2010年12月31日

終わりよければ すべて良し

いよいよ今年も今日一日になりました。
今年も振り返ればいろいろな出会いがあったり別れがあったり。
大晦日の日まで先輩の診療所はやっている。患者さんにはありがたい。スタッフも家の用事が出来ないと、不平不満が出るかと思いきや、かえって喜んでいる。
挨拶に行って今年最後の仕事で終わるが、その後でお山へお参りに行く毎年の恒例行事。今年もいろいろありましたが、来年もどうぞヨロシク。

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2010年12月30日

新しい発見とそれを与えてくれたチャンスに感謝

昨日友人と食事に行った。
鳥料理だった。まず連れて行ってもらわなければ行けないと言うか、行かないお店だった。早い時間だったからまだ二組だったが、段々とお客さんがやって来て帰る頃には満席になっていた。
鳥屋といっても創作料理に近く、イタリアンっぽかった。初めて食べる料理ばかりで魚もその日に仕入れた新鮮なのが出て来た。
その友人は学校の先生をしていていろんな面白い話を聞かせてもらった。
先生と言われている職業の人はいろいろと大変だと思うが、遣り甲斐はハンパなくあると思う。
今度は、フグ料理の約束で別れたが、また一組影響を与えてくれる人に出会った。
今日を含めてあと二日で今年も終わってしまう。無事に済んでくれるといいんだが毎年大晦日に集まってお参りに行く近所の悪友は、まだ何にも言ってこない。どうしたんだ?何かあったのか?それともいきなりか?そんなことを思いつつ今から仕事に行ってくる。まだ仕事かって?そうですよ、たった二人の患者さんの治療と自分のために。家の片づけをしなさいって言う言葉を背に受けつつ、診療所に避難します。
明日までにはちゃんと片付けま~す。

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2010年12月29日

この時期に何でやねん 先輩らしいなぁ

掟破りの二度目の投稿。
先ほど、ブログを書き終えて携帯を見たら、メールと着信が入っていました。久し振りにかかってきた相手だった。また何か嫌な話かと躊躇したが気になって電話をかけてみた。すると昔ボーイスカウトでお世話になった先輩が急逝の知らせ。思わず絶句。良い事も悪い事も教えてくれた先輩で、今の自分自身に凄く影響を与えてくれた人だった。まだ60歳そこそこの若さで逝ってしまった。思い返せば小学校のカブスカウト時代から大学生のローバースカウト、そして卒業してからの指導者になるまでずっと指導してくれた先輩だった。進級試験のときにも夜遅くまで付き合ってくれたし、一緒に二人だけでキャンプにも行った。台風の大雨の時も一晩中見回りに付いてくれたし万博やジャンボリーのときにも一緒にスタッフとして活躍された方だった。卒業して一番に報告したのもこの先輩だった。また、よく飲みにも連れて行ってもらったし、悪い遊びも?教えられた。大学生の時に先輩がうどん屋(立ち食い)をした時など、教えに行っていた先のすぐ近くだったので、よく奢ってもらった。その代わり、先輩がちょっとタバコを吸いに行くと言って、店番をしたときにお客さんが入ってきて、厨房の中に入って見よう見真似でうどんやそばを作ったこともあった。それを店の外からニヤニヤしながら見ていて、「オマエ 歯医者よりこっちの方が向いてるぞ」って言われたりした。人が善すぎて良く騙されたりもした。詐欺にあったりスリにあって財布をすられた時に、夜中にウチに来て帰りのタクシー代を貸してくれって、呂律の回らない口調で頼み込まれたこともあった。憎めない、でもちょっとお茶目な先輩だった。
何だか思い出がドンドン出てくるが、気持ちがまだ少し動揺していて支離滅裂な文章になっているかもしれないが、年末のこの時期に後ろからガツ~ンといかれた感じがした。
思い出は尽きないが、こんな知らせを聞いたんで私の悪友の中にもお世話になった連中もいるからこれからそいつらとどうするか緊急の呼び出しをかけたいと思う。また飲み屋でウダウダかもしれないが湿っぽいのが嫌いな先輩だから許してくれると思う。
                          合掌

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2010年12月29日

「エイジング」とは経年変化ということだ

昨日で診療は終わった。なのに今日も、明日も、明後日も患者さんが来る。
どうしてもこの日でなければダメな患者さんがいるので行ってしまう。
周りからは家にいるのが嫌やからやって言われているが、当たっていないことも無い。
診療所の机の回りもゆっくりと片付けたいし、誰もいない診療所の中でゆっくり考え事をするのが何故だか好きである。
今年一年を振り返ってみても、チョットづつ「エイジング」しているのがわかる。
鞄や何かなら「エイジング」は素晴らしいが、果たして人間の「エイジング」はどうなのか?素敵に歳を取りたいと願いだしたのは50歳を過ぎた頃からか。
周りがどう思おうと、自分の生きたいように生きる。こんなことはまだ40代に思ったこと。いまではそんなことすら思わなくなった。
なるようになる、無理にしなくてもいいようなことが多いが、ついやってしまう。来年は今年以上に無理をしない、なるようになるでいこうと思う。
今はやりのモノ、流行を追っかけるのもいいけれど、一つのものを永く、自分の分身のように使いこなすのが好きだ。大事に使いさえすれば、ちゃんと答えてくれる。
モノにも、人にも言えることだと思う。人は、友人たちにも夫婦にも言えることだが、お互いが大事に思えばいい関係が作れることは言うまでもない。
このようになることが良しとしない人もいようが家庭円満、夫婦円満、そうすることで仕事も人生も上手くいくって、先生に教わった。当たり前のことがなかなか難しい。

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2010年12月28日

治療させていただく ありがたさ 感謝

いよいよ今日で仕事は最後だ。(公には)
でも明日しか来れない患者さんもいるし、明後日にも、大晦日にも患者さんは入っている。
昨日いつもお世話になっているある先生を後輩の診療所での治療について行った。お目が不自由な方で尚且つお足も不自由。本当はウチの診療所まで来ていただきたいのだが長距離の移動も辛いだろうし、先生の近所にいる後輩の診療所で治療をさせてもらっている。
この先生、お目が不自由と言っても何でもお見通しだし、心の目は全開のお方。祝詞をあげる時にモゴモゴとされていて不自由だと思い治療させていただく事にしたお方。何度もいろんな歯科医で入れ歯を作ったが、勢いよく祝詞をお唱えしたときに、入れ歯が飛び出したことが何度もあって困ったと言っておられた。そこで近所の後輩の診療所で入れ歯を新調して使っていただいている。何とか祝詞は読めるようになったらしいが、調整が必要で幾度と無く送り迎えさせていただいている。前回も朝早くからお参りに行かせて頂いた時に、年末までに一度調整しましょうかってことになって今回を迎えた。
新年の神事に際して不都合があってはいけないので、十分な調整で今回も乗り切れそうだと言っていただいた。
これからもいつまでも元気でいてもらうためには、いつも言っておられる事だが
「健康は口から」だそうだ。何でも食べられて痛くない入れ歯を目指してこれからも頑張ろうと思う今日この頃でした。

