2016年02月29日

こんな拘りは私だけだろうか・・・

昨日、定期点検のために車をディーラーに持って行ったときのこと。
最近起こった交通事故の話になった。新聞やテレビで大々的にニュースになったので皆さんもご存じだろうが梅田の暴走事故で何人かの死者や重軽傷者が出たとのニュースだ。
それ以来そこのディーラーには今はやりの自動ブレーキ車に対する問い合わせが何件かあったとか。
あんな事故は昔もあったのだろうが、それを防ぐ手段の一つとしての自動ブレーキの車に乗りかえようとしているお客さんがいるということだ。
いくら車の性能がよくなったといっても運転手の急病は防ぎようもない。
せめて自動ブレーキでも付いていれば亡くなられた方には申し訳ないが助かったのかもしれないと思うのは当然の結果だ。自分が事故って死ぬのは自己の問題だが、人を巻き込むのは避けなけらばならない。そのための自動ブレーキなのだと世間の人は思うのだろう。
今までも何度か事故を目撃したり、自分自身も巻き込まれたことがあった。
そこで思うことはタクシーに乗る時も小型が来てもなるべく大型のタクシーに乗るようにしている。
小学校の連れはちょっとでも安い小型のタクシーにばかり乗っていた。しかしある時から小型をやめて大型に乗るようになったとか。それはその連れが小型のタクシーに乗って事故にあい亡くなったからだ。大型なら助かったかもしれない命。たまたま乗ったのが小型だったせいで巻き込まれた事故の犠牲になったとか。ぶつからなくても、ぶつけられたらやはり小型のほうがダメージは大きい。たままた、小型に乗っていて事故の巻き添えをくらって犠牲になったのだそうだ。せめて大型に乗っていてくれたら命まで落とさなかったと悔やんでも後の祭り。それ以来小型を避けて大型に乗るようになったとか。自分の命は自分で守らねばせめてこういうところから気をつけていかないといけない世の中になるとは何とも情けないと思うのは私だけだろうか。

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2016年02月26日

咲いたところで輝け

気が付けばもう2月もあと少し。
やっぱり1月、2月、3月と過ぎていくのは早く感じられるものか。
最近、新聞に大学入試の問題がよく載っている。何度かトライしてみたがよくもこんな難しい問題をクリアするものだと感心してしまった。
大学を卒業して今に至る皆さんはあんな難しい問題をクリアしたから今に至るのである。しかしあんな問題が解けたからと言って今の生活に何の支障もないことなどすべての人は分っている。いや分っているというより無理やり分ろうとしているように思えてならない。確かに定員がある学校に入るためには選抜試験をしないといけないが、本来は自分のやりたい仕事や研究に役立つものを早く見つける方が大切に思う。
確かに自分の希望がかなってマスコミに入っても制作希望でも配属が庶務や経理では思う部署と違って何のためにここに入ったのかと疑問に思う人もいるだろう。
学生時代に将来に大きな希望をもって入った会社が、思っていたよりも全然違うなんてことは多々あるものだ。
だからこんなことを言えばひんしゅくを買うのを承知で言わせてもらえば、皆それなりに社会の歯車の一つとして働いて生活をしているということ。
自分の思い通りにならないと言って諦めてはいけない。そこの中から自分と意見が合ったり意気投合する人が出てくるかもしれない。
そう言う私も今現在歯科治療に従事しているが、日々の暮らしに中で自分と同じ考え方の人とも巡り合うこともある。
年齢を重ねると何かしら冷めた目で世の中を見るようになるが、昔の自分を思い出すたびに、このままでいいのだろうか?まだ自分のやりたいことがあるんじゃないか?とか思うことが多くなってきた。日々の忙しさに感けてはいけないが、これから社会に出てくるであろう人たちに一言言いたい。
「将来のために今を大切に」ということを声を大にして言いたい。

