2015年09月30日

こんな人種もいるんです・・・

またまた寝過ごしてしまった。
朝夕の気温がきっと心地よいんだろうが、夜中のトイレも1回で済んでしまうからかもしれない。
それにしても今日で9月もお終い。明日から10月になる。今年ももう3/4が過ぎようとしている。やはり年々一年が早い。
仕事面でも充実した日々が続いているが、毎度言うように趣味の時間が取れない。数多い中からやはりこの時期は釣りだろう。
よく海の中は2ヶ月遅いと言われる。と言うことは今まさに8月の状態か?
確かにスポーツ新聞の釣果にはまだ夏の魚がつれているところも被い。
連れに歯科医半分、釣り人半分の奴がいる。休みになるたびに遠くまで釣りを楽しみに行く奴だ。
そのために船舶免許も取った、それようの車も購入した。ここまですれば立派な趣味人だと思う。ただ家族はたまったものではないが。
でもそいつ曰く、「一杯遊ばないといい仕事が出来ない」コレがこの男の信条。趣味のためなら徹夜もかまわない。そして仕事をしだしたら満足するまで諦めない。
孫までいる身で健康には人一倍気を使う奴だが、どこか抜けてて可愛い奴だ。
仕立ての舟に乗って釣りに行き、高速代やらガソリン代やらを使って小魚数匹、そこの漁港で買って帰って何が一人前の釣り人か。
家族のきつい眼差しも諸共せずにその男は来週末も幻の大漁を夢見てどこかに釣りに行くといっていた。
もう一人は、車の走り屋で何処までもスピードに拘り、足回りを何度も変えて早さの追求に余念が無い。油まみれになっても休みの日には一日中車をいじっている奴だ。
私の周りにはこんな奴ばかりだが、どこか憎めない連中が居る。
こいつらこそ私に言わせれば「趣味人」なのかもしれない。
私には出来そうもない。

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2015年09月29日

自然を敵にはまわしたくないが・・・

昨日は各地でスーパームーンが見られたとニュースで言っていた。
こんな言葉が出始めて何年になるだろう。昔はスーパームーンなんて言葉すらなかったように思う。
中秋の名月と言う言葉はよく使われていたが最近、こんなおしゃれな言葉が出てきたように思う。
それはさて置き、沖縄地方を襲った台風は風速が80メートルだったらしい。そんな台風に見舞われたらひとたまりも無い。
先島地方から台湾の方に行ったみたいだが、これほどの台風の暴風雨はやはり地球温暖化による海水温の上昇が関係しているに違いない。ペルー沖の海水温が上昇することによって起こるエルニーニョ現象が大きく影響しているといろんなメディアが報じている。
日本からしたらほぼ地球の反対側でのこと。ここまで影響があるなんて皆が不思議に思うのも納得できる。
だから今年の冬は暖冬が予想されると言っていたが、本当にそうだろうか。
全世界の海水面が数センチの上昇とも伝えているから0メーター地域は何かしらの対策を考えないといけない。
スーパームーンに心を動かされるのは一時的にせよ近近の課題はやはり全世界規模の地球温暖課なのは間違いない。
異常気象なんて言葉は滅多に聴けるものではないと思っていたが、最近では毎年のように聞こえてくる。
何が異常気象なのか?決まって同じようなことが起こるなんて自然現象ではありえないからだ。我々人類がいくら英知を絞ってみても自然相手では無力だと言うことがつくづく思い出させる。
それなら大難を小難に、小難を無難にという風に考えないと毎年のこんな災害は避けては通れない。
我々は常に防災意識を持っていないといけないのである。

