2012年08月31日

8月ももう終わり  いろんな意味で大変な月だった

朝からギブスの巻き替えに病院に行ってきた。
予約は11時、早い目に着いておこうと思って行ったのが10時半。
それから待つわ待つわ、診察が始まったのが1時過ぎ。
レントゲンを撮ってギブスを巻き変え終わったのが2時過ぎ。
3時にはアポを入れていたからぎりぎりの時間。間に合うかどうかだった。
でも何とか5分前に病院に着いたが患者さんはもう来られていて待ってもらっていた。
「先生だいじょうぶですか?」
「いや送れて申し訳ない」
「いいんですが また怪我ですか・」
「いやまた骨折してしまって・・」
まだ私が骨折をしたのを知らない患者さん。
もう何人に同じ事を繰り返し言っている事か。
少々飽きが来ていたんですが、初めての患者さんには訳を言わないといけないから、一からちゃんとお話しをさせていただきました。
でもカルテを見たら骨折から一度来られている??という事はこの話は二度目?向こうが忘れているのか、こっちが言い忘れているのかは知らないがどっちにせよ迷惑をかけたのには変わりない。
早くなおす事に専念しようと思ったところです。

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2012年08月30日

今日はタクシーの当たり日なのかもしれない

いよいよ明日にギブスの交換?半分にしてもらえるか?
午前中は休診にさせてもらうのですが、昼からは診療をしています。
前にも書きましたが、ちょうど1週間前に先輩の診療所でレントゲンを撮ってもらったら、まだ骨折線が見えているとのこと、もう少しギブスが必要との先輩の判断だったが、こちらとしては不自由この上ないこの大きな代物を一日も早く半分にしてもらいたいのを強く担当の先生にお願いするつもりです。
全部外すのは私としては非常に怖いし、そうかといってこの不自由さをこれ以上続けるのも辛いし。
まぁどっちにせよ、明日のレントゲンの結果次第です。
それを見越してか後輩が明日、家まで迎えに来てくれるとか。
コレもありがたいことだが、後が怖いのには変わりがない。
もう一日この不便な代物とお付き合いをして、明日に大いに期待をかけたいと思う。
今朝も迎えのタクシーの運転手さんと話をしながら来ていたら、突然無線が入った。
何でも東海道線が車両故障で遅れているとか。こんなときは大阪駅が人で溢れタクシー街の長い列が出来るとか。
私を下ろしたらすぐさま大阪駅に直行だそうだ。
雨が降ったり車両事故や何かがあった時はタクシーの需要が高まり運転手さん曰く、人の不幸に便乗するのはどうかと思うが、生活に代えれませんから。

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2012年08月29日

コレって有り難迷惑?

昨日の診療終わりにたまたま近所を通ったといって連れが来てくれた。
毎日タクシーで通っているとここにも書いていたんで気を使って寄ってくれたみたいだ。有難いものである。
いつもはおなじみさんのタクシーに行き帰りをお願いしているが、昨日はちょうどそのタクシーが休みの日。だからビルの前で拾わなければならなかった。
でもありがたいには違いないが、コイツ重度のヘビースモーカーだ。乗った瞬間、タバコの煙で室内はもうもうとしている。
普段なら窓を開けたりして少々の難を逃れているが、この熱さだ、エアコンが効いているからそうそう窓も開けれない。乗って5分も経たないうちに服にタバコの臭いが染み付いていた。
気分よく迎えに来てくれているのに文句は言えまい。
少々なら我慢しないといけない、と思いつつもそろそろイライラしてきた。灰皿はもう満杯状態。溢れんばかりだし、周りには灰があちらこちらにこぼれている。中途半端に灰皿の中で火を消すものだから、中の吸殻に火が移り燻りだしたらもう車の中は燻製状態。
コイツも多少気を使ってコンビニのビニール袋に灰皿の中の吸殻を捨ててくれたがそれでも中の臭いは取れず本人よりも周りの人の方が悪い結果を齎すというのを実感した。
そして途中のファミレスに寄って軽く食事を取ってから家まで送ってもらった。
飯代を払ってもタクシーよりは安上がりだが服についた臭いやその洗濯代、何よりそいつの車に乗っていたら本当に病気になるかもしれないという恐怖。何やかんやで、トントンと言うところか。
まぁその迎えに行ってやろうと言う気持ちだけはありがたく受け取るとして、普段なら絶対に乗らない車だ。
そんなためにも早く自分で車を運転できるようにならないと・・・