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2010年12月27日

チョット早いお年玉か はたまたはかない夢で終わるのか

今週で今年も終わりです。土曜日は元旦、新しい年を迎えます。
さて昨日の有馬記念、取りましたか?私は時間の都合で間に合わなかったけれど一昨日の悪たれ連中も皆外れました。ところが一人当てた奴がいたのです。初めて競馬をやった奴。所謂、ビギナーズラックというやつです。
馬の事は何にも分からず、一緒にいても一人話にはついて来れず、今年最後の運試しだと言って、周りの奴らに騙されて買わされた奴です。
「やっぱり 武が出んことにはなぁ」
「そやな アイツしか頼れんしなぁ」
「人気馬で決まりやろ」
「でも 穴くさいで」
「そんなことあれへんわ」
「そうかなぁ」
ここまではいつもの悪たれ連中の話。やったことの無い○○はなかなか話しにはついて来れずに、こう言いました。
「だったら 何を買えば言いねんって 当たる馬を教えてぇな」
「アホ そんなん分かってたら オレが買うわ」
「素人は勘でいけ」
「そやで 素人は考えたらアカン」
「そやそや」
「そしたらマークのいっぱいついてるの買うわ」
「そうしとき」
ここで悪い奴がいてこう言いました。
「あんな 有馬記念は最低1000円からしか買われへんのやで」
「おまえ 1000円もよう出すか」
「そやで 素人はやめとき」
「そやでケガするで」
そして御開きになって帰る時、そいつが私にこう言いました
「なぁ 何買ったらいいと思う?}
「そんなん 分からんわ でもなこんな時は外人さんの騎手でも買っといたら」
「何で?」
「そうかて 外人さんの騎手は単発で騎乗するから一発があるんとちゃうか?」
「そうか 分かった それ買っておくわ」
そういって別れました。そしてくれぐれも騙されんようになとも。
買い方は横で聞いていたし、その場でマークシートに記入していたのを見ていた私は三連単か三連複かは見忘れましたが、今新聞を見て驚いてしまった。結果上位3位まで全員外人騎手ではないか。という事は当たっているって事だ。(ちゃんと買っていれば)
そいつからまだ何も連絡が無い、という事は外れたか?いやいや、あの日は、次の日から出張やと言っていたはず。まだ知らないのか?今日帰って来るまでドキドキだ。他の奴らはまだ知らない。
黙っていようか、ウ~ン空喜びはイカン。でもとっちにしろ万馬券には変わりない。たとえ1000円で買っていたら、11万か60万どっちになるにしろこういう奴に当たるものか。

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2010年12月26日

年末恒例の・・・

さあ、いよいよ今年も残り少なくなってきた。
28日が今年のラストだが、29日、30日、31日も患者さんが来ることになっている。ただ公には28日と書いてあって31日までやるといったら、ならいついつに行くって言われないから特別な場合だと患者さんには言ってある。
前回のブログに書いていた、女性にとっての大事な日。「誕生日」「ダレンタインデー」「クリスマスイブ」こんな話を書いたが、何人かの女性や男性に聞いてみた。女性の総てが同じ答え。男性はまちまちだったが、こうも違いがあるものかって思った。
その女性の総てが「誕生日」をあげていた。自分だけの特別な日、このことがよりいっそう大事な日にさせているんだろう。
さて、今年のクリスマスイブの大事な日にオヤジ達が集まってああでもないこうでもないと、ドリンクバーとフライドポテトで話をしている姿などきっと周りからは異様に見えたことだろう。そんなことにもめげることなく、年末年始の予定を入れ始めた。

「オイ 年末年始はどうするねん」
「いつもと変らずや」
「ホンマに変わり映えせんなぁ」
「去年もこのメンバーやったな」
「そしたらまた今年もこのメンバーやな」
「一度皆でどこかに行かへんか?」
「どこへ」
「どこでもいいけど」
「当ても無く 行かへんかは無いやろ」
「ほんまや」
「そしたら 何処やったらエエねん」
「何処でもエエけど 人が多くない所で、寒くなくて、美味しいもんが食べれて・・・」
「チョット 贅沢とちゃうか」
「贅沢かなぁ」
「昔は、持ち回りでみんなの家に行ったなぁ」
「そやったなぁ」
「でも今ではオヤジたちはこうして家には居れんようになったしなぁ」
「誰が悪いねん」
「○○やろ アイツが酒癖が悪いから各家で総スカンくろてんのやで」
「ホンマやなぁ」
「でもおかげで お年玉やらんですむで」
「それは助かるけどなぁ」
「誰か、お年玉くれへんかなぁ」
「アホ 誰がくれるねん」
「いや 分からんで」
「何がや」
「これやがな」
「何やそれ」
「明日の有馬記念や」
「やっぱりコレしか無いやろ」
オヤジ達が競馬新聞を真剣な眼差しで見ている姿にクリスマスも年末も無い様に思えた。

