2011年05月31日

世の中すべて帳尻が合うようになっている

今日で5月も終わり。早いものだ。
前にも書いたが、今年になって5ヶ月のうち3ヶ月を松葉杖状態で過ごしている事になる。不自由この上ない。でも自分の不注意でしたことだから仕方がない。
健康である事がなんと素晴らしい事かは、不自由の身になってみて始めて分かる事だ。
階段の上り下り、信号を渡るとき、雨の日の傘を持った状態の松葉杖。
世の中にはこれで一生過ごしていかないといけない方がたくさんいる。自分は足さえ治れば又もとの暮らしに戻れる?んだから。
それにしても最近、私の周りではいろんな事が起こっている。
良いこと、悪いこと、ちゃんと帳尻は合うようになっている。
友人が誰か(犯人は分かっている)によからぬ謀をされたとか。
なんだかこんなことを言えば大げさかもしれないが、本人にはエライ迷惑な話だ。多分やった張本人はそんなことコロっと忘れているんだと思う。悪気がないと思っているんだから。
でもそれでも迷惑をかけたら、今度はその分自分に返ってくることが分からないでいる。
人にはコレくらいいいじゃないか、そんなに目くじらを立てないでもって思うかもしれないが、やられた本人にしたらどうしても許せんって事があったりする。コレはこれでちゃんと帳尻が合う。
「天知る、地知る、我知る、人知る」だ。
分からないと思っていても、どこかで必ずバレてしまう。
そして今までの事が全て暴露されてしまうものだ。
私の周りにもこんな奴がいるが本人は自分だとは気がついていないのかもしれない。
やったことは仕方がないとして、それに対する対応はきちんとしてもらうことになる。
結局、最後は帳尻が合うことになっているんだから。

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2011年05月30日

今年もこの季節がやってきた 6月は予防月間だ

毎年、6月は虫歯予防月間として患者さんに何か品物を差し上げている。コレが又大変な作業です。何を選ぶかが問題。
よく知っている患者さんは「今年は何かなって」言って来られるし、思いのほかその選定作業に時間と労力を取られる。
でも6月にはいって、コレを楽しみにしていたんですって言われるとそんな苦労も吹っ飛ぶ。
今年は1週間前まで何にも決まらず、今年はもう止めかとも思ったが、こんな時に上手い事通販のカタログが来る。
今年はその中から院長の独断と偏見で勝手に決めてしまった。
まだ従業員にも知らせていない。いつもは相談して決めたりするが、今年に限っては全くの私の独断だ。ウケなかったら一人でその非難を受けなければならない。後二日で患者さんにお渡しできる。
今日くらいにきっと「今年は何にするんですか?」ってきっと行ってくる事だろう。
患者さんもドキドキするに違いないが、今は私の方がドキドキしている。
数に限りがあるので先着順になる。昨年は半ば過ぎには無くなってしまった。月間と言っても無くなり次第終了するのを知っている患者さんは今月は前半に来院が集中する事だろう。毎年のことながら。

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2011年05月28日

よくもまぁ こんなに会議をつくるものだ

昨日も会議だった。
昔に比べて会議の回数は減ったけれども、なんだか無駄な会議が多いと思うようになってきた。
新米の医局員だったころ、先輩達が会議に出るといって慌ただしくしていた時に、平の医局員と言っても先輩達の雑用係りみたいな事をしていて、その様子がかっこよく見えたものだ。
でもいざ自分にその役が回ってきた時にこう思った。
「こりゃ大変だ」と。自分の時間なんか取れないし、それでいて早く終わらさないと何にも進まない。先輩達は大変な事をやっていたんだとその時初めて分かった。
支部に入っても一年目からなにやら雑用係は回ってくるものだ。
オヤジがまだ現役だったからそんなに過酷な役回りは回ってこなかったが、それでも一通りのことはこなした。
そして歳をとっても何かと役回りがついてくる。
何にもこのようなのに当らない人もいるのにってグチっても仕方がない。
それだけ期待されてるって勝手に思うようにしている。
そう思わないとこれまたやってられない。
いつになったらこんなことから開放されるんだろう。

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2011年05月27日

日々、充実していると 時間が経つのが早いなぁ

今までココに登場していた仲間の中で最近登場機会がグット減った奴が何人かいる。その中の何人かは毎日読んではいてくれていると思うが、連絡がなかなか取れないでいる奴もいる。
連絡が無いのも忙しく仕事をしていてあえないのなら結構な事だと思う。中には今まで散々こっちに世話をかけていたのに、プツッと連絡を絶つ奴もいる。それはそれで仕方がないにしても、人は調子のよいときに付き合う奴にロクな奴はいないというが、誠にその通りだと思う。
そんな事を書けばまたすぐに連絡をよこす奴もいると思うが、それではそれが自分だともろに認めることになってしまう。
でも連絡が来ないと、それだけの奴って思われてしまうんじゃないかって、勝手に想像してしまう。
仕事が順調な時こそ足もとを固め無ければいけないし、大きく打って出ることも考えないといけない。
もうチョットしたらこちらから、「最近ご無沙汰やねぇ」って連絡でも入れてやろうか。
静かなのもいいが、静か過ぎるのもなぁ。

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2011年05月26日

二兎を追うもの一兎も得ずは間違いか?

