2011年07月30日

だんだんと慣れてきた 土用日の診療

今日は土曜日。またまた一人で奮闘する日だ。
最近は私も慣れたが、患者さんも慣れてきたみたい。
受付、診療、会計、アポイント、・・・一人で何でもこなさないといけない。
「チョットお待ち下さい」は当たり前。
「どうぞどうぞ ごゆっくり」の言葉にプレッシャーを感じながら
、それでもマイペースを崩すことなく仕事に張り切っています。
スタッフに気を使わなくていいなんて、心にも無いことを口走ったり患者さんに大きな口を開けてもらったまま電話に出たり、悪戦苦闘があった最初とは違い、お喋りを楽しみながらの診療。
元々はご近所さんたちのための診療が、いつしか歯科相談から新患受付まで、何ら平常の診療と変わらない。
でもやり終えたときの充実感はハンパじゃない。一人でもやってやれるんだという自信はやったものにしか分からないだろうなぁ。
遣り甲斐はやったものにしか分からないって言われた事、今身にしみて分かりかけている。後10分で診療が始まるが、準備は出来た。患者さんもこられて待合室にいらっしゃる。
今日も一日、頑張るゾ。

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2011年07月29日

考えさせられる話だった。

昨日、友人から聞いた話です。
その友人の知り合いがマンションに住んでいるという。
新築から住んでいるのではなく、後から住んだらしい。
するとそのマンションの先から住んでいる住人から、いろいろとこのマンションで住むについての注文があったとか。
管理組合もあるがそれより先に住んでいる住人達の意見が大きな影響力だとか。その中でこんなやり取りがあったらしい。
ココで快適に暮らすための○○箇条。その中に夜間の過ごし方だの、何時以降はテレビの音量を下げるとか、夜中に風呂屋トイレは控えろだとか。云々、何処かの合宿か、木造アパートではあるまいし。
確かに共同生活を営むに当たって、当然他人様に迷惑をかけることは差し控えなければならないことは常識。でも、何処までが強制力があるか、人それぞれ許容範囲は違うという。そりゃ当たり前だ。
中でも、深夜のテレビの音量については、こと細かく書かれているらしい。イヤホーンを付けろだとか、音量はどうのこうの。
でもココはお年寄りが多く住んでいるらしく、自分の事を言われていると解釈する人が何人かいたらしい。
これは言葉の暴力ではないか?弱者に対する差別ではないか?
こんな声が起こりだしたとか。
聞いていて思ったが、昔はこんなことは考えられなかった。
お互い様って言う精神は何どこへ行った。友人は憤っていた。
たしかに段々と住みにくい世の中になったものだ。

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2011年07月28日

悪い奴は どこにでもいる

自分では気がつかないことって沢山ある。
最近、周りの人のことがよく見えるようになってきた。
人それぞれ、いろんな思いがあるが、仲間友達の大事さがひしひし分かるようになってきた。
こんな人もいる。その人は介護や福祉に従事している方だが、我々が思っている以上に3Kどころか4Kも5Kもあるキツイ仕事だ。
お金のためだけではやっていけない。でもお金が無いとまたやっていけない仕事だ。
身内の者が出来る、するのは当たり前だが、そこはつい身内と言う壁がある。第三者だから、お金を貰っているからこそ、仕事だからこそやっていけるものもある。
それをとやかく言うつもりはない。出来る人が出来る事をやる、それもまたしかり。
最近は何処の施設も満員状態、家で介護が出来ない所が多い。
お金さえ出せばやってもらえるとも限らない。
そこには並大抵ではない努力と忍耐とが必要な事は重々わかっている。
そこに勤めている方は本当の意味でもっと待遇改善されてもいいと思う。いや、されなければならないと思う。
民間であれ公立であれ若干の違いはあれど、患者さんに違いはない。その患者さんをお世話できる環境はまだまだ十分とはいえない。
私は「介護ビジネス」と言う言葉は嫌いだ。確かにそこにお金が発生するし、そこからまた新しい仕事に発展する事もあるが、「介護ビジネス」と割り切ってしまう事に抵抗を感じる。
ドクター、看護師、ヘルパー、管理栄養士、それに事務方の人たちが、チームワークよろしく患者さんを診ていくこと。大事な事だと思う。
なのにそれを食い物にしている悪徳な経営者が後を絶たない。
純粋にその人たちに、患者さんたちに向き合えば、悪さをする事など出来ないはずなのに。一部でそんなことを聞いて愕然とした。
世の中には悪い奴らもいるものだ。

