2011年01月31日

いろんな事があった週末だった。

一夜明けても興奮冷めやらぬ状態が続いています。
見ごたえのあったアジアカップ。90分の死闘も決着がつかず、延長戦へ。たまたま土曜日の深夜、寝るにはもったいない時間、そして尚且つ延長後半に得点するというストーリー。いったい誰が考えたでしょう。今朝の新聞各紙もザックジャパンをたたえる様子が載っていました。レギュラーから控えの選手まで勝つことを信じて疑わない姿勢、選手、スタッフ一丸となって獲った勝ちには大いに誇ってもいいでしょう。試合に出れない選手もいつお呼びがかかってもいいようにモチベーションを上げておく、コレが今回のサムライブルーのように思えました。
さて話は変わりますが、一昨日の晩に前祝と称して友人とお気に入りもレストランに食事に行きました。そこは昔からある洋食屋さんですが、知る人ぞ知る、そんなお店です。
何より仕事が丁寧、サラダのトマトまで湯びきしていたりキュウリの面取りまで、ポタージュスープにいたってはちゃんとコーンの裏ごしスープです。それでいて値段も安くお手頃価格のお店です。
だから地元では絶大の人気店。お客さんもその辺のファミレスでいいってお客さんは来ません。子供にいたっては走り回る子もいないし、周りに迷惑をかける子もいない。親がシッカリ躾けているからかもしれない。
こんなお店はきっと流行に流されない、自分ところ独自のコンセプトを持っているんだと思う。
基本に忠実、尚且つ、その時のTPOに合わせた柔軟性も持ち合わせているように思った。
目先の利益を追い求めるがゆえに、お客さんのことを忘れがちな店が多い中、ここはいつ来て見ても期待を裏切らないそんなお店だ。
自分のお気に入りのお店って、そう考えてみたら何だかそのようなこだわりを持ったお店が多いように思う。でも仕方がないか、拘りだらけのオヤジなんだからって妙に納得してしまった。

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2011年01月29日

何気無い こんな集いが 憩いの場

どうしてこうも、毎日出歩く事があるんだろうかって思ってしまう。それでも何かにひきつけられる様に悪友達の集いに参加してしまった。
仕事が終わって家に帰り、明日の仕事にもって行くものを整理していたらまたまたお誘いの電話が鳴った。無視をすればいいものをそれが出来ない。
「オイ 飯食った?」
「まだやで」
「オレ もう食った」
「そりゃ よかったね」
「なんや 冷たいやないか」
「毎日毎日 同じオッサン達と会うのも疲れるで」
「ほんまやなぁ」
「ほんまやあれへんで」
「そしたら いつものところで」
「オイオイ またか」
「・・・プツッ」電話が切れた。
こんな事ばかりしていたらきっと家族に愛想をつかされると思いきや、愛想をつかされた奴らばかりの集まり。
こういうと同じメンバーばかりだと思われますが、実は毎日出歩いているのは私であってメンバーは2~3グループあるのでそいつらにとっては2~3日に一度会うだけでした。でも私は毎日のように出歩いているからしょっちゅう同じ店で喋っているから当然店の人とも顔なじみになってしまいます。当然頼むものもほぼ同じ。
「いつものヤツな」
「はい いつものヤツですね」
「それと いつものアレも追加な」
「はい いつものアレですね」
コレで話は通ってしまう。便利なものだ。
当然会計も分かってしまうからお釣りを出すのも簡単なものだ。
昨日は何故かいつもより長い時間居たような。
でも世の中の情勢でしょうか、全席禁煙は結構堪えるらしく、しょっちゅうタバコを吸いに行く奴。ドリンクバーばかりでしっちゅうトイレに行く奴。周りの客を見ていてもこんな賑やかなところでよく勉強が出来ると感心してしまう、そんな人もいる。
そんなこんなで また今夜も有意義?な時間を過ごしてしまった。