昨日、後輩からの電話でのこんなやりとり。
「先輩、最近どうですか?」
「何がや」
「いや 診療も遊びも」
「いきなりやなぁ」
「すみません 最近お誘いが無いもので」
「あほ 遊んでられるか」
「いいですねぇ 忙しくて」
「何言ってるねん」
「えっ 遊んでられるかって」
「忙しいから遊んでられるかやのうて ヒマやから遊んでられるかや」
「納得です」
「最近オマエのとこはどうや」
「ウチも暇ですは」
「けど、オマエのとことは自宅開業やから家賃いらんしな」
「まぁ その分は助かってます」
「家賃払って、人件費払ったらもうたまらんで」
「そうでしょうねぇ」
「それでオマエまたよからぬ遊びでもしてんのか?」
「そんな 失礼な チョットだけですよ」
「ちょっとでもエエ、遊べるだけ」
「先輩、いつも言ってはったやないですか」
「何て?」
「仕事も遊びも一生懸命がエエって」
「そや、なんでも一生懸命がエエねんで」
「そやから仕事も遊びもなんでも先輩の言うとおり一生懸命ですわ」
「エエこっちゃ」
「でもね、このごろなんか中途半端なんですよ」
「中途半端はいかんで」
「そうでしょ でね、どっちを先に一生懸命したらいいかと・・」
「???」
「どうでしょう?」
「そんなこと 決まってるやないか」
「やっぱり 仕事でしょうね」
「いや違う」
「遊びですか?」
「いや違う」
「そしたら・・・」
「仕事も遊びもどっちもや」

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2011年05月25日

まだまだ「我慢」が足りんのかなぁ

突然ですが、「我慢」って大事な事だと思います。
肉体的な我慢、精神的な我慢、それらに共通しているのは何か?
「我慢」コレが出来なくなる事は、肉体的にも精神的にも辛い事ですよね。
信じていたことに裏切られる、コレなど精神的ダメージは相当なものだと思います。自分自身の気持ちの中で切れてしまう、これなど「我慢」が出来ない典型でしょう。
子供がオシッコを我慢できなくてお漏らししてしまうのも同じようなもので意識の中で今まで頑張ったのに肉体的に気持ちが切れてしまうものでしょう。
これらはいわばそのバランスだと思うんです。
いくら頑張って我慢していても、それが結果どうしようもない事なら、早く頭を切り替えてしまうのも一つの方法だと思います。
頑張れば望みがかなうなら、頑張り続ける事も一つの方法だと思うし、そこの見際目って難しいと思います。
人を信じることもこれに似ていると思うんです。
自分と考え方が違う人同士、なかなか分かり合えるものではありません。まして知り合って間がない人なら尚更です。
でも昔からの知り合いでも、なかなか分かり合えないのに・・・
自分の中での一つの判断基準があります。
それは「我慢」が出来る奴かどうかです。
その「我慢」が出来ないなら、いくらこちらが言ってもなかなか理解してもらえないし、「我慢」が出来るならきっとこちらの本意は伝わると思います。

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2011年05月24日

どっちがいいか 考える時に来ているんかなぁ

昨日友人から電話があった。こんな内容だった。
「久し振りやな」
「ホンマやな 元気にしてたんか?」
「まぁな オマエはどうや」
「オレは 相変わらずや」
「相変わらずって 悪いままか?」
「アホ ほっとけや」
「冗談やがな」
「何や 急に」
「いや チョット相談があってな」
「オマエの相談、いつも急やからな」
「アホ 相談って急なもんや」
「で、何やねん」
「いや そろそろ今の会社辞めようかとおもってな」
「辞めてどうするねん」
「違う会社に行こうかと」
「何でまた 急にやねん」
「いや 前から考えておったんや」
「この歳になって 後のこと考えたら」
「アホ 同い年やないかオレと」
「オマエはええやろ 定年が無いから」
「定年が無い分 働き続けなアカンねんぞ」
「もう ローンもあと少しやし 子供も独立しよったし」
「それならよけいに ゆっくりする事を考えたらエエねん」
「そう言ってもなぁ 体力に自信がないわ」
「そうしたら オマエ自分自身が納得するほど仕事をしたんか?」
「何やそれ」
「もう これでエエと思うくらい仕事したんかって言ってんねん」
「急に何言うねん」
「オレ今 仕事がオモロイねん」
「ふ~ん」
「もう7時には仕事場に来てるし、昨日も9時過ぎまで残ってたんやで」
「それがどうしてん」
「だから 何かオモロイ事見つけたら きっと考え方が変わるって」
「そうかなぁ」
「そうやって」
大体こんな内容でした。サラリーマンの彼は周りにそういった話がきっとあるんだろうなって思いました。
さて どっちがいいんだろうか?

