2011年08月31日

縁は異なもの とは・・・

昨日、急患の患者さんが来た。
診療開始は9時半からだが、8時過ぎに電話があってどうしても9時までに会社に入らなければならないし、前の差し歯が抜けて困っているとかで急遽、時間前に来院された。
はじめて来られる患者さんだったが、どこかで会った様な。
治療中に少し聞いてみた。
「どこかで お会いしました?」
「はい」
「失礼ですが どこで」
「○○寺のお不動さんで」
「あぁ そうでしたよね」
「思い出してくれましたか」
「はい 思い出しました」
「まさかココの先生だとは」
「こちらこそ 失礼しました」
こんな会話でした。よくお参りに行くお寺でお会いする方でしたがお名前も何処の誰かも知らなかったんですが、顔はお互いに知っていたんで話が弾んでしまいました。
「いやぁ ココの先生でしたか?」
「いやいや こちらこそ」
「いつも御見かけするんですがどちらさんか分からなかったですから」
何かの縁か、お不動さんの縁か、名前も知らない方とこうして知り合いになれるなんて、また患者さんとして来られるなんて。

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2011年08月30日

無くて七癖とはよく言ったものだ

最近、これといったニュースが無かったけれど、久々に昨日の民主党代表選挙のテレビに見入ってしまった。
別に何処の政党を特別に指示しているつもりはない。でもアノ候補者の演説を聞いていて皆さんの顔の表情を見ていましたか?
アノ中に明らかにウソをついている目があったのを。
某タレントが引退の記者会見をしていましたが、全く同じ目でした。
人はウソをついたり自分の保身や守ろうとするときには「早口」になるといいます。
また、警察の関係者から聞いた話ですが「犯人」ほど雄弁に語るといいます。
ある心理カウンセラーの方からもこんなことを聞きました。
人は守りたいものがあるときは、あえてその話をわざとして、遠まわしにその話題から離していくそうです。
またこれもよく言われる事ですが、嘘つきは「目が泳いでいる」
「目が据わっていない」とも言われます。
今回のこの代表選挙と、引退の会見を見ていて共通のものがありました。
だから「癖」と言うものは隠し切れないと思ってしまいました。

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2011年08月29日

軽くは無いが 一大決心です

最近はなかなか体調がすぐには戻らなくて困っている。
先週の木曜日の晩から風邪気味だったので、足に来るんじゃないかと思っていたら、やっぱり来てしまった。
普通は1~2日で治るのも段々と日数がかかりだした。
今年の目標に、ドックに入って健康診断と言うのがあったが、未だに実行されていない。
定期的な血液検査などは毎月やっているし、でも大掛かりな全身検査はやっていない。もう若くないんだから真剣に全身の検査をしてもらう必要があるみたいだ。
でもやっぱり足を悪くしてから、よく、杖を着いている人を見かける。
そんななか元気でシャキシャキされているお年寄りを見るとつい、何であんなに元気なのかって勝手に思ってしまう。
毎週の土曜日の診療も、多少効いているのかも知れない。でも患者さんのことを考えたら、自分自身がこんなことでは迷惑をかけることになるし、病人が病人を診ることなど考えられない。
だから、ここで一大決心をしよう。万全な状態で患者さんを診るために、日頃からの摂生をより一層頑張ってみようと思う。
何を頑張るんのか?それは全ての面での見直しです。

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2011年08月26日

自分に出来ることは何か?