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2011年01月28日

夢を食うバクになれたら ・・・

久し振りに、まともな食事を取った。取ったと言うより毎日出歩いていたので家での食事ではなかった。それでも日替わりに会う連中が違うので外食が続くと胃がチョット悲鳴をあげそうになってきた。ファミレスなども最近は美味しくなったが、毎日は辛いものがある。それに油モノもこの歳になれば次の日に堪える。大好きなラーメンもなぁ。まだお弁当屋さんのお弁当は食べた事がない。
食べてみたいが勇気が無い。それは友人の何でも一番君のように、自分の舌に馴染めるかどうか、美味しくなかったらどうしようって勝手に考えてしまっている自分がいるからだ。
昔、自宅の前のマンションの住人で家には炊飯器が無くご飯だけは近所の中華屋から出前を取っていた人がいた。おかずは帰りにデパチカで買って帰ってくるらしい。電子レンジでおかずを温めて、ご飯には拘りがあるのか、出前をいつも取っていた。
一人暮らしでは食材が中途半端なのはよく聞く話だ。残ったらもったいないし、そんなに食べれるものではない。
だからおかずさえあればいつでも暖かいご飯が食べれる。ただそこのお店が閉店になればそれこそパンかインスタント食品で済ませるらしい。
そういえば、近所の店も段々と様変わりして、行っていない店も多くなった。
元々近所の店にはなかなか行けないものだ。鮨屋、蕎麦屋、中華屋、イタリアン、お好み焼き屋、洋食屋、あるにはあるが、そこばかり行っていれば、周りのほかのお店に気を使ってしまう。
だったら家で作ればいいものを、それも面倒だ。いっそダイエットのために食事抜きでもしようか。いやいやそんなことをしたらまた夜中に腹が減ってしまって夜食を作るのが関の山だ。う~ん困った。そんなことを考えていたらうつらうつらしてしまって夢を見た。なんとコレがバイキングで腹いっぱい食べた夢だ。夢の中にまで食べ物の事が出てくるなんて、よっぽどの重症なのかもしれない。

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2011年01月27日

一般人じゃない会って どんな会?

前にも書いたが、ブログというもの誰でも見ることが出来るから、個人を指したり分かるようなことを書いてはいけないことくらい分かっているが、今回友人からこんな事を言われた。
それはその友人の会社で自分より後から入った人が、自分より早く出世する。よくある話だが、当の本人にしたらおもしろくないのは分かっている。それを自分のブログに書き込んだから騒動が起こった。名前を出さなければいいって言うものではない。読んだ人が分かるような記述があればそれはそのい人を特定できるなら決してよい記述とはいえない。名前を出していなくても、特定できるってことは所謂、「名誉毀損」に相当する。
何故にこんなことを言うかと言うと、自分はそんなに大した事だとは思っていなくても、相手にしたら相当のダメージがあるかもしれないってこと、書いた本人は分かっていない。仮定の話なら勿論の事本当の話であっても個人が分かるようなことを書いてはいけないことくらい子供でも分かるはずだ。
私も一時期、個人が分かる話を書いてしまってその方に迷惑をかけたからこの手の話しには敏感にならざるを得ないわけだ。
そんな話をしていたら、きっとこういわれるのに違いない。
いつもここに登場している悪友達は「あれって オレのことやろ」
とか「アイツの事やろ」とかこんな事は一向にお構いなしだが、一般人を指してはいけない。またこう言うと、「オレたち一般人じゃないのか?」とか「オレたちには人権は無いのか?」とか、絶対に言ってくる。「俺達の中には誹謗中傷やら人権やらは無い。そんな事言っていたら付き合い出来るか」ある奴がこう言った。
皆その言葉に無言で頷いて納得してしまった。こうして我ら一般人でないオヤジの会は今日も始まったのでした。

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2011年01月26日

食後の集まりって 消化不良を起こしそう

人ってどうして、ころころと心変わりをするんでしょうか?
いきなりですみません。昨日、また悪友達とミーティング。
その中の一人の話です。コイツ最近、元気が無くて会うたびにいろんなグチを聞かされることが多くなりました。まぁ自分が蒔いた種があるんでしょうが、「他人の不幸は蜜の味」こんな事は百も承知のほかの悪たれ連中。放っておくわけがありません。
ああでもないこうでもない、それはこうだ、アレはこうだ。
船頭多くして何とやら・・・でも結局、自分で解決しないといけない事くらいそいつは分かっています。でも他人に聞いてもらわなければどうしようもないくらいに落ち込んでいるのも事実です。
こんな時に茶化して言うのもなんだけれども、落ち着く所に落ち着く、ってのがみんなの結論。でもそうかなぁ?何故なら、問題の解決を先のばしにしているだけのようにも思えたりしています。
はっきりと白黒をつけることはいいことかもしれませんが、ある面、曖昧な所もあって言いようにも思えます。事実だと思っていても中にはいくらかの勘違いがあったり、一から百までその通りではない部分があれば、そこの部分は曖昧で済ませないと窮屈なものではないでしょうか。
時期を延ばせば、済むものも済まなくなるって事もあります。
誰にでも間違いはあって当たり前だと思います。こいつの言い訳を聞くたびに思うことですが、百のうち一つでも違う事があれば全て黒ではないというコイツの論理。いささか間違っているように思うのですがどうでしょう。

