2016年06月30日

最近は情緒も何もない 昔はこんなことも懐かしい

今年の梅雨は最近にはない本格的な梅雨だ。
よくカラ梅雨だとか言われる年もあるが、九州なんかは1か月で晴れた日が数日なんて県もある。
逆に関東ではダムが干上がりつつある映像も紹介されていて、つくづく日本は広いと思える感想がある。
誰かが言っていたが、これも大きな意味での地球温暖化が原因しているとのこと。北極や南極の氷が解ければ海面が何センチか上昇して海抜0メーターの地域には深刻な問題になりつつある。
日本には四季があって云々はもう昔の話になりつつある。今や亜熱帯の気候に近づきつつあるらしい。我々が子供の頃は衣替えと言って6月からは夏服に着替える習慣があった。しかし今では冬でも半袖で上から何かを羽織るのもファッションだそうで、夏場に暑いのにレザーのパンツを穿いたりする人もいる。また食べ物にも変化があって、スイカは夏の食べ物だが一年中食べれる。フルーツは季節を先取りする代表なのに、今や一年中食べれるからあまり季節感を感じることが少なくなった。
嘗て、私の祖母が亡くなる前に夏だったが急に「キンカン」が食べたいと言って家族を慌てさせた。今では簡単に食べられるがその当時はキンカンなんて冬にしか手に入らなかった。それだけ季節に敏感な時代もあった。
最近はイチゴなどは一年中食べれるし、メロンも病気か何かの時にしか口に入ることが無かった。本当の意味でメロンはいまだに急病か入院でもないと口に入らない。今口に入っているのはメロン擬きか瓜の仲間かである。
本物のメロンは1玉数千円はするから、せめて切り身にしてあって甘みがあって糖度15以上あれば何とかメロンとして認定したいが、3切れづつパックされているようなのは甘みのある「瓜」である。前にも書いたが子供の頃に連れの家でサイコロステーキをごちそうになった時、ちょっと硬いがコレがサイコロステーキかと思い、本当はシチュー肉だと後々に分かった時のような感じだ。

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2016年06月29日

人を信用できなくなったら 御終いなのだが・・・

前にも書いたが、診療所のチェアーの入れ替えの話がどんどんと進んでいって、新しいレントゲンやその周辺機器の選定やらで毎日忙しくしている。
先代の頃からすでに三度の引っ越しを経験しているが、今の場所に移ってからすでに30年近く経っている。その間に一度はチェアーの入れ替えをしたが今のようないろんな意味でのデジタル化は今回が初めてだ。
実際には被ばく量も以前と比べても格段と改善されているだろうし、何より今までの難点は廃液処理だった。産廃業者に取りに来てもらって処理しているが昔はその廃液を出せば逆にこちらにお金が貰えた時代もあった。何でもその廃液の中に銀が含まれていてそれをお金に換える業者があった。今はその銀の入った廃液とのプラスマイナスでお金は貰えない。処理費用として逆にこちらがお金を支払うことになる。
その他、注射針やその他の危険物も同じ業者に頼んで処理をして貰っている。
当医院の代診の先生は廃冠などを処分したお金でマッサージチェアーを購入したとか。当医院にもまだそのような廃冠は山ほどある。先代の時からの取っておいたのが20リッターのポリに数個はあるはずだ。
よく廃冠や取り出したインレーやブリッジを出してくださいといろんな業者がやって来るが、またの機会にとお断りしていた。
確かに先代が亡くなる前からのがあるから今のレートでいくらになるのか。
楽しみではあるが怖い気がする。これらをお金に換えてどこかに寄付でもしようか悩んでいる。ただ悪質な業者もあると聞く。そんなところに出す気はさらさらない。
確かに廃冠と言えども無駄には出来ない。ゴールドなんかは患者さんの方にお返しをするが他医院で入れたゴールドと思しき冠も実はゴールドで無い事もある。
これも同級生の所であった話だが、患者さんが外した金冠を持ってリサイクルの所で換金しようと思ったら「これは金ではありません」と言われたとか。
もうコレを入れた医院は廃院したみたいで文句を言うところが無かったらしい。
今はそんなところは無いと思うが、もしあったら一大事だ。金色をしているから金だと思うのは患者さんは分らないから。コレにこちらも惑わされるから、自分の所で作成したもの以外はお返ししているからいまだそんなトラブルを抱えることは無いのだが・・・

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2016年06月28日

至福の時間をもっと大事に・・・

昨日からの雨は夜中に一段と激しさを増し、明け方雨の音で目を覚ました。
前線の通過だろうか、風も激しくなって窓にたたきつけるほどの雨だった。
玄関横の庭に置いた盆栽の事がが気になって見に行ってきた。
丁度五葉の松の下に鉢を並べていて直接雨にさらされない様にしていたので、適度の雨を被っただけで無事だった。石段横の苔にはこの雨は丁度良い具合でこれ以上はちょっと困りものだが、夜中にこのくらい降って朝にあがればと思っていたら出かけるころには小雨になっていた。
夏もこのように夜中に雨が降って、日中は晴れて貰えれば都合がよいと勝手に思ったりした。
四季折々に何かしらの植物が花を咲かせたり、実をつけたり、そうしようとすれば日頃からの手入れは欠かせない。手塩にかければちゃんと期待に応えてくれる。植物は嘘をつかないの典型だ。この時期、紫陽花が花をつけ、その前に躑躅、皐、薔薇、と綺麗に咲いたしこれからは夏に向け葦簀の用意もしないといけない。
私もある程度は拘る方だが、親父はわたしよりもっと拘ってこの家を建てたんだろう。松、槇、百日紅、そして両鬼門の所には南天をちゃんと植えてある。
きっと植木屋さんと相談して配置したみたいだ。さすがに盆栽まではしなかったみたいだが、私はこれに加えて苔盆栽にも手を出している。所謂、苔盆だ。
こちらは本盆栽ほど手入れはいらないが、この時期やっぱり一番目立つ存在だ。雨に濡れて苔玉から滴る様は吊るしてある紐を通して雨粒の一つ一つが苔玉の栄養になると思うと雨も満更ではないように思う。
日々、疲れた体でもこれらを弄る時間こそ至福の時間と言えるだろう。

