2016年03月31日

私にとっての 巨星落つ

今朝、いつものようにいつもの時間に診療所来て仕事の準備をしていたら一本の電話が鳴った。知らない電話番号だった。7時過ぎにかかってくることなんかまず無い。一度ならず二度三度とかかってきたから何か急患かと思って電話を取った。聞き覚えのある声だった。「すみません 朝早くから」いきなり言われた。どうしたのかと聞いたら自分の耳を疑った。ここでもよく書いている先輩の先生が急逝したとの一報だった。悪い悪戯であってほしいと思ったがこんな時間にそれも内容が内容だけに思わず息をのんでしまった。
少し前に治療に来られた時には「疲れた 疲れた」とあまり言わない先輩が口をつけば「疲れた」と何度も言っておられたのを思い出した。
昨日も先輩の病院にかからっれている患者さんが来られて同じことをよく言っていると話をされていた。だから今朝のこの一報は信じられないのと、やっぱりそういうことかとの思いが頭の中をグルグル回り出した。
診療所は息子さんが後を継ぐために東京から帰ってこられているし、ここでも何度も書いている通り院長より丁寧で患者さんのうけは良い。しかし経験の差は如何ともしがたい。
患者さんは勿論病気を治しに来ている、医者がビクビクしていたんでは患者さんがそれを見抜いて余計に心配する。コレがこの院長先生の口癖だ。
私もそれを見習って患者さんの前では心配させないように心掛けてはいるが先輩のような図太い神経を持ち合わせていないのでなかなか先輩のようにはいかなかったのを思い出す。
何より一番心に残っているのは患者さんの為なら何時でもどんな時でも患者さん一番の姿勢だった。土曜日も日曜日も絶対祝日以外は何があっても診療していたことだ。その為駐車場には大阪以外からも奈良や和歌山からも多くの患者さんが来られていた。
元々、先輩との初めてのきっかけは私が高校生の頃怪我をして救急病院に搬送された時先輩に診てもらったのが最初だった。それからウチの親父がある会社の歯科の診療所に掛け持ちで仕事をしていたころに先輩を他所の病院から引き抜いたことだった。もうすでに開業されていたが家と診療所の行き帰りの間にあったそこの会社の診療所に来てもらってからのその後のお付き合いだった。
いきなり言われたのが「オマエ100メーター先にお金が落ちているのを分っていて拾わん奴はおらんぞ」最初は意味が分からなかったが後から聞き直してその意味が分かった。患者さんをお金に例えては失礼だったが、先輩の言いたかったことは患者さんがそこにいるのに診察しないのはお金が落ちているのに拾わん奴はいないという先輩ならではの仮令話だった。
だから私が診療を休んで先輩の所に治療に行っても必ずこう言われる。
「早よ戻って 仕事せいよ」コレが口癖だった。
今まで長いお付き合いをさせてもらっていたが、今朝は何もする気が起きない。
親父が亡くなった時もこんなに思い出すことは正直なかったが、いろいろな思い出が頭の中を巡って言葉にできない。ある意味、良い事も悪いこともいろんな意味で私に大きな影響を与えてくれた大切な先輩だった。まだ一報でお通夜も葬式も決まっていないが正直なところ一日早いエイプリルフールだと思いたい。
いろいろお世話になりました ゆっくりとお休みください 
                            合掌

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2016年03月30日

他所は他所 ウチはウチだ

4月1日はどこの会社も新入社員が新しい職場に入社してくる日だ。
連れの会社も今年は珍しく新入社員を採用したからと言っていた。
ここ何年くらい新入社員を採用しなかったんだろうか、そこの会社の一番若手の社員でさえもう30歳くらいだろうか。よく愚痴を聞かされた。私から社長に新人社員をと言って下さいっと言われ続けていた。しかしそんな余裕は無いと言いつづけていたが、景気が少しは良くなったのか、どういう流れで今年は採用したのかは知らないが男女1名ずつ採用したみたいだ。
でもそいつの心配は直ぐに辞めてしまわないか、ゆとり世代の若い子と上手にやっていけるかの心配ばかりしていた。
だから言ってやった。「オマエが心配するほど向こうは心配していないって」
そのとうりだとそいつも笑っていたが、心の中では随分気を揉んだみたいだ。
何せ中小企業に入ってくれるだけでも有難いんやぞと私も言い続けてはいたが、いざ本当に来てくれるかはわからなかった。内定を出してもよその会社を受けてそちらが良ければ何の拘りもなくそちらに行く今の世代の子だ。
給料が良くなければ来ないし、待遇も良くなければ来ない。まして家族経営の所なんて誰が好んで来るものかと私が言ったら、そいつもそこに頭を痛めていた。
しかし最近の子は本当に仲の良い子としかつるまないし話もしないらしく、人とのコミニケーションもあまりしたがらないから意外と大きな企業より良いかもしれないと、訳の分からない慰めをした記憶があった。
ただ入社したはいいが、今度はいつまで続くかの心配が出てくるとか。
それはそちらの彼らに対する接し方だと言ってやった。
ある企業の社長が言っていたが、社長の仕事で一番苦労をするのがもちろん業績もそうだが人間関係をいかに上手に造るかだとか。自分が出しゃばってもいけないし、何も知らなさすぎるのもいけないとか。たった2~3人の私の所でも個人レベルでどこまで入っていくのが良いのかが難しい。だから大企業の人事を担当する方には頭が下がる思いだ。仕事が出来ても人間関係の築けないのは長続きはしないとか。そう思ったら当医院のスタッフは今まで平均2~3年だったのが、今年で一人は10年目に入ろうとしている。居心地がいいのか、はたまた無関心な院長を放っておけないのか、そんなことを思ったら他所の事を心配していられなくなった。