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2011年05月23日

よ~く考えさせられた週末だった

先週末は散々な週末だった。
膝をやってしまって、松葉杖状態のまま(2本突き)診療をした。
患者さんに心配をおかけして誠に申し訳なかったです。
「お大事に」と言ったら必ず「先生こそお大事に」って言われ恐縮すること。医者は患者を診る前に自分自身が健康でなければならないって事を痛感した。
動作が非常に遅い、出来る範囲が非常に狭い、こんなことで何とかしのいできたがここで一つ考えた。
我々の職業って全くの家内コウギョウだという事。大将がこけたら誰もその代わりをする事が出来ない。
前から分かってはいたが、いざこうして自分が動けなくなった時、誰が助けてくれるか、誰も助けてくれない。自分自身で都合をつけないといけない。
大きな所は誰か他のドクターがいるから、何とか代わりは出来るが
それ以外の我々のようなドクター一人の所は非常に厳しい。
「何かあったら いつでも言って来い」って言ってくれる奴もいたがいざとなってはそんなに甘えられるものではない。そいつの所にも影響が出るのは分かっているから。そうしたら暇な奴に頼むか?
それも出来ない。人は自分が困ったときに誰が一番頼りになるかはよ~く分かるのもだ。調子のいい時の友達は要らない、声かけ一つでも勇気百倍ってこともある。それならこちらも頑張ろうって気になる。
所詮自分のこと一つ出来ないようでは相手になんかお節介をかけれない。今回の足痛で痛感した週末だった。

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2011年05月20日

行かなきゃよかった?でも行ってよかったかなぁ

昨日、友人と晩飯に行ったときの事。
いつも食べているメニューだから味は分かっている、でも約1ヶ月ぶりに行ったからか、微妙に味が変わっているように思えた。
そんなに違いの分かる舌ではないが、やっぱりなんだか味が違った。友人もそう思ったと言っていた。
体調のせいかとも思ったが、食材のせいかと思ったが、やっぱり違った。そこで帰りに思わず聞いてみた。調理人が代わっていた。
そうだったのか、そりゃそうでしょう、料理する人が変われば当然味は変わるもの。いろんな事を考えて損をしたってお互い顔を見合わせて笑ってしまった。
前の人の味に慣れていたせいか、今度の人の味付けには少々??がつくこともあったが、それはそこの問題で客の好みでどうこう言ってはいけない。薄けりゃ足せばいいし、濃いけりゃうすめればいい。でも我々二人はそんなことをするはずも無い。
出てきて最初に言った言葉は同じだった。
「これでココに来る事はもう無いな」
「オマエもそう思うか」
「オマエもか」
「やっぱりな」
「なんで そんなことがわからんのかなぁ」
「エエやんか」
「そやな」
大体こんな会話だった。それにしても同じことを思っていたとは。
店が繁盛するかしないかは、勿論味次第。でも大体同じような味付けだと分かりはしないが、自分だけなら体調や何かかと思ってしまったところだが、二人同時はやっぱりそちらの問題か。
また一つお気に入りのお店が無くなってしまった。残念。

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2011年05月19日

今さら何を言ってんのや

まだ足の調子が悪い。
こんな時はおとなしくしているに限る。
そう思っていたがなかなかジットしていられない性格。
仕事の帰りに友人と待ち合わせ。会うなりこう言われた。
「オマエ またか?」
「またかや あるまい」
「そうかて オマエと会うときはいつも松葉杖やないか」
「ほっとけや」
「松葉杖が好きな奴やなぁ」
「アホ 松葉杖の好きな奴なんておるかい」
「おるやないか ここに」
「煩い奴やなぁ」
「まぁ そんなことはどうでもエエわ」
「チョットは労われや」
「あんな 最近どこの医院も暇らしいで」
「何や 今さら」
「この前な ウチの支部でな 講習会があった時にやで」
「それがどうしたんや」
「最近の患者さんの来院数が メッチャ減ったって話になってな」
「そんなん 分かりきった事や」
「オマエのとこは いつも空いてるからエエやんか」
「アホ 煩いわ」
「ウチらの所は 昼間人口が少ないからたまったもんやないで」
「そやから何やねん」
「夜の遅い時間に仕事をしている所も出てきたんや」
「エエこっちゃないか」
「夜の11時やで」
「結構な事やないか オマエもやれや」
「アホ言うな 出来るかそんなこと」
「そのうちオールナイトがでるかもしれんで」
「いま 年中無休もあるやないか」
「ほんまか」
「当たり前や 知らんほうがおかしいで」
「ウチもそしたら 考えんといかんな」
だいたいこんな会話でした。
こんなことはトウの昔から話合われていることです。今さらって思ったりしましたが、彼の診療所は都会とは言いがたい場所。
そんな場所にまで不況の波が押し寄せようとは・・・

