2015年02月27日

上には上がいるということです

先日、久しぶりに同級生がやって来た。
「オイ 久しぶりやな」
「どうしたんや」
「オレ定年まで後一年あるけど今年中で仕事やめることにした」
「何で急にや」
「あと一年いてもそうかわらんしな」
「退職金はもったいないで」
「来年までいても満額出るかわからんしな」
「何でそう分かるねん」
「会社の上層部の話ではどうやら希望退職を募る見たいや」
「そうなんか」
「これ以上いて減らされたりしたら何にもならん」
「そうか」
「まだあと少しローンも残っているし」
「嫁さんには言ったんか?」
「言える分けないやろ」
「そうやな言ったらお前命の保証が無いやないか」
「アイツオレの退職金ばかり気にかけてきよる」
「まだええやないか オレなんか退職金も無いから」
「オマエは散々悪徳歯科医で儲けているから」
「あほか」
「おまえには歯の事で世話になったがお金もだいぶつぎ込んだ」
「・・・」
「車の半分くらいはオレの金やぞ」
「・・・」
「ちょっとは還元しろよ」
「オマエなぁうちでお金払っていたか?」
「・・・」
「だいぶ出世払いやとか言って借金してるで」
「・・・」
「そうか退職金か」
「・・・」
「嫁に言ったら誰かが困ると言うことや」
「・・・」
「エライ事言ってもうたわ オマエに話さんかったらよかったわ」
「もう遅いわ」
「そろそろ車も乗り換えたいし」
「ひぇ~~堪忍や」
「どうしようかな」
「やっぱりもう一年会社に行くわ」
「そうしとけ」
コレってそこの嫁さんから私のところにもしも行ったら、こういう風に言ってくれって言われていたのでした。
上には上がいるということです。  あ~怖いなぁ。

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2015年02月26日

季節は着実に変わろうとしている・・・

今朝は雨模様、三寒四温とはよく言ったものでその名の通り春はだんだんと近づいてきているようだ。
地球温暖化が叫ばれているが大きく考えればそのような兆候は見えるのだろうが、我々の身近では草花の息吹が季節の移り変わりを感じさせてくれる。
近所のスーパーでジャスミンの小鉢を買った。何気なく花屋さんの前を通りかかったときにそこの店員さんが植木鉢にラッピングしているところだった。思わずその店員さんに「コレはなんて言うハナですか?」と聞いたのが買うきっかけになった。
細長いピンク色の花のような蕾のようなのをたくさんつけていた。
思わずその可愛さで買ってしまって家のリビングのテーブルの上に置いてみた。
二三日気にしていたがちょっとだけ先が膨らんだように見えたが、一向に変化なし、そしてリビングのテーブルからサイドボードの上に移してみた。
あまり気にとめなくなって暫くしたら少しずつ花が咲き出した。
ピンクの蕾なのに花は白色。小さな花が一斉に咲き出した。
こんな小さな鉢植えでさえ季節の移り変わりを精一杯表わそうとしている。
人は寒ければ一枚羽織ればすむし、暑ければ一枚脱げばすむ。
しかしこんな小さな花は何処で今が花を咲かせるときだと気づくのだろう。
玄関に置いてある盆栽の古木もガレージの門柱の上の槙の芽も少しずつの成長を見せている。
そういえば庭に置いてある瓶の中に金魚とメダカが越冬しているはずだ。今度の休みにはそれらの冬から春に変わるお手伝いをしようか。

