2016年04月28日

天才と○○は紙一重だ・・・

世の中は高いものはより高く、強いものはより強くが成り立つ。
我々のような凡人は直ぐに「これでもう満足だ」と思う傾向があるようだ。
しかしもっと上を目指す人はなかなか満足だと思わない。何より同じくらいのレベルの人はより努力をしないと相手に勝てない。勝つまで満足をしない。
いきなりこんな話で申し訳ないが、昨日ある人との話の中でこんな会話があった。
一流と言われる人は凡人の我々からすれば大したものだと称されるがその一流な人はまだ上の超一流になるために日々努力を惜しまない。どこまでもストイックで真似が出来ない存在なんだそうだ。
一流の人は我々が見ていてもものすごく努力するし頑張っているのが目に見えているのに、超一流の人はその努力が、頑張りが見えないらしい。いや、見せないと言った方が良いのかもしれない。
いとも簡単に問題を解いたり、課題をクリアしたりする。
確かにそんな人たちを私たちは天才と呼ぶ。囲碁にも将棋にもスポーツにも言えることだがそんな天才たちは元から天才だったのだろうか?いや元は普通の少年、いや正直に言えばちょっと変わった少年時代をおくっていたらしい。
何処が変わっているかといえば「拘り」がすごくきつかったらしい。
この拘りこそがあっての今があると言っていた。世の中には我々が想像を絶する人もいる。一度見た景色は脳裏に写真のごとく映されていたり、一度指した手はいつになっても覚えていたりするらしい。
嘗て、ゴルフをしていたころにこう言われたことがあった。
18ホールをどのようなクラブでどこに打ったかを覚えていればHD18くらいで、シングルになるには何故そこに打ったらいけないかが明確に分らないと絶対にシングルにはなれないと言われた。
また同じ場所で魚釣りをしていても、何故この人ばかり釣れるのかと思う時がある。それは魚の気持ちになってみれば分ると言われた。魚の気持ち?と聞き返したが同じ仕掛け、同じ餌、同じ場所でも違いが明確に出る。そこが名人と言われる所以だ。
負け惜しみにいつも言うのだが「天才と○○は紙一重だ」そう言い聞かせる今日この頃だ。

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2016年04月27日

GWの思い出と言えば・・・

今週末からGWが始まる方も多い事でしょう。
天気もまずまずだそうで行楽地も賑わうことだと思いますが、ここで困った問題が起こるのも覚悟しないといけません。それは交通渋滞です。
車で出かけるのはいいのですが、途中のサービスエリアなどでのトイレ渋滞もすごい事になっています。またサービスエリアに入るための渋滞もあるし、そのために違法に側道を走る車がいるために一層の渋滞が起こります。
早く行きたい着きたいのはお互い様、子供が云々などは前もって携帯用のトイレなんかを用意しておくのも手です。
こんな時しか出かけられないからとか日頃乗り慣れていないサンデードライバーなどが沢山この時期運転をするものだから一層混雑に拍車をかけています。
嘗て、この時期にゴルフコンペがあって集合時間に到底間に合わない、自分だけではなく大半の人が時間に間に合わなくなって、主催者が急遽組み合わせを変えて到着した人からラウンドしたと言う経験がありました。それはそれで知らない者同士でも和気あいあいとラウンド出来てよかったには違いありませんが、コンペとしては成立しなくて隠しホールのあるダブルぺリア方式に変更したのでした。
100名からの大きなコンペだったし賞品も豪華だったから我こそはと意気込んで参加した人も多かったこの大会、ハンデがどうのこうのと言われかけましたがダブルぺリアだと文句を言う人もほぼ無く、無事にコンペが成立しました。
ただその日のうちに結果が出なくて後日の発表になりましたが、ちゃんとゴルフ場の関係者が厳正にしてくれたおかげで皆に納得いく結果が発表できました。
有難いことに100名中2位という好成績で国内旅行を頂きました。ちなみに優勝は海外旅行、2位も海外旅行、ただし2位にはお小遣いは付きません。そして3位は国内旅行でした。本当なら海外旅行なんですが何せ飛行機嫌いな私は3位の人と後で交換してもらい国内旅行に行くことになりました。
代えてもらった人はそれこそ大喜びでしたが私の方こそ嫌な飛行機に乗ることも無く無駄にならずに大いに助かりました。
こんな思い出の有ったGWのゴルフコンペでした。