一昨日より体調不良で朝から病院へ行って来た。
結構お盆開けに体調を崩す患者さんが多いみたいで、待合室は結構込んでいた。
点滴をしてもらいながら、いつもは眠たくなるのに今回はあまり眠くはならなかった。そして最中にいろんな事を考える時間があった。
自分に出来る事にはそれぞれ限界があると思う。その限界ギリギリまで頑張れるかという事。困った人がいると助けるのは当たり前。金のある人は金を出す、頭のある人は知恵を出す、体力のある人はその力を出す。そう思っていたら、その何れも無い人は何をすればいいのか?それは心から応援すればいい。それぞれ出来ることをすればいいと思う。
友人がお金に困っているとしても、お金が余っている人などいない。そんな時はどうするか?黙って応援するだけでいいのか。
何か力になる事は無いのか。いろいろ考えてしまう。
自分の時に当てはめてみたらどうだろうか。
お金を貸してくれっていえるか?言えないだろう。命の次に大事なお金をそう簡単に貸してくれとは言えない。
自分もそうだが、貸したものが返してもらうときに何故、こちらが気を使わないといけないのか?貸した側と借りた側の立場が逆転してしまうのがどうも腑に落ちない。
そうでしょう、借りる時は恵比須顔、返すときは何とやら。
だから私はいつもこう言うのです。人は「貸すのはやると思え」
とは決して思えません。だから返してもらうときはひつこいくらいに催促するでって。
借りた側は忘れる事もあるだろうが、貸した側は決して忘れることは無い。そういって金を貸していくら返って来なかったか。
でもそろそろ回収にかかるとしましょうか。
何せ手持ちが少なくなってきたので、お金かって?いいえ時間があまりなくなってしまったもので。

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2011年08月25日

またまたやっちゃいました

風邪?でダウン。
昨日の午後から風邪様の症状が出てきて、急遽、病院へ直行。
本日は間引き運転での診療中。
急患のみの診療にいたしました。
タダ椅子に座っているのも辛く、4時頃には早々と二度目の病院へ直行の予定です。
患者さんにはたいへんご迷惑をおかけいたします。
暫しのご猶予を御願いいたします。

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2011年08月24日

逆もまた真なり

先日、久しぶりの先輩と会った。
この先輩はいろんな面でお世話になっているし、いろんな影響を受けた方だ。
その先輩に合うたびにいつも言われる事だが、未だに頭から離れない言葉がある。
それは《迷ったら楽なほうを選ぶな》だ。
最初はあまり意味が分からなかったが、最近その言葉がいろんな意味でよく分かるようになってきた。
自分の周りの人間で、ここぞと迷った時に安易なほうに言った奴に、ロクな奴はいないし、成功した奴はいない。
もともと人の意見に左右されやすい自分自身だが、この言葉だけは何故だか未だに頭から離れない。
その話をいつもお世話になっている知り合いの行者さんに話したところ、その方もそのように実践されていると聞いた。
やっぱり世の中成功される方は同じような事を考えられている事に驚いた。
もし迷った時、即座に答えが出ない時など、人は楽なほうを選ぶ。当たり前だと思う。それを何故か逆の、しんどい方を選んだ時に自分自身には良い事が分かるという。
なかなかそうは思えない。でもあえて言わせて貰うなら、そう実践している方がいるという事。そしてその方々が成功者であるという事。これもまた事実。何もわざわざしんどい方を選ばなくてもって思うが、その方々を見ているとそのしんどさを楽しんでおられるようにも思う。全くもって難しい問題だ。

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2011年08月23日

「夢」は持ち続けて 実現させるもの

最近知り合った子にプロゴルファーの卵の子がいる。
卵といってもまだ正式にプロではない。所謂、研修生の子だ。
最近のスコアーがほぼプロテストには合格できるスコアだとか。
プライベートのときはほぼ、イーブンで回るそうだ。
アマチュアでほぼイーブンで回るという事はHD1か2くらいか。
でもそれではプロとしてはやっていけない。
ゴルフが上手と言っても、アマチュアとプロの間には大きな差がある。少々上手なプレーヤーだとハーフ36は出る事はある。しかし18ホールで72で回れるかと言ったら、そんなに簡単な事ではない。
まして、プロのトーナメントで難しいコンデションの中で、賞金がかかっている中でよいスコアで回るのは大変な事だ。
その子と話している中でこんなことを思った。それはどの仕事についても言えることかもしれないとも思った。
プロと言われる人は何かしらもっている。ゴルフに限らず、どの職業についてもプロと言われる人は何かしら拘りをもっている。我々にも言えることだが、タダ何となく仕事をしているだけならこれはプロとは呼ばない。誰にもまねの出来ない、それでいて仕事は完璧にこなす。当たり前のようだがこれがなかなか難しい。
その仕事に対してその対価、報酬を頂く。職人さんには職人さんの拘り、サラリーマンにはサラリーマンの拘り、その拘り我最近どうも薄れてきたように思うことがある。
職種にかかわらず、どんな仕事にもそれなりのプライドと拘りを持つことこそ一流のプロと呼ばれる者かもしれない。
だからその卵の子と喋っていて「夢って大事」な事だとつくづく思った。
「夢」を最近持たなくなった。やっぱりこれではいけないと思う。
小さな夢でもいい、持ち続けてそれを手に入れるために努力をする事、そんな簡単な事を気付かされた。異業種の人との会話って大事な事なのかもしれない。

