2011年03月30日

こっちの思いと そっちの思い

昨日、帰ろうとしたら一本の電話がなった。
当医院の昔からの患者さんだった。
「先生ご無沙汰です」
「どうしました?」
「急に歯が痛くなって。もう診察は終わりましたか?」
「終わりましたが、まだ残ってやる仕事があるから どうぞ」
「まだ会社なんですが」
「何時ごろ来られます?」
「あと30分くらいで」
「そのくらいならまだいますからどうぞ」
「そうですか そしたら行きます」
そして待つこと30分。しかし待てども待てども連絡が無い。
1時間を回った頃にまた電話がかかってきた。
「先生すみません 今から出ます」
「えっ 今からって?」
「はい 今から会社を出ます」
「さっき30分って言われましたよね」
「はい 30分ほどしたら会社を出るって」
「そうでしたか」
「ダメですか?」
「いいですよ まだいますから」
「すぐに行きます」
さっきの30分は会社を出るまでの時間だった。
何でもよく聞いてみないと、こんなずれが生じるんですねぇ。

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2011年03月29日

また一つ 新しい会を立ち上げた

昨日残業で9時過ぎまで診療所にいた。
明日の準備やら技工の整理やらメールのチェックやらやることはたくさんあって時間の過ぎるのを忘れるほどだった。
その中に友人から来ていたメールを発見。マメにチェックをしていたつもりだったが見落としたのか、一昨日着いていたのに気がつかなかった。
そのメールにはこう書かれていた。
「最近は何をしても根気が続かずイライラしたり、周りに気を使いすぎたのかちょっと疲れ気味です。アナタはどうですか?」
こんな内容のメールだった。こちらも返そうと思ったがメールをするより電話の方が早いと思ったのですぐに電話をかけてみた。
それから何やかんやと話込んで気がつけば1時間近く喋っていた。
お互い同い年だからその辛さは分かる。どうも最近は根気が続かないのは自分も分かっていた、彼も同じ悩みを持っていたのかと思えば些か救われる気がした。
仕事に追われた時代をすごしてきた我々にはどこかでゆっくりする時間が必要なのかもしれない。
そう思って机の中に仕舞っていた名刺を整理した時に、最近連絡を取っていない友人達の事を思い出してその中の一人に電話をかけてみた。
案の定、同じ答えが返ってきた。皆口には出さないが同じ悩みを持っているんだと実感した。
よしココでもう一度我々オヤジたちで元気を出すために何かやろうという結論になって今年は集まりを増やす事にした。
同窓会ではない、違う業種の仲間達、条件はなし、それでも何か皆と集まれば頑張れる気がして即答してしまった。
俺達から元気を出してこの閉塞感から脱却しようってことになった。はたしてどうなりますことやら。

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2011年03月28日

頑張れ 日本!

昨日朝から車のエンジンオイルを交換に行ってきた。
その後で慣らし運転で神戸まで一走りしてきた。
日曜日はいつも走っているから大体の混雑具合は分かっていたが、昨日の阪神高速湾岸線はガラガラだった。走りやすいというより怖いくらい車が走っていなかった。夜中に釣りに行く時でもココまで車が少ないことは無かったが、やっぱりガソリンの値上がりの影響か?前回の高騰したした時もこんな感じだったのを思い出した。
いつも入れているスタンドはそんなことは無いが、所によっては入れれる量にも制限がかかっている所があるそうだ。
こんなときだから仕方がないが、コレで仕事として車を使っている所は大変だと思う。
それでも震災の影響はここ神戸でも大きな話題になっていた。
行きつけのお気に入りの鞄屋さんに行ったが、前回の阪神淡路大震災に遭われているココのお店は、やっぱり今回の東日本の大震災を非常に気にかけていた。あの時全国から応援してもらったから今回は自分達で何が出来るか、何をしてあげればいいかよく分かっていらっしゃった。やっぱり経験されている方がいう事場には我々には無い重みがあった。
一時の援助ではなく、継続した支援がとても大事な事、今回はまだまだ手付かずの状態だから今のうちに政府も民間も準備だけは怠ってはいけない。
神戸には幸いに津波は来なかったし、原発も無かったから放射能の影響は無い。それでも直後の状態を知っているものにとっては今の神戸は素晴らしいくらいに復興した。だからこれから東日本も必ず復興していくと思う。いや、してもらわなければ困る。我々が日本国民が皆そう願っている。