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2016年04月26日

皆で痛みを分かち合えるのが我々の願いだ

今朝はもう汗をかくくらい気温が高い。
昼からの最高気温は27度だそうだ。6月初旬の気温みたいだ。
京都は28度の予想気温、一気に初夏を思わせる気温になりそうだ。
震災に見舞われた地方の方も避難所で熱中症に注意をしないといけない気温だ。
避難所は換気もうまく出来ないだろうし、多くの人が避難しているから感染症にも注意が必要だ。一部の避難所ではノロウィルスの発症例もある。
食中毒にも気をつけないといけなくなってきている。
こういえば踏んだり蹴ったりのようだが、多くのボランティアが少しでも地元の役に立とうと立ち上がっているから、遠慮なく申し出て欲しい。
いつも言うことだがこんな時に遠慮はいらない。しんどい時はしんどいと申し出て、我慢が一番よくない。避難所に入れなくて車や家屋に残っている方々にも行政は手厚く助けの手を差し伸べて欲しいものだ。
今回も何度も言うが行政も一生懸命やってくれているのは分るが、何せ遅い。
こんな時にはもっとボランティアを活用すればいいはずだ。
阪神淡路、東日本の大震災でのノウハウもある。行政任せでは限りがある。
今は一刻を争う大事な時期だ。初期の動きが後々まで響くようではいけない。
警察や自衛隊でしか出来ないことはそちらでお願いして、行政やボランティアでしか出来ないことはそちらと分けて考えて活動するようにお願いしたい。
確かにマスコミが伝えるのは一部かもしれないが、そこに入れず埋もれたままの地域や人たちにも手厚い保護が必要になってくる。
我が国は災害大国だがそのおかげか早急に復興にも早急に取り込める国である。
確か東日本大震災時に1週間で高速道路の陥没や整備にいち早く復旧して世界を驚かせた記憶がある。
このまま沈み込んでなるものか、困難があるたびに立ち上がって克服したではないか。その意気込みがあるうちはまだまだ捨てたものではないはずだ。
もう少しの辛抱だ、その痛みを分かち合うだけの覚悟は日本国民みんなにあるはずだ。激甚災害の指定を受けようが我々はきっと元の姿に戻ってくれることを切に願う。

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2016年04月25日

まだまだ捨てたものではありませんよ この国は・・・

一時より余震の報道は少なくなった気がしますが、この土日にも多くのボランティアが熊本入りしたみたいです。
阪神淡路大震災や東日本大震災を経験してもなお自分に何が出来るか、何かボランティア活動に参加できないかと考えている方がいかに多いかがわかります。
しかしそれを受け入れる側の体制が不十分で上手く機能していないことも浮き彫りになってきました。タレントや芸能人で名前を隠してもすぐにSNSやツイッターで拡散されたり、一部の心無い人たちから売名行為だとか横槍を入れられたり、それだったら文句を言う前にお前が何かしらやってみろと言いたい気分です。
毎回言いますが困った時はお互い様、困っている人を助けるのに何で売名行為などと言うのかわかりません。しないよりは売名であっても困っている人には大いに助かるからです。文句を言うのならちゃんとこういう行為はどこが売名で何がいけないのかちゃんと自分の実名を出して反論すればいいのです。
自分は実名も出さずに言うだけでは卑怯な行為そのものです。ある人は本当はこの人たちも自分が何か出来ないか試行錯誤しているに違いないとか言いますが、私はそうは思いません。名前が出ようが出まいがやるかやらないかが大事だと思います。やりもしないのにやっている人をどうこう言うのは止めていただきたい。
お金がある人はお金で、体が空いている人は体で、答えてあげればいいのです。
これからGWが始まります、是非ともみんなの力を結集して一刻も早い復興を目指そうではありませんか。

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2016年04月22日

震災で思うことは・・・

毎日のように地震のニュースを見るたびに、日頃からの避難や持ち出しを考えないといけないと思うようになった今日この頃です。
しかし命以外に何を持ち出そうとしても、お金も貴重品もその他も命以上のものはありません。
しかし避難した後、待ち構えているのはこれからどうして暮していこうかと言うことです。お金が無くては何もできないことは分っていますが、こんな大震災にあって人生観が変わった人もいます。
先の阪神淡路大震災に直撃に合った親戚は180度価値観が変わったと言っていました。そこも同業で町の開業医さんでした。しかし震災以降の暮らしは今までのような働きづめで仕事に遊びに思う存分時間を有効利用していた人でしたが、震災後の暮らしに大きな影響をあたえたことがあったとか。
子供のころから親父に連れられてよく遊びに行っていた医院。そこの息子さんも歯科医、娘さんは私の先輩と結婚して近所に暮らしていました。
今では珍しいかもしれませんがカウンターバーがあって、卓球台があって、趣味の一つのビリヤード台があって、子供心にもうらやましい生活を送っていた家族でした。使う食器はバカラやウエッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、ウチにあっても使ったことすらありません。そこのウチに行くとそんな高級食器でお菓子やお茶を頂いたものでした。子供の頃は何が良いか、高級かなんて分らずに頂いたものですが、段々とその価値が分るようになって羨ましさがひしひしと実感できる生活をしていた家でした。
しかし大震災で食器類はめちゃくちゃに壊れてしまい、金庫に入れていたお金は炭になり、宝石類も焼けてしまって何もかもが一瞬で消えてしまいました。
何十年もかかって築き上げたものがいとも簡単に炭とかして残ったのが体一つということになりました。それからはコップと言えばモロゾフのプリンの器に、お皿と言えば100円均一のお皿に、服もブランド物からユニクロに、宝石類はイミテーションに毛皮はフェイクに変わっていきました。
そこの先生は大好きな旅行にもゴルフにも行かずに余生はのんびりと暮らしておられました。病気で入院された時お見舞いに行って私に言われたことがあります。
お金や貴金属は頑張って働いて稼げばいつでも買える、その代わり家族とに時間は犠牲になる。だからこれからはもっと家族との時間も、自分の時間も大事にしなさいって。
最初はよく呑み込めなかったですが、今となって今回の震災の映像を見たらみんな家族が無事でよかった、自分自身の命が助かってよかった。
こんな風に見えて仕方がありません。お金に代えがたい大切なものを発見できてよかったと思うようになりました。