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2016年06月27日

日曜日の楽しみは・・・

昨日の日曜日にまたまた国華園に買い物に行きました。
国華園は前にも書いたように、端から端まで見て回ることは一日では無理があって、今回はココと目標を定めて行かないとだだっ広い園内を彷徨う迷子になる危険があるためだ。
前回は盆栽と観葉植物の所を重点的に見て回り、今回はガーデニングの所を重点的に見て回りました。
お気に入りの盆栽は前回に買ってあって、そんなにコレが欲しいと言うのは無かったが、前回の盆栽の鉢ほどではなかったが値段を考えたら安いと思うのがあって5鉢ほど購入した。後、連れがエアープランツにハマっていて、それ用の器を購入した。
今でも毎晩、葉狩をして時間を潰していたが、もうこれ以上鉢が増えるときっと家人が文句を言いそうで、これくらいにしておかないと何かにつけてイチャモンを覚悟しないといけない。
玄関の横の所に置いてある鉢置きの台に最近までは紫陽花の鉢植えを鎮座させていたところに、盆栽の鉢を置き換え、買ってきたばかりの鉢はその横に養生させて置いてある。
そうなるとその横に置いてある瓶に何も入っていないのが気になりだした。
以前はメダカ、金魚が入っていたが、近所のノラにやられてからは空っぽのままだ。家人は昔、その瓶の中にメダカを買っているとは知らないで庭の木の水やりにその瓶の水を汲んで使っていた。哀れメダカの稚魚がそうとは知らずに何匹かは犠牲になっていた。棕櫚の間に入っていたのは難を逃れたが、個々にも幸、不幸の差が出ている。今は瓶の蓋の所に「メダカ養生中」の張り紙をしてある。

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2016年06月24日

大きな決断には 大きな犠牲がつきものなんだなぁ・・・

最近の個人的なニュースはなかなかなかったが、今年最大のニュースと言えば診療所のチェアーの買い替えかもしれない。
当の昔に減価償却は過ぎているチェアーを使い続けていて、毎月のように何かしらのトラブルを起こすようになって、やっと真剣に買い替えを考えるようになった。しかし後何年この仕事をするか分らないのに大きな決断が必要になってきた。でも仕事に支障をきたすのは最も避けなければいけない。
よくデンタルショーには足を運んで見るには見ていたが、いつも他人事のように見ていた。しかし今回だけは自分の診療所の事、今までのように上っ面では見ていられない。
当医院には同じメーカーのチェアーが3台ある。連れの所は違うメーカーのチェアーが同じく3台ある。どちらが良い悪いではなく院長の考え方の違いが出てくるようだ。そいつは各チェアーの良し悪しがあるのでってことで次に使うまではその良し悪しで最終的にどこにするか決めようと各社のチェアーを使っていた。私は何の魂胆も無く一番安く見積もってくれた所にした。その方がどこのメーカーにも言い訳が立つからだ。ただ安けりゃ何でもよいと言うつもりはない。しかし今はそれで満足している。何故か?同じメーカーのを使うと故障をしたときにはほかのチェアーから部品を拝借して一時的にも使えるからだ。
でもそうすると今使っているうちの1台は完全に使い物にならなくなって、ただの部品交換用のチェアーになってしまった。主に使うのは3台のうちの2台だから何とかそのままやり過ごしていたが、残りの1台にまで交換部品の魔の手が及んでしまったので、これでは最悪全部のチェアーが同じ目に合うことになると思って大きな決断をすることになった。
ここまで来たら徹底的に改装してやれと、パノラマレントゲンのデジタル化にも触手が伸びた。今までのように現像機に入れて現像するのではなく、デジタルでタブレットでチェアーサイドで見れる優れもの。値段もびっくりするほどだが、やるからには徹底的にやろうと決めた。折角、新車を買うつもりでいたのがこちらの方にお金が流れた。でもこちらはこれからお金を生むためだと自分に言い聞かせて新車はしばらくの我慢になってしまった。でもなぁ車もそろそろタクシー並みの距離を走っているからなぁ。
国産車1台分でチェアーが買え、いくらでもそこからお金が産まれると思ったらお安い事だ。汚い話だがどちらに重きを置くかは目に見えている。
暫くは騙し騙し車の方は乗ることにしようか・・・
モノは考えようだ、新車に乗って診療していると思えば同じことだ。
オイル漏れや電気系統のトラブルばかり起こす車にこれからも乗り続けるかと聞かれたら「ノー」と答えざるを得ない。

