2011年11月30日

風邪が流行っているみたいだ

巷では風邪が流行ってきている。
ここ最近、朝晩の気温差が結構あって体調を崩す人が多い。
朝からアポイントの変更の電話が立て続けに二本かかってきた。
どちらも風邪での変更だ。一人は本人から、もう一人は子供が急に熱を出して病院に連れて行かなくてはならなくなったらしい。
どちらもお大事にだ。そんなこんなで受付でノートにキャンセルの人の名前を消していたらまたまた電話がかかってきた。
今度は見たことのある番号だ。 アララ当医院の受付の子からだ。
嫌な予感がした。出てみたらその子の親御さんからだ。
昨晩から急に熱が出て体調が悪いから今日は休ませて欲しいと。
お大事にと言って電話を切ったが何だかまだ嫌な予感がしている。この時間になってももう一人の子が来ない。どうしたことだ、彼女も風邪か?休んだ子と同じスタッフルームにいたら風邪などすぐにうつる。先週はこちらが体調を崩したから偉そうな事はいえない。
後5分で診療開始だ。アポイントは今日はキャンセルがあったおかげで10時からになっている。
それまでにどうぞ無事に到着してちょうだ~い。
今こうしてこれを書いているときに、もう一人の子から電話がかかってきた。
「ヤバイ」彼女も休んだら私一人、土曜日状態だ。
思い切って電話を取ったらこう言われた。
「スミマセン 電車が遅れているんです」
「そうよかった ○○君が風邪で休みなんや」
「私もチョット風邪気味で・・・」
「そうか それはお大事にやけど お願い 来てな」
「ハイ何とか」
よしこれで、何とかなる。皆さんも風邪にはどうぞお気をつけて。

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2011年11月29日

最近読んだ本からの 気付かされた話

先日読んだ本の中でこんな話しがありました。
植物は上へ上へと伸びようとしているが、その分、根っこも下へ下へと伸びようとしている。あなたはどっちだ?
上へ上へと伸びるのは、他より多くの光を浴びてより多くの光合成をしやすくするためだとか。花も綺麗で見た目は華やかで美しい。
でも上へ上へと伸びるためには、根っこはもっともっと根を張らねばならない。見えない土の中で踏ん張り、支え、根を伸ばすから地上の茎や葉や花が咲かせられる。
貴方はその花になろうとしていますか?葉になろうとしていますか?茎になろうとしていますか?それとも根っこになろうとしていますか?
人にもそれぞれ役割があります。自分が全てのことをこなせるわけではありません。
よく言うでしょう、歌手だって一人では何もできないんですよ。
作詞家がいて、作曲家がいて、オーケストラがいて、その上音響さんがいて、照明さんがいて・・・そして一番大事なのが何か?
そう、聞いてくれるお客さんがいてくれることなんですよ。
パートパートでそれぞれの持分はあります。何一つ欠けても歌は歌ではなくなってしまいます。
仕事にしても我々歯科医だけでは何にも出来ないんですよ。
スタッフがいて、技工所があって、材料屋があって、そして患者さんがいての話です。
最近このことを履き違えている者が多いように思う。
何でも自分で出来ると勘違いをする者が多いようにも思う。
人には役割があると言いました。その役割を超えてしまって、何でも自分でやれると勘違いをする者がいるのは如何なものか?
私は花がいい、オレは茎がいい、私は葉がいい、それとも下で支える根っこがいい?
何でも自分ひとりでできると言う思い上がった心は、少し考え方を変えればもっと気楽になるんですよ。

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2011年11月28日

世の中なんでも 帳尻があうようになっている

昨日は大阪は大変に盛り上がった一日だった。
知事選挙と市長選挙のダブル選挙があったからだ。
昨夜にはもう結果がすぐに分かっていて皆さんもご存知の事と思います。大阪を変えたい、その強い思いが投票率からも分かるように、若者はじめ無党派層にまで浸透していったのでしょうか。
大阪はタレント票と言うのがあると言われています。参議院戦でも知事選でもタレントといわれる方が当選したり、でもちゃんと結果を残さないとすぐに飽きられてしまう。面白いだけでは政治は勤まりません。
今世間で騒がせている、何処かのバカな御曹司にしても創業家というだけで、文句も言わず金を出してしまった子会社にも当然責任はあるはず。わざわざ東大の法学部まで出てもこんなことも分からないようではきっと皆さんも同じ思いだと思います。
本当にそのこのことを思えば他人の飯を食わせる事くらいさせなければいけないんじゃないでしょうか。
我々の仲間にも、親が医者と言うだけで後を継いだ奴も何人も知っていますがこれも途中で挫折したり卒業間じかに大学をやめたりしたのもいます。
俗に言う「お坊ちゃん」こんなのに限って、バブルで弾けて自己破産したり廃業したりしています。
自分を甘く見ていたのか、世間を甘く見ていたのか知りませんが、そのツケはちゃんとやってきます。
「天知る、地知る、人知る、我知る」帳尻は合うようになっています。
誰も分からないと思っていても、ちゃんとお天道様は見ておられるって事です。

