2013年04月30日

休日の道路には危険がいっぱい

GW前半が無事に終わった。
終わったと言っても診療所には出てきていた。急患も診たし片付けも進んだ。
何も変わらない休日だった。でもこんな時こそゆっくりと出来る事もある。
今日からまた3日間は仕事がある。周りの人で長期の休暇を取っている人はいない。本当にGWのために海外などに行っている人がいるのか不思議なくらいだ。
昨日も所用で一時神戸方面に出向いていたが、高速道路の混雑も無くスムーズに走ることが出来た。
その高速道路で他府県ナンバーを多く見かけた。
いつもいう事だがこんな時に「なにわ」「大阪」「和泉」のナンバーの車のマナーの悪さには驚かされる。
きっと他府県ナンバーの車も同じことを思っているんだとしたら残念に思えてならない。
信号は守るには守るが、見切り発車や黄色点滅のアクセル吹かしはやはりどうにも治る様子は無い。
前方の赤信号に変わってから横からの青信号になるまでの0.何秒が待てないいらちな大阪人。大阪人と書いたのは嘗て関西人と書いて京都や奈良や神戸の連れ達に言われた。
「大阪人といっしょにするな」
コレを肝に銘じて遭えて大阪人と呼ぶことにした。
でも中には他府県ナンバーの車にも、危なっかしいのもある。
制限速度60キロのところを60キロで走る車だ。
当たり前のように聞こえるかもしれないが」、60キロのところを60キロで走ればここ大阪では間違いなく事故る。
パトカーですら60キロの所は5キロオーバーくらいで走っている。
高速ではそのスピードで走るのもいいかもしれないが、一般道では間違いなく渋滞を引き起こすと思う。
今度もこの時期だけだと我慢するしかないのか?いやいや免停の教習日のことを思い出してほしい。その日だけは制限速度を守ると言う大阪人も多くいる。
そんな安全運転に勤しんでもらいたいものだ。

ページの先頭へ

2013年04月29日

ここ(診療所)にきていると何かが起こる

連休前半は天候に恵まれて行楽日和だ。
でも今、こうして診療所に来ている。急患が来るからだ。
休みであって休み出ない、こんなことがもう何年も続いている。
でも何故か、診療所にいるほうが落ち着くのは何故だろう。
仕事をしているほうが気分がいいのは何故だろう。
きっと性格か?仕事をすることが当たり前になっているから、休暇(長期のお休み)はどうして時間を過ごせばいいのか分からないのかもしれない。
旅行に行くでもなし、買い物に出るでもなし、映画や美術館の鑑賞にいくでもなし、いったい自分自身はどうしたいのかよく分からない。
10時過ぎに急患の患者さんが来られる。しんどいとか、嫌だとかは全く無い。むしろ来てくれてありがとうだ。時間を過ごさせてくれてありがとうなのかもしれない。
大学の医局時代に離島診療に行ったときは、仕方が無く時間を過ごしていた。仕事が終わって有り余るくらい時間があったら何をするか、考える時間もあったが、こうして大切な24時間を寄り有意義に過ごすためには暫し考える事も必要なのか。
そうだいつもは机の周りを片付ける事から始めるが、今日は診療所に床掃除でもしてみようか。
いやいやそれで滑って転んで骨折した事を考えたら、怖ろしくてする気にもならない。
昔は悪友達とつるんでいたが、そいつらも今はおとなしくなってしまって家庭サービスに勤しんでいる。ヨソの家庭を邪魔する気にもなれない。そうだいくつか候補を決めてくじ引きでもして決めよう。車屋に行って車をピカピカにする、明日のために準備をする、何か美味しいものを探して食べに行く、何もしないでゴロゴロする。さていったい何が出るのか?
今まさにそのクジ引きをしようとしているときに電話が鳴った。
またもや急患の患者さんだった。昼過ぎにこちらに来るとか。
これで、また一日の用事が出来て時間を過ごせそうだ。

ページの先頭へ

2013年04月27日

ちゃんと確認してから連絡せえよ!!

いつも連絡が取れている相手が急に連絡が取れないときに、人はどう思うのでしょうか?
いきなりですが、こんなことがありました。
日頃から連絡(電話やメール)を取り合っている仲間ならそうも思わないのかもしれませんが、たまにそれも大事な用件の時しかかかってこない相手がいて、こちらが電話が取れないでいて、後からかけなおしてもなかなか電話に出ない。メールをしてもすぐに返ってくるのになかなか返してこない時、何か大事でもあったのか?
そう思うことってありませんか?
しかし日頃から電話になかなかでなかったり、メールも気がついたときしか返してこない相手なら「またか」で済ませるんですが、今回はそのすぐに返事の来る相手からだったんで、何か大事ごとでもあったのかと思ってしまいました。
人間ってそんなときは決して良い方には解釈しないものなんですね。緊急の用事でもあったのか?病気にでもなったのか?それとも・・・よからぬことばかりが頭をよぎってしまいます。
そんな時暫らくして繋がった時に第一声は「何かあったのか?」です。あっては困りますがもしも相手からの返事が「何もない」ではどうでしょうか?
何も無かったからいいものを
こちらが余計な心配をしていても相手は涼しい顔で「どうしたん?」
コレって如何なものでしょうか?心配するだけバカみたい、損をしたでしょうか。
「無事で何より」「何も無くてほっとした」ではないでしょうか。
人の気持ちはそのときのその本人の精神状態を大きく反映するみたいです。
今回のケースは何事も無くてよかったのですが、日頃から何かにつけて喋っている相手だったんで余計な心配をしてしまいました。
「こっちがどれだけ心配したと思っているねん」と思っていても相手には「それがどうした」ではなんだかばかばかしくなってしまいました。
それならそんな間違い電話をしてくるな!と言いたくなってしまいました。最近なんだか心が病んでいるのかなぁ。マジでマイナスなことを考えてしまっています。

ページの先頭へ

2013年04月26日

変な誤解をまねかないためですよ~だ!