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2016年02月25日

折角の空き時間だ 有効に使いたいものだ

今週は患者さんの波が激しい週だ。
今考えたら3週間ほど前に足の怪我で午前診を休診したことが今ここでその影響が出ていることになる。
当医院の患者さんは大体、月曜日に来られた方は次の月曜日という具合に、毎週か隔週に来られることが多い。そうするとどこかで休診してしまうとそのツケが必ずどこかに現れる。
昨日までの月曜日から水曜日はほぼアポは埋まってしまっていた。しかし今日はそのエアーポケットのようにぽっかりと空白のアポイント表があった。こんな時はやれなかったレントゲンの現像液の交換やら(デジタルではないから)技巧室の掃除やら(たまにはやります)を一気に片づける時間として有効に使おうと思っています。
そうだ思い切って排水のトラップの掃除もしてみようか。お盆と年末にしているが昨年の年末の大掃除の時にやりそびれたから今日という時間のある時にしてみよう。机の上は最近パソコンを買い替えた時に綺麗にしているからここはまだいい。そうだ古いパソコンから新しいパソコンにデーターを移してもらったが未だ移しきれていないのがあった。古いパソコンにはパスワードを自動入力するようになっていた。新しいのに変えたら設定しなおさないといけないがそのままだ。
これをするにも前のパスワードを覚えていない。さあ大変だ、このままだと分らないからどうしたらいいのかもわからない。
来週早々にもパソコンの先生が治療に来られるから聞けるが、何年も経っても一向に上達していませんねと言われるのは覚悟しておこう。言われた方法しか知らないし、無駄な動きは決してしていないから上達には程遠い生徒だと思われているに違いない。

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2016年02月24日

今回の話は断ち切れにはなりそうもないかも・・・

今朝はうって変わって寒い朝だった。こうも気温の変動があれば体調を崩す人は多くいることだろう。
花粉もそろそろ飛び出している。目がかゆくなってきたし下を向けば鼻水が出だした。
私もそうだが患者さんはもっと辛そうだ。治療中は鼻呼吸しかできないからだ。
バキュームも気を使いながら行うが、時々患者さんの方から手を挙げて知らせてくれる。どちらにせよ早くこの季節が終わってほしいものだ。
昨日、帰りにスーパーに寄ったとき同級生に会った。久しぶりに会う奴だった。
その時にいろんな情報を教えてくれた。誰々の親が亡くなったとか、誰々が離婚して今独り身で気楽に暮らしているとか。何気ない話の中に自分の知らないことが沢山あった。そいつは地元で商売をしているからいろんな情報が入るらしい。
その中に今年還暦を迎えるにあたっての何かしようという話があった。
それとこの年のなるまでずっと独身を貫いている男女が何人かいることが分かった。それはそれですごい事だが、そいつらはそいつらで何か集まりがあるみたいなことを言っていた。選挙が近づけば必ず電話がある連れもいる。地元で商売をしていていつも顔を見ていても中なか話が進むものではない。
結局誰かが音頭を取らないとこんな話は一向に前へ進まない。
またしばらくはこの話で持ち切りになるのだろう。
と言うことは今年は高校もきっと同窓会をする話が持ち上がってくるに違いない。楽しみでもあるがここに行くまでの準備はいったい誰がするんや・・・

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2016年02月23日

大事な患者さんが逝かれた

昨日、当医院に長年通院されていた患者さんが亡くなったことを聞いた。
ちょうど一年前に認知症で施設に入院されて、たまに治療にも通われていた患者さんだった。
最初はそんな施設に入居するのは嫌だと散々家族の方ともめたそうだが、いざ入居してみたら思ったよりも快適で一人で家にいるよりずっとこちらの方が良いと言って喜ばれていたとか。その方は昔から商売でもう亡くなったご主人と一から作り上げた立派なお寿司屋さんの女将さんだった。何軒も支店を出すほど大きくされて商売も順調で、一時の「カイワレ事件」の時もなじみのお客さんが減らないことが何よりの自慢だった。息子さんに店を譲られてからも度々お店に顔を出してはお馴染みさんたちとワイワイされていたとか。
そこのご家族もウチの先代からの患者さんだし4代にわたり通院されている当医院でも数少ない昔からの患者さん一家だ。
その女将さんとウチの家人とは年齢も近く、そして軽い認知症が見つかってから何度も情報の交換をしていた。同じような症状が出だしたころから、「ウチはこんなことがありました」「ウチはこう対処しました」と同じ悩みを持つ者同士情報の共有は本当に助かった。
何でも一番の楽しみはそこの食事で、美味しい美味しいと言っては食堂にいつも一番乗りで食べに来られていたとか。その方がいつまで待っていても食堂に来られないのを不安に思われた職員の方が部屋に見に行くと、トイレの中で背もたれにもたれかかった状態で発見されたとか。警察の方が来られて事件性もないと言われたので自宅に帰られてご葬儀があったらしい。
今は特に介護現場での事件が多いためか、警察も過敏にならざるを得ないそうだ。治療に来られた息子さんが言っておられたが何も苦しまずに、おそらく本人も亡くなったことすら覚えていないほど安らかなお顔だったとか。
それを聞いて何だか複雑な心境になってしまった。至らぬところが多々あったとは思いますが安らかにお眠りください。   合唱