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2011年03月26日

箱入り娘を嫁に出すってこんなのかなぁ

先週は断食に行っていて、診療はお休みさせていただいた。
そのせいで今日は満杯です。朝から予約の電話を頂いてももう入るところがありません。本当に申し訳ありません。昨日なんか午前診に数名の患者さんだったのにもう倍以上入ってます。何せ全部一人でするには限度があって、これ以上ははっきり行って無理です。また患者さんにも迷惑をかけることになるので、申し訳ないですが緊急の患者さん以外は来週に回っていただきました。
昨日もまたいつもの三件合同ミーティングでした。
同級生とも仕事仲間とも後輩とも一度に集まってくれるから話は早く済みます。でも一度にたくさんのことを処理しようと思えばなかなか無理なことも多くて、大事な話を聞き忘れたり言い忘れたり、後で考えたら誰の話だったかとか、もうすでに頭の中が混乱しているようです。
今日は土曜日で半日の診療ですが、昼からは患者さんの方と打ち合わせで出かけたり、先々週に頼んでおいた額装を取りに行かなくてはなりません。コレはお気に入りの手ぬぐいを額に入れてもらって飾っておくつもりでしたが、最近お友達になった方がえらくその手ぬぐいを気に入られて進呈する事に。ならばキッチリと額装してもらえばより栄えると思い頼んだのが出来上がったという事です。
その方が辰年生まれという事もあって「龍」の手ぬぐいだったからきっと私以上に大事にしてもらえると思って差し上げることに。
思いは通じるというか、そのほうがこの手ぬぐいも生かされるんじゃないでしょうか。嫁に出す親の気持ちって、チョット大袈裟。
でも大事にしてもらえれば嬉しいなぁ。

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2011年03月25日

昨日の患者さんとの 貴重な話

日に日に明らかになる原発のニュース。暗い事ばかり言っていても仕方がないが、毎日の生活を粛々としていかなければならない。
昨日来られた患者さんと話す機会があって、戦後のモノが無い時代の話になった。今どきこんな話はって思ったがその方の話に共感する所があって聞き入ってしまった。
何でもその方が子供の頃に終戦をむかえ、何もモノが無い時代をすごされたとか。その経験から今の震災を一緒に考えてはいけないと思うって前置きされてこう話された。
アノ時代は毎日が戦争でいいたいことも言われず、何か変な事を言ったら「非国民」っていうレッテルを貼られて、大変だったとか。そして終戦からモノが無い時代に突入しやっとの思いで生き延びた話。そしてその時に一番大事なことは先人の知恵だったという話。
今の若い人には受け入れられないかもしれないが、我々には知恵と工夫が備わっているからきっと今の困難を乗り越えられるという話。ココでは少し書き辛い話もあったが、これからの国民一人ひとりが受け止めなければならない大切な話だった。
神戸の震災にも話は及んだが、どちらも必ず復興するし、その為には一時的なボランティアではなくて、最初の1週間次の1ヶ月、そして3ヶ月、半年と段階を踏んでやらなければならない事をおっしゃっていた。この方も神戸の震災にも遭われた。ボランティアにも参加された。そしてそこで得たいろんな事を次世代に引き継いで行きたいとも。まだまだ応援の手は足りない事は重々承知だけれど、自分のやれることをやる準備だけは怠ってはいけない。

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2011年03月24日

困ったときこそ お互い様

毎日TVでは震災、原発、放射能、暗いニュースばかりだ。
イベント自粛、コマーシャルの自粛、コレでは何もかもが負の連鎖だ。こんな時にPCの掲示板だのを見ているとその人の本質が見え隠れする。
誰々がいくら献金したとか、この人はこんな風に震災に立ち向かったとか。
我々の経験から直接震災で亡くなった方々のことは勿論、残された方々のこれからをしっかりと国がフォローしていくことこそ大事な事だと思う。阪神淡路大震災の時でさえ震災後の孤独死の問題が大きくとりあげられて、社会問題となったことは記憶に新しい。
地域の連帯感、ご近所付き合いの大切さ、その他一人で生活していてもその地域のお付き合いが大切だという事は昔から言われているように大切な事だ。自分さえ良ければようと言う考え方には、我々の年代には理解できない。モノ不足もみんなで分け合えば決して起こらない、誰かが買い占めると我も我もと同じ行動をとる、だからモノがすぐになくなってしまう。
ありがたいことにまだ一部の商品を除けばモノはある。しかし、TVや、何かで○○が無いといった報道がされればすぐにそのモノが無くなっていく、情けない事だ。どこへ行ったんだ日本人の良識は。
困ったときはお互い様の精神こそ、今もとめられているようにおもう。