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2011年08月22日

気がつけばお盆も終わって・・・

そろそろお盆休みも終わった方が多いと思う。
休みをずらせてもそろそろ仕事にかからないと、もうすぐ9月になってしまう。
それに今日は月曜日だ。一週間の始まりだ。さて今週はどんな一週間になるんだろうか。月曜日が来るたびにそんなことを思ってしまう。
今月に入って、特に思うことだが、今年の夏は暑いという人が多いように思った。でも記録的には昨年の方が暑かった。やっぱり年々体力が落ちてきているんだろう。
友人にそんなことではイカンと、体力作りに勤しんでいる奴がいる。まぁいまさらと言う気持ちがあるのに、なかなか身体がいう事を聞かない。だからいざと言うときのために、日頃から身体を鍛えておかなければならないというのが彼の持論。
そうだ我々の歳になれば、いやでも体力の衰えを感じざるを得ない。昔はもうチョットいう事を聞いてくれたと思うのだが。最近は何だか疲れも一日では取れないし、物忘れも出てきている。
寂しい話しばかりをするつもりも無い。明日に向かって頑張ろうとは思うが、それこそ「心技体」ではないが、何か一つ足りなくてもイカンのにこの頃は三つとも足りないように思う。
さて、今週の目標はと言うと、早く休み気分から働くモードに戻さないといけない。

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2011年08月20日

久しぶりの メンバーたちと・・・

昨日は会議の後、先輩と食事に行った。
最近は後輩達との飯会が多く、先輩達と行く事がめっきり減った。
昨日のメンバーでは私が一番下だった。親父の同級生の先生、クラブの先輩、チョットだけ学年が上の先輩達。皆、気を使わないですむ方々だった。
昔はこのメンバーでよくゴルフも行ったし、飲みにも連れて行ってもらった。いわばこのメンバーたちにいろんな事を教えてもらったみたいなものだ。(良いことも、悪いことも)
そんなメンバーと久しぶりに会ったらチョット驚いた。
昔は豪快な人たちばっかりだと思っていたが、最近は身体を壊したり怪我をしたり、好きなゴルフにもいけなくなったらしい。
たまにこうして昔のメンバーと飯会をしたり、マージャンをしたり、飲みに行ったりしているそうだ。
そういえば最近、私にお誘いが無い事に気がついた。
「先輩達は今でもこうして遊び歩いてるんですか?」
「いや、最近は滅多に出んよ」
「そうですか、最近あまりお誘いがないもので」
「そんなことないで あちこちでオマエの噂は聞いてるで」
「どんな噂ですか?」
「あいも変わらず 遊び歩いてるらしいな」
「そんなことないですよ」
「そうか」
「そうですって ねぇ○○先輩」
「知らんで そんなこと おれにふるなよ」
「昔みたいにはもう出歩けんなぁ」
「本当ですね」
「でもそれではイカンのやろ」
「はぁ」
「もっと積極的に生きないと」
「はぁ」
「よし そしたらこうしよう」
「どうするんですか?」
「前もって日時を決めておくことにしよう」
「第何曜日とか何日にとか」
「それはいいことですね」
「早速、決めましょ」
それぞれが手帳を取り出して、開いている日を探し出した。
でもなかなか見つからない。最後にはこう言われた。
「皆が集まれる日なんか なかなか無いから オマエ幹事やれ」
「はぁ 僕ですか?」
「そや オマエや」
「オマエが決めて皆に連絡せい」
「ハイ 分かりました」
そんなこんなで、その場の勢いでそう決まりました。
えらい事になったし、鬱陶しいとは思ったんですが、そこは何もかも知った仲、絶対にそうはならんこと百も承知。
なぜならこのメンバー、酒が入ったら言った事を全然覚えていない人たち。だから昨日のこの話、絶対に覚えていないと思った。
そうあってほしい。その人たちを送る途中の車の中で確信した。
仕事の時はカッコイイ先輩達なのに、どうして酒が入ったらだらしが無いんだろうって。証拠の写メでも取っておいてやろうか。