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2015年09月28日

この時期のお楽しみと言えば・・・

昨日は絶好のお月見日和だった。そして今日はスーパームーンとか。
この季節になれば朝夕のしのぎやすい気候でついつい寝坊してしまう。そういう私も昨夜はよく眠れたのか一度しか夜中にトイレに起きなかった。そしていつもの時間より30分も遅く目が覚めてしまった。あわてて家を飛び出したが道はまだそんなに混んでいなかった。きっと皆さんも同じように寝過ごしたのではないか。そう思えるくらい順調に流れていた。
お月見と言えば学生時代に地方の名士?と言われる連れの家で「観月会」なるものが開かれていて招待を受けた事があった。
わざわざ大阪から石川県まで車を連ねて行った記憶があった。
今のように高速道路が完備されていなくて、一部地道を走らなければならなかったが、その当時は今のようにいろんな車が通ると言うよりは地元の車が多く走っていた。そして何台も大阪や和泉ナンバーの車が走っていたので検問に引っ掛っていろいろと地元の警官に聞かれた。そして「観月会」の話をしたらすんなりと通してくれた。何でもそこの地元の警察署長もその会に参加するとかで遅れ気味だったのをパトカー先導で道案内してくれた。今のようにナビも無いからそれにコンビにも無かった時代だからあのまま行っていたらきっともう既に終わっていたに違いない。
ここ最近はお呼びも無ければコチラも「観月会」なんて風流なことを考えたことも無い。月を見るなんて事よりも高速道路ではオービスの無い限りリミッターいっぱいにアクセルを吹かす奴らばかりだからだ。
昨日はそんな奴らも静かだった。土日に鈴鹿で開催されているF1を見に行っていたからだ。走り屋の連れが多いから仕方がないとは思っていても我々のレベルでは無い事は彼らが一番に知っている。
いくら車がよくなっても交通規則はきちっと守らないと免停だけでは済まされない。何せ点数の少ない奴らばかりだからだ。
一時はF1はよくテレビでも見られたが最近は結果しかスポーツ紙に出ない。寂しくなったものだ。

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2015年09月25日

この季節になると思い出すこと

朝夕はしのぎ易くなった。
SWも終わり気がつけば9月も1週間を切ってしまった。
日々の仕事に追われゆっくりと季節を感じる間がなくなったことは寂しいことだ。
昔は果物も野菜も「旬」と言うものがあったように思うが、最近では年中食べられるからありがたい。
旬のものと言えば「初物を食べたら○○日命が延びる」とか言われたが、この調子でいけば初物さえ無くなって一年中食べられることになる。
でもやはり旬に頂くものは美味しいと思う。ここ何年かはこれからの季節栗やマツタケはご馳走に違いない。
私が子供の頃に支部の旅行に「マツタケ狩り」なるものがあった。
早く着きすぎてまだ用意ができていなかったのを覚えている。
用意と言っても食事の用意ではない。まだマツタケを植える?用意ができていなかったということだ。早く到着したのでお店の人と支部の幹事さんたちが話しをしているのを聞いてしまった。
「予定より早く着いたんですが」
「ちょっと待ってください まだ用意が」
「どれくらいで準備できますか?」
「あと2時間くらいあれば」
「2時間ですか もう少し早くなりませんか?」
「約束の時間にはまだあるんですよ」
「そうしたら何とか時間を延ばします」
「お願いします」
こんな話を子供ながらに聞いてしまった。
そしてお店の人が困ったように他の従業員さんに言っていた。
「団体さんが早く来られて、急いでマツタケを植えてきて」
「今からですか」
「上のほうまではいらん 子供も多いから手の届く範囲でいいわ」
確かこんな内容だったと記憶している。今も昔も変わらないと言うことだ。

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2015年09月24日

連休中に思ったこと

今回のSWの休みは有効に使った気がする。
4連休でもそのうち2日は植木の水やりに来ていたし、ただ急患が居なかったのが唯一の助かりだった。
毎年。長期の休みには必ずと言っていいほど急患の患者さんが居た。今年は何年かぶりの4~5連ちゃんの休みで休みに入る前から調節していたので休み中にはなるべくかからないように診療していた。
休みも本当は釣りやら買い物やらで時間を使おうと思っていたが、連れの親戚が急死して休みの半分はそれに当たったとか。
コレばかりは仕方が無い。前もって分かるものではないからだ。
最近は家族葬が流行りだそうだ。そこも家族葬で済ませたとか。
そしてその後に「故人をしのぶ会」を催すそうだ。
昔みたいにお寺や会館での葬儀もあるにはあるが、個人的にひっそりと身内だけで済ませるのが多くなってきたと言っていた。
そして毎度おなじみの帰省ラッシュのニュースを聞くたびに、田舎が遠くにあれば大変なんだと思う。私は大阪と和歌山なんで車でも1時間ほどで着いてしまう。昔はもっと遠いところが良いと言って親を困らせたものだが今となっては近くて助かると思うようになってしまった。勝手なものだが。
遠い親戚より、近くの他人。とはよく言ったもので、年賀状にのみ知らせてくるような親戚はあまりあてには出来ない。それよりご近所さんの有り難味は最近やっと分かってきた。
近所付き合いが希薄になってきたとか言われるがそんなことは無い。何かあればご近所さんに頼らないといけない。
日ごろのお付き合いがこういったときは役に立つ。
ちょっと顔を見ないとベルを鳴らして聞いてくれる。
買い物に行けば御裾分けがある。マンションの暮らしではそうも行かない。境界がどうのこうのというわけではないが、昔のお付き合いが出来る幸せを少しは感じたものだった。