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2016年06月23日

可能性は誰にでもある しかし気付けるかどうかだ

昨日のスポーツ紙の中でオリンピックに出場しそうな選手が怪我で出れなくなるかもしれないと言う記事が出ていた。今まで一生懸命練習を積んできたのに出れなくなるのは辛い事だ。
結果がダメで出場できないのは仕方がないが、それ以前で選考会に出れないのは悔やんでも悔やみきれない。しかしそれも「運」「不運」である。
いかにピークを持ってくるか、その時はベストでも本番で燃え尽き症候群なら意味がない。同じように受験勉強を死に物狂いでして目標の大学に入ったが中でついていけずに留年したり卒業できなかったらそれこそ本末転倒だ。
オリンピックは4年に一度、そこにピークを持って来るのは並大抵ではない。
また優勝するのも並大抵ではないが連覇となるとそれこそ想像以上なことだ。
100分の1秒差、1ミリ差、で勝負が決まる。
誰が言ったかは忘れたが、努力した、練習をしたその先1ミリの所に栄冠があるとか。
誰もそれが分っていたら誰でも努力するだろう。練習は嘘をつかないとか言われるが我々凡人にはあまりにも関係ない話のように聞こえるが、それこそオリンピックに出ようかというアスリートには理解できる話だと思う。
結果が全てと言われるがまさにその通りだと思う。
話は変わるが昨日車の中で見たテレビで、カラオケを歌っている番組があった。その中に出てくるような人(18歳未満)だったがプロ顔負けな歌唱力だった。点数の出るマシンで判定するから人の判断より公平だとも思った。
しかし歌が上手くても点数が出るとは限らない。まして歌手になっても売れるとも限らない。そこに何かの「運」「不運」が働いているように思う。
努力して売れるなら誰でも努力しよう。しかし持って生まれた才能とその人の「運」が大きく左右するように思う。
私の周りにも運だけで生きているような奴がいる。しかしある時見てしまった。
そいつは誰よりも人に好かれる原因を。挨拶は人より先に、人より頭は低く、そして人より長く頭を下げていることを。こうされたら誰も悪い気はしない。
ついこいつを何とかしてやろうと思わせる。自然にこんなことが出来るのは教えられて出来るものではない。何かそこに成功の秘訣があるように思えてならない。

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2016年06月22日

今回の選挙は楽しみにしています

昨日テレビで東京都知事の辞任が正式になったと発表されていた。
あまりにもうやむやのままこうした辞任で幕を引くのは如何なものか。
人の噂も75日とはよく言ったもので、時間が経てば段々と忘れ去られていくのである。その前の都知事も医療法人から5000万円もの献金?疑惑で職を辞しているのに、同じようにわずかなお金で自ら職を辞さなくてはいけなくなったとは笑止千万。選挙公約や演説で散々前都知事の事を言っていたのに同じように自分が言われるとは思ってもいなかっただろう。
大体にお金に汚い人はお金で失敗するは世の常。お酒に溺れる人はお酒で身を亡ぼす。女性問題も然り。でもこれらが単独でというのは稀な方だ。
よく世の中には三大欲と言われるのがある。食欲、金銭、名誉などが挙げられるがそこには複雑に絡み合っているものが多い。
お金が出来れば名誉が欲しくなり、酒や女に現を抜かす輩が多い事。
最近ではある実業家が子供、いや孫ほど歳の離れた女性に数千万円取られてマスコミに取り上げられていたが、その方悪びれることも無く何処どこのデートクラブで紹介されて云々とか。お盛んなものである。
何も事業で成功した人が全てとは言うまい。本当のお金持ちはアメリカの超がつくお金持ちは慈善事業に寄付をしたり、上手にお金を使っている。
何度も言うが自分で儲けたお金だからどう使おうと勝手だが、確かにそんな人の周りにはどんどんといろんな人が寄ってくる。良いも悪いも。大体はわるい人が寄って来るものだ。
自分の身銭を切ってまで人の為、世の中の為と思っている人が一体、何人いる事やら。
今回の参議院の選挙では初めて18歳の人にも選挙権が出来たわけで、我々が考えている以上に彼ら彼女らはしっかりと世の中を見ているように思えてならない。そしてそうあってほしいと大いに期待している。決して若者の目は節穴ではない。新鮮な目で見て決めて欲しいものだ。

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2016年06月21日

当たるも八卦 当たらぬも八卦

今朝、家を出る時間の雨がすごかった。
時間は6時前で、普段はもうライトをつける必要がないくらいの明るさだったが、今朝は思わずスイッチを入れようかと思うほどの暗さだった。
1時間出るのを間違えたのかと思うほどだった。いくらなんでもそこまでは無いと思っていたが時計を見たらいつもの時間だった。
道路もすごく水しぶきが上がり、法定速度で走る車ばかりで前が詰まって走りにくい状態はまだまだ続いていた。
所々で水たまりが出来、そこを通るたびに大きく跳ね上げて走る車の後ろを走ればフロントガラスに思いっきり水しぶきが飛んできて一瞬視界が遮られる。
余計に初心者やゆっくり走るドライバーには走りにくい状態になっている。
診療所の横のいつもの駐車場に車を止めたほんの一瞬、雨が止み傘をささずにビルには入れると言う幸運に恵まれた。日ごろの行いが良いせいだと自分自身に言い聞かせ、パソコンのスイッチを入れて真っ先に見るのは「今日の占い」だ。
星占いも12位、おみくじも凶、単純でも一番よく当たる占いも本日良いところ無し。ここまで揃いも揃って悪いのはなかなか無い。まぁ気を付けて仕事をしようと思う。
元々そんなに占いを気にする方ではなかった。しかし何か心に迷いがあるときは直ぐに頼る悪い癖がある。今までは悪い占いばかりを気にしすぎていた。最近は悪いのはスルーして良いのだけ気にかけるようにしている。勝手なものだ。
大体人はこんな占いをどうして信用してしまうのだろうか?
心に迷いがあって神様や仏様に後押ししてほしいから、何かにこじつけたいがため、こうして人の意見に左右されるんだろう。
良い事が書いてあって悪い事が起これば、あの占いは当たらないと思うか。
逆に悪いことが書いてあって良い事があれば同じようにこの占いは当たらないと思うか、いや思わないだろう。
人は大体に、考えれば考えるほど良い結果より、悪い結果を思い込むらしい。
同級生の心療内科の連れが言っていた。そしてこんな占いばかり気にしだすと本当にそちらの病気を発症するぞと脅かされた。でもあまり心配はしていない。
何故かって?その連れの嫁さんはちょっとは知れた占い師だからである。