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2011年03月23日

祝 新社会人生活

今日は友人の子供さんが就職で東京に旅立つ日だ。
今の状況下では親御さんも心配でしょうがないのは当然だ。
計画停電やらでなれない土地での生活はやったものしかわからないのかもしれない。私もやったことは無いが、一時期、僻地医療で沖縄の離島に行った事があったが、これなど一時的なこと。期間も2~3ヶ月程度の事だった。
憧れの一人暮らしを満喫するまでも無く、行ってすぐに計画停電との戦い。それに先日断食でご一緒した関東圏の方の話だと、一斉に停電するからなんともいえない恐怖があると言っていた。
昼間ならともかく、夜の停電は堪える。そんな経験をしたことが無い子だから親にしてみりゃ当然の事だ。しかし地方に下宿したと思えば世間様では当たり前の話。驚くことではない。
男の子も女の子も性別に差は無い。今の子は独立心は強く、なおかつ、依存心は薄いとか。子供の方が早く親離れしてしまうのは目に見えている。ココの親はまたなかなか子離れできない感じの親だからこっちの方が心配になってきた。
まずは社会人1年生 これからの人生に幸多かれと祈ります。

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2011年03月22日

今回も無事に満行に出来たことに感謝

気がつけば、今回も断食修行に入っていました。
毎回このブログにも事前報告していましたが、今回は報告しようと思ったときにアノ震災があってついつい書きそびれていました。
最初は30名からの参加者があって、どうしようかと心配していました。でもアノ震災があって関東方面からの参加者が相次いでキャンセルが入って結局21名の参加となりました。そのうち16名が初心者だという事で大変には変わりありませんでした。
実際に東京方面からの話を聞くと、計画停電やら、物資の買占めやら大変な様子が伝わってきます。
中身は何とか順調に出来た事、皆さんの協力で事故無く無事に済ませることが出来ました。
今回は事前に体重を量って行ってなかったので、何キロ減かは分からずじまいでしたが、身体は軽くなった事は事実です。それに精神的な修行にも満足いくものでした。
またそこでのいろんなエピソードも紹介していきましょう。
まずは無事満行出来たことを感謝いたします。

                      合掌

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2011年03月18日

こんな時に旅立ちのメッセージではないが 頑張れ!!

昨日友人の子供さんが就職で東京に行くと言って家族で食事会があった。就職できたのも素晴らしいが、この就職難を乗り越えて社会人の仲間入りをする事は大いに喜ばしい事だが、親にしたら何も東京でとか思ってしまうといっていた。どこで働いても一緒だとは思うがこの時期の東京はいろんな面で情報が錯綜していたり、計画停電の実施で親としたら当然心配するのも分かる。
けれどこの困難な時期だからこそ、自分に与えられた仕事をこなし社会人としての役割を果たす事も大事な事だと思う。
見知らぬ土地に送り出す気持ちは分かるが、そんなこといっていたら地方に受験してそこの大学に通よわせるのとのと同様の気持だと思う。
どこにいても連絡が取れて元気に行ってくれればいいし、ココが親離れ、子離れの時期なのかもしれない。
一人暮らしをすれば今までいかに自分が恵まれていたかが分かるというが、そんなこと百も承知だ。若い人の可能性の芽を摘んでやったらイカンと思うし本人の希望を叶えてやれたらそれに越した事はない。まずは社会人になった事をめでたくお祝いしてあげよう。
どんな困難なことがあっても自分には理解してくれる家族がついていてくれる、友人がいてくれる、そして何よりそれを信じる自分がいる事を肝に銘じて頑張ってほしいと思う。

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2011年03月17日

ついに来てしまった

日航ジャンボの事故、阪神淡路大震災、尼崎の脱線事故、そしてついに今回の東日本大震災にも知り合いが遭遇してしまった。
関西からは遠い地方の話だと思っていたが、知り合いの家族がまだ連絡がつかないでいるらしい。心配でならない。
地震に津波、そして原発。それに今朝のニュースではまた関東地方で鳥インフルエンザが出たとか。もう勘弁して欲しいというのが偽らざる気持ちだ。
でも今回の震災で多くの国や地域から援助の手が差し伸べられているのはありがたい。
日本は今までいろんな国に救助隊やら援助金やらを出してきた。
国連でさえ「今度は我々が日本を助ける番だ」といってくれた。
コレは素直に喜びたい。困ったとはお互い様、「Operation tomodati]と言うアメリカからのメッセージも届いている。この作戦名にいたく感動したと友人は言っていた。ロシアも中国も韓国もみな同じように災害援助を申し出てくれている事には大変ありがたい。その他の多くの国にも地域にも日本国民みんなが感謝している事だろう。それに日本国中で支援の輪が広がりだしている事にはより力強く感じる。
ただこんなときに一部の人が「買占め」や「風評被害」を起こしていると聞く。腹立たしさを超えてなさけなくなってしまう。
どうか冷静な判断と節度ある行動をとって欲しいものだ。