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2015年09月18日

こんな機会だからこそ 話が出来てよかった

昨日は大阪府の集団指導があって一日休診してしまった。
午前中は診療しようと思ったら出来たが、なかなか片付けられない用事がいくつもあって思い切って全休にした。
その分来週の連休も重なって今日、明日、そして連休明けからの三日間は全く空きが無い状態になってしまった。
急患以外での新患さんには申し訳ないが再来週に回ってもらった。
さて昨日に行われた集団指導についてだが、お役所仕事と言ったら御幣があるが参考資料という名のプリントを読むだけのお役人、そして全体の何人が昼食後のお休みタイムでの居眠り状態。
私も何とか眠い目を擦り擦り目覚ましのガムやらキャンディーを舐めながら聞こうとしたが、回りの人たちの居眠りが始まればつられてコックリ、コックリと頭を垂れる状態になってしまった。
横には本会の役員達が並んで話を聞いていたがコチラはお構いなしでうつらうつら。
2時間のうちほぼ半分以上、いや3/4は寝ていたかもしれない。周りには同じ支部の先輩達が居たがお構いなしと言うより皆さん同じようにウトウト。鼾が無かっただけでも幸いなことだった。
そんな中で隣の先生の声が一際気になったので眠りに着きながら子守唄代わりに聞いていた。
「平均点が高くなるのは当たり前やろ、こんなに患者が少なかったら」
「そうや一人にかかる時間が多くなって治療する歯の数も増えるから当たり前や」
「そうしたら、どうしろと言うんや」
「ほんまや」
「こっちは家賃分も出ないわ」
「そやそや」
まぁ大体内容はこんな具合だった。
どこも同じような悩みを持っていることに一安心、でも根本的に何かが変わらなければ何の改善にもならないのは誰の目にも明らかなのに。
横の先輩とはあまり支部では話す機会が無かった先輩だったがこんなところでこんな風に話せるなんて、何が功を奏するかわからないものだ。

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2015年09月16日

これから新規事業に参戦するのだが・・・

大事に育てているクワズイモの新芽に表面に少し白濁した点が見えてきた。
今まで水のみの散布だったのが栄養剤入りに代えたためなのかは分からないが、散布したところを中心に白い点々が見えてきた。
大きくなりそうなところは葉をカットしたりして広がりを防いでいるが、これ以上広がってしまったらショックには違いない。
発芽からの記録をスマホで撮ってパソコンに移しているが、暫くはそんな兆候は微塵も無かった。
成長期に薬が入ったからなのかは分からないが、今までと違うことをしたとなるとこの水から栄養剤にかわったくらいしか思いつかない。
どちらにしろ早く元の状態に戻って欲しいいと切に願う。
話はガラッと変わるが、以前言っていた新しい事業がこれから本格的に動き始めた。
事務所も決まったし、仕事の内容もほぼ固まった。そしてまずは立ち上げに必要な対策室なるものまで出来上がった。
中央区に出来た事務所に行ってみて驚いた。そんなに広くは無いがデスクやソファーやPCが揃うといかにも事務所らしくなってきた。
家賃分くらいは何かしらで稼がないと、維持費が出ないと話にはならない。人件費もバカにならない。
これからの歯医者も本業のほかに何かサイドビジネスを考えないといけない。
サイドビジネスをして成功したためしがないとよく言われるがそれは身の丈にあったことをしないからである。
背伸びをしても始まらない、コツコツと地道にはじめることが成功の近道。パートナーの人はそこのところを十分に理解してくれている。お金をかけずに出来る仕事からはじめようと思う。
この歳になっての新たな仕事に不安と希望が交錯してなんともいえない緊張感である。