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2011年11月26日

今日は一日忙しい日になりそうだ

今日は大学創立100周年だ。全国同窓会が開かれる。
ついでと言っては同窓に失礼だが、学年の同窓会も開催される事になっている。
卒業して暫らくは毎年のように開催されていたが、10周年を越えたころから各年になってきた。そして今年で30周年になってしまった。
懐かしい顔も見られることだろうし、今年は特に全国同窓会も開かれるので多くの同窓生が大阪に集う事になる。
年々、歳を取っていくのにこんな催しには毎回参加する奴が、早々に不参加の知らせが来た。なんと体調を崩していて診療も休診中だとか、早くよくなって欲しいものだ。
何人かの同級生が集まれば必ず話し合うのが「健康」と「仕事」の話だ。
また今度もこんな話が出るんだろうなぁ。中には何人も「爺ちゃん」「婆ちゃん」もいると思う。もうそんな話題が出てくる歳になってしまった。今年は30周年記念だが大学100周年の方に重きをおいて、我々の方は後5年先の大半の同窓生が還暦を迎える35周年を盛大にやってはどうかと言う意見が出て、何だかそちらの方向にいってしまうようだ。
でも早くしないともたない奴も出てきたりして・・・

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2011年11月25日

まんまと やられた

ここ2~3日 急に冷え込んだので風邪をひいた人が多いように思う。
アポイントからも変更の理由にこの「風邪」が多くなってきた。
自分も何だか身体がだるい。早速帰って熱いお風呂に入って早めに休む事にした。でも夜中に2回パジャマを着替えるほど汗をかいたので、今朝はスッキリと目が覚めた。
夜中に2回トイレに起きて、その時に飲んだ風邪薬が効いているのか倦怠感が薄れてきていた。
風邪のひきはじめには、私はドリンクを飲むようにしている。
同級生の薬局での話。
「ドリンクを飲むんやったら 高いのにせいよ」
「何でやねん」
「高いのが効くに決まってるやないか」
「どんな違いがあるねん」
「100円や200円くらいのは アレは水みたいなもんや」
「何?水?」
「当たり前やないか 有効成分が100円や200円で入ってるか」
「そらそうやな そしたらいくらくらいのがエエねん」
「2000円からかな」
「なんやて 2000円」
「そや それくらいからやないと有効成分は入ってないで」
「それ飲んだら効くか?」
「そら効くやろ」
「オレ2000円やったら1000円のを二本飲むわ」
「あほな奴やなぁ 風邪を治したいんやろ」
「そや」
「そしたらケチらんと2000円のにしとけ」
「ホンマに効くやろな」
「疑りぶかい奴やなぁ」
「当たり前やないか 1本2000円やで」
「医者に罹ってみ 2000円ではすまんやろ」
「まぁそやけど」
「そしたら2000円のにするわ」
「毎度あり」
そしてその場で2000円のを1本飲んだ。そして帰りかけて店頭を見たら同じのが1000円で売っていた。すぐさま引き返してこう言った。
「オイ 何で同じのが1000円で売ってるねん」
「バレタか 気がつきよった」
「当たり前やないか」
「しゃぁない そしたらもう1本サービスしとくわ」
「当たり前や でもこれってさっき言った1000円のを二本といっしょやないか」
「まぁ そういうことやな」
「有効成分が違うと言ったな」
「言ったかな」
「言ったで」
「まぁ 飲んでしまったらいっしょやないか」
「・・・・」
「難い事言うなよ 治ったらエエねんから」

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2011年11月24日

う~ん このオバチャンただ者ではなかった

今朝は風が強くてコートの襟を立てている人が多かった。
当医院はオフィス街にあるのでビル風がよりいっそう強く感じる。
駐車場にもその風は容赦なく吹き付ける。エレベーター式の駐車場だからセンサーの所に落ち葉が挟まると誤作動をするのでしょっちゅう係りの人が掃除をしている。掃除をしないと挟まって誤作動をするらしい。履いても履いても風が吹き込んでくるたびに落ち葉が舞っている。この季節街路樹も葉が落ちてより一層冬の準備をするみたいだ。
当ビルの管理のオバチャン、いつも綺麗に掃除をしてくれるがこの時期は大変だ。ビニール袋が毎回、3~4袋も落ち葉で一杯になる。
このビル風、経験した者しか分からないがもの凄い勢いで枯葉を撒き散らす。履いても履いてもきりがない。前の木の葉が全て落ちるまで毎日毎日掃除との戦いだ。
今日も落ち葉を掃除していたオバチャンに「毎日大変ですね」と声をかけたら「ココの木は葉が落ちたらすぐに冬がやってきますよ」と言われた。
でもこのオバチャンの凄い所はまだ他にもある。何がすごいかと言うと、ある程度落ち葉を掃除してもすぐには袋に詰めない。
なぜかと言うとこのオバチャンこのビル風を利用しているとか。
それはビルに当たった風はその場で「渦」を巻くからだ。
その「渦」を利用して掃除をしていた。暫らくするとその少し集めた落ち葉の周りに枯れ葉が集まってきて箒ではいた後のような小さな小山が出来る。するとその周りにまた枯れ葉が集まってくると言う見事な自然掃除器になっている。
オバチャンは何もしないでただ、その周りに散らばった枯葉を小山の方に寄せ集めるだけ。するとくるくると回りながら小山が見る見る盛り上がって中山になっていく。「凄い」と思わず声を出した。
オバチャンは何も無かったようにそれをビニール袋に詰めていく。
ただただ、凄いの一事だけ。やっぱりこのオバチャンただ者ではない。