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2015年02月25日

いまどきは見た目も大事と言うことか・・・

行きつけのお店であったことだが、そこは私が子供の頃からある普通の街の洋食屋さん。
まぁ近所では結構名前の通ったところだ。
継ぎ足し継ぎ足ししたソースは一度食べたら病み付きになる味だった。
そのソースの入った寸胴は年季の入った代物でなかなか見られるものではなかった。
そこのマスターの自慢は先代から変わらぬ味のこのソース。
そう常々言って憚らないほどだった。
学生の頃、よく我が家で勉強をした連中も晩飯は決まってそこに食べに行った。その味が懐かしくてわざわざ他府県に住んでいても年に一度か二度は未だに食べに来るといっていた。
先日そこで晩飯を食べようとしたら、いつも目の前にドンと座っているいつもの寸胴と様子が変わっていた。
一瞬、こりゃ味が変わってしまったのかと心配したが、食べてみて変わりの無いのに一安心した。
そうしたらコレはどういうことかマスターに聞いてみた。
「マスター寸胴新しいのに変えました?」
「・・・」
「味はまったくいっしょですね」
「・・・」
ちょっと無愛想だがそこがココのマスターのへんこなところ。
「先生 味は変わらんでしょ」
「そうですね」
「何が変わったと思います?」
「寸胴でしょ」
「いや違います」
「それならなんですか?」
「前からやってみたかったことをやっただけです」
「・・・」
「先代からのソースの入った寸胴を洗ってみたかったんです」
「・・・」
「入れ物が汚いと味まで美味くないんじゃないかって」

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2015年02月24日

またまたやっちまったなぁ・・・

コレは本日二度目の投稿になってしまった。
本当はこの前に長文のを書き込んだけれど、またまた凡ミスで消してしまったからだ。
最後に「投稿する」のボタンを押すだけなのに、何を思ったか途中で患者さんを診に行った為、机の前に座るなり「ブログを書く」の方を押してしまった。一瞬にして書き込んだ文章が消えてしまった。
この空しさ、脱力感はやってしまった人にしかわからないだろう。
自分に苛立ちと腹立たしさが今は頭の中を支配しているので今日はココまで。
ホンマにもっと注意しろよ!!最近こんな凡ミスが多い。

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2015年02月23日

オカズ一品分 ケチらなければ・・・

今週末は暖かい日と雨が重なって霧のような靄のような見通しが悪かった。
昔はこんな日でもゴルフに行っていたが、花粉症なんて病気は気にも留めなかった。
今もしそんな中に行ったら、涙と鼻水でゴルフにもならなかっただろう。
一雨降るごとに車の色が変わる?そうなんです、白色の車の塗装が白色でなくなるのです。ボディに付いた雨が乾けばジャリジャリとかすかに砂粒が付いているようで傷が付くみたいで、毎回雨の後には洗車に行かないといけません。
毎回洗車機を使うのですがはじめは手洗いしかそれこそしなかったのに、今では何も考えずに自動洗車機を選んでいます。
時間があれば家の前で自分で手洗いをしますが、最近はいや、ココ3年くらいはもっぱら自動洗車機のお世話になっています。
まぁ一回500円くらいだから気にもなりませんが、毎回となるとちょっと気にしないわけにはいきません。
同級生はそれが嫌で家にこの自動洗車機を買ったバカがいます。
最初は物珍しさもあって何度か使わせてもらっていましたが、タダほど高いものは無いの通り、そいつにいちいち礼を言うくらいなら堂々とお金を支払って自分で洗車機に入れる方を選ぶようになりました。
でもいつでも使えると便利なのは分かっています。
あまり汚いまま乗るのは自分が許せないので、ココは清水の舞台から飛ぶ気持ちで500円は奮発しようと思っています。
たかが500円、されど500円。

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2015年02月20日

どうしていらっしゃるんでしょうか?皆さんは

今週は一日おきに患者さんが多い日と少ない日が交互にきている。
だから一週間で言えば帳尻は合うことになる。
でも毎日コンスタントに来てもらうほうが良いと思うのだが、患者さんの希望なら仕方が無い。
と言うわけで今日は暇な日の方だ。
こんな時こそやりたいことも、やらねばならないことも出来るのだから感謝しないといけない。
やりたいこと、やらねばならないことの代表がまずは机の上の整理整頓。
コレでもいくらかは片付けたがすぐにモノが溜まってしまう。
毎日FAXや広告が何枚か来るがコレって紙の無駄使いに他ならない。
一時期は来たFAXはすべて紙に印字していたが、コレでは紙がいくらあっても足らなくなるので、買い換える時を待って画面表示が出来て、いるいらないを画面に表わして必要なものだけを印字するようにしたら紙の減りが全然違った。
それだけいらない情報が毎日来ると言うことだ。
向こうは商売だから送ってくるのだけれど、こちらがそれに乗せられて買うか買わないかわからないものに時間を使うと言う無駄は省きたいものだ。
毎日同じ時間に来るFAXは着信拒否をしても番号を変えて送ってくる。それとの戦いが毎日起こっている。
今朝も一番に来て電話やFAXの有無を確認したら、5FAXのうち4FAXが広告のものだった。
うちだけではないはずだ。皆さんこんなことで無駄な時間とお金をかけているんだろうか?

