2013年07月31日

7月も気がつけば今日で終わり・・・

一昨日より当医院のスタッフの身内の方が亡くなったという事で、一人で院内の全てを任さなければならなくなった。
この子が倒れれば私一人の土曜日状態になる。
それは何が何でも避けなければならない。
この子達が来てくれる前のスタッフは同時期に辞めてしまい、暫らく私一人状態での診療をしたことがある。
やっぱり日頃はそんなに気にしないでいたが、一人欠けるという事は何もかもに停滞や不都合な事が出てくる。
一番は横についてくれた時に電話や、患者さんの来院された時の対応などで不備があってはならない。
新患さんが来られたら、カルテ作りやコンピューターの入力などは一人でこなせない事は無いが効率が悪くなる。
今の子達はもう「阿吽」の呼吸とでも言うか、今から何をしようとしているかがすぐに分かってくれるから助かる。
分かるだけではいけない、そのタイミングだ。
コレが1秒狂っても手際が悪くなる。だからそのタイミングたるや日頃の訓練の賜物だと思う。
患者さんのチェアーの上げ下ろしであったり、バキュームのタイミングであったり、当たり前でも二人いるとそれぞれで微妙に違う。
こちらがそれにあわさないといけないから邪魔くさい面もあるが、慣れてしまえばどうって事は無い。
でも新患さんの場合どのタイミングで擦ればいいかはコレこそ慣れだと思う。
気がつけば今日で7月も終わる。気候がこう不安定だと体調を崩す方も多く出てくる。夏バテとまでは行かないがそろそろ寝不足が原因でお疲れ気味だ。
お盆休みにはキッチリ体調を戻していかないといけない。
今からそんな心配をしたところであとまだ2週間ある。それより今をどうするかだ。

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2013年07月30日

お疲れ様でした

昨日も書いたが、当医院に永年に渡り勤めていた技工士さんの通夜に時間ギリギリになったが参列する事が出来た。
かれこれ知り合ってからはもう50年近くになる。小学校の頃に良く遊んでもらった記憶がある。
それに我が家に下宿されていてココから技工士学校に通っていたとか。
大学に勤務していた頃に技工所の責任者の先生から、ウチにいたその技工士さんとは同級生だと聞いたことがある。
その先生も「○○さんにはとても敵わなかった」といっておられた。
そんな凄い技工士だとは全然知らずに無理ばかりを言って困らせたものだった。
そこの奥さんにも最後の挨拶をして、式場を出ようとしたときに何かしら呼ばれたような気がした。
そこに知り合いがいるわけでもない。まして式の最後に駆けつけての焼香だったから、慌ただしく済ましていた。
そして挨拶をして帰りかけたとき後ろから何かの気配が感じて振り返った時に遺影の写真と目が合った。
にこやかに笑われているその写真からは壮絶な最後だと聞いていたとはうって変わってにこやかに笑われている写真が目に入った。
そういえば最近技工がちょっとだけすきになって一人技工室でその方が座っていた椅子に座り、愛用していた技工道具で模型を作り、何となく技工室に居る時間が多くなっていた。
だからそう思ったのかもしれないが、その方が未だにそこの技工室の主だという事が感じられた。もう辞めて10年近くなるが中はそのまま。それに今までは院内技工が中心だったがもう最近は外注が主流になってしまった。
なるべく今のまま暫らくは使いたいがある程度したらもう一度整理して故人を偲ぶ良いチャンスかと思った。

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2013年07月29日

大変お世話になりました

当医院は親父が開業してもう60年くらいになる。
私が二代目だ。二代目って何処でもそうだろうがなかなか辛いものがある。
親父を超えないといけないとか、周りの期待やその他諸々がついてくるからだ。
イチからの開業なら自分の好きなようにやれるが、後を継ぐという事は今までのものを継承すると言うか、自分のカラーを出すのに時間がかかるものだ。
当医院には遠縁の親戚になる技工士さんがいた。いたと言うのはもう定年退職された方だからだ。
私がまだ小学生の頃に我が家に下宿?されていた記憶がある。
そして親父と一緒に今の当医院の基礎を造ってくれた方だ。
その方が昨日亡くなったとの連絡があった。
退職されてからもう10年近くなるが年賀状のやり取りか、年に一度くらい近くまで来たといって寄っていただいた。
学生の頃は私を含めて同級生の何人もがお世話になった。
実習なんかこの方がいなければなかなか進まなかったと思う。
昔のよき時代も知っていたし、私のいろんな事も話を聞いてもらったりもした。
前回に診療所で転んで骨折をしたときにもお世話になったし、救急車で病院まで来てもらった。年齢は10歳ほど違っていたが、歳の離れた良きお兄ちゃんのような存在の方だった。
技工士と言う過酷な仕事に従事してもらって本当に助かったものだ。
何人ものスタッフたちとも仲良くされていたし、何人もの代診の先生とも仲良くされて皆さんから慕われていた方だった。
近年は病気がちとの話を聞いて、お袋とも近々にお見舞いに行こうと話をした矢先だった。
いろいろお世話になって一言なんかでは言い表せないでいますが、心よりご冥福をお祈りいたします。
                      合掌

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2013年07月27日

身近にいたとは・・・

毎日暑い日が続いています。
東北地方の長雨も心配ですが、最近の気候が少し変な気がします。
都会で起こるゲリラ豪雨。これもヒートアイランド現象が関係しているといわれています。
夏には夕立はつきものですがゲリラ豪雨はいただけません。
夏の風物詩といえば、縁側での夕涼みがありましたが、今ではもうそのような光景が見られるところは限られた一部になってしまったようです。
打ち水、縁台、蚊取り線香、そんな光景はそれこそ過去の1ページになってしまったようです。
実は嬉しい話があったんです。それはココにも書いた事があると思いますが私の趣味の一つに観葉植物があります。それも「クワズイモ」のみ。その「クワズイモ」に興味を示してくれる人がいたんです。それは当医院に出入りしている業者さんでした。
観葉植物が好きで、何をとかではないですが眺めたり育てたりが好きだといっていました。
私の取っ掛かりと似ているようで嬉しくなって、今唯一花が咲き、実をつけている大事なわが子を養子に出そうと考えています。
きっと大事にしてくれると思います。
植物は大事に扱えばその分きっと何かを返してくれることが分かっているのでいろいろ話をするうちに時間の立つのも忘れてしまいました。こんな身近に同好の人がいるとは思いもしなかったんです。