さあ、いよいよGWの始まりです。
私はと言うとカレンダー通りの診療予定で、別段これと言ってやることのないいつもののGWなりそうです。
一度でいいから長期休暇を取りたいと連れに言ったらこういわれました。
「おまえ 骨折して長い間仕事サボってたやないか」
そうなんです、昨年は骨折で夏場は殆ど仕事になりませんでした。
その分オリンピックは最初から最後までキッチリと見ることが出来ました。
でもそんなに長く休みが取れても、結局は仕事もしないで診療所にいるでしょうね。何故かここが大好きなんです。
昨日深夜のテレビで(たまたまトイレに立った時に見た)こんなのが放送されていた。
それは自分の携帯の中で使わなくなった電話番号を思い切って断舎離しませんかと言うものだった。
関西のお笑い芸人の人が、街に出てこう言っていらなくなった番号を思い切って消去させると言う番組だった。
彼氏彼女の問題や友人関係の問題で、もう後腐れなく決断させると言う番組だったが、ついつい見てしまった。
私の携帯の中にもたくさんのいらない番号は入っている。
コレをきっかけにもう一度見直してみて、、いらない番号は消してしまおうと思っている。でも自分がいらないと思っているだけで、相手はいるかもしれない?だけど自分が消去してももし相手がいると思っていたらまたかかってくるかもしれない。
そうだここでもう一度思い切って断舎離をしてみよう。
前回も思い切って一番最初に消した連中はこっちから連絡しないでも向こうから一方的にかかってくるから始末が悪い。
そうだもう一台持つか?今はやりのスマホか?
でもそんなことをしたら変に誤解されそうだ。何かやましい事でもあるのか?二台持つ意味は?やっぱり辞めておこう。変な誤解を招くような事は。というか、この携帯でも使いこなせないのに何がスマホや、そんなお叱りの声が聞こえてきそうでやっぱり今までどおりでいくことにします。

ページの先頭へ

2013年04月25日

覚えておけよ!!

このブログは医療関係者以外の方もたくさん見られているらしい。
先日も連れ達と一緒に食事にい行った時のこと、たまたま連れの一人が医療関係者だった。その人と一緒に席をあわせてのことだった。
「最近転職をしようと思っているんです」
「どんなお仕事ですか?」
「医療関係です」
「そうですか」
連れはそのときはまだ、私も医療関係者だとは言っていませんでした。
「なかなか厳しいですよねぇ」
「本当ですね」
「でも今は便利なサイトもあるんですよ」
「何ですか?」
「医療関係者の就職サイトというものがあってね」
「そうなんですか」
「登録をしているといろいろ情報が来るんです」
「便利ですね」
「最近私もそこに登録したんです」
「そうなんですか」
「初めはそこのブログを見ていたんです」
「ブログ?」
「無料のブログがあるんです」
「・・・」
「いろんな人が書き込んでいるんですよ」
「そうなんですか」
連れがチラチラとこちらを見出しました。そいつは私がもちろん医療関係者だという事も、ブログを書いていることも知っています。
今コイツは絶対に「好からぬ事」を考えているに違いないとすぐさま察しました。
「そこにはいろんなおもしろいブログがありますよ」
「そうなんですか」
「お気に入りに入れているのもあるんです」
「どんなブログなんですか」
「何でも歯医者さんらしいのですが、ちょくちょく愚痴ったり、今の医療を批判したりしているのがあるんです」
横にいる連れが私の足をきつく踏みました。テーブルの下で手で○、×を示したんで、思わず×をしました。するとコイツはにっこりして言いました。
「私もよく見ていますよ きっと不満がいっぱいある人でしょうね」
その後のお支払はお決まりのように私に回ってきました。

ページの先頭へ

2013年04月24日

ひと騒動でご迷惑をかけました

昨日はお騒がせいたしました。
何とか元の状態に戻ることが出来ました。
何年経っても教えてもらったことしか出来ない状態の私ですが、あちらこちらより「どうでしたか?」「戻りましたか?」の励まし?の電話やメールを頂き恐縮至極でございます。
ちょっとどこかに触れただけでこんなにパニックになるなんて思いもしなかったんですが、今までの慣れと言うものには驚かされてしまいます。
ローマ字打ちを平仮名打ちにするだけでももう頭の中にはローマ字に慣れてしまっていて、何処におあるのか探すのが大変でした。
やっぱり基礎からやらないと付け焼刃では太刀打ちできません。
心配してくださった皆さん大変ありがとうございました。
でもきっとまた何かしらやらかすような気がしてなりません。
そのときはどうぞよろしく。
今回思ったことは何でもそうだと思いますが、「慣れが出てきた頃が危ない」と言うことでした。
結局何処を触ったかは分からず仕舞いですが、直し方はいくつか教えてもらって今後の参考にします。

ページの先頭へ

2013年04月23日

ヘルプ !!

朝から大騒動だった。
言われた事しか出来ないパソコン操作で、どこか知らない所を押してしまったみたいで、ローマ字入力が出来なくなってしまった。
前にもこんなことがあって知り合いのパソコンに詳しい人に聞いたが今回はその人にもかからず困っていた。
何度触ってもいつものように文字が打てない。
今さらひらがな入力では打ち込めない。
もっと真面目にパソコン教室に通えばよかったと後悔しきりだ。
どうしていつものように入力できないんだ。コイツは。
イライラして仕方がない。
段々と腹が立って来た。もう少しで爆発しそうだ。
誰か分かる人いませんか~~!!
今日はもう疲れたのでここまで。
今これをひらがな入力で入れています。  疲れた~~!!