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2015年02月19日

避けていたことに目を向けないといけなくなった

最近私も物忘れが激しくなった。
こんなことを言うと歳だから仕方が無いと思われそうだが、それ以上に家人の物忘れが今まで以上に進行してきた。
もう80歳になろうかとしているので無理も無いが一人にしておくのが心配になってきた。
言い出せば細かいことは山ほどあるが、身内でそれに対処できるにもほどがある。
寝たきりではない、出歩くのが好きな人だし、あちらこちらと気の赴くままに出歩いている。
私なんかよりずっと元気があるように思える。歩くことには一向に衰え知らず、私が階段を上る時にも途中で一度休憩しないといけないのに一気に上がってしまうほどの健脚だ。
しかし人の名前を忘れることが多くなっている。私もそうだが。
それに何度も同じ話をしてしまう。これまた同様だ。
誰かに指摘をされないと分からなくなってしまう。
分からない者同士がする会話はきっと他の人が見たらこっけいだろうと推察される。
「この人最近よくテレビに出ている人やけど名前が出てこん」
「この人アレやがな」
「そうかアレか」
「そやアレや」
これで会話が成立するからおかしい。二人には分かっているので周りの人にはチンプンカンプン。
そろそろ真剣に考えないといけなくなってきてしまった。

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2015年02月18日

なくて七癖って言うじゃないですか・・・

前にも書いたが食に対する拘りがすごくあることが分かった。
分かったと言うがそもそも好き嫌いがはっきりしている私は好んで食べるものと言うのはそんなに多くない。
しかし好きになると毎日でもOK.そんな偏った生活をしているのである。
だからこの食べ物はココ、一旦決めてしまうとそこばかり通い詰めることになる。
カツ丼はココ、カレーならココ、ピザならココ、パスタはココ、と言う風にである。
しかしいきなりそうなうのではなく、何軒か食べ比べてみて自分の好みはやっぱりこちらだと決めてからそうなっていくようである。
そうしてまたいつかどこかでいちからお店を探し出す。
最近は近所に新しいお店がいくつか開店した。洋食屋さんだ。
診療所の近所だし女の子達と週一でその新しいお店に食べに行くことにしている。皆の意見も参考にはなるが若い子達とおじさんでは嗜好が違う。あくまで自分の舌での基準である。
昨日も近所のお店でハンバーグを食べることにした。ここでも若い子達と違うのはデミグラスソース派とあっさり和風ハンバーグ派だ。
連れとならシェアーすればいいのだが女の子達に「ちょっと頂戴」は出来ません。
だから当医院の女の子達は私が「今日は何を食べに行ってくるわ」と言えばすぐにそのお店が分かるようになりました。
でもそうしてすぐに順番を点けたがるのが私の悪い癖なのかもしれません。

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2015年02月17日

資格って大事なことだと つくづく思いました

ここを利用している方の多くは国家資格者だと思います。
最近あった話ですが、国家資格、(国家試験の合格者)はやっぱりすごいと言う話です。
資格試験で何がどうと言うのではありません。しかし国家資格というのは国が認めた資格だから就職をするときもまた転職をするときも消えるわけではなく、自分から返納しない限り生きていると言うことです。
何故こんなことを言うかと言えば、こんなことを聞いたことがあるからです。
それはある人がある病院に勤務するときに、その人は管理栄養士でしたがそこの病院は何人かの管理栄養士がいるために栄養士として就職したそうです。
管理栄養士と栄養士では少しは給料にも差があるみたいで、せっかくの資格を持っているにもかかわらず管理栄養士としてではなくて、栄養士としてなら雇ってやると言われたそうです。
コレって何処でも行われていることなんでしょうか?労基法は?
ここで明らかに立場の強い弱いが現れていると思います。
いやなら来なくてもいいよ的な対応はいかがなんでしょか?
働きたいから面接を受けて来ているのに、せっかく一生懸命勉強をして資格を取ったのにおかしいとは思いませんか?
その人は結局はそこにいったん就職したけれど結局は辞めてしまいました。その時間の無駄を誰も返してはくれません。
見る目がなかったからと諦めておられますがやっぱり納得がいかないと言っていました。雇う側と雇われる側、確かに応募が多いとその中から選ぶとなればそこにあった方を選ばざるを得ないのも分かりますがちゃんとした明確な基準があってしかるべきだと思いました。