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2012年08月28日

何故、一日は24時間なんだ

気がつけば今週で8月も終わりだ。
5日の日曜日に骨折をしてから3週間が経ってしまった。
ギブスでグルグル巻きにされているから、何処にも行けず、仕事場と家を往復するだけの単調な日々。
節電生活とは程遠いエアコンの毎日。少しでも汗をかくとギブスの中が蒸れて痒くなるから、痒いって言葉は私の周りでは禁句。
そう思うと少々の痒さが倍増するように思う。
でもその時に電話や、患者さんの診療をしていると痒さを忘れる。
他に気がいっているせいなのか?何にせよ後3日で一度ギブスを外す予定?です。待ちどうしいったらありゃしない。
初めての骨折の時は中学の一年生の時。校内大会のサッカーの試合中。このときは6ヶ月の入院。二度目は診療所での転倒。お盆休みの間に業者に床のワックスかけを頼んだ所、プロ使用と言うかピカピカに磨き上げられていて、その上に消毒液がこぼれているのを知らずに乗せた足が滑らせての転倒。
今回が同じ箇所を三度、よく「折れた箇所は強くなる」と言われるがそれは間違い、迷信。「折れた箇所は折れやすくなる」が本当の話。
考えても見てください、破損した義歯を繋ぎ合わせてもまた破損する箇所は同じ場所っていう事。三度も折れたらそこに応力がかかってまたすぐに破折するってこと。骨と義歯を同じように例えても仕方がありませんが、骨折箇所をボルトで留めるかどうか整形の先生と話をしたところこういわれました。
「この状態ならボルトを入れたらまたそこから折れますよ」
「先生そうしたらどうしたらいいんですか?」
「う~ん どうしましょうか?やっぱり保存療法でいくしかないですね」
「保存療法で」
「はい」
「それって?」
「ギブスを巻いてそのまま骨がくっつくのを待つんです」
「痛みは?」
「そりゃありますよ」
そんな会話でした。三度もやってりゃ、そんなことくらい分かっていますが、なかなか日にちが経たないのも分かっています。

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2012年08月27日

嬉しいような 嬉しくないような・・・

もう普段と何ら変わらないように診療をしていますが、まだ右足はギブスでグルグル巻きです。
今週末にはギブスを半分に切ってもらえるかどうか?何せ年齢が年齢だけに人より長くかかるといわれて些か焦ってはいるのですが。
「若い人なら4~5週でくっつきますが・・・」と言われ、やんわりと年寄りは無理ですと言われているみたいで。
そしてこの週末に先輩の所まで出向いていって、骨折をしたことを伝えるとこう言われました。
「暫らくオマエの顔を見んかったと思ったら何や骨折か?」
「そうです ちょい足を滑らせてしまったんですわ」
「ドンくさい奴やなぁ」
「しゃぁないですやん」
「もっと体重を落とせと言ってたやろ」
「ハイ すんません」
「折ってしまったものは仕方がないわ」
「来週、そこの病院でギブスを外すかどうか診て貰いますねん」
「そしたらそうして貰えや」
「その前に先生とこで一度レントゲン撮って貰えませんか?」
「何でや?」
「もし来週に行って、まだ早いって言われたらショックですから」
「そんなもん分かるかい」
「まぁ自分で納得するためです」
「しゃぁない奴やなぁ」
「お願いしますわ」
「お~い 誰かコイツの足のレントゲン撮ったれ」
レントゲン技師の人にそういって準備をしてもらって院長に撮って貰いました。
それから昔みたいな現像のではなくて、最新式のデジタル式のレントゲンで診て貰って一言。
「オイ 見事に折れてるなぁこら来週は無理やで」
「そうですか?やっぱり」
「もうチョット我慢せいや」
なんだか聞かなければよかったと思いきや最後にこうも言われました。
「エエもん食って栄養つけとけよ そうしたら早く治るわ」
「そうします」
折角体重が減るチャンスだと思っていたのに院長のその一言、何だか嬉しいような嬉しくないような・・・