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2016年03月29日

咲いたところで 輝け

三月末、この時期はいろんな会社の異動時期でもある。
昨日今日と銀行や証券会社やその他の取引のあるところの異動の挨拶が続いている。
折角、仲良くなった連中も会社の命令には逆らえない。サラリーマンとはそういうものだからだ。出世コースに乗ったのもいるし、明らかに都落ちのもいる。
我々は有難いことに転勤や異動はない。しかし同級生の中には関連の医院に移動されたのもいる。表向きは「君の力で立て直してくれ」と励まされているが、よくよく考えてみたら邪魔だからどこかに行ってくれ。ということか。
いったん入社してみれば自分の思っていたのとはだいぶ違う、こんな話はいくらでもある。いつも言うが、希望に満ちてマスコミに入ったが勤務の部署は総務部で一日中書類との格闘、また配属は自動車部でタクシーやハイヤーの手配ばかり。こんなことをするためにここに入社したのではないと思いつつも流れに飲まれて居続けている方もいるのではないだろうか。
また折角、難しい大学の薬学部を出ても研究者ではなくプロパーとして医院周りの日々を送っている方もいる。
こんなことをするためにこの大学を出たんじゃないと思ってみても仕事とはそういうものだ。我々も世の中の歯車の一つに過ぎない。それをぶつぶつ文句を言っても仕方がない。
この時期希望を胸に世の中に飛び出した人のために毎年思うことだが、自分の気持ちの持ち方一つでこの先大きく変わっていくことだろう。世の中捨てたものではない。人と人とのつながりは学生時代には得られなかった大きな財産にもなるだろう。そしてそんな人に贈る言葉が「咲いたところで 輝け」だ。

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2016年03月28日

ある車内の光景に・・・

昨日は歯科医師会の新点数の保険講習会があった。いつもは車で出かけるのに、久しぶりにJRで出かけた。そして会場に着くなり同級生に会って資料を貰ったらお茶でも行こうとのお誘いがあったが、当医院の代診の先生と待ち合わせがあったので残念ながらお断りした。「横の席を取っといて」の言葉を残してその同級生は会場を後にした。が、結局は帰ってこなかった。まぁ最初からこいつは戻らないだろうと予想はしていたが案の定だった。
しかし帰りに乗った電車の中の光景は異常にしか見えなかった。
たまたま空いている車両だったが、その車両には30名ほどの人が乗っていた。
そのうち携帯をいじっている人はなんと27名だった。私と斜め前に座っていたご夫婦だけだった。周りをざっと見渡してみても、皆、スマホをいじっている光景はまさに異常としか見えなかった。
前にも書いたが、当医院の前の交差点で赤信号待ちの時にもスマホをいじる姿が何人も見られたことにも異常さを感じたことがある。
そんなに面白い情報があるのか?たまたま私はまだガラケーだからそう思うのかもしれないが、あんなに同じような光景を見たら私でなくてもほかの人でもおなじように思うのではないだろうか。
一時期は耳にイアホンを入れて歩く人が目立っていたが、最近の報告の中で耳にイアホンを入れて音楽を聴きすぎると脳に異常をきたすという報告があるとか言っていた。そりゃ難聴などの異常はあるだろうと思っていたが、やっぱり思ったとおり何かしらの影響が出てきたとその報告は言っていた。
今度は何年かしたらそのスマホの異常が言われるに違いない。昔は車内と言ったら静かに本でも読んでいる人が多く見られたものだ。いや何も今の人に本を読めと言っているのではない。静かにして頭を休めるのもいいんだと言いたいが、そんなことを言うから余計にオジン扱いされてしまうのかもしれない。
でもやっぱりあの車内の光景は私には異常にしか見えなかった。

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2016年03月25日

最近の問題でこんなに真剣な話し合いになろうとは・・・

最近巷を賑わせている「ゲス○○」とか言われる問題で、昨日連れたちとの会話。
一言でいえば不倫と言われるものは絶対にダメ。
そういわれるのは当たり前だが、中にはいろんな意見があって興味をそそられた。
今まではタブーとされていたこの問題が一気に公になったのは相手の方が皆さんのよくご存じの方でそれなりの影響力を持っていたからに他ならない。
一般世間の人なら誰もここまで言われはしなかっただろうが、影響力のある著名人だからこんなに毎日毎日ニュースになるのだろう。
一昔前なら飲み屋のオネェちゃんと浮気があっても相手さんはプロの方、決して表には出さない問題。簡単に世間に知れるようなことがあれば「口の軽い女」だとか言っていっぺんに信用を無くすことになったであろうと推測される。
ある連れがこうも言っていた。危機管理が甘すぎる。また別の連れはこうも言っていた。いつまでもズルズルと言ってしまう方が問題だとも。
なにわともあれ、ここで問題なのは危機管理と引き際だと思う。
今はSNSだとか何かでどうして人に知らせたくなるのだろうか?決してこのような行為が良いとか正当化するつもりはさらさらない。
しかし危機管理という問題は何もこんなゲスい問題だけではない。
脇が甘いからこんな問題が大きくなるんだと思う。(オマエが今さら何を言う)という御叱りはさて置き対応の仕方でこうも受け止められ方が違うのかと思い知らされる。一方的に謝罪文を出すのがいいのか、夫婦そろって会見するのがいいのか、身から出た錆だと言われてしまえばそれまでだが、同じように危機管理というものは常々考えておかねばならない。
例えば酒の席だからとか、そんなに目くじらを立てなくてもとか、こちらの都合のよいように解釈されてしまっては相手はたまったものではない。
悪いことをしようと思っての自制心の無さ、それでも過ちを犯した時の覚悟、そしてその反省と謝罪の方法。いろんな問題があるとは思うが、ここで今日一日では到底書ききれない問題。たたけば埃の出る連中ばかりがこんな話題で真剣に話し合いをした。いつもは笑いありズッコケ有のバカ話しかしたことが無い連中たち。こんない真剣に話し合ったのはいったいいつ以来になるのだろうか。
それほど身近な問題ととらえている連中だということが今さらながらよ~く分かった話し合いだった。意味があったのか無かったのかはそれはそれぞれの胸に手を当ててみれば分ることだとお互いがそう思った中身の濃い話し合いになってしまった。