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2015年02月16日

期待で何が悪いか わかりませ~~ん

みなさんバレンタインデーはいかがでしたか?
私もありがたいことに頂くことが出来ました。
この歳になっても「義理」と分かっていてもありがたいもので、本当にありがたく頂戴いたしました。
もって帰ると家人から、「あんたに渡すくらいならもっと有効な使いかたってなかったのかね」と言う嫌味な言葉にもめげずに、一応涼しいところに保管しておきました。
昔は(大学病院の勤務時代は)今のように自分へのご褒美だとか、友チョコだとか言うのは無かったので一人ひとりが一個ずつ手渡しでくれた時代もありました。
それから暫くして何人かのグループで一つくれたりもしました。
今のように高級なチョコではなくてそれこそそこらで売っている普通のチョコをきれいにラッピングした包装紙に包んだのを貰ったりもしました。
お返し期待の飲み屋のオネェちゃんからはそれこそ同伴お願いチョコも貰ったこともありました。
女性から男性に告白すると言うのは最初だけで、最近ではもっぱら自分へのご褒美の意味合いが強くなってきたのかもしれません。
だったらお返しのホワイトデーも我々男性の自分へのご褒美って言う考えは間違っていますか?そういった意味合いのことを連れに言ったらこう返されました。
「自分へのご褒美は日ごろ一生懸命に働いている人が言うことで我々みたいな親父はそんなこと言う資格は無い」とか。
だったらこういう風に変えたらどうでしょうか?
どこかのコマーシャルのようですが、
「自分への期待」とか「未来への期待」。
そういったらまたもやこう返されました。
「オマエのは『期待』ばかりやな」って。

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2015年02月14日

浮気は出来ない・・・

昼飯はいつも外食の私も、行きつけのお店はほぼお蕎麦屋さんです。
近所にある4軒をほぼ毎日回るコースが決まっています。
たまたまそこの方が当医院の患者さんだから、どこか一軒に偏ると都合が悪いのでローテーションよろしく順番に回るようにしています。
しかし長年通っていると、そこで食べるのは決まってきます。
味は甲乙つけがたいですが、そのときの食べたい気分でメニューが決まってしまいます。
丼ものの美味しいお店、お蕎麦の美味しいお店、お出汁の美味しいお店。
カツ丼、玉子丼ならココ、定食モノならココ、日替わりで食べるならココ、と言う風にそこのお店ではそれ以外本当に食べたことがありません。
ただ何処のお店にも私の別メニューが存在しています。
それは「たまごダブル」です。
丼モノに玉子をトッピング、お蕎麦にも月見風に玉子を落としてもらいます。当然別料金ですがコレがまた美味しいこと。
夏場になればざる蕎麦にレモン、コレもいつの間にか私が頼んでからそこのお店では定番になりました。
初めてのお客さんは戸惑うことが多いとかですが、お店の人に「少しレモンを絞ってみてください、また風味が変わりますよ」と言われてしぶしぶそうしたらはまったと言うお客さんもいました。
お蕎麦が好きで通えるのもありますが、皆さん当医院の患者さんだから本当に偏らないように気を使っているのも事実です。
今日は土曜日で昼飯はやっていませんが、来週もまた同じようにこのコースにしたがって回ることになりそうです。
本当に飽きない人間なんです。

