2012年09月28日

些細な事が分かった

9月もいよいよ終わろうとしている。
考えて見ればこの二ヶ月は骨折をしてギブスを巻いて、散々な夏を過ごす事になった。
でも考えようで、真夏に出歩かなくて良かったと思うし、家の中にジットしている事の無かった私には一日中家にいるなんて今まで考えても見なかったことでいろんな事の発見があった。
またこんな不自由な状態で困ったときって人の優しさが身に沁みるものだ。
今回で三度目の骨折、それも同じ箇所、いつも言うように骨折すればそこは強くなるなんて全くの迷信を身をもって体験したから、周りの人にはこう言う様にしている。
「骨折したら気をつけないと同じ箇所をまたしますよ、私がいい例です」
こういったら皆さん迷信だったんだと気がつかれたことでしょう。
歯医者は腕を骨折すれば仕事が出来ないので諦めもつきますが、足の骨折なら杖をつきながらでも仕事が出来ます。
だから患者さんには「歯医者は腕の骨折以外は仕事は出来るんですよ」と強がって見せている。
確かに手と口さえあれば仕事は出来ます、(動きは少々トロイですが)
そんなことを患者さんと話しながら、何とか二ヶ月が経ちました。
その間タクシー通勤もしたし、帰りに送ってくれたり、見舞いに来てくれた友人達もいました。
困ったときに助けられると今まで以上ありがたさが身に沁みます。
患者さんのある方が昨日診察に来られて、見たら同じように松葉杖状態で来られた。そしてその方も膝を怪我されて不自由さを実感したといってらした。お互い松葉杖状態の二人が受付で話しこんでいたらきっと他の患者さんにはどう見えたんだろうか?
その後で来られた方も杖で来られていた。健常者にはこんな杖で生活しないといけない方の不自由さは理解してもらえないだろう。
杖をついて分かった事、それは道路って真っ直ぐではない事、真ん中が少し盛り上がっていて杖をついては歩きにくい。雨などが降った時に側溝の方に流れるようになっている。
ちょっとしたことも身体が不自由になってこそ始めて気がつくことだ。

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2012年09月27日

物騒な話でも何だか分かるような気がする

昨夜に連れから電話があった。
「どうしたんや こんな時間に」
「チョット聞いてほしい事があってな」
「何やこんな時間にかけてくるって よっぽどの事か?」
「今日、オレ宛に国際郵便が届いたんや」
「オマエにか?」
「そうや」
「どこからや」
「上海からや」
「上海?」
「そや」
「何が届いたんや」
「分からんねん」
「何が分からんねん?」
「送り主が知らない会社や」
「開けたんか?」
「いや開けてない」
「どうしたや」
「宛先がオレやからオレ以外は開けれんって」
「気味悪いから弁護士に相談したんや」
「それで」
「気になるんやったら 警察に持って行けって」
「それでどうするねん」
「そやからオマエに聞いてんねん」
「いきなり中国の上海からっておかしいな」
「そやろどうしようか?」
こんな話やった。暫らくしてからまた電話があった。

「さっきの話な もうエエわ」
「何や急に変わったやないか」
「解決してん」
「どう解決したんや」
「送り主は分かったんや」
「誰や?」
「○○や」
「なんでアイツやと分かった?」
「オレから返事が無いから向こうから電話がかかってきた」
「何て?」
「今日荷物が着かなかったか?って」
「着いたけど分からん物やから警察に届けようかって」
「それで」
「アレはオレが送ったものやって」
ほんまにこの時期に物騒な話やないかって思ったと言っていた。
何せ相手が中国やし、依頼主の名前が書かれていなくて、向こうの工場からの名前だけやったらしい。ほんまにこんなことでも過剰に反応するくらい今の我々には厄介な国になっているって話でした。