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2013年07月26日

ネーミングって大事だと思う

最近?では無いかもしれないがよく聞く言葉の中に「アンチエイジング」なる言葉がよく出てきている。
元々アンチエイジングは「抗加齢療法」とか「抗老化療法」とかに訳されている。歳を取る事によって起こる老化の原因を抑制する事によっって、老化を予防したり、老化を改善したりする事だ。
聞こえは良いが、要は歳をとって老化が進みそれによる年寄りに見られたくないという事だ。
でも誰しも若さに憧れる事が悪いことだと言っているわけではない。若いという事は素晴らしい事だと思う。
しかし考え方一つでこの「老化」をもっと素晴らしいものに代える事が出来るのを誰も知らない。
エイジングとは訳せば「経年変化」という事になる。
ココからが本題、誰しも歳を取らないわけではない。歳は取るもの。そう思えば別に怖いことは無い。
しかし綺麗な歳の取り方をしたいものだと思う。嫌われる老人にはなりたくない。疎ましく思われる老人にもなりたくも無い。
だから私はこの「老化」を老化と思われたくないからこう思うようにしている。それは「熟成」だ。熟して成る。素晴らしい言葉だと思いませんか?果物が熟れる、美味しくなるための大事な過程。
人もこうありたいと思う。
ただ無駄に歳を取るのではなく、人生に何か熟するものを見つけて歳を取るなんて何か素晴らしいように思うのは私だけでしょうか?
この「熟成」なる言葉の響きだけでも素晴らしいもののように感じてしまいます。
こういう歳の取り方をしたいと最近思うようになってきました。
誰ですか?熟れるより腐る前が一番おいしいと言っているのは。

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2013年07月25日

さぁ 天神祭りだ 夏本番だ

今日は25日、天神祭りだ。
夜には奉納花火大会が大川沿いである。
毎年この時期が大阪では一番暑いといわれている。
実際に間近で見られる花火としては淀川の水都祭やPLの花火が有名だがオフィス街の川のすぐ近くで見れるのはこの天神祭りの花火大会だけだ。
大学のちょうど前から見れるし、川沿いで何も障害物も無いから特等席だ。
前にも書いたがすぐ横に帝国ホテルがあってその横には高層のマンションが建っている。その最上階に近い所から花火を見たら迫力満点だ。ガラスが花火の衝撃で揺れるなんて経験は初めてだったし、嘗て、上空からの飛行経路上にこの花火が上がるので飛行機の真下に花火を見たものだった。
あちらこちらでこの時期は花火が上がる。神戸港の花火大会もあるし、堺や岸和田の花火大会もある。小さい所でも各自治体の花火大会がある。大人も子供もテレビで見るより迫力が違う。
いい思い出になることだろう。
ただ川沿いなら花火の燃えカスが川に落ちるが、田舎の方では田んぼや畑の場合その燃えカスの処理が大変だと聞いた。
それに今回の天神祭りの花火大会の場合は交通規制がかかったら、いち早く車を移動させないと通行止めになった時に渋滞はハンパや無い。確か7時から一部の道路では大川に行く道を封鎖してしまうから帰り道の私の場合、即高速道路に入らないとそこから帰れなくなってしまう。生の花火もいいがエアコンの効いた涼しい部屋でビールでも飲みながら花火を見れたら最高なんだろうが、お酒を飲まない私は麦茶が牛乳を飲みながらテレビで観戦しようと思ったが、ただ今エアコンが故障中につき暑い部屋で熱い鍋でも食べながら、汗をかきかきテレビでも見る事になるだろう。
こんな時は近所の悪たれ連中は家なんかにいないから静かな夜が待っていることだろう。

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2013年07月24日

まずはお礼まで・・・

昨日、連れが宴会のお誘いと言うことで連絡をくれた。
珍しい事もあるもので、久し振りに仲間が集まるから予定を空けて置けといってきた。
今までココにもよく登場していた連中で、きっとまた何か悪巧みをしているとすぐに思った。
そしてよくよく内容を聞いてみると、ココのブログのカウント数が200万件を超えたことに対して連れたちが勝手にお祝いの宴会を企画していた。
確か前回の100万件の時も同じようにワイワイガヤガヤと勝手に宴会をしていて盛り上がるだけ盛り上がって、散会したあとでやってきたのそこの店の請求書だった。連れの店になんでそこまで協力しないといけないのか、会費制でなく主催者の気持ちという事で残りをこちらが支払う事になってしまった。
そんなに高くない店だが飲めや歌えの宴会で勝手に周りのお客さんまで巻き込んでのどんちゃん騒ぎだった。
今回は会費制だと銘打っての企画だと事前に知らせがあったが、良からぬ企みと言うのはすぐにばれるもので、どうやらそいつらがまたただ酒を飲めるとたかをくくっているらしかった。
このクソ暑い時にこいつらがタダでさえ曲者連中がまともに集まるはずが無い。きっとまた何かを企んでいる事は明白。
持ち寄りで連れの店に集まるなんて絶対に無いこと。嘗ては同じようなことがあったときは「真夏の闇鍋」と称しての宴会だった。
まぁこいつらは何でもネタにしてしまうから、きっかけさえあればいいのである。
理由なき不参加は認めませんとのお達しがあって、さてさてどんな宴会になるんだろうか?何れまたそのことはお知らせするとして、何だかんだとウダウダと拙い文章を書いていたのがいつの間にかこの件数になっていたのを全く知らず、何とかこうして毎日書けていることに感謝しながら、もう少し続けれたらいいかなくらいの気持ちでこれからも書かせていただきます。まずはお礼まで。