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2015年09月15日

さぁ連休前の一仕事

今日から来週の連休に向かって患者さんの調整に入った。
4日も休みがあると技工も診療の上でも日程調整がある。
今週初めに印象をした技工は連休明けにしかセットできないし、
抜歯も次の日の洗浄は出来ないとまた日伸びしてしまう。
お盆休みや正月休みで何度かの経験はしていてもいざ本番になると急患や新患の患者さんの内容によっては休み返上ででてくることになるかもしれない。
しかしいつも言っているように、我々の仕事は休みがあるとどこかにしわ寄せが必ず来る。と言うことは毎週何曜日には誰々が来院されるパターンが崩れる。昔はそれでも休日にも出勤していたが歳も歳だし前もって分かっていたら出て来れるが、目的無く診療所に居ることが辛くなってきた。
予定は未定と言うが、今回は「釣り」と「車」と言うワードがあって仲間と共に楽しい時間を過ごそうと思っている。
趣味とまではいかないが、同好の連中と楽しい時間を過ごすことは大いにリフレッシュできる。
釣れても釣れなくても同じ時間を共有すると言うのは楽しいものである。
車も好きなもの同士どこかに行くもよし、ちょっと遠出をして美味しいものでも食べに行くのもよし、そんなことを考えたら頭の中に一杯出てきて顔がニヤニヤしてスタッフから変な目で見られそう。

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2015年09月14日

早くもとの姿に戻って欲しいものだ

暑い暑いと思っていても9月の半ばになればやっぱり過ごしやすい気候になるものだ。
あの寝苦しい夜からも開放されて少しは熟睡出来るようになった。
連日鬼怒川の氾濫の記事をを見たりニュースを見たりするたびに胸が痛い。
大震災の津波の映像が目に浮かび同じ災害でも川の氾濫は大地震とは違って何処でも起こりうることだった。
雨が降りその雨が大雨になりその下流での堤防の決壊が起こり、普通に起こりうることだった。タダ違うのは雨量のみ。
一箇所に集中して雨が降り続いて起こった事にこれからの災害を未然に防ぐ鍵があるように思った。
日本の堤防の殆どは土の堤防で実験映像を見ても堤防からあふれた川の水はあふれた側の土を削っていき、そして決壊を引き起こすことが大規模な実験で分かっている。
ならばどうするか、日本は国土の大半が山や急な傾斜の川があって平地のところはごく限られている。だから何処でも起こりうる災害と言うことだ。
無駄なお金をジャブジャブ使うくらいならもっと災害の防止に役立つことに税金は使ってほしいものだ。
国を守るための安保法制も大事なことだが、国民の暮らしを守らずしてこの国は発展しないことは明白。きっとあんなに無理を通すと言うことはどこかに利権が絡んでいると言わざるを得ない。
人事ではない、この教訓は我々皆が肝に銘じなくてはならない。

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2015年09月11日

被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

夕べのニュースは東北地方の災害のニュースで埋め尽くされていた。
上流の少しの雨でも下流では大量の水になるのに、その上流で48時間雨量が600ミリという観測史上最高になったら下流はたまったものではない。
堤防が決壊したとなると雨が止んでも直ぐには水は引かない。
昨年は広島でもあった豪雨の記憶がさめやらぬ間に今度は東北でこのような災害が発生した。災害国日本では地震、火山、そして台風は恐ろしい代表のように言われているが、身の回りのことでも雨が降る続いたり、豪雨になったりでいつ大きな災害に結びつくかは分からない。
だから日ごろから「備えよ常に」だ。そして「災害は忘れた頃にやってくる」だ。
今年は台風が異常に多い年。そして降る雨の量も記録的なものが多い。
これからまだいくつも台風が来るのだろうから、一刻も早い災害地の復旧を望んで止まない。
お国もこんな災害が発生しているときに、ドサクサにまぎれて法案を通すと言う暴挙に出ては国民の信頼を失うだけである。
こんな時こそ強いリーダーシップを発揮して欲しいものだ。
何故日本だけがこんなに災害に見舞われないといけないとか言う人がいるが、コレは我々の試練と真摯に受け止めてもっと知恵を出して国民全員で考え直さなければならないと思う。
オリンピックで何千億円も出すくらいなら、災害国のわが国にもっと有効な使い道があるはずだ。
一日も早い復興を願わずにいられない。