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2016年04月21日

今やらねば いつやる

日に日にあちらこちらから震災への「頑張ろう熊本」の機運が高まってきました。
阪神淡路大震災から東日本大震災へ、そして今回の熊本地震。いつも言っているように日本はどこで地震が起こっても不思議でない国です。防災意識を持って臨まなければいけません。
ただ嬉しいことに、有難いことに日本人として痛みを共有しようとする気持ちを持つ人がいかに多いか。ボランティアにしても義援金、寄付金にしても多くの協力者がいることを誇りに思います。ただ一部の人がこれに乗じて悪いことを企んでいるとかいないとか、同じ日本人として恥ずべきことです。
阪神淡路大震災の時コンビニで倍の値段で売っていて批判を浴びたり、一部で買占めが起こったりする中、逆にただで提供したり困った時はお互いさまとお金を取らずにいたお店もあったとか。東日本大震災の時も帰宅困難者が歩いて帰るとこにトイレを貸してくれたり、温かい飲み物を提供してくれたり、どれだけ心強かったことでしょう。その時も「今だ捨てたものではない」と思ったものでした。
今回の事で強く思ったのはやはり「防災についての意識」だと思いました。
日頃から思い続ける事なんか出来なくても、たまには非常食に確認、非常用持ち出し袋の確認を怠らなければ、しかしそれでも災害はやってきます。
自分の身は自分で守るが原則でも、人さんにお世話になることもあるでしょう。
その時は「お互い様」の気持ちで助け合いましょう。
今回は前回の震災の時のように買占めは数が少なくなったと聞いていますが、中には同じようにモノを買い占めている人も中にはいるそうです。
今回も何が自分に出来るか、何をやればお手伝いできるか考え中です。
でも毎回思うことですが善意の品物を隅々までいきわたらせると言うことがいかに大変なことか、ボランティアの力がいかに役立つか。それを知らしめるGWになりそうです。

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2016年04月20日

やれることから やればいい

毎日の地震報道に心が痛みます。
余震もまだまだ終息には至っていませんが、いつも言うように慣れとは恐ろしいもので、今までならテレビでも地震速報が出ればすぐに見ていたのに出ていることすら忘れてしまっている自分がいます。
それに震度3や震度4クラスならまだっどうてことが無いと思う自分に恐ろしささえ感じます。
しかし最近のタレントさんの発言力のすごさには驚かされます。やはり影響力と言うのはすごいものがあります。そのファンの方は勿論ですがそのファンの方から次へとどんどん拡散されて行く今のSNSやツイッターの方に脅威さえ覚えます。
あるタレントが発したSNSやツイッターに即噛みつく人の多い事。
何気なく書いた記事にも即、反応する人。まぁ発信する方もそんなつもりで発進したわけでも無かろうが、それなら発信しなければこんなにも炎上しないで済むものを。
何も発信するなと言うのではない、それに即反応するなと言うのでもない。
でも今のこの時期に発信してもいい内容かどうか、それに重箱の隅をつつくようにあら捜しばかりする人もいる。
こんなつまらない内容にいちいち批判している間があれば他の方法でもっと被災した地域、人々に元気を与えられる工夫を考えたらいいと思う。
有名人が被災地に行けばそりゃ元気を貰える人もいるだろう。売名行為と批判もされよう。義援金をたくさん出せる人は出したらいい。毎回言うが口で言うより体で示せ。やらないでつべこべ言うならやってから言いたければ言えばよい。
まずは行動を起こそうではないか。近所の大型スーパーでは毎日宅配の荷物がある時間が来たら山のように積まれているがそのほとんどが被災地に送る水や必要品ばかりだ。こんなところにも地震を心配して気にかけている方々がいるんだと思えばやっぱり小さなことからでもいいから何かを起こさなければいけないと実感した。