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2013年07月23日

段々と早まりつつある診療・・・

昔からの言い伝えどおり、大阪は天神祭りの頃が一番暑いというのは本当のようだ。
今日も6時半には診療所に来ていた。それは昨日リビングのエアコンが故障してしまったからだ。
昨年の骨折以来自分の部屋には戻らずにリビングでの寝起きをしているからだ。寝る前に十分部屋を冷やしておき、一気に寝る作戦を続けていたが、エアコンが壊れたとなると想像がつかないくらい頭がパニックになってしまった。
結局、布団を廊下に持ち出してそこで一夜を過ごしたが、いつもと違う寝心地の悪さで何度も目が覚めた。いっそ車で寝てやろうかと考えたがそれもいかず、早い目に診療所にやって来てエアコンを入れてやっと涼む事ができた。
考えて見れば確かに年々気温の上昇があるが、昔は少々の事では我慢ができていたように思う。エアコンなんて一家に一台か二台しかなかったし、今の様の各部屋についていても文句が出ていてはきっと親父が健在なら何を言われるかわからない。
あまりの寝苦しさで、夜中にシャワーを浴びていたらかえって身体が熱って余計に寝れなくなった。明け方5時頃にはもう寝ていられなくなって部屋の中をウロウロしていたら完全に目が覚めてしまった。
仕方が無いので6時前に家を出て診療所に避難してしまった。
「やっぱりココは最高や」と独り言を言いつつ、何かしら雑用をこなしていたら7時15分に電話が鳴った。まだ窓のブラインドも開けていないし、中にいる事は外からは分からないのにどうしたのかと受話器を取らずにマイクのボタンを押して声を聞いてみた。
すると今朝一番の患者さんからだった。予約が8時でちょうど都合が出来てアポの変更の電話だった。だからすぐに電話に出て話を聞いてあげた。すると今からなら行けるという事だったので、7時30分から仕事をしてしまった。こんな調子ならドンドン早くなりそうで少々怖く感じてしまった。でも患者さんが喜んでくれるならこれもまたサービスなのかもしれない。

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2013年07月22日

勝てば外野も煩くなくなるって・・・実力の世界だから

朝からの患者さんとこんな話しがあった。その患者さんはゴルフ場に勤務されている方だ。
「先生、毎日寝不足ですわ」
「どうしてですか」
「毎晩深夜まで全英オープンですわ」
「私も見てますよ」
「惜しかったですね 松山君」
「そうですね もうちょっとだったのに」
「でもアレが今の実力ですわ」
「そうでしょうか」
「去年はまだ大学生ですよ」
「そうでしたね 遼君と同い年でしょ」
「ああ そうでしたか」
「たしかそうですよ」
「でも中身がぜんぜん違いますよ」
「そうですか」
「そら 出てきていきなりパッと勝っていろんなスポンサーが付いてウハウハでしょう 遼君は」
「そうですか」
「基本が違いますから」
「そうなんですか?」
「なんだか野球のマー君とハンカチ王子みたいな・・・」
「そうですか」
「やっぱり実力の違いはすぐにでてきますよ」
「ハングリーさが違いますもん」
「そうですか」
「勝負の世界は勝ってなんぼですから」
「そうでしょうね 勝ってなんぼですからね」
「まぁあんまり遼君には期待はしてませんけどね」
「エライ 遼君にはきついですね」
「そらそうでしょう、スポンサー契約で毎年凄いお金を稼いでいるんですよ」
「そうでしょうね」
「私ら遼君の1/1000ですからね」
「何がですか?」
「そこまで言わさんといてくださいよ」
「はぁそうですか」
「情けなくなるでしょう」
「全くね そのとおりですわ」
こんな会話だった。 勝負は勝ってナンボを実感させられてしまった。

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2013年07月20日

言い方が変われば 難しく聞こえる

何かしら拘りを持っている私だが、この拘りがあまり人には分かってもらえないでいる。
昨日も気がつけば車のガソリンが底をついていた。乗って暫らくしてEランプがついた。
いつものスタンドにはココからだとギリギリで辿り着くかどうかだった。周りにも帰る途中にもスタンドは幾つもあるが、行きつけのスタンドは二つだけだった。
一つは今まで行っていたスタンドの店長と仲良くなって、何かあるとすぐに飛び込んで調整をお願いしていたから、そこの店長が転勤で場所が変わっても追っかけをしていた。(勿論男性の店長)
そしてもう一つはたまたま飛び込んだスタンドだったが非常に愛想がよく一見さんのお客さんにも丁寧な対応で答えてくれたところだ。
何故かそこの二箇所しか給油をすることがなく、大体週末の土日に給油するから、土曜日ならココ、日曜日ならココと決めていた。
話は変わるが、女性の美容室、男性の理髪店も同じように何軒も代わるという事が少ないという。
まして歯科医院にしてもそうだ。たまには毎回違う所に行くという人もいるらしいが、ほぼ毎回かかりつけがあってそこに行く事になる。
私も理髪店は生まれてこのかた3軒しか知らないし、病院も(専門病院は別)2軒しか知らない。
表記は内科、外科と書いてあるが近所の医院は何でも診てくれる街のお医者さん、今思い返せば貰う薬もほぼ毎回同じ薬だった。
コレはこれで怖い話だと思う。落語に出てくる医者のように、風邪には毎回葛根湯のような話だ。
もう一軒は今もお世話になっている先輩の所だが、ココの表記も
外科、整形外科、内科なのにあらゆる病気の患者さんが来られる。
ただ専門外はすぐに近くの大きな病院に紹介状を持たせて受診させるからあまり問題も起こらない。
話は跳び跳びになるが、我々歯科にしても
今では専門らしき表記で患者さんを惑わすのが多くなってきている。矯正、小児歯科くらいは分かるが最近では、審美歯科、口臭外来、かみ合わせ外来その他一般歯科。コレって我々がいつもしていることではないか。言い方が違えば何だか難しい事をしているように思えてくるから不思議なものだ。