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2010年12月25日

今年も神様はプレゼントをくれなかった~

昨日はクリスマスイブ、皆さん楽しみましたか?
その中で、悪友達とこんな会話がありました。
「クリスマスイブは誰と過ごすかでそいつの一番大事な人が分かるらしいで」
「何やそれ」
「何でも女の子にとっては誕生日とバレンタインデーとクリスマスイブが一番大事な日やって」
「ふ~ん そんなものかなぁ」
「らしいで」
「でも誕生日も、バレンタインデーもクリスマスイブも、みんな何かしらモノを貰う日やないか」
「そういえばそうやな」
「という事はモノが大事やってことか?」
「クリスマスの25日やなくて、なんでイブの24日なんかな?」
「そらやっぱり24日やろ」
「なんでやねん」
「なんでか わからん」
「あほ どっちでもエエやろ」
「それにな その日に誰と過ごすかでもちがうらしいで」
「何やそれ」
「だから大事な日を一緒にいるという事に意義があるらしいで」
「ふ~ん そうかな」
「まぁ子供が小さい時は 家でケーキを買ってきてパーティーしたなぁ」
「そやそや やったなぁ」
「ある時は 飲み屋のネェちゃんとこやったしなぁ」
「あったなぁ パー券買わされたしなぁ」
「ホンマやホンマや」
「やっぱり一番大事な人と過ごすのはエエなぁ」
「それは一般家庭の話や」
「何やそれは」
「そらそうやろ 俺達みてみ」
「何がや」
「今年のバレンタインデーは何してた?}
「今年のバレンタインデーか?」
「そや バレンタインデーや」
「こうして皆と一緒やった」
「そやろ」
「そして 誰かの誕生日や言っていつも集まるやろ」
「そやな」
「そして今日みたいなイブな」
「そやな 代わり映えのせん顔ばかりやなぁ」
「という事は 俺達にはこのメンバーが一番大事やという事や」
「・・・・」
「・・・・」
「やっぱり 嫌やわ」
「オレも 嫌やわ」
「オレもや」
「オレもや」
何の楽しみも無かったオヤジ達のクリスマスイブでした。

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2010年12月24日

今年最後の祝日にもかかわらず やっぱりなぁ・・・

昨日はお参りの日だった。
朝早くから先生のところに行っていたが。最後の祝日という事もあってたくさんの人がお参りに来られていた。
嘗て書いた事のある方が来られていた。その方は順番を変わってもらって自分が後から行くと言っていたのに、さっさと順番を飛ばして入っていかれた方だった。もし今回そのような事があったら言ってやろうと思っていたが、今回は素直に順番を待っておられた。
人より先に入りたい、聞きたい気持ちは同じだが、先生はいつも言われる「待つのも 修行やで」って。本当にそうである。でもそれがなかなか出来ないのが現実。後先になったからって何が影響するんだろうか?そう思えば答えは簡単だ。
昨日友人達と遅くなったが晩飯を食べに近所の店に行った。ここは我が家から歩いて2~3分のところにあって、子供の頃からある老舗の洋食屋さんだ。ここでは食べるモノも決まっていて、それ以外は食べた記憶が無い。なんでも食べるグルメな友人は何故かここがお気に入り。近所に引っ越してきたから良く利用しているみたいだ。
私は逆に近くにありながら滅多に行かない。そして昨日はもう一人の友人と3人でそこに食事に行った。彼らは同じメニューだったが、私はほかのものを食べようかと一瞬迷ったが、結局相変わらずのコロッケにした。彼らは美味しい美味しいといって食べるものだから、そこの大将、気分良くしたのかいろいろ話しかけてきて今までに無いほど会話が弾んだ。学生時代に試験のたびにウチで勉強してそこの店で晩飯を食べた友人と初めてながら食品関係の仕事をしている関係であちらこちらの美味しい店を知っている友人と三人だから、食べ物には煩いの何の。でも作る人の前で、美味しい美味しいの連発は効果があった。きっと初めてのこの友人はきっと次回も覚えてもらっている事だろう。その後、急患の電話があって彼らとは別れて診療所に行き、治療したが患者さんからは「休みのところ ほんとうにすみません」って言われたが、暇にしていたし、前歯の脱離だから困っていると思って来てもらう事にした。自分の所でしたモノではないが、患者さんってそんなことにも気にされることが多いものなのか。今は自分のところで治療しているんだから、他の医院でやったけど今先生のところに通ってるんだからやってよ。ですむのにねぇ。でもチョット差し歯の脱離だけではなくコアの破損もあってコアのやり直しと一緒にやったから時間は多少かかったが何とか満足してもらって帰っていただいた。時間は深夜になって診療所に近所の方だったからよかったけれど、救急診療所に行けばここまでしてくれたかどうか。仮着で終わってしまったのかもしれない。これから忘年会や飲み会で腫れたり入れ歯が壊れたり脱離したりが多い事だろう。

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2010年12月23日

寒行は大変だ~

今日は朝早くからお参りだ。
こんな時間からでも準備をしないといけない。
午前4時ごろから先生はお滝行に入られる。お供も大変だ。
今年最後の祝日だがまだやらないといけないことが山積だ。
例年はもっと寒いこの頃だが、最近は暖冬で何とか我慢が出来そうだ。
さて少し仮眠を取って出かけるとしようか。

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2010年12月22日

患者さんの気持ちが痛いほど分かる 今日この頃

昨日から歯ぐきが痛い。腫れてきている。
先週、咬調してもらった所が良く噛み過ぎて当たらなくて良いところが当たってしまってキズが出来た。そこが何らかの影響で腫れてきてほっぺたを噛んでしまって腫れてきたようだ。
薬はキッチリ飲んだし、冷やし気味にしていて少しはマシにはなったが喋りにくい。
患者さんもこんな気持ちになっているのかと思うとちゃんと説明してあげなければ不安になるのは当たり前だ。患者さんの気持ちになって話はしないと。まず、痛いのを止めるのが先決、次にどのくらいで腫れが引くか、薬はどれだけ飲むか、いつも当たり前のように言っていても忘れる患者さんはいる。こちらは飲んだと思っていた薬も飲んでいなければ次のステップにはいけない。当たり前だ。
投薬だけでいいのか、切開が必要なのか判断が難しいが早期発見早期治療が大事なのは十分に分かった。これからの診療に役立てよう。
でもこんなに痛かったかなぁ?久し振りに歯医者の仕事の意味を理解した。患者さんの苦しみはマジ大変なんだなぁ。

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2010年12月21日

う~ん 困ったなぁ

昨日から歯ぐきが痛い。朝、顔を洗う時に鏡を見たら何だか腫れぼったい感じがした。その上何だか熱感がある。ヤバイぞ、コレは。
マスクをして仕事をするから腫れは見えないが、喋りづらいことこの上ない。何とか薬で治療できたらいいんだが。
久し振りに口の中が不愉快になった。人にはああだこうだと仕事柄言うくせに自分がそのようになったら、誰にこの不満をぶつけたらいいのか?自業自得だ。先週の木曜日に歯牙の尖った所を代診の先生に削ってもらってから、かみやすくなったが今まであたらなかった所が当たるようになってから、歯ぐきが傷ついたのかもしれない。
薬とうがい、それにあとどうしようか?う~ん困った。自分で切開も出来ないし、命を預けれる奴もいない。う~ん困った。
とりあえず応急処置をしておこう。それでも治らなかったら先輩の所へ行ってこようか。この先輩、口は悪いが腕は確か。昔、学生実習で学生に親知らずを抜かせて失敗されて、根が残った。レントゲンでは放っておいても大丈夫だとは分かっていても気になった。だからその先輩に無理を言って抜いてもらった。それも三度。4本しかない親知らずのうち3本まで学生に抜かれて失敗するとは、そのつどその先輩のところで後始末してもらってきた。今回は抜歯ではないが腫れてしまってからでは切開も大変だろうから早い目に行くか?
いや待て待て、薬で治るものなら薬で治そう。
う~ん困った日にちが無い。クリスマスに何処かに行く用事も無いし、かといってもし何か突然のお呼び出しでもあったら、行かないわけにはいかない。う~ん困った。だれかいい医者知りませんか?