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2015年09月10日

連休明けの予想を今から立てても仕方ないのだが・・・

今朝は台風一過というか風もガラッと変わって過ごしやすい朝になった。
今までのようなエアコンをつけっぱなしでは体調を崩す方も出てきそうな具合だ。
ここ何日も傘が手放せなくて鬱陶しい状態が続いていたがこんなに青空が綺麗に見えるのは何日ぶりだろう。
でもまだ関東以北の地方は雨雲がかかっていてそれも帯状に切れ目悪雨が降っていると言う、珍しい気圧配置と前線模様だ。
9月に入りそろそろ夏の疲れも出てきそうだが後一週間すれば何とかウィークで4連休に入る。我々の仕事は休みがあればそれだけどこかにしわ寄せが来るといつも言っている。
連休前後の患者さんはどこかに入ってもらうとなるともともとそこに入っている患者さんにご迷惑をかけることになる。
最近の傾向として、デンチャーの患者さんが増えてきた。
修理修理で何とかもたせてきた患者さんから「先生そろそろ新しいのを作ってください」との依頼が多くなってきたので、まとめてと言ったら語弊があるがこんなことはよくあることで、デンチャーが続けば何人かコレに続くと言うのはよくある話だ。
新患にしても義歯の修理が続くように。
と言うことはいつもより一人にかかる時間が増えると言うこと。
それに伴ってアポからはみ出す患者さんが出てくるということ。
上手い具合にアポをとらないとデンチャー、デンチャーではきっと患者さんにご迷惑をかけることになる。
初診に時間は十分にかけるが、抜歯とデンチャーの修理はやってみないと時間がかかるかどうかは分からない。
もともとアポはその日にやる仕事の内容によって時間を決めることにしている。タダ単に10分おきにとか、15分おきにとかではとらないようにしている。
コレだけ連休が続くと言うことは明けには、歯が痛くなったとか、入れ歯が割れたとかの患者さんが多くなるような予感がしている。

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2015年09月09日

何気の無い会話から・・・

またまた台風が直撃しようとしている。
東海地方は相当な降水量だそうで地盤が緩んでいるところが各地にあるそうだ。いつも言うようにやっぱり異常気象なのは間違いない。それにしてもここ数年、50年に一度だの、1か月分の雨が2~3日で降ったとか。こんな話ばかりが飛び交っている。
患者さんとこんな話があった。
「先生、50年に一度ってどんなことですかねぇ」
「さぁ」
「50年前にもこんな雨があったということでしょうか?」
「さぁ」
「それとも50年でもっとも多くの雨が降ったということでしょうか?」
「どちらにせよ観測史上類を見ない雨と言うことじゃないですか」
「私の子供の頃は台風は10月に来るものだといわれてきました」
「そうでしたね」
「でも8月にも7月にも台風は来たでしょう」
「そうでしたね」
「だからもうこれからは台風は季節に関係なく来るのと違いますか」
「そうでしょうね」
「来年もこんな雨が降ったり台風が来たりしたら51年ぶりって言うんでしょうか?」
「どうでしょう」
「きっと今度は100年ぶりって言うんじゃないでしょうか」
「そうですね」
何気ない、それでいて全く意味の無い会話が診療中にあったという話です。

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2015年09月07日

癖はなかなか治らない

最近やたらと雨が多い、梅雨に戻ったかのような天気だ。
テレビでは秋雨前線だと説明しているが局地的には集中豪雨や竜巻が発生しているような異常気象だ。
昨日もまた家人が急に田舎に帰って叔母の家に行っていた。向こうさんには迷惑な話だが、迎えに行くから預かっておいてと念を押した。その途中、高速道路に「雨注意」の表示が出ていたがそのまま気にも留めないで車を走らせた。10日間で三度、もういい加減にして欲しいが、今家人の頭の中には昔の思い出が蘇って来ていて、何かしらそこに行かないといけないと言うものがあるらしい。
三度も同じ道を通ると同じ景色でも若干違って見えてきた。
車が詰まる場所も大体分かってきたし、トンネルを抜けると急に速度の感覚が違うのに気がつく。
よく事故で渋滞するところにはするわけがある。
人間の目は慣れてくると速度の感覚も鈍ってなってくるのだろう。
気がつけば異常にスピードが出ていることもたびたびある。
昔は和歌山まで行くのに国道26号線を只管南下して車で2時間30分かかった。でも最近は45分で着いてしまう。
確かに高速道路は便利になったが、その分あちらこちらでネズミ捕りやオービスの機械が設置してある。
でもコレって毎日通る人や知っている人はそこさえ注意すれば良いだけで効果あるのかと思ってしまう。
ここの高速は覆面が変わっていて、普通は白色のセダンが多い車種だがここは黒塗りのバンだそれもアルミのホイールをしていて窓ガラスにはフィルムを貼ってあるから見分けがつかない。
何度か怪しい車に遭遇しているがそのことを知っているから「おかしい」と思ったら追い越し車線から走行車線に入って後から飛ばしてくる車に道を譲ると決まってその追い越した車が捕まってしまう。
コレもよく使うから分かる知恵なのかもしてない。
高速では30キロオーバーなんて直ぐだし点数も痛いが罰金もバカにならない。
それに何より安全を考えるとそんなに飛ばす必要が無いのは分かっている。しかし前が空くとついついアクセルを踏んでしまう。
調子に乗っているとそろそろ危ない気がしてきた。今度は低速で左車線ばかり走ってみようか。そんなことが出来たら世話は無い。
右側命の愛車は左に入ると調子が悪くなるに違いない。
これも長年乗っていると分かることなのかもしれない。
コレが私の愛車の癖と言うものだ。