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2016年06月20日

久しぶりだったが 歳には勝てないと思った・・・

先週末、連れと大型ショッピングセンターに行くことになって、そこで昼食を食べることにした。前回に行ったときにお気に入りになった店があってそこに行くことにした。もともと並んでまで食べたいとは思っていないのでもしもならんでいたら他の店にしようと思っていた。よほど食べたいか、時間が十分にあって美味しいお店なら少々は我慢するが、入り口で名前を書かされる店には期待する方が間違いがあるように思う。
案の定時間が時間でどの店も満員御礼状態でその中でも空きそうな店があったのでそこにすることにした。そこは天ぷら屋で一瞬迷ったが、並ぶのが少なくて済みそうだったのでそこにしてしまった。席について店員が注文を取りに来るまでその店が食べ放題だとは思わなかった。もう席について水を一杯飲んでしまった後で、もう要りませんとは言えなかったので、久しぶりに食べ放題の食事をした。この歳で食べ放題は辛いものがある。いくら歳だと言ってもスイッチが入ると一定時間スイッチの解除の仕方が分らなくなる。だから怖くて食べ放題にはいかなくなったからだ。
食べ放題にもルールはある。横の家族(両親とガキ二名)テーブルの上には食べ残した食材が皿の上の残ったままだしこれまたデザートの皿も半分以上入ったままのが食べ残しで置いてある。おっさんたちは食べ物には煩い、食べれないものまで取ってこないし、そもそも残すと言う概念は全くと言っていいほど持ち合わせていない。だからそんな家族を見ていると私も連れも注意したくなる。
その殺気を感じたのかそのあとすぐにその家族は出て行った。
そんなことに気を取られていたら我々二名の食べつくした串の数は恐ろしいものになっていた。連れが数えだして大台に乗るころにはまだ半分近くが手に握ったままになっていた。それ以上は数えなくても大体は分るお互いだった。
最後にデザートとコーヒーで締めにした。
二人で食べた串の数は何本になっていたのか気にはなったが、お互い知らぬ方が良いと言う結論で店を後にした。
お腹の調子で大体の食べた本数は分るんだが今回は余計にデザートと何杯かのコーヒーでお腹が歩くたびにチャッポンチャッポンと揺れ出したのできっとこれは使っている油が悪いんやと言う結論になった。お互いが又こうも思った。
最盛期なら今日の倍は食べれたな。否定しないお互いはその後胃薬を飲むのを忘れなかったことを、申し述べておきます。

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2016年06月17日

ちょっとの自然に満足できる幸せ・・・

梅雨の中休みの天気だ。それなのに30度近くまで今日は上昇すると予報は言っていた。
昨日、家の庭の盆栽やその他の草花たちにも恵みの雨になったことだろう。
先週と先々週に買い込んで植えた花も適度の雨は大いに助かるし、雨に濡れたいろいろの花には心が癒される。
玄関の瓶の中にはメダカが何匹かいるが、棕櫚にいつも卵を産み付けていて、気が付けば小さな子供のメダカが何匹か泳いでいる。
昔、金魚を飼っていた瓶だ。朝になれば庭の水やりに起きた時にも毎日何匹か数が減っていた。おかしいと思っていたら如何やら猫にやられたみたいだった。
瓶に蓋をしていたが、朝になればそれが覆っていたのに下に落ちていることが多かった。どこかの飼い猫か、野良かは分らないが家の周りには結構な数の猫がいる。
犬なら各家はリードをつないであるだろうし、猫はリードでなんか繋いだままでは飼えない。
市内にあるとはいえ、よく夜に家の周りでイタチも見かける。きっとけもの道があるんだろうか、同じ家の路地から向かいの家の路地に走っていくのが見れる。
空き地なんかない住宅街でもこのようなけもの道があることに驚きがある。
そうしたら家の金魚は猫ではなくてイタチだったのかもしれない。
嘗ては、松の木にそれこそ信じられないが青大将が鎌首をもたげていたこともある。
都会と言ってもまだまだ田舎なのかもしれない。箱庭みたいな庭だが四季折々の花が咲くようにしてあるし、松や槇の選定の後の綺麗な立ち姿。こんなことを考えて生活が出来るのは健康にはいいのかもしれない。
マンション暮らしにはない楽しみだと思う。しかし今の植木屋さんの高いこと、コレが何よりの頭が痛い悩みの種だ。

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2016年06月16日

お金にまつわる話

今回の都知事のドタバタ劇にはウンザリした方も多いと思います。
まず言い訳が、子供でも分る幼稚な言い訳、あまりにも東大を出た方がする言い訳とは思えないほど稚拙なものでした。
公人と私人の区別がつかなくなるほど高い地位に座ると人はこうも変わるのかという典型な方でした。
そんなことを言えば知事は誰でも同じかといったら、叱られると思いますが、段々と慣れとは恐ろしいもので地位が人を作ると言ったら昔からよく言われていることです。全部が全部と言っているのではありません。立派に職を全うされている方も多くいます。
皆が皆、知事の顔色を伺うものばかりでは、同じことの繰り返しになるんじゃないかとさえ思ってしまいます。
お金ですべてを失い、名誉も地位も今まで残してきた輝かしい実績もすべて一瞬で壊れてしまうほど信用とは恐ろしいものなのです。
昔、あるホテルのトイレでの話、ある大臣のパーティーがあって人数合わせで参加してほしいと言われ、嫌々行った時の事です。その方は総理大臣までされて方で誰もが知っている大物政治家。その方が私が入っていたトイレに入ってこられて何やら秘書の方と話をされていました。その内容はやはり全てお金の話でした。今回のパーティーでいくら集まるとか、後の後援会の会に幾つ出席すればいくらのお金は云々とか。
議員さんにはお金は薬にも毒にもなるんだと思いました。
同じように偉い高僧の話もあります。その方は袈裟を着ていないとスーツ姿はまるで映画に出てくるマフィアのようでした。確かにスーツ姿にスキンヘッドはやはりあちらの方々のように映ります。そして鞄には一握りの札束、大体数百万円くらい入っていたのを覗いてしまいました。宗教法人もお金には煩くて、ケチケチした暮らしかと思いきや、着るもの食べるものそして持ち物に至るまで一流品揃いです。税金を誤魔化すとまでは言いませんが、きっと我々の知らない何か良い節税方法をご存じなのかと思ってしまいました。