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2012年09月26日

こんな癖があったとは・・・

暫らくぶりに車の運転をしたらいろんな事が気になった。
今まではタクシー通勤だったがいざ自分の車で運転してみて思ったことだがこんなことが分かった。
それは自分の運転では絶対に右車線を走っているという事。タクシーに乗っていたときには何かしら違和感を感じていた事がこんなことだったとは自分が運転してみて分かった。
二車線で左折の時は勿論左側を通るが、普段は何気無くでも必ず右車線を走っている自分に気がついた。
だからタクシーに乗っていて「何でこんなに混んでいるんだろう」って思ったものだ。
追い越し車線だからではない、何かしら左を避ける癖がついているのかもしれない。
自転車しかり、バイクしかり、歩行者も信号待ちで横断歩道に少し出ている人もいたりして、自然にそれを避けていたからか、右側車線をずっと走っていたように思う。
毎日同じ道を走っていても景色も少し違いを感じたし、掴まる信号もタクシーのときとは少し違う。
自分では気がつかないがそんな癖がついていたんだと自分で運転してみて分かった。
連れの運転にしてもそうだ。
時々、帰りに迎えに来てくれる奴もそうだ。ギリギリまでブレーキを踏まない奴。逆にすぐにブレーキを踏む奴、人それぞれだ。
だからアイツの車に乗ったら肩が凝ってしまうのかとも思った。
無くて七癖とはよく言ったものだ。

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2012年09月25日

心配事がまた増えた

最近、私のお気に入りのお店がいくつか廃業してしまった。
暫らくぶりに電話予約をしようと思ったら、なかなか出ない、
今日はお休みかと思ってまた違う日に電話を書けたら、また出ない。
連れに近所を通ったら見ておいてくれって言ったら「シャッターが閉まってるぞ」の返事。 あららお店を辞めた?それとも移転?
どっちにせよそこにはもう無いという事か。
お商売屋さんだからそれなりの理由があるはず。お店を辞めるというには。
経営不振?もっと良い場所に移転?いろいろ考えたが分からない。それとも経営者の体調不良?(私みたいに怪我や病気)なら開け続けるのは難しい。
そんな中、同級生と話の中でこんなのがあった。
「そろそろ引退を考えてるんや」
「何や いきなり」
「そろそろ仕事がきつくなってきたから」
「何いってんねん まだこれからやないか」
「そうかて 仕事のわりにきつくなってきたからや」
「皆同じや」
「無理がきかへん」
「オレも同じやないか」
「時間を減らすか 代診でも置いたら?」
「それも考えた」
チョット弱気な発言だった。イケイケドンドンの奴なのに急に弱気の発言。 何か気になる。

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2012年09月24日

さぁ 仕切りなおしだ

昨日、先輩の診療所に行った時、ギブスの半分を取ってもいいか訊ねたところこんな答えが帰ってきた。
「先生もうそろそろ残りのギブスを取ってもいいですか?」
「残りのギブス?それいつ半分にしたんやった?」
ああコレで先週半分にしてもらった事忘れているなと思い、
「もう二週間前だったと思います」
「そうかもう二週間か」
「・・・・」
「それならぼちぼち取るか」
心のなかで「やった!」と叫びながら点滴をしに点滴ルームへ。
看護師には「先生 上手い事誤魔化しましたね」と言われながら。
点滴が終わって帰りがけに院長に呼び止められました。
「おい ちょっと院長室まで来い」
「はい・・・」
ヤバイばれたか。ドキドキしながら院長室で待っていると、院長が入ってきた。
「オマエ ギブスを半分にしてくれって先週言わなかったか?」
「そうですか? 先々週と違いますか?」
「まぁどっちでもいいけど しんどい思いするのはオマエやからな」
「・・・・」
「今度折れたらワシ知らんからな」
「・・・・」
こういわれながら帰って来ました。
やっぱりばれてたんやと思いながら今度は自分に賭け様と思い半分のギブスを家に置いて今日は朝から自分の車で仕事に来ています。
タクシー通勤ともオサラバ、でも秋の交通週間この間だけでも大人しくしようか、まぁ検問に引っかかる事はないが暫らくぶりの運転は結構気を使うものだ。