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2016年04月19日

困難は続くが 克服できないことはない

またまた震災報道でマスコミの不手際がクローズアップされた。
某放送局の車の給油所への横入りだ。皆が順番に並んでいるのに横道に入ってUターンしての横入りだった。またある局のアナウンサーは震災で疲労している人に心無い言葉を投げかけてツイッターで炎上したとか。
今はこの大事な時期にそんなくだらないことにいちいち付き合う気はないが、どうもマスコミってところは「報道が命」ってことを何だかはき違えているように思う。
確かに報道することによって多くの国民に知らせる事の重要性はあるが、何だか自分たちは特別な存在で何をしても許されると勘違いしているのではないか。
自宅が全壊した家族にも、身内を亡くした家族にも見ていてもう少し配慮があればと思うことが多々あった。しかし見る側にも言っておきたいこともある。
批判するのお自由、ツイッターで書き込みをするのも自由。しかし言ったら、書いたらそれでいいかと言えばそうではない。「責任」と言うものがそこには発生することを忘れてはならない。
タレントや著名人が野球選手やゴルファーが支援を表明してくれたことには有難く応援させてもらおうと思っているが、そんな中売名行為だとか言うバカげた批判する人も中にはいる。何もしないで批判ばかりするのではなく、今は何物にもまして緊急物資の輸送が大事だと思う。
何が必要で、いくら足りないか。あるテレビで活躍している人は自費でヘリを飛ばして緊急物資を運ぶとか。口だけでああだこうだと言う人よりは売名行為だとか言う人よりは、今現在困っている人にとっては売名だろうがなんだっていいはずだ。きっとまたゴールデンウィークには多くのボランティアが現地に行くだろう。行くのはいいが迷惑にならないように活動してほしい。
体が動かせれる人は体で、頭を使えるん人は頭で、お金を使える人はお金で支援すればいいと思う。
何が出来るか、いつできるか、そしてもし自分に今回のような事態が降りかかってきたときにはいかに対処するか、人と人とのつながりをいかに大事にしていくかを再確認させられた思いがした。

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2016年04月18日

一日も早く心安らぐ日常に戻れるように・・・

毎日、心配なニュースが続いています。今回の地震で被災された方々には一日も早い元気な姿を取り戻してほしいと願っております。
しかし口で言うのは簡単ですが。人の命がいとも容易く亡くなるなんて日頃から防災に注意を払っていても同じじゃないかと言う方もいらっしゃるそうですが、それは大きな間違いです。今回の地震でも避難所から一時帰宅をされた方が二次的に被害に合うと言う痛ましい事故が幾つもあったそうです。
一度の揺れで地盤も弱く、基礎も弱っているところに同程度の地震が来ればひとたまりもありません。地震速報や地震警報でスマホや携帯が鳴っていても段々とその音に対しても気にしなくなるのは怖い事です。
これは個人差にもよるでしょうが今回の地震でも近所付き合いの大切さが浮き彫りになりました。現代のように近所付き合いが希薄であれば、お隣にだれが住んでいるのか分らず、家屋が倒壊しても何人そこにいるのかさえも把握できないのが残念でなりません。物資も集まるところには集まってそこの住民でしか受け取れないなんてあまりにも縦割りな行政にも憤りを感じます。
今回も東日本の大震災を思い起こせますがお互いに助け合う姿が日本人の真の姿ではないでしょうか。
外国のメディアがこうも言っていたのを思い出します。
こんな大災害にあっても日本人は秩序を守りお互いを助け合いするところに日本人のすごさを感じるとか。
ただ一部の地域ではそれこそ火事場泥棒的な空き巣や不埒なバカ者がいるのも事実です。それこそ帳尻は合うと言うことです。
天知る、地知る、我知るでしょうか。

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2016年04月15日

一刻も早い救助と復興を願って・・・

昨日の熊本の震度7の大地震で被災された方にはお悔やみ申し上げます。
臨時ニュースが深夜まで流れていて今朝になっての全貌が分りだしていかにすごい地震だったのかが分かり心が痛みます。
我々も阪神淡路大震災を経験してその痛みは心底分るつもりです。
こんな時こそ日本人に生まれてよかったと思うし、助け合うと言うことが何より大事かが分ると思います。
人命第一、その次にライフラインの確保、元の生活に戻るのにはまだまだ時間がかかると思いますが「災害は忘れたころにやってくる」というように今一度、災害に対する気持ちを引き締めて、最低限の自分の命は自分で守るを肝に銘じてこれからも生活していこうと思いました。
なにわともあれ一刻も早い復興を願ってなりません。
我が国は世界的にも大きなプレートの重なり合う真上に位置しています。
だから余計に震災は避けて通れません。その時の為にも助け合う気持ちが大事になってきます。
大難を小難に、小難を無難にの気持ちでやっていこうではありませんか。
国民みんながこの難局に立ち向かい出来ることからやると言う姿勢が大事だと思っています。