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2016年06月15日

ある人の生き方が 大好きだ

昨日に続き同じような話で申し訳ないが、知り合いにも同じような話があってしつこい様だがそんな歳になったんで申し上げることにする。
都知事と比べるのは甚だ失礼だが、これも庶民が一所懸命に成り上がって、頑張って一流企業の社員にまでなった男の話だ。
一般大学を出て(国立大学ではない)いちサラリーマンから出世は遅いが堅物で融通が利かない男で、誰からも「こいつは石部金吉だ」と言われた男です。
曲がったことが嫌いで、サラリーマンなら当たり前の転勤命令も頑なに拒み、周りの同期が順番に出世する中、亀より遅いと言われ続けて最終的には研究所の課長どまりだったが、何より信望が厚く上司の意見を聞かない部下がこの男の話には耳を傾けるそうで、その何よりの証拠が部下の結婚式の御呼ばれの数だそうだ。
男性からも女性からも好かれていて、他の部署の社員の結婚式にも数多く出席していたそうで、そこの上司よりも格段出席回数が多かったとか。
出世には縁が無くてもここまで人望があれば人として、人間としては大いに尊敬される男だが、そうかといって出世を望まなかったわけではない。
勿論チャンスはあったらしいが、他人を蹴落としてまで出世を望まなかっただけの男が、一番大事にしていたのが定年退職をした後の身の振り方だった。
悠悠自適とまでは行かなくても慎ましやかに余生を過ごせたらといつも口癖のように言っていた。
そして退職に日に自分の部署だけでなく、関係のない部署の人たちからも惜しまれつつ退職をされたのだが、その話が本社の役員の耳に入り、社長自らその人に嘱託の話をしたらしい。確かに専門知識も豊富で会社としては手放すのが惜しいと思ったんだろうが、その人の意志は固く、自分がいたらいつまでも進歩は無いと言って後輩に道を譲ったんだとか。
こうしてみんなから惜しまれつつ去る人もいれば、どこかの都知事のように頑なに知事の椅子にしがみ付く人もいる。
4年やれば3千数百万円の退職金が出て、庶民には夢のまた夢な話。
惜しまれつつ辞めるのが理想で、あちらこちらでよい思いを抱かれなく去っていくのはこれからの余生をあまりにみじめに過ごさないといけないかと思うと、はっきり言って情けない。誰だってそうだがこうはなりたくはない。
自分に納得して、惜しまれつつ、やり遂げたと言う気持ちで残りの人生を過ごせると言うのは何よりもの幸せなんだろうと思う。

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2016年06月14日

晩節を汚さずに過ごせるのは無理なんだろうか・・・

毎日のようにテレビでは都知事の問題を繰り返しやっている。
きっと本人も分かってはいるんだろうが、人間引き際というものはつくづく大事なものだと考えさせられた。
前任の都知事も不正献金疑惑で多くの国民の前で冷や汗をかいて、それこそ針の筵に座らされて恥をさらしたのに、その轍を踏むまいと今回の都知事は選挙を戦って今の地位を得たはずだったのに。
人間はこうして追い詰められた時に本性が出るものだ。よく言うことだが、
お金に汚い人は必ずお金で失敗する、女にだらしがない人は必ず女で失敗をする。お酒に弱い人は必ずお酒で失敗をする。博打好きの人は必ず博打で失敗をする。
言い出せばきりがないが、これら一つでも必ず失敗をするのに、いくつか複数あればいったい幾つの失敗をしでかすか分らない。
今までよくテレビなどのマスコミに出ていた知事は、当然のように追い詰める立場でよく人を批判していて、まさか今自分がそのように追い詰められるとは思っても見なかっただろう。
大臣にまでなった人が、東京都知事にまでなった人がわずかなお金でその地位を無くすとは思ってもいなかっただろう。お金に汚い人はお金で失敗するの典型だと思う。
世の中特権階級と言われる人たちはいる。如何にもしがたいがそれは事実だ。
政治家は新幹線に乗っても満席でもフリーパスがあるし、医療法人、学校法人、宗教法人と法人には様々な特権がある。
我々は個人開業医だけれども税務上法人のように優遇は受けてはいない。
宗教法人はいろんな面での優遇がある。それを逆手にとって利用している悪徳宗教法人もあるやに聞く。せっせと蓄財に走った挙句お金で失敗すると言うのが目に見えている。
家族で使ったのに公に使ったかのように領収書を書いてもらうこと。無いとは言わぬ。聖人では無いから全く無いと言ったらそれこそ嘘になる。
でも個人のお金を誤魔化す、まだやってはいけないことだが可愛げがある。
それに比べて公金、公のお金を誤魔化せば罪は大きい。同じ罪でもある人がこう言っていた。
「同じ銀行強盗をするにしても、郵便局だけはやめておけ」
私の銀行強盗と公の郵便局とでは罪の重さが違うとか。強盗に変わりはないと思うが私と公では意味が違うらしい。その人は盗人ではない、その人はこうも言っていた。
「自分の稼いだお金を誤魔化すのなら可愛いが、公金を誤魔化せば罪は大きい」
だからよく公務員がお金で失敗するのにわずかなお金でも大きく取り上げられる。桁が違うくらいのお金を誤魔化していても私人では公務員より記事が小さいのはこのためなんだろうか。