ページの先頭へ

2013年04月22日

さてさてどっちに転ぶんだろうか・・・

この週末は気温が一変して3月上旬の寒さになった。
土曜日の患者さんで職場が変わって新しい職場に行く人がいた。
何と、私の同級生のいる職場だった。
患者さんからそのことを聞いて改めて、世間は狭いものだと思った。
小学校、中学校の同級生でよく「やんちゃ」した仲間だった。
コイツとはよく授業をサボったりした仲だ。今思えばお恥ずかしい限りだが、こんなエピソードもあった。
中学時代5教科しか受験にはいらないとお互いその5教科は必至で勉強した。しかし副教科と言われる、音楽や技術た美術は殆ど出席しないで遊んでいた。体育は二人とも好きで出ていた。
その結果、高校進学の時に内申書と言う厄介なものがあってそれによって、二人とも希望高校へは進学できなかった。
そいつは内申書なるものを勝手に見て中の自分の評価に愕然としたらしい。
成績は優秀なれど態度や素行が問題ありと書かれていて、公立の上位には行く事ができなかった。だからそいつもツッパリで、それなら公立高校の一番下の学校に行くと決めて受験した。
私は公立に行くより私立受験だったからあまり内申書は気にも留めなかったが、おそらく同じような内容の事が書かれていたに違いないと思った。
それからそいつは猛勉強して某有名私立大学の法学部に入って弁護士を目指した。しかし何処でどう間違ったか公務員の道を選んでさっさとそっちの方へ行ってしまった。
周りには元不良が警察官になったり、元暴走族の頭が白バイの交通機動隊に入っていたり元ヤクザが学校の教師になったりと様々だがこんな奴らとは未だに交流がある。
いつも近所の悪たれ連中がそんな仲間だ。何か困ったことがあったらすぐに皆が集まってくれたり相談に乗ってくれたりする。
ありがたいものだ。(たまにはありがた迷惑な時もあるが)
だからその患者さんに言っておいた。
「決して私の事を言ったらあなたはきっと損をしますよ」
不思議そうにその患者さんはしていた。

ページの先頭へ

2013年04月20日

神様どうもありがとうございます

いつも車を停めている駐車場が二つあることは前にも話をしましたが、近所のパーキングでのお話しです。
今までは某会社のエレベーター式の係員のいる駐車場でした。
コンピューターでの車の出し入れで安全と言えば安全、車をキズ付けられたり雨天で青空駐車ではないから車にも優しいところでした。
でも骨折して松葉杖状態でそこから診療所まで歩くのが堪えるからついつい近くの青空駐車場に停めるようになりました。
それにそこに停めるにはいくつか条件があって、まず右側の扉を開いた時に広く使えるように、右に車がない道路沿いにか通路沿いに駐車するにはそこの駐車場は3箇所しかその条件に合う場所がありません。
だからそこに先着の車があるときはまたわざわざ前のところに行かなくてはなりませんでした。
しかし大体そこに着くのが7時前だから前日からの泊まりの車があるときしか使われていません。と言う訳で大体が停める事ができます。
もう結構以前からある駐車場でいつも昼休みに前を通ってみると、ほぼ毎日「満車」のランプがついています。
ここ何ヶ月かですが月に1~2度ですが帰りに料金を払おうと思って機械のところに行くといつもの金額ではない金額が表示される事があります。???といつも思っていたんですがやっとその謎が解けました。
私は前から拘りがあって右側が広くと言う条件のほかに、1番、3番、5番、7番と何故だか奇数が好きなんえす。だからその条件に合う場所と言ったらいつも1番に停める事にしています。
しかし昼間は見る事が無かったんですが、たまたま昼食を取るためにその駐車場の前を通った時に目撃したんです。
誰かが10何番かは知りませんが1と何番って押さないといけない料金精算の番号を1は押しても何番手言う一桁のどこかが接触が悪くて表示しにくくなっている事に気がつきました。
という事は10番台のどこかに2~0の間の数字が点き難いってことが分かりました。だからその車の番号を押したつもりが1番だけが着いてそのままお金を入れると、私の車の料金が表示されそのまま気が付かずにお金を入れてしまって、私の車の料金はもうすでにその地点で支払われている事になるのです。
長々と書きましたが、そんなわけで私は1番に車を停め続けているのです。ささやかながらコレって神様が私にくれたプレゼントだと勝手に思っています。

ページの先頭へ

2013年04月19日

いったいどっちやねん!!