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2016年04月14日

壁に耳あり障子に目あり

昨日、新しい事業の関係で近隣の県まで出かけることになった。
車で1時間ほどかかるため、相手さんとの会う時間を仕事後の8時ころにお願いした。こちらから3名、相手さんも3名。
待ち合わせ場所に着いたがまだこちらの2名が到着していなかったのでしばらくは駐車場で待つことに。そして間もなく1名が到着。そいつと店内へ。喫煙席に先客が3名、反対側の席に我々が座った。後の一人が遅れていてまだ到着していなかった。我々は相手さんを知らない、遅れてくる奴しか知らないでいたが如何やらその先客さんが相手だと何となく雰囲気で分かった。
耳を欹てて聞いているわけでもないが、大きな声だから自然と分かった。
内容はこうだ。
「今回の相手はどんな奴や?」
「何でもある会社の社長と役員みたいや」
「この話、のってくるやろか」
「分らん、あまり余計なこと言わない方がエエで」
「そやな、前回の失敗もあるしな」
「向こうが聞くまで言わないでおこうか」
大体こんな内容の話だった。まさか予定時間より早く着いて後ろの席についているとはつゆ知らず、いろんな話をしていた。まぁまともな話ではなかった。
相手さんが売り込みを、こちらがその商売先を探す。こういった構図だった。
そして暫くして最後の到着となった奴が、先にこちらに挨拶をしてから向こうさんに挨拶をした。
一瞬、相手さんの顔つきが変わった。ヤバイ、マズイと思ったんだろうか?
いろんな話を大声でする方もする方だ。しばらくは和やかに話が弾んでいたが、この件を一度持ち帰って検討しますと言ったとたん、相手さんの顔が曇った。
即決を貰えるとでも思っていたんだろうか。そちらにはそちらの都合、こちらにはこちらの都合というものがある。
あまり調子に乗って大声を出してしゃべっていたらどこで誰が聞いているか分らんですよ。

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2016年04月13日

新しい仕事 その2

昨日の話の続きです。
我々は歯科の仕事しか知りません。だから世の中にはこんな仕事もあるのかと思ったら興味が湧いてきました。がしかしそんなに生半可な気持ちで出来るほど甘いものではありません。何より仕事の質が問われます。そこは我々の仕事と同じですが、同業者との競争を勝ち抜くためにはどうすればよいか。価格か質か?
そしてその両方か。
よく我々の業界でも言われますが、保険での治療は日本全国、北海道から沖縄まで保険点数は同じです。だからどこで治療を受けようがさほど変わりません。
まぁ多少の点数の取り方で違いはありますが。(本当はそこが大事なこと)
自費治療はそこの医院で違うのは当たり前。多少どころか大きく違います。
そしてそこの先生の腕はそれこそ雲泥の差があることは間違いありません。
同じ保険治療を受けるのに大きなオフィスビルの中にあるような一見して歯科医院に見えないような洗練した診療所と消毒液臭いちゃんと消毒できているかも疑わしい診療所で受ける治療も保険なら同じ料金です。
それなら誰しもが綺麗でちゃんと教育を受けた診療所に行くのは当然です。
我々の命を預かってもらうのですから。今の世の中昔のように近所だから、知り合いだからといって安心安全でないかもしれないところに行く人はいないと思います。
同じように最近お洒落な美容院と古くからやっているような美容院とでも同じだと思います。近所付き合いでお喋りに行くのならそれでいいですが、今流行のカットやトリートメントならおのずと新しい技術を持った方に行くでしょう。
我が家の近所にも夜の11時ころまでマネキンを使っての練習をしているお店があります。そんなお店が流行るのは当たり前でしょう。
毎日の練習が技術のアップの為なら時間を惜しむことはないはずです。
話はそれましたが、それらのマスターのいるお店を探し出してお客さんに提供していくなんて仕事、だれもがお金を払ってでも行きたいと思うでしょう。
そこに我々の新たなビジネスチャンスがあるとおもっています。
今やネット社会でスマホ一台でなんでも検索できる時代です。
そう思ったらあらゆるところにチャンスは転がっているということです。

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2016年04月12日

新しい仕事 その1

昨日も書いた新しい仕事にはいろんな依頼が来ているそうです。
その中から一つ紹介しましょう。それは結婚式や葬式の参列の依頼です。
そんな仕事があるのかと思わず若い子に聞いたくらいです。
まずは結婚式の出席、披露宴の出席。いわば人数合わせみたいなものです。
新郎新婦の初めての顔合わせで人数に差が出たら困るとかで、相手と人数に合わせて欲しいからそれなりの人数で参列、出席してほしいとの依頼でした。
同じように葬式の参列依頼も結構あるみたいです。
しかし結婚式の方はまだ日にちがあるので、希望人数や年齢の調整が出来ますが、葬式となると急なことでなかなか人数が集まらないとか。
今の世の中に逆行するような話です。今は「家族葬」なんかが主流で家族で執り行いましたと後から知らせが来る時代。聞けばやっぱり会社なんかがメインだそうです。
人材派遣という項目が会社概要にあったためそこを見て依頼をかけてくださったみたいです。
また車でも「○○年式の○○色の走行距離の少ないモノ」とか。
今は中古車市場も店頭販売よりもオークションでの落札が結構あるみたいです。
後は婚活パーティーの依頼やセッティング。
昔はこんな仕事なんかなかったように思うのですが。時代と言えば時代なんでしょうか。しかし有難いことにあらゆるところに網を張っていたおかげで一声かけたらすぐに人数も集められるし、探している希少価値の車さえ見つけることが出来ました。でも一番面白いのが探偵業ではないでしょうか。
この話はまた後日出来うる範囲でお話ししたいと思います。
しかしいろんな依頼があって結構面白いのは事実です。昔は自分で伝を頼って自分でしたものですが、今の時代こんな事すら依頼すれば叶う時代になったと言うことでしょうか。だったら我々の仕事も依頼をかければ何とかなるんじゃないかと思ってしまう今日この頃です。