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2011年05月18日

期待は何とかの裏返しっていう事もある

残念ながら昨日はブログを見ていなかったのか、連絡が無かった。
こんな時に一事あってほしかったって思うのは間違い?
昨夜友人達とのミーティングの中で賭けをした。何をかってですか、今日の朝一に連絡が来るかどうか。今までの所連絡は無い。
今するときっと来てくれるだろうからルール違反だ。
まぁこんな時間にコレを読んでいるとは思わないが、困ったときには何でもやるゾって言う言葉より行動が欲しい。
多分、自分のことで一杯いっぱいなんだろうと勝手に思っている。
仕事は何とかできているが、足が不自由と言うのは行動範囲が制限されていて動作が緩慢だ。動きたくても動けない。歯がゆいと言うより気ばかりせいても身体がついてこない。
イラチな自分にはコレくらいがちょうどいいか。
まぁ焦らずにやっていこう焦っても仕方がない。
幾分今週のアポは少なめだし、身体を休めるにはちょうどいい。
でも昼飯に出れないのは辛い。何か買ってきてもらってはいるが、それも飽きてきている。贅沢なものだ。
ものは考えようだ。こんな時こそダイエットに励めという事か。
しかしなぁ、昼が近づくに連れて頭の中は何を食べようかって考える思考が強くなってきている。

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2011年05月17日

さぁ どっちだ。

今年ももう5月の中旬になった。
何故急にそんなことを言うかといえば、また足を捻ってしまい、松葉杖状態がはじまったからだ。
2月~4月まで松葉杖状態だったから今年に入って5ヶ月のうち3ヶ月はこの状態だ。また1ヶ月弱?お世話にならないといけない。
不便な用でも意外と効果はある。何が効果といえば、まず、松葉杖を突いていると道を開けてくれる。コンビにではモノを取ってくれる、なぜかしら人が優しく感じる。
本当はこんなことは当たり前なんだろうが、怪我をして始めて何も無い事がありがたく思える。怪我や病気はいつ襲ってくるかは分からない。注意していても巻き込まれることもある。自分の不注意から起こる事もある。
普段から十分注意を払っても成ってしまったものは仕方がない。
行動範囲を制限されるのももうなれた。
こんなときはやれることをやるに限る。
でもまだ今日は火曜日だ。行きつけの医院は今日は休診日。院長はゴルフだと言っていた。得てして怪我や病気は医院が休みのときに起こるものだ。でも前回に貰った薬もシップもまだ少し残っているから何とかやれるだろう。コレでもダメな時は連れが連絡してくれるだろう。(但し、コレを見ていたら)
そんな甘い期待はよくない。何せ期待通りにはならない奴だから。

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2011年05月16日

久し振りにムカついた 同業として情けない

先週末、友人の所へ出かけました。
そこの家の横に駐車場があって何人かの人に貸していました。
そこの家の2台分は一番奥の場所にあって、その前に2台は縦に並んで置ける場所がありました。その一番奥は方向転換用にも緊急時にも誰でもが使えるように空けてあったのですが、その日はそこの持ち主の家の法事か何かで一番奥まで車が停めてありました。
普段なら別ですが、まして法事と分かっているから仕方がないとしても、真っ直ぐに停めるでもなく、斜めに停めてあったからこちらの車が入れません。仕方がないのでその車と並列で置いて置きました。出てきたらちゃんと停めてくださいと注意してやろうと思っていたら、なんとその車がそこの娘婿の車と分かりました。
それにその人が歯科医だという事も。今までおとなしくことを荒立てまいと思っていたのに、その言葉を聞いてしまったら、「ムカムカ」としてきました。歯科医だったら何をしてもいいのか、他の人の駐車をジャマしてもいいのか、同業であるがゆえにコレは一つ意見しておかないといけないと思い、待っていましたがなかなか出てきません。最後まで待ってられないし紙でも張っておこうと思ったが、友人に止められて結局場所を変えて停めることにしました。
普通に近所の人が停めたなら、それは仕方がないと思ったんでしょうが、同業の歯科医が周りに気を使わずに好きなように留める事自体腹立たしいし、何でこちらが気を使わないといけないんだろうと非常に憤りを感じてしまいました。「他人のふり見て、我がふり直せ」本人にはきっと悪いという意識は無いんだと思うから、余計に腹がたってくるし、情けなく思ってしまいました。
歯科医である前に一人の人間として、周りに気をつけることくらい考えられないのかと情けなくなってしまいました。と同時に自分は決してこのような事の無いようにしたいと思うのでした。