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2015年09月04日

「偶然の産物」にはしてほしくないのだが・・・

最近になって分かったことだが(本当は分かっていたこと)、私は何でも興味を持つが飽き性だと言うこと。
熱しやすく冷めやすい性格だと自負している私が、最近、ふと思うことがある。それは飽き性だと思っていることの中にいつまで経っても飽きないことがあった。(それは後々書くことにする)
誰でも単調な作業には飽きが来ると言うこと。少しでも日々変わるものには飽きが来ないと言うこと。
その一例が、前にも書いた「クワズイモ」だ。小学生よろしく毎日観察記録を付けている。写真に撮って、パソコンに残しているが、よくもまぁ毎日続けれるものだと自分ながら驚いてしまう。
小学生の頃に確か夏休みの宿題に朝顔かひまわりの成長記録なるものをしようと思ったが同じことの繰り返しが苦手な私は、最初と最後の方にまとめて書き上げた記憶があった。想像力だけで書き上げた。何でもそうだがきちっとしたことが苦手だった。性格はきちっとしていると思っているがどこか人と違うことをしてみたくなる性格なのかもしれない。
その一例が中学時代の技術の授業での「ちりとり事件」だ。
皆と同じものを作るのに抵抗があった反抗期?な私は何故だか画一的な同じものを作る気がしなかった。そこで一人だけ他の人と違うものが作りたくなった。
ちゃんと製図をしてそのとおりに作るから皆、同じものが出来るわけでそれではあまりつまらないと思った私は縦横の比率を逆にした製図を書いた。当然出来あがったちりとりは皆同じサイズのものだから積み上げるときに一つになるはずが、一つだけはみ出して積み上げられることになった。
簡単に言えば縦横6対4の比率のちりとりが出来た。
普通ちりとりは横長らしい、しかし縦長でもいいじゃないかと思った。その時の技術の先生に職員室に呼び出されていろいろ聞かれた。そこに担任が居てこっぴどく叱られた。でもその技術の先生は違った。言われたとおりしないのはいけないが、一から製図をして比率もちゃんと同じにしてあると言うことはちゃんと理解しないと出来ないと。そういって庇ってくれた。暫くの間、私の作品は技術室の黒板の上の目立つところに飾ってあったらしい。同級生が教員試験の実習で母校に行ったときにそのちりとりを発見、その事を教えてくれた。ただその先生はもう既に退職されていたがその作品だけは残っていた。ただどういう経緯でそうなったかは言われ続けていなかったが、「偶然の産物」と言うことで昔こんな間違いをした学生が居たことになっているとか。だから寸法はちゃんと見ましょうだと。でもそこには深い深い思い出があったということだ。