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2011年11月22日

紛失したのは メガネか記憶か

このところ昔に比べて本を読む回数、時間が減ってきたように思う。
日頃からあまりテレビや映画、ビデオなどは見ないのだが、その分本を読む時間が大きなウエートを占めていた。
この前の日曜日も行きつけの眼鏡屋さんで検眼をしてもらったら、ワンランク老眼が進んできていると言われた。
仕事柄、メガネをかけないと全く細かい所までは辛くなって、拡大鏡にまで手を伸ばしてきているので、患者さん一人終わるたびに目の疲れを実感している。
そんなこんなで新しくメガネを作る目的で行っては見たが、カルテにはもう5個も老眼鏡があるらしい。このお店でしか作ったことが無いから、カルテどおりなら5個持っていることになっている。
診療所に2個家に1個、車に1個、後一つが分からない。
確かにカルテには5個になっているが、果たして後1個は何処へやったのやら。
その1個が一番最後に作ったやつ。という事は一番自分の目に合っているやつ。
最初に作ってからもう10年になるらしい。その間に二年に1個の割りで作ったことになる。もともと遠視だったから普段にはメガネは必要としないから、無くても過ごせた。今も普段はつけることが無い。新聞を読んだり細かい文字を見るときだけめがねが必要になっている。
どこかに置いた記憶はある。でもその場所が思い出せない。
その新しいのは今までで一番お気に入りで買ったから是非とも真剣に探そうと思っている。
でも、メガネが無くなった事より、思い出せなくなった自分にちょっとショックを覚えている。

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2011年11月21日

記憶の中からまた一つ美味しい味が消えていく

一昨日友人達とグルメ会なる飯会に参加してきた。
たまに集まるメンバー達で皆が無類の美食家たちだ。
おいしいものの探求には労力を惜しまない。
今回はスパニッシュ料理。大阪の福島にあるお店にイザ出陣となった。
なかなかスパニッシュを食する機会はないが(自分からはまず行かない)お誘いがあっての参加となった。
お店はそんなに広くなかったが、予約無しでは入れないお店。
メンバーの一人がちゃんと予約を入れていてくださったので、スムーズに入店できた。その間にも何人ものお客さんが来られたが、全て予約で一杯で待たれてお呼びがかかるまで待機するか、またの機会ってことで諦めて帰るか。やっぱりマナーとしては「予約」と言う素晴らしいものがあるからそれを生かさなきゃ。
ココのお店も繁盛店だがやっぱりお店のトイレの掃除は行き届いていた。なるほどなぁ、流行るには流行る訳がある。納得をして美味しい料理に舌鼓を打った。
昔食べた美味しいスパニッシュと言えば泉州の貝塚にあるお店。
最近は行っていなかったが、なにやら閉店したとか。噂には聞いていた。
残念ながら惜しいお店だ。ロケーションバツグンのお店。関空からの飛行機の離着陸がよく見え、それはそれはデートにはバツグンのぽ店だった。
そういえば同じように昔によく行ったお店が最近テレビに出ていた。お店としてではなく、マンションの分譲という事で、そのお店も20年以上前にはレストランとして流行っていたお店。海岸沿いにあるいかにもヨーロッパ調の素敵なお店。
段々とそんなお店も無くなりつつ、昔の味や雰囲気が懐かしく思うようになってきた。

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2011年11月19日

ゆっくりとした時間が流れる 土曜日だといいなぁ

今日は朝から雨模様。
家を出てくる時はまだ暗かった。今日の日の出は6時34分。
それ以前に家を出たから、車のライトを点灯させて走らせた。
雨だったから道は濡れていて、街路樹の下を通る時は気をつけないとタイヤが空回りしてしまう。
雨が上がったらやっと季節どおりの気温になるのか?
先日も東京の11月に入って二日に一度は20度を超えたと言っていた。
半袖の上にカーディガンで十分に過ごせる気候だ。
ビルの下を通る出勤前の女性の服装にもコートあり、マフラーありブーツありで冬使用にはなっているが、駅から会社までの間にきっと汗をかくに違いない。
私などビルに横付けで車を降りたら駐車場に入れたら帰りまでビルを出る事はない。(昼飯は除く)だから気温の変化にはきっと疎いと思う。
夏のシャツに冷えると思えばウインドブレーカーを羽織るくらいしか防寒はしない。
今年も残り少なくなったが、何かしらやり残した事がある気がしてならない。
診療室の模様替えもそろそろクリスマスバージョンにしてみようか。受付の上の飾りも秋から冬に代わっていかねばならない。
昨日も喪中のハガキが入っていた。そんな季節だ。
暫らくご無沙汰していた方からの突然の喪中ハガキ。本人さんだとショックは大きいが、ご家族の知らせにも複雑な思いがする。
日頃の忙しさに感けてなかなか連絡が取れない方には申し訳ないが、現代人の武器である携帯やメールには程遠い生活をしている私にはハガキや手紙が何となく好きなツールだ。
一度、お気に入りの万年筆で手紙でも書いてみようか。
便箋と封筒はいつも机の中に入っている。たまにはこんな気分の時に連絡を取ってみたいと思う。誰の所に行くかはお楽しみに。