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2016年02月22日

確かにそう思う・・・

最近、お付き合いをしている連中は今までの悪たれ連中とは違って幾分紳士っぽい連中だ。
ただどうして私の周りにはこうもお人よしな連中が集まるのだろうかと不思議に思う。
ある奴は几帳面で融通が利かない奴だし、ある奴は口ばかりが先に立ってなかなか動かない奴だったりする。
何度も私が言っているので、もうこれからは若干控えようと思ったりもするが、
時間にルーズな奴も中に入る。連絡しますが一向に連絡が来ない奴。
お金にルーズで借金をしてもどこ吹く風の奴。世の中そんなに甘いことばかりではないがこいつらには暖簾の腕押し、糠に釘。自分のこととは決して思っていないから始末が悪い。
でもこんな奴らでも役に立つこともある。毒には毒をじゃないが、自分の得意分野のことにかけては周りから一目置かれることもある。
考えてから動く奴らと、考えても動かない奴ら。どちらがどうってことはないが自分に無い部分に関しては歳はあまり関係がないようだ。
一応こちらが年上だから気を使ってはくれているが、大学やクラブの後輩のようにはいかない。その中には俗にいう「ゆとり世代」の連中も何人かはいる。
皆がいうように彼らは彼らで頑張ってはいるがどこかピントがずれていることが多い。先輩がちゃんとそこのところが言わないから彼らは理解していない。
そういう時代に生きてきたから言われないと分らないのだろう。
私が言えば角が立つなら後輩の連中が言えばいい。その逆もあって、直接私に言いにくかったらその先輩を通して私に言いに来ればいい。
「聞くは一時の恥、聞かずは一生の恥」その言葉を言ったら「それってどういう意味ですか?」だと。その後輩も言っていたが、彼らにそのことを理解させようと思ったら外国人に言っているのと同じことだと。  確かにそう思う。

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2016年02月19日

最近真剣に思うこと・・・

昨日もまたやらかしてしまった。
家人は少々物忘れがあって、年齢からくるものだと言われているが、「子供帰り」の様相を呈しているかのようだ。
記憶の中の良い部分、良かった部分が断片的に蘇るのか、最近は昔の良い思い出ばかりが頭をよぎるみたいで、特に自分の子供のころの話が多くなってきた。
小さいころによく遊んだらしい人の話とか、誰々ちゃんの子供の話とか。家にいても今まではラジオやテレビをよく見ていたが最近は滅多に見ない。興味が薄れてきたのかはたまた理解できないのか。電気の消し忘れや置いたはずのものが無くなっていたり、結局は違う場所に持って行ったのにそのこと自体を忘れてしまっていたりすることが多くなった。
親父が亡くなって20年以上経つのにそのことがいつだったか忘れていたり、私と親父を間違えたり、亡くなった祖母の年齢が自分より下だったり。
はっきり言ってもう無茶苦茶になってしまった。よく最近「認知症」の話を耳にするが身内がその兆候が出てきたのを認めざるを得ない状況になってきた。
よく言われることだがこういった大人の軽度の認知症はまだはっきりどのように接したらいいのかマニュアルは出来ていないとか。ある部分は正常だし、ある部分は認知症だし。
そんなこんなで自分もそうなるのかと思ったら何だか無性に寂しくなってきてしまった。
こんな高齢者が増えることで日本の国はいったいどうなってしまうのか心配になってしまった。
介護のいろんな問題を取り上げているテレビ番組もあるが、もっと声を大にして言わないといけないと思う。介護報酬の値上げを言っても経営者には良いかもしれないが、実際にそこで働いている職員さんにはその恩恵がなかなか回ってこないのが実情だ。
国はもっといらないところにお金を使うくらいなら、なぜこのような困難な仕事についている方々に手厚い支援をしないのか。昨日も書いたが「帳尻が合う」とはこんな事だろう。今この対策に本気で取り込まないと将来にツケを回してはいけない。そんな思いが最近むくむくと頭を跨げてきた。