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2012年09月21日

さぁ これで復帰準備完了

本当は今日が今現在も巻いているギブスを半分にしてもらう日でした。でしたと言うのは、もう先週に先輩のところでレントゲンを撮ってもらいOKのお墨付きを頂いたので、ギブスを半分取って貰い、楽な一週間をさせていただきました。
しかし最初に受診した病院で今日のアポをとってある関係上、行かないわけにはいきません。でももうやることをやってあるので、いっても仕方がないんで丁重にお断りの連絡をさせてもらい、定期検査のときによろしくと、連絡させていただきました。
やっぱりあると無しではこんなにも違うものかと実感し、今現在は生まれたての赤ちゃんよろしく松葉杖を放されては何にも出来ない自分にチョット恐怖と心配が付きまとっています。
風呂にも気をつけないと、本当にこんな危ない所は無いというのが実感、それで急遽、手すりを付ける事に、トイレにはついていたんですが、やはりコレからを考えて風呂場にもつけることにいました。
やっと車にも乗れることに、でもまだギブスを取ったばかりでは思うようにすぐには運転できるか心配です。
ディーラーに車を二ヶ月も乗っていないとバッテリーは大丈夫なのか聞いたとこ、今の日本車は二ヶ月くらいではバッテリー上がりはしないとのこと。でも前回の交換からちょうど2年が経っているのでやはり交換したほうがいいんじゃないかと相談して交換に行くことにしました。
まぁ遅かれ早かれ交換する時期に来ていたんで諦めもつくというもの。
コレで朝晩のタクシー通勤ともお別れです。何だか寂しいような嬉しいような。

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2012年09月20日

何でもかんでも便利になったのはいいが・・・

今朝いつものようにタクシーに迎えに来てもらっての道中、
あることに気がついた。
それは途中にある皮膚科と耳鼻咽喉科の病院の前で多くの人が行列を作って並んでいる光景だった。
そこは予約制ではなく行った順番で診て貰えるらしく、家人も行った事があるといっていた。
近所には接骨院や整骨院の多くが朝早くからお年寄りが並んで順番を待っているらしいが、我々歯科医院くらいか予約制という看板を上げているのは。
どちらがいいのかは分からないが、確かに予約制なら、大体の患者さんの数は把握できるが、予約制でなければ何人の患者さんが来られるかは分からない。
予約票に空白があるのもイヤだが最近では「自動予約システム」とやらが流行ってきている。
コレは電話の自動予約システムで患者さんの希望する時間を自動案内で取れるという優れもの。
後輩のところに早くもそれが導入されていて興味があったのでそいつに聞いてみた。
でもその後輩曰く、自動予約システムも良し悪しだとか。
患者さんにそこの医院の空き情報まで見られてしまう。
あまり空き空きだと、ここの医院は大丈夫かと心配されるからって言っていた。確かに出来る受付ならそこのところは上手く対処してくれるが機械相手だとそうもいかないようだ。

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2012年09月19日

季節は着実に変わっています

今週は実質4日間の仕事になります。
同じ週に二日も祝日があれば何だか仕事をしていても皆気もそぞろで患者さんにしてもどこか休みの話しばかりをしています。
確かに祝日があれば実質働く日にちが減るわけで、技工物もセットや何かにしても予定の日にちに患者さんが来られなくなったり、他の日に回ってもらうと、その日の患者さんに迷惑がかかったり、結局は誰かにそのツケが回ってくるのです。
実日数が減れば当然収入も減るわけで、あまり休み休みといって喜んでばかりもいられません。
今日から彼岸の入りです。日頃ご先祖さんにお参りに行っていない私も久し振りに仏壇にお線香をあげるなど、日頃しないことをして家族に嫌味を言われたりしています。
せめて盆正月くらいは日頃ご無沙汰していてもちゃんとお参りに行く事くらいはしたいもので、今度の中日にはお墓まいりにでも行こうと考えています。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、本当に日一日と季節は変わっているのを実感しています。
気候がよくなれば行楽シーズンに入ってあちらこちらの行楽地は混雑するでしょうし、やっぱり家が一番と結局の所出不精になってしまうのがオチです。
今年は足の怪我でなかなか出れないけれども今週にはもう半分のギブスを取ってもらう予定ですのでそれが出来れば、今年の後半は「リハビリ」と言う名目の元、あちらこちらにいければいいのだが・・・