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2015年02月13日

世の中はこんな人ばかりではないと信じたい

先日、当医院の患者さんとの会話の中でこんなのがありました。
そこの会社のゴルフコンペでの話しです。
そこの会社の社長は大のゴルフ好きで有名だそうです。
毎週土日のどちらかはゴルフに行くほどのゴルフ好き。
毎年春、夏、秋、冬の年4回はコンペがあるそうです。
そこでこんなことが分かりかした。
幹事は毎回同じ人、参加者は従業員と取引先の人たちで大体毎回4~5組になるそうです。ということは20人から24人くらい。
そしてスタートはそこの社長の組、最終組に幹事が回るんだそうです。
去年の4回のコンペの成績を集計していてあることに気が付いたんだそうです。
それはHDはダブルペリア方式だから優勝はその日の運しだい。
毎回、いろんな人が優勝をしているんだが特別賞は常に最終組からでているそうだ。
ドラコン、ニアピンは言うに及ばず時にはベスグロも。
たまに前の組がつかえている時はニアピンは他の組から出ていたらしい。
ということは最終組でのスコアの調整があったのではないかという疑惑。
楽しいはずのゴルフコンペがこんな疑惑で台無しになるのは本望じゃないが、当医院の患者さんがこうも切り出した。
「先生 どう思います?」
「どうって?」
「おかしいとは思いませんか?」
「そう何度も続くものではないでしょうね」
「そうでしょう」
「でも何か証拠でもあるんですか?」
「まだ直接的なモノは無いです、でもやっぱりおかしいと・・・」
「そうしたら今度は組み合わせのときにあなたが最終組に入ればいいじゃないですか」
「それも考えました」
「そうですか」
「でもこんなうわさを聞いたんです」
「どんなのですか?」
「あるときトイレの中で個室にいたときに聞いたんです」
「はい」
「誰かは分かりませんが『今度のニアピンの商品のあれ欲しいな』と言ったら『分かりましたそれは○○サンに』っていっていたそうです」
「それだけでは証拠になりますか?」
「言っていたのはこのコンペの幹事なんです」
「私にははっきりわかりませんが・・・」

大体こんな内容の話でした。何だかセコイ話だと思いました。
実力で取ってこそ意味があると思っているのは私だけでしょうか?

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2015年02月12日

しみじみそう思う・・・

昨日の水曜日が休みだと連休に比べて得な一週間のように思う。
体がそう言っている。2日働いて1日休みまた2.5日働いて1日休み。
普通は5.5日働いて1日休みや土日の休みの頃よりずっと体が楽なように思う。
昨夜寝る前は明日は木曜日だとおもいつつ、朝起きたら休日の次で月曜の感覚のままだった。だから「そうだ今日は木曜日だ」で一人ニコニコ状態。しかし毎回言っている通り休みが一日入ることで、そこの患者さんはどこかにしわ寄せが来ることになる。それが火曜日と木曜日だった。9時過ぎから今日のアポの電話が鳴って入るが午前中にはもう空き時間が無い。午後の最終近くまで空きが無い。
それでも午前中に二人ほど入れてしまった。まだ受付が来ていないから今のうちにカルテを用意しておいて、どうしても痛いとか、かぶせがはずれて困っているとか、勝手な理由をつけてアポイント帳に名前を書き込んでおいた。
その前後の患者さんはそう時間はかからない患者さんだから何とかなるだろう。
国の方ではまだ休みを増やそうとしている。サラリーマンさんは休みが増えていいだろうが、我々自営業はそれだけ仕事をする日が減ってしまうことになる。しかしそれは実日数が減るだけではない。
その分どこかにしわ寄せとして現れる。
今回のようにその前後が忙しくなるからだ。
また外注をしている技工物にしても遅れればそれだけ患者さんにご迷惑がかかるので他はどうかは知らないが、当医院ではセット日を決めたら何が何でも間に合わせてもらっている、無理を承知で。
しかし歳も歳だしそんなに無理をしなくてもって思うこともしばしば。
そういえばリタイアした先輩が言っていたなぁ。
「患者さんが来てくれている内がハナやで」
なんとなく分かる気がしてならない。