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2011年11月18日

トイレの神様

最近詠んだ本の中でこういうのがあった。
人は自分が正しいと思っていることに、間違いがあるとは思わない。
段々と歳を取るに連れて頑固になっていくとよく言われる。
それは自分が生きてきた歴史の中で、それでよかったから今まで生きてこられた。だから若い者にも自分の経験からこうしたらイイだとか、こうすべきだと断定して話すから若い者から煙たがられる。
時代が変われば考え方も変わる。ごく当たり前のこと。
いい大人がそんなことも分からないのかといっても、分からない者には分からない。そういった見識が無いからだ。
そういっている若者がもうチョット歳をとって、彼らより若い人にきっと同じことを言われてみて初めてあの時の先輩達はそういってくれたのかと思うに違いない。
時が解決してくれるから
今時にはああだこうだといわないほうが良いのかもしれない。
堅苦しい話はさて置き、チョット気分転換にこんな話はどうでしょうか。
これもある本に書いてあったんですが、一時期「トイレの神様」と言う歌が流行りましたよね。昔の人がよく言っていた話を今風の歌にしたんでしょうが、実際にあった話だそうです。
ある飲み屋さんでの話。お客が少なくて経営的にしんどいお店があったのですが、そこのお客さんがこの「トイレの神様」的な話をしたそうです。たまたまついたのがそこのママさんで、その話に食いつきウチのお店でもやってみようとしたらしいんです。
するとどうでしょう、その月から毎月右肩上がりのお客の伸びで2年でもう一店舗お店が出来たという事です。お客さんがトイレに立ったときにオシボリを持って待っているなんてそんなことは常識の世界。わざわざトイレ専属の従業員を入れてお客さんがトイレに行くたびに終わった後にトイレ掃除と鏡拭きを実践したそうです。
お店は繁盛したのは勿論ですが驚くなかれこのトイレ専属の従業員がなんと一年に2回も宝くじに当たったそうです。確か2頭と3等。
給料が安いとか文句を言っていた女の子達もこのことを知った途端自分もそのトイレ掃除をしたらしいんです。するとし始めて半年以内に二人がロト6に何等かは知りませんが当たったという事を聞きました。やっぱりあるんですねぇ、こんなことも。

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2011年11月17日

無くて七癖 でもこれからはこんなことで悩むのかなぁ

今朝、いつものように7時前に出勤。準備をしていたら8時過ぎに患者さんが来られた。「9時半からですけど」って言ったら「8時半って書いてあるんですが」と言われた。
診察券の裏側に次のアポイントの日時と時間が書いてあるんだが、ちょうど升目のとことにかかっていて、8とも9とも読み取れる。
診察券には診療時間は9時30分からって書いてあるからって安心していたら、どうもその患者さんなるべく早い時間って言っておられた患者さんだった。診療時間前をご希望の患者さんは院長まで申し出下さいと書いてあったので、てっきり8時半からいけるのだと思い込みで来られた。準備は出来てはいるがセットは熱々、チョットだけお待ちいただいての診察開始。会社の時間が9時からだそうでそれまでに入らなければならないとか。まぁ当医院の前のビルの方だから1分とかからずに行けるが、後2~3回は通っていただかねばならない。
確かに思い込みの間違いはたまにある。木曜日に来られる患者さんは毎週木曜日に来られるから、その方が来られたらこちらも木曜日だと思ってしまう。たまに何かの用事で違う日に来られても、その方が来られたからこっちが勝手に今日は木曜日だと思ったりして。
また受付の子も文字に特徴があって1と7がよく似ていて、慌てて書いたらどちらか分かりづらい。慣れたら分かるが、そうでなければチョット考えてしまうのかもしれない。
そういえば患者さんの受診申込書にもそんなことがあった。申込書をレセコンに入力しようとして何度も聞きなおしたこともあった。
自分では分かっているつもりでも相手には伝わらないってこともある。癖と言ってしまえばそれまでだが子供のような字を書く大人が増えて困ってしまった。丸文字って言うんでしょうか、メールや、携帯がこうも使われたら文字を書く機会が益々なくなってしまう。
誤字脱字もひどいが特徴のある字もそれなりに困ったちゃんだ。