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2016年03月24日

やれやれ やっぱりな説明会だった

昨日は近畿厚生局の点数改正の講習会に行った。
心配していた通り同級生や先輩後輩の多くと会った。いつもは顔を合わせればすぐに出ていこうとする先輩に捕まり、案の定出ていこうとした時にクラブの先輩に話しかけられた。この先輩はいたって真面目な性格。出ていこうなんて全く考えていない、その先輩に捕まってしまった。だから一緒に出ていくつもりだった別の先輩は私を置き去りにさっさとほかの人と出ていった。出ていくときに目くばせで「お先に」というように挨拶されて出ていった。
この講習会はいたって退屈、ただ演者がひたすら参考の資料を読むだけの退屈な2時間。しかしどうしてこうも役人さんたちは世間でいう「役人体質」的なものがあるのだろう。開始は10時半、それまでに会場に到着していてその様子を見ていたが、15分前から受付の設営、5分前には資料も机の上に山積み、その前に立って時間が来るのを只管待っている。
何人もの人が受付に来ていても「時間までお待ちください」の一点張り。
会場にさえ入れない。待合のホールは人で一杯になっていても知らん顔。
こんなのを見たら誰でも先ほど言った「お役所仕事」と言われても仕方がない。
何人かは案の定案内のハガキを出して資料を貰って早速会場を後にした人も何人もいた。
ただ仕方がないからこんな説明会をしていると捉えかねない姿勢だった。
こちらもそれは百も承知だから気にもならないが、一生懸命に聞いている先生方にはまったくもって迷惑な話だ。
今度の土日にも歯科医師会の講習会はある。ここでもまた同じようにプチ同窓会が催される。こちらの方が多くの知り合いに会うことになるから益々出にくくなるに違いない。
結局は大した話ではなかった。資料を読めばわかるくらいの内容だった。
斜め前に居た我々よりもずっと先輩の先生は一生懸命に話を聞かれていたが、何にも分らず隣の人にいちいち質問して聞いておられた。私に聞かれても全く分らないのでさぞかし横の先生(我々と同年代)は苦労されていたと思う。

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2016年03月23日

講習会に行ってくることにするか・・・

今日は近畿厚生局の改定時集団指導がある。
二年に一度の保険点数の改定の説明会だ。
歯科医師会でもあるが保険医協会のもある。こうもあちらこちらであってくれるから、どこの説明会に行っても同じだと思うとなかなか行くのに迷ってしまう。
いつも言うようにどこに行っても同級生やら先輩後輩たちに会うので、プチ同窓会状態にはなる。話が弾めば説明会の内容は頭に入ってこないがそれは後から誰かに聞けばいいことだし、ようはここに行くことに意義がある会だからだ。
毎回同じことを書くが、医科と歯科の初再診の点数が何故にこんなに違うのかと思ってしまう。我々歯科医はもっと声を大にして言って欲しいものだ。
嘗てレセプトも手書きで書いていた時代のことを考えたら、今はどんなに楽しているか。我が家もまだ私が小学生の頃、両親が2~3日ほぼ徹夜でレセプトを書いていたのを思い出す。月初めはいつもこんな状態だったから、子供心に大変だなぁと思っていた。開業間無しの頃まで手書き作業はあった。それから少ししてレセコンが導入されて一気に作業は簡略化された。それでも暫くは紙レセだったが数年前から紙レセからCDに移行していった。
ご近所の耳鼻科の先生は北区一番のご高齢のドクターでずっと紙レセで請求されていた。しかしそれが出来なくなって廃業された。時代についていけなくなれば我々さえもうかうかしてはいられない。
いつもお世話になっている先輩の診療所は専属の人がカルテの打ち込みをしていて院長は全く触れないし使えない。そのことを言ったら「ワシは出来なくても、誰かが出来たらエエんや」いつもそう言って豪快に笑ってごまかされる。
段々と仕事が簡略化されてきているがこれからはもっとそうなるだろうと予想される。今でも当医院はCDを郵送しているが中にはオンラインで送っている医院も多くなってきたらしい。その仕組みがいまだに理解できない私はいつまでも今のようにCDの郵送に頼らなくてはならない。これもまた困ったものだ。

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2016年03月22日

またもやこんな季節になってしまいました

全国一斉に桜の開花宣言が出だした。それほど暖かい気候になったということだ。桜の開花宣言から一週間後あたりが満開になるみたいだ。今日の読売新聞のコボちゃんの漫画の中にもあったが、昔は4月8日あたりが満開だったように思う。何故そう思うかと言えば入学式より始業式あたりで桜は満開になっていたからだ。我が家の前にある中学校の校門の桜は見事なくらいの桜で皆その校門のところで記念撮影をしていたからだ。しかし毎年その後の桜が散った後始末を我が家がすることになっていた。散った花弁が風で我が家のガレージ前に集まってくるからだ。集めやすいと言えば集めやすいが側溝に入ってしまえばわざわざ側溝の蓋を外して掃除をしないといけない。放置しておくと雨が降れば側溝から水が溢れてしまうから雨の前には掃除をしないといけない。しかし何年か前に道路の拡張やJRの工事に伴う桜の木の伐採があった。見事なくらいの桜の木を切る切るなの問答があったが結局は切られてしまった。内心は我が家にとっては掃除の関係で楽にはなったが校門の桜の思い出も一緒に切り取られてしまった。
いくら近隣の住民の反対運動があっても御上には逆らえないし逆らっても無駄だということが分かった。
でもまだ我が家の近所の池の桜は見事なくらい満開で多くのお花見客が押し寄せる名所になっている。毎回ここで紹介するが同級生の家の裏でバーベキューパーティーをするのが現れてそこの住民とのトラブルにもなっている。
するならするでマナーは守ってもらいたいとそこの同級生はいつも言っていた。
ゴミは持ち帰る、空き缶、空き瓶も当然持ち帰るのが暗黙のルール。
毎年散らかすだけ散らかして帰る馬鹿者もいる。大体が私の知り合いなのだが。
強者はトイレを貸してくれとそこの家に行く者までいる。
トラブルになりかねないことは避けなければならない。
折角の綺麗な桜の花見に水を差すようなことは止めてもらいたい。
今年もいよいよそんな季節になってきたが今だまだ何時にするかの連絡はない。
このままでいけば今週末か日曜日にも一大宴会になるやもしれない。