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2011年01月25日

最近の傾向もこいつらにとったら・・・

昨日、仕事が終わってから悪友達とミーティング。
その中に今年「お爺ちゃん」になる奴が出てきた。おめでたいことだ。そろそろとは思っていたが実際にこうして現実のものとなっては他人事ながらめでたい限りだ。
そんな「お爺ちゃん」になるんだから、もう遊びは程ほどにしとけという周りの声など何処吹く風と、一番はしゃいでいるのがコイツかもしれない。
最近、近所の我々の集まり場所のファミレスもついに「全席禁煙」になってしまった。私以外は皆ヘビースモーカーたちの集まり。
(私も嘗てはヘビースモーカー)だったからその気持ちも良く分かる。「喫煙ルーム」とやらがあるにはあるが、わざわざそこに行ってタバコを吸いに行くという煩わしさは並大抵ではない。
喫煙ルームには灰皿が二つ置いてあってスタンド椅子が置いてある。そこにオヤジが入れ替わり立ち代りは行っては一服吸うのはいかにも可笑しな光景だ。外からは中がすりガラスで見えない。食べ物持ち込み禁止って書いてある。食べる時はテーブルで勿論食べる。でも分からないように飲み物は持ち込んでいるみたい。
だってさっきからもう30分も入ってから出てこない。6人でここに来て、私ともう一人の二人だけでコーナー席を占領しているように見えるではないか。その裏側で喫煙ルームには5~6人が入ればもういっぱいなのにオヤジ達4人が入って出てこない。中から笑い声なんかも聞こえてくる。わざわざファミレスに来て、そんな狭い部屋に入る必要があるのかって思っているが、いやいや奴らにはそうではないらしい。何分かに一度は外の空気を吸いに来る、池にいる鯉か鮒のような奴らだ。こっちはこっちでタバコを吸わないふたりだから、タバコ臭い奴らと一緒にならないのでにおいも服に付かないからいいけれど話しが一向に進まない。30分もしたころ、中の奴らが出てきた。そしてこう言った。
「もう話は済んだで」
「何がや」
「そやから 話はもう済んだって」
「何のや?」
「さっきの話やないか」
「オレ何にも聞いてないぞ」
「オマエはええねん」
「何でや」
「中で話は済んだって」
「・・・」
「そしたらこれからは喫煙ルームで話しあいすることにするわ」
こんな会話でした。
コレでは喫煙ルームにしたって、こいつらが独占してしまって、一般のお客さんに迷惑がられるだけやという事が全く分かっていない連中でした。

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2011年01月24日

こんなオヤジ会もいいのかも・・・

先週は友人達と過ごす時間が多かった。
多かったというより、無理やり付き合わせたのが本音だった。
困ったときは持つべきものは友達だという事がよ~く分かった。
人は一人では生きていけないと言われるが、本当にそう思った。
いくら頑張ったとしても回りにアドバイスをくれる友人達がいてくれてこそ、自分というものを見失くやっていけるが、本当に一人で何もかも考えたりやったりしていると、きっと間違った方向にいった時、取り返しのつかないことにもなっていたのかもしれない。
土曜日の一番皆が忙しい時間に、いやな顔の一つもせずにサウナに付き合ってくれて、ああだこうだと無駄話しにも付き合ってくれる友人達。同級生という事もあるが何か、同士って感じがしてならない。煩い時もあったりするが、無くてはならない仲間だ。
誰かが困っていたら、何をおいても駆けつけてくれたり、話し相手になってくれる。でもこんな連中にも何かしら悩みはある。
出来る事は何でもやってやりたいが、やれないこともあるって事、わかって欲しい。子供が結婚して嫁さんと二人っきりになるという
それはそれは怖ろしゾって言う奴。子供からの恐怖メールに慄いている奴。たまに子供が遊びに来ても去年からの子供に対してのツケを払いきっていない奴。嫁と子(女の子)に責められ続けていて居場所が無いと嘆く奴。
こんな連中たちとささやかな、慰め合いを持つことくらい今のオヤジ達には憩いの場は無いのだろうかと思ってしまった。
時間がたっぷり使えて、お金を使わないで、それでもって痩せれる、こんなパラダイスを嫁達は知らない。トドのような体型のオヤジ達はサウナの部屋でゴロゴロと巨体を並べながら、只管、自分の悲劇を語り合っていたのでした。