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2011年11月16日

跡取りなんて言葉は死語になりつつある

昨日の患者さんとの会話の中で、昨日書いた内容によく似た話があった。
「先生のお父さんは歯科医だったんですか?」
「そうですよ」
「ウチの父は職人だったんですが、息子は後を継ぐのを嫌がっているんです」
「今どきの子はなかなかいう事をきかないですからね」
「そうですね」
「でもそれがまた今の子らしくていいですよ」
「そうでしょうか」
「何をされていたんですか」
「お菓子職人なんです」
「いいじゃないですか お菓子職人さんって」
「今どきの人はあまりお菓子(和菓子)を食べないですから」
「そんなことないですよ」
「そうでしょうか」
「息子はパテシエをしたいらしいんです」
「いいじゃないですか 同じ職人さんだし」
「でも小さいながらも 老舗って言われている看板もあるし」
「そうですかねぇ 私の知り合いに同じ店の中に新しいのと昔からあるのとコラボしているところもありますよ」
「そうですか」
「後を継がなくても 息子さんは息子さんで意志は継いでるんですから」
「主人はまぁ仕方がないといっていますが、主人の母がねぇ」
「でもきっとおばぁちゃんも心の中では喜んでいらっしゃると思いますよ」
「そうでしょうか」
大体、こんな内容だった。何処の世界も跡継ぎなるもの、こんな具合の事が多いらしい。
親は後を継いでくれるとの思い込みが強く、跡取りさんは新しいことに挑戦したくなり、これは世の常。
連れの中にこんなのがいた。
昔は家業を継ぐ事をメチャクチャ嫌がっていた奴が今ではきっちりその家業を継いでいる。ある年齢になったらきっとその息子さんも分かってくれると思う。

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2011年11月15日

真剣な話だが さぁどっちだ

同級生の息子が歯科大学を卒業してそろそろ開業かどうかと言う話が出てきた。
我々の世代の子息はそろそろ卒業する年代になってきている。
中にはもう大学に残ったり、卒業して何処かの歯科医院に勤めたりしているのもいる。
開業か?跡継ぎか?そろそろそんな問題も出てきたみたいだ。
歯科医院が過剰な時代新規開業なんてリスクを背負うのは如何なものかというひともいるし、いや、今のうちに開業しておかないと益々、将来開業が難しくなると言う人もいる。
そいつも私同様歯科医の二代目だ。そいつは息子にこんなしんどい時代に新規開業なんかより後を継がせて自分は隠居しようかと思っていたみたいだ。
でも我々の時代と違って息子には息子の思いがあるはずだ。
そこのところを聞いているのかってそいつに聞いたら、まだ何も聞いたことがないといっていた。
ひかれたレールの上を行く事よりも自分で自分の道を行きたいとか言っているそいつの息子に一票入れたい。
我々の時代はそれこそ親の期待かそのほかの何かがあったのか、すぐに親元に勤めたのが多かった。
地方ならそれもありかもしれないが、親父と一緒にする事のしんどさはやったものにしか分からないんだろう。
私は暫らく大学病院に勤めたからすぐにではなかったが、しばらくゆっくりさせてもらったから親元に変えることに何ら抵抗は無かった。上手くオヤジに誘導されたのかもしれない。
果たしてコイツの所はどんな結論になっていくのやら。
時代が変わればなんとやらだと思う

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2011年11月14日

まだまだ震災の復興には程遠いんだなぁ

もう残す所あと一ヵ月半で今年も終わる。
そんな話を今週末、連れたちとの夕食で話していた。
もう今年も終わりやから何かやったことをお互い話し合ったが、大半の奴はまだ何といってやっていなかった。
中には震災のボランティアに行った者もいた。その話は前にも聞いたがそれは想像を絶する凄いものだったとか。
だから生きているだけで儲けモノといっていた奴が、今では一番の熱心なボランティアになっていた。仕事を持っているから有休をとって被災地にまで足を運んだ奴の話は我々のようなテレビでしか見たことがないものにとってよりどれだけ真剣な話か。
何か出来る事は無いか、話し合ってばかりでは何にも解決にならないのは分かっているが、まず、第一歩を踏み出す事を考えなければならない。
昨日一昨日と姫路でB1グランプリが開催されたと言う話になったが、そこで被災地からの参加のブースがあって多くの人で賑わったらしい。残念ながらグランプリは逃したが第4位だったとか。
町おこしのために始めたこのB1グランプリでも何かしら復興のためになればと言って並んで食べられた人の話をそのニュースでやっていた。
普通ならそれを商売にくっつけて何なんだというおしかりの言葉もあるのかもしれないが、今回の震災で皆が何かしら復興のお手伝いをしたいと言う純粋な気持ちから足を運ばれた方も多いのではないか。そんなニュースのせいか昨日の寄り合いのメニューは何故か焼きそば。単純な男達の発想かもしれないが、今までは絶対にこんなニュースに反応しなかった連中にも何か変化が出てきたのかもしれない。時事の事など何処吹く風の連中にこんな変化を齎した今回の震災、それは我々日本人にとって他人事ではない事を凄く感じさせられた出来事だった。
まだまだ震災は続いている事を心に刻み込んで何かしら皆で出来る事を考えさせられた。だからそんな食事の場でも東北地方の酒を誰かが注文して暫しその話で盛り上がってしまった。