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2012年09月18日

人に優しい街 難しいけど大事な事

先週末、大阪の岸和田でだんじり祭りが行われました。
前にも書いたと思いますが、この岸和田って言う街は「だんじりで始まりだんじりで終わる」と言うくらい生活の中心がこの祭りです。
最近ではテレビでの中継もあったりしてメジャーになってきていますが、私達の学生の頃の祭りは「けんか祭り」で有名でした。
高校時代など岸和田の同級生は当然休みだし、会社や役場も休みでした。
世間のカレンダーは表紙の次は1月から始まるのに、ここ岸和田のカレンダーは表紙の次は9月から始まっています。
一度地方の連れにこのカレンダーを送ったところ、印刷ミスだと思っていたそうです。
朝早くから女の子達は美容院に行列だし(祭り用の編みこみ頭)をしてもらいに行くのに夜中の2時3時から行くって言っていました。
祭りの話はこのくらいにして、実は今週の金曜日に足のギブスを半分にしてもらう予定でいましたが、待ってられずに先週の土曜日にこの岸和田の先輩の診療所でレントゲンを撮ってもらって半分に切断してもらいました。その上足に巻いてあった綿を外して足を拭いてもらって満足この上ないって感じでした。松葉杖で歩いても軽くてルンルン状態でしたし、ただ車の運転にはもう少し時間がかかりそうでした。
連れに迎えに来てもらい昼飯を食べに出向いたりしましたがやっぱりまだ段差のあるところや階段のある店は無理でした。
足を悪くして初めて分かる事ですが、身体の不自由な人にはかなり辛いことが多いと思うように思いました。
公共施設は段々とそれも改善されてはいますが、まだまだそんなのはごく一部で、これからもっと人に優しい街、店が増えないといけないんじゃないか、コレが実感できた先週末でした。

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2012年09月14日

聞いてみるもんだなぁ 新しい発見

毎日通勤にタクシーを利用しているといろんな話を聞くことが出来て楽しいものである。
昨日の帰りに聞いた話でこんなのがあった。
関西の人には馴染みのある新大阪駅、新幹線やJRが通っているので一度は行った事がある駅だが、いつもは迎えに行ったり地方の帰りに新大阪駅には乗り降りするがこんな規制があると言っていた。
それは毎週木曜日と金曜日に新大阪駅に客待ちで入れるタクシーはナンバープレートの一桁が偶数、奇数で入れる日にちが決まっているという話。
タクシーの待機場所がそんなに広くないのは昔から有名な場所、尚且つお客さんの乗り入れで乗降場所はいつも混雑。
だから客待ちのタクシーはこの偶数、奇数で分けているとタクシーの運転手さんに聞いた。初めて知って驚いた。
何気無いことで別に大したことではないのかもしれないが、私はこういった話には大いに食いつく。
ならばここだけじゃなくもっと混雑をしている場所もそうすればいいのにって勝手に思ってしまった。
大体何処の混雑場所は同じように、駅、空港、病院、ホテル・・・
お客さんの乗り降りの多いところはタクシーも集まってくる。お客の取り合い場所だ。タクシー乗り場で待っている人より道で手を上げて拾うタクシーは最近減ったとか。やっぱりちゃんとタクシー乗り場で待っているお客さんを拾うタクシーの方が多くなっているとか。但しタクシー乗り場の無い所ではそんなことは無い。
手を上げれば何処でも拾ってもらえるから便利がいい。しかしちゃんとルールを守ってタクシー乗り場で待つお客さんを大事にすりタクシーが多いことにも感動した。
これからはなるべくそういったところで待つことにしよう。
但し今は体が不自由だから交差点でのタクシー待ちはお容赦願いたい。

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2012年09月13日

辛抱することは大事な事だと分かってはいるが・・・

前回、骨折後にかかっている病院でギブスを半分にしてもらう日にちを決める時に来週の21日か今週の14日のどちらにするかで、担当の先生とやり取りがあった。
「先生 やっぱり早い方がいいので14日はダメですか?」
「でも今度何かあったら知りませんよ」
「そうですか」
「21日の方がより安心なんですがねぇ」
「う~ん それなら21日にします」
「その方がいいでしょう 若い方なら骨のくっつきもいいですけど」
「・・・」
「今度折れたらもっと時間がかかりますよ」
「分かりました」
こんなやりとりでした。
でも14日は流石に諦めますが、今週末、先輩の診療所で半分外してもらうつもりです。
大分今のにも慣れて来ていますが、毎日シャンプーをしたり身体を拭いてはいてもゆっくりお風呂に入れないのは非常に苦痛で、そこは気心の知れた先輩にお願いして無理から外してもらおうと思いました。
今まで何度も心が折れそうなくらい「外してくれ」と心の中で叫んではいましたが、やはり松葉杖が無ければ歩く事すら出来ません。
これから長いリハビリ生活が待っていますが、まずはその第一歩としてなるべくビル内でも滑らない所で歩く稽古をしています。
廊下を行ったり来たり動物園のクマよろしく、端から端まで何往復もしているとビルの同じ階の人から「大変ですね」と労いの言葉をかけてもらいながら、することが無い時間は歩き回って筋力をつけています。 後もう少しの辛抱だと思えば苦にもならないってか?