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2016年04月11日

早速 お仕事が舞い込んできました

先週の土曜日と、昨日の日曜日にはバースディーメールや還暦メールをたくさんいただきありがとうございました。この場を借りまして御礼申し上げます。
何がこうも違うものなのかはわかりませんが、たった一歳違うだけでこうも気持ちの上で大きなプレッシャーになっているんだと実感しています。
60歳と言えば高齢者、御爺ちゃん、お年寄り何だかこんなイメージばかりがよぎりますが、まだまだ捨てたものではないことを証明したいと思うようになりました。公務員や大手企業に勤めている方はこれから退職しても多くの退職金があったり、悠々自適な生活が待っている方なんかはごくわずかだと思うし、私と一緒に新しい仕事を立ち上げた奴なんかは私より年下にもかかわらずずっとオジンくさい考え方をしていました。ただそいつもこれから自分自身が定年退職に向かうに当たってはちょっとは真剣に考えているらしく、私の還暦には少なからず自分と重ね合わせているようです。
今までは与えられた仕事を全うするだけでよかったのですが、今度そいつとする仕事は多岐にわたりいろんな分野の仕事を手掛けていくことになりそうです。
退職後の給料分くらい稼ごうと始めた仕事内容も、これもしたいあれもしたいでどんどん増えてしまい私たちだけではなかなか手に負えるわけではなくなりました。だから私の後輩や連れの後輩たちに声をかけて一緒にやっていくことになりました。
法人登記も無事に済み、4月から本格的にそいつとを開始するにあたっては事務所も構えそしていろんなところに案内を送り、ホームページも立ち上げていよいよ活動開始です。
前にここでも書いたと思いますが、還暦以降の第二の人生を自分の手でやりたい仕事をやっていこうと心に決めて早速舞い込んだ仕事は思いもよらない仕事でした。またここに書き込みしますが世の中にはこんなことも仕事になるなんてって思うことがあるようです。これこそ我々が目指す「隙間産業」なのです。

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2016年04月08日

第二の人生のスタートは切られた・・・

毎朝、メールのチェックをするのだが大半は勧誘メールや迷惑メールがほとんどだ。
夜に来るメールなんてほぼ無い。緊急性のある時は電話がかかってくる。
今朝見たら普段の倍近いメールが入っていた。最近よく来る宛先がアルファベットでとても長い訳の分からないメールが週末にかけて多くやってくる。
たまたまその話で治療に来られていた患者さんとそんな話になった。
その方は弁護士さんでそのメールを見て貰ったら即座に「千三つ」ですと言われた。「千三つ」?なんですかと聞き直したらこう言われた。
それは不特定多数の人にメールを送り、千に三つ返ってきたらOKという奴だそうです。だから「千三つ」というらしい。そんなことも全く知らなかった。
しかし上手い事いうものだと感心していると、その弁護士さんはこうも言われた。
「よくそんな相談があります」だとか。何かの間違いで知らないボタンを押したり、変なサイトに入ったりしたらすぐさまそこから関連したメールが送られてくるそうだ。俗にいう「エッチなサイト」だ。
しかし私はいまだにガラ携だし自分のアドレスさえ忘れているのに送り方より操作方法を全く知らないから安心していたらこのありさまだ。
連れに私と同じように機械に疎いのがいるが、そいつも時々同じようにメールが来るとか。でもそいつはその消し方すら分らないから溜まる一方だとか。
こんな我々なんかじゃなく、もう少し操作の分るが疎い客を目指せばいいじゃないかとも思ってしまう。我々に送っても仕方が分らないから詐欺の被害にも合わない。そう思うと我々は恵まれている?のかもしれない。
その中に何名かのバースディーメールをいただいた方には改めてこの場をお借りして有難うの返事をさせていただくこととします。これでれっきとした還暦になりました。それも満年齢の還暦です。赤いちゃんちゃんこは着ないにしても人生一回りしたので第二の人生を謳歌したいと思います。私と同じ日の誕生日の同級生は昨日無事に会社を定年退職したらしいです。
それとサプライズにも当医院の女の子たちからも還暦祝いを頂きました。
思っても見なかったからコレが本当のサプライズだった。 嬉しさ100倍。