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2011年08月19日

人の振り見て なんとやら

人は自分に無いものを不足と思い、それを手に入れようと頑張る。
これって当たり前の事です。でも人によっては、それだけでは物足りなくなって、羨んだり、嫉妬したりする人もいる。これもまた当たり前の事です。
人にはそれぞれ、その人の頃合いと言うものがある。例えばお酒に例えると一升酒を飲んでもケロッとしている人もいれば、お猪口一杯飲んだだけで真っ赤な顔になる人もいる。
だから人それぞれ、その頃合いが違う。
毎日の生活の中で、日々精進して上を目指している人もいれば、もうこれでいいやと、満足してしまう人もいる。
何も誰もが上を目指せというつもりは無い。満足してはいけないというつもりも無い。ただ、人を羨んだり、嫉妬する人は概ね、自分の存在を世間に認めて欲しいと思っている人が多いように思う。
それが認められると、喜んだり、嬉しくなったりするがこれが逆に認められないとなると、それを不満に思ったりして自分を見失う事にもなる。
他人に認められたい、自分を分かってほしい、そんなことばかり考えていると、間違ったほうに行った時、方向修正が難しくなるのも事実だ。それを「間違っている」といってくれる人が周りにいればいいが、いなけりゃ最悪。誰も自分に意見してくれなくなる。
今の世の中そんな奴が多い。悪たれ連中でもそこのところはシッカリしている。誰かが間違った方向に行こうとしたら、身を挺して止めてくれる。しかし誰もがもし間違った方向に行ったのに、止めてくれなくなるとこれは大変。でも中には「自業自得」と思われることをする者もいる。ただやったことが間違っていても、自分は正しい事をしたと思う奴は始末が悪い。そんな奴が今の世の中多いこと。

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2011年08月18日

気がつけば今年も2/3が過ぎようとしている

街はお盆休みも終わって、そろそろ活動しようとしています。
昔はお盆休みは一斉だったのに、最近では年中無休の店も増えたりして、その傾向がずれてきている。
行きつけの鮨屋は今週が休みだし、近所の喫茶店も今週の金曜日までずらしての休み。
こうなるといかにワンパターンな生活をしていたかが分かる。
大体一人でいることが好きなほうではないから、一人にされると何をしたらいいのか分からない。仕事をしている時はまだしも、終わってからがたいへん。真っ直ぐに帰るにも、時間が早いし、かといって行く所もないし、かつて遊び歩いた仲間達はお盆明けで遊んでられないというし、さて困った。
でも今日は木曜日だった。気分的には仕事をしだして二日目だから火曜日の感覚。後今日を入れて三日働けば日曜日になる。得した気分だ。そんなこんなで八月も半ばを過ぎようとしている。
一年の2/3を過ぎようとしているのに、何にも新しいことをしていない。今年の目標は何か新しいことにチャレンジすることだったはずだ。う~ん困った。何か妙案は無いものか。