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2011年03月16日

備えあって 憂い無し

日に日に深刻さを増してきています。
見えない恐怖、原発です。
地震、津波、そして原発。どうしてこうも次々襲ってくるのでしょうか。我々が何か忘れていた事に対する警鐘だという人もいますが、私は困難は次のステップのための大事な過程だと考えています。
昨日、当医院に配達に来る本屋さんの方と話をしていたんですが、
関東地方でこれからいろいろと倒産企業が出てくるとか、出版社は今でも不況なのに遅れや、計画停電などしたらいっぱつでだめになるとか。
何も出版社だけではありません、我々の業界も今まで冬の時代だといわれてきました、大学の定員割れの所もいくつか出てきています。尚且つ、この災害で被災した医院、個人にも何かしら歯科医師会の援助があってしかるべきではないかと思います。
個人の力は微力でも組織として大きな力のになれることを望みます。
あまり悲観ばかりしていてもしかたがありません。
我々には出来る事を一つずつ、やっていけばよいのかも、そして助けを必要とした時には出来るだけ叶えられるように準備しておくつもりです。

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2011年03月15日

困ったときはお互い様です

昨日から関東地方では計画停電が実施されているという。
我々医療機関にとって電気が無ければ何も出来ない事くらいわかっているつもりでも、実際に行われるとなると大変な事だ。
このサイトに参加されている皆さんの所もこの計画停電がなされれば仕事どころではない。患者さんにとっても行く交通手段や帰りのこと、また実際の医院の問題など大変なご苦労だとお察し申し上げます。
一度コンプレッサーが止まったときでさえ、大変なことになったのに電気が来ないなんて想像もできない。しかし被災地域の医療機関はコレよりもっと悲惨な状況だと聞いている。
無事に震災から免れた地域の我々の皆が何かしらお手伝いできる事が無いのか、個人レベルでは出来る事などしれている。もっと大きな組織で素早く方向性を出して欲しいものである。
直接被害にあわれた地域の皆さんは勿論の事、間接的に治療に支障が出ている地域の皆さん、こんな時こそ何かしら出来る事を被害にあわずに済んだ地域の皆が力を合わせて協力できないものだろうか。

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2011年03月14日

まだまだすてたものじゃない 頑張ろうぜ

頑張れる勇気を皆で共有できたなら、やれることをやろうじゃないか。

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2011年03月14日

我々に出来る事を やるってか

毎日、悲惨な状況がTVに映し出されています。
阪神淡路大震災の時もこんな状況だったと忘れようにも忘れられない辛い思い出がよみがえってきました。
我々にはその辛い過去を乗り越えた教訓があります。そしていやでも思い出されるがその知恵があります。決して悲観ばかりしていてはいけません。
あの時も多くの善意が集まってボランティアの方々も手探りで本当の意味のボランティアが始まりました。今回も全国から続々とそのような申し出が起こることでしょう。
昨日、我々悪友達の集まりの中でもこの話でもちきりでした。
不謹慎な奴もいましたが概ね今回の災害について暫しまともな意見が話し合われました。その中でこんな話しがありました。
「今、公務員の数って知ってるか?」
「知らんわ」
「国家公務員で約30万人、地方公務員で約300万人」
「へ~そんなにおるんや」
「医者の数って知ってるか?」
「知らんわ」
「オマエ知らんのか?」
「知らんわ」
「教えたるわ、約25万人や」
「へ~そんなにおるんや」
「そしたらな そいつらが一人100円出し合ってみ」
「どうなんねん」
「一日にな350万人として、3億5千万やで」
「へ~3億5千万円か」
「10日やってみ 35億やで」
「1ヶ月で105億円やで」
「すごい数やなぁ」
「国民一人一日10円やったら一日で13億や」
「へ~そうなるか」
「10日で130億や」
「一ヶ月なら390億やな」
「凄い数やなぁ」
「そやから俺達も何かせなアカンやろ」
「そやなぁ」
「何するなん」
「そやから今日はフライドポテトお代わりするの止めにするわ」
「・・・・」
「やっぱりそんなことやと思ったわ」

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2011年03月12日

困ったときはお互い様

一夜明けて、段々と地震の詳細が分かってきました。
我々が遭遇した今までのどの地震にも勝る甚大な被害が想定されるとか。原発も心配です。
こんな時こそここで安否の確認や情報交換が出来ればよいかと。
一瞬にして平和な町をこのような悲惨な状態にしてしまう地震や津波。それにこれから起こるであろう様々な困難にも日本国民全員が立ち上がるときではないでしょうか。
出来る事を速やかに行う。前回の阪神淡路の教訓を生かすときが来ました。
ボランティアにしても各県を超えた対応が望まれます。
こんな時こそ英知を絞り困難に立ち向うことが出来そうです。
何分関西地方にいるので被災地域の方々の様子はTVなどでしか分かりませんが、どしどしココに書き込んでもらえれば何かしらのお手伝いが出来るかもしれません。