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2016年02月18日

今日までにわかったことですが・・・

最近思うことだが、毎日の仕事や暮らしは小さなことの積み重ねだということ。
コレは明日すればいいや、コレはまだ今やらなくても間に合うからいいや、とか何かと理由をつけて先伸ばしにしていることってありませんか?
知らないうちにそのことを忘れてしまって、後から取り返しのつかないことになったということ。
あまりに抽象的過ぎてわからない?今、私が直面しているいろいろな問題は、もっと早くにやっておけばよかったと思うことばかりなんです。
日々の暮らしや仕事は平平凡凡が一番だと思っていました。しかしその中には先延ばししたことでその時の感情までが先延ばしになっていて、怒りや感謝やその他諸々の感情が覚めてしまったというか、その時はこんなに思っていたのに今となってはどうでもいいやという気持ちになっているということ。
例えば、あんなにも怒りで一杯だったのに今はそんなには思わない。それはそれでよしとするが、その時はあまり思わなかったことを今になって怒りが湧いてきたとか。
人は親切にされると勿論うれしいし、それに答えようとするのが普通の感情だと思うんでっす。然しそれを逆手にとって恩を仇で返すという奴もいます。
人はうまく出来ていて「帳尻が合う」とはよく言ったもので、本当に世の中はそうなっています。皆さんも一つや二つ思い当たることはありませんか?
私は一つや二つではありません。人を騙せばいずれどこかで騙されるということ。ここでまぁいいやと手を抜くといずれまたどこかでその綻びが大きな問題になるということ。
ではどうしたらいいんでしょう、人それぞれ抱えている問題が違うので同じ答えはありませんが、今できることを、今きっちりとやること。
人を騙したり、騙そうとしたりしたら後からその何倍にもなって自分に返ってくるということ。なかなかそのことに気が付かないのが現状です。
人間不信になってしまうこともあると思います。でもそのことに気が付いたら即これからの生き方を改めればいいと思います。罪を憎んで人を憎まずと言うではありませんか。しかし今まで自分が犯した過ちはちゃんと反省してその報いは受けないといけません。だから帳尻が合うということはそういうことなんだと思います。

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2016年02月17日

ちゃんとした答えは導き出せなかった

昨日、連れの後輩からこんな話があった。
それは、今務めている診療所を辞めるかどうかだった。
そこにはもう5~6年務めているらしいが、後から入ってきた後輩が次々と開業して辞めていくことに少々焦りを感じていると言っていた。
私も連れも親が歯科医で後を継ぐことには何の拘りもなかったが、その子の親はサラリーマンだそうで、親からも「早く開業しろ」よせっつかれているらしい。
よく言われるように歯科医院はコンビニよりも数が多い。それも市内の一等地や駅の周辺や多くな交差点の周りには何軒もの歯科医院があるのは事実だ。
こんなに多くてやっていけるのかということもよく言われるが、正直なところやっていけない医院は沢山ある。大きくなればなるほど従業員の数も多くなり、人件費はバカにならない。それに機械だって最近のは値段が相当するものもある。
開業にかかる費用は聞くところによると最低でも5千万円はするとか。
親が開業してくれていて我々二代目は助かったものだ。これが一からの開業となると、場所選び、建物の心配(ビル開業か一戸建開業か)これらを考えたらなかなか独り立ちが考えさされるとその連れの後輩は言っていた。
話を聞いてなるほどと考えさされるばかりだった。
ただ親の後を継ぐということはそれなりの問題もある。親についた患者さんだから私がたとえすぐに仕事をし出してもなかなかいうことを聞いて貰えなかったこともある。
「オヤジさんは今日は休みか、そしたらまた来るわ」で帰って行かれた患者さんもいた。先輩の女性の先生は女性というだけで「男の先生に代って頂戴」と言われてスタッフルームで泣いていたとか。
さすがに最近はその女性の先生は男の先生を蹴散らすほど実力もあってめそめそする様なことはないが、時代がそうさせたのかもしれない。
話を戻すが、早く開業するかどうか決めないといけないその後輩は私に意見を求めてきたが的確な答えを言うことができなかった。
行くも地獄、留まるも地獄と彼は言っていたが、希望が無いわけではない。
やり方次第でいくらでも道はあると思う。そういうのが精いっぱいだった。
あまり的確な答えになっていなくて申し訳ない。そう思ったのでした。




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2016年02月16日

こんな法則ってあるのかなぁ・・・

昨日から急に寒さが戻って一昨日との寒暖差が15度以上になっている。
これでは体調管理に注意をしないと一気に体調を崩すことになる。
昨日、連れからの電話でこう言われた。
「今年のバレンタインのチョコ貰ったか?」
「貰ったで」
「どうせ義理チョコやろ」
「どっちでもいいけど、義理でも本命でも」
「そこが大事なことやぞ」
「何がや?」
「今どきは義理チョコもくれないから」
「どっちでもエエわ、食べるのに義理も本命もないわ」
「何個か郵送で送られてきたわ」
「今回は日曜日やったしな」
「バレンタインデーの前か?後か?」
「何やねんそれ」
「ここが大事なところや」
「何が大事なんや?」
「あんな、後から貰うのはほぼ100%義理や」
「何でそう思うんや」
「それは言えん」
「何で言えんのや」
「だから言えんって言ってるやろ」
「先に貰ったのはまだ脈があると思う」
「何やそれ」
「そやからどっちやったんや」
「先に、貰ったんや」
「・・・」
「何でやねん」
「おかしいなぁ、皆に聞いたらきっちりとこの法則にハマるんやで」
「そやから何の法則や」
「本命は先、義理は後」
「そんなん 当てになるか」