最近のアポは極端な日がある。
一昨日はほぼ満員状態でゆっくりする時間さえなかった。
しかし昨日は患者さんは途切れ途切れに来られて、何かしら身体の休まる時間が無かった。
忙しいのはありがたいことだが、そんな中でも30分ほど空きがあればその間に身体は休まる。メリハリが付く。
しかし飛び飛びで来られたら身体は休んでいるようで実際は診療モードのままである。こちらの方が疲れる。
だから昼休み前に入っていた患者さんが時間変更して午後に回ったから、今まで我慢していた散髪に行ってきた。
いつもいう事だが髪の毛が耳に被って来るとなんだかイライラしだす。眼鏡をかけて拡大鏡をつけて、その耳のところで髪の毛がモヤモヤするのは精神衛生上悪い。
気分転換の意味合いもあって患者さんの理容室に電話を入れてアポを取った。
たまたまその時間が空いていたから早速、髪を切りに行ってきた。
いつもはお任せでお願いしているが今回はちょっと注文を付けてみた。「短い目でお願いします」たったコレだけの事なのに、いつもは座って黙っていても向こうさんが勝手に切ってくれる。
始めはそうしようと思っていたんですが、なんだか急にこちらの意見を言いたくて、「短い目」と言ってしまった。
たったコレだけの事なのに向こうさんは驚かれた。
「先生何かありましたか」
「いえ何にも」
「急に注文を言ってくれるから、何かあったのかと思いました」
「気分転換ですわ」
こんな会話をして髪を切って帰りに行きつけの飯屋でそこのマスターに聞いてみた。
「マスター、ちょっと髪型変わった思わへん?」
「そうですか 短くなったんでしょう」
「そやなくて 何か雰囲気かわったとか」
「そうでんな そういわれてみれば・・・」
あまり興味がなさそうなんで、診療所の女の子に聞いてみた。
でも帰ってきた答えはこちらが期待した答えとは違っていた。
男性は女性が髪を切ったとか思ったら、そのことを言ってあげたら喜んでくれるのに、男性が髪を気ってもそんなに女性は気にしてくれないことが分かってちょっと寂しい気がした。
家に帰って来て家人にも何にも言われないのもこれまた辛い。
長いときは鬱陶しいとか言われるのに、切ったら切ったで何にも言われない。 いったいどっちやねん!!

ページの先頭へ

2013年04月18日

人は何で言った事を忘れるんだろうか?それが人と言うものだ

昨日、友人の一人が話しがあると言って連絡してきた。
行きつけの飯屋での会話。
「今、転職するかどうか迷ってるんや」
「何やいきなり」
「そうかてもう少しで定年やろ」
「そやな」
「そやから ここらでもう一花咲かそうと思ってな」
「前にもそんなこと言ってなかったか?」
「そんなこと言ってたか」
「いつも言ってるやないか」
「今度はほんまもんや」
「信用できるか」
「ほんまやって」
「それで」
「ちゃんと聞けや」
「それならちゃんと言えや」
「新しい仕事の話が来てな」
「どんなや?」
「まだ言われへんけど」
「アホ それなら話しになんか乗れるか」
「まぁ聞いてくれや」
「それで」
「コレが最後のチャンスやと思うんや」
「いつも言ってるで」
「今度は本当や」
「それでそれに賭け様と思うんや」
「エエやないか 勝手に賭けたら」
「薄情な奴やなぁ」
「薄情で結構や」
「真面目に聞いてくれや」
「聞いてるから早よ言え」
それから延々とコイツは喋り捲っていた。
様は背中を押して欲しいんだと思った。しかしそれで何か失敗があったら、背中を押した我々のせいにされてしまうのは明白。
だから一緒にいた連中もそこはよく知った連中で、なかなかこちらからは「行け」とは言わない。もう一日よ~く考えてから答えを出せばと、いつもの決まり台詞でその後の飲み会に代わってしまった。
絶対コイツは一晩寝たら言った事を忘れる奴だから、皆でこう決めていた。それは今度こんな話が来たら初めて聞いたフリをしようぜって。

ページの先頭へ

2013年04月17日

たまに会った奴からこう言われた

昨日に久し振りに会った連れからこう言われた。
「久し振りやな」
「ほんまやなぁ」
「いつ以来や?」
「前に会って以来や」
「アホ そんなん分かっとるわい」
「冗談やないか」
「相変わらずやなぁ」
「ちょっと肥ったか?」
「いきなりやなぁ」
「毎回ちょっとずつ肥ってきてるやないか」
「ほっとけ」
「顔の作りもなんだか真ん中に寄ってきてるで」
「そら 相撲取りと一緒やないか」
「肥ったら真ん中に寄るらしいで」
「・・・」
「でもおまえ顔つきが変わったな」
「何やそれ」
「人は何かしようと思っていると顔つきが変わるんや」
「ドキッ」
「また何か企んでるやろ」
「いや何にも企んでないで」
「ウソつけ」
「ウソやない」
「いや 何かまたよからぬことを企んでるはずや」
「それはお前の方やろ」
大体こんな内容の会話だった。コイツは普段は余計なことをウダウダといっているくせに、たまにズバっと確信を付いてくる事がある。
確かにこれからやる大きな仕事の事はまだ誰にも話していないが、日々このことに追われているのは間違いがない。
でも何でコイツにそのことが分かったのかは分からない。
まだ極秘のうちに進めている話だから、山勘で言ったのか?
いあや違う。人の顔には「顔相」といって手相と同じようなものがあるらしい。
前にもコイツから聞いた事があった。という事は今やろうとしている仕事はそろそろ本腰を入れるようになってきたのかもしれない。

ページの先頭へ

2013年04月16日

「運」は己が手でつかめ・・・本当にあった話

最近私の周りで病気で倒れたり入院したりする人が多い。
先日も知り合いが仕事をしている最中に、急に頭が痛くなってソファーで休むと言って暫らくすると急に鼾をかき出した。
それも相当大きいな鼾で、周りにいた人がおかしいと思って起こそうと思っても、もう意識がない状態だった。
その場にはその人しかいなかったし、咄嗟の事でどうしたら良いか分からず、家族に連絡も取れず、困っていたらしい。
そしてその人の取った行動と言うのが、倒れた人の携帯の最後に電話をかけた人か、最後にかかってきた人に連絡をとろうとしたことだった。
たまたま同じ人が登録されていてすぐにその人に連絡を取った。
それが私の友人だった。そしてすぐに救急車を呼んでもらって搬送先の病院にも連絡を取ってもらって緊急入院する事ができた。
コレも何かの「運」としか言いようがない。その場に誰もいないこともある。それにどうして良いか分からない事もある。救急先の受け入れもOKとは限らない。その全てがうまく言ってこそ今回のように助かるケースもある。
日頃から人の世話はするものだとつくづく思ったと、その友人は言っていた。この人は常に人の為にいろいろと動いてくれた人だったから、今回のこのケースもあったのかもしれない。
こんなケースは希であろうが、しかし何がいつ起こるかはわからない。
助かる人ってこんなものである。
「運」は己が手で引き寄せろとはよく言ったものだが、ここまでくると何が運命じみたものを感じざるを得ない気がする。
何より一命を取り留められたことには、本当に良かったと安心する次第だった。