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2011年08月17日

五十数年も使えばガタもくるしなぁ

お盆休みは14日~16日だったはずなのに、急遽12日も13日も休みになってしまった。休みと言っても体調不良で患者さんには迷惑をかけてしまった。夏風邪かもしれないが、そのたびに足が痛んで病院通いだ。たまたま行きつけの病院はお盆の間も診療していて助かった。一泊二日の養生もさせてもらった。毎日の点滴のおかげで体調は段々とよくなってくるのが分かる。毎回の事で呆れられているかもしれない。でもこんな身体でもそのつどパワーをチャージできるから持っているのかもしれない。
でも最近になってからだのバッテリーがいう事を聞かなくなってきている。フルチャージ出来ていない。それに連れて心のバッテリーもなかなかフルチャージ出来ていない。
そろそろ交換時期なのかもしれない。車で言えば車検のたびにチェックしているはずだが、身体と心の方は自分自身で替え時を見極めないといけない。オイル交換のように何千キロで交換だと分かっていればいいが、使い方やストレスの多い場合、早めの交換が必要だ。
昨今、様々なことがストレスになってきているから昔のように無理がきかなくなっている。タイヤの溝もそろそろ無くなってきている。
車なら、新車に乗り換えも出来るだろうが自分の身体だ、そう簡単には乗り換え出来ない。だから大事に扱ってやらねば。
一度車検よろしくドックに入って各パーツを点検してもらおうか?
こびりついた油もとって綺麗にしてもらおうか?磨り減った所は新しいものに交換できればしてもらおうか?
突然、走行中に「プシュー」といかないまでにも十分なケアが必要だと思った。

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2011年08月11日

健康に勝るものはなし

もうお盆休みに入っている方もいらっしゃると思います。
いつもは13日~16日がお盆休みに決めているんですが、今年は13日は土曜日という事もあり、土曜日はいつも一人での診療で変わりがないため今年は診療しています。
周りの連れたちは盆正月のうちどうしても正月は家の用事が多くて集まりにくいから、自然と盆休みを利用してあうようになっていました。でも最近は一斉の盆休みではなく、各自が各々に取る企業が多くて集まりが悪くなってきました。
だから最近は集まれる奴がそのつど集まるパターンが多くなっているようです。
地元の人間にはこれはたまったものではありません。何せ毎日誰かと会っているんですから。
でも合うたびに言う事ですが、誰々が今年入院したとか、あいつちょっとお疲れ気味だとか。体調を気にする発言が多くなったように思います。
確か去年には「今年中に人間ドックに入るぞ」とか言っていた奴がドックじゃなくて本当に入院する事になったり、やっぱりこの歳になるといつ倒れても仕方がないって思うようになりました。
日頃からの摂生は言うまでも無く大事ですが「病は気から」と言う言葉がしみじみ分かるようになってきました。
仲間のうちに何人かはこの「病は気から」が当てはまる奴がいるようです。そんなことを言ってる自分も気をつけないと周りから、オマエも一度検査を受けたらって言われそうです。

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2011年08月10日

先輩は追い越せない 追い越したくも無い

同業の先生と話す機会があった。
特別の知り合いでもないが、あるところで偶然知り合った同業者。
我々は何かしら小さなコロニーを形成している。こういえば些か大袈裟かも知れないが、支部であったり、大きな意味では都府県の歯科医師会であったり、勉強会や講習会で知り合ったり、出身校であったり、・・・
そんな中でのつながりよりも、趣味や好きなことでの繋がりは大事な事だ。
それも肩書きやそんなものは全く関係なく、オイ、オマエで付き合えたらどんなに気が楽か。
でもそんな中でもやっぱり先輩後輩はある。年齢だけの先輩後輩よりも入学年度よりやっぱり卒業年度に拘りがあったりして。
我々の社会はいわば縦社会。体育会系のノリがある。
だから先日もある講習会で、大学のクラブの先輩達に会った。学年は一つ上。でもこの一つ上が曲者。下の者は一生先輩に頭が上がらないし、その代わり一生ゴッチャンできる。
その講習会での事、昔は最後まで聞くことが出来たのに、この歳になったらつまらぬ講習会や、ガマンならん講習会はお金を払っても最後まで聞く気にはならない。そんな話を先輩達としていたら、その先輩からこういわれた。
「オイ オマエが一番最初にココを出ろ」
「エエッ 僕がですか?」
「そうや オマエや」
「何でですか?」
「その後から俺達が出るから」
「そしたら一緒に出ましょう」
「いや それはアカン」
「何でですか?」
「やっぱり他の人に悪いやろ」
「そんなこと 一緒ですやん」
「かまわん 先に出ろ」
「ハイハイ 分かりました」
そんなこんなで僅か15分ほどで会場を後にした。
それから暫らくロビーで話をして先輩達と別れた。
幾つになっても、卒業して何年もたってもやっぱり頭が上がらんことには代わりはない。その内の一人の先輩は大学の一年の時、クラブの帰りに必ずメシを食わせてくれた先輩で、自分は食わずとも私には食わせてくれた先輩。だらか尚の事この先輩には頭が上がらんのでした。