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2012年08月24日

ご自愛めされよ ご同輩

日々、ギブスで固定された不自由な足のまま治療をおこなっている。
こちらが「お大事に」と言わないといけないのに、患者さん皆さんから「先生、お大事に」と言われて恐縮しつつも何とか診療をこなしている。
昨日もここのブログを見たといって友人から電話があった。
「オイ、またやったんか」
「やってしもうたわ」
「何度目や」
「三回目や」
「もうエエ歳してるんやから気をつけんとアカンぞ」
「わかってるわ」
「分かっておったらもっと気をつけや」
「煩いなぁ それで何や今日は」
「何にも無いわ どうせ暇してると思ったから電話したんや」
「おおきに」
「そうしたら夏休みは何処へも行かんかったんか?」
「いけるわけないやろ」
「そらそやな」
「病院通いばっかりや」
「しゃぁないな でも病院の若い看護婦ばっかり見てるんとちゃうか?」
「アホ オマエとちゃうぞ」
「オレの時は年増ばっかりやったわ」
「オマエいつ入院してたんや?」
「今年の初めや」
「知らんかったわ」
「誰にも言ってないからな」
「一言言えや」
「言うたら見舞いに来てくれたんか?」
「いや 行けへん」
「そしたら言うだけ無駄やないか」
こんな会話だったように思う。
我々の年齢になったらいつ病院のお世話にならないとも限らないから日々注意をしないといけないという当たり前の結論になってしまった。

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2012年08月23日

こんなところにも気を使わないといけなくなった

毎朝決まった時間にタクシーに迎えに来てもらっている。
通勤に使う道は今までと何ら変わりがないが、今日まで何台かのタクシーに乗せてもらっているが、若干の料金の違いがあるがそんなに大きく変わることが無いと思っていた。しかし実際には最大で数百円位の差が出ていることに気がついた。コレが毎日続けばつもり積もれば大きな金額になってしまう。
だから今日来てくれた運転手さんに聞いてみた。
「運転手さん 毎日いろいろタクシーに乗せてもらって同じ時間や同じ道を通ってきてもらっているのにどうしてこうも値段の違いが出るんでしょうか?」
「そんなに違いますか?」
「エエまぁ 数百円くらいですけどね」
「100~200円くらいなら渋滞や信号待ちでありますけどねぇ」
「そうでしょうね」
「きっとそのタクシーは御宅に行かせて貰う前にメーターをたおしているんじゃないですか?」
「そうでしょうね」
「今どき何処もそんなことをしている所は少ないんですけどネェ」
「そうなんですか?」
「そんなことしていたら お客さんに逃げられますわ」
「やっぱり」
「初めてならまだしも、大体の時間や料金を知っているお客さんならそんなことをしたらあきまへんわ」
「まぁなんとも言えませんがネェ」
「我々もサービス業ですから」
こんな会話だった。でもその運転手さんにしたら当たり前のことをしているだけなんでしょうが、今の時代、当たり前のことをしていたら生き残れない時代になってしまったような気がする。