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2016年02月15日

この時期に思い出すと言えば・・・

先週末、雨風がすごくて、それに生暖かい風が吹いていた。
まだ2月だというのにである。昨日はバレンタインデーだと世の中は浮かれているがチョコを貰えないオヤジたちは何を楽しみにすればいいのだろう。
前にも書いたが今どきの若い子たちは自分へのご褒美と称して自分の買いたいもの、これを自分への言い訳にして楽しんでいる気がしてならない。
もう一つ、今受験真っ只中の受験生にはインフルエンザにも十分注意してもらいたい。一生懸命頑張ってきた今までの努力をこの一瞬に風邪をひいてダメにするのはあまりにも可哀想だと思った。
昨日も先輩の診療所に点滴に行ったとき、受験生の子が高熱で顔を真っ赤にして横で点滴をしていた。今週もあちらこちらを受験するとか看護師と話をしていたのをカーテン越しではあるが聞こえてきた。
大変な時期だから早く治して頑張ってもらいたいものだ。
私も同じような経験があって、風邪ではなかったが受験当日はものすごく寒い日で電車が遅れそうになったことがあった。それに受験会場が市内ではなくて本校がある大阪の田舎町にあったため昼休みには雪が舞っていたのを思い出す。
そんな中での受験だったから思い入れも半端ない。
考えてみたら私の時代は何校も受けれるという時代ではなかった。
だから本命校とせめてもう一つくらいが関の山だった。
国立も1期2期と言われた時代だ。私の連れはそんな中行くところ、行くところで同じ顔触れだったと言っていた。歯学部がまだそんなに多くなかった時代だ。
今のようにあちらこちらに歯学部があれば選択に迷うだろうが、そこがダメなら浪人するといった具合だった。
私は幸いにも浪人しなくて済んだが中には2浪、3浪は当たり前の時代だった。
今の時期になればその当時のことを思い出す。懐かしい思い出だった。

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2016年02月12日

見た目だけでは分らない

今日は金曜日、頭では分かっていても月曜日の気がしてならない。
昨日が祝日で休みだったからだ。何度も頭では分かっていても体が月曜日の感じがして、ふと金曜日だったと思ったら得?をした気になっている。
体内時計が狂い始めているのか?それとも体が要求しているのか?何より明日一日働けば日曜日が待っている。何故かほっとする自分がいる。
いよいよ今度の日曜日はバレンタインデー、昨日も大手スーパーが入っているモールに行ったらバレンタインデーの特別コーナーが開催されていて人で賑わっていた。
最近の傾向として彼氏にチョコをあげるのではなく友チョコやら自分にご褒美チョコが流行だと言っていた。滅多に口にすることのないような高級なチョコをこの日のために買い求めている人たちが多かった。それでもまだ中には貴重な「手つくりチョコ」なるものを作るために材料売り場にもたくさんの人がいた。
この日のためにお菓子メーカーはあの手この手と工夫を凝らした商品を出している。まぁ何かを売るにはこのようなイベントは欠かせないのだろうが、日本人は特にこんなイベントが好きな国民なのだ。
毎回書くが、かつては飲み屋のオネェちゃんがもちろん義理チョコなんだが、用意して待ってま~す!くらいの営業メールもたくさん来たが、最近はもっぱらそんな営業メールよりは私も自分にご褒美?よろしくチョコの代わりに何か思い切って買いたいものを買おうと決めている。
今回は買いたいものも決まっている。それは連れから貰った真ん丸な氷を作る製氷機のための器。そうクリスタルのロックグラスを自分にご褒美として買うつもりだ。酒も飲まないのにそんな製氷機を貰ってもと思ったが、これがなかなかの優れもの。直径6センチの氷が作れる。その氷を入れるグラスを探そうと思っている。これにお酒を入れて飲めば格好が良いのはわかるけれど、私はお酒の代わりに何を入れようか。前にこれも貰いもののワイングラスにウェルチのグレープジュースを入れたら雰囲気は全くの赤ワイン。いかにもワインを飲んでいるかのように見えたから今回のロックグラスで飲めば本当にウイスキーかバーボンを飲んでいるように見えるかもしれない。でも中に入っているのは麦茶なのにね。