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2010年12月20日

クリスマスウイークだ

昨日、行きつけの六甲アイランドの鞄屋さんに行く用事があって、久し振りに行ってきた。ちょうど車のオイル交換を頼んでいた事もあって、そのあとでドライブがてらに行ってきた。街はクリスマスムード一色、街路樹の銀杏の葉が落ちて黄色のじゅうたんを敷き詰めたような綺麗な町並みだった。ここ何年とこの時期には来ているがこんなに鮮やかな色の落ち葉を見るのは初めての経験だった。
でも今朝の雨ではせっかくの綺麗な落ち葉もスリップの危険があって車にとっては危ないのかもしれない。
今週はクリスマス。もうクリスマスがどうのこうのと言う歳ではないが、やっぱり賑やかなのはいいことだ。
クリスマスの飾りつけも今がピーク、流石にルミナリエほどではないが、六甲アイランドのマンションでもベランダで電飾が輝いている。ここは外人さんが多い街だ。あちらこちらに外国のファミリーが子供と散歩していたり、ペットを連れて散歩しているとここが何処の国か思わず考えてしまうような光景だ。
一年の最後にあたりいつもお世話になっているここのお店にお礼の品を持っていって、かえってお土産を頂いた。恐縮しきりだ。
残り少しになったがこのまま無事に過ごしたいと願う事でもうひと分踏ん張り。

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2010年12月19日

値段より気持ち 院長分かってくださいね

いつもお世話になっている先輩とこの診療所、一年のお礼をこめてお歳暮を送った。お歳暮といっても沢山のモノがここには贈られてくる。全部が院長の下に行くわけではないが、スタッフにもお零れがあってもいいかといつもスタッフ皆で分けれるものを送っている。今年は友人の所が製麺所だから夏、冬ともにここの麺を送っている。意外と好評だ。業務用の麺ということもあってなかなか美味しい。お鍋に入れても型崩れしなくてイケルと評判。それをいいことに両方に顔を立てることができた。
滅多に褒めることのない院長が今回初めて褒めてくれた。
いつもは「おう おおきにな」だけだが、今回は「いつも従業員のこと気にかけてくれてスマンなぁ」
はっきりいってびっくりした。こんな言葉をかけられるとは。別にお褒めの言葉うを貰うためにしたわけでもなく、そんなことを全く考えていなかったが、以外にもこんな言葉をかけられるとは思いもよらなかった。
前回も同窓会で行った先のお土産にと絞りたての醤油をスタッフ全員に送っておいたから効果絶大だ。この風邪やらノロやらで混雑している待合室をスルーして点滴室に一目散、ベットを確保してトイレに行って待っていると看護師皆からお礼に来られていささか恐縮。そして始まってすぐに仲のよい看護師の子が申し訳なさそうにやって来た。
「先生、すみませんが院長室へ」
「そう 終わったらね」
「今すぐに お越しくださいとのことで」
「だから点滴が終わったらね」
「いや その いますぐにだそうです」
「???そしたら針ぬいてくれる」
「いや そのままお越しくださいって」
そして点滴をしたまま満員の待合室を抜けて院長室に、そこには横になれるソファがあったのに、暫く入ってない間に模様替え。大きな50インチくらいあるテレビの前のチェアーに座りながら点滴をしてもらうことに。結局終わりまで院長は入ってこず、針を抜きに来た看護師に聞いてみたら、待合もいっぱいだし点滴室もいっぱいだったから私にベットを譲れということだった。別にそんなことを気にするわけでもないがいつもの院長でホッとした。でも他のスタッフは意外と気を使ってくれていた。折角お土産を貰ったのにとか。でも気にしなくていいよって言ったら安心してくれた。確かに業務用で美味しいしまぁ自分からは買わないであろうものだから、こちらのほうが気にしていた。値段じゃなくてその気持ち、でもなぁこの子らはコレでいいけど院長は高級好みだからなぁ。
帰りがけに会った院長がこう言った。
「オイ あの麺なぁ 直接買えるんか?」
「どうしはるんですか」
「いや なかなかイケルからどこかに送ろうかと思ってるねん」
「そうですか 一度聞いておきます」
「頼むわ あれ美味しいから皆喜んでるしな」
「はい ありがとうございます 言っておきます」
「あれやったら一玉100円以上はするやろなぁ」
「・・・」
「送れるか聞いておいてな」
「はい」
ヤバイ、あの値段がばれてしまう、あれは一玉50円だとは言っていない。
もしばれたらどうしよう、でも美味しかったからいいわって言われるか、もっと上等もって来いって言われるか。

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2010年12月18日

やはりもつべき者は友達か

昨日、仲間内の集まりがあった。集まりと言っても普段から集まっているから例会みたいなものだ。
その中に一人久し振りに来た奴がいた。そいつは何事も全力でやる奴で、仕事も、遊びも、家庭も、恋愛も浮気?も・・・
でもそろそろ体がガタが来たと言っていた。何でも来年早々検査入院するかもしれないと言っていた。まぁ心の病には程遠いが、暴飲暴食(私と一緒)は当たり前。何でも全力投球だからセーブするという事を知らない。そのツケが今来ているらしい。何でも「糖尿」「脳血管」「心臓」「肝臓」「高コレステロール」など等。
お酒は飲むは、油っこい食事は好きだし、大食いだし、早食いだし、こんな病気になるのは当たり前のような奴だ。
娘婿殿からキツイお達しがあって、半ば強制的に入院させられる事になりそうだと言っていた。身内だけではコレくらいではいう事を聞かない奴だが、さすが婿殿のいう事は聞いたみたいだ。
この男、若いときから酒好きで、一緒に宴会に言ったら私が飲まないことをいいことに、私の分まで飲んでくれたし(私は助かったが)その代わり帰りはいつも運転手をさせられたり、学生時代も金が無いからオヤジのツケの利く店へよく行ったものだった。
そいつの行きつけの店に宴会を頼んだ時など、自分は行かなくてもいいのにわざわざ気を利かせて来てくれたり、そんな所に気が回る奴だった。だから今回の入院というのを聞くと何かしてやらねばならなくなった。まぁ恩返しのつもりで入院中は一肌脱ぐ事になりそうだ。何人かの同級生に連絡をして順番に診療所を彼が帰ってくるまで守ってやらねば。私の入院の時もいろいろ世話になったから、今回立場が逆になっただけだ。そんな話を昨日したら、自分達も一度検査を受けようって奴が出てきた。でもオマエは身体より頭の検査が必要だといわれて一同納得した。