ページの先頭へ

2013年04月15日

やっぱり最高の夢舞台だった

今の今までマスターズゴルフを見ていた。
いい試合だった。Aスコット、Aカブレラの両者のプレーオフで見応えがあった。
74ホール目(プレーオフウ2ホール目)でパットの戦い。
結果はAスコットのバーディー結着で幕を下ろした。
コレがどちらかがボギーでの結着なら悔いも残るがバーディー結着なので勝った方が勿論嬉しいが負けた方も納得いく戦いだったのではないだろうか。
勝負は時の運とはよく言われるが、いつも言っているようにここマスターズに出場するくらいの選手なら実力は大体分かっているし、いかに勝ちたいか、その執念だと思う。
しかしナイスショットをしてもフェアウエーに真っ直ぐに距離が出てもそこにディポットに入ることもある。
バンカーやグリーンを外してもそこからチップインだってある。
ゴルフの神様は気まぐれだといつもこのマスターズを見ていてそう思う。
同じように国内のゴルフを見ていてそう思わないのは何故だろう?
今回のオーストラリアの選手の優勝は初めてで、何度も涙を飲んだ選手がいた。
最強の2番手と言われたGノーマンもその一人だった。
私がゴルフに夢中になっていた頃はGノーマンやTワトソン、Sバレステロスなど歴戦の勇者が戦っていた。
クラブもボールも良くなって昔ほどテクニックを必要としなくなったと言われているが、そんなことはない。
ただいつも思うことだが日本人は狭い範囲での闘いになれていて世界に出て行くことが無かった。今回出場している石川遼君にはこれからも是非海外での活躍を期待したいものだ。
でも本当に今回も最高の試合を見せてもらって大変満足している。
Tウッズの2打罰の裁定も後から考えたら非常に痛いことだがそれがゴルフ。我々のようなゴルファーには「たら、れば」がつきものだが、このようなすばらしい試合を見れたことが何よりの収穫だと思ってしまった。

ページの先頭へ

2013年04月13日

皆さん大丈夫でしたか?

今朝の地震は結構揺れた。
午前5時33分、マスターズ中継を見ていたらいきなり画面に緊急地震速報が流れた。その直後、結構長く揺れた。近畿地方ではこのくらいの揺れって滅多に無くて、東日本大震災の時は横揺れが長く続いて、船酔い症状に似た感じだった。その前の阪神淡路大震災の時は今回同様、いやそれ以上に大きな揺れだった。
ミシミシと言う音とガタガタと言う音が混じった嫌な感じだった。
関東地方の人はコレくらいは慣れていると思うが我々関西人は滅多に起きない地震に少なからず驚いていると思う。
大きな被害が無ければいいが。決して我々も忘れていたわけではない。日本国中何処にいても地震はあるし、地震列島の上で生活しているからいつ起こってもおかしくない。だから日頃からその備えは怠ってはいけないでも初めて実際に緊急地震速報なるものを間近に体験してみて感じた事だが、あれがあるとないではやっぱり心の準備やすぐに何処に逃げようかと考えてしまうのは良い事だと思う。
ただ今回もまだ明け方で火を使うことが少ない時間帯だったから良かったものの、本当に地震そのもので怪我や亡くなると行った事は少なくて良かったと思った。
だれでもが何処に居てもこんな災害にあうこと自体は自らが日頃からの意識の持ちようで少なからず押さえられるように思う。
でもやっぱり怪我をされる方はいて、お年寄りや身体の不自由な方がその怪我に合われたとかいっていた。
災害は忘れた頃にやってくる。肝に銘じたいものである。

ページの先頭へ

2013年04月12日

いよいよ開幕 今年のマスターズはどうなるのだろうか・・

いよいよゴルフの祭典マスターズが始まった。
毎年この時期には朝早くからテレビを見ているので寝不足気味になってしまう。
今年は日本からは石川、藤田の両選手が出場する事になっている。
昔は尾崎、中島、青木・・・日本では勿論、世界でも名の通った一両選手が出場する事になっていた。
でも世界はそんな簡単なものではない。前評判が凄くあっても一打のラッキー、アンラッキーが勝敗を分けるからだ。
ゴルフの神様に好かれないと良い結果が出ない。実力だけではない。運も味方につけないとなかなか勝てるものではない。
勝負は下駄を履くまでわからないとはよく言われるが、72ホール目でつまずく選手もいる。手の届く所まできていてもするっと勝利の女神が逃げていくことも度々ある。
我々がやるゴルフなどはそのとおりで、プロではないがたった30センチの、このパットが入ったら優勝と言う時に、今までなら簡単に入っていたパットが急に手が動かなくなって痺れてしまって外す事なんか毎度の事だ。
クラブのコンペなどでは私は常にこう呼ばれていた。
「アンタはハーフだけならぶっちぎりの優勝者や」
コレは前半に凄くよいスコアーを出していても、結果、18ホール回ってみたら案の定なスコアーに落ち着くってことだ。
嘗て一緒に回っていただいた方からこう言われた。
「上がってナンボやで」
痛いお言葉だが、そのときは頭に血が上っていてなかなかそのときは気が付かなかった。
最後のパットを沈めるまでは、いや、最後にスコアカードを提出するまでは気を抜いてはいけない。
こんなこともあった。間違いなく優勝と言う時にスコアカードを提出する時にサインをする場所に自分とマーカーの位置を間違えて書いたために失格、その場で優勝と言うものが手からするりと逃げてしまったという事もあった。
だから念には念を入れないと何が起こるか分からないという事を学んだものだった。