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2016年03月18日

周りを取り巻く環境が変化しつつあるように思う

人ってよくよく付き合ってみないと分らないことが多い。
友達でも恋人でもうわべだけの付き合いはどこかで綻びが見えてくるものだ。
何かの拍子で本音が出て「あれっ」と思うことがありませんか。
この人こんな風に思っていたのか、こんな人だったんだ。
肉親は生まれてから今までずっと同じ環境で暮らしているから喧嘩をしても一晩寝れば忘れてしまうが、恋人や他人はそもそも育ってきた環境が違うから一度もめれば取り返しのつかなあい結果になることが多い。
最近、家人の認知の度合いが増したのか、それを毎日見ているとなんでこうなったのか、これからどうしようかと悩んでいる人が多いようだ。私もその一人だが専門家の意見を聞いてもなるほどと思い当たるふしは多々ある。
認知症は病気だと分っていてもついつい怒ってしまい後悔することがある。最近では若年性の認知症をとやかく言われてきているが、一昔前は「ちょっと変わった人」で済まされてきた。病院の付き添いにしても介護のヘルパーさんにしてもよくあれだけ献身的に出来るものだと頭が下がる。
患者の方も身内や家族には甘えもあって文句を言うがそれを受ける身内や家族はついつい反発してしまう。確かに他人さんは仕事、ビジネスとして受け止めてくれるから成り立つわけで、慈善事業じゃあるまいし誰が好き好んでこんなしんどい仕事を進んで出来るものか。
しかし自分も最近ちょっと気短になってきたし、回りくどくなってきたらしい。
(今に始まったことではない)とおしかりを受けるかもしれないが、ここで考えた。一人で生きていくにはかなりの辛抱と根性がいるということ。
家族がいるということはある意味良い面もあるがこうした鬱陶しい面もある。自分一人なら結果自分で責任を取ればいい。しかし自分以外のところで起こったことには自分だけの責任でいいのか?最近ふとこれからのことを考える機会が増えてちょっと心配になってきた。家族や友人がいれば少し間違った方向に行けばストップをかけてくれるが、自分一人なら行きつくところまでいかないとストップできない。

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2016年03月17日

良い経験をさせてもらった

たった二日間であったが学生さんたちと実習をしてみて自分も最初はこんなんだったと思い出されたことが大きな収穫だった。
今思えば誰だって最初は新米さん、そして経験を積んでどんどん自分なりに工夫を凝らして成長していく。それが初々しく懐かしく彼らとともに基本に立ち返って実習できたことは本当に私にとっては素晴らしい経験になった。
誰でも自分流はある、しかしその自分流はすべてが基本の上に成り立っていることに違いはない。その中から自分に合ったやり方で少しづつ自分流に変えていくことは大いに結構。確か何かのテレビ番組の中で言っていたことだが、長く同じように一つのことを続けるということは並大抵のことではない。5年10年なんて続けているうちには入らない。伝統、老舗と言われるには数十年いや、百年を経ないと伝統や老舗とは言わない。
これを聞いたときに自分が今から数十年やれるか、いややれはしない。
代々引き続き継承されてこそ伝統という言葉で称されるのだろう。
地味だがコツコツと同じことを繰り返すのは並大抵ではない。しかしそこには誰もが文句を言わせないだけの仕事があるように思う。我々の仕事は機械も新しくなり薬だって新薬は出る。そしたら何が伝統であり受け継がれていくものなのか。それは信用、信頼だと思う。医療は貴き仕事だ。そこに着くために日々努力してきたのだ。患者さんに元気になってもらいたい、我々の力では微力かもしれないがその分薬や新しい機械、器具が昔のように使いづらいものから痛みの少ない新しい機械へと変わっていく。ただ信頼、信用は一長一短では築けない。
お互いのやり取りの積み重ねがその第一歩だと思う。
今回の学生さんたちの実習風景を見て心からこれからの医療の未来は明るいと思った。今の気持ちのままいってほしいとも思った。
私たちの時代も同じように思っていたが、いろいろな柵に流されては少しづつその純粋な気持ちは擦り減ってしまったのかもしれない。
それなりにこなすのが悪いと言っているのではない。それなりにこなして患者さんが苦痛なく少しでも早く元気になってもらえれば何よりだと思う。
学生さんに「ありがとうございました」と言われたがこちらこそ「ありがとうございました」だと思う今回の実習だった。

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2016年03月16日

歯科医にセンスは大いに必要なものだ・・・

昨日は二日目の実習に学生さんが来た。一日目は総論的な話に終始したが二日目は実習形式で進めることにした。
まずは印象から入った。初めて実際の印象作業だから緊張もあったろうが人によっては「出来る子」も「出来ない子」もいた感じだった。
ラバーベースにスパチュラを起用に使える子も周りに印象剤をまき散らす子、同じように初めて行うにしてもこんなに差が出るものかと驚いてしまった。
最初は出来なくてもそれはみんな同じだからしょうがないにしても、中にはこいつは絶対に上手くなるという子はすぐに分かった。
出来る出来ないは結局はやる気とセンスだと分った。やる気はちゃんと人の話を最後まで聞いて実際に器具をもってシュミレーションできる子。センスは始める前にちゃんと目の前に必要なものだけ並べて余計なものは片づけている子。
始まる前にすでに出来る出来ないは分ったようなものだ。
こいつは出来ると思った子はやっぱりちゃんと綺麗に出来るが、こいつは出来ないなと思った子は周りにまき散らすわトレーにちゃんと盛れないわ。
でも我々の頃もそういった奴は沢山いた。数をこなせばそれなりに出来るようになることは分っている。しかしセンスはすぐには出来ないと思う。
それは日頃からの家庭の躾が大きくものを言うように思う。それはきっとこの子は家でも家事の手伝いをしているなと感じたし、ちゃんと頭で考えてから行動に移すだろうと簡単に想像できたからだ。
スタートラインから違うとその後は言うにあらんやだ。どんどん差が開いていくということだ。患者さんの口の周りを印象剤でベトベトにして誰がこんな医者に診てもらおうと思のか。誰でも最初はこうでも早く上手になろうと努力するはずである。そこにセンスがあるかないかが分る。私の学生時代に一緒にやった連中たちは皆、そこそこセンスはあったようで一二度やればコツをつかむ連中だ。しかし中には今でも一度で印象が完璧に取れないと嘆く奴いもいる。簡単に言えばセンスが無いのである。そんな奴は開業には向かない。だからいまだに大学で学生相手にああだこうだと薀蓄を垂れている。患者さんの口が小さいからだとか、歯並びが悪いからちゃんと型が取れないだとか。我々は日々そんな患者さんと向き合って仕事をしている、言い訳をする前にもっと練習をしろ、いやセンスを磨け。そう言ってももうすぐ定年退職だから糠に釘だ。
歯科医になるのに頭だけではどうしようもない。技術だけでもどうしようもない。私は頭も大事、技術も大事、それにもう一つセンスも大事と今回の実習を通してそう思った。