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2012年08月22日

時間があればいろんなことを考えてしまうものです

この歳になってみると、多くの方々と知り合いになっていますが、
本当の意味での友人、親友は歳とともに変わりゆくものです。
幼馴染や小中高の同級生、大学の同級生やクラブの先輩後輩、
それから同じ支部の先輩後輩、趣味での出会いや腐れ縁の仲間達。
多くの人達に支えながらもこの歳になってみてふと思うことがあります。
本当に困ったときに力を貸してくれる奴が本当の意味で私の一番頼れる友なのか。
好調な時には誰でもすぐに寄ってくる事は分かっています。
自分が不調なときにこそ、力を貸してくれるのが本当にありがたいって思う今日この頃です。
日頃は滅多に連絡をくれなくても、ここぞと言うときにはキッチリ力を貸してくれる、果たして私自身はそんな存在になっているんだろうか?
損得ばかりを気にして、目先のメンツやそんな小さな事で足るべきことを忘れていないか、今回自分が骨折をして周りの支えがいかに大事か思い知らされました。
早く足を治してその人たちに恩返しが出来るよう、コレはお世辞で言っているんじゃなく、本心から今回お世話になった人たちに何か恩返しが出来ないか考えている所です。
今の私動くに動けず、助け無しには何も出来ないってことが身に沁みて分かった次第です。
何気無い一言、何気無い行動、それで大いに助けられている人がたくさんいらっしゃると思います。そんな人たちに何か役に立つ存在になれるようにって思う今日この頃です。

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2012年08月21日

ありがたい話しですが う~ん困った

昨日の診療終わりの事、荷物もありスタッフにビルの下まで持ってきてもらいタクシーをひらって貰おうとしたら、ビルの前に2台のタクシーが停まっていた。そして向かい側にも1台のタクシーが。
それらのタクシーをよく見れば、朝、自宅まで迎えに来てくれたタクシーだ。
帰りは当ビルの前は何台もタクシーが通っていて拾って貰うには何の苦労も無い。朝に乗ったタクシーの運転手さんとの話しではタクシーの業界も我々と同様、結構厳しいらしいとの話。
それで迎えに来てくれたのだろうか?それとも偶然か?
女の子に荷物を持ってビルの前に出てきて、入り口に停まっているタクシーを呼びに行ってくれた。私が松葉杖で出てくるとすかさず向かい側のタクシーの運転手さんが出てくれたが、女の子はそんなこととはいざ知らず、一番近くにいたタクシーを呼んでくれてそれに乗って帰ってきた。
乗ってからその運転手さんにこのことを言ったらこういわれた。
「我々も日々戦いですから」何だか勝ち誇ったように言われた。
近距離で何度も乗ってもらうのもいいが、予め分かっているお客さんの方がありがたいって。
そりゃそうでしょう、自宅からだと片道数千円の運賃。コレをモノにするかしないかでは、大きな違いだ。
という事は、今日の帰りも何台かのタクシーが待っているのかもしれない。そうなると何にも知らない女の子に決めてもらう事にしよう。
自分で決めるには何だか気が引けるから。皆さんいい運転手さんだったから。  う~ん悩みは尽きない。

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2012年08月20日

いざ勝負、どちらが効果あるんだろうか・・・

この土日は平和と言うか、動けないもどかしさで悶々としていた。
何処が不自由でも困ったものである。が、もしも我々が手に怪我でもしようなら仕事にならないし、内臓が悪くなっては入院して診療が出来ない。私のように足が悪くなったら動けないが、手や頭や内臓がいたって元気だから始末が悪い。
動きたくても動けない状態が一番身体には悪い。諦めがつかない。
土曜日にはいきつけの病院で、ギブスの先が足に食い込んで痛かったからその先を少し切ってもらったらすぐさま快調になった。
でも、少し切っただけでギブスがずれるようになった。
まぁ膝のところで引っかかってはいるが、位置が少々ずれたのかもじれない。
あと2週間で今の半分になるらしい。半分になったギブスの時が一番事故が多いらしい。
それと医者からこうも言われた。
「もう若いときのように骨のくっつきがよくないですから」
若いときのように?些かこの言葉に引っかかったがズバッといわれたら返す言葉も無い。
カラはでかいが骨は軟い、そんな身体を背負っている足腰には感謝しつつ、今回のことで幾分、いや大分体重を減らせるだろうと心の中では思っている。
友人の同級生は糖尿病のための強制入院で近所にいるが、強制入院よりもこっちの方がきっと痩せれるんだと自分に言い聞かせながらギブスの取れるのを心待ちにしている。