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2013年07月19日

さぁ 夏本番だ

今朝、いつものように車を走らせて天満橋の所まで来た時に来週に始まる天神祭りの準備がしてあった。
毎年ながら、この時期の大阪は一年で一番暑いと言われる。
確かにこの時期はここ数年、いや、もっと前から暑さのピークのように思える。
花火大会も催されてテレビなどでも大々的に放送されている。
何年か前にこの花火大会を見に行く事があった。勿論迫力やテレビの比ではない。涼しい所で花火を見るのもよいがたまたま打ち上げの場所の近くに知り合いのマンションがあった。高層マンションの最上階に近い階だったから、花火がよく見れた。
そして最上階に近い所って花火の音で窓ガラスが震える体験をした。
普通は上を見上げないといけない花火が、窓越しにちょっと上を見ただけで見れるし、まともに横からの景色になっていた。
こんな経験は二度とないだろうが、こんなところに住んでいたら毎年、花火のたびに誰かが家にやって来てお接待しないといけないから大変なんだろうと思った。
それに天神橋商店街(日本一長い商店街)もこの時期になると露天が出て仕事にならないとかでちょっと早い目の夏休みをとるところもあるらしい。
コレからが夏本番、暫らくは暑い日が続くだろうが毎年の事だからと自分に言いつつ祭りを楽しんでみようと思う。

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2013年07月18日

当たるかもしれないのになぁ!!

朝から尾篭な話で申し訳ないが、昨日夜に犬のウ○チを踏んづけてしまった。
あのぬるっとした感触は経験した人しか分からないであろう。
しかし、私にはコレは嫌な事には違いないが、前回、前々回とこんな嫌な事があった後に「運」が向いてくる事があった。だから今回も少々期待をしている。
前回はそのあとで車を乗り換えるきっかけになったし、前々回の時は昨日も書いたがサマージャンボに小額ながら4等に当選した。
夢占いではウ○チの夢は吉運だと書いてあった。
今回は何か良いことが起こりそうなそんな気配があるのだろうか。
前回の時は靴の底にウ○チがついたまま知らずに車を運転していてマットにそれがこびり付いてしまい、洗車に出してマットを洗ったがなかなかニオイが取れずに乗るたびに嫌な思いをしたものだった。
今思えばマットだけを取り替えればよかったが、何を思ったかケチがついた車と思ったのか、コレを何か言い訳にして乗り換える口実に使ったのかは定かではないが、結局乗り換えることになった。
前々回の時も今回と同じくサマージャンボの宝くじをお袋に買ってきてもらい、親父と三人で均等にお金を徴収して買うことにしていたが、お袋に立て替えてもらったまま、抽選日が来て当選した事に気がついた。それを三人で均等割りするように求めたが、お袋から親父と私にまだお金を貰っていないから渡す事が出来ないと無理難題。当たったお金で差し引きをして返してくれたらいいといったが頑としてその要求には応じなかった。お金を払ってもいないのに当選金だけを受け取るとはイイ根性やと半ば脅し?とも取られるような強気のお袋の勢いに負けて親父と一緒に先にお金を出した事を思い出した。だから昨日に宝くじを買うかどうかの話しをしたが、コレは何か良い事がある前触れか?そんなことを昨夜にお袋に言ったらこう返された。
「最近はペットブームで犬を連れた人が多くなって後始末もしないのが増えて困る。オマエもボォ~ッとして歩くからそんな目に合うんや。」
コレを言われたら前回同様お袋にサマージャンボを買って来てくれとは言われなくなった。
当たるかもしれないのになぁ!!

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2013年07月17日

オマエの夢って こんなんか?

先日連れがこんなことを言っていた。
「オマエ 宝くじ買ったことあるか?」
「何や急に」
「そやから 宝くじ買ったことがあるかって聞いてんねん」
「そら 宝くじくらい買ったことあるわ」
「オレ今度のサマージャンボ買おうと思ってんねん」
「そらよかったな 勝手に買えや」
「冷たい奴やな」
「何がやねん」
「買うって言ったら、当たったらエエなぁとか 言えんか」
「言えんわ あほらしい」
「オマエってほんまに夢が無いなぁ」
「ほっとけや」
「今回は何だか当たるような気がするねん」
「オマエいつもそう言ってるぞ」
「いや 今回だけはそう思うねん」
「幸せな奴やなぁ」
「買わないと当たらんやろ」
「当たり前や 買わんと当たらんわ」
「いい日ももう調べてあるねん」
「今回、マジか?」
「いい方角も調べてあるねん」
「ホンマもんやな」
「そやから当たるような気がするねん」
「そしたら頑張れや」
「頑張るわ」
「ところで1等っていくらや?」
「知らんわ」
「知らんって何や」
「4等なら知ってるで」
「何や4等って」
「4等は10万円や」
「違うねん 1等はって聞いてるねん」
「そやから知らんって」
「・・・・」
「オレは4等の10万円狙いや」
「宝くじって夢を買うんと違うんか?」
「アホ そのくらいのこと分かってるわ」
「それなら何で4等やねん」
「そのほうが現実味があるやろ」
「・・・・」
「オレも名より実を取るねん」
「オマエ これからオレに宝くじって夢を買うなんていうなよ」
「何でやねん」
「オマエの夢にはついて行けんわ」