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2016年03月15日

実習初日はこんなものか・・・

昨日、ここでも紹介したけれど歯科大学の学生さんたちが実習に来た。
最初は何からするのかと思っていたが、何やらカリキュラムがあるらしくそれにのっとって進めてほしいと言う要望があった。
我々の時とはいろんな面でやり方が違うみたいだ。
内容には大きな差はないが、我々の時は6年生になってから初めて歯医者らしいことの実習があったように思う。しかし今の子たちはその前にすべての臨床の科目を実習することで現場に入れるんだそうで、小さなマネキンまで持参してきた。当然我々のころにはこんな模型などない。恵まれていると言えば恵まれているのかもしれないが、私に言わせれば「模型は模型」で実物とは違う。生きた人間を相手のしないと模型ばかりでは役に立たないと思っている。
そりゃいきなりの人間では患者さんは大変だ。だから学生同士十分なくらいお互いが被験者となって実習をする方が良いように思う。
ミラーの持ち方やピンセットの持ち方までぎこちない。いきなりで当たり前かもしれないが患者さんは待ってくれない。だれがそんな危なっかしい人に診てもらいたいか。誰だって嫌だ。そんな道は誰でもが通ってくる道だ。
疑心暗鬼は伝染する、そう先輩の先生から言われた記憶があった。だから学生さんには同じことを言った。分るか分らないかは知らないがいつの日か分ってくれたらいいと思ってそう言った。
最初は医療全般から入って個々の苦手な分野の説明に入ったが、何が苦手かさえ分らない子たちだった。
この子たちもそうやって自信をつけて世の中に出ていくんだろう。
我々の時のカリキュラムと比較はできないが全体として見てみたら、年々若い子たちは自分から進んで学ぼうとする意欲は減ってきているように思えた。
一番貪欲になっていたのは我々の頃かもしれない。遠慮など無縁の我々世代。少しは遠慮を覚えた当医院にいた代診の先生の時代。そしてみずからは聞きに来ないしこちらから何か言うのを待っている今のこの世代。
聞けば男女比も我々の学年は女子の割合は1割くらいだったが、今の子たちの男女比は何と4割を超えるとか。これでは男子が弱くなるのも分かる気がしてならない。
今晩は印象剤を練ったり、セメントを練ったり、レントゲンを撮ったり、診療にじかに接する実習をする予定だ。果たしてどんな珍事が待っているのか。

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2016年03月14日

今日から基本に戻ります

今週から大学の後輩たちが当医院に実習に来ることになっている。
知り合いの医者の娘さんだ。親戚にも歯科医はおらずなかなか生の歯科医院に触れることも無いとかで、同じような友達たちと一緒に見学並びに実習に来るらしい。
最初は躊躇したが、考えてみたら私の友人たちも家が医者や会社経営者などで歯科のことを全く知らない連中らだったので、学生時代には当医院によく来てお互い実習のしあいをした。それに技工士もいたのでいろいろ教えて貰ったりもした。
実習内容の要旨をFAXで事前に知らせてもらったが我々の時代とはあまりに違うので一瞬戸惑ったがこの機会は私にとっても基本に戻れる良いチャンスだと思って受け入れることにした。
臨床の科目ばかりだが我々が毎日やっている治療に関わることなら教えることもできるが、基本通りかと言えばいささか疑問だ。
最初は誰でも基本通りにはすると思うが年月が経てば自分のやり方が出来てしまう。そこに基本とかけ離れたことをしてはいないか再確認の場となるだろう。
基本、印象の練り方だのトレーに盛るやり方だの、実際は衛生士がやってくれるから自分でやるのはいつ以来か。また患者さんを水平位や座位でとるのは久しぶりだ。学生時代にはこんな風に実際の材料の量と水の量をきっちりと計ってやっていたはずが、今では経験からやってしまうことの方が多くなっているように思う。そりゃ夏と冬では気温も違えば室温も違う、湿度も違えば患者さんの状態も違う。口腔内にトレーを入れて時間をかけれない患者さんもいる。そんなときは水の量や口に入れるタイミングで時間調整をするようになってしまった。
こんなこと一つとっても我々の年代の歯科医は基本からはきっと遠ざかっているのは見え見えだから、こんな基本にかえれるチャンスは滅多にないと思い学生さんたちとともにやり直そうと思っている。
もしも同じことをして私より学生さんの方が上手にできたら示しが付かない。
今日から金曜日まで何をどのようにするかはわからないが、またその報告は明日のココでお知らせします。

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2016年03月11日

あなたはどっち派?

先日、連れとの飯会での会話。
それはサプライズはどうしたら効果的かという話だった。
例えば旅行に行って仲居さんに渡す「心付け」これを渡すタイミングが難しいとか。最初に渡すのがいいのか、最後に渡すのがいいのか。
これは人それぞれだとおもう。同じようにショートケーキのいちごを最初に食べるのか、最後に食べるのかに似ていて、どっちでもよいような話。そんなつまらない話で盛り上がっていたところに、もう一人の連れがやってきて話に参加した。
そしてそいつの話になってサプライズの話になった。
何でも連れの彼女が誕生日で何かサプライズをと考えたそいつはレストランを予約しておいた。何でも彼女のお気に入りのお店らしい。何年か前にも場所は違うが同じようにレストランを予約して当日まで秘密にしていたらしい。そしてその当日食事に行くのにどこにしようかとその彼女と相談してそのお店を指名した。なかなか予約の取れないお店だったが事前に予約していたのでそこに行くことになって彼女は大いに喜んだ。後で予約していたことを告げたら喜んでくれたには違いないが、どうして先に言ってくれなかったのかと言われたそうだ。
それならサプライズにならないと言い合いになったとか。でも喜んでくれたことには変わりがなかったがそこで問題になった。
事前に知らせるのが良いのか、知らせないのが良いのか。知らせてはサプライズにならないとある男は言う。いや、何日か前に知らせておけば当日まで彼女の気分がウキウキでこちらに対する態度も違う、と他の奴が言った。
まぁどちらでもいいような話だったが、そこに女心をくすぐる強かな計算があるように思えた。誕生日だし何かプレゼントがあるのかと思わせておいて一向に渡す素振りを見せない。諦めかけた時に出すサプライズ。当然うれしいには違いが無いがその程度がどれだけのインパクトがあるかでそこは決まるように思う。
方や事前に何処どこで食事をするよと言っておけば、サプライズではないが言った日から当日までウキウキ気分は続くから効果が長持ちするし、その間のこちらに対する風当たりは心地よいものになるというまことにくだらない話。
しかしこの話は考えれば考えるほど意見が分かれた。皆さんはどう思いますか?