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2011年08月09日

あと一日で満願

最近、周りが激変してきた。
仕事の上でも、プライベートでも。
変化を好まない私ですが、動かない事には始まらない事もありますね。そうなんです、最近周りが勝手に動くのか、今まで動か無かった私が動いたんでそう見えるのか。どっちにせよ、いろいろなことが分かってきました。
中でも都合のいいときだけ電話をかけてくる奴がいます。そいつの電話があったときは何か、頼みごとがあったり厄介な話しがあるのです。
昨日もそいつから電話がありました。しかし話中だったんで後でかけ直したんですが、一向に出ません。1時間近く何度もかけたのに出ないから、これは天の助けか、そのままにしておきました。
触らぬ神にたたりなしでしょうか。
そしてもう一人も、約束の日がずるずると日伸びしてしまって、夏休み中には会えるかどうか分からなくなってしまいました。
これも天の助けか。会えばまたろくでもない話になりそうで、会わないほうが私にはいいのかも。
そんなことを思っていると、今やっている秘儀?は凄い事なんだと思います。
あと一日で満願を迎えますが、必ずや、こんなときには邪魔が入ってしまうもので、何とか無事に終わりたいと思っています。

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2011年08月08日

真夏のミステリーなのかもしれない

今朝早くに、といってもいつもより15分ほど早く診療所に着いた。
モータープールはまだ開いていないから、ビルの下に車を止めて荷物を診療所に運んだりしていた。窓の外に何だか人だかりがあった。
気にせずにいたがしばらくして外がざわついたので、窓の外をのぞいてみた。するとどうでしょう、ビルの外側に並んでいた自転車が全て反対向きにひっくり返っていた。それも並んでいた自転車全てが。見事なくらい揃って自転車がひっくり返った姿は異様なものだった。一台ならまだしも十数台ともなればこれは単なる悪戯か?はたまた酔っ払いが面白半分にやったのか?
嘗て我が家の向かいに中学校があって、一時、悪たれ坊主がいた頃に自転車のサドルだけを取って、横に山済みにしてあったことがあった。それを取られた自転車の持ち主が自分の自転車を探すといった光景が見られた。どちらにせよ悪ふざけもココまで行ったら怒るに怒れない。一列に並んだ自転車のサドルだけが取り外された姿を想像してみてください、それは異様な光景です。なにか花だけ切り取られたような光景っておかしくありませんか?
それに匹敵するようなさかさまな光景、誰が見たってこれはおかしいでしょう。何かのオブジェかと見間違う?そんなことは無いにしても一人でこれをやったなら相当な時間と労力、それに通行人も何人も見ていたはず、真夏の世のミステリーだったのかもしれない。
でも、よ~やるよなぁ、こんなに暑いのに、他にやることがないんかい。

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2011年08月06日

これもゲリラ豪雨の被害なのか

最近ゲリラ豪雨という言葉をよく耳にする。
昨日、そのゲリラ豪雨とやらが我々の近くで起こっていた。
友人が昼から診療所にやってきて、その時びしょ濡れだったのできっとこの豪雨かと思ったが、よくよく聞いてみたらそうではなかった。
彼の車に乗っていて、びしょ濡れになったとか。何故に・・・
よ~く話を聞いたら、彼の車は最近乗り換えたばかりの車。
10万円ほどで手に入れた車。マフラーは外れかけ、パワーウインドーは半分しか開かない。サスペンションもショックもチョイおかしい。だから10万円だったのかって言っていた。
そのくらいならまだ許せるといっていた。タダこの雨にはまいったとか。雨漏りが起こる車だった。少々の雨なら大丈夫だったがこの豪雨にはまいったとか。横殴りの雨にはなす術もない。
まるで洗車機の中にいるような感じだったとか。
でも雨漏りのするような車はイカンだろう。特に助手席のシートはぬれてビショビショ。これから人を迎えに行くとか。
それならなおさら何とかしないと・・・
そいつ曰く、ゲリラ豪雨さえなければこんな事にはならなくて済んだものを。

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2011年08月05日

知らせが無いのは 良い知らせ?