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2011年07月27日

夏の日の思い出・・・

大阪は天神祭りの頃が一番暑いという。
確かにこの時期の大阪は熱帯夜が続いたりして寝苦しい日が毎日のようにやってくる。
何かで読んだが、より快適に過ごす方法って言うのがあって、ためしにやってみた。それは扇風機に寝れタオルをかけて風を送るという、単純なことだった。これが見事にハマッた。確かにぬれタオルをかけるとかけないとでは全く涼しさが違う。
また簾やよしずがバカ売れだとか。直射日光を遮るだけでこんなに温度が違うのかってコメントもあったり。昔ながらの蚊帳も売れているとか。
現代は便利になった反面、どこかに昔のよさを求めているのかもしれない。
そういえば夏のにおいと言えば「蚊取り線香」だった。
最近はにおいのしないのが主流だ。電気蚊取りやワンプッシュ式のが売れているらしい。
便利になった反面、季節感がなくなってしまった。
私は今でも夏場は「作務衣」で過ごしている。これまた快適。
それに夏と言ったら、スイカにカキ氷だ。
これも年中食べれるから、季節感がなくなってしまった。
小学生の頃、田舎に行って蝉取りをしたり、プールや海で泳いだり、そのあとで出された冷やした西瓜の味は今でも忘れない。
夜は窓を開けっ放しで蚊帳の中で眠った事も、今は昔。
厚ければエアコンをつければいいし、タイマーをセットしておけばいっていの温度で快適にしてくれる。便利になって決して悪いわけではない。便利であるがゆえに昔の不便さが何とも懐かしい。
今の子にそんな話をしても分かってもらえないだろう。
自分自身には貴重な経験だったから、暫し思い出に浸ってしまった。

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2011年07月26日

これぞプロ そんなお話です

先日のこと、先輩の先生が行きつけのお店に連れて行ってもらった。どうやらそこのママさんをお気に入りの様子。
そこにはオーナーママがいて、いわば雇われママさんだ。
その日は我々を含めほぼ満席の状態、この店では珍しいとその先輩のお気に入りのママさんが言っていた。こんな時にオーナーが来てくれたらっていっていたら、そのオーナーママが突然やってきた。
いつもは暇や暇やとぼやいているオーナーママさんもこのときとばかり各テーブルに挨拶に回っていた。
我々のテーブルに来た時、最後になったこともあり、その場でグラスを取ってもう一度乾杯を始めた。そしていろいろ話をしていくうちに、そのオーナーママさん私をどこかで見たといってきた。
それもずいぶんと前に。こちらは全くそんな記憶がない。
古くからのお店だし、私自身も初めてのお店。一度でも来たら絶対に忘れるはずもない。でもそもママさんには記憶がない。
そこのチーフと呼ばれている男の方にも記憶がない。でもあちらも客商売、お客の事を忘れるはずもない。 で、分かった。私と私の親父を間違えている事に気がついた。私の親父は全くの「下戸」。
自分から飲み屋に行く事など絶対にない。誰かと一緒なら行くことはあったろう。でももう20年から経っている。どうやら私が親父にそっくりなんでお二人とも間違えたらしい。そんなに似ているかなぁ?商売上手とはいえ、20年以上も前のことを覚えてくれていたとは。あのときの貴方の親父さんはとか、一緒に来ていた○○さんとか。確かにその方は存じ上げているし、親父のことをよく知っている様子。最後にお店だという事も忘れて、そのオーナーママさん大きな口を開けて入っている入れ歯を見せた。それを見た瞬間にウチの患者さんだと分かった。ウチにいた技工士の作った入れ歯だとすぐに分かった。口の中を見ただけで、それもウチの技工士が作った入れ歯だと分かる自分にもビックリしたが、そんなに親父に似ていないと思っていた自分が初めて会った方から親父そっくりだといわれた事に少し嬉しいやら、少し複雑な感じがした。
どっちにしろ20年以上も前の話。お互いにプロ意識を感じたのでした。

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2011年07月25日

すごい子がいたもんだ

嘗て、当医院には伝説の女の子がいた。
伝説とは大袈裟だが、それくらい出来る子だった。
その子が面接に来た時、他の子と明らかに違うことがあった。
それはその子の「履歴書」だった。
たかが履歴書、されど履歴書。そのくらいその子の履歴書は完璧だった。
初めて相手と接触するのがこの「履歴書」。だから他の人の履歴書と同じでは意味がない。(後で聞いた話だが)
その子に聞いてみた。するとこんな答えが返ってきた。
まず、同じ履歴書を3枚書いてみて、その中からこれだと思うのに写真を貼って出す。その写真もインスタントではなく写真屋さんの写真で出す。履歴書に書くペンも色や太さにまで気をつける。
そして特技や趣味、希望する事、志望動機などはキッチリと書く。
特になしは全くNG.写真のしたの日付けも書き込み、最後に自分が面接官だったらこの履歴書でいいか、考えてみるという準備万端。
それくらいしないと「最初の第一歩」で負けてしまうとか。
そこまでして面接を受けようという気迫が伝わる履歴書に仕上げるんだとか。
でもそこまでしてくれていても、こちらがいい加減だと全くもって失礼な事。後で聞いた話だが、向こうにもこちらの事は分からないからお互いが探りあいだったのかもしれない。
そんな子が嘗いた

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2011年07月23日

急がなきゃ !!