ページの先頭へ

2013年04月11日

懐かしくて、再訪したら昔のままでよかった

昨日友人と晩飯を食べに行った。
その店は2~3度行った事のある店だった。でもその店は移転のため閉店してしまっていた。だから暫らくは食べに行けずで残念だと思っていたお店だ。
しかし最近になって連れの自宅の近所に移転して来たのが分かった。
串カツ、串揚げのお店で前の店舗の時は予約無しではまず入れなかった。
同じ名前の店があるなと思いつつ、店の前を通っていたが思い切って連れが入ってみて前の店の方がいらっしゃって驚いたと言っていた。そして連れが友人達と何度か食べに行って、味も前のままだったし一度行こうという事になって今回来店する事にした。
串カツ、串揚げと言ってもそこの店の創作の揚げ物で、味は前の店と同じで心配なかった。メニューもあまり変わっていないとぴうことで、「お任せコース」を頂く事にした。
創作ってその人もセンスがでるんですね。ただ揚げるだけではなく下味をシッカリと付けてあるから何も付けずとも美味しくいただけました。
素材がいいから味付けもシンプル。出てくるタイミングも絶妙。
我々が最初のお客だったが、その後でも次々と予約のお客さんですぐにカウンターは満席になりました。
大将と女将さんの二人でやっているから忙しくなったらどうかなと心配しつつ、でもそこは慣れたもの、お客を飽きさせる事も無くかといって出しゃばらず、そこそこ楽しい時間を過ごす事が出来ました。
平日のこんな時間にも係らず、そしてこんな辺鄙(失礼)分かりにくい場所にも係らず、お客さんがたくさん来られているという事はやっぱり味とそのほかに何か惹きつけるものがあるんだと思いました。

ページの先頭へ

2013年04月10日

個々の責任において

今朝は昨日とは一変、肌寒い朝だった。
天候や気候が変わると体調を崩す方が出てくると思う。
それに今日は黄砂があちらこちらに飛び交うとの予報、全く困ったものだ。
昨日、テレビで中国の環境汚染の現状を映し出していた。
嘗ての日本も高度成長と言う名目で酷い環境汚染があった。
日本は島国だから回りを海に囲まれていて、それでも海洋汚染、河川の汚染は深刻だと言われてきた。
一方、中国はと言えば海を隔てているとはいえ、偏西風の影響でその汚染物質が日本に飛来してくる。PM2.5などありがたくないものが朝鮮半島を飛び越えて飛来してくる。困ったものだ。
飛び越えてくると言えば、新聞やテレビで弾道ミサイルがどうのこうのとか、コレもまた迷惑な話だ。
チョット前なら飛来するとか、飛び越えるとか言えば渡り鳥が想像された。でも今やありがたくないものの名称になってしまっている。
鳥達にも迷惑な話だ。確かに誰かが言っていたが、宇宙から地球を見たら何処にも国境なんて線は引かれていない。だから本来は一つの地球なのだ。人間が勝手にわが国の領土、領海、領空と言って憚らないのは如何なものか。
他国がどうのこうのと言う前に自分の国は自分達で綺麗にいていこうではないか。

ページの先頭へ

2013年04月09日

なかなか出来たCMだった

昨日、五十ウン歳の誕生日だった。
何通かのメールや電話を頂いた。ありがたいことだ。
この歳になれば嬉しいとか嬉しくないとかではなく、こうして何人かの人に覚えていただいているだけでありがたいことだ。
中には久し振りに電話やメールをくれた人もいてお互いの近況を知らせあったりした。
もう息子や娘が独立して家を出たとか、孫が出来ていいおじいちゃんをしているとか、話は盛り上がったが、お互い同年代の事で身体のことの心配をすることが多くなった。
チョットの事だが根気がなくなったとか、物忘れが出てきたとか、夜中に何度もトイレに立つとか・・・言ってみれば誰も同じ悩みを持つ年代になったのを聞いてホッとしている。
しかしそんな中でも静かなる闘志をもって頑張っている奴もいる。
見習わねば、嘗てこんなことを書いた記憶がある。
「心、技、体」よく言われる言葉だが、これは「精神力、技術、体力」の総称であってスポーツ用語だ。
その順番はどうだか知らないが、「心、技」はともかく、「体」の方は最近めっきり落ちてきたように思う。
年齢による衰えなのかもしれないが、その影響で精神力の我慢と言うものがなくなりつつあるように思う。
そうすると段々と技術も衰えていく。全く持って踏んだり蹴ったり状態だ。
いくら若い人と張り合っても上手くいかないのも当たり前だ。
少し前のコマーシャルにこんなのがあった。
親が子供に聞いている。
「○○の将来の夢は何だい?」
「お父さんみたいな○○になること」
「そうしたらお父さんの将来の夢は何?」
「お父さんは、もう・・・」
で終わっていた。そうだ我々お父さん世代もまだまだ夢を持ち続けなければいけないと気付かされたCMだった。