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2015年02月10日

充実した一日になって欲しいものだ

昨日、今日とこの冬一番の寒さだとか。
確かに顔を洗うときの水の冷たさがハンパない。
でもこんなことでへこたれてはいけない。上には上がある。
一日で数十センチも積もる地域もあるし、雪も寒いがお寺の寒さといったら我々の住んでいるところの何倍も寒い。常にこの時期は氷点下だからだ。そんなところでの作務は手足が凍えるというより千切れそうになるからだ。
そんなことを思えばまだ幸せだと思わなくてはならない。
そうだ寒風吹きすさむ中の夜釣りを思い出せばいい。体感温度はいったい何度になっているのだろう。そんな中でも大物を釣ったときには寒さなどは関係が無いはずだ。
そんなことはさておき、昨日は午前中は所要でアポを空っぽにしていたが、直前になってその用事がキャンセルになった。
ということは午前中の診療が空っぽ状態だったが、急患や新患で何人かは埋まった。しかしその分今日にアポを変更してもらった患者さんで朝からは満杯状態。
それもカルテを見たら時間のかかる患者さんばかり。
時間がかかる患者さんの間に洗浄やら調整が入っているから幾分かは助かるが、抜歯や抜髄やセットが続けばあせってしまって時間が余計にかかることもある。
そういう時の為にも息継ぎが必要になってくる。
まぁ今日の場合はそれがうまく入り込んでアポを取ってくれているから助かりはするが。
こんな日は意外とキャンセルもある。それでうまく回っていく。
はたして今日はどんな風に治療が進んでいくのか楽しみだ。

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2015年02月09日

〆の雑炊の後の〆のラーメンは別腹でした

先週末、お知らせしたとおり恒例のお鍋会があった。
この日のために体調を整えてきたおかげで美味しい雑炊を食べることが出来た。
もともと魚は苦手な私でしたが、お出汁の効いた雑炊は別格で魚の味がしていてもそんなの関係無い状態でした。
他のメンバーにてっさもてっちりもお任せして只管早く食べてくれるのを待つだけでは味気ないので、こちらは出し巻き玉子やナスグラタンなどを空腹を満たすあてにしていて、しかしあまり食べ過ぎたらせっかくの美味しい雑炊が味わえないのでそこそこに。
そしてついに皆さんが散々食べつくした後の雑炊タイムとなりました。
ココでガッツリと思ったのですがメンバーの一人が帰りに何処何処の塩ラーメンが〆にはいいんじゃないかと言い出しました。
これから雑炊というときに、いやなことを聞いてしまった私の心は迷い始めました。
そこの塩ラーメンもこの雑炊に負けず劣らず絶品ラーメンなことは百も承知。そこで彼らの雑炊を私が頂くといっていたのを少々変更して〆の雑炊のまた次の〆の塩ラーメンを食べに行くことになりました。
あれだけ食べたにもかかわらず他のメンバーは別腹状態、しかし私は鍋を食べていないので調度いい状態のままラーメン屋さんに行きました。
前にも言ったようにラーメンの種類もあれこれありますがこの塩ラーメンに限って言えばココがベスト3には入っていると思うところでした。しかしその食べている最中にも私の好きな坦々麺の話になり今度はそこに行きたいとかで、是非ともまたご一緒したい旨を伝えてお開きになりました。
彼らは超の付くグルメなご夫妻で一杯のためにはきっと長距離ドライブがてらにまた来られることでしょう。
考えてみたら先週もこのご夫婦とは「お肉の会」がご一緒で、食べるという人間の食欲を十分にご理解いただける同士そのものです。お互いではありますがお会いするたびにワンサイズずつふくよかになっていくように思います。
他に何も楽しみも無い私にとっては至福の時間をありがとうございました。