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2011年03月11日

臨時の投稿です

東北地方の方々にはお見舞い申し上げます。
関西地方もビルがミシミシ音をたてて、一斉にビルの人達が表に飛び出しました。それくらいの地震でした。
ニュースで津波や、火災の映像を見るたびに阪神淡路の震災を思い出してしまいました。こんなときには一斉に電話をかけたりしないでその場で情報を確かめる事の大事さを前回学んだので、今回のことは冷静に対応できました。
なにわともあれ、その方面の方々のご無事をお祈り申し上げます。
困ったことがあったらそれこそお互い様です。皆さん頑張ってください。

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2011年03月11日

話しが段々と飛躍してしまった

昨日は今話題になっていた京大の合格発表があった。
あんなカンニング事件が無ければ静かに行われたものだったが、今回ばかりは大きなニュースになっていた。
友人の子供さんも京大を受験したらしいが、結果はまだ聞いていない。またお知らせがあるだろうが・・・
今回のこのカンニング事件で我らいつもの連中たちとこんな会話があった。
「あのカンニング事件の受験生な、どう思う?」
「どう思うって イカンやろカンニングは」
「そりゃ カンニングはいかんけどな あそこまでやるか?」
「そりゃ やるやろ京大のメンツにかけても」
「メンツだけか?」
「他に何があるねん」
「それだけの事が出来る奴やからな」
「それがどうした」
「もっと他にもって行き場所があったやろうにな」
「何や奥歯にモノの挟まった言い方やなぁ」
「カンニングしたのは悪いで、でも何人も監督がいたはずやろ」
「そらそうやな 監督は何をしてたんやってことや」
「エライ 熱が入ってあるな」
「そしたらコレと一緒やな」
「何がや」
「贈収賄や」
「何やそれ」
「贈った方が受け取ったほうより悪いってことやろ」
「???」
「そうしたらこんなんとも一緒やろ」
「どんなんや?」
「浮気といっしょやな」
「何やそれ」
「それはな 浮気した本人よりその相手を責めてるようなものや」
「???」
「何やよう分からんな」
「それは浮気した本人も悪いで、でもその相手を責めてるみたいなもんや」
段々と話しが違う方向に入っていった。
「浮気相手が浮気と知らんかったらどうするねん」
「それはしかたがないやろ」
「仕方がないだけで済むか?」
「いや 済まんやろ」
「結局 浮気した本人が悪いんやろ」
「そうかなぁ」
「勿論本人や、相手は悪くない」
「でも浮気させたほかの何かも悪くないか」
「何やそれ」
「浮気をさせるDNAや」
「何やそのDNAって」
なんだか話はまだまだ続きそうになってきたが、これ以上ついていくのが怖くなってもう一人のツレとその場を後にした。
それこそカンニング事件から浮気のDNAの話に持っていくこいつらの頭の中、いやこいつらのDNAの方が気になってきた。
今度こいつらに会ったら、その後の結果を聞いてみたくなった。

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2011年03月10日

せっかく鎖を解き放たれても もったいないなぁ

昨日友人の家族が海外旅行に行っていて帰国した。
友人は仕事の為に行けなかったといっていたが、飛行機嫌いだからだと思う。それに奥さんと子供さん2人の計三人で韓国旅行だそうだ。
思えば韓国も近くなった。2時間弱で関空からソウルまで行くそうで国内旅行に行くより安くついたとか。確かに北海道や沖縄では時間もそう変わらないし費用に至ってはかえって高くなるらしい。
円高、ウォン安で結構美味しい思いをしたそうだ。
ココの子供さんが大学卒業でそれに東京に就職が決まってもう家族で旅行に行く機会もそう無いからっていう事で家族旅行を企画したらしい。そしてすぐに実行に移ったとか。
何せ始めての韓国旅行、戸惑う所もあったといっていたが、日本人観光客の多い事多い事。どこに言っても日本人観光客がいるといっていた。それに向こうの人は日本語が上手でたいていは通じたとか。食事もたいてい食べれて満足だったとか。
他の友人も韓国はよく行っていて、グルメツアー、ショッピングツアー、エステツアーによく行っていた。
友人に聞いたら、自分が聞いた頃にはもう話しが出来上がっていて、自分の入るスキは無かったとか。オヤジ抜きの女達の海外旅行だそうだ。
そうしたらその友人は天国じゃないかって聞いたらこういわれた。
「こんなに自由な時間が持てたのに何をしてたんか?」
「何にもしてない」
「何でやねん」
「そうかて 留守の時に出歩いてもしょうがない」
「???」
「そうかて 自由な時間は独り占めせな」
「???」
「そら 遊びに行きたいで でも居る時に行かな意味が無い」
「なんやそれ」
「そうかて 不自由な時に遊びに行ってこそやで」
「ふ~ん そういうものか」
「そうやで」
「いや違うと思うで」
「何でやねん」
「そうかてただ遊んでくれる奴がおらんかっただけやろ」
「・・・」
「違うか?」
「バレタか」