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2011年05月14日

信じる者は 救われるってか・・・

昨日、久し振りに会った友人と話が弾んで大いに盛り上がった。
この友人は、また他の友人から紹介された人だが、妙に気が合う。
月イチくらいしか会えないが、なんだか昔から知っているような錯覚を覚えるくらい気が合う。
昨日も本当に久し振りだったが、今年になって足を怪我してから連絡は取りつつも会うチャンスがなかった。それで気を使って見舞い兼喋りの付き合いに来てくれた。
友人の業界も今は不況でしんどいらしい。それはどこともだと言っていたが、その友人の知り合いに今年になって二度も宝くじに当たった人がいたとか。それも100万円も。世の中そんな人もいるんですねぇ。
何でもその人は昔から、紅白の歌じゃないけど「トイレの神様」よろしく、日常から毎日自分でトイレを掃除するんで有名な人だそうです。そうすると今の不況下でも仕事が途切れることなく、一つ終わればまた一つと言うように、必ず入ってくるらしい。
そんなこと信じられるかいって、その友人も暫らく騙されたと思ってトイレ掃除をしていたら、良い事が段々と身の回りで起き始め、逆に怖くなって止めてしまったとか。(何で止めるんねん)
やっぱりこんなことってあるんですね。口では簡単に言っては見たがなかなかマネは出来ないと思います。それを乗り越えたら、そこには幸せが待ているとか。まぁ、俄かには信じられないかもしれませんが、実践した人は皆そういいます。
こうなれば私も実践しないわけにはいきません。ご利益信仰ではないですが、いやご利益信仰でもいいですからよいことが起こるなら実践したいと思います。

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2011年05月13日

ところ代われば 何とやらだ

昨日の夜に久し振りにマッサージに行った。
また新しい子が来ていて、その子にマッサージをしてもらった。
いつもの強靭なオネェちゃんと違って、細くて小さい子でした。
この子で大丈夫なのかと半信半疑だったが、背中を一擦りしてもらったらすぐに分かった。この子は本物や。ちゃんと筋肉の筋に沿ってマッサージするし、ツボは外さない。そして軽く押していても結構効いている。力任せではない事がすぐに分かった。
でも私の担当はいつもの強靭なオネェちゃん、浮気は出来ない。
黙っていてもその子がつく事になっている。
う~んどうしたものか? んっ?コレって何かに似ている?
そうだクラブのオネェちゃん(口座の子)が付いてしまったら、後でお気に入りの子が出来ても代われないのといっしょだ。
その口座の子が休みか、店を辞めない限り新しく付く事はない。
ママにいって強引に代わってもらうか、何かヘマでもしてくれない限り代われないのがこの道だ。
話は脱線してしまったが、この子は確かに上手だ。痛くも無く心地よく眠たくなってしまった。いつもの子なら安心したと思ったら急に激痛が走ってウトウト出来ない。常に緊張していないと。
オーナーに言って何とかならないか、言おうかどうしようか考えているうちに時間が来てしまった。
最後にオイルで軽くマッサージをしてくれたから、アレレ?ッて思った。いつもはこんなこと無いで。どうしたん?
で、その子に聞いたら、ちゃんとコースに入ってますって言われた。オイオイそしたらいつもやってもらってたのは何だったのか。
そんなことを考えながら帰って行ったらお釣りを貰うのを忘れてしまった。
やっぱりたまには違う人に御願いするのもいいのかもしれない。

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2011年05月12日

思った所じゃなくても いいじゃないか

最近、私のブログを読んだと言ってくださる方が何人かいた。
おもしろく読ませていただいてますといわれる方や、アレは事実ですかと、質問される方や誰々の事やろと探偵よろしく推理される方もいる。まぁ少々誇張している所もあるにはあるが、大体のことは間違ってはいない。(そう言うとウソつけ)と言う言葉が帰ってきそうだがそんなことには怯まず、これからも日常に遭った事を書いていこうと思った。
昔同級生の学校の先生が、私のブログからいくつか教材に使っても言いかと言われ、軽くOKしたらその中のいくつかにディベートされた内容があったと聞く。こんな拙い内容の中に何がディベートに値するものがあるのかが私には分からないが、結構学生には受けているとか。
そんなことを聞くと中途半端な内容や下ネタはいけません。
それに悪友達との日頃の他愛も無い会話も、ココではいたって割愛して書いているので、本当の事を書いたら皆さんが卒倒しそうな内容も含まれています。
最近、よく人のブログや何かに書かれていた内容のことが気になりだしました。よくもこんなに上手に書いてあるなって言う内容や、そくここまで調べたなぁって言う事、大いに参考にさせていただいております。
そこで思ったことは、内容はともかく、大阪人は必ずオチを考えてから文章を書くという事が分かってきました。いつも読んでいるブログの中には、実体験や仮想体験もあるのかもしれませんが、だいたい分かるオチや、思いもつかないオチがあって意外と楽しいものです。
今日は言っておきますが、何にもオチらしきものはありませんが、こんな日もあっていいんじゃなかろうかって思います。
そんな中、こんな言葉を紹介してくれた人がいました。
最近の中では一番のお気に入りです。 それはこんな言葉です。