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2016年04月07日

同じ悩みを持つ者同士 知恵を出し合おう

昨日の患者さんとの会話でこんなのがありました。
「先生とこも大変ですね」
「そうなんですよ 一日振り回されていますよ」
「うちもなんです」
こんな会話でした。何がってですか?お互い親が認知症で悩んでいる者同士だからです。
うちはまだ80歳だから年齢的には初期の方なんですが、その方の親御さんはもう御年98歳だそうです。年齢を聞くとうちなんかまだまだだとは思うのですが症状がよく似ているので話が合うと言うか、いろいろ参考にさせてもらっています。
その方の母上は若いころに女子師範学校出の教師をされていたそうで、バリバリの学校の先生だったそうです。そんな方でも認知症になるんですねと言ったら、患者さんは職業はあまり関係が無いみたいですよと言っておられた。
よくきっちりとした方がなりやすいと聞いたことがあったのですが、今やそれ以上に周りの環境だそうです。その環境はどういったものかは知りませんが認知症の患者さん特有の行動がよく似ているのに驚いた次第です。
徘徊や物忘れ、無気力や怒りっぽくなること。何もかもがその方の母上と内容がよく似ているので益々話が盛り上がりました。
何でもそこは家を出ていこうとするので家の門扉にチェーンをかけたらヘルパーさんから「それは虐待になります」と言われたとか。
そうしたら家を出ていくのにはどうしたらいいんでしょうか?と言われた。
鍵をかけるのが虐待に当たる?そう考えれば何をしても虐待になるんじゃないかと思ってしまいます。
食事を食べたのに食べていないと言われたとか。モノが無くなったら盗られたと言う。世間様の同様の症状を聞くにつれ介護の現状をもっと世の中に知らしめないと隠していただけでは一向に埒が明かない気がしてなりません。

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2016年04月06日

新年度早々 悩みは尽きない

4月に入ってそろそろ仕事の面でも新年度入りして新しい新点数にも慣れてきたころだと思います。実際には点数が上がって恩恵を被ったのか、はたまた点数を下げられたりして恩恵を被らなかったのか。
患者さんの中には月一度しか来れない患者さんもこの4月から保険点数が変わったことを知っている方はかなりいて、「歯科はそうなんですね」って言われた。
この患者さんはほかにも他の病院にも幾つも通っていてどこの病院にも支払のたびに大体の料金が分っているから高くなったところ低くなったところを経験されている。
その方が言われていたことの中にこういうのがあった。それはもう何年も病院にかかっているが最近の病院は紙きれが多くなったと言っていた。
それは領収書にも薬の説明書にもまた歯科では幾つも文書の説明があって、正直言ってそんなの患者さんは見ませんとか。
我々も決められたことだから患者さんに説明して出すが、本当にそれを読まれているのかが疑問だ。貰うには貰うがいちいちそんなのを読むことはない。先生から聞いていれば済むことと思っている患者さんがいかに多いか。
コレって紙の無駄使いにも節約にも程遠い事だと言っておられた。
文書料を頂くだけの事ならこれこそ無駄なことだ。
何だかんだでどこから点数を引っ張ってくるかでこうも姑息な手を使わざるを得ない。
当医院でも領収書のA5の用紙がすぐに無くなるからやっぱりそれだけ多くの紙を使用していることになるのだろうか。
それにその領収書を出すということはその控えもそのまま残ると言うこと。保存期間が過ぎたものは処分してもいいのだろうが、ついついカルテのファイルに一緒に入れるものだから、カルテファイルが分厚くなってしまって仕方がない。
ある患者さんなんかはもう何年も通院されていてそのカルテファイルはいつの間にか(その1、その2)に分けなければカルテのラックには入らなくなってしまった。そのうちにこのラックも半分以上にカルテが入っているからいずれは満杯になってしまうことだろう。いかに効率よく仕舞うかがこれからの緊急な課題になってしまった。

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2016年04月05日

いつまで続くか 今の初心を忘れるべからず

新年度になって診療所の周りの食べ物屋さんはランチ時は混雑するようになった。あまり行列の出来ない店にまで行列が出来て新入社員たちでごった返していた。そのうち時間もバラバラになって行列も無くなるだろう。
新入社員たちはおそろいのスーツ姿で初々しく映るからすぐにわかる。
希望を持って会社に入ったが、思っていたのと違うという理由で昔は5月病とか言って心を病む新入社員が多くいたが、最近では早いのでは1か月いや半月も持たないのがいるらしい。何のために就職戦線を勝ち抜いたのかわからないと人事担当者が言っていた。
ゆとり世代真っ只中のこれらの新入社員は自分たちだけでつるむのではなく、先輩後輩のつながりが希薄でどう対処したらいいのか分らないんだろうと思う。
少し上の同じくゆとり世代の人たちでさえ今の新人はとか言う。(おまえが言うか)よく失敗から学ぶことが多いと言うが今の子たちは失敗を極力避ける。当たり前だが誰でも失敗はしたくない。でも失敗はする。その中から自分で何が原因かを考えればいい。しかしそれが出来ない。それは今まで失敗をしたことが無いからだ。喧嘩さえしたことが無い人が多い。クラブに入っての上下関係なんかも知らない。言わばサークルの延長でいきなり社会に出てくるからどう生き抜くかが分らない。他社とのライバル競争に打ち勝つにはどうするか考える余裕さえない。自分が他人より出しゃばることを極力嫌がる。でも中には目立ちたがり屋はいる。でももし失敗したらと考えるから責任の取るところまではいかない。
失敗や挫折を知らずして成功はありえない。今世間で成功している人たちは人より努力もするがそれを苦とは思わないし、失敗さえも糧にしてのし上がってきた。今はそんなに差はなくても10年もしたら大きな差になっているだろう。
でもよくよく考えてみたら、そんな人たちは10年も持たないか。だから比べようもないか。椅子取りゲームのように段々と同期が減っていく中で生き残るにはどうしたらいいか、。そんなこときっと考えてなんかいないんだろう。
何故ってそれは今を生きるのに精一杯なんだろうから。そう思いたい。