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2016年06月13日

掘り出し物を発見 中身ではなく外身のことで~す

今朝は雨模様、梅雨には入ったがカラ梅雨だったがこんな天気が梅雨には似合うようだ。ムシムシしてジトッと汗をかく、そのままにしていたがそれで風邪をひく、毎年のパターンだ。
昨日は少しの雨の降り始めに久しぶりに車で出かけた。大阪の南の方にある国華園という花や苗木や観葉植物の多く置いてある大型の園芸店だ。
園芸店と言っても店というよりは端から端までどれくらいあるだろう、計ったことは無いが車で移動しないといけないくらいの大きさの所だ。
市内に住んでいる私などは観葉植物や盆栽や切り花の所がメインだが、多くの人はきっと郊外の一軒家だろうか、庭に芝生を植えるのだろうか軽トラック一杯の芝生を購入したり、同じように大型の芝刈り機を購入したり、そんな家がまだあるんだと思うと手入れの心配を勝手にしてしまった。
そんな中、お目当ての「クワズイモ」はあるにはあったが形がイマイチ。
大きさも思ったほどではなかったから今回はぐっと買いたいのを堪えた。
その代わり、気に入った盆栽を見つけてしまった。枝振り、葉ぶりはそこそこだったが、なんとその器に惚れてしまった。幾つもある中でこの器はきっと素人が植えたんだろうと思う植え方だったが幾つも見ている私が見てもきっと上物の器に違いないと思って即、購入したくらいだ。
いくつかある家の盆栽の植え替えようにはちょうどいい。ひょっとしたら誰かが間違えてあったのを植えたんだと思う。中身の盆栽よりはるかに高い値がつく器だろうと推測される。自分の目利きが間違っていたら笑いものになるかもしれないが、骨董店で掘り出し物を見つけた時と同じ感じだった。
今度、家の盆栽を植え替えるときによ~く見てみようと思うがあれは間違いなく名品だと思う。もしかしたら持っている器の中での最高級品かもしれない。
調べるのはちょっと怖い気がしているが、怖いもの見たさでいつか調べてみることにしよう。

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2016年06月10日

心を鬼にして 嫌な客に徹しよう・・・

昨日書いた中で、いつまでこの仕事を続けるか分らないのに、新しい機種のチェアーを買うことに躊躇すると言うのがあったが、よくよく考えてみればこれからの何年間で使用する機械だ、ここでケチっても何にもならないと言う話に昨日来られた代診の先生と意見があった。
その先生も何年か目にお父様が亡くなって、診療所を新しくされた時に新機種を使うか、今までの使い慣れた機械を使うかで悩んだとか。
診療所を新しくするのに診療所は真っ新なのに中の機械が古いのでは見栄えが良くないとかで、清水の舞台から飛び降りる気持ちでチェアーを新しく買い替えたと言っていた。結果それが良かったとも言っていた。
古い機械はレトロ?感があるがやはり最新式のは振動も音も衝撃も小さくて、患者さんにはうけが良かったとも言っていた。
そうなるとやはり診療室の3台を代えるか、いや待てよ予算との兼ね合いがあるではないか。パノラマをどうする、デンタルをどうする。
やはりここは優先順位をつけなければならないようだ。その中でももっと詳細にはタービンのライトはいるのか?チェアーの材質はどうするのか、色はどうする?付属品をどこまで付けようか。なかなか意見がまとまらない。
例えが悪いが、車のタイヤが擦り減ってタイヤ交換を見に行って、中の付属品まで買い替えようか、オーディオも、ナビも最新式のがいいなぁ。色はやはりこちらの方が良いか・・・本当にきりがない。いっその事決算で安くなるのなら車ごと買い替えようか。といった感じか。
女性でいえば、キッチン周りを見に行って、こんなシンクが良いとか、ここに収納できるところがあれば良いとか、水回りはこうしたら実際に使いやすいだろうとか・・・
結局は自分に意見など持たない私は、実際のところ業者にとってはよいカモなのかもしれない。見積もりを見てから判断しますと言っているからきっと納得するような見積もりが来ることだろう。
前回は「つべこべ言わずに、ココの端数を何とかしてね」で通したが、今回はその手は使い辛い。でも言いますよ、安い買い物ではないんだから。
今回は言いますよ、端数を切れなんて野暮なことは言いません。端数はそのままでいいからって。その代わりここの桁を一つ下げてねって。
1台ならこれだけまけれるのなら、2台ならいくらになる?そこにパノラマを買ったらいくらになる?え~~いデンタルを付けたらいくらになるって。
きっと向こうも嫌だろうなぁ、こんな客は・・・

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2016年06月09日

あのころの自分にもどりたい・・・

昨日、ここで言っていた歯科機械のメーカーに新機種を見に行った。
仕事帰りに行くことになっていたので、わざわざこちらの時間に合わせて待っていてもらった。
携帯のガラケー状態をなかなか新機種を決められずにいたころと比べてずらっと並んだ新機種の光景は壮観だった。
私の今使用している機種の後継機種だが、もう何世代も経っていて同じ機種とは思えないくらい新しくなっていた。
最初はチェアーだけのつもりだったが見ていくうちにパノラマも最新式のを見たら、今、使っているのなんか何世代前のパノラマかと思うほどだった。デンタルショーでは見るには見るがほぼ素通りするくらいで気にも留めていなかったが、ここまで進化した機械類を目の当たりしたらチェアーだけではすまなくなった。
一応、チェアーやらパノラマやらの見積もりもお願いしてそこを後にした。
仕事に使うものだからけちるつもりは毛頭ない。しかしいざお金の心配をするとなると、現金かローンかそのほかの方法があるのか一応税理士には相談しないと
いけない。今度はそちらで頭を悩まさないといけないと思うと気が重い。
今回、そこに行ったときに一足違いで出て行かれた若いドクターだと思うが、手に一杯の資料を持っていたからきっと新規開業の先生だろうと想像していた。
私のように後何年この仕事をするか、大体のことは分っているつもりでいるとそんなに高望みはしないし、必要のないものをオプションで付けると言う暴挙はしない。しかし新規開業となるとそうもいかない。
他院との差別化だとか、これから何十年もしごとをするとなると真剣に考えざるを得ない。
減価償却まで仕事をしているか。いや出来るかが今私には大きな問題だ。
あんな頃はもっと希望があって前途洋洋だったであろう自分を懐かしく思ったのでした。