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2016年02月10日

せめてあと10キロ、いや5キロでいいんだがなぁ

今日は先週からの時間変更の患者さんが多く来られる日だ。
自分の怪我やら家人の病院の付き添いやらで、半日休診した日が何日かあったからだ。
これ以上患者さんにご迷惑をかけれない。そうかといって無理をすれば治りが遅くなってまたまた患者さんにご迷惑をかけることになる。
こんな時、自宅開業のほうがいいのかとも思ってしまう。
同級生で自宅開業をしている奴はいつも言うことがある。それは「パジャマと白衣しか着たことがない」ということだ。
確かに家の中でいる格好と言ったら楽な服装だ。たまに講習会や支部に行くとき以外は服装にも無頓着だと言っていた。
私も考えてみたら自宅を出て車で診療所まで来て歩く距離は50メートルほどだし、昔みたいに遊びに行くことも無い、飲みに行くことも無い。
格好を気にすることも無いから、同じ服を着ていてもスタッフ以外に気を使うことも無い。
これではいかんと思い、たまの休みの日曜日くらいはお洒落をしたくてもこれまた先輩の病院に行くことくらいしか無い。
女の子などは毎日違う服を着て、お洒落をして街を歩いてくるから気にするのも無理はないが、そこが私にとってのおしゃれとは無関係になった所以か。
体型も随分と変わったし、2~3年前は同じ体型の奴らと大いに変わってしまったとか。そいつらは現状維持の体重だが私はそいつらと10キロくらい太ってしまった。当然着れる服も無くなった。足は痛いがもう少し歩けるようになったらマジで体重を減らさないとそろそろ大台に近づいている自分が情けなく思ってしまう。

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2016年02月09日

いろいろ試したがこれが今のところ最善策か・・・

久しぶりの雨の朝、気温は高めだが雨のせいかまだ少し寒く感じた。
昨日家人の病院に付き添い、午後から休診にした。
先週は自分の怪我で午前診を何日か休診にしたからその分の患者さんが今日からどっと詰まっている。
マジでこれからは自分の体力とも考えながらの診療になる予感がしていたが、実際にはそう簡単には休めない。
体に無理を強いてまでもやれる年齢ではないが、患者さんのことを考えたらそうもいっていられない。
有難いことに歯科医院が沢山できそして消えていく中で、何とか現状維持は良しとしないといけないと言われている中、少しずつではあるが患者さんの増加も見らえれているということは健闘しているということか。
もうすぐ還暦というなかこれ以上の無理は出来ないにしても、今まで以上に数より質を重視しようと何年か前から取り組んできたことがようやく実を結んできたのかもしれない。
我々歯科医は世間からどう思われているか知っているかと聞かれたことがある。
「怖い」「値段が高い」「時間が短い診療」・・・
このようなマイナスなイメージが先に立つことを薄々は知っていてもそれをどのように解決したらよいかを考えてこなかった。
そこで当医院はこう考えた。「集中治療」だった。
一度に治療するのを多くすること。しかしそうなると時間とお金がかかることになる。そこを患者さんに十分理解してもらってから診療にかかるようにした。
最初はこちらもどうなるのか心配したが、概ね好評だった。
歯科医院にかかる回数が減ればそれだけ恐怖心が減る、しかし一回にかかる時間が増えるのとお金がかかるのは痛い。でも何度もかかるよりはマシ。
そう思ってくれた患者さんが沢山いらっしゃった。
ただ一回にかかる時間を30分や45分にするとなかなか次のアポが取りにくくなるしキャンセルがあればその時間すっぽりと空いてしまうという欠点もある。
中にはご近所さんでキャンセルが出たら知らせてと言ってくださる患者さんもいて今のところは何とかやっていける。これも工夫次第ということか。

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2016年02月08日

今がピーク?それともまだこれからか?

昨日は足の治療のために先輩の診療所に行った。
まだ開院前だったが駐車場にはもう何台も車が来ていた。入り口が開くまでに従業員通用口から入って点滴ルームに寝ていたら、診療開始と同時に何人もの患者さんが点滴ルームに入ってこられた。
私のベットの左右、そして頭の方に入られた患者さんすべてがB型のインフルエンザだった。
先週もインフルエンザの患者さんは多いと思ったが、昨日は異常なくらい多かった。家族の一人が罹れば同じ家の中にいるほかの人に罹るは必然。一家総出でインフルエンザに罹患している家族さんもいた。
私の周りがそんな患者さんばかりだからカーテンを引き一人隔離しようと思っても咳があちらこちらから聞こえてくれば心配でならない。
マスクを貰い、マフラーで口と鼻を覆いながら点滴の栓を全開にして早く落ちるようにはしたが思うようには早く落ちない。焦ること焦ること。
それでも誰よりも早く入って始めてもらったので何とか一番最初に出ることができた。
待合室には何人もの風邪と思われる患者さんが待っておられた。院長に挨拶もそこそこ病院を出るとなんと駐車場に入りきれない車が列をなして並んでいた。ここの駐車場50台は入るのに入りきれなくて並ぶのは久しぶりだ。何年か前のインフルエンザのピーク時は駐車場の片隅にテントを張りそこで簡易検査をして待つといったこともあった。まったく野戦病院みたいな様相だった。
大人はまだしも小さな子供が熱でぐったりしているのは可哀想なものだ。
先ほども言ったが家族の中に一人でもインフルエンザが出れば一家総出で罹るのは必然。まだ自分一人なら車に避難すればよいが、家族で車に乗るのはあんな密室でうつらない方がおかしい。
予防注射をしたのにっていう患者さんもいたがあくまで予防注射は予防のもので罹るときは何があっても罹るものだ。
一刻も早くこの流行を過ぎることを祈る。