近所の夏祭りに出くわした。
子供の頃に小学校の終業日に重なっていた近所に神社のお祭り。
アノ頃は学校が終わったという開放感や、唯一、女の子とお祭りデートが出来た、今思えば貴重な時間だった。
悪たれ連中たちも、同じようにお祭りデート。お互いがお気に入りの子とデートに。学校では硬派な奴らが、女の子の前では借りてきた何とやら・・・
そんな思い出の詰まった祭りも今は昔。去年に久しぶりに前を通ったら同級生の何人かに会った。
皆、孫さんを連れたいいお爺ちゃんになっていた。
そんなこんなの昨年のお祭りだったが、今年はその中の一人が、お祭り直前に亡くなったとか。こんなことならもっと早く同窓会を開いてやればよかったと思った。
またまた幹事の怠慢。その幹事に成り代わりと思ったが、その幹事の一人は私で、残りの幹事はいつもの悪たれ連中達。
今年こそもっと早く同窓会を開く事にしよう。さもなくばまた一人同級生が減っていくような気がする。

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2011年07月22日

ある夏の思い出とともに・・・

連日の猛暑も台風一過、若干過ごしやすくなってきましたが、今日の天気予報ではまた猛暑だとか。
そろそろ高校野球も予選が佳境に入ってきた。今年は被災に会った東北三県が特に注目されている。
夏の高校野球といえばかつて私も参加した。参加したといっても選手ではなくプラカードを持って彼らと一緒に甲子園の土を踏んだ事があった。
夏の甲子園はボーイスカウトがプラカードを持ち、春の選抜は何処かの女子高生がプラカードを持つことになっていた。
この季節になればいろんなことを思い出す。
当然、ボーイスカウトだからキャンプや、ハイキングがメインだと思われがちだが、日頃からの訓練の成果が問われるのが子の夏休みだった。
日本ジャンボリーにも世界ジャンボリーにも参加した。
ある年は台風で自衛隊に救助してもらったり、大きな大会に今の天皇皇后両陛下が御越しになって、初めて近くで拝見する事ができた。
今の子はなかなか時間が取れないらしく、またボーイスカウトに入ってこなくなったらしい。我々の頃は親もボーイスカウトにでも放り込んでおけばどこかに連れて行ってくれる、くらいの考えだったのかもしれない。
結果いろんな所に行けたし、多くの友達も出来た。
その時のことが人間形成に大きく関与しているといっても過言ではない。(少々、偏りはあると思うが)
そんな夏の思い出が、昨日、ガレージを掃除した時にキャンプ用品と共に出てきた。

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2011年07月21日

これもエコ?不便もたまにはいいかも?

一昨日から我が家の風呂場の電気が切れている。
風呂場にはもう一つ電気があるがそれも切れてしまっている。
真っ暗な状態だ。一昨日は何とか入ることが出来たが、まだ電球を買いに行けていない。昨日は真っ暗な中では危険を伴うので幸いにも脱衣所の電気はついているから何とか入ることは可能だがココでふと考えた。何故か親戚の結婚式のキャンドルサービスのときの大きなろうそくがあったことを思い出した。それをガレージの中から見つけ出してきて(3本もあった)風呂場の中の中庭?の所に並べてみた。何ともいえない幻想的な雰囲気。どこか高級旅館の内風呂のような雰囲気。ユニットバスに浸かりながらふと考えた。
これも「エコ」か?風呂の中に○○の湯(バスクリンではありません)を入れて、目を閉じて浸かっていると何処かの、それこそ温泉にいる気分?になれました。
便利な事が当たり前になっている昨今、突然襲ってきた不便さもチョットの工夫で、発想の転換で、少しは違ったバスタイムになりました。
でも現実に戻れば、やっぱり不便な事に変わりありません。
今日こそ電気屋さんに行ってそれぞれの電球を買いに行かなくっちゃ。
不便が齎したプチ贅沢な時間でした。