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2015年02月06日

明日はいよいよ年に一度のお楽しみ

食べ物の好き嫌いがある私は、よく「何が食べ物で好きですか?」と聞かれることが多い。
しかし何々が好きとか何々が嫌いとか言うと角が立つように思うので、「美味しいものが好き」で「不味いものが嫌い」ですと答えることが多い。嫌味な言い方だがこれで通してきた。
お金を出せば美味しいものは沢山ある。しかしお金をかけずとも自分の好みの好きなものもある。俗に言うB級グルメはその例だ。
またお肉とお魚どちらが好み?って聞かれたら確実にお肉と答える。でも嫌味かもしれないが不味いお肉なら美味しいお魚の方が好きだし、そんな私でも嘗てはこんなもったいないことをしていた。
それは特にお鮨の場合、エビVSカニ、タコVSイカ、ウナギVSアナゴ
私的には似た物ならばどちらかしか食べなかった。
今はそんなことはないが、昔はそうだった。
同じようにラーメンも大好きで醤油、味噌、塩、豚骨、あらゆるラーメンが好きだった。麺も太い、細い、ストレート、縮れ、コレだけの組み合わせならいったい何通りになるのだろう。
しかし最近は塩ならココ、醤油ならココとその場で妥協したりはしない。
変わり者は拘りもハンパなく蕎麦ならココ、お肉ならココ、ともっと美味しいところがあるにもかかわらず、拘りがゆえに他を知らない。もったいないと思うこともある。
しかし何処何処の何が美味しいと言われても、へんこな私はいつもこう思ってしまう。
「それはあなたの舌がそうおもうのでしょう?」
「私が美味しいと思うかどうか?」
こんな具合できっともっと美味しいところには行き着いていないと思う。
前振りが長くなったが、明日はグルメな友人達と食事会だ。
年に一度のお鍋の会だ。ピチピチのてっちり鍋だ。
毎年行きつけのお店に行くのだが、ふぐのコースになるのだが私の出番はそのお鍋ではない。散々お鍋は彼らに食べてもらっての最後の雑炊。このために一年待つのだからどれだけ美味しいか。
ふぐの肝の入った雑炊、コレに勝るものはない。
今日から体調を整えて明日の鍋会に備えたいと思う。

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2015年02月05日

間違っていたらご免なさい

毎朝同じ時間に起きて、家を出て仕事に行き、同じ時間に帰る。
このパターンがもう何日も続いています。
仕事も患者さんは変われど毎日ほぼ同じ内容の仕事をこなしている。
別にそれが不満ではない。特別何がしたいとかでもない。
平々凡々とした毎日に一時期大きな不安を感じたこともあった。
「このままでいいのだろうか?」「こんなことでいいのだろうか?」
そんなことを自問自答する日が続いた。しかし最近分かったことだが、何気ない日々の暮らしが、仕事が何より平和で大事だということが。
若い頃は仕事が終わっても直帰などしたことはなかった。
皆同じ24時間を持っているなら、自分は他の人よりもっと有効に使おうと思っていた。
しかし最近では同じ24時間が何も変化なくてもそれはその日一日が平凡でも、何もなかったことに感謝してまた次の日に向かっていこうという気になってきた。
与えられた仕事に不平不満を言うことでもなく、知らないことにチャレンジしていくことでもなく、ただ只管無事に一日が過ぎていければいいんじゃないかとさえ思えるようになった。
歳をとったからという人もいるが私はそうは思わない。
よく人の顔を見たらその人の人生が現れているという。
自分の顔を最近は朝起きて顔を洗うときにしか見ることはない。
いい顔をしている人は必ずや善人とは思わない。しかし醜い顔をしている人はやっぱり神様仏様がそうさせているのか苦悩をにじませているように思う。
高齢のご老人を見てもやっぱりいい顔をした人もいれば醜い顔をした人もいる。
若者にしても充実した生活を送っている人にはいい顔の人が多いように思う。
最近そう思うようになった。また自分も不細工ではあるがいい顔になりたいと思うようになった。
生まれも育ちもいい人っているじゃないですか。そんな人は何にも苦労を知らないって言われますがそうじゃないと思うのです。
大事なのはその生き方、生き様だと思うんです。
苦労苦労で過ごしても最後は仏様のような顔になっている人って素敵だと思うんです。その反対にいつもいつも不平や不満を言っている人はおのずと醜い顔になっていくように思うんです。
間違っていたらご免なさい。