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2013年07月16日

命あっての何とやらだ

ここ最近は天候の急変が多いように思う。
ゲリラ豪雨なる言葉も頻繁に出てきている。
昨日、所用で神戸まで出かけたときに、進行方向の左側が黒い雲で覆われて、反対側の右側は晴れわたっていた。
今からその黒い雲の方向に行くのに些かの懸念を持って車を走らせていたら、最初はポツポツだった雨が急に大粒の雨に変わり、最後は昼間なのにライトの点灯を余儀なくされた。でも後ろを振り返ってみた時には大阪方面は晴れ渡っていた。
用事を済ませてまたその黒い雲の方に向かって車を走らせた。
でも車の速度には比べ物にならない速さで雲は通り過ぎ去っていき、後ろからは真夏の日差しが今度は降り注いだ。
何と言う日だ。曇りのち雨、そのうちに豪雨、そして晴れ。
何となくこんな日が最近は多くなったように思う。
でも遠くでの稲光を見たら今度は落雷の注意をしないといけないので、車の中は安心でも釣り人などは十分な注意が必要になってくる。今の竿は避雷針を持っているようなもの、現に何人も落雷で命を落としている。避雷針を振り回して尚且つ、逃げ場所の無いいかだの上なら「どうぞココに落ちてください」といっているようなものだ。
ゴルフ場にも同じことが言える。ゴルフクラブも言わば避雷針のようなものだ。警報が出たらすぐに避難小屋に逃げ込む。なければ身体を低くして金属のモノを身から外す。
一度ゴルフ場で目の前の10メートル先に落雷があって一瞬目の前は真っ白になった記憶がある。真っ暗ではなく、真っ白だった。
おそらく目が眩んだのだろうが、その時の衝撃は凄かった。
そのときに一緒にプレーしていた連れはそれ以来ゴルフを辞めてしまった。でもツイテナイそいつは磯釣りの岩場でも落雷にあって趣味の釣りも辞めてしまった。
命あっての何とやらだ。

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2013年07月13日

この歳になって ちょっとコツを覚えたような・・・

今日から三連休と言う方もいるでしょう。
祝日も仕事だという人もいるでしょう。
生活のパターンが一定していると、ちょっとしたそのルーティンの違いが新鮮に思えてくる事があります。
それは私の場合仕事の中でよくあります。
最近は何故かデンチャーの仕事が面白くてなりません。
前にも書いていましたが、デンチャーは代診の先生任せでした。
確かにその先生の方が上手で丁寧。だから私の患者さんもその先生にお任せする事が多くなっていました。
しかしその先生が来られる日が木曜日だけになると、その日がダメな患者さんがいらっしゃるので、ついつい私自身が診るようになって、ちょっとデンチャーワークを見直したというか面白さが分かったというか。
その前は抜歯が面白くて仕方がなかったように思う。
「好きこそモノの上手なれ」では無いがやはり苦手意識がそうさせていたように思う。
思えば卒業してすぐのころは確かに不安の方が多かったが、ちょっと自信がついてきた頃にどんな歯でも抜けるような気がするものである。しかしそんな自信も簡単そうに思っていた歯が抜けなかったり、根が途中で折れたり、リーマやファイルがこれまた折れて取れなくなったりしたらいっぺんで意気消沈してしまう。
それから暫らくは失敗した作業はしたくなくなってしまう。
それらが段々と慣れてくると、いい意味での緊張感が薄くなるのか
平常心で出来るのか普通に出来てしまうから不思議である。
何気無い事を特別としないで淡々とこなせるようになったら一人前だといわれた事がある。
高い意志を持って、高い技術力で医療に従事する事は勿論だが、気負わず無理をしないことも大事な事だと分かったのはここ最近のことだ。
体力がなくなってくるといかに体力を使わずにやるかが、最近非常に重要だという事が分かってきた。
でも頭の体力は減ることは無いから、ドンドン使おうと思っている。

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2013年07月12日

暑さに負けずに乗り越えよう

連日暑い日が続いておりますが、特に最近熱中症の文字がマスコミを賑わせておりますが、今と昔の違いをひしひしと感じています。
昔は体育会系のクラブに所属していた私ですが練習中に水を飲むなんて行為は考えられませんでした。同級生などはわざとひっくり返ってバケツで水をかけてもらってそれを無意識かわざとか飲むという荒業をした奴もいました。
最近は定期的に水分を補給しないといけないとかで、全体練習にも水分補給がなされています。
そればかりか人それぞれにあったメニューで計画が立てられていてそれぞれの人に合った方法でプログラミングされているそうです。
根性とかガッツとか一昔も二昔も前の話みたいですが、それが今の軟弱な根性無しの選手を作り出しているという者まで出てきました。しかし結果として昔よりどのスポーツも今の方が合理的だし成績も良いと言う結果には無いも反論する事が出来ません。
様はその過程ではなく結果が求められる勝負の世界。合理的で尚且つ成績がアップすればよいに越した事はありません。
だから頑張れ頑張ればかりでは結果はついてこないという事です。
運動にしても勉強にしても同じことが言えるのでは無いでしょうか。
楽しくなければ何をやっていても長続きしないのです。
嫌だと思いながらやれば、そんなの身につくはずも無いのです。
さぁ、今日も一日仕事をするのに誰も嫌だ嫌だと思ってする人は無いでしょう。いや、無いことを祈るのみです。
今日は金曜日、あと一日頑張れば楽しい週末が待っていると思ってこの暑い一日を乗り越えましょう。

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2013年07月11日

段々増える私のボトル・・・

近畿地方も梅雨明け宣言が出た途端に真夏のような気温になった。
大阪は天神祭りの頃が一番暑いと言われているが、コレでは天神祭りの頃にはいったい何度になっていることやら。
友人が新しい会社を立ち上げた。まだまだやる気一杯に男である。
少々、後先を考えない性格だから心配な事もあろうが、一旦、こうと決めたらヘンコなくらい意志を曲げない男だからこの先どうなる事やら心配でならない。
世間では昨日にボ-ナスなるモノが出た企業もあったとか。
そんなのには無縁な私は一度でいいからボーナスなるモノを貰ってみたい。いや、確かに大学病院に勤務していた頃は些かボーナスらしきものを貰った記憶があった。でもその日のうちの仲間達とパァっと使った記憶しか残っていない。
そりゃたくさん貰っている方はいいが我々のようなペェペェの職員は右から左へ無くなっていった。
飲み屋の出世払いも未だに払っていない。(何せ出世していないから)後輩達と飲みに行ったら、財布ごとママに預けて、その金額になったら追い出してもらうという荒業で何とかしのいできた。
体育会系ののりでそれ以上になった時は後輩を人質に預けて帰ったこともある。その不足分はその後輩の働いた時給で支払った。そんなことも経験しているから、この時期のボーナスの話しになると思い出す。
そこの飲み屋も最近は足を向けることがなくなった。
後輩はちょくちょく行っているみたいだが、そのときのことをこの前言っていたのを聞いて驚いた。
何年も行っていないのに何故か私のボトルがケースの中に何本もあったらしい。それは何人もの後輩が無断で私のボトルを飲んでいって、無くなった時に、少なくなった時に新しいボトルに交換してくれていたそうだ。それに金が無いときもそのボトルで飲んでいて、お金が入った時に新しいボトルと交換してくれていたらしい。
そんなのが何本もあって知らない人がそれを見たら同じ名前のボトルが幾つも並んでいるのに興味しんしんだったとか。
行ってもいない私の何本かのボトルもこの時期ボーナスが入ってまた新しいのに交換されるのを期待して、懐かしさもあるから一度顔を出してみようか?でも新しい女の子は誰も私がその主だとは知らないらしい。だから仲間と打ち合わせをしてちょっとおちょくってやりに行こうと思っている