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2012年09月12日

どんな仕事にも当てはまるものがある

今日は昨日とうって変わって道が空いていた。
同じ時間に同じ道を通ってきているが、混雑具合で金額にして1000円違ってしまう事もある。
まさに昨日と今日がそれである。同じ運転手さんもビックリするくらいで、思わずメーターがどうにかなったのかって冗談を言うほどだった。
信号が思いのほかスムーズに流れていて、いつもは何回か捕まる信号がスイスイと流れていき、最初に捕まったのがいつもなら大渋滞の交差点だった。そこに行くまで何度もつまりつまりで割り込みやら左折右折で捕まる所も難なく通過。
でもこうも金額が違うとこの渋滞って言うものの経済効果、いや損失たるや大変大きなものになっているのがよく分かる。昨日今日の運転手さんは今まで乗ってきた人のいわば代役。
今日降りる時に「またいつでも気軽に呼んで下さい」って言われた。別に最初の人に決めたわけではない、相性もある。
シツコイのも嫌いだがあまりにあっさりしすぎるのもダメな私。
あの人のここが好きで、あそこが嫌い。でもこの人のここもちょったなぁ、そんな気分で毎日の行き帰り、まさにハムレットのような気分になってしまった。
ハムレットなんか読んだ事も無いのにそんな気分と言うのもおかしいが、お客に呼ばれる、選ばれる人って我々の仕事にも共通なものがあるような気がしてならない。

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2012年09月11日

「困ったときはお互い様」 これほど怖いことは無い

今朝早く、大阪は大雨だった。それで目が覚めた。
案の定、通勤時間帯は道路の混雑で何処も渋滞だった。
いつもの運転手さんは公休日で代わりの運転手さんが来てくれたが、この運転手さんがこれまたお喋り好き。行きの道中ずっと喋りっぱなし。
いつもの運転手さんもお喋りなのだが、この方もまたそれ以上のお人のようだ。
しかし何でも「度が過ぎる」と言うのもこれまた困ったものだ。
本人さんは悪気が無いのだろうが、こちらにしたらもうチョット静かにならんものか、と思ってしまう。
結局それにお付き合いをしていたら、朝に電話をしないといけないところにし忘れてしまった。
客商売って難しいもので、「むつっと」していてもいけないが、「ぺちゃくちゃ」も如何なものか。
その人に合わせてくれればいいのにって思ってしまった。
降りる時に「帰りも来ましょうか?」
そういわれたが素直に「お願いします」とは言えなかった。よ~し、帰りは全くの一見さんのタクシーで帰宅しようか、それとも連れに送ってもらおうか、どっちにせよ一人では帰れないんだから。そんことを思っていたら、コレを書いている途中で電話が鳴った。
案の定その連れからだった。
「今晩 迎えに行ってやるわ」
「ありがとうな」
「エエって 困った時はお互い様や」
私は足が困っているが、あいつが困っているとしたら・・・
う~ん、やっぱり困っているという事は・・・あれしかない。

          「お金だった」

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2012年09月10日

あ~あ 聞かなきゃよかった

先週の土曜日、先輩の診療所へ点滴に行った。
今までは毎週のように行っていたのが、自分ではまだ運転できない状態で連れにお願いをして連れて行ってもらった。
そこの看護士には「先生来なかったから、また入院でもしてるのかと思った」って言われる始末。
毎週来る人が来ないと、寂しい?いや、何だかヘンって言われた。
それだけ見る顔を見ないとおかしく思うのか?私が行く事で「土日」と思うのか?
どちらにせよ点滴ルームに入っていつものベットに横になっていると次から次へと看護師の子達がお見舞いに来てくれました。
日頃からの「鼻薬」が効いているのか今まで以上に大事に扱われては何だか心地よくないベットでの点滴となった。
帰りに院長の所へ行って挨拶をしたら、「オマエが来ん土日はつまらんから早く治せよ」って言われた。
ありがたいお言葉だけど、考えてみたらここは整形外科、レントゲンでも確認済みだし、早く治せと言われても後は日にち薬なのは分かっているはず。だから院長にもう一度聞いた。
「先生 やっぱり後1ヶ月はかかりますか?」
「何がや」
「ギブスを外すのに」
「そんなもん いつでも外したるで」
「そうですか」
「但しまた折れてもよければな」
「・・・」
聞かなきゃよかったと思った次第です。

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2012年09月07日

二度あることは 三度ある  かな?