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2016年03月10日

コレもまた思いようなのかもしれない

4月から保険点数の改正がある。それに伴う講習会があちらこちらで催される。
結構、知り合いに会うチャンスになっている。いわばプチ同窓会の様子だ。
前回の時も講習会の会場の前後左右に同級生やら先輩後輩がいて近況の報告会よろしく情報交換の場になっていた。
きっと今年も同じように情報交換の場になるに違いない。
同じ支部なら顔を合わせるチャンスもあるだろうが、滅多に合わない連中だから懐かしさやその他のことが頭をよぎる。
前回、大きな会場での講習会の時には前の同級生と話は弾み、内容をさっぱり聞いていなくて慌てて後で聞き直した経験があった。
今はほとんどの診療所が電子カルテを使っているから、自動で点数改正の処理をしてくれるから今までのように点数表をいちいち見る必要が無い。
しかし毎回思うことだが我々より先輩の先生方は失礼ながパソコンを使いこなしているのだろうか?ご近所の耳鼻咽喉科の先生は支部の最高齢者だそうでレセプトもいまだに手書きだそうだ。一度受診に行ったときに「そろそろ引退しようかと思っています」と言っておられた。何でもすべてパソコンでレセプトをしないといけないらしく、そうなったらお手上げで廃業を余儀なくされると言っておられた。
同じように今のコマーシャルの中でこんなのがあった。
「メールで告白、メールで親御さんに挨拶、コレってあかん気がする」そんな内容だった。文明の利器、とは言わないが今はみんなが使えるこの時代、歳をとっても使いこなせるように我ながら勉強しないととは常に思っているが、年賀状のように手書きからプリントゴッコへそしてパソコンでの年賀状。だからこそ手書きの良さが再発見するように思う。でもここ何年かはメールで新年の挨拶が一斉送信されてくるのがいる。それこそコレあかん気がするである。
でもまだ来るだけマシなのかもしれない。

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2016年03月09日

嫌な時代になってしまった・・・

久しぶりの雨の朝だ。
昨日までの暖かさは嘘のように冬へと逆戻りした。しかし来週はまた一気に暖かくなるようでスギ花粉の飛散がピークになるようだ。
患者さんの中には鼻水、くしゃみで長い間口を開けれませんと自己申告される患者さんも何人かいる。
嘗ては私もマスクの下には二重にガーゼを折り曲げて鼻に充てていたこともある。下を向いたら鼻水が止まらなくて、何度もガーゼを変えたり、鼻にティッシュを丸めて詰めたりしたこともあった。それくらい辛いものだと分っているから患者さんの苦痛は想像に絶するだろう。
来月4月の隔年に行われる点数改正ではどんなことになるのだろうか?
元々歯科の技術料の低さは問題になっていて、医科との初再診の格差も問題になっている。
大学病院や総合病院への紹介状なしの受診にプラス加算が付くらしいが当たり前のことだ。かかりつけ医やかかりつけ薬局なども昔から指摘されていることだ。今さらというかやっとというか。
昔は本人0割の時代があった。患者さん負担が無しという夢のような時代を経験しているから、その当時国民健康保険の患者さんは3割負担だった。その格差のために国保の患者さんは大きな自己負担を強いられていた。
今は社会保険の患者さんも国民保険の患者さんも同じ3割なのであまり文句は出ていないが、嘗てはよく国保の患者さんから愚痴を聞かされていた。
その当時から比べたら、母子医療、生活保護の患者さんが増えてきている。
それだけ社会が複雑になってきたということか。
医療機関がますます増えてきている昨今、生き残りをかけた知恵比べもし烈になってきたと聞いたことがある。
何せ歯科医院はコンビニの数より多い時代になってきてしまったのだから。
策の無い歯科医院はきっと淘汰されると思う。
嫌な時代になってしまったものだ。

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2016年03月08日

今年の目標の一つは・・・

日に日に暖かくなってきました。
あちらこちらでコートから薄着に変わりつつある微妙な季節です。
私は一年中半袖で過ごしているので、寒ければ暖房が入り、暑ければ冷房が入り、外に出るときは一枚何かを羽織るだけの服装だ。
女の子のように駅から歩いて診療所に来るでもなく、駐車場から診療所まで歩いて1分。家を出て車の中で温度調整をするでなくたった1分のために服装も何もないずぼらと言えばずぼらな毎日をおくっている。
なのにこの季節になれば春物のDMが毎日のように送られてくる。お洒落には全く興味はない。無いというより体型がそうさせているのかもしれない。
着れる服が限られている。ビッグサイズの店にしか着れる服がないのは仕方がない。勿論、バーゲンなんか行く気もないし行こうとも思わない。
シャツも何枚か買ったが同じサイズのをまとめ買をしないと今度いつ買えるかわからない。同じセーターを一冬着てしまった。そして季節が変わればそのセーターもお払い箱になる。何着そんな風に始末したんだろう。
ネクタイをしたのはいつ以来か?誰かの葬式かお通夜以来かもしれない。
今年の目標の中にネクタイをしようというのがあった。
普通の人なら毎日の必需品のネクタイも私には縁のないものの一つだ。
靴さえ黒い靴は同じく葬祭時に履いたきりだ。
普通は休みの日にはラフな格好をする人が多い中、私は休みに日にネクタイでもして過ごそうか。
何年か前にオーダーして作ったスーツも着手が無いまま吊ってあるままだ。
何とかして今年はこのスーツを着れるまで体型を絞るとするか。それが今の、いや今年の目標である。