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2012年08月17日

最近のタクシー事情とは・・・

今日もタクシー通勤で診療所に出てきています。
いつものように自分の車は運転できなくて仕方なく行き帰りはタクシーを利用させてもらっています。
昔は個人タクシーオンリーだったんですが、最近のタクシーはお客さん第一の教育がなされているのか、非常に心地よく利用させてもらっています。
片道、5千円弱、往復すれば1万円弱なんで結構堪えます。
でもタクシーにしてみたら、エエお客になるのは間違いありません。
だから「明日もこの時間にここへ来ましょうか?」
何だか向こうからのアプローチがその事を物語っています。
たまたま朝の運転手さんも帰りの運転手さんも良い方だったから、お願いすることにしました。
何でも今のタクシー業界も生き残りが大変らしく、お客さんの取り合いだとか。我々の業界と一緒の様子です。
でもここで一つの疑問が生じました。
同じ道を通ってもらっているにもかかわらず、行きと帰りで700~800円の違いが生じる事。
まぁ100~200円なら渋滞状況や何かであるのは分かりますが、これはいったいどうしたことか?
たかだか数百円といえども毎日の事なら積み重ねれば大きな金額。
納得いくのなら仕方がないが、納得行かない事はとことん追求するタイプの私だから、ここは一度ゆっくり調べてみようと思う。

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2012年08月16日

やっちまったなぁ、またまたご迷惑をおかけしま~す

久々に戻ってまいりました。
オリンピックを見に行っていたと思われがちのお休みでした。
しかとこの目でオリンピックは見ました。が、しかし・・・
実のところオリンピックを見るには見たが、それも全種目(テレビ中継)
夜は夜で明け方までの生中継。そして結果が分かっているVTR.
いや~見ましたよ・・・ベットの上で。
そうなんです。またまたやっちまいました。《骨折》
もう何度目か?って聞かれるのにも慣れました。
大腿骨骨折、全治3ヶ月。ギブスに包まれながら今日から仕事をしています。
救急病院の先生は「せめて1ヶ月は絶対に安静ですよ」の言葉をかけていただきましたが、今日から仕事に来ています。(ごめんなさい)
まだ10日しか経っていないのに・・・
骨も折れたままなのに・・・
寝返りも出来なくて、トイレにも不自由なのに来てしまいました。
零細企業の歯科医院では患者さんに迷惑をかけることが出来ないんです。今週はお盆休み前の今回の怪我でかなりの患者さんに時間や日にちの変更をお願いをしたので、何とか今週だけは出てきますが、来週以降は間引き運転ならぬ間引き診療になってしまいます。
本当にごめんなさい、ご迷惑をおかけします。

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2012年08月04日

オリンピックも半分が過ぎようとしている

昨日深夜のオリンピックのなでしこジャパン、見事でした。
深夜にもかかわらず、多くの人が応援していたと思います。
ブラジルに終始攻められていましたが、見事守りきりました。
個人技でははるか及ばなくても組織力では十分に太刀打ちできるのが今のなでしこジャパンの大きな特徴です。
しかし準決勝には強豪が揃っていますし、そこを勝ちあがって初めて真の王者だと言えるんではないでしょうか。
女子にばかり目を奪われがちですが、男子のサッカーも十分メダルを狙える位置に来ています。
連日の日本人選手の活躍には眠い目を擦り擦り応援しています。
期待倒れになっている競技とかもありますが、以外やこの競技にはあまり期待していなかったという競技が頑張っているのには拍手喝采物であります。
期待されてその通りの結果を出すのがいかに難しいか、今回のこのオリンピックを見てもよく分かりました。
後もう少し、今日からは陸上競技も始まっています。
体力的には見るからに劣っているように見える競技も、何があるかは分かりません。最後まで頑張って欲しいものです。