最近、音沙汰が無かった奴が急に連絡してきた。
「おい 久しぶりやな」
「どうしてたんや」
「元気やったか」
「知らせが無いのは元気な証拠や」
「アホ オマエが知らせが無い時は足痛か入院やろ」
「放っとけや」
「最近○○に会ったか?」
「そういえば会わんなぁ」
「そうやろ 会わんやろ」
「どうしてんねん」
「さぁ どうしとるんやろか」
「一度 聞いてみ」
「誰がやねん」
「そら オマエやろ」
「なんでやねん」
「オマエが一番親しいやろ」
「違うわ親しくないわ」
「薄情な奴やなぁ」
「そういうオマエが聞いてみ」
「でも何となくしにくいで」
「そら 俺も同じや」
「そしたらどうする」
「向こうからかかってくるまで放っとくか」
「そうしようや」
何だかとり止めも無い会話だったが、お互いの安否が分からない時はこんな会話がまかり通っているらしい。
だから気をつけないと、自分も音信不通になったらきっとこんな風に思われているんだろうって分かった。 クワバラ、クワバラ。

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2011年08月04日

よくある話 困ったちゃんの話しです

最近知り合いになった人から聞いた話です。
その方は公務員さんで、年齢は30歳すぎ、ある役所にお勤めと言う。
その方の言うのには、最初に役所に勤めたときに上司にいわれた言葉が今でも忘れられないという。それは「その日の仕事はその日のうちに」そういわれたそうです。
聞いていたら当たり前に聞こえ、何ら疑いを持つことなくその言葉を肝に銘じて仕事をしていたそうです。でも最近段々とその意味が分かったといっていました。
「その日の仕事はその日のうちに」これって言い換えてみれば「明日の仕事は今日するな」って事にも繋がるんだと勝手に理解してしまったとか。
よくお役所仕事っていう言葉がまかり通っていますが、これと同じことを初めて役所に入ったときに上司から言われたってことを最近になってようやく分かったといっていました。
何も全部が全部そういっているのではありません。たまたまその人の入った部署がそうだったのかもしれません。
民間ではありえない発言でしょ。それに皆が皆、そんなことを思って役所に勤めているわけはありません。
でもいつの間にか周りの雰囲気、周りとの調和が取れないと自分ひとりが浮いてしまって、居づらくなるとか。
我々の仲間でもこういう奴がいました。
その人が入ってきて今までのペースが乱される。その人には何も悪気は無いんだろうけれど、今までの周りの雰囲気をその人一人のために乱されれば皆が調子を崩されてしまう。
「空気を読め」っていうやつでしょう。その空気を読めない奴に限って自分は何も悪いことはしていないって居直ったり開き直ったりするから始末が悪い。
共同生活、最小単位の会社などの部署ではそれは当たり前だと思うんです。自分さえ良ければ、成績さえ上がればと言う考え方は如何なものか?
こんな話を聞いて、何処にでもある話やなぁって何だか納得させられてしまいました。