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2016年03月07日

時間があって調べてみて分ったこと・・・

土曜日の午前診の後、診療所の床の張り替え工事があった。
このビルに入ってもう30年弱になる。その間2度ほどチェアーの入れ替えや備品入れの入れ替え作業はしたが、肝心の床の工事はしなかった。
毎日使うチェアーに私が座る椅子の部分は体重のせいできっと痛みが激しかったのだろうか、コーティング部分のひび割れが起こってからも騙し騙し使っていた。そこのひび割れの部分に椅子のコロの部分が引っかかるようになって危なくなって替える決心がついた。
その工事に午後から付き合って様子を見ていたが、餅屋は餅屋で見事な手さばきで床を張り替えていった。
当初。業者に何軒か見積もりを取ったが、見事なくらい金額に差が出ていた。
やっぱり歯科の業者は中でも一番高い金額だった。今回行った業者の一桁違うという金額だった。なぜにこんな高い金額なのかもわからず、今回来てもらった業者に何となく聞いてみたら驚かれた。「そりゃなんでも ぼったくりですね」
そう言われて我々の業界全体を言われたようでショックだった。
あまりに世間知らずだと言いたいみたいだったが、その通りでぐうの音も出なかった。もっと世間のことを知らなくてはいけないとはよく言われるが、本当に今まで相手のいい値で買っていたり仕事を任せていたんだと後悔することしかりだった。
歯医者しか使わないものは特に高い。技工に使う材料だって同じものを道具屋筋で買えば半額以下で買える。同級生が開業したとき、今から20数年前に買った材料なんか今でも半分くらいしか減っていないと言っていた。
100円均一で買えるのにわざわざ業者で高い値で買っている我々はいかにカモにされているかということだ。何も業者がどうのこうの言っているわけではない。もっと調べてから買えばそんな値段で買わなくてもいいのにと思うからだ。
よく通販業者の案内が来る、そのうち今当医院で使っている薬品や材料の値段を比較したことがありますか?一度はしてみてください。高いのも安いのもあるのでそこはよく考えて賢い買い物をした方がちょっとの時間とその努力でいい買い物ができることもあるんですよ。ただ安物買の銭失いになってはだめです。
よく吟味してそれでも欲しいものは値段の安い方で十分賄えるということです。

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2016年03月05日

ちょっと暇つぶしにお付き合いください

今日が土曜日で診療が終わり次第、診療所の床の張り替え工事がある。
今その工事の真っ最中だ。
このあたりで開業して、もう60年になる。最初の診療所はすぐ近くの今でもある小さなビルに二階で確か6坪くらいだった。中での待合室は2~3名しか座るスペースが無くて階段に順々に並んで診療室に入るのを待ってもらっていた。
私がまだ小学生の低学年だったと思う。「すみません、すみません」と言って階段を上って行ったのを思い出す。
次に移った所は今の診療所の向かい側のビルでそこも二階で、細長いうなぎの寝床のような診療所だった。歯科大学の学生のころよく同級生で家が歯科医院でない連中が実習しに来た思い入れのある診療所だった。
そして今の診療所に移ってきた。すでに30年近くがたつが広さは倍々ゲームのように大きくなったが家賃は倍々ではすまなかった。この診療所に移ってからスタッフは多い時で女の子が8名、技工士を含め男の子が3名、ドクターが2名の大所帯だった。しかしバブル崩壊以降患者さんの激減などで一人減り二人減りで遂には今のスタッフ女の子3名とドクター2名になってしまった。
今考えればよくもあんなに多くのスタッフを抱えていたものだと不思議なくらいだ。一時期、大阪で花博があった時、当医院の女の子が4名引き抜かれたこともあった。求人情報誌にスタッフ募集と載せたら1名募集に150名くらい応募があった。そのために何度も面接をしないといけないこともあった。
同じ求人誌に同級生のところが載っていて、情報の交換をしていたら大阪の田舎の連れのところには1名しか応募がなかったと言っていた。それくらい市内で働きたい人が多かったんだと思う。しかし私は親が歯科医でいわば二代目、後を継ぐのが当たり前だったから、自分の思うような診療所は出来なかった。
親が亡くなった後もしばらくは親父の診療所というイメージが拭いきれなくて、本当の意味で自分の思うような診療所にしたのはここ数年前からだ。
こんな具合だから自分の思うような診療所の形は今まだ模索中なのかもしれない。
今、工事中なので何もすることが出来ないで暇にしているから掟破りの土曜日の投稿になってしまった。

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2016年03月04日

また余計なことをたくらんでいる自分います・・・

先日家の近所のたまに食べに行くお店での話。
そこのお店の主人とは釣り仲間、昔はよく夜釣りに出かけたものだった。
私は海釣り専門だがその親父さんは船釣りで大物狙いか渓流釣りが好きな親父さんだ。この時期はアマゴ釣りへよく行っていたし夏場には鮎釣りがメインの太公望。その親父さんの店には生け簀があって中にはいろんな魚が泳いでいる。
改装前の店の時には大きな水槽がカウンターの一番目立つところにあって、活きの良い魚が泳いでいた。我々仲間内でもよく利用していたからボトルキープよろしくお魚のキープが出来た。
アジや鯛の尻尾に名刺を輪ゴムでくくって泳がせていた。一時はほかのお客さんから「コレなんですか?」と聞かれたときは「お客さんのキープの魚です」と答えていたらしい。
それが功を奏したのか、我々の仲間以外のお客さんからも次々とお魚のキープの要望があって尻尾に名刺を巻き付けた魚が水槽の中を泳いでいた。
1匹や2匹だったらまだ可愛いかもしれないが、段々と匹数が増えてしまってお魚の泳ぐ姿が名刺でひらひらと邪魔になってきたらしい。
中には名刺どうし絡まって魚が弱ってしまうこともあったとか。
期限は魚の鮮度が落ちる前に捌くというのが条件だった。それだけ頻繁に通わなければならなかった。
それから何を思ったのかその水槽をもっと大きくしようとカウンターの上から店の奥のスペースに移す計画が持ち上がった。
しかし目の前だからインパクトがあってお客さんからの話に盛り上がりを見せていたが、本格的にもっと大きめの水槽にするとインパクトが無くなってしまうと内内では反対意見が多く出た。しかし親父さんの気持ちはもうすでに我々の考え方を超えていて最後は勝手にどうぞと言われるようになった。昨年暮れにその工事があってから今年になってまだ行っていないが、先日連れたちが行ったらしい。新装開店時には連れたちとお花は贈ったが実際にはまだ私は足を運んでいない。ご無沙汰ついでにもう少ししたら休日にでも釣りのお誘いをしてみたいが、こちらの休みと向こうの定休日がなかなか合わなくて行くことが出来なかった。
少し暖かくなってきたからそろそろ行動を起こそうと思っている。