《咲いた所で 輝け》です。今、この言葉を贈りたい友人に進呈しましょう。

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2011年05月11日

継続は力なり 挨拶くらいって軽く見たらダメですよ

今日は朝からいろんな事があった。
いつものように診療所のビルに入ろうとした時に、管理人さんと掃除のオバチャンと通用口で一緒になった。
挨拶は当然しているんですが、入室カードで部屋の鍵を取る時にこんな会話があった。
「先生 おはようございます」
「おはようございます」
「いつも早いですね」
「歳を取るとはやく目がさめるんですよ」
「いつもドアや玄関を綺麗に掃除されてるでしょう」
「ヒマですから」
「いえいえ ご謙遜を」
滅多に会話には入ってこないオバチャンなのに今日は饒舌。
また車を駐車場に入れに行ったら、今度はそこの若い子とこんな会話が
「おはようございます」
「おはようさん」
「先生 いつも早いですね」
「そうか こんなものやで」
「でも今日で連続15日間 一番乗りですよ」
「そうなんや」
「ココに記録があるんですが 先生のがいつも一番上に書いてあるから」
「へ~そうなんや」
「帰る時間も記録してあって」
「そら 悪いこと出来ないなぁ」
他愛も無い会話ですが、最後に向かいのコンビニへ行った時。
「おはようございます いつもありがとうございます」
「おはようさん」
「いつも早いですね」
「そうか」
「時間もほぼ決まった時間に来られるから」
「そら 向かいの駐車場が開くのにちょうどいいからかなぁ?」
「今日は 明けですか?」
「明けって?」
「夜勤でしょう」
「夜勤?」
「こんなに早くからいつも来られるから」
「いやいや 毎日の事やで」
「そうですか 何か夜のお仕事かと・・・」
「あっそうなんや」
「失礼しました」
「いいよ いいよ」
大体こんな感じの会話でした。
今日は朝からいろんな人と会話をしたって話しでした。
でも思いました、会話って大事、それも挨拶って大事なんだと。
こちらから常にしてると、向こうもいつかはしてくれるって事。

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2011年05月10日

結果は神のみぞ知る 

世の中には単純で簡単な事を、より複雑で難しくしている奴がいる。
友人の中で几帳面が服を着て歩いているような奴がいる。
でも普通の几帳面くらいならそんなに気にする事でもないが、過ぎたるは及ばざるが如しで、几帳面すぎるのは困ったものだ。
融通が利かない、そう思われたら損だ。でも本人はいたって普通。
自分がこうだと思ったら周りのことなど目にも入らない。わが道を行くGOINNG MY WAY.こんな奴に限って始末が悪い。自分でやったことに最後まで責任をもてなくて周りの皆に迷惑をかけている事を分かっちゃいない。
後始末をする側の方はたまったものじゃない。
世の中いつまでも甘く見ていたら、それこそ自分で何も出来ない。
さて今日はその友人の面接日、さてどうなることやら。
一旦キャンセルしているので、周りが必死にとりなしている事、本人はまるで分かっちゃいない。どんな思いでやってくれているか分かって貰わないと、残念だけれど良い結果に終わらなかった時に自分は悪くないというに決まっている。
あ~あ頭が痛い。でも決まってくれたらこんなの笑い話で済まされるだろう。なんにしろ本人いたって暢気だ。本当に頭が痛いわ。

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2011年05月09日

子供の喧嘩か いや大人のワガママか

突然ですがこんな経験はありませんか?
「言った 言わない」ってことです。
まぁ私は根本的に騙されやすい性格なんで最近は自分の目で見たもの、自分の耳で聞いたことを「信じる、信じない」の判断基準にしています。
そんな話しがこの週末にありました。
友人の就職でやっとの思いで決定のところまでこぎつけたのはいいけれど、最終の面接(院長先生との)の日取りを文章で通知してくれることになっていたのに、その日になっても来なかったといって友人は「約束を守れないところへは行かない」とかで、中に入っていた人に断りの電話をした。そしてその中に入っている友人からすぐさま電話が入り「○○先生が断ると言ってこられました」
さぁそれからが大騒ぎです。向こうさんはその為に今いる所の先生を移動させたり、スタッフの入れ替えやらで休診をしてまで準備をしていたから騒動が大事になってしまいました。
どちらにも電話で聞いたところ二人の意見が食い違う所となりました。
どっちもどっち。コレが結論です。それこそ「言った、言わない」の話しです。
友人にしても何も断る理由なんかありません。それより早く働きたいっていつも言っているのに、向こうさんも一日でも早く来て貰いたいと言っているのにです。
こんなときは直接会ってお互いの真意を聞く、確かめるのが一番です。
お互いが気を使いすぎているのはよ~く分かる。でも大事な就職の話を簡単に断ること自体、本人にしたらよほどのことです。
だから言ってやりました。
「本当にオマエ 言ったんか?」
「何をや」
「いや 辞めるって」
「いいや そんなこと言ってないで」
「でも向こうはそう思ってるで」
「それは向こうの取り方や」
「こんな話で 取り方はないやろ」
「でも そう取ったんなら 仕方ないやろ」
「簡単に言えるな」
「しゃぁないやろ」
この友人、昼間と夜では離し方がまるで違う。
どういうことかって、昼間は気の小さな慎重な男なんですが、夜になると気が大きくなってしまうという性格の男です。
だからちゃんとした話は昼間に限るんです。