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2011年01月22日

似も似たり  嫌やなぁ

昨日、お世話になっている?お世話をしている?同級生が昼飯を食いに来た。ただ今休職中の奴だ。コイツが少々グルメっぽいから厄介だ。何処何処の何々が美味いとか、あそこのが一番だとか、そんな口癖のまったくもって厄介な奴だ。
でもコイツの舌には呆れるくらいの味覚が詰まっているし、それを食べたいと思ったらすかさず行動を起こすのにはまいってしまう。
グルメとはこういう奴の事を言うのだと感心してしまった。
一人暮らしのためか外食が多いのだが、一度、シチューを食べたいと思ったら自分で数人分を作っては毎日飽きるまで食べていたり、そうかと言ってインスタントのものも好きで、ただひと手間かけるのが厄介な奴だ。そのままでも美味しいものを何故にひと手間かけて美味しくないものにするのかが分からない。まぁコイツの拘りってやつなのかって勝手に思ったりしてしまう。
そんな奴が今、落語に嵌っている。ショップでCDやらDVDを借りれ来てはダビングいている。私も趣味の一つである落語は好きだが、昔からの隠れ落語ファンだ。誰々のが好きとか何々が好きとかではないが、天満天神繁盛亭の発足当時からいろいろ係っているので、いくらか落語家さんともお付き合いがある。たまたま昨日は贔屓にしている落語家さんが出演するのがわかって同級生に行くかと尋ねたら、まだ本物の寄席には行った事が無いって言うものだから、開園ギリギリにも係らず本人に連絡して前売りを御願いした。
たかが前売りとバカには出来ない。二人分では駐車場代くらいは助かるから大きな事だ。ライブの落語を聴いて、見て、堪能して帰りに行きつけの串焼きの店に行こうと思ったが、時間オーバーで行けずに、車で行けるカレー屋に行くことになった。
コイツはまたカレーにはいたく拘りがあって、自分で作るのは勿論、あちらこちらのカレー屋に行っている。そんな奴が専門店のカレー屋に行った事が無い店があるという。たまたま私は近所にあるので行きつけではあったが、彼は初めての体験だった。
またひとくされ文句を言うと思いきや、最近は丸くなったのか私の意見も聞くようになった。その事を彼に言うとこう切り返された。
「オレが丸くなったのと違う、お前がオレの舌に似てきたんや」だと。そればかりは勘弁してくれ~~!!

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2011年01月21日

期待以上ってお得なんですよね

昨年末、いつも前を通っている道沿いに車のコーティング屋さんがあった。
いつも従業員総出でピカピカに磨き上げているのを見ていて、一度やってみたくなった。でも時間とお金とが都合が付かず、時間のあるときに持ち金がなく、お金のある時には時間が無かった。
ちょうど昨年末にその両方が揃った時初めてそこのお店に行ってみた。
約3時間のコースでどれだけ新車に近く戻るのか、不安と期待に胸をワクワクさせながら待つことにした。
年末という事もあって予約は混んでいて預けてから5~6時間かかったが、出来たと言う知らせを受けてから取りに行った。
何台も車が並んでいたが、自分の車はすぐに分かると思っていたのに、その前を素通りしてしまった。そのくらい見違えるようになっていた。
ボディーのザラザラ感もフロントガラスの傷もバンパー、ホイルの汚れや何かも全く無くなっていて、正直驚いた。
室内清掃も普段スタンドでやってもらっていたのだが、雲泥の差があった。時間とお金をかけたけれど、久し振りに満足した仕事ぶりに圧倒された。
従業員の子たちもハキハキしていて気持ちが良いし、見た目はチョット兄ちゃんっぽかったが、彼らの仕事に対する姿勢とここまでするかと言う情熱のおかげでピカピカにしてもらって大満足で帰ってきた。
待合室で他のお客さんと喋る機会があってチョット聞いてみた。
するとそのお客さんも最初はどこまで綺麗になるか半信半疑だったと言っていたが、今ではハマってしまって他所には行けなくなったらしい。
お客の期待を超える仕事をすれば必ずリピーターになるし、使ったお金以上のお得感を感じたならば絶対にそこには信頼関係が生まれると思った。
これって我々の仕事にも言えるのではないだろうか。一生懸命するのは当たり前、それで尚且つ患者さんに分かってもらうにはどうしたらいいか。何だかチョットだけヒントを貰った気がした。
そこの看板にはこう書かれていた
「プロが仕事をするお店」