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2011年11月12日

先輩の拘りは 女の子の拘りでもある

先日いろんな面でお世話になっている先輩の所に行く機会があった。この先輩はいろんなこだわりをもっていらっしゃる。
診療の終わりかけに行ったにもかかわらず、院長室で待たせていただいた。
いつ行ってもここの院長室の机の上には必要な者以外何も置いていない。いつも言われる口癖みたいなことに「机の上が汚い奴にろくな奴はいない」と言うのがある。その最も嫌われる汚いままの私が言うのもなんだが、どうしていつもこんなに綺麗にしているのか?こっちが聞きたいくらいだ。一度女の子に聞いてみたが、笑っているだけで教えてくれなかった。別に女の子が掃除をしているわけでもなく、それでいて机の上にはパソコンと筆記具ぐらいしか置いていない。書類類は横のサイドボードの上に分けておいてある。
この先輩のこだわりはココだけではなかった。
診療室のチェアーのところにもあった。知らなかったが、その女の子に聞いたところ基本セットにも拘りがあるらしかった。
基本セットは我々の必需品。何のこだわりか?特別なピンセットがあるのか?何か仕掛けがあるのか????
いいえ何も我々のところの基本セットと何ら変わりはありません。
そうしたら何が違うのか各チェアに置いてある基本セットを見てみた。分からない。何が違うのか。暫し考えているとその女の子が基本セットをセットしているときに分かった。
なんとココの基本セットはバットの中のミラーからピンセット、充填器、エキスプローラー、エキスカに至るまで並べる順番が決まっていると言っていた。何という拘り?そこまでやるかって言う感じ。先輩のこだわりは凄いなぁって思って後で聞いてみた。するとその先輩の言うには「オレの拘りよりアイツのこだわりの方がすごいぞ」って言われた。そうださっきの女の子のこだわりがココまで凄い事に今やっと気がついた。

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2011年11月11日

忘れていた初心の気持ち

毎回ではあるが、断食開け一週間は早い事。
あっという間に一週間がたちました。先週の今日に山に入り断食と止観をして今日でまる一週間です。
今日が終われば明日から普通食に戻れます。でも量は少ししか食べれません。胃が小さくなっているんでしょう。今回はこれに乗じて少しずつ減量を開始しようと思っています。
今回の断食会に参加した人の中に前々回からの参加者で東京から来られている人とよく話す機会があった。
その方大手銀行の法人部長さん。毎日、何百億円単位の話をしていると金銭感覚がマヒしてくるといっていた。我々からしたら、とてつもないお金だが、毎日扱っているともうお金であってお金でない感覚だとか。その方にこうも言われた。毎日医療関係で神経をすり減らしてるんじゃないですかって。そうだ私は医療関係者だった。
毎日何気無く仕事をしていると周りの人がどんな風に見ているのかなんて全く考えた事が無かった。
大変なお仕事でしょう、って言われて、「いえいえ」ともいえず、
「そうです」ともいえず。
やっぱり日常の事だが、周りの人々はそれなりに我々の事を見ていらっしゃる事、今回の参加でよ~く分かった。
手抜きなどしないのは当たり前、それでも一時緊張感を失くす事も無いとは言えない。毎回毎回緊張しっぱなしでは身が持たぬ。
人の命を預かる仕事だからって言われたときは正直、いささか恐縮した。
そうだ我々の仕事は人の命を預かる仕事だったんだ。
もう一度肝に銘じて今日は仕事をしようっと。

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2011年11月10日

違反事項は 破るためにあらず

断食明けといっても、今週一杯は米、肉、酒はご法度だ。
これをヤブって偉い目にあった人を何人も知っている。
断食開けの日にカレーライスを食べて顔に痣が出来て半年間も取れなかった人。その晩に酒を飲んで救急車で運ばれた人。その晩に彼女とチョメチョメしてイ○ポになった人。数えたらきりがないのである。そんな怖い断食明けを知ってしまうと怖ろしくて注意事項の通りすごさないわけには行かない。
一般の人はちゃんと注意事項どおりに過ごしてくれるが、今上げたこれらの違反行為を犯した人は皆、れっきとしたお坊さん達だ。
お坊さんは酒も絶ち、肉も絶ち、オネェちゃんも絶ち、なんてことは無い。全く世俗の我々と同じである。(なかには真面目に修行に励んでいる方もいる)
その怖い体験談も昔はよく効いた。しかし今どきに方は、これらが信じられないのか、はたまたそんなになるなら興味本位で一度やってみようか、って思うから始末が悪い。
一つ間違えば命に係る事だから絶対にやってはいけないと、口をすっぱくするくらいに言っていても逆効果な時もある。
何でだろうか?ダメと言えばそこを何とかやってみたくなるものなのだろうか?でも、命を懸けてまですることではない。
そういえば私も嘗て、断食開けの一週間以内にお肉を食べた事があった。その時はなんとも無かったが、その代わり志向が変わったことがあった。そちらの方が怖い気がする。