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2011年03月09日

さぁ どっちだ。

またまた昨日も連れ達との合同会議だった。
いつの間にか連れ達も顔見知りになってしまって、お互いを知るようになった。
元々は私の知り合いばかりだが、毎日のように会ううちに時間が被り、日にちが被りするうちに、コレなら一緒にした方が私には楽だからついつい一緒にしてしまったらみんな仲良くなってしまった。
仕事仲間や同級生やいつの間にかどこの繋がりか分からなくなってしまったが、分かっている事は今現在の私の周りにいる連中という事。友達の友達は皆友達だという風になってしまった。
ココ毎日と言っていいほど家で晩飯を食べていない。という事はこいつらも家でメシを食べていないという事。呆れるほど一緒にいる。まぁ話題に尽きない連中だからかまわないが、きっと家族は呆れているんだろうな。よくもこう毎日毎日、同じ顔ぶれと会って何がおもしろいのかっていわれそうだが。
親友もいれば悪友もいる。最近知り合った奴もいれば昔からの知り合いもいる。
こんな連中たちとも何故だか気が合う奴ばかりが集ってくる。
段々と顔を出さなくなった奴もいるが、それはそれで仕方がない。
また何れ分かってもらえる時がくると思うし、分からさないといけない。
でもこの連中を見ていて思ったことがある。それは皆人が良い、お坊ちゃま、人を疑う事を知らない連中たち。だから一緒にワイワイ集うのか。
中の一人がこう言った。「オレ達 気が合うのかも」
いやいや決してそうではない。先ほども言ったが「友達の友達は皆友達だ」私はそうは思っていない。
私が思うに「悪友の友達は皆悪友だ」ってこと。

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2011年03月08日

困ったときは もつべきものは だな・・・

昨日もまたいつものように友人と晩飯だった。
人は困ったときには誰かに頼ってしまうのはしょうがないかもしれないが、その分また何か自分に出来る事でお返しをしたらいいと思う。
友人の兄が入院した。それに付いてくれている別の友人は仕事をしながら看護してくれるので申し訳ないといっていた。
でも自分が行けないから代わりに付いてくれるので
その分自分が出来る事をまた代わりの人にしてあげればいいこと。
その連鎖が世の中丸く収まっていくように思う。
世間ではお金があっても無くっても人は段々と老いて行く。そして誰かのお世話にならなくては生きていけない。強がって生きていければいいがそんなこといつまでも続くわけが無い。
お金があるから人が付いてくるって思っている人もいるかもしれないが、決してそうではない。《金の切れ目が縁の切れ目》とはよく言ったもので、そうなったら惨めでならない。
世の中の幸せは程ほどのお金と健康と仲間だと思う。
お金は無いよりはあったほうがいいと思うが、金があっても健康を害して美味しいものも食べれなくなったら意味が無い。糖尿や心疾患やで食べ物の制限があったらいくらお金があってもつまらない人生だと思う。そして仲間も良い奴も悪い奴も一括りしては申し訳ないがこの歳になって仲間ってありがたいし大事だと思った。
だから損得無く付き合っていけば必ずお返しは付いてくる。
昨日の友人にもこう言った。
「もし自分に何かあったら あとのことは頼んだぞ」
「よし 任せておけ」
テレビドラマではないがそんな会話が自然に出てくる年齢になった。困ったときはお互い様、こんなことがいえる友達を持った自分は幸せ者だと思った。でもまだ50/50だとは思わないけどね。