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2010年12月17日

やっぱり無かったら困るものでしょう

今朝は今年一番の冷え込みだったらしい。
大阪も1度くらいで、顔を洗う水が冷たく感じた朝だった。
今週、2回ほど帰りに先輩と後輩の診療所に行く事があった。
まだ診療中だったのでいつもは院長室にいるのだが、暖房のよく効いた待合室で待つことにした。そこでフト気が付いた。待合室の雑誌の種類、そこの医院の特徴が出ているように思った。
先輩の所は月刊誌やフォト集などそう交換しなくてしなくてよい様なものばかり、また後輩の所は週刊誌や地域柄か食べ物の雑誌が結構多いように思えた。また子供が多い所だから子供用の絵本やなにか。中でも一番人気は折り紙の作り方と言う本。その横に色とりどりの折り紙が置いてあった。お母さんと小さな子供が一緒に折り紙を折っている姿はなかなかほほえましいものがある。
当医院といえば、院長の趣味か患者さんの趣味か知らないがジャンルはバラバラ、唯一、揃っているのは「ゴルゴ13」くらいで、情報誌も無料のフリーペーパーだったり、患者さんが置いていかれる本だったり、でもなかなか自分の趣味以外のものだったりすると読む気にはならなかったが、最近暇なときにその本を呼んでいると意外におもしろい事に気が付いた。自分の知らない世界が見れて参考になったりして。新聞も当医院では取っているが、先輩後輩の両診療所では取っていない。でもイザと言う時に困ると二人とも言っていた。それはこれから大掃除をする時に配管やトラップの掃除をする時に古新聞が無いと困るとか。我々の所じゃ毎日溜まって仕方がないけれど、イザと言う時にはやっぱり助かる。そんなものかなぁ。

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2010年12月16日

年の瀬を思い出すものといったら・・・

昨日今日と朝の寒さはこたえます。
でももっと寒い所にお住まいの方には「何を言っとんじゃ」ってお叱りを受けるとは思いますが、朝の一番に家を出る時にガレージを開けた瞬間の空気の寒さには眠い目を一瞬で覚ますものがあります。
あと半月で今年も終わろうとしていますが、早いものですねぇ、一年ってこんなに早いものだったんでしょうか?よく言われることですが、歳をとると段々と一年が早くなるって。こんなものかなぁってしみじみ思うようになりました。
さてこんな事ばかり言ってられません、実際にはあと10日ほどしか働けません。だから年内にセットするにはあと数日以内に印象をしないと間に合わなくなります。でもこれから抜髄しようとしている現実があったりして、デンチャーの印象もまだ残っていたりして・・
やっぱり例年どうりの年末になりそうです。
昨日も一本の電話がありました。「先生 ご無沙汰しています」
あらら、来てしまった。この電話の主こそ毎年31日の昼から治療に来られるご近所のお寺さんの娘さん。お嫁に行った先から帰ってこられてお正月は忙しいのでお手伝いに帰ってこられるんですが、その時にあわせて治療に来られます。
私にとってはこの電話が年の暮れを思い出すモノになっていたんですね。やっぱり来たか、今年も。

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2010年12月15日

そろそろ年賀状の準備でもしようかな

昨夜から急に寒くなってきました。
でも部屋の中は暖房が効いていて快適に仕事が出来ます。
窓から外を見ていると、コートを着た人が多く見られ信号が変わるたびに襟を立てたり直したり、マフラーを巻きつけて歩く姿が多く見られます。
今年の出来事で私事ながら振り返ってみてもそう変わったことが無かったようにも思えますが、新しく知り合いになった人や疎遠になった人が思い出されてしまいます。疎遠と言っても電話をすればすぐに話は出来るし、メールも出来るが、何となくきっかけが無くてし辛いものです。
最近も同級生の親が亡くなった時に集まった連中とプチ同窓会もしたし、何故だかそんな連中とあったときが一番ホッとします。
院内ではスタッフや患者さんたちとは仕事や簡単な趣味の話しなどはしますが、同級生やいつもの悪たれ連中とはまた違った感じです。(当たり前か)
今日から時間のあるときにそろそろ年賀状の仕分けやチェックをしないといけなくなりました。毎年の事ですが、今はPCという優れものがあって一度に出来るから時間短縮が出来ます。でもそれまでの順部には結構時間がかかります。
当医院ではリコールのハガキと年賀状で住所確認もかねてしているんですが、結構変更していた患者さんがいました。
毎年の事ですが、今年は出来る限り一筆添えて出そうかとも思ったりしています。でも例年の事なら書き始めの10枚程度しか書けないのが実情です。いっそそれなら書かなくてもいいんじゃないかって思ったりしますが、やっぱり何枚かは手書きにしたいと思います。
今年は誰の所にその年賀状が行く事やら。