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2011年08月03日

昨夜の騒動

昨晩、近所で火事があった。
救急車、消防車、パトカーが出ての大騒ぎだった。
深夜の1時をまわった頃、かすかにサイレンの音が聞こえた。こちらは眠りに入りかけた頃、その音が段々と大きくなって家の前で止んだ。赤色灯は回っている。1~2分してから今度はサイレンと鐘の音がして来た。これは消防車だ。火事とケンカは何とやらではないが、いても経ってもいられない気持ちになって、パジャマのまま出て行った。案の定近所の方々も家の前に出てきて様子を伺っておられる。
「お兄ちゃん どこやろね?」
「さっき線路の向こう側へ行きましたで」
「そうか 線路の向こう側か」
「でも何度もこの前を通っていくから 大きいのかも」
「最近は物騒やね」
「そうですね」
そう言ってるしりから、またもや消防車がやって来た。
これでもう5台目や。パトカーも何台も来るしゆっくり寝てられない。まぁ寝ているつもりも無いが、早速チャリでその方向へ。
でもこんなに人がいるものかと思うくらいの人の数だ。
昔何かで聞いた事がある。何かあったりしたら、「泥棒や」と叫ぶより「火事や」と叫ぶほうが人は出てくると。
確かに「泥棒や」と叫んだら、かえって危ない目に合うかもしれないと思って人は出てこないだろう。でも「火事や」と叫んだら我が身に振りかぶったらたいへんと人がすぐに出てくる。
これも何かに書いてあったが、火事に遭う確率は400年に一度だとか。そのくらいの確率だと聞いたことがあった。
でもそれは昔の話かもしれない。最近ではマンションやそのほかの集合住宅なども増えたから、この確立は当てにならないかも知れない。私が記憶しているだけでも自宅周辺の火事は記憶にあるだけでも5回もある。やっぱりこの確立は当てにならないのだろうか。

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2011年08月02日

この10日間はやり抜くゾ。

人にはやらねばならないことがある。
たとえそれが無駄と分かっていても、やらねばならないことがある。
何だか抽象的過ぎて分かりづらいかもしれませんね。
それは本人さえ理解できない摩訶不思議な事なんです。
それを知ってしまったら、間違った方向に進んでいる人を間違っていると言わないで、自然と方向転換させる裏技。
そんな夢みたいな方法があるんです。それを昨日から10日間、やり始めています。
自分の時もそうでしたが、この10日間にはいろんな事(邪魔)が入ります。それにもめげず、遣り通す覚悟です。満願の日が来たらまた詳しくお知らせします。大袈裟に言えば人一人の命との引き換えなんです。とりあえず身を清めて行に入ります。

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2011年08月01日

トイレの神様はいる こんなことってあるんやなぁ

先日、中学時代の友人と久しぶりに会った。
近所まで来たといって診療所に寄ってくれた。
かれこれ40年ぶりだった。一瞬よく似た奴だと思ったが、昔の面影は隠そうと思ってもなかなか隠し切れない。
今では一部上場の営業部長さんだ。部下らしき若い人をお供に連れての来院。別に治療に来たわけでもないが近所まで来たといって寄ってくれた。ほんの数分、待合室で患者さんが途切れた後だったので座り込んで話をした。
内容はとり止めも無い事だったが、一瞬にしてその当時にタイムスリップした。何人もの同級生達と会ったが、こいつはずっとボーイスカウトも一緒だったし、小学校の時も、模範授業の指定校だったから野球や、サッカーにも一緒に頑張った仲間だ。
よく出てくる悪友達とはまた違った意味での幼馴染だ。
頭も良くて、スポーツが出来て女の子にはモテモテな彼だったが、神様はちゃんと分かっていらっしゃる。唯一のコイツの悩みが背が小さい事。我々にはそんなことって思えることでもこいつにはコンプレックスだったらしい。
完璧な人間なんてこの世にはいない。いや、いないと思っている。
何かしら一つぐらいコンプレックスを持たないと不公平だ。
こんな私にもコンプレックスは沢山ある。人から見ればそんなことと思われることでも本人にしたら大きなこと。そんな些細な事って思っても本人にしたら大きなこと。
だから神様は皆に平等だ。プライドだけで生きていけるはずも無い。でもそれにしがみついている奴も中にはいる。
もっと肩の力を抜けばいいのにって思ったりする。でもそんな奴はきっとそのプライドを捨てきれないんだろう。
そんなことを思ったりした。でも近所まで来たから寄ってくれたのは。
でもその中にこんなオチまで付けてくれた。
実は、急にトイレがしたくなって飛び込んだビルにウチが入っていたというオチ。
何やトイレ休憩か、でも幾つもビルがある中で偶然といえば偶然。
これも何かの縁かもしれない。

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