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2013年07月10日

早速の猛暑お見舞い申し上げます。

連日、テレビでは熱中症の話題で持ちきりだ。
ココ何年かは異常気象か高温の夏が続いている。
ヒートアイランド現象とも言われているが、突然のゲリラ豪雨や竜巻、落雷と地球の気温や気候の変化が昔とは大分違ってきているらしい。
昔は夕涼みなる言葉があった。打ち水、行水、子供の頃のこんな風情のある言葉はもう死語になってしまったのかもしれない。
高齢者の人はエアコンが身体に悪いから使わないと頑張っているが命を賭けてまですることではない。
ありがたいことに我々の仕事は室内でする仕事、営業の方はこの暑い中で外回りで汗だくになっている方も多くいる。
また外での作業をされている作業員も同じだ。
だから文句を言っては罰が当たるが、エアコンの効いた室内にいてもずっとその中にいると身体がおかしくなってしまう。
何年か前は自律神経に少々異常を来たして、冷え切った部屋の中から外に出たときにすぐには汗が出ずに、涼しい部屋の中に戻った時にどっと汗をかいた事があった。
歳をとるとなるべく気温の変化の無いほうがありがたい。当たり前だが、日本は昔から「四季」があるのはよく言われているが、最近ではその「四季」がどうやらおかしくなってきているようだ。
亜熱帯の気候になりつつあるそうだ。特にココ大阪の夏は以上に暑い。沖縄と比べても平均気温でもかなり暑い。それに湿度も異常に高いから熱帯地方かと思うような時もある。
当医院の患者さんで、仕事をリタイアされた方で冬場は寒いからって東南アジアに半年ほどステイされている方がいる。昔は夏は暑いから日本に帰って来たと言っていたが、最近では逆に夏は日本の方が暑いから向こうに行ってくるといっていた。
何かがおかしい、それとも自分が我慢できなくなってしまったのか?暑い時は暑いなりに、寒い時は寒いなりに過ごせというが年中同じような格好で過ごせるのには都合がいいが「四季」の感覚が無くなりつつあるようで寂しい。無理をせず体調に気をつけていこうではありませんか。

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2013年07月09日

分かってはいるが 引っかかってしまうんだなぁ

先日診療所の女の子の誕生会の食事会を近所の焼肉屋でした。
前にも書いたがココは相当前から予約を入れておかないとなかなか取れないお店で何度か予約を入れたが、そのつど一杯です、貸切です、連休ですといっては取れなかった。その日も無理を承知で電話をしてみたところ、1時間だけ予約の間がありますがどうしますかと言う連絡が来た。
1時間でも十分食べれるし、スタッフの子達は女の子でそんなにガツガツ食べるような子達ではないから、早速、お願いして場所を取って貰った。
事前に何と何をッて予約しておいたから席に着くなり順番に出てきて、待ちの時間を短縮する事ができた。
そんなに大きな店ではない、隣との仕切りも無い、でもお肉の品質と安さではこの近くではピカイチだと思う。
夜になるとネオンは消して、シャッターは何と半開き状態にしてある。
知る人ぞ知るお店。だから開いているかどうかはわからない状態になっている。
店内にも張り紙がしてあって、「ここのお店を他言厳禁」って書いてある。
まぁ逆の効果を期待してのことだと思うが、実際にそこで食事をすると他言したいのと、すれば益々予約が取り難くなるので痛し痒しだ。
店も活気があって、活気と言うより殺気立っている。
時間通りにしないと5分前にはテーブルの鉄板には蓋をされてしまうし、待合にはもう次の予約客が列をなして並んでいる。
延長なんか出来ないしその視線を浴びながら食べる勇気も無い。
お互い様だから、「今日はこの辺で帰ったろか」状態になっている。
いろんなお店がある中でもココは特別な場所。安くて美味しい、黙っていられなくてこうしてココに書くくらいだからあの張り紙もまんざらでは無いのか。「他言するな」は「大いに言ってくれ」と言う意味か。お店の策略にまんまと引っかかってしまった。

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2013年07月08日

泡沫の夢でも見ませんか・・・

先週の土曜日に前々から宣伝していたマクドナルドの1000円ハンバーガーを食べてきた。
コレは今までのハンバーガーより中身もボリュームアップしていて、食べ応えがあった。尚且つ入れ物も他と区別してあったし、ケーキのような中箱にナイフとフォークで食べるというものだった。
味はそんなに変わらなかったが具材は厚めに切ったベーコンもその下に敷かれていたパイナップルもこれでもかって言う具合に存在感を示していた。
箱もそうだが入れ物も他と区別していて小さな紙のシッカリとした袋に入っていて、ゴールドのリボンまでついていた。
コレが1000円、セットならもう少ししたが、いかにも私はコレを食べてますという感じで店内で食べるには注目の的だった。
しかし私もそうだがどうして日本人は「限定品」「残り僅か」の言葉に弱いんだろう。実際に私達が行った時にもドライブスルーでの事前注文も中でのレジ前での話からも皆さんこの1000円限定のハンバーガーが人気のようだ。でも二つ買えば2000円からするので躊躇しそうだが、ココがこの商品の狙い目、「限定100個」何と言う悪魔の囁き、それに輪をかけて店内に響く「限定商品あと10個」コレを聞いた途端に買う予定の無い人までついつい買ってしまうではないか。
限定100個で1個が1000円。という事はこの商品だけで最低10万円の売上がある事になる。それにセットにすれば飲み物もポテトもついてくるがそれもまた別料金だ。
ココまで上手く商売をやられたんでは堪ったもんじゃない。
しかし、暫しの優越感と達成感に浸っていても財布の中が軽くなったらどちらがいいとも言えなくなった。
まぁひと夏の泡沫の夢か、これから我々の所にもやってくるかもしれないアベノミクスの先取りか。
昼食に一人1000円といえば相当なモノが食べれる事には違いが無いのだが。