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2016年02月05日

食生活って大事なことだ・・・

日に日に朝の明るさが感じられるようになってきた。
毎朝はほぼ同じ時間に家を出る、診療所に着く時間は10分と変わらない。
早く着きすぎたときは、時間調整のためにパーキングの入り口にて暫く待っているし、その時に感じることだが今までは暗く車はライトをつけた状態で走っている。しかし最近は自分の車もそうだが自動で点くライトが消えていることが多くなった。それだけ周りが明るくなったということだ。
2月に入り節分も立春も終わりいよいよ春を迎えようとしているのは我々人間だけではない。
診療所の観葉植物も新芽を出し始めた。気温も関係するのだろうが、それよりも日照時間の方が大きく影響しているように思う。
窓際に置いてあるから、毎朝の日の出や昼間の日差しは直に入り込んでくる。
それらが今まで眠っていた何かを目覚めさすんのだろう。
昨年の秋に植え替えた鉢も最初は土がしっくりこないと思っていたが、今ではなじんでいるように思う。
温室効果の高い診療所の中ではこれからすくすく育ってくれるのだろう。もう一つ気になっているのが診療所の周りにいた猫が最近見なくなったことだ。
子猫を連れた母猫もその子猫の兄弟たちも最近見なくなった。
今、猫ブームだからあちらこちらでこの野良たちにエサをやる人が目立ち、野良猫が家猫のように栄養満点で私のように肥満猫になりつつあった。
近所の飲食店の残飯を漁る姿しか見なかったが、ちょっと前まではキャットフードなんかには目もくれず、美味しい?残飯のほうばかりに群がっていた。
それをまた狙ってカラスは来るわ、ハトは来るわ、すずめまでどこからともなく集まってくる。ここは都会のオフィス街、それだけの生き物がまだまだいるということ。清掃車が来てごみの収集が終わった後に残り物の残飯にはその地域の食物事情が分かるようになっている。ひょっとしたら我々のワンコインの食事よりも良いものを食べているのかもしれない。

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2016年02月04日

何もないことが平和なのかもしれない

今日は立春、昨日が節分だったが今日から暦の上では春ということになる。
今年もすでに異常気象だと言われている。雪の多い地方に雪がない。スキー場などは死活問題だ。しかし降るとなったらドカ雪、こんなことは言われてもう久しい。本当に地球規模での環境破壊が始まっているんだろうか。
また地球の裏側でも蚊を媒体とした熱で小頭症の子供が産まれて問題になっている。
確かに今までもあったのかもしれないが、こんなに話題になるほどではなかったのかもしれない。
人は今起こっていることには注意を払い気をつけるが、ワァッと問題視してはすぐに自分たちに関係ないと思ったらすぐに意識から消えてしまう。
HIVだって、アスベスト問題だって、震災後の放射能問題だって言われてから思い出すくらいなんだから。
私はいつも思うことだが、テレビのニュースで散々取り上げられた問題をその後の追跡や結果を報告することもなく、皆の記憶から消え去ってしまうことがいかがなものかと思っている。
いちいち思い出さなくても、記憶の片隅にでもあればいいのだが、それすら忘れ去られるくらい日々大きなニュースがあるんだろう。
過去にとらわれず前を向いて進んでいくことに何の異論もないが、心の中にすっきりとしないまま過ごすことには異論を唱える。
自分のことさえしっかりできないのにと言われるかもしれないが最近そう思うことが多くなってきた。
毎日をただ何となく過ごしているからそう思うのだろうか。
時間に追われるのも嫌だが、ゆとりの無い生き方も嫌だ。
楽しく笑って過ごせるようになるには、世の中が変わるんじゃなくて自分が変わらないとそうは思えないのかもしれない。