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2010年12月14日

商売のコツって なに? やっぱ努力でしょう

当医院はオフィス街にある。周りには少々食事をする所もある。
その内の一軒が先月末で店を閉めた。よく利用していたお店だった。ママさんも気さくで面倒見のよい女将さんだった。そこの店の裏にネコがなついて住み着いていた。面倒見がよかったせいか私のように丸々と太った体格のよう猫だった。きっと美味しいご飯をここの店から頂いていたのがすぐに分かるメタボネコ。
そのネコを昨日見かけた。初めはそのネコがいつものメタボネコだとは気が付かなかった。何故か?メタボが改善されていて普通のネコになっていたからだ。
そこのお店が閉まってから半月、エサはどうしているんだろうか、子猫はどうしているんだろうかと、最初は心配していたが、暫らくしたらすっかり忘れてしまっていた。で、久し振りに見かけたこのネコは昔の面影はすっかり無く、大きなお腹をゆさゆさと揺らしながら歩く姿とは別ネコになっていた。きっとアノお店の食事を食べれなくなったのでダイエットになったのかもしれない。
こんな所にも影響が出ていたなんて思いもよらなかった。
お店がで出来ては消え、出来ては消えするご近所さんでもたった一軒だけ永く続いているお店がある。中華屋さんだ。ここの店は知る人ぞ知るお店。美味しい不味いは別にして、大将がいつも言っている。「もうアカンです やっていけまへん」口癖だ。でもこんな店が何故か長続きしている。毎日同じことの繰り返しだがコツコツ続けれるのは何か秘密があるのかもしれない。
食べ物やさんだから、水商売だからっていつもいいときばかりではない。我々の商売も同じで、山あり谷ありだ。その谷の時にいかに次の波に乗ってやっていくかは準備次第だと思う。苦しい苦しいとばかり言っていても何もしないで待っていたのでは、波に乗り遅れてしまう。チャンスは掴め、つかんだら離すな。コレが商売のコツだと大将はいつも言っていた。またこうも言っていた。運のいい奴っているでしょ、でも運のいい奴って言うのは運が来るまで努力してるんですよ。努力しないで運なんて来ません。やっぱりね。

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2010年12月13日

来年のことを言うと 鬼さえ笑えなくなってしまう

今日はまた一日雨の予想。
年末が近づいて来ていると言うのにのんびり構えすぎ?いやいや、今まで見たいな忙しさはここ最近ありませんね。年末年始と言う言葉も年中無休の言葉に押されてなんだか過去の言葉になってしまったのか。
我々同業者の中にもこの年中無休とやらを実践している歯科医院がある。まぁ患者さんにはいいことだとは思うが、周りの歯科医院にはいい迷惑?だそうだ。
そのうち年中無休からコンビによろしく24時間営業が出る時代が来るのか?
規制緩和とやらが出来てからいろんな業種に他者の参入が出来てきてつぶれた所が多くあると聞く。結局、資本力のあるところしか生き残っていけなくなったのが実情だ。
昨日のテレビでこんな事を言っていた。それは就職難、学生さんにとっては死活問題だが、同じく中小企業にとっても学生の大企業思考が強くて零細中小企業には就職したくないとか。行き場所の無い学生、来ての無い企業。コレって何だか矛盾してませんか。
だから潰れない公務員やらに人気を取られるんだと思います。
我々も全く零細の企業なんだと自覚がないと生きていけません。
先週も冬のボーナスの話題がニュースで出るたびに今年も出せてよかったと思っている歯科医院は多いと思います。
来年こそ、来年こそと毎年思いつつ年を越すのが通年ですが、さていったい来年はどうなる事やら。コレでは鬼さえ笑えなくなってしまいます。

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2010年12月12日

普通は忙しい年末の日曜日なのだが・・・

いよいよ街にはジングルベルがあちらこちらから聞こえてくるようになりました。昔に比べて派手さは無いが、着実に若い人たちのクリスマスの過し方が我々の時とは違ってきている。最近流行のイルミネーションも各家庭や、マンションのベランダに綺麗な電飾が輝いています。
今日は久しぶりに先輩の病院に治療に行ってこよう。今年も31日までの診療だろうが、スタッフは大変だが患者さんは喜んでいるだろう。
今日から断食明けの食事も終わり普通食に戻れるようになりました。-5キロまででしたが何とかこれを維持したいと思うがどうだろうか。

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2010年12月11日

いつもと違ったお茶会でした

連日に渡って、近所のファミレスでお茶会。
今回は友人の娘さんもオヤジに付いてやってきた。
この子は生まれた時からよく知っていて、子供の頃に「お父さんそっくりやねぇ」って言ったら泣き出した子だったが、今ではかすかにしか父親の面影は無く《ベッピンさん》になっていたのには驚いた。
流石に娘が来ていると馬鹿な話も出来なくて、何処と無くいつもの雰囲気では無いが、流石にオヤジの子、すぐにその場の雰囲気を感じ取ってしまった。だからお母さんには今日の話は内緒だよって言ったら、「もちろん」って答えてくれた。
でもいつもの何かしら打ち解けた雰囲気とはまた違った、何処かに緊張感のあったお茶会になっていた。
女性も20代半ばになるとこうも綺麗に変身できるものなのかとも驚いたが、ここの奥さんが綺麗だからその血を受け継いでいるんだろうと納得した。後でその事を言うと友人が「オレの血も入っている」って反論したが、誰も信じる奴はいない。オマエの血などほんの少しやって皆から言われて大いに盛り上がった。
こんな大きな子に育ったんやと感心していたらまだ子のこの上にももう一人結婚した娘がいてることに気が付いた。だったらもうすぐ御爺ちゃんかってからかわれても、そんな歳になった事の方がちょっとショックだった。放っておいても子供は育つのに、いつまで経っても代わり映えの無い親父たちにこの子の目にはどう映っているんだろうか?でもこうしていつもうだうだやっているんやと思わせておけば一安心。でも一人浮かぬ顔をしていたのはここのオヤジでした。何故か、何となく弱みを握られてしまったかもって心配しきり。

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2010年12月10日

何気無い平和な会話 こんな事が小さな幸せか?

昨日、友人と食事のあと(自分はまだ断食後のメニューだが)お茶していて、こんな話になった。
「最近仕事が暇やわ」
「お前とこだけちゃうで」
「そうか」
「そうやって」
「医者なんて黙ってても患者来るやろ」
「アホいうな そんな時代や無いで」
「でも歯が痛いのは我慢できんやろ」
「それがするねん 我慢を」
「そうかなぁ?」
「そうやって」
「何でやねん」
「歯医者の数が多いし、会社も時間内にはなかなか出れんらしいわ」
「ふーん そうかなぁ」
「アルバイトも減って、社員が何でもしないと手が足りないらしい」
「ふーん そうかなぁ」
「タクシーの運ちゃんもそう言ってたで」
「何て?」
「お客さん 減りましたわって」
「ふーん そうかなぁ」
「それに 飲食業もガタ減りやって」
「そうかなぁ」
「ここも見てみぃ この時簡半分しか席が埋まってないやろ」
「ほんまや」
「それに いつきても顔ぶれは一緒や」
「オマエ ようそんな所見てるな」
「俺達みたいに毎日のように同じドリンクバーばかりたのんでたらこの店も儲かれヘンえあ」
「でも 元とってるんと違うか?}
「何でやねん」
「そうかて何回もお代わりしていたら 儲からヘンで」
「心配いらんって」
「何でやねん」
「そうかて このドリンクバーで元取ろうと思ったら何杯飲んだらエエか知ってるか?」
「知らんわ」
「一人20杯飲まなあかんねんで」
「えっえ~!20杯?」
「そうらしいで」
「そんならオレら毎回ここにえらい儲けさせてるなんな」
「そやで」
「ヨッシャ そしたら遠慮せんともっと飲んだろ」
「あほ 遠慮してたんか?」
「そや 遠慮してたんや」
「ほんまに単純やな」
「これ以上飲んだら腹壊すから止めときや」