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2011年05月07日

地方の方だけではありません 大阪人も迷うんで~す

先日のGWの続きです。
友人とGWの市内を歩いていたら人通りは普段の平日よりは幾分少なく感じられた。その上キャリーバックを引きながら歩いているすぐに観光客と分かる格好の人たちらとすれ違う事が多かった。
キャリーバックが大阪人と違うと分かるだけでなく、普通に歩いていてもすぐに分かる事があった。
歩く速さが大阪人は日本一早いとか言われる。いわば「いらち」
だとも言われる。そのほかに決定的に違う所に気がついた。
それは交差点に差し掛かったときにすぐに分かった。
信号を守って必ず止まるのが大阪人以外の人たち。
赤信号でも車が来ないと分かると渡るのが大阪人。
尚且つ車が来ていても渡ってしまえるなら渡るのが大阪人の中でもこの梅田界隈の人たち。(本当にごめんなさい)
多分この様子を見ている子供達は決してマネをしないでくださいね。
それにここ梅田は目の前に見えているビルに行こうと思っても直線ではいけないのです。何故か?ココ梅田界隈は地下街が発達していて網の目のようになっているから大阪人でさえ道に迷ってしまうからなんです。
目の前のビルに行くのに一度地下街に下りてから二つほど角を曲がらないとそこにはいけません。
そんな事が普通になっている私は、地方の観光客の方に目の前のビルに行くのに道を教えて、でもきっとすぐにはいけないだろうと思い、同じ方向なんで一緒に行って上げることにしました。
するとその観光客の方が二度ほどお礼を言われたんですが、一度だけ○○とは方向が逆のような気がしますといわれて、そうなんですよでもこっちにきてくださいねって一緒についてきてもらったら、なんとあっという間についてしまって非常に感謝されてしまいました。コレはここで仕事をしている人にしか行けない通りがあるからなんです。

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2011年05月06日

お金はどんどん出て行ってしまう

終わってみれば、あっという間のGWでした。
今年はニュースでも言っていましたが、震災の影響で自粛ムードが広がっていたのは前半で、後半は例年以上のところが多かったとか。
そりゃ皆さん折角のお休みを有意義に過ごしたいものですよね。
でもこのGW期間中も仕事で忙しく働いていらっしゃった方も多いと思うし、(サービス業ならあたりまえ)この時期だからまとめて仕事ができると思って片付けられた方も多いと思います。
今日はまだ金曜日だし明日は土曜日、曜日の感覚がなくなっていませんか?
私は何故か月曜の気分になってしまっています。
今日のレジのお金も月曜日分を持ってきてしまったし、頭の中では月曜日の予定を何度も考えてしまっています。
そして連休中に今月車検の車の手配でディーラーに行ったときも、地デジ対応のチューナーの予約をして車検代に余分にチューナー代を考えておかないといけなくなってそれも大きな誤算でした。
でも昔に乗っていた車の事を考えたら国産の車検代なんて知れたもの、やっぱり国産の方が大いに安く仕上がります。
見栄や格好で乗っていた自分がただのミーハーに思えて仕方がありませんでした。

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2011年05月05日

さぁ GWも終わったですよ 頭を切り替えて頑張ろう

明日から仕事が始まるというので、今日は準備に出かけました。
レントゲンの現像液の交換や、(まだデジタルではないので)その他の準備にブラインドを開けたらすかさず電話が入りました。
たまたま勤務の方が出勤されたのと、こっちがブラインドを開けたのがほぼ同時。詰め物が取れたとかで簡単な処置だったし来てもらい再セット。
その後、昨日からTVなどで大々的に宣伝している、大阪駅の再開発の人ごみを見に行きました。昨日オープンしたところだったのか、人、人、人のすごい行列。大阪人も並ぶ時には並ぶんだと感心していると、やっぱりいました。
出口から入ろうとしていた大阪のおばちゃん。係りの人とひと悶着あったがきっちりと並んでいる列を無視して中に入っていきました。さすが大阪のおばちゃん。呆れるというよりここまで来ると、コレは一種の技術です。才能と言うべきか。でも多くの地方の方が来られているこの時期に、こんなオバチャンを見たらきっと地方の方はどう思うのでしょうか。良いイメージは決して思わないことでしょう。
さぁ明日から本格的に仕事が始まります。行楽疲れのお父さん達、栄養ドリンクでも飲んで頑張りましょう。