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2016年03月03日

こんなところにも官民の格差があった

朝から朝日がまぶしかった、雲一つない晴天。最近にしては珍しくすっきりとした朝だった。そんな中仕事に来る途中にいつも出会う清掃車にもいろいろあることに気が付いた。
公共の会社の清掃員と民間の会社の清掃員の大きな違いを発見した。
それはこんな小さなことから分るんだと思った。
清掃員の仕事は一か所に集められているゴミの袋を回収するのだがそれをパッカー車に放り込む作業なんだが、無造作に車の後部の方に投げ込むところは一緒だがその時袋が破れたり中のゴミが落ちたりしてそこの場所を汚すこともある。
そのまま行き過ぎる車もあればそこをちゃんと掃いてから動かす車もあるということ。
どちらが公共の方でどちらが民間かはわかると思う。これは仕事に対するマナーだと私は思った。
誰もこんなきつい仕事はやりたくはない。その分一般の方は知らないかもしれないが相当な高給なのだから。
人のしたくない仕事に就くということは大変なことだし、もっと一般の人も理解してほしいものだ。同じ仕事をしていてもこうも官民の格差は出るものか?
給料の面でも待遇の面でもそうだがお上というバックアップを持った人たちはそこのところをどう考えているのだろうか。もしも民間がこんな仕事内容だったならきっとほかの業者に代えられてしまうことは間違いない。
よく「お役所仕事」と言われるが本当にこんなところまで徹底したお役所仕事なのかと呆れてしまった。
たまたまそんな方の仕事ぶりを見たのかもしれないが、一を見て百を知るではないが、ちゃんとまともに公共サービスをしているほかの方々が聞けば「そんなのは一部の者です」と言われるかもしれないが、私が見たその一部の人はいつかどこかで気付いてほしいものだ。そう願ってやまない。

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2016年03月02日

最高裁の判決に敬意を示したい

今日まで冷え込むそうだ。そう天気予報は言っていた。
2週間前のバレンタインデーは20度近くあったがこの半月の間でこの寒さだ。
しかし三寒四温とはよく言ったもので今週末はまた20度近くまで気温が上がるらしい。
昨日のニュースの中で認知症の問題を取り上げていたニュースを見た。
どこまで家族が責任能力があるか、最高裁の判断は正しいと思った。
介護と簡単に言うけれど、する方とされる方では大きな違いがある。我々世代にはどちらの心配もしないといけないから、身につまされる問題だ。
老老介護という言葉が出てきてそのために会社やその他のいろいろな犠牲を強いられる話はよく聞く。マジ身につまされる話だ。我々が親の面倒を見るのが当然だが、その親の方が元気な場合もある。足腰がしっかりしていてどこに行くかわからない。家人もその一人だ。いきなり自分の実家に行って周りを驚かせたり、お金も持たずに買い物に行ったり。
近所の買い物なら何処どこの誰さんかは分ってもらえるが、後でお金を持って行けば済むが、スーパーなどでお金無しで買い物などできない。連れの親はそこで万引きと間違われて大きな問題になったとか。我が家の家人はタクシーに乗って駅から実家まで行ったがお金を持たずに行ったため、たまたまそこに従弟がいたため支払いは立て替えてもらったが、もし居なかったらどうしたんだろうか?
そんな判断も出来ずにいきなり電車を乗り継いで出かける神経が分からない。
病気と言えばそれまでだが、周りが振り回されて参ってしまう。
また別の連れの親父さんは昔から旅行が趣味であちらこちらと出かけていたが、認知症になってから大阪から福井県や広島県まで出かけて行ったとか。
そこの駅の中で不審に思った駅員さんから警察に通報があって保護されたらしい。まだ家人はそこまでではないがそれに近いところまで来たらもう一歩踏み出さねばならないだろう。寝たきりも困るが元気すぎるのも問題だ。
寿命が延びるのは良いことだが昔はこんな人が周りにいればそれこそ変人扱いされたことだろう。家人のように誰にも迷惑をかけていなければ(家族は別だが)いいのかもしれない。

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2016年03月01日

こんなところにもエコ意識が・・・

昨日から急に寒くなった。体調を崩す人が増えると思っていたら案の定当医院の女の子がその通りになってしまった。
今週は忙しい日が続いている、早く戻ってほしいので医者に行って今日はゆっくりと休むように指示をした。ただ熱はないがあげくだしだそうだ。
こんな時もう一人いれば助かるが日頃は何とか二人でやっていけるから予備軍はいらない。去年だったか一昨年だったか同時に二人が休んだ時は思わず休診にしようかと思ったくらいだ。
今のスタッフで数年くらいいてくれている。その前の子が辞めた時に同時に二人辞めて私一人で約3か月近くを一人で仕事をした経験があった。
気を使わないということでは良いかもしれないが、受付業務やら診療やらなんでも一人でやらないといけなかったから大変だったし患者さんには大変ご迷惑をかけて思いがある。
今の子は言葉の数は少ないが、言わなくても何をすればいいのかがすべてわかっているからこちらは助かる。
カルテを読めるということはいかに大事か、そのための準備も完璧だし、こちらが指示をしなくてもちゃんと準備できているので大いに助かる。
衛生士でもないが衛生士以上の仕事ができる。
何でも自分でしてしまうのが私の悪い癖だが相手にやってもらって気を遣うくらいなら自分がやった方が精神衛生上良いと勝手に思っている自分がいる。
でも最近は今まで自分がやっていたことを少しずつではあるが任せるようになってきた。最初は心配で見ていたが任せる限り少々のことは大目に見れるようになったら気分が楽になった。
これも昔書いたことがあるが、当医院最強の女の子は1週間に出るごみの量はコンビニの袋一つ。今の子はまだそこまではいかないがそれでもビニールのごみ袋半分くらいにまで減ってきた。日頃から言いつづけることの大事さは言うまでもない。いちいち煩いと思われても仕方がないが彼女たちにもそこのところに変化が出てきた。エコにつながると思っているので彼女たちにもこれからどしどしそのような意識を持ってもらいたい。

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