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2015年02月04日

A+B-C=トイレの回数

今日は立春、暦の上では春になったが未だ冷え込んだ朝だった。
しかし街路樹にも小さな芽がそろそろ目に付きだした。
季節はちゃんと移り変わっている。
最近思うことだが、昔は仕事が終わっても直帰などしたことがなかった。しかし最近は家と診療所との往復で何処にも出かけることもないし、晩飯を食べて風呂に入ったらもうすでに頭は熟睡の体制を作りつつある。時計を見るとまだ10時、この時間から寝たら何回夜中にトイレに起きないといけないか。
そんな心配をしながらも睡魔には勝てず、布団にもぐりこんでしまう毎日が続いている。
昨夜も10時半にはもうすでにお布団の中、一回目のトイレは12時半、二回目のトイレは2時半、これだと次は5時前後になると思った。しかし二度寝、三度寝は今度起きるときが辛いのは分かっている。しかし起き続ける自信はない。
歳をとるとトイレが近くなると言われているがまだそんなに老い込むわけにはいかない。
寝る前にコップ一杯の水を飲む習慣がいけないのか?それも今考えてみればトイレごとに水を飲んでいることに気が付いた。
誰がいったか知らないが、ドロドロ血の人は寝る前にコップ一杯の水を飲めとか。それをちゃんと今まで守っているからこんなにも夜中にトイレに行くのか?
よくよく考えてみたらこのコップ一杯の水に原因があるように思えた。
普通コップ一杯に水といったら普通サイズのコップのこと、私のコップは普通サイズより大きめのマグカップ。他にもコップはあるがこれが何よりのお気に入り。いつも食事のときもコーヒーもお茶もコレで間に合わせている。
尾篭な話で申し訳ないがこのコップの一杯の水の量は考えてみれば、トイレで出す量に比べれば明らかに違うことが分かった。
飲む水の量>出す量。だから少しずつではあるが溜まってしまうのだろうか。自然に溜まる量+飲む水の量ー出す量=トイレに起きる回数。コレが分かった。ちょっと考え直さないと・・・

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2015年02月03日

今日は節分、福は内、鬼も内・・・

今日は節分、昨日も書いたとおり立春の前日が節分にあたる。
多くのお寺で豆まきが行われる。
「福は内、鬼は外」この言葉が多く使われるが、中には「福は内、鬼も内」というところもある。奈良県吉野山にある金峰山寺ではこの「福は内、鬼も内」と唱える珍しい鬼の調伏式がある。
このお寺は私が長年断食修行に行っている修験道の総本山でもある。
多くの参拝者がこの奇祭に来られる。
吉野山は「桜」で有名だが秋の紅葉もまた格別である。
そして節分会、花供懺法会、蓮華会、蛙飛び行事、などいくつもの行事が行われている。
修験道とは何か?簡単に言えば山伏の修行で、日本古来の山岳信仰。
「修行は難苦をもって第一とす身の苦によって心乱れざれば証果自ずから至る」
修験道は自ら修して、自らその験するところに真髄があるのです。
暫く断食道場にもご無沙汰しているので近々上堂して蔵王権現さまに御参りに行こうと思う。

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2015年02月02日

明日は節分 年の変わり目

明日は節分。立春の前の日が節分にあたる。
毎年2月の3日か4日がそうなるのだが、私にとっては12月31日よりもこちらのほうが年変わりのような気分になる。
新しい年が始まる気分はお正月を迎えるのと同じ、しかし「おめでとう」の言葉もないが気分的には一年の始まりの様な感じがしてならない。
昨日の日本人殺害のニュースは朝から一日中ニュースで流れていた。
何処にいても危険と隣りあわせだということをもう一度考えてほしいと思った。
日本はまだまだ他の国から言えば平和な国、でもいくら国際貢献したところで相手にとっては格好の標的であることには違いない。
身代金の要求すれば出す国と思われているし、軍隊が攻めてくることもない、しかし国民一人ひとりが今まで以上に注意していかなければならなくなったのも事実だ。
海外旅行が楽しいはずのものから注意していかないといけない時代とはまったくもって情けないことだ。
前にも書いたがここで「自己責任」ということがまたまた問題視
されることになる。
こんな世の中に誰がしたではないが、注意しておくことが何よりの予防になる。しかしこんな世の中がいつまでも続くわけがない。
宗教のことをとやかく言うつもりはさらさらない。
でもコレだけインターネットが進歩すれば遠くにいてもすぐ近くで起こっているように感じてしまう。それもリアルタイムで。
これから海外に出向かれる方々にはくれぐれもご注意ください。
私は飛行機嫌いなもので海外に行くこともないけれどこんなニュースはこれからも見たくはないからです。

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