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2016年06月08日

暫し良い夢をみさせてくださ~~い

最近、診療所のチェアーの調子が悪い。何度も修理に来てもらわなければならなくなったので、思い切って新しくチェアーを買い替えることにしようか迷っている。後何年仕事をするかを考えたら躊躇するん部分もあるがチェアーがこう頻繁に不具合が出るようでは困ったものだ。一緒にするのはどうかと思うが携帯をガラケーからスマホに替えたのもつい先日のことだ。
大体そのほかの事は飽き性な正確な私が携帯も車もチェアーも行きつくところまで使い切るのは新製品を覚えるのが面倒だからだ。
別に人と競うつもりも、新しいから便利なのは分るが十分、今ので使えるうちは使おうと常々思っているから焦る必要もない。
しかし、携帯の場合はメンテが終了して、代わりの部品が供給できないと言われたから交換したし、車も新機種が出ても今のスタイルが気に入っていたので新しく買い替えようとは思っていない。今の日本車は夏も当然エアコンが効くし、当時乗っていた車は夏場にエアコンを入れたらバッテリーの心配をしないといけなかった。夏場の雨の夜なんかエアコン、ワイパー、ライト、これだけでどれだけバッテリーに負担をかけているか、何度も怖い目に合っているから国産に乗り換えた時に一番最初に聞いたことは「夏場にエアコン入れれますか?」だった。
ディーラーの人は最初は意味が分からず「どういうことですか?」と聞き返された。今のチェアーも当然減価償却は当の昔に済んでいる。なのに新しい機種が出るたびに案内を頂くが、見に行く気持ちはあっても又一から覚えるのが面倒で買い替える気持ちにもなれなかった。必要にかられて買い替えるまでなかなか時間がかかってしまった。1機種前ではなくて3機種も4機種も前の代物だ。
そして今日やっと新しい診療チェアーを業者と見に行くことになっている。
オオカミ少年よろしくオオカミ老人がやっと見に来るのかと、そこのメーカーは思っていることだろう。現在3台あるチェアーのうち1台になるか、2台になるかはたまた思い切って総入れ替えになるか行って見てのお楽しみにだ。
値段と相談しないといけないし、診療を休んでまで入れ替えをするつもりもない。だから1台づつ帰れればいいなぁと思っている。
チェアーの次はレントゲンも待っている。これこそもう何十年も経つ代物だ。
当然、交換部品は無い。つぶれれば即買い替えだ。つぶれたら交換と言っているうちはなかなか壊れないものだ。今度のチェアーが壊れるか私が先に壊れるか、そこのところも考えながら下見に行こうと思う。
これではなかなか大名診療なんて夢のまた夢か。

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2016年06月07日

今の時期は植物には大事な時期なんだから・・・

久しぶりに家の庭に出てみた。
玄関横に猫の額ほどの庭がある。松や槇や百日紅の木の横に紫陽花の花が見え隠れするほどのスペースで、今は私が主役との主張を見ることが出来る。
ガレージの上にも少しばかりの園芸をする場所がある。そこにはツツジの花が残り少ない花を咲かせている。そして私の趣味の盆栽も玄関横とガレージの上に少し置いてある。新芽が出て、葉狩りをしないといけなくなった紅葉や楓や欅の新芽も出そろった。休みの日にそれをしようと思っていてもなかなかあれもしないといけない、これもしないといけないと思うと捗らないのがつらい所だ。
植物はじっと我慢する時間が長ければ長いほどしっかりとした新芽をだし力強い枝をだし綺麗な花を咲かせる。
栄養分の肥料をこまめに与えたから今年の枝振りも葉の勢いも去年と比べて勢いがあるように思う。今年は日よけのよしずも新しいのと取り換えないといけない。どこかガレージの隅に直しておいたが新しいのに変える時期に思えてきたからだ。
梅雨の時期には植物にとっては栄養を取る、貯めるのにはうってつけの時期だ。人間は一気に栄養を取るとカロリーオーバーだの肥満だのと言われるが植物にとっては今の時期が一番大事な時期だと言われている。いいなぁ植物には食事制限もウエートオーバーも無いんだから。
でも人間だから嫌いなものは避けて、好きなものだけ食べれるのは。
あまり羨ましがってばかりもいけない。だって我々は人間だもの・・・

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2016年06月06日

上手に生きるための知恵をもう一度考えるときなのかもしれない

梅雨の中休みか朝から晴天で日中は暑くなりそうだ。
先週末、北海道の児童行方不明が無事解決して本当に良かったと思う。
中には親の自作自演や子供が悪い、親が悪い、評論家たちの考察を嫌というほど聞かされたが、意外と海外の反応が多かったと聞いてインターネットの世の中こんなニュースに各国が取り上げていたことに驚いた。
いろんな条件が揃ったからこそ今回の事件は最悪の結果を迎えずに済んだと思う。この時期の気温はそれこそ自衛隊の人が夜通しの訓練をしても寒いし辛いのは分るが6歳の子供にはさぞかし辛かったと思う。
親もまさか子供が車と反対の方向に行くとは思わなかったそうだし、子供もきっと親が探しに戻ってくれると思っていたに違いない。
なにわともあれ無事だったことに一安心だ。
また同じように海外では動物園のゴリラの檻に子供が転落して希少動物のそのゴリラを射殺すると言う痛ましい事件があった。動物愛護団体がその後園を非難したりその子の親に対しての賠償を求めると言う話が出てきていると報じられた。
さすが訴訟の国、結論はどうなるか注目してみてみたいものだ。
国内に目を移せばヘイトスピーチ反対の住民とそれでもデモを行おうとした参加者の間でにらみ合いがあったし、今の世相、必ず一方的に物事が成り立つと言うものではないことがよくわかった。
北海道の事件でも両方の意見がガチバトルだったし、動物園の問題も甲乙つけがたい話になったし、ましてや裁判所でのヘイトスピーチ差し止めなんて、だれが考えても当たり前の答えしか出てこないはずが、警察は道路使用許可を出すし、
何でも当たり前だと思っていることに異議を唱えさへすればよいと言う傾向にある方が問題だと思う。
これも単に平等だの差別だのの弊害だと思う。
我々の子供の頃はこんなに生きにくい世の中ではなかったように思う。
何故に今こうも生きていくのに気を使って生きなければならないのか、もう少し考え直さなければいけないように思うのは私だけだろうか・・・