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2010年12月09日

どこか一つぐらい 何かあるって皆も・・・

昨日友人とお茶をしていたときのこと。(まだ断食中でミルクティーのみ)
いつものファミレスでドリンクバーの常連と思われている奴たちとの会話で。
「アイツこの頃付き合い悪くなったなぁ」
「そうかて 嫁さんにあの事がばれたんやろ」
「あの事って?」
「いつも会議や会議やって言って 家を空けることが多かったやろ」
「アレがばれたんか?」
「そうみたいやで」
「そしたら 俺達も気をつけないとな」
「なんでやねん」
「ばれたら やばいやろ」
「なんでやねん」
「ばれてもおかしくないで」
「ちゃんと 誰々と 何処何処へ行ってくるって言うてるから」
「オレは言ってないで」
「何で言わないねん」
「言っても信用してもらえんやろ」
「そうかて ウソちゃうねんで」
「そやそや」
「俺達家では信用ないからな」
「・・・・」
こんな会話で始まったいつものウダウダの会?
それに遅れること少ししてからやってきた奴、来るなりこう言い出した。
「○○なぁ 今度ヤバイかもしれんで」
「ヤバイって 何や」
「あいつ病気やろ 今回はチョットいつもと違ってシンドイみたいやで」
「あれか アレはいつも演技や」
「それも分かっているけど 今回はホンマみたいやで」
「そろそろ そんなこと考えないといけない年齢になったんやなぁ」
「何かしら病気は持ってるしな」
「身体は悪いし、頭は悪いし、スタイルは悪いし、根性も悪い。こら治しようがないわ」
「ホンマやホンマや」
こんな何気無い会話だったが、それぞれが身につまされる話だった。

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2010年12月08日

凄いやつもいるもんだと・・・

昨日はいろんな話がありすぎてここには書けないくらいです。
その中でも印象的な話しがコレです。
「ウソも突き通せばホントになる」
強烈な話しでした。こんな事を平気で言う人間がいるとは思いもよらなかった。一般の常識では測れない人間っているんですね。
我々は警察の人に言わせれば一番騙しやすい人間らしいです。
でもあんな事をいえる奴って言うのは舞台で演じているんですよって言われました。誰も友人や親類、はたまた家族にも平気でウソがつけたり、その通りに演じれる凄い役者だそうです。
今付き合っていても、本心は別の所にあったり、でも天網恢恢、なんとやらで、必ず、悪事はばれるんですよ。公的機関を騙す奴って言うのは、いつまでも騙されるわけではないことを思い知らされるンじゃ無いでしょうか。

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2010年12月07日

今回の断食 その2

朝は6時起床で6時半宿舎を出発して蔵王堂の朝の勤行へ。
昔は勤行は6時からと決まっていたが、最近は少し冬時間になったみたいだ。コレも時代の流れか・・・嘗て大阪を午前4時には出て、冬道を只管走ったことを思い出した。今は高速道路が出来て大分早くなったが、昔は山越えの細い道をクネクネと車を走らせたのを思い出した。大阪を出たとくは確か3度、峠の所では0度、道が凍り始めてスリップ仕掛けた事も、そしてお山に着いたころはー3度。こんな事を何度も経験しているから今年の冬の勤行はそれに比べたら辛くはない。まして今回はご開帳ってこともあって参拝の方がたくさん見えている。外は寒くてもお堂の中は熱気でその寒さも忘れさせてくれる。
勤行が終わって回廊を回って仏様に参拝して道場に戻ってくる頃には体が準備できている。それから夜の9時まで約13時間の座禅が待っている。13時間といったらビックリされるかと思うが、一階が30分、そしてそのあとの休憩が30分。それを延々と繰り返す。
一度途中で合掌行と言うのを挟んで只管止観する。
この合掌行は合掌した手を開かずに頭の上に翳して般若心経を唱えるという荒行。30分なら一生のうちに3回、40分なら一生のうちに2回、50分なら一生に1回でいいから行えばハンドパワーが得られるというもの。何度もこの断食会に参加している私など何度生まれ変わってもこのハンドパワーは備わっているのだろうか?
そして前年には指導者が間違って50分をする予定が、何を間違ったのか1時間20分もやってしまった。さあ大変、そのあとの疲労やいかばかりか。もうそんなことはゴメンと今回はタイムキーパーを置いての合掌行でした。

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2010年12月06日

今回の断食 その1

今回の断食は、お寺の秘仏公開と重なって、大いに賑わった。
この時期の吉野は紅葉は綺麗だが、吉野=桜というイメージが強いためか、紅葉の季節には余り人が来ないのが通年であった。
しかし今回お寺(金峰山寺)の平城遷都の記念に際して公開となったために多くの参拝者で賑わった。10万人の人が訪れたのは嬉しい誤算だったと思う。それに最終の土日にあたった今回は我々の朝の勤行にも多くの人が参拝されていた。何かの行事の時も朝の早くからこんなに人が集まる事は希である。
金剛蔵王大権現の御法前においての秘仏公開、このチャンスに行かれた方は幸せだと思った。自分も含めて次回はいつの公開になるか分からないので、ひょっとしたら生きている間には無いかもしれないから、今回の御開帳に行かれた方はその荘厳さに驚かれたことだろう。
今回の断食の初参加の方で東は宮城県から西は九州の方まで、我々は幸いに大阪に住んでいるので遠いといっても車で2時間位で行くことが出来るが遠くの方にはそれこそが修行である。ご苦労様でした、そして帰山お疲れ様でした。