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2011年11月09日

言い方一つで 変わるもんですね

最近診療所の近所に新しいお店が次々オープンしている。
この周りはオフィス街だが、昼食時はお店が少なくて困っていた。
交差点に立って見ても回りに3軒のお店が新装開店していた。
韓国料理、和食、カレー屋、どれも新しく店内を改装しているが、前のお店のイメージがついて回るように思う。その内の2軒は、いつもいつも何かの業種が入っては代わりしている場所だ。
ここ数年で4回店が変わったいわくつきの場所。どうしてココだけ流行らないのかは分からないが、必ず半年くらいで閉めていってしまう場所。店の形が三角の土地だったり、大通りの一本裏通りだったり、風水的なことか、元々一番大事な接客や味の問題か?
でも何気無い場所でももう30年も続いている中華屋さんもある。
綺麗そうに見えない内装だし、味もそこそこだし、でも何故かつぶれずにやっていけている。何がそうさせているんだろうか?
ただ、そこのオヤジは頑固親父でしょっちゅう客とケンカしている。でも何故かつぶれない。不思議だ。
普通、ラーメンを作るのに出汁を取るのに朝九時頃に店を開けて、もう11時には出来るわけがない。焼き飯もベタベタではないにしてもパラパラでもない。簡単に言えば不味くは無いが美味くもない。本当にそんなお店だ。
でもココが大事だ。何がって?
不味くはないが美味くもない。と美味くはないが不味くもないだ。
同じような言い方だが大いに違うらしい。そんな話で先日盛り上がったので皆さんも考えてみてください。
この二つの言い方ではどちらの方が美味しいんでしょうか?
微妙に違うっていう結論になってしまいました。また何れこの話の続きはしますからそれまで考えてみてください。

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2011年11月08日

皆さんも一度お試しあれ

今回の断食はあっという間に終わってしまった。
毎回書くことだが、減量のためにだけ行っているのではありません。あくまで精神修行のためであります。
我々のようなものが言うのもおこがましいですが、普通の断食道場と何処が違うか?それは一日の三分の二の時間を費やして止観(座禅)をしているという点です。たかが止観、されど止観。
この行為が自律神経を刺激して身体内部から活性化してくれるというものなのです。
他にも同じような道場はあるんですがここ吉野山の道場だけは失敗例がありません。それはお寺ですること以上に皆さん一体感のなせる業ではないでしょうか。
最初は新入りに方が思いのほかハイテンションなのはよく分かります。そしてそのうち段々と分かってこられてこちらのペースになっていかれます。中には最後まで自分のペースでやってこられる方もいますが、それはそれで最後に孤独感を味わう事になります。
同じ場所で、同じ時間を共有した一体感がこうさせるのではないでしょうか。
皆さんが各地方に帰られてから、ここで得た体験を実践してまた来年お山でお目にかかりましょう。
そういう自分も今は体調面も精神面もマックス状態で気力体力の両面で充実しているはずです。
ちょっとハイになっているのが分かります。
一つだけ皆さんにも良いことをお教えしましょうか?
それは一日断食と言うものです。一日三食を抜く事で身体が活性化するんです。それだけでもやってみる価値があるはずです。
それではいつするか?それは自分が生まれた日の曜日にするといいらしいです。生まれた曜日?万年カレンダーで調べればすぐに分かります。日曜日の人は日曜日に、水曜日の人は水曜日にやれば他の日にやるより効果があるそうです。一度お試しあれ。

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2011年11月07日

めでたく今回も 無事万行出来ました

何とか無事に断食修行は終了しました。
今回は20名の参加者だったんですが、何人かは毎回参加者の方で、顔見知りの方が多かった。初参加の方も4名いらっしゃって、賑やかな会になった。断食会といってもお寺でやるからには修行の一環、そこは皆さん当然分かっていらっしゃるかと思いきや、中にはマイペースを貫く猛者も。どうして団体行動が出来ないかと思ってしまう。そういう方は誰にも迷惑をかけていないと錯覚しているんだろう、誰にも迷惑をかけていないのは皆が同じ行動をとって、規律正しくすることを何を勘違いしているのか、こういう方は多分社会に出ても自分本位な性格だと思われているように思う。
6時起床だというのに15分前くらいからゴソゴソしだすし、その事を全体ミーティングで行っても自分のことだとは全然思っていないし、昨日などは5時45分起床で5分前からまたぞろ起き出してトイレに、そして洗面。皆に絶対に起床時間前には起きないように言ってあるにもかかわらず、我関せず、マイペースの御仁。
自分もそれを見て反面教師的な、こんなになっていないかを反省しつつ、無事明けを迎えれることが出来た。
今年でまる14年。この会に参加している。当然最高回数であるが、毎回思うことだが、段々と体内時間が短くなってきているのが分かる。
昔は長いと毎回思っていたが、本当に最近は時間が短く感じられる。
この会を楽しみに来ておられる方がたくさんいる。その方々とも親交を深めつつ有意義な時間を過ごせた事に感謝、そして無事万行出来た事に感謝。