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2013年07月06日

こんなやり取りだった

先日、連れとそこの嫁さんと話す機会があった。
その話しが段々とエスカレートしてきて収集がつかなくなった。
それは「問答」のような話だった。内容はこうだ。
初めは子供も結婚したり就職して家にいない状態で、夫婦二人とお袋さんだけの生活になったってだけの話だった。
しかしそこからあらぬ方向に話しが行き始めた。
「好きか嫌いか」「好きではないか嫌いではないか」
こう書いたら分かりにくいかもしれないが単純に言えばこういう事になる。
「AはBの事を好きではない」これと
「AはBの事を嫌いだ」
コレはお分かりであろうか?そう、「好きではない」と「嫌い」はイコールでは無いという事。
なぜなら「好きではない」は「好きではないが嫌いでもない」という事らしい。
その点、「嫌いだ」は好き嫌いと言う点においては断定しているからだそうだ。
話を聞いていくうちに段々と頭がこんがらかってしまいそうだが、
「好き」と「嫌いではない」、「嫌い」と「好きではない」は大きな違いがあるとそこの夫婦は言っていた。
「嫌いではない」は「好き」ではなくて「好きでもない」ということらしい。という事は
「好きではない」は「嫌い」ではなくて「嫌いでもない」だ。
益々、こんがらがってきた。こんなやり取りを延々とそこの夫婦としたから全く正常な思考が出来なくなってきた。
で、何が言いたいかと言うと、そこの旦那は嫁さんのことをこの
「好きではない」が「嫌いでもない」と言いたかったらしい。
そこのところを強調していた。いわば嫁さんに媚を売っているんだと分かった。それに対して嫁さんはどうかと言うと、全く持ってハッキリしている。それはこうだ。
「私はアンタの事が(嫌い)だ」いや違った。
「私はアンタの事が(大嫌い)だ」だった。

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2013年07月05日

人それぞれに その人の思惑がある

最近ご近所に出来たフレンチのお店が閉店した。
まだ開店から2ヶ月である。診療所から真向かいに見えるビルの2階でやっていたがいつ見てもお客さんが入っているところを見た事が無かった。
前は焼き鳥や鳥料理のお店でちょくちょく行っていたが、いきなり閉店していつの間にかフレンチに変わっていた。
居抜き状態で貸している店だが、前のお店がどのような評判だったかで次に入るお店のお客さんの入りが決まるようである。
そこは私が知っているだけで6~7軒代わっているだろうか、そのつどご近所さんだからたまに食べに行ったりすることがあった。
でも皆、自分は失敗しない、成功すると思うのは当たり前だが、なかなか上手くいかないのも事実だ。テーブル席にカウンター席フルに入っても12~13人が入ればそれこそ満杯状態の店だ。
折角、頑張ろうという意欲があってもそれがお客さんに伝わらないのでは意味が無い。
でも味やコストがお客さんの要望どおりだとコレはこれで流行るのかもしれない。
現に流行るとまでは行かないが横にある中華屋さんはもう20年以上続いているし、何が流行るか分からない。
最近、また近所の喫茶店が閉店するという噂を患者さんから聞いた。味もそこそこ、値段もそこそこのお店だ。
一筋裏に180円コーヒーの店が出来てからは、お客さんの入りも変わったらしい。
高くても美味しいコーヒーが飲みたい人なら満足する事が出来ようが、コーヒーさえ飲めればと言う人には180円でいいのかもしれない。
最近出来た新規開業の歯科医院にも同じことが言える。
当医院の患者さんが一度行かれたらしい、開店してすぐに行かれたといっていたが、女の子は若くて綺麗な子を入れていたが、要領が悪くてずいぶんと待たされたとか。歯石を取ってもらうだけで言ったらしいが新米の衛生士に口の中を血まみれにされたらしい。
可愛い子に口の中を触られるのと、オッサンに口の中を触られるのはどちらがいいかは誰が見ても明らかだ。
ココにも患者さんの嗜好が出てくるんだろうって言っておいた。
向こうに行くのも良し、こちらに帰ってこられるのもよし。
この患者さんはどうされるのだろうか。

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2013年07月04日

う~ん モヤモヤする

当医院はオフィス街にあることは前にも述べている。
その近所に保育園がある。街の真ん中にある保育園でそこそこ園児もいる中規模の保育園だ。
そこに朝早くから子供を預けて仕事に行く人の姿が多く見られる。
前から気になっている親子がいる。父親と男の子だ。
この子はまだ1~2歳の頃から父親に連れられて登園しているが、その子ももう3~4歳になるであろうか、久し振りに元気な姿を見た。
前抱っこでいつもスーツ姿の父親がビジネスバックを持ちながら、子供の用意を両手に抱えての登園姿が目に焼きついていた。
ココ2~3年だが母親の姿を見たことが無い。いつも父親がその子を連れている。
勝手な想像で申し訳ないが、母親はどうしたんだろうか?
シングルファーザー?それとも母親は病弱?まだ手が離せないまだ下の子がいる?
勝手な想像ばかりが頭をよぎった。
どう考えてもスーツ姿にオムツ鞄や着替えの入っているバックを抱えてのすれ違いを経験しているといろんな事を想像してしまう。
そんな小さかった子も自分で歩くようになって、父親と手を繋ぎながら横断歩道を渡る姿に益々、疑問が頭をよぎってしまった。
他人さんにそんなプライバシーを聞くことなんか出来ない。
でも凄く気になる。雨の日も風の日も毎日その父親と男の子の二人が診療所の窓の外に見える。
何度か信号待ちの時に男の子がビルの方を見ていてこちらも愛想で手を振ったことがあるから、外であっても分からないと思うが診療所の窓から手を振れば時々手を振り返してくれる。
何気無い朝の風景だが毎日気になって仕方が無い。