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2016年06月03日

贅沢は人それぞれ・・・

本日は快晴なり、しかし昨日夜に布団を跳ね除けて寝ていたせいでまたまたくしゃみが止まらない。風邪がぶり返したのか?喉が痛い。
しかし明日からの土日は天候が荒れると予報は言っていた。
だからこの快晴を有意義に過ごさないといけない。
昨日、ガレージの奥にしまっていたゴルフバックと釣りの一式を何とかしてくれって家人から言われ続けていたが無視し続けていたらなんとその道具に不用品のシールが張られていた。大型ごみの日に持って行ってもらうつもりだったようだ。慌ててシールを剥がし元の位置に置いていたが案の定シールを張ったことを忘れていてくれるのでこちらとしては助かった。
コレが正常な状態の時なら有無を言わせず捨てられていただろう。
毎日こんなのの繰り返しで非常に疲れるが、何か楽しみを持たないとやってられない。
今の楽しみは何ですか?と聞かれたらなんと答えるんだろうか?
運動は出来ないし車で出かけるのも億劫だし、買い物も別に欲しいものもない。
ただ何となく無事に一日が過ぎてくれるのを楽しみにしていると言ったら笑われるかもしれない。でも平凡な一日をおくれることが本当の贅沢なのかもしれない。誰にでも24時間は同じようにある。あちらこちらに行って見たり聞いたりすることも大事なことだと思うが、何もしない時間はもっと大事に有意義なことだと思うようになった。
仕事があれば仕事に夢中になり遊びがあれば遊びに夢中になる。何かほかの事を考えながらでは楽しい事をしていてもきっと集中できないだろう。
だから今やれることに夢中になれると言うことが一番の幸せなのかもしれない。
仕事なら仕事に、遊びなら遊びに、趣味になら趣味に。
こつこつとすることが苦手でもここはひとつ許す限りゆっくりとした時間を謳歌しようと思う。それが何よりの贅沢だと思うようになった。
人それぞれ贅沢は違うがお金でもなく時間を有効に使うことが本当の贅沢なのかもしれない。

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2016年06月02日

こんなに待ちどおしい血液検査は 久しぶりだ

最近ハマっている一つに「酢ショウガ」がある。
血圧を下げるだの、血管年齢が下がるだの、冷え性、頻尿、不眠が改善されるとかのうたい文句で連れが最初に始めたのが、ミイラ取りがミイラになった具合だ。
これはショウガを擂ったりみじん切りししたりして酢に漬けるだけでできる簡単な健康食品だ。
これを試した芸能人の血液検査が格段に良くなったとかで一躍有名になったらしい。
人は人、自分は自分を貫いてきた私だが、これなら安価でしかも簡単。やってみる価値はあるかと早速始めた。
血圧も血管年齢も血液検査も人に言えるレベルのものじゃない。今月の半ばには連れと一泊で人間ドックに入るため、少しは人に言えるくらいのレベルまで下げるのが今回の目標。
初めて1週間でまず夜寝れるようになった。それより夜中にオシッコで起きる回数が減ってしまったのには驚いた。夜中に2回は起きていたのが1回で済むようになった。この歳になれば誰もが経験することだが頻尿は辛いものがある。
それが1回減るだけで熟睡度が増す。
月一で血液検査を先輩の診療所でしてもらっているが6月はまだ行っていないから次回行くときにする血液検査の結果がどうなっているかが楽しみになってきている。
以前の検査で血管年齢が80歳と出て周りから大笑いされた苦い経験がある。
いきなりそれが正常値に戻るようなことがあれば、胸を張ってここで紹介することが出来よう。
コレステロール値、中性脂肪値、血圧、正常範囲にさえ入ったことがない。
もしもそれが正常範囲に入らなくてもせめて上限あたりにあれば万々歳だ。
今までは月一の血液検査が苦でしかなかったが、今回のは期待、希望で早くしてほしいものだ。

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2016年06月01日

これってハラスメントではありませんか?

最近様々な異常現象?を紹介しましたが、昨日のハンドタオル事件もその一つでした。今日はもう一つの謎の現象を紹介します。
それは自宅の庭に予てから植えてあった私の大好きな観葉植物の「クワズイモ」の話です。
診療所にも種から育てているクワズイモがあるのですが、そちらではなく、自宅へ持ち帰った小さな鉢植えのクワズイモです。確か300均で買った幹の太いクワズイモを鉢植えから地植えへと植え替えてなるべく自然に近い形での水やりと肥料を与えていたものです。一枚の葉を残して後は切ってしまい一冬を越したやつです。4月に新しい芽のようなものが出だして、期待して待っていました。5月には少しだけ葉のような形になり後半には葉がはっきりとした形で出てきました。ここまでなら何の変哲もない事ですが、出てきた葉がクワズイモの葉らしくない形になっていました。ご存じのように芋科の植物の特徴のある形をしていると期待していたのに、期待外れ?の丸い形の葉が出てきたのです。
よく言う「ハート型」の葉ではなくて、何となく「団扇型」の葉になっていました。切れ込みは無いし、細長くもない、ただ葉脈の形もその別れ方も全く親葉にそっくりなんです。なのにこの一枚だけがクワズイモらしからぬ葉の形です。
私が水やりをしない時は家人が代わりに水やりをしてくれていましたが、特別今まで変わったことは無かったと言っていました。
この話を家人にしたらこう返されました。
「そりゃあんた、葉にも肥満の葉もあるやろ」
???肥満???私の身体をじっくり見てのこの発言、これってハラスメントではありませんか?

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