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2012年08月03日

オリンピックもそろそろ寝不足で辛くなってきた

連日のオリンピックでの日本選手の活躍、凄い事だと思う。
でもメダルを取れるのはごく僅かな人たちで、結果は大半の選手は参加することに意義があるくらいのことだが、それでもその分野の第一人者だからこれまた凄い事だ。
自己ベストを更新する、そして入賞、あわよくばメダルに手が届くくらいの選手は、並大抵な練習量ではない。
同級生に水泳のコーチが居て、オリンピックに参加した事があるっていっていたが、100名の選手がいたらその倍くらいのコーチがいる。ましてメダル候補にはコーチのほかにいろんな人がくっついている。フィジカルコーチ、メンタルコーチ、専属のトレーナー、それらの人が一人の選手についている。
またその種目の役員などが日本選手団と言うことだ。
ある国ではメダルを獲得すれば、凄いご褒美が待っている国もある。
日本でもメダルの色によってそれこそ報奨金が支払われるが、その額は僅かである。
でもそれ以外にもテレビCMなどこれからの人生で「メダリスト」という肩書きがついて回る。
それこそタレントに転身する人もあれば、本を執筆したり、講演会で一生涯食っていける人もいる。
今のメダルの数を見てみれば、にんじん作戦を行っている国のメダルが多いように思う。
ただそれがいいのかどうかは分からない。
でも選手もそうだが、「あのメダリストを育てたコーチ」という肩書きも捨てがたいとその同級生は言っていたのを思い出す。

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2012年08月02日

天知る 地知る 我知る 人知る

昔からの知り合いに、口の上手い奴がいる。
コイツも話は半分に聞いていてちょうどいいくらいだ。
暫らくぶりで連絡があった。何かと今まで迷惑のかけられっぱなしの奴だ。
そいつが心を入れ替えて今までの事を謝罪したいと言ってきた。
でも何度も今度こそ、今度こそと言っては騙され続けてきた奴だから、まともに信用出来ないでいる。
でも、今回ばかりは自分のおしりに火がついていて、どうしようもなくなって泣きついてきた。
罪を怨んで、人を怨まじ。でもコイツの場合は逆で、人を怨んで、罪を怨まじな奴だから、真剣に信用できない。
しかし人は追い詰められると本心が出るようで、今までのいろんな事を喋りだして、表面上は改心しているようにも見える。
でももう遅い。サイは投げられた。後はちゃんと悔い改めるかどうかで決まる。まぁそいつ一人が悪者ではない。周りの連中も同罪である。いろんな事が表面に現れてくるからコレからが楽しみだ。
助けを求められたら、助けもしよう。でも最後のチャンスを自ら逃してはどうしようもない。
まだチャンスはあるから、早い目に修正したほうがいいのかもしれないって思ったりする。
お天道様はちゃんとお見通しってことだ。

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2012年08月01日

生き方に人がとやかくいう事は出来ない

今日から8月に突入だ。
連日暑い日が続いているが、オリンピック放送で皆さん寝不足にはなっていませんか?
連日白熱した試合が行われていますが、何だか「誤審」が多くあって妙に興味がそがれるように思うのは私だけでしょうか?
折角の試合が誤審で台無しになるのがもったいないように思いました。
正確なジャッジは勿論の事、その為に折角のメダルを逃したなら何をか況や。
ビデオによる見直しも大事な事だが、審判にももっとプロ意識を持ってもらいたい。
自国に有利な判定は嬉しい事だが、それでメダルを取っても後味が悪いのは如何なものか。
嘗ては、試合中に傷めた箇所を攻めないで負けてしまって銀メダルになった柔道選手は後に「ヒーロー」になったし、それは勝負士としてどうかと言う議論もあった。
私はそれが正しかったのか間違っていたのかは分からないが、その人の人生や生き方の問題だと思う。
勝負に拘って今までの練習や辛い事が勝つことが一番で、それで勝負に拘ればどんな手を使っても勝てばいいし、それで何を言われても後世に名を残すだろうし、勝つことよりも大事なものがあるって感じた人には勝負よりその人の今までやこれからの生き方に拘ればよい。それで一番に慣れなくてもそれはそれでその人には満足いくものであったなら。
でも後に、「あの時のあのやり方でよかったのか?」
って思うようなことがあればそれを考え直す時間も必要な気がする。
それらは人それぞれ。我々がどうのこうの言える筋合いではない。
その人の生き方、人生なんだから。私ならこうするというのはあるが、それもまた人それぞれ。どっちがいいのか分からない。

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