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2011年07月20日

折角の時間だ 有効に使おうっと。

ただ今、台風は紀伊水道の真っ只中にいるらしい。
鉛色の空、生暖かい空気。でも台風独特の雲の動きではない。
テレビで見ているような雨、風は市内は全く無い。
時折街路樹がざわめく程度。速度が遅いとこうなるのか?
昨日、午後から今日の台風を予測してか、アポイントの変更が相次いだ。交通機関が止まったり、帰宅難民が出てはいけない等とスタッフと話をして勝手に(院長の希望が大半だが)時間を30分切り上げた。
そして午前診も午後からや、他の日に振り分けたりしたが、こんな調子なら普段どうりにしておけばよかったかと思ったりした。
折角の時間を有効に使うことができないだろうか考えた。あるある、お盆前に行う大掃除を前倒しで、空いた時間に行うことにしようっと。
まだスタッフには言っていない。言ったらきっと嫌な顔をされそうだから。
日頃から掃除は丁寧にやってくれている。でも、トラップやらレントゲンの周りとかやりたくてもなかなかこんなときしか出来ない場所は、今日のような日にやれば時間を有効に使うことになる。
ポツポツでは休んだ気にはなれない。いっそ2~3時間空いてくれた方が、纏まった掃除が出来るというものだ。
そうだそれに机の周りもしようっと。実際にこのキーボードのスペースしか机の上には空きが無い。
そして溜まりに溜まった雑誌類の処分もしようっと。
でもまず、仕分けをしないと。う~ん、考えただけでもやることが一杯。果たして2~3時間の間にどこまで出来るだろうか?

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2011年07月19日

どこや いつもの所って?

昨日は、なでしこジャパンの優勝に酔いしれた。
その前に全英オープンを見ていて終わってからまだ2~3時間あったが、ここでウトウトするわけにはいかない。二度寝して大事な決勝戦を見逃せば末代までの不覚?ニュースで見るのとライブで見るのではハンパなく違う事は分かっていた。
私の中では阪神優勝かそれ以上の衝撃があった。
ココで得たモノは計り知れない。皆さんも何かしら感動以外に何かを得られた事と思いますがそのことがこれからの自分の人生に影響を与えるであろうこと、きっとあると思います。
案の定、夜中にもかかわらず、優勝決定した瞬間にメールと電話がかかってきた。
「オイ 見てたか?」
「見てたで」
「すごいなぁ」
「あんな事があるんやなぁ」
「あるんやな」
「すごいなぁ」
「ホンマすごいわ」
「感動したなぁ」
「感動したわ」
「全く女の子に見えへんなぁ」
「いや 見えるで」
「いや 見えへんって」
「オレ達も見習わなあかんなぁ」
「ホンマやなぁ」
こんな会話だった。時間はもう朝になろうとしていた。
「昼から暇か?」
「暇やない」
「いや 暇やろ」
「暇やない」
「こんな時に仕事なんかやってる場合やないで」
「場合や」
「ヘンコやなぁ」
「ヘンコで結構」
「そしたら 今日の祝勝会やらんのか?」
「それは別や」
「なんや やるのか」
「当たり前や」
「そしたら うだうだ言う必要ないやないか」
「そうや 『今日の何時に何処何処で』これだけでエエ」
「そしたらいつもの所で」
で電話を切られた。暫らく考えたがいつもの所って?
最近いつものところが多過ぎて、いったいアイツは何処の事を言ったんやろうか?
まぁエエわ。行ったらおるやろ、居らんかったらまた電話が来るやろ。

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2011年07月16日

本調子にはもう少し

一昨日より風邪気味だった。
昨日は午前診を急遽休診して病院に行ってきた。
この時期の病院は結構風邪で受診されている患者さんが多い。
案の定仲の良い看護師に嫌味を言われた。
「先生 またですか」
「そうまたやねん」
「いつもこの時期になったら 風邪でこられますね」
「何せ 身体が弱いからね」
「弱いのは身体だけですか」
「頭も弱いからって  放っとけ」
こんな冗談も 今の私にはかなりしんどい
さぁ体調を戻そう 頑張って

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2011年07月15日

鬼の霍乱

はや夏風邪? 体調不良にて本日はお休み

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2011年07月14日

あと少しだったのになぁ

先日、近所の悪友達との久しぶりの飯会があった。
今までは定例になっていたが、いつの間にか幹事が誰だかわからなくなって、集まる場所もいつも同じでマンネリ化したので少しずつ回数が減ってしまった。
そんなことに危機感を覚えた中の一人がこんなことを言ってきた。
「そろそろオレ達のこの会も何とかしないとな」
「何を何とかするねん」
「マンネリ化してないか?」
「そんなこと前からわかっているやないか」
「だから何とかするねん」
「どうするねん?」
「定例会はそのまま続けるとして」
「何や続けるんかい」
「もう止めるんかと思ったわ」
「定例会以外でも集まる事にしようか?」
「なんや以外もって?」
「そやから 何かあったときにや」
「それやったら 今までとかわらんやろ」
「場所を代えたりしてやな」
「場所かてしょっちゅう代わるやないか」
「そやで 俺達特価日の店ばかり行ってるやろ」
「そらそやで ○○特価やとか ○○サービスとか」
「そやからそんなんやめてやな」
「何がしたいねん」
「集まれる奴が集まってもいつも同じ顔ぶれやしな」
「それでエエねん」
「面白くないやろ 同じ顔ぶれでは」
「面白ないで オッサンばっかりの集まりでは」
「もう色気も何もないんやから 気を使わなくてエエやろ」
「そらそや 気を使わない代わりに面白みもない」
「幹事持ち回りにせえへんか?」
「・・・」
「・・・」
「いやや、今のままでええ」
「そや 今のままでええ」
「なんで今のままやったらアカンのや」
「そやそや」
「そもそもこの会の目的は何や」
「目的なんかあったんか?」
「そや 親睦を深めるのが目的やないか」
「何が今さら親睦や」
「とりあえず 幹事はそのままでええ」
「そやそや そのままでエエ」
結局、幹事の持ち回りはあっさりと却下。今までどうりの飯会になってしまった。
もう少しで幹事を代われる所までいったのに。う~ん残念。