ページの先頭へ

2013年04月08日

新しいスタートを切る人たちへ・・・

今日は絶好のお花見日和と言いたい所だが、一昨日の台風並みの爆弾低気圧の影響で大半の桜が散ってしまった。
でもチョイ遅れの桜がここぞとばかりに咲き誇っている。
そりゃ少しでも早く咲いたほうが目に付くが、こうしてチョイ遅れの桜もまたひと目には付く事になる。
人間社会とよく似ているように思う。たしかに早く世に出て出世する人はいる。でもじりじりと目立たないが確実に力をつけている人もいる。どちらがいいとか悪いとかではない。人それぞれ。
だから焦って生きても仕方がない。じっくりと自分のペースでやれば言いと思う。
「散る桜、残る桜も散る桜」コレは第二次世界大戦時の特攻隊員の時世の句としても有名だがまさにこの句のように散っていく時期は違えども、同じように散り行く身を読んだ歌としても身につまされる気がする。
しかしこんな歌ばかりではない。桜は散ってこそ美しい、何か日本人の心に響くものがあるからだ。
でも私はこんな歌もあることを知ってほしい。
これから新社会人になる皆が、このスタートラインに立って一斉によーいドンをするのだが、人それぞれ、何も焦る必要が無い。
そんなことは百も承知、そして人に言われずとも分かっている。
でもあえて言いたい。人と競争をするなといっているのではない。
大いに競争して勝ったり負けたりすればいい。
その歌とは「咲いた所で輝け」 詠み人知らず
私の座右の銘である。 頑張れ新社会人たち。

ページの先頭へ

2013年04月06日

時代についていかなくっちゃ・・・

天気予報は「花散らしの雨」と言っていたが、どうやらそうでもないらしい。
その予報では台風並みの嵐がこれから日本列島を襲おうとしている。
いつも言っているように最近の予報はよく当たる。
こんな予報は当たって欲しくないが、風が出てきたし生暖かい風に変わってきたからどうやら本格的な嵐になるみたいだ。
本当なら今日、明日が絶好のお花見なんだろうが、そんなことは言っていられない。
交通網のストップも予想されるくらいだから、午前中からそうなったら、患者さんはキャンセルになるんだろうか?
足もとの悪い中、来て頂くのには誠に申し訳なく思う。
今回ばかりは予報が外れてくれるのを大いに期待したいと思う。
4月に入って周りの景色も一変して、ちょっと前までの鬱陶しい雰囲気が消えてなくなった様に思う。コレもアベノミクス効果なのかもしれない。
人間って勝手なものだと思う。やれ自民党がダメだから民主党にやらせてみろと言った舌の根が乾かないうちにもうもとの政権に期待している。
まぁどちらにせよ世の中の景気が良くなってくれるんだったら善しとしようか。我々の業界もモット景気が良くなってくれることを切に願うものだ。
頭が代わったからと言ってすぐに結果を求めるのはどうかと思うが、そんなことを暢気に言っていられない状況だ。
一開業医として思うのだが我々の頭の中もモット改革しないと時代についていけなくなるような気がしてならない。
何ですって、もっと前からそんなことは言っているんですか。
こりゃまた失礼いたしました。時代遅れも甚だしい。

ページの先頭へ

2013年04月05日

「植木はウソをつかない」か・・・

今日も朝から晴天で気持ちの良い一日が始まりそうだ。
明日、明後日は爆弾低気圧の発生が予想されるからお花見は今日中がいいでしょうとテレビでそういっていた。
まぁお花見は無いにしても、こう天気によって気分が左右されるというのがチョット寂しい気がするが、そんなことはどうでも良い。
一日一日が素晴らしい一日にするために、たとえ一つでも良い条件なことがあればそれはそれで素晴らしい事だと思う。
ここ何年もお花見なんて行ってない、その後でいつも楽しみにしているのが「盆栽市」だ。大阪城公園内で行われる「植木市」の中の一つだが、春はどの木もみな青々として美しい姿を見せている。
逆に秋の盆栽市は「実モノ」が充実していて、色とりどりでこれまた美しい。
ガーデニング、と言うのが今はもっぱらの流行だが、日本古来のこの盆栽。何故に惹かれるかって?それは諸説いろいろあるかと思いますが、私はこう思うのです。
それは秋の姿を今から想像して手入れをする、するとちゃんと手入れをした植木は嘘をつかなく綺麗な姿かたちを我々に見せてくれる。枝切り、葉切りなどの剪定も夏の水やりも、その秋につけるであろう姿を想像して擦るから楽しいのである。
親父くさいと言われようと、何を言われようともうその親父なんだから結構だ。誰かが言っていた「植木はウソをつかないし、植木は裏切らない」こういっていた奴がいた。何故かその言葉を聞いた時に切なさがこみ上げてきた。手塩にかけた分だけ喜びも倍増するのがこの盆栽と言うものだ。

ページの先頭へ

2013年04月04日

清々しい朝に身体が自然に動き出す

今朝は心地よい目覚めだった。
そして通勤の車のバックミラーには眩しいくらいの朝日が昇ってきた。最近は何かしらいつもより早く出てくるようになった。
コレも体内時計のせいなのかもしれない。
昨日もテレビの中でこの体内時計の話がされていた。
人には持って生まれたこの体内時計なる遺伝子が存在していて、体調の管理をしているらしい。
だから朝日を浴びてこの遺伝子を活性させることが大事だと言っていた。
よく眠れるようにとカーテンをキッチリ締めて、真っ暗にしていると良く眠れるが身体がいつまでも冬眠状態のままになっていてなかなか活性されないとか。
朝起きたら朝日を全身に浴びて体内時計を冬バージョンから春バージョンに変えていかないといけない。
最近、夜の寝る時間が段々と早くなってきた。
11時にはもう寝る体制に入っている。だから夜中に何度もトイレに行く回数が増えてしまった。
歳だから仕方がないとばかり言ってられない。
全身に朝日を浴びる、そして一日をスタートさせる。
人は昔から日が昇れば活動しだし、日が沈めば眠りにつくと言うパターンで生活してきた。しかし最近では夜も昼も無い、24時間活動しているからである。
身体のためにも精神衛生上のためにもちゃんとしたリズムで生活したいものである。