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2010年12月05日

断食から、無事生還

これからの1週間が大事。
断食明けは想像以上にキツイ。
食べ物を食べたくて、食べたくて、そんな想像ばかりしていたが、いざ明けに食べる食事がこんなにも辛いとはって、皆さん必ず口にする言葉。
食欲を絶ち、それを解禁したら今度は食べれない、こんなこと矛盾するんじゃないかって思われるでしょうが、コレが事実なんです。
食べるという行為は我々が日常、当たり前に行っていますがここに大きな違いがあります。
本能で食べるんじゃなくて、食べて生かして頂く。この食材を口にすることで、生かして頂く。感謝の気持ちが断食明けには起こるから不思議です。
また、今回の断食中に起こった不思議の数々はおいおいと紹介しましょう。
とりあえずは、全身筋肉痛で少々頭が痛い状態です。今回はー5キロでしたが、この1週間であと3キロ減に励みます。

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2010年12月04日

ただ今断食中 

今回は23名の大所帯、うまくいきますように。

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2010年12月03日

今回はどんなことになるのやら・・・

昨日より断食に入っています。
本当は一昨日より行う予定でしたが、元来の食いしん坊、卑しい性格が邪魔をして一昨日は食べてしまいました。
でも言い訳ではありませんが、本当は今日から断食に入るんですが、長年やっていると二日目がメチャ辛いという事を体が覚えていて人より1日か2日前から始める事にしています。そうするとそれを乗り越えたら気分がハイになって後はいくらでも食べなくても大丈夫な体になっています。それに今日は始まりが午後の7時だから今晩3回、止観すれば寝れるという事も分かっているので、一番辛い日を今日にあわせています。
今年は金峰山寺の秘仏が公開されていて(12月10日まで)参拝の方が多いのはライブカメラを見てわかっているので朝の勤行やその他の用事をするのには些か今までとは違う事になるでしょう。
参加者は24名だと聞いています。応募はいつもの事だと倍の申し込みがあったみたいですが、キャパの問題から選抜された方が参加されると思います。
この3日間ですが同じ修行に向かう人たちは皆さん、初めての方も多いですが終りには皆さん和気藹々と、同じ達成感を味わう事になるでしょう。
だいたい今回の目標は5~6キロですが、それでも膝のためにはいいんで頑張ってこようと思います。
いざ、新聞もTVも無い世界へ・・・

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2010年12月02日

さぁ 今年最後の断食が始まります。

さていよいよ今年最後の断食が始まります。
今日から日曜日までの4日間ですが、辛いのは二日目でそれを過ぎるとあと何日でも出来そうになるから不思議です。
丸12年間立ちました。はっきり言って体重は昔と変わりません。
でもコレだけ続けれたのも、何か不思議な力を感じたからではないでしょうか。
背筋をピンと伸ばせて自律神経を活性化させるこの断食。健康断食と称していますが、やり終わった後の達成感と爽快感がやっぱり堪りません。是非機会があれば皆さんも週末断食でもなさってください。良いものですよ。
簡単に内容を説明しますが、(もう何度かはブログに載せていますが)なかなか取れない腸内の宿便をいっきに取り去るこの断食法。
野口法蔵先生の発案したこの方法は広く全国でおこなわれています。野口先生は超多忙でなかなか直に指導をしていただくチャンスがありませんが、臨済宗のお坊さんで、チベット仏教の大家でもあります。
でももう12年間も参加していると一番大事なのが日頃からの摂生である事は勿論ですが、断食明けの食事が一番大事なのが分かります。肉、酒は一週間はダメで
これを破ったために大変辛い目にあった人を何人も見てきました。
ここに参加されようとする方々は、勿論、健康に興味があるだけではなく、自己改革、自己の啓蒙などを思って参加される方が多いようです。全国からたくさん参加されようにも受け入れ側の問題もあって厳しい審査をパスしないといけません。(意外と申し込み順だったりして)そんなことはありません。でも初心者だけでもいけません。コレを後世に継承していくためには後継者を育てなければなりません。
いろんな方がお寺には来られますが、肩書きなんかは何の役にも立ちません。社長であろうと、部長であろうと、先生であろうとここには一切関係が無いのです。自分の事は自分でする。そして余裕があれば人様の手伝いをしてあげる。してあげるというよりは、させて頂く。やっぱり日常の世界から新聞もテレビも無い世界にたとえ3~4日でも入って共同生活をする事で何かしら新しい自分を発見できると皆さん仰います。

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2010年12月01日

納得しました

昨日、悪友達とお茶をしたときのこと、明日からもう師走だという話になった。
「今年も もう一ヶ月になるなぁ」
「何や 今さら急に」
「そうかて確か去年も11月30日にこうして集まって話をしたやないか」
「そんなん 覚えてない」
「オレは覚えてるで」
「場所もここやった」
「よう覚えてるな」
「そして注文を取りに来てくれたのも アノ子や」
「そんなん覚えてないわ」
「場所もここや」
「ホンマか?」
「集まったのもこのメンバーや」
「ふ~ん」
「そしてな 注文したのも今日と全く同じや」
「そこまでいったら すごいやんか」
「まてまて、何でオマエそんなこと覚えてるんや」
「それにな 見ててみ あの子絶対に灰皿をもう一つ、余分に持ってくるデ」
「ホンマか?」
「それとサイドメニューのフライドポテトのマスタードとケチャップも多めにもってくるで」
そんな話をして暫らく待っていると、そいつの言ったとおりその女の子は灰皿を一つ多い目に、尚且つマスタードとケチャップを一組多い目に持ってきた。
アラ不思議、コイツの言ったとおりになったので皆が大いに驚いた。暫らくして最後のもう一人が来ていつものように席について注文を取りに来た女の子にこう言った。
「注文ないつものやつやで」
「はい 分かりました」
「それとなポテトもう一つな」
「はい分かりました」
「ああマスタードとケチャップなぁ もう多い目にもってきてくれてるか。 ありがとうな」
「???」
皆がその様子に唖然としてると、最初に予言した奴がバツの悪そうな顔をしていました。
「はは~ん分かった」
「何がや?」
「なんでコイツがこんなによく当てるか」
「何でやねん」
「こいつらしょっちゅう ここに来て同じモノを注文してるんやろ」
「バレタか」
「当たり前や オマエにそんな予言能力があるわけないやろ」
「バレたらしゃぁない」
ただ去年と同じ日に同じメンバーが集まって同じ席で同じメニューは、これはこれで珍しいと誰かが言ったら、もう一人がこういった。
「結局、オレたちは一年間何にも進歩していないということや」

   納得しました。

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