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2011年03月07日

海外も近くなったし行きやすくなったみたいだ

昨日、久し振りにミナミに出た。
出たと言っても連れの買い物に付き合っただけだが久し振りに心斎橋の混雑の中にいた。足を悪くしてからまだ松葉杖状態だったし、人混みは好きではないから自ずと人混みを避けていた。そして久し振りに行ってみたらあちらこちらに「日本語」「中国語」「韓国語」が表示してあってちょっと驚いた。デパートの中には腕章を巻いた中国人ガイドや韓国人ガイドがいてインターナショナルな感じがした。
日本人も韓国なんかにはしょっちゅう行ってるし、国内旅行をするより安くつくみたいだ。北海道や沖縄よりも早くて安いらしい。
言葉も通じるし、何より日本人観光客が多い。だから安心して行けるのかもしれない。
また日本に留学している外国の学生さんも何人も知っているが、総じてみんな日本語が上手だ。こちらに来る前に日本語を勉強してくるといっていたが、逆に日本人は海外へ行ったら全く喋れない。
皆が列をなして首からカメラをぶら下げて旗を持ったガイドさんの後をついていく姿しか想像できない。
個人で行く旅行者も数が増えているらしい、その目的が語学留学やショッピングやいろいろであるが、NZのような海外での災害には十分注意して欲しいものだ。注意しても突然やってくるから始末が悪い。でも自己管理を十分していたら未然に防げるものもある。
海外だといって羽を伸ばすのは良いけれどあくまで自己責任で。
でももし私が海外に行くことになったら、嬉しいのか不安なのかって勝手に想像してしまった。ワイワイ皆で行くもよし、一人で静かに行くもよし。行き当たりバッタリではきっと行かないだろう。

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2011年03月05日

本当の意味の天然もんだと思う。

一週間と言うのは早くなったり、遅くなったりするものだ。
今週は特に早く感じた。朝も早くから悪友が電話をかけてきた。
こいつは時間にキッチリした奴だから下手な事は言えない。
電話すると言ったら、何時にキッチリと電話しないと電話がないといってかかってくる。キッチリしているのはいいことだが《遊び、余裕》が無い。コレではしんどい。朝早くから電話をかけたら相手に悪いと思っている。自分の物差しでしか計れない。簡単に言ったら融通が利かないのか。悪い面ばかりではない。コイツにモノを頼んだらキッチリしてくれるから安心この上ない。まず、ヘマはしない。そのどちらも持ち合わせてくれればいいものを、へたすりゃどちらも悪いほうにもっていくから始末が悪い。
人間育ちか?はたまた実生活から来るものなのか?
人は良い、でもそれだけ。社会には悪い奴なんてたくさんいる。
そんな奴らとはとてもとてもやっていけない。でも相手もこんな奴だからつかみどころがないので面食らってしまうんだろう。
人を疑えばとことん疑う、逆に信じればとことん信じる。
その中間が無い。困ったものだ。
世の中はきれいごとばかりではないことはこの年齢になったら分かるはずだが、いつまでもお坊ちゃまだ。
いっそ死ぬまでこのまま行ってくれたら良いんだが、そうも行かない。
コイツを理解しようとすれば、同じ環境で育った奴か、全くの真逆で育った奴かそんな奴でなければやっていけないんだと思う。
俗に言うこんな奴を何と言うか。それは《天然》

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2011年03月04日

さぁ 第4コーナーを回った 後はイッキだ

昨日も友人達とのミーティングを開催。よくもこう毎日、入れ替わり立ち代りはなすことがあるんだと我ながら関心してしまう。
来週、我々の仲間の一人が商談がどうなるかって話で持ち切りだった。
確かにそいつにしてみたら家業のほかに倉庫業もしているので、決まるか決まらないかでは大きな違いが生じてくる。家賃収入での話だ。入れば毎月ウン百万の収入だし、入らなければ毎月ウン百万の赤字だと。そりゃそうでしょうよ、銀行の借り入れなんか入る入らないに係らず支払は毎月出て行くんだから、我々の想像を超えたものがある。(金持ちは入るのも大きいが、出るのも大きい)
今はこんな時代だ、1年、2年入らないのは当たり前の時代。その間は当然自分所の持ち出しになる。年間何千万円もの持ち出しはキツイ、それにもし入ってこなければ担保は押さえられるし、下手をすりゃ取られてしまうという事にもなりかねないから、本人、胃が痛くなるのも分かる気がする。(まぁズブとい奴だからそれはないかも)でもやっぱり決まりかけてみてそいつの顔がどこかしらいつもと違うにこやかさあるようにも思う。
決めは来週だとか、正式契約を済ませるまでは安心できない。
資産のある奴ならではの悩みか。我々庶民には雲の上の話だが連れとしては上手くいってほしい。いったらいったでまたパァっと宴会でもしようぜ。他人の懐具合をいち早くかぎつける我が悪友達は、手ぐすね引いて待っています。いつか誰かがこう言っていた。