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2011年11月04日

もう始まっている 断食は・・・

昨日から年内最後の断食に入ってる。
向こうに行って必ず聞かれることに「断食前の最後の食事は?」
って言うのがある。各自自己紹介が始まって、今回参加するに当たっての心構えや、参加の動機、また何回目の参加で前回はどうだったか?の感想。そして最後に最後の食事は何を食べましたか?と言うのである。断食に入るから前もって食べておこうと言う方、いやいや、前もって食べたらしんどいから軽い食事で来られる方。
人それぞれである。全国から来られるからそれぞれの事情があるんだろうが、必ず言われるのに、新幹線や列車の中で皆がお弁当を食べているのに自分は食べれない。こんな辛い事はない。
日頃何気無く食事をしたり、当たり前になっていることが、何か一つでも制限されると凄く辛く感じられる。
人間には欲望がある。その中でも食欲だけは何より辛い。
この時期美味しい食材が山ほどあるし、食欲の秋と言う言葉もある。
全員が止観(座禅)をして瞑想にふける。頭の中は皆、食べ物の事ばかりだ。終わったら何を食べようか?断食開けには何をしようか?
様々な事を誰にも分からないが頭の中で考えている。
考えてないといってもそんなウソはすぐにばれる。食べ物の話をした途端、お腹が「ぐぅ~」となるからである。
全国から今回もたくさんの方がお山に帰ってこられる。久し振りの方もいると聞く。まぁ簡単に言えば全国同窓会みたいなものだ。
ハンドパワーを貰うための「合掌行」もある。
年に2度のこの断食に参加することが何よりの楽しみになりつつある。

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2011年11月02日

やっと来たか 今年最後の断食修行

ついにやって来ました、今週は断食ウィークです。
毎回言っていますがこの断食、健康断食のつもりで始めましたが、段々本気になってついには私のライフワークに近いものになってしまいました。春と秋の2回開催されるのですが、今年で15年目に突入するのですが、毎回新客さんたちとの出会いや、ともすれば同窓会的な雰囲気にも似た再会なんかもあったりして。
これの凄い所は
健康断食って思われるんですが、3日の断食で宿便を取るところです。宿便ってなかなか取れないんですが、止観(座禅)をする事によって自律神経が刺激を受け最後に明けの食事とともに溜まったものを一気に出す。それはそれはこれが体内にあったかと思わせるくらいの宿便が出ます。
一時ニキビや吹き出物が出ますが、その後、体質が変わっているのが分かります。風邪で寝込んでまる2日、ものを食べていないと何だかお肌がすべすべしているのと同じです。
断食で食べれないのは辛いと思っている方が多いと思いますが、いやいや、断食明けの食事を取るほうがはるかに辛いものなのです。
食べてもよい状態になっても胃が小さくなって食べたくても食べれない。でも腸内に溜まった宿便を一気に出してしまう、一種の快感。このためにやっているといっても過言ではありません。
初めて参加した人で2回3回と参加される方はそのままずっと続くでしょうが、最初が辛く思った方はきっと二度と参加するものかって思うに違いありません。新しい発見を目の前にして諦めてしまう。誠に惜しいと思います。ただ体重が減るのが目的ではなく、自分を見直す良い時間を頂く、知らない人たちとその時間を共有する。これってなかなか経験できない事です。

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2011年11月01日

人は進歩している 自分も進歩しなきゃ

人って段々と成長していくものなんですね。
いきなりなんですが、昨日久し振りに電話がかかってきました。
昔一緒に仕事をした後輩からです。その後輩は今地方の都市で開業しているんですが、最初はなかなか患者さんが来ないと嘆いてばかりでした。今では地域一番の歯科医院を経営するまでになっていました。当医院で仕事をしていた時とは見違えるほど積極的な先生で、患者さんからの信頼も厚く地元の商工会やら企業からの講演依頼も多数あるとか。どうしてそんなに変わったのかと聞いてみたら、意外な答えがかえってきました。
仕事ぶりは真面目でコツコツタイプ。出しゃばる事も無く坦々と仕事をしているって言う感じだったんですが、今ではマイクを持たせたら落語家顔負けの話しっぷり、しかも感動的な話を起承転結、キッチリと観客の心をつかむまでになったとか。
彼曰く、自分が聞いていて気持ちのよくなるように話す。一人ひとりの目を見て話す。こちらから相手の話を聞いてあげる。なんだか我々の仕事にも勿論共通するようなはなしだと思った。
寡黙と言う言葉がある。これは何も黙って喋らないというわけではない。必要な時に必要最低限のことは喋る。
患者さんとのコミニュケーションは大事、特に初診の患者さんはココの医院はどうなの?どんな先生?いろんな不安要素一杯で来られる。黙っていてはそれらを増幅する事になる。だから必要最低限の事だけ聞く。でもそれだけでは患者さんとのコミニュケーションはとれない。いろいろ聞いて参考になったことが多い後輩との会話だった。

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