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2016年04月04日

こんなところにご縁を感じるものだ

先週末と昨日の日曜日に先輩のお通夜と告別式があった。
先週のこの訃報を聞いてからどんなにか時間の経つのが早かったことか。
前にも書いたが自分の親父が亡くなってもこんな気分にはならなかった。
○○ロスとはよく言ったもので、本当に何もする気が起こらないとはこういう状態を指すのかとつくづく思ってしまった。親父の時は約半年入院期間があったのでそのうちに何となく覚悟は出来ていたが2週間前にも当医院に来て治療をしていたから先輩がまさかこんなことになろうとは思いもしなかった。
多くの人に見送られて、中でも同業、取引先よりも患者さんに如何に好かれていたかが分かった。決して「赤ひげ先生」なんかではない。知っている人は「金儲け主義」とか言われることもあったが、それなら時間外も休日も患者さんの為なら診療できるかと言ったらなかなか出来るものではない。
私が唯一まねの出来ないところだ。少しでも近づこうとしてもそうたやすく出来るものではない。出棺後診療所に一度立ち寄ってから旅立たれたが今にも「ここで下してくれ 仕事する」って言いそうな感じがした。
医者の鏡と言ったら言い過ぎなのは承知だが、患者さんに接する姿勢だけは真似が出来るなら少しでも近づけるように頑張ろうと思う。
先輩に少しの誤解で辞めさされた元従業員も大喧嘩して辞めていった元職員もやっぱり先輩のことが好きだったからこそ、通夜にも告別式にも参列していたんだと思う。
帰りの車の中でその元スタッフや仲良くさせてもらっていた業者の人たちと先輩が取り持ってくれたご縁で親しくさせてもらった方々とまたどこかで先輩の話で盛り上がりましょうと約束をして斎場を後にした。ここに通院させてもらってからの知り合いになった方々は今も私に影響を及ぼす?方々ばかりだ。すごくご縁を感じるのでした。

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2016年04月01日

いまだに引きずるようでは きっと先輩には怒られると思います

昨日の先輩の訃報、正直言っていまだに引きずっています。
先輩ロスと言われても仕方がないですが、ここまでとは思いもよらなかったです。
確かに昨日もここで書きましたが、私にとって大きな存在だったしある意味目標だったからかもしれません。歯科医師と医師の違いはあれど趣味も同じ、ゴルフにグルメに車、こんなところにも共通点があったのかと思います。
よくそこのスタッフから院長先生に言ってくれって言われるのも、私が院長先生に文句を言える唯一の存在だったからだと思います。
中堅の診療所の院長ともなれば「裸の王様」的な存在だったし、院長に意見するなんて彼ら彼女らにはできなかったからかもしれません。その点私はそんなことお構いなしにずけずけと言うものだからきっと私から院長先生に伝えて欲しいと思ったに違いありません。何度も打ちっぱなしに行ったりしました。負けず嫌いでアプローチでピンに寄せ合いもしました。コーヒーを賭けて何度もやりました。もうこれくらいでって言っても自分が勝つまでやり続けました。勝ったり負けたりですが歳のせいで絶対にドライバーでの飛距離には勝てなかったので飛距離にだけはやらなかったのを思い出します。食事もおいしい所をよく教えて貰ったりもしました。車も好きで新車を買ったら絶対に30分は自慢話をしていました。私が先輩の欲しがっていた車を先に買ったときはプライドが許さなかったのかそれ以来一切その車の話はしなくなりました。そんな御茶目なところもある先輩でした。男同士の話は幾つもあり俗にいう「墓場まで持って行く」ことも幾つもあって先に先輩に持って行かれてしまいましたが、残された家族の方たちも先輩のことが大好きだったのはひしひしと伝わってきます。
「ワシが死んだら誰と誰にはこの話をしてくれ」というのがあって、時期を見てお伝えしたいと思っています。家族思いで患者さん思いだった先輩の私に託された遺言のように思っています。当分は私には先輩ロスが引きずっていくような気がします。

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