていうニュースは聞きたくはない。
毎年12月には今年は最大の不況だとか言っているが、去年より今年の方がひどくなっているように思う。年々そうなっていたらこの不況の記録を更新中になってしまう。せめて何か一つでも良いニュースを今年の最後の一ヶ月で聞けないものだろうか?

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