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2011年01月20日

途中経過とこれからの考え方

様々な事情があって暫らくお休みさせていただきましたが、そろそろまた「書きたい病」が頭をもたげてきました。
こうしてみると、人間充電期間って言うのもアリかな?って思うこともありました。
今回は様々な方に特にご迷惑をかけた方には申し訳なかったですが、人にはそれぞれ思いがあるってこともよ~く分かりました。
大人と子供、男と女、嫁と姑、親と子、これらが入り混じっての複雑な関係。でも結局はこういうことだと思います。
過ちを犯したなら、謝るタイミングって大事だという事。
大人の論理には子供は関係無いという事。約束ってことは基本中の基本。破ればそれだけの事は被るってこと。
男女の間にも当然約束事が存在し、おのずと守らなければならないルールがあること。
嫁と姑にも暗黙のルールがあって不用意に立ち入ってはいけないってこと。
同じく親子関係についても同じこと。
今回はつくずくいろんな方に助けられもしましたし、いろんなアドバイスも頂きました。こんな拙いブログにさえも叱咤激励のお言葉も頂きました。言葉の持つ大きさは人それぞれ、捉え方も人それぞれ、本日は今の率直な気持ちを書く事でもう一度、原点に戻ってみたいと思っております。

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2011年01月07日

今流行の女子会ならぬ男子会、いやオヤジ会かも

今年は卯年。何事にもジャンプアップの年だ。
後輩と昨日会っていろいろと話をしたが、彼は順調に実績を積んでいる。お互い50歳を過ぎて残りの事が気になる歳だが、なかなかどうして意欲は衰えていない。
関連会社の新年互例会があったとか、今まで相手の会社の課長さんに声もかけれなかったといっていたが、向こうからこちらに挨拶に来られるようになったとか。たいしたものだ。
我々もいろんな業者や、技工所の方も新年の挨拶に来られた。
毎年ながら今年こそはとお互いいい年になればいいねといってはいるが、年を追うごとに現実は厳しくなってきている。
でも今年は守りから、攻めに転じる年になりそうだ。
何人かの同級生達と昨日会った時に感じた事だが、「しんどいのは自分だけではない」とお互い感じたのかもしれない。
身体に気をつけて頑張ろうと励ましあって新年初の今流行の「男子会」を行った。でもコレってしょっちゅうやっているのと何処が違うの?オヤジ会の言い方をチョット変えただけじゃないの?

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2011年01月06日

いやぁ 参ったなぁ

ブログの力ってすごいのもなんですね。
いろんな方が見ているとは分かっていましたが、いやぁビックリしました。
こんな拙い文章でも、見ていただいているのなら、ウソは書けないし他人を誹謗中傷することもやってはいけないことだという事は重々分かっているつもりでした。でも取り方によってそれがまるで自分の事のように当てはまる人にとっては迷惑千万。大変申し訳なく思っております。少し誇張したこともあるにはありました。でもここに載せるという事はそれまでの過程があるはずです。
マイペースでやっていくにはコレは仕方がないこと。もしコレがウザイと思ったらスルーしてください。ここを紹介してくれた同級生はこうも言っていました。「コレが唯一家族とのコミニュケーション」だそうです。そこの子供さんとの遠く離れた距離を文章で近くにする手段だとか。
今回いろんな事があって、いろいろ考えさせられました。
悪友達への連絡用に使ったこともあったし。
自分の気持ちの整理や自分自身へのメッセージや諸々、でもコレもいいものなのか?少々考えさせられました。自分の言葉で自分を奮い立てるのに使ったこともあったけれど、今はチョット自己嫌悪。
日記のような使い方をしている人もいるだろうし、記録やお知らせのように使う方法もある。私はどっちだったのか。

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2011年01月05日

今年のささやかな目標は・・・

いよいよ新年一番の仕事始めです。
昨日から仕事が始まっている方も、明日から仕事始めの方もいらっしゃる事でしょう。元旦から働いてるって方も当然いらっしゃるでしょう。サービス業ですものね。
一昨日だったか忘れましたが、TVでデパートのバーゲンに30日か31日から並ぶ姿が映っていましたが、私にはその気持ちは分かりません。並ばれていた方には悪いですが、正直言って分かりません。インタビューでも一年の運試しだとか、欲しいブランドだからだとか、子供のため孫のためだとか、理由はそれぞれあるでしょうが、いくら考えても私には分かりません。悪いと言っているのではなく分からないだけなんです。もう、すっかりオヤジの域に達しているし、それだけの価値を並ぶ事と商品をゲットすることに見出せないんだと思います。
もしコレが歯科の材料や機材のバーゲンだったら少しは興味が湧いてくるのかもしれませんが。
それを言ったら、悪友達は「それはオマエが何でも持っているからや」とか言いますが、私は何でももっているわけではありません。欲しいと思わないだけかもしれません。
今年の目標はカードを使うこと。カードで買い物をする事。
もう20年以上もカードを使ったことがありません。毎年高い年会費を払い続けているのに、だから今年の目標はカードでお買い物をする事です。