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2011年07月13日

よ~く考えさせられた と友人は言っていた

友人の母親が白内障の手術をしたといっていた。
その手術、あっという間に終わったらしい。今の眼科治療の進歩には驚いたといっていた。
担当の先生がこちらも歯科医である事を承知で手術の説明をされたときこんなことを言われたらしい。

「今の白内障の手術は先生方がされている親知らずの抜歯より簡単です」
「そうなんですか」
「まぁ 抜歯にも簡単なのも難しいのもあるとは思いますが」
「まぁ はい」
「片目でしたら10分か15分程度で終わります」
「そうなんですか」
「抜歯もそのくらいですよね」
「ええ まぁ」
「機械も進歩しているし、何より早い目に手術される患者さんが増えたんで」
「何でもそうですよね 早期発見早期治療が」
「痛みも何もありませんから」
「そうなんですか」
「歯科の方はどうですか?」
「やっぱりまだ麻酔は痛みが伴います」
「痛くない針や表面麻酔もあるでしょう」
「ありますがやっぱり注射でやるから、多少は痛みを伴います」
「それが解消されれば 患者さんももっと来られるんじゃないですか」
「そうですよねぇ」
「それに我々の所はしょっちゅう勉強会やら講習会で教えてもらうんですよ」
「歯科はまだそこまでは・・・」
こんな会話だったらしい。それを聞いて友人はこう思ったとか。
まだまだコレでは医科と歯科の差は広がるばかりだと。
時間があれば講習会で勉強する医者と時間があれば遊びに行く歯科医との差は益々広がるばかりだと。

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2011年07月12日

心の霧が一つ晴れました ありがとうございました。

昨日、恩師の先生を友人の診療所にお連れした。
お目が悪く歩けない状態なので、私の診療所に来ていただくには相当の体力が要るし後でお疲れになってもいけないから、後輩の診療所に治療に行かせて貰っている。
デンチャーの調整だけだが訪問させていただいてみたが、やっぱり器具の揃った診療所の方がより確実になると分かったので車での送り迎えをさせていただいている。
このお方、今回の震災も前回の阪神の震災もことごとく予言されて当てていらっしゃる方で、車内でのお話しは興味があるといえばあるが、いささか怖い気もする。
でも何かがおかしくなっているって言われれば非常に気になる。
気にするなって言うほうがよけいに気になる。
触らぬ神にたたりなしっていう事もある。
その方も言ってらした。「自信」とは自ら信じること。
己の行動を信じなくて何を信じればいいのか。
己を信じられない人間ほどもろくて弱い。
結局他者と比較してしまう事がそれらを生み出すことになるのではないでしょうか。
だから止めてみませんか、他者と比較する事を。
自分は自分、他者は他者。同じようには行かないものなのです。
自分の事も他者の事もそれぞれが、いろんな事があっていいじゃないか。その通りなんです。分かっちゃいるけどなかなか難しい。
でも何だか言われてすっきりした気分になれました。