《一人の幸せは みんなの幸せ 一人の不幸は オマエの不幸》

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2011年03月03日

嬉しいような 悲しいような

今日は朝からめっきり冷え込んでいる。
こう気温の差が激しいと体調管理も大変だ。
暖かくなって欲しいがそうなると花粉が飛び出しそれもまた大変だ。
一度花粉症になったらもうならないかと言うとそうではない。
今年は去年の数倍飛散するらしい。困ったことだ。
今考えてみたら、よくもそんな事も知らずにゴルフに行っていたと思う。霞みがかったって言っていたのはあれは花粉が飛んでいたんだとしたら、それは大変な中でプレーをしたことになる。
そんなときには一向にクシャミも鼻水も関係なかったが、きっと目も痒くなったりしていたのかもしれない。
昔何かで読んだ事があるが、最近は都会も勿論市街地でもアスファルトでの道路舗装で土がなくなったから車が通るたびに地面に落ちた花粉が舞い上げられるという事を聞いたことがある。納得である。確かに土の上なら一旦落ちてしまえばそう舞い上がることは無いがコンクリートやアスファルトなら滲み込まないから舞い上がって当然だ。
最近は花粉症グッズなるものまでドラッグストアーの一角を占めるようになっていた。マスク、目薬、その他のガードするものまで。
そんなことを言っていたら我々の技工室内は花粉より石膏の粉塵の舞い上がり方はどうだ、こっちの方が怖い気がしてならない。
空気清浄機をいくら入れていても毎月交換に来てもらうたびにこういわれる。
「先生 ここのは交換し甲斐があります」って、これって嬉しいような悲しいような。

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2011年03月02日

時代が変われば何とやら  昔でよかった

この頃毎日のように大学入試の試験問題のことで賑わいを見せている。我々の時代には考えられなかった事だ。
試験といったらいつもこんなことを思い出す。それは国家試験の時に受験番号を聞いたとき私の番号は141番だった。忘れもしない。
皆がどこの席かでわいわい言っていた時、唯一、一人浮かない顔をしていたらしい。何故か?それは二部屋に分かれての受験だった。その一部屋が1番~140番、141番~ラスト。という事は私の番号が先頭ということ。という事は一番前の角という事。前にも横にも誰もいない。(反対側には一人いるが)こんなに不安になった事は無い。周りの奴は慰めてくれたりしたが、心の中ではどうだか知らないが、このような席だった。
また大学で助手をしていた頃の試験監督の時にはこんなこともあった。
コレは皆さんも経験あるかと思いますが、試験監督が前にいてる時はなんとも感じないんですが、後ろにいられた時には意外と気になるものなんですね。先輩の監督から言われたんですが、受験生の肩の動きを見たらその受験生がどうしているかがわかるって。
なるほど。言われて見ればその通り。怪しい動きをする奴は後ろから見ていたらすぐに分かりました。
ある悪友の奴がこう言いました。それは「カンニングも技術がいるんやで」ってどうやって監督の目を盗むかで勝敗が分かれるって。
そんなことをするくらいなら、他にやることがあるんじゃないかって思ったりしましたが、その時は必死だったし思いもよらなかったのを思い出しました。
それが今では携帯から外部に送って、解答を得るなんて思いもよらなかった。そいつ曰く、それだけの技術があればコイツはどこでもやっていけるのと違うか。それも一つの大きな技術や。
何だか訳のわからない結論になりました。もし携帯を入試に使えたとしても使いこなせない私はきっと落ちた事でしょう。

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2011年03月01日

今どきの子はしっかりしてると思うけどなぁ  親よりは

さあ、今日から3月に入った。
早いものである。本当に1月、2月は嵐のように過ぎ去った。
高校、大学に合格された学生さんは今、一番暇な時だろう。
バイトに遊びに夢中だと思うが、コレもまたいい経験になって欲しい。人には無駄な時間など無いと思う。例えば浪人生。受験に失敗してもまた次に頑張れる。社会人になったらそうはいかない。
自分の責任で結果を残せなければ、社会の評価ってものが勝手についてくる。
友人の息子が今年、1浪で希望の大学に入った。めでたいことだと親に言ったら、こう返された。
「めでたい話やないか」
「それがそうでもない」
「何でやねん」
「浪人中に やりたいことが見つかったっていってなぁ」
「それは何やねん」
「まだ はっきり言いよれへん」
「ふーん」
「オマエ 聞いてくれへんか」
「何や そんなことか」
「そんなことやあれへんで」
「何でやねん」
「そうかて 希望大学に入っても卒業してもやりたいことを優先するって言いよるしな」
「エエやないか」
「アホ そんなために浪人させたわけやないで」
「今の子は 理想が高いからなぁ」
「理想だけで メシ食えるか」
「そらそうや」
「そやから オマエに聞いてくれって言ってるねん」
こんな内容の会話だった。大そうな役を仰せつかってしまった。
ココの子小さい時からよく知っているから、話やすいけどなかなかの「へんこ」だ。いったいどんな話になるのかまたここで紹介することになるんだろうなぁ。でもきっと子供の方が親よりまともなのかもしれない。

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