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2016年02月03日

もっと調べてから書けばいいのに・・・

今日は節分、今朝の朝刊の中に入ってあるチラシを見て驚いた。
巻き寿司の種類の多いこと。普通の巻き寿司の他に、いろんな種類があることを初めて知った。
海鮮巻きだのデラックス巻きだのバラエティー巻きだのなんでも商売に結び付けるのが好きな日本人の発想だ。
普通の巻き寿司をちょっと豪華に太巻きにするくらいが関の山の私は、こんなに種類があることすらすらなかった。
男の大厄42歳は有名だが、還暦の60歳も厄年になるみたいだ。
それは正直知らなかった。だから厄落としのお祓いをしないといけない。
そんな話を連れとしたら信じてもらえなかった。だからこう言ってやった。
「オマエみたいな奴が厄落とししたら何にも残らんわ」って。
そうしたら同じようにこう返された。「お互いさまや」と。
なにわともあれ厄だったら厄落としをするくらい今年は注意が必要か。
丁度、我が吉野の金峰山寺では本日節分会を行っている。
ここの特徴は「福は内 鬼は外」ではなくて「福は内 鬼も内」というそうだ。いつからそう言われているかは知らないが、毎年、どこかのテレビ局が来てその様子を放送しているから、もしもどこかのテレビで見たら、このことかと思っていただきたい。
もっと調べてから書けって、調べるにも体力いるのよ 本当に。

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2016年02月02日

とりとめのない話ですが・・・

明日は節分。今日は旧暦では大みそかに当たる。
節分といえば巻き寿司のまるかぶりが有名だが、これって関西が発祥の海苔屋の仕組んだ戦略だったらしい。
元々、全国区ではなかったが巧みなメディア戦略が当たり、今では全国区となったみたいだ。
関東の知り合いにこの話をしたときには「何をバカなこと言ってんだい」と一蹴された。でも今ではそいつもその一翼を担う仕事をしていて、いろいろといろんなことを聞いてくるようになった。
こんなことはよくあることで、特に日本人はこんなお祭りごとが好きなようだ。
誕生日は誰でもがあるようにお祝いをする日にちが365日、しかしバレンタインデーにチョコを贈る、そしてそのお返しにホワイトデー、もちろんクリスマスは有名だ。最近ではバレンタインデーを凌ぐ勢いでハロウィンが台頭してきた。
外国の人から見たらおかしな国に映るんだろう。日本は神道の国だと思ったら俄かキリスト教だし、お寺にお参りをする仏教国だと思ったらあらゆる宗教が入り混じったおかしな国に映るだと思う。だから宗教戦争なんか起こらないんだそうだ。
同じ宗教でも宗派が違えば人殺しはするしその上戦争だって起こりうる。
日本は島国で第二次世界大戦の敗戦国で一時期占領されてはいたが世界のあらゆる国のように領土を奪われたり、民族の虐殺があったようなことにはならなかったのが幸いしたのかもしれない。我々のご先祖様の時代から、脈々と受け継がれてきた日本国という有難い国に生まれ育って外国との脅威にさらされなかっただけでも感謝しないといけない。
話は飛び飛びになったが、今私たちがこうして生活をしていけるのもご先祖様のおかげだということをちょっとだけではあるが思い出したので感謝、感謝。

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2016年02月01日

これからが大事なのは百も承知

今日から2月。1月は行く、2月は逃げる、3月は去ると言ってほかの月より早く過ぎるからこう呼ばれている。
実際に気分的にそう思うのだろうが、私自身もそう感じることが多い。
正月気分がなかなか抜けないうちに半月が過ぎ、仕事がやっと元の状態になってすぐに2月、そして2月は29日で普段の月より2~3日少ない。
そして3月になると年度末で忙しなく過ごしあっという間に終わる。
毎年こんなことの繰り返しで過ぎていくが、我々の世代はいつも言っているように今年は特別な年回りだ。「還暦」60歳になる年回りだ。
4月以降何人かが定年退職で会社を去る人がいるが、そのまま嘱託で残ったり関連の会社に出向したりで身辺が忙しいやつが何人もいる。
その点我々とか自営業の人は定年がないが、いつまでも仕事にしがみ付かないといけない。
嘗ては定年後は「悠悠自適」こんな言葉が躍った時代もあった。夢のようだ。
今では同じ悠々自適も「憂憂自適」のほうになってしまった。
何かの本に書いてあったと思うが、ある人が会社を辞めボランティアに目覚めて定年後はそちらの方面で生きがいを見つけて、現役時代の数倍の魅力を感じたと書いてあった本を読んだことがある。しかし団塊の世代といわれる人たちが我々の上には大勢いる。その方々を見ていると大いに参考になることがある。
それは何か、「やる気」だ。そのやる気の有る無しはこれからの生きがいに大きな違いを生むように思う。これからはじっくりとそのことを参考にさせてもらって、残りの生き様を決めようと思う。

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