ページの先頭へ

2013年04月03日

新学期の思い出は・・・

何となく新年度が始まりました。
最近は新卒の社会人が4月から街に見かけることは少なくなりました。と言うのも3月から徐々に研修名目で会社に来ているからです。
我々の時の事を思い出しても、大学病院では各講座で違いがありました。私の所属した講座はいきなり仕事をさせられて、同級生達が卒業旅行やのんびりした雰囲気の時に早速、そこの講座の仕事を与えられたのを覚えています。
大学病院は学生と教員を区別するのに白衣の首元に黒のラインが入った白衣を着ることになっていました。
どれだけ憧れた事か、あれがあるとないでは天国と地獄の差があって学生と教員の区別ではっきりと別れていました。
大学に残ると言うのは世間ではどう思われているかは知りませんが、我々の時代は「賢い奴」が残って研究すると思っていました。しかし賢い奴ばかりではありません。コイツは「世間に出してはいけない奴」も多く残っていました。
だから開業して大学に患者さんを紹介したときなど、一般で行くとその日の当番の先生か担当学生に配属されるが、先生指定で行って貰うとその先生が診てくれるというシステムだからです。
患者さんにとってはそちらの方が良いに決まっているから、大体同級生でも信用の出来る奴を名指しで指名してお願いをしていました。(今はそんなことは無いと思いますが)
そんな懐かしい思いでもこの時期には思い出すことがあります。

ページの先頭へ

2013年04月02日

さぁどうなるんだろうか?

友人に100円均一のお店大好き人間がいます。
彼は家の中のモノの殆どがそれらのグッズで占められています。
彼曰く、「別に高いから良いってものじゃない」そういう考えの持ち主です。
もう一人の友人はその逆で「良いものは高くても」って感じの友人です。
両者を知っている私ですがそれぞれに一長一短があって面白いと思います。
例えばコーヒーカップ一つとっても、100均で売っているのでコーヒーを飲んでも味は変わらんと思っているし、いや、その雰囲気だけでもリッチな気分になるから高級品で飲むと言っていたり。
人それぞれでどうこう言うつもりは無いが、彼らと一緒に飯を食べに行くと決まって意見の食い違いをみることになる。
前者はバイキング大好き、後者は美味しいのをちょっとだけ。
でも実際に食べに行くとお互いバイキングなら元を取らないとと言うかんじだし、美味しいものなど食べに行くと割り勘ならそれこそ元を取るといっては目いっぱい食べる奴らです。
そんな連中でもお互いを貶す事は無く(腹では知らないが)お互いを認め合っていてここにもしも私がいないとどんな風な食事会になるのか見てみたい気がします。
それが今日あるんだそうです。残念ながら私は用事で参加できませんがその二人がどんな食事会になるのか後で聞いてみたいと思っています。
いつもはそのときの気分で私が決めるのですが(多数決)二人なら何処が二人の妥協点なのか本当に興味があります。
その答えを聞いたならばまたここで紹介したいと思います。

ページの先頭へ

2013年04月01日

責任は自分にあるんですが・・・

先週末、車のメンテナンスパックが残っているので、それをしにディーラーまで車を持ち込んだ。
その間を利用して久し振りに神戸に出て行った。
足を悪くしてから出不精になっていたが、この日はまだ足の状態もマシで何とか出ることが出来た。
あまり人混みは好きじゃない方で、また杖をつきながらでは危ないので食事はデパートの中でとることにした。
時間もちょうど昼食と夕食の間の時間だったから待つことなく店に入れた。
たまたま何が良いかと考えたがいつもなら洋食にすぐに目が行くが、と言って麺類などでは日頃とそう変わらないので苦手な店以外は何を食べてもOKを自分の中で決めていた。
こういうときは決まって他人任せにするほうだ。
それは車に乗っていても何処に行くかアテの無い時は前の車が(特に三叉路では)曲がった方の反対側に行く事にしている。
だから看板の前で暫し考えているフリをして、誰かが何処に行こうか指差しをしている店の次の店に行こうと考えた。(全くの他人任せ)
そうしたら家族連れがその看板の前に立った。そして小さな子供が指差したのはやっぱり洋食屋さんの看板だった。だからその次のお店に決定。でもそこは和食のお店、暫し考えていたらまた他のお客さんが私の前に立って麺類のお店を指差した。
という事はその次のお店は中華料理だった。それでは中華料理と勝手に決めて入ったら時間も時間でガラガラだった。
そしてここのお勧めのメニューはと思って店員さんに聞こうと思ったら両隣のお客さんが同じものを食べていた。「海鮮焼きそば」
きっとコレがこの店のお勧めだと思って同じものを注文した。
アララ出てきたのは見た目も同じだったが期待したほどではなかった。それなら何処にでもある普通の「海鮮焼きそば」だ。
でもそれは仕方がないこと、自分でコレが食べたいと思って入ったわけではない。勝手に自分のせいではないと変な言い訳をして店を後にした。
自分で自分の意思で決めて美味しくなかったら何だか自分が辛い。でも他人のせいにして料理が不味かったらそれは自分のせいではないと勝手にそう思っている自分に若干、反省。

ページの先頭へ