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2011年05月03日

完全オフも 困ったものだ

今日は完全休養日です。
こんな日は滅多にないですが、ようやくその日がやってきました。
さてやらないといけないことが山ほどあって、どれから片付けようか迷ってしまいます。
最近落ち込んでいる友人がいて、話を聞いてやろうと思っていましたが、自分で結論を出してからって言ったので今日はパス。
もう一人は子どもサービスで不在。
さてどうして時間を過そうか、こんな時趣味の無いのが大きな痛手。
一先ず、家の片づけから始めてみようか。

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2011年05月02日

世の中なんでも 程々がよい

昨日の点滴の話の続きです。
もう一方のベットには中学生らしき子がインフルエンザの疑いで受診していました。そして点滴をしてもらうところでインフルエンザかどうかの簡易検査を看護士がしようとしたのですが、ガンとして受け付けません。鼻の中に綿棒を入れての採取で一度痛い経験をしたらしく、嫌がっています。その横には小学生の女の子もいるのに(その子は素直にさせてくれた)この中学生の男の子はなかなかOKさせません。10分もやりとりしていて思ったんですが、付き添いの母親に問題があるようにも思えました。
一言で言えば、「過保護」それも超がつくほどの「超過保護」
コレではこの子はどこへ行っても、何一つ自分で決められることは無いと思いました。
頭が良いのと、育ちが良いのは別問題だといわれます。
この場で混雑をしている診療所で看護士に無駄な時間はありません。だから親もここまで甘やかさないで、強い態度で言って欲しいものです。
今どきの中学生といえば、反抗期だとか、チョット生意気なくらいがちょうどいいのかもしれませんが、この子は超甘えたで点滴の間中母親が手を握っていました。
そして点滴の半分も済んだ頃にもう点滴は嫌だと言って母親が抜いてしまっていました。コレには看護士も怒るのを忘れて呆れてしまっていました。
こんな子が大きくなって社会に出る頃にはこの国はどうなっているのか心配になってきました。
我が友人にも同じようなのがいます。母親を大事にするなとは言いませんが、度を越したマザコンの奴。誰より嫁を大事にする奴。子供の言いなりになっている奴。
何もそれが悪いというのではありません。何事も程ほどが良いといっているのです。
自分はどうかと思ったときに、チョット反省する事もありました。

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2011年05月01日

ヤバイ 聞かれてしまった

こんな時間に診療所に出てきてレセプトをしていました。
合間にメールチックと返信をしたりブログの書き込みをしたりしていたら、いきなり文字変換が出来なくなってしまいました。
いたってどころか、機械音痴の私にはそれこそ一大事です。
書いている途中のメールや何かを一から書き換えるなんて出来ません。
そんなときに持つべきものは友達?です。早速彼に聞いたところたちどころに解決してくれました。ありがたいことです。
こんなことならいつでも お安い御用だと言ってくれたんですが、こんなことが出来るよりやらないといけない事が山ほどある彼には悪いですが、そっちの方を早く解決してもらいたいものです。
今日昼から点滴に病院に行ったとき、そこの看護士の子と話をする機会があって点滴をしながら話し込んでしまいました。
「先生 聞いてよ」
「どうしたん」
「ここ土日も診療あるでしょ」
「そやな 助かるで」
「それは私も分かってるし」
「どうしたん」
「今度の後半の連休に子供の野球の試合の遠征に行かなあかんねん」
「よかったやないか 休みの日で」
「でも 折角の休みやのに 遠征のお手伝いや」
「しゃあないで 子供さんのためや」
「いつも 土日の時は休ませてもらっているからしかたないけどな」
「それはそうやな」
「でもたまの休みやし 私もゆっくりしたい」
「院長に言ったら」
「何て?」
「休みくれって」
「そんなことよう言わんわ」
「言ってみたら 意外といけるかも」
「どうかなぁ」
そんな会話でした。ちょうど私のベットの横がカーテンが閉まっていて誰かが中で点滴をしているところでした。そして私の点滴が終わってブザーを鳴らしてさっきの会話をした看護士の子が点滴を外しに来てくれたとき、こう言われました。
「先生 今日院長先生に会われました?」
「いや まだ会ってない」
「さっきから姿が見えません」
「どこかに行かれたんでしょうかねぇ」
「もう時間外で患者さんがいないから、どっかに行ったんとちがう」
「しょっちゅう姿が見えんようになりはりますねん」
「そらいかんな 言っとくわ」
そしてベットから下りて靴を履こうとした時、ヨロっとして隣のカーテンを持ってしまってカーテンがずれてしまいました。
思わず「すみません」って挨拶したらそこにはここの院長が点滴をしながら寝ていました。思わずそうっと出て行こうとしたとき、院長に呼び止められました。
「オイ 休みたかったらいつでも休んでエエねんで。そのかわりもうずっと休んどけ」って言っとけ。
やっぱり聞かれていたんや。どないしょう。

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