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2011年07月11日

辞め時って難しいって話です

先日、易者の先生と話す機会があった。
今も昔も占いは廃れない。特に今のような時代は繁盛するみたいだ。
タダ時代時代で風潮や流行はあるみたいだといっていた。
昔は屋移り、方角、日時などがおもな占いごとだったが、最近はもっぱら恋愛相談、結婚、相性などが多いようだ。
巷では何とか占いなどと様々なものがあるから、一応は勉強しなくてはいけないらしく、たいへんだといっていた。
そういえば同じような事かもしれないが、同級生の獣医も同じような事を言っていた。
昔は獣医といえば「犬、猫病院」といっていたが最近ではそうでもないらしい。
昔は犬、猫、鳥くらいだったらしいが、最近ではペットの多様化で爬虫類、両生類まで落ち込まれるとも
本人曰く、あんなモノに聴診器当てても分かるかい。って。
そらそうでしょう、そんなのは学校で習ってないし実習もしてないって。独学?いやそれらの診療は経験だとか。
我々も最近は様々な材料が出てきて覚えるだけでもたいへんだ。
そう考えたら、昔の人は無い材料の中で治療をしないといけなかったからたいへんだったろうと思う。でも技術は我々よりあったのかもしれない。
だからその獣医の同級生ともこんな会話があった。
「何でも、材料も機械もある今の方が昔の人よりすぐれているとは思えんなぁ」
「何や、急に」
「例えばゴルフにしても、同じコースでやっていても昔のスコアより今のスコアの方が良いのは道具だけやろか?」
「何が言いたいねん」
「いや、昔には昔のいいところもあると思うが、今の方がきっとレベルが高いように思うんやが」
「そうかなぁ」
「そうやって、だから解説聞いててもピンとこないんや」
「何がピンとこないんや?」
「そら 今の人と昔の人を同時に比べる事はできないで」
「そらそうや」
「そやから 昔の人がああでもない、こうでもないって言うのはおかしいと思う」
「なんや、ヘンに納得させられるなぁ」
「俺達の仕事もなぁ 段々とついていかれへんようになったんと違うか?」
「そやからどうしてん」
「辞め時やなぁ」
「そら何で辞め時は難しいなぁ」
「何で菅さん辞めへんのかなぁ」
「・・・・」
「やっぱり辞め時やなぁ」
「おいおい そっちに行くんかい」

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2011年07月09日

世の中にはこんな人もいる 

世の中には不思議な人がいるもんだ。
昨日会った人はその人の未来や過去が分かるという。
始めは眉唾ものだったが、私と初対面で私しか知らないことや、誰にも言った事のないものまでズバッと言われた時は驚きを通り越して愕然となった。
それを生業にしている方ではない。ある日突然こんな能力がついたと言っていた。
でもこの方、このことについては良いのか悪いのかは分からないとも。
人のプライバシーに係ることだから
直接聞かれても言えることと言えないことがあるという。そりゃそうでしょう、何でもかんでも言ってしまえばイイっていうものでもない。
何でも頭の中にイメージが出てくるらしい。それもはっきりと鮮明に。なんだか怖いような興味あるような・・・
そして早速私自身の事を聞いてみた。フムフム、大体当たっているような感じだ。では、それでどうすればいいかを聞いてみた。
フムフム、なるほど。そのほかのいろんな事を聞きたかったが、なんだかやっぱり怖くなってきた。過去の話はなるほどそういうことだったのかで済むが、これからのことは何だか聞くのが怖いというか、聞いてしまったらつまらなくなってしまうような気がしてよう聞けない。やっぱり未来の事はお楽しみにして聞かないほうがイイような。
今を精一杯生きていくほうが先のことをとやかく心配するより良いって勝手に思ってしまった。
でもチョット残念な気がしたりした。怖いけど。
何年後の自分は・・ウ~ン見えませんって言われたら。

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2011年07月08日

いつもとチョット違うように思う

時々一緒に食事に行く友人がいる。
最近、どちらが変わったのかは分からないが一緒にいてて楽しくないときがある。
一緒にいてて気を使わなくて済むから良かったのに、気を使ってまで一緒にいるのはどうかなって思うようになってしまった。
何故なんだろう?お互いが気を使うから?いや何か勘違いしているからかも?
人は仕事や何かで上手くいくとつい調子に乗ってしまう傾向がある。調子に乗るのはいいときも悪い時もあるように思う。
それで益々仕事が捗ればよい。しかし調子に乗りすぎると足もとをすくわれる。
誰かがそうなった時に注意してくれる者がいればいいのだが、なかなか気付かないでいて大きな失敗をしてしまう。
悪い芽が出そうな時は早い目にその芽を摘んでおかないと。
また人は嘘をつく動物だという事。他の動物にはないこの「ウソ」
コレは厄介なものだ。悪気があるか無いか、でも何気無いその一言でも相手は非常に傷つくこともある。本人は「洒落」なつもりでも・・・
動物の世界弱肉強食は世の常。強いもののみが子孫を残せる。
そして段々とその強い遺伝子が後世の残って繁栄を続ける。
強いから生き残ったのか、生き残ったから強いのか。
我々人類は知恵があるその知恵を使わない手はない。
何とかは人の為ならず、という諺もある。
自分自身こう思われないように身を引き締めていきたいものだ。