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2011年01月04日

もつべき者は 友達か (悪友も含めて)

昨日は後輩と今年初めて会った。
3日から仕事をしているといっていた。彼も今年が正念場、ここで大きくジャンプするには今までの助走期間がものを言うと思う。
一応先輩風を吹かさせてもらっているが、逆にこちらが参考になることが多いように思った。
昨年末から正月三が日にもまぁいろんな事が嵐のようにやってきてその間、いろんな事を学ぶ事ができた。
大事な事は「人と人のつながり」であると。
コレは仕事にも家庭にも人間関係にも言えることだが、自分で考えるには限度があるという事、迷わず分からなかったら聞くこと。それも格好なんか関係に。教えを請うのに年齢なんか関係ない。
年賀状のチェックをしていて思ったことがある。たった一事書き加えるだけでその人の人柄が出るのは言うに及ばず、印刷だけの賀状より何だか温かみを感じてしまった。
そう思えば、今年のは何人に書き込んだかは忘れたが、その賀状を書く時、一瞬でもその人のことを思い出せるというか、思い出してしまう。
感謝の気持ちは出そうと思っても出せるものではない。心からそんな気持ちが無ければ書くにかけない。
困ったときに助けてくれるのも日頃の付き合い。
今年はそんな気持ちで皆に接しようと思う。

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2011年01月03日

こんな時診療所と言う避難場所があって 助かった~!!

正月三日目。今日は朝から仕事の準備とレセをしに診療所まで出て来ました。いつものように駐車場に入れて前の行きつけのピザ屋のドアが開いているので挨拶に行ってきました。何でも仕事はウチと同じく5日からだそうだが、年末のカウントダウンをした後片付けと、従業員の子が(ウチの患者さん)が今晩からマレーシアに仕事に行くとかで送りに行くと言っていた。彼はイタリアにも行っていたし、ピザの修行のために労を惜しまないところが素晴らしいと思う。まだ年齢的にも若いし、まだまだ何でも出来る年齢だと思うし、失敗なんてクソ喰らえって言う感じの子だから、ついつい応援したくなる。自分自身も年齢に自信があれば肉体的に精神的にポジティブな気持ちがあればやりたいことはたくさんある。でももう50も半分を過ぎようとしているいま、同級生たちとあって話す内容は「定年」コレばかりだ。我々には定年と言うシバリは無いが体力、気力が続く限りできる。コレって善い事なのか?
今年の正月は家庭内大嵐が未だに吹きまくっている。だからこうして診療所にきてビバーグ中。嵐が過ぎ去るのを待っている状況だが、ただ今停滞中。動く気配すら無い。
誰かが言ってくれたが元日に悪いことが起きたら一年の厄落としだとか。いやいや、そんな期待を持ってイカン。年末の嵐のように未曾有の災害を真たらしかねないから、いつも言っているように「備えよ 常に」ボー^イスカウトの言葉をしみじみかみ締めている。

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2011年01月02日

もう診療所に来てしまった

今年の新年は天気はいいのに荒れ模様?
暮れの嵐を引きずっています。
今年は穏やかな新年になる予定だったが、どうしてどうして、派手な新年の明け方になってしまった。
自分に非があるのは分かっていてもモノの言い方一つでこうも人は変われるものかって身に沁みました。
自分も変わらなければいけないが、周りももっと変わらなければいけないって事反省の正月になってしまった。
何年か前の年末にも今回とは違っていたが、人を傷つけたり、傷つけられたり、そんなことがあった。昔から元旦に悪いことがあれば一年の厄落としだとか。果たしてそうなればいいのだが。コレが始まりだったりして。
やっぱりここが一番落ち着くのかなぁ?

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2011年01月01日

あけまして おめでとうございます

いよいよ新年がはじまりました。
昨日の大晦日は嵐のような天候でしたが、元旦は晴天です。
今年もこの天候のように晴れ晴れとした一年になるように、皆様のご多幸をお祈りいたします。

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