最近は迎えに来てくれるタクシーがほぼ決まっている。
何台も行き帰りに乗って入るが、その中でもお気に入りと言ったら失礼になるが、波長が合うとでもいうか、同じような考え方なのかある一人の運転手さんにお願いをしている。
ただその運転手さんも週に二日は休まないといけないから、その代わりは別の運転手さんにお願いをしている。
そのお気に入りの運転手さんは、朝一の仕事が私のお迎えで、ラストが私の家までのお送りだそうだ。
一日何キロを走っているのか知らないが、またいくらの売上があるのか知らないが、朝夕の送り迎えだけでも、私の分だけでも一日の売上の多くを占めているとかで、ご機嫌だそうだ。
こっちも無駄話に付き合ってもらっていたりして、時間を忘れるくらい話し込んでしまうこともある。
昨日などは帰りの迎えのときに、乗ってから暫らく話し込んでいたので、メーターを倒すのを忘れてしまって暫らく走ってから気付いてそこからの料金にしてもらった。
やく千円分の割引みたいなものだった。
この運転手さん曰く、私を送った帰りには決まって長距離のお客さんを乗せるので、送ってくるのが楽しみだとも言っていた。
私もその運転手さんも至って「ジンクス」を気にするほうだ。
いいことがあった次の日はその日に通った道を必ず通るし、同じ信号で引っかかった時は一人心の中で「やった」と思ってしまう。
小さな事だがお互いがそんなことに拘りがあるといった話しで一通りした後でこんな会話もあった。
「昨日その角を曲がったときに乗ってもらったお客さん 長距離で助かりましたわ」
「また今日もいたらいいですね」
そんな会話をしながら家まで送ってもらい、帰りにその角を曲がったら偶然にもその人を二日連続で乗せたとか。
今朝一番の会話がそういうものだった。
だからきっとその人のことを今晩も送ってもらうからきっと言うと思う。
「二度あることは 三度ある」ってね。

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2012年09月06日

世知辛い 世の中になってしまった

昨日、当医院の代診の先生からの電話でこんなのがあった。
その代診の先生のところの患者さんが、現在製作中のブリッジの仮歯が外れて仕事場の近くの歯科医院につけてもらいに行ったときの話。
当然、その患者さんは着けるだけだと思っていた。しかしそこの院長が出てきていろいろと検査をされたとか。その患者さんは「くっつけるだけでいい」といったが聞き入れられずいろんな検査やレントゲンを撮られて結局1万円近くもかかったといって、代診の先生のところに説明に来られた。
その上、インプラントを薦められてパンフレットや費用の書いた用紙まで貰って帰ってきたそうだ。
その患者さんは納得いかないので歯科医師会の本会にある「苦情相談」まで電話をかけて出向いていったとか。
最初の取っ掛かりが、ボタンの賭け違いがここまで事を大きくしてしまう事も珍しいが、やはりそこには医者と患者の意思疎通の問題があるように思えてならない。
向こうの先生にしたら自分の治療に自信を持っていて、患者さんに薦めたのだろうけれど
その患者さんは他医院の患者さんだ。そこまでは行きすぎだという事に気がつかないんだろうかとその代診の先生は驚かれていた。
我々の世界では昔から他医院のことをとやかく言うのはタブーとされてきた。私も他医院から来られた患者さんの話はよく聞くようにはしているが、何かしら疑問や文句があるから代わってこられるんだと思う。
それでも各医院の方針や院長の治療方針がいろいろありますからってやんわりと交わすことの方が多い。
さもなくば我々の医療界の秩序が保たれないからだ。
そんなことを言ってはいけないのかもしれないが、言った者勝ちでは本当に満足のいく治療なんてできっこない。そう思った昨日の話だった。