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2011年07月07日

二代目って大変なんですから

昨日、友人と久し振りに食事に行った。
町の小さな洋食屋さんだ。
たまたま行った時は、一組だけのお客さんだったが、我々が入った後で二組のカップルが食事にこられた。
昼間のランチは超行列が出来るお店で地元では有名店。雑誌にも何度も登場するお店。確かに美味しくて安いのがうりのお店。
永く続いているという事は、それだけ地元に愛されている証拠。
そんなお店が段々と減ってきた。
確かに私がよく行くお店と言うのは、新しいお店もあるが大体永く続いているお店が多いように思う。
永ければよいかといえばそうでもない。先代の時は良かったのに二代目になって味が落ちたといわれたら目も当てれない。
そうならないで、先代の味を再現できればお客さんも逃がさずに済む。
なんだか我々のことを言われているようだ。
私も二代目、よく言われることだがこの二代目ほどしんどいものは無い。
何故か?先代の後を引き継いでいけばいいからいいねって言われる。そんなことはない。自分のやりたいようにやれないもどかしさもあるからだ。誰もが通る道だそうだが、代が代われば患者さんは当然ガタッと減る。そこからどう持ち直すかは二代目の腕だ。
特に我々の仕事も、食べ物屋さんにも言えることだ。
代が代わって味が落ちた、先代の方が美味しかった、などと言われればやはり凹んでしまう。
誰もが通る道だとはいえ、それなりの努力と力量が試される。
私の周りはこの二代目が多い。だからみんなの苦労はよ~く知っている。自分もそうだったがあるときふっと力みが消えたら新しい自分が表れるように思う。だからいつも思うことだが、古き伝統は残し新しいことに挑戦する事は我々二代目にかされた使命なのかもしれない。知恵を出せ、勇気を出せ、頑張れ二代目。

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2011年07月06日

これからの医療について考えさせられた

昨日の続き。
大きな病院は最近すごくサービスがいいらしい。
初めての患者さんも戸惑うことの無いように、受付にも、その他のカウンターにも係りの人が付いていて分からない事があればちゃんと教えてくれるようだ。
ただ今回行ってみて思ったことだが、一度に多くのことを説明されても理解しきれない。それより初めての人には自分の置かれている立場が分かっていない。それに病院だから身体の悪い患者さんが多いのは当たり前。その患者さんがいちいち何番の窓口に行ってくださいだの、次は何番の窓口、最後にどこどこへ・・・
仕方がないことかもしれないが、特に一人でこられている患者さんには非常に苦痛だ。それに昨日も書いたが機械化がされていて支払いも機械で行う。カードでもいいらしい。全く銀行の窓口と変わらない。また先生によっては偏りもある。ある先生の時には4~5時間は当たり前のように待つと言うし、一度順番を取ってから買い物を済ませて戻ってきてもまだ時間があったりして・・・
知り合いが朝の9時に予約で行ったのに、診て貰ったのが11時過ぎ、会計待ちが1時間、その後薬待ちがまた1時間。
結局朝一からでもこの調子だ。大きな病院とはいえもう少し考えてくれてもとその方は言っていた。
私などいつも行きつけの町の小さな診療所しか知らないから、こんな大きな所では面食らってしまう。
でも沢山の患者さんがいることは分かった、コレを何とかしないといけないことも分かった。
嘗て、簡単な症状の患者さんは町医者にと言うようなことがいわれたこともあった。それに大きな病院は紹介状が無ければいけないとも聞いた。
今の医療の抱える問題(大袈裟かもしれないが)を垣間見た気がした。

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2011年07月05日

ぬか喜びをしてしまった 大阪のオバチャンには脱帽だ

朝から身内の検査診療について大きな病院に行ってきた。
予約は入っていたが待合室は一杯。その上機械化されていて案内の人はいるが初めての人には到底理解できない。なんだか銀行の中みたいだ。私は銀行にも行った事が無いから、銀行の中みたいだといっても聞いた話だが、そのようになっている。
診察券は自動改札のような所に入れなくてはいけない。
診療科の前では看護師が付きっ切りで説明してくれる。
中では先生がこれまた丁寧に説明してくれる。
そして薬は飲み方、飲む時間までキッチリ書いてくれている。
コレは我々も参考にしなければいけないことだろう。
そして会計も銀行のキャシュディスペンサーよろしく、自動払い機になっていた。もともと銀行なるところ両替しか行った事が無い私なら絶対にコレは使いこなせない。何せ本物の銀行の機械さえ出来ないから行かないのに、無理だ。
本当にお見舞い程度しか大きな病院なんて行くことが無かった私は最近のこのようなシステムは全く持って理解できない。
会計待ちの椅子に座っていて、横におられたご老人の女性とこんな会話をした。
「私ら 昔のカウンターでお金のやり取りしたほうが良かったですわ」
「私も こんな風になっているなんて知りませんでした」
「ますます ややこしくなってきますね」
「年寄りは病院に来るなって言われているみたいですわ」
「私ももうすぐ仲間入りですわ」
「そうですかオタクさん もだお若いようですのに」
「いやいや もう四捨五入したら還暦ですわ」
「いやぁ そうですか 還暦とは見えませんなぁ」
「いや 四捨五入ですよ」
「・・・」
このご婦人何かきっと勘違いされている。
「四捨五入したら 還暦ですって」
「やっぱりお若く見えます 私 五十三、四かと」
「・・・・」
この歳になって一つや二つは誤差の範囲やって。