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2015年09月03日

マジ 真剣に考えないといけない

秋の長雨の様相を呈している今日この頃。
傘は手放せない。それにしても先日のようなどっと降って、さっと上がる雨はどう表現してよいか分からない。
もしも地下街に食事に行っていたらきっと雨の事なんか全く分からなかっただろう。
だから人間幸、不幸があるといったのだ。
昨日も家人がいきなり行き先も伝えなくて出かけてしまった。
そんなに遠くに行くはずもないと思っていたが、田舎の叔母から電話があって、「今うちにおるよ」だと。
先日も同じことがあった。一歩間違えば「徘徊」にとらわれてしまう。困ったものだ。歳をとると昔のことが懐かしくなってしまうらしい。それも幼い頃の思い出が頭によみがえるらしい。
車を飛ばして1時間くらいの距離だから迎えに行ったが、本人ケロッとした顔で、「アンタ何しに来たん?」だと。
あんなに相手さんのところに行くときは事前に連絡を取ってからにしなさいよと言っていたのにいきなりの訪問だったらしい。
本人全く悪びれることも無く、帰りの私の車の中では鼾をかいて熟睡中。腹が立つやら、呆れるやら。
こんなことがこれからも続くなら何かしら策を講じないといけない。電話があればひっきりなしにかかってくるが、昨日のように無ければ無いで心配にもなる。
こんなことを繰り返しながらこれからも進んでいくのだろうか。

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2015年09月02日

私は幸だったのかもしれない・・・

9月に入れば幾分朝夕は過ごしやすくなったような気がする。
ただ気がするだけで暑いのには変わりは無い。
秋の長雨の様子で天気予報は曇りと傘の印が連日続いている。
昨日も昼休みに食事に行ったとき、お店に入ったとたん雨が降り出した。ものの2~3分でそのぱらぱらの雨が豪雨に変わった。
店から一歩も出れない人で入り口はごった返し、また飛び込みで入ってきた人で入り口は身動きが取れない状態だった。
そんな中で飯を食べた。
食べ終わるのに僅か15分、終わった頃には陽がさして来た。
あの豪雨の中、傘も持たずに走って帰った人には申し訳ないが後10分待てば傘なしで帰れたのに。
そういう私も傘を持たずに来てしまって「しまった」と思った方だが、日ごろの行いのおかげで雨にあわずに帰れた。
もう少しのところでその豪雨にあえば、女の子に傘を持ってきてもらわなければならなかった。
診療所に帰ってパソコンの雨雲レーダーを見たら大阪市内には50ミリのマークの印が付いていた。
コレが50ミリの雨なのかと思った。実際のところは40ミリくらいだったそうだが。ところによっては50ミリになっていたのかもしれない。
しかしその後直ぐに陽がさすような天気には驚いてしまった。
きっとまたどこかで排水が間に合わずとかでマンホールから水が噴水のように噴出したところもあったのかもしれない。
まぁ異常気象は今に始まったことではないのだが。
それにしてもこんなところにも人の幸、不幸が見られるとは。

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2015年09月01日

今日は「防災の日」 いろんな防災について考えてみた

今日から9月だ、そして1日は「防災の日」になっている。
関東大震災があったのも9月1日、立春から数えて二百十日目の日でちょうどこの時期が稲の開花時期に当たることから台風が来襲すると大きな被害が出る事を勘案して注意喚起をすることを目的として制定されたらしい。
昨日もまた違った意味で9月1日のことが出ていた。
それは二学期が始まって子供の自殺が最も多い日だとか。
そんな特異日になっていると紹介されていた。
こんなことが大々的に紹介されるということはそれなりに大きな影響があるということだ。
地震や台風は自然災害でいつ訪れるかは分からない、しかし子供の自殺問題はその兆候が必ずやあるように思う。
親、兄弟、友人、その他の周りに居る人が注意しておけば何かしらの情報が発信されているはずだ。
先進国だ何だという前にこんな事も予防できないで居ることの方が問題だ。
いくら気象衛星が発達して雨雲レーダーが発達しても人間一人発信している「助けて」の情報を見逃すようではいかがなものか。
昔は兄弟げんかなんかしていたら、親は勿論、近所の親父によく叱られたものだ。今はそんな人は皆無だ。
もしも叱ったらその親からなんて言われるか、また教師も学生を叱るようなことはしない。
特に大学生なんか授業中に寝ても先生も助手も起こさない、いや起こしてはいけないらしい。
やっぱり昔のように嫌がられてもこんな煩い存在の人が居なくてはいつまでたっても教育が云々、それも文科省の肝いりで発案された「ゆとり教育」なんかの意味を取り違えた教育方針を信じ込んでいるゆとり教育世代の若い先生に子供たちを任せていけないように思う。
決して昔の教育が良いとも思わないが、それなら何かよい対案があれば示してもらいたいものだ。
今日は防災の日にちなんで自然災害だけでなく自殺という人的災害ももっと考えないといけないのではないだろうか。

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