2016年12月28日

最後の最後に不思議な光景に出合えた事にラッキー!!

今朝は一段と寒い朝だった。昨夜からの前線の影響か雨が上がってから風が急に強くなってきた。その後で急激な気温の下がりが気になっていたら案の定今朝あの冷え込みは体感的には今年一番なのかもしれない。
こんな日はいつものように車での出勤が有難い。道を行く人たちがコートの襟を立てて体を丸くしながら歩く姿を見るたびに、車での通勤を大変ありがたく思える。
年に2~3度だが夜中に強風が吹き荒れた時の診療所のビルの周りが面白いことになっている。台風などの時はビルの周りの自転車ごと倒れたりしていて、そんな光景はたまには見ることがあるが、今朝の光景はそんな比ではないくらい素晴らしいと言うか不思議と言うか幻想的なものだ。これを写真に収めれればいいが何せここにようアップできないのがもどかしい。
3~5メーターごとに枯葉の山が出来ている。どういうことかと言うと、当ビルは交差点の角にあって10階建て、向かいのビルもほぼ同じくらいの高さのビル、横にも前にもほぼ同じくらいの高さの建物が経っている。そして片側3車線の道路が走っている。風がどちらの方向から吹こうがこの交差点で舞うことになる。
そして何故か北西角にある当医院が入っているビルの前にこの街路樹の落ち葉が集まって来る。
嘗てここにも紹介したことがあるが、その落ち葉の集まりが渦を巻いて少しづつクルクルと落ち葉が回って一所に集まっていく。そして風が弱くなったり、止んだ後に小さな小山が出現する。
高さにして30センチくらいでも自然の力と言うのは不思議なものである。
考えてみると、当医院の正面玄関横に車の出し入れするガレージがあってそこだけ少々中に入り組んだ造りになっていて一旦そこに入った落ち葉はその中をグルグルと風が入るたびに渦を巻く。そしてちょっと強い風が入ったら中の落ち葉を外に押し出す。それが又小さな渦を巻いて一所に集まると言う仕組みだ。
いろんな条件が重ならないとなかなか見れないもので、私が知る限りでは年に2~3回位しか現れない不思議な現象だ。それを今年初めて目にすることが出来た。何かの吉兆かとも思ったが偶然と言う一言で片づけるには惜しいくらいのものだ。実に写真で紹介できないのが残念だ。でも年末最後の仕事に日に其れを見れたことはすべてにおいてこれで良しだ。
まだ年末までに何度かはココに来ることはあってもこの光景を見れる保証はない。

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2016年12月27日

ちょっと考えさせられました・・・

いよいよ押し迫ってきました。今年の内にやり残したことは無いか、考えたらまだまだあって仕事の合間に出来る事、仕事終わりでないとできないことなど、やり残したことはありました。
昨日も書いたがこの1週間はあっという間に過ぎていくように思います。
普段と何も時間は変わらないのに。気分が忙しないのか、世間が忙しないのか。
昔は、正月と言えば悪ガキたちが各家に正月にやってきて、お節を食べたりお年玉を貰ったりとそんな連中たちとももう50年来の事ですが、未だに正月にしか会わない奴らと交流を続けています。もうすでに爺になって、仕事も息子に任せて悠悠自適?の奴もいれば、現役バリバリでまだ若い者には任せられんと頑張っているのもいます。
今年一年を振り返ってもそろそろいいかもしれない時期で思い出すのは、近所の同級生で偶然近所のスーパーであった時に思わず二度見をしてしまった奴です。
まさかこいつが同級生かと思いましたが向こうが声をかけてきたから、同級生に違いありません。しかしどう見ても私よりは10歳は年上に見えました。見た目は確実に老人、腰は曲がって、よぼよぼ歩く姿からは還暦の男とは決して見