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2012年09月05日

所変われば何とやら・・・

昨日の帰りのタクシーでの会話。
「最近あまり空車待ちのタクシーって見かけませんね」
「そうですか?」
「皆さん携帯でお抱えのお客さんって持っているんですか?」
「そうですね 中にはそんな人もいるのと違いますか?」
「個人タクシーさんは多いでしょう」
「そうですね 個人さんはあるかもしれませんね」
まぁここまでは普通の会話だったが、そこから突っ込んだ話になった。
「でも今では我々みたいな会社のタクシーはいくら働いても歩合の割合が低いから」
「そうですか?でも長距離になればそれなりに儲けがあるんでしょう?」
「昔ほどはありませんよ」
「一番おいしいのはどのくらいの距離ですか?」
「時間帯や方向にも違いがありますが」
「なるほど」
「昔みたいに乗れば乗るほどメーターが上がることは無いんですよ」
「そういえば5000円以上は半額って大阪だけなんですよね」
「そうです」
「この前東京の友人が大阪に来た時にビックリしてましたわ」
「まぁ私達にしたらあまり関係ないんですがねぇ」
我々大阪に住んでいるものにとって5000円以上半額と言うのは当たり前になっているが、コレって大阪のみもサービスだったことはあまり知られていない。
そのつもりで友人が東京に出張に行ったとき、タクシーに乗って驚いたといっていた。
また逆に東京から来た友人が東京のつもりで乗ってあまりの安さに間違いと言われたら困るので慌ててタクシーを降りたという話も聞いた。
こんな時我々大阪に住んでいて良かったと思った。

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2012年09月04日

最近のご近所はこうも変わったのか

仕事は何とかやれています。
やれていますと言っても、両松葉杖のうえ動きが緩慢で患者さんにはご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ありません。
先月の5日に骨折をしたから今日でちょうど1ヶ月経ちました。
まだ骨折の方は完全にはくっついていないらしいですが、動きが大分スムーズになったとか、家人にはそういわれています。
行き帰りのタクシーの運転手さんとももう馴染みになっていろんな話が出てきて面白いものです。
現在大阪には2万5千台のタクシーが走り回っているらしいんですが、その運転手さん曰く、若い運転手が少ないとか。
この商売も収入が不安定だからとか。そんなこと言ったら我々のところも不安定この上ない職業だと言うと驚いていました。
確かの我々の仕事など何の保証もないし、まぁ歯科医院が多すぎます。交差点の角には、歯科医院があったり、看板等所かまわず状態で乱立しています。
最近自宅の近くにまたまた「歯科医院」じゃぁなくて「整骨院」が出来ました。その向かい側、両隣も「整骨院」「接骨院」が立ち並んでいます。
本当に300メートルの間に10件くらい立ち並んでいます。
それに同じように「焼き鳥」等の鳥関係のお店も多くて、歯科医院、焼き鳥屋、整骨院、焼き鳥屋、接骨院、歯科医院、・・・
こんな具合でいつの間にか賑やかな通りになっていました。
暫らく近所をうろついていなかったからこんなに店が増えたことも知らないでいました。タクシーでの通勤時に車の通る道すがらこれらを目の当たりにして驚いています。

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2012年09月03日

余計な心配をしてしまった

今年も8ヶ月過ぎてしまった。
まるまる8月を無駄?に過ごしてしまったように思うのはいかがなものか。
「ゆっくり静養できたではないか」とか「涼しい部屋で居れただけマシや」とかの励ましとも嫌味ともとれるお言葉を頂き、あと1ヵ月はギブス生活を余儀なくされたこの窮屈な思いを、誰にぶつけるでもなく、坦々と過ごしております。
先週末、巻きなおしたギブスの位置が少々悪く、サイドにスリットを入れてもらいに前日に行った病院に行ったところ、アポなしだったので暫らく待つことに、その間も救急車が何度となく出入りするくらいの忙しさで、受診科の整形外科では待つこと暫し。
本当に待合室で病気がひどくなるように思った。
たまたま昨日にヘルプについてくれた看護師に見つけてもらったから良かったものの、もし見つけて貰えなければ最後の最後まで放ったらかし状態だった。
簡単な内容の患者さんは纏めて二人いるどちらかの先生が担当すればこんなに待つことは無いように思う。
大きな病院は結局お役所仕事といえば言葉が悪いが、我々開業医とはやっぱり少し違うように思えた。そんな偏見で見てはいけないが、我々町医者なら患者さんにあんなに待たせるようなことはしないと思う。
大きな病院だから患者さんも「待って当たり前」的な所があるんじゃないか。
でも我々の所なんかじゃ、患者さんが待つほど来ないからそんなの
「いらぬ心配」だったのかもしれない。

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