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2011年07月04日

下町には下町のよさがある 大阪のオバチャン予備軍増殖中

今回の土日は無難に過ごせた。
過ごせたというより、過ごすのが当たり前なのになかなか過ごす事ができなかった。
先週、いや先々週よりいろいろ雑用ごとが多くて、仕事以外に忙殺されていた。
人は楽しいことはすぐに忘れて、嫌な事は後々まで残ってしまう。
特に自分に係る事となれば、ああでもない、こうでもないと良からぬ事の方を思ってしまう。
昨日も、友人と晩飯を食った時に、久しぶりに行ったレストランでこう思った。
昔来た事のある、何年かぶりに行った所ですが懐かしさより、新鮮さを感じ、やっぱり自分達がお気に入りにしていた所は何年経ってもやっぱりお気に入りのままだった事。
高いからいいのではなく、雰囲気やサービスといったところについ気がいってしまう。そんな歳になったものだと考えさせられてしまった。
美味しくないものをただお腹が減ったというだけでは食べたくない。それならまだしも高いお金を払っても食べたい料理を食べる。これって大事な事だと思います。
安くてもそれなりに美味しくて雰囲気もサービスも良いお店って探し当てた時、なんとも言えない喜びが湧いてくるものです。
近所の行きつけのお店にもそんな所があるんですが、町の小さな居酒屋兼お蕎麦屋さん。夫婦ふたりで切り盛りしている所です、そこには常に常連さんたちが集まってはああでもないこうでもないと、酒を飲みながら日々の憂さを晴らしているところや、いつ行ってもお客さんが数人しかいない洋食屋さん。
これでやっていけるのか?ってこっちが心配してしまうお店。
でもどちらも地元の方に愛されているのがよ~く分かるお店です。
大将が休んだ時など皆が心配して「大将、だいじょうぶか?」
「おやっさん 生きてるか?」よけいなお世話だがそこが下町の良い所。だからこの地には大きなスーパーは来ても、やっぱり昔なじみの小さな商店が生き残っていけるんだろうか。
対面販売を苦手とする若い奥さんも、暫らくするともう立派な大阪のオバチャンになっているのも頷ける。

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2011年07月01日

今までいろいろありがとうございました

昨日の新聞で親父と仲良くさせてもらっていた、よく一緒にゴルフや食事に連れて行ってもらった先輩が亡くなったという記事をみた。
この方体型もそのままな豪快な方でよく食べ、よく飲み、よく遊ぶ。こんな人生を送られていた全くもって豪快な方だった。
晩年、退職をされてからは大好きなゴルフ三昧かと思いきや、現役時代のツケが来たらしく、病気気味になられたと聞いていた。
行きつけの病院がいっしょだったという事もあり、よくお見受けした。よく似た方がいらっしゃると思っていたが、向こうの方から声をかけていただいて分かった。その時はもう何年ぶりかと言う感じだったから、ひと回りもふた回りも小さくなられていて、あの豪快さは影を潜めていた。
それでも奥さんとお二人で先輩の病院へ通院されていた。
待合室で話をさせていただいたり、時間があればお茶に誘っていただいたり、昔話に花を咲かせたりしていた。
この方の思い出で強烈だったのが、自分のゴルフ場へ招待していただいたとき、ココは焼肉が名物料理でラウンド後にテラスで焼き肉料理をいただくときに、急に夕立がきてみんながテラスを後にしたのに、我々のテーブルだけは最後までそこで焼肉をしたことだった。横殴りの雨にも係らず最後まで外での焼肉。せっかくラウンド後に風呂に入ってさっぱりしたのに、食後にもう一度風呂に入らなければならなくなったこと。
またもう一つの思い出はコレもゴルフ場での話で、冬の寒い時、1~3ホール回ったところで雪がチラホラ、後少し回ろうかと思ったときにこの方がすぐにUターンしてクラブハウスに戻られた。
折角なのにと思っていたら風呂にも入らずに帰ると言われた。
他のコンペの連中は、ラウンドしていた組もあったり、一緒にクラブハウスに戻ってゆっくり風呂に入った組みもあったが、我々だけはすぐさまゴルフ場を後にした。
でもそれが大正解、その後大雪が降ってきて風呂に入った奴らは何とか帰ることがギリギリ出来たが、後の組の奴らは結局、1週間車をゴルフ場に置いて帰らなければならなかった。そんなエピソードがあった。そんなことを会うたびに話されていたことを思い出す。
何よりわが子のように可愛がって頂いた事感謝いたします。
あっちにいったら親父が待っていると思いますので、どうぞ思う存分ゴルフを楽しんでください。そして親父に言っておいてください。私はまだ当分そちらにはお世話になりませんからって。

                        合掌

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