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2013年07月03日

支援はいつ前も続けたい。

先日、昔からの知り合いの人と会う機会があった。
その人はかれこれ30年以上の付き合いになる人だ。
最初の付き合い始めのことはあまり覚えていないが、いろんな面でお互いに惹かれるものがあって、たまに会うと刺激し合える仲だ。
その人がこんな話をしてくれた。
阪神淡路の大震災の時に知り合いの会社がダメージを受けて、全国各地の知らない人から励ましや、支援を受けて大いに助かったとか。
そして今回の東日本の大震災の時にそのお返しが出来たらって思いでいろんなボランティア活動に参加するようになった。そしてその一端を私の知り合いも受け持つ事になったらしい。
人にはその人なりに出来る事と出来ない事がある。
お金で支援するのもよし、代わりに体で支援するもよし、自分に合ったことで支援していければお互い助け合いの気持ちが大事だといっていた。
そんな中、もうすでに2年が過ぎようとしていても未だに細く長く続けているボランティアの人達が多くいる事をあまりマスコミは伝えないといっていた。
我々はそんな時に何が今でもできるかを考えないといけないとその人が強く訴えていた。
確かに我々は多くのことを今回の震災で学んだように思う。
ボランティアにしても、バラバラな活動ではまとまりがつかないし、それを纏める人が必要だ。お金にしてもちゃんと行き渡っているかの確認もしないとだめだと思う。
いつの間にかそれらが良からぬ方向に言ってしまっては折角の善意も無になってしまうからだ。
私も僅かながら彼らに協力したがそのあとがどうなったかは知らなかった。でもちゃんと彼らがどのようにその善意を伝えてくれたかを聞いて納得したし安心した。
さぁこれからは私達の番だ。これからでも出来る事を細々とではあるが引き継いで行こうと思う。

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2013年07月02日

次の診察日が怖いような、待ちどおしいような・・・

最近、デンチャーが面白くなってきたとココにも書いたが、今朝一番に来られた患者さんの話です。
その方は残っている歯が上下で5本。入れ歯も幾つも持っているが歯が抜けてからは入れていないと言っていた。だからもうずっと歯ぐきで噛んでいる方で、歯ぐきが異常に堅くなってしまっていた。
その方のデンチャーを作成するのに患者さんの了解を貰って、お互いが納得いくまで時間をくださいとお願いして作成にかかった。
最初は印象にも個人トレーがなかなか合わず苦労したりして、次にかみ合わせも今までの悪い習慣を直しながら、それに何より残存歯の状態もあまり良くない。
こんなに悪条件が揃った患者さんも珍しい。今まではデンチャーは代診の先生にお願いしていて自分ではあまり診ていなかったのがよかったのか悪かったのか、患者さんも「先生もう適当でいいです」と何度も言われながら、最初に約束したように時間をかけさせてくださいとお願いしたようにじっくりと時間をかけてデンチャーを作ることにした。
その苦心の作が今朝患者さんの口に入った。
患者さんは今までこんなにピッタリとしたのは入れた事が無いと言ってくれたが、逆に言えばいれた後のスレにも十分な注意をしないといけなかった。
残存歯が少し動揺があったおかげ?で入れ歯を入れたときに窮屈感があまり出なかった。
喋るのにもあまり苦痛を感じないと言ってくれたから益々調子に乗って取り外し方やら食後の洗浄の仕方まで詳しく説明した。
自分自身ではこの作品はなかなかの出来栄えだと自負している。
最後に患者さんにこういっておいた。
「テレビでやっているでしょう、あのビフォーアフターのように患者さんはこの新しい入れ歯に満足してくれるでしょうか?」って心境ですって。苦心の作であればあるほど出来上がってからの喜びは悪いですが患者さんより私の方があるんじゃないかって勝手に思っています。
でもこちらが納得いくものを作っても患者さんに喜んでいただかなければ何にもなら無いのは重々承知。
さてどうなる事やら。満足半分、不安半分。

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2013年07月01日

先のことを思い病むより 今を生き抜こう

今日から7月になった。早いものである。
今年の半分が過ぎたという事だ。今年はアレもしたいコレもしたいといろんな目標があったが、昨年の骨折の後遺症か未だに足の具合が思わしくない。
気力はあっても体力がなくなってきている。そりゃもう還暦前の身だから仕方が無いと決め付けてばかりもいられない。
先日会った同級生などはもう早、定年前の早期退職で悠々自適?の暮らしをしているかと思ったら、何でも母親側の田舎に引越しをして農家のあとを継ぐといっていた。
自給自足くらいならできると決め込んでの転職?いや老後の楽しみだそうだ。一度遊びに来てくれと言うお誘いもあったがまだまだこちらは現役で頑張らないといけない身だ。
ありがたくお話しだけは承っておいて、どうしたら残りの人生をエンジョイできるか日々考えている。
大手企業に勤めても役員になれるのは極々僅か、ましてや一旦会社と言う看板を外せば果たして個人的な付き合いがあれば別だと思うが今までどおりの付き合いが出来るかは疑問だ。
中小企業の奴らはと言うとこれまた同じサラリーマンで、でもこいつらは別の会社に勤めたりしてしぶとく生き抜いている。
我々もいわば中小の零細企業、見たいなものだから自分自身が倒れたらいったいどうなるんだろうかと心配ばかりしないといけなくなる。
でも健康で暮らせればいい、なんて言ってばかりもいられない。
これから平均寿命を考えたら後まだ20年どうやって生き抜くかが問題になってくる。さてさて何か妙案は無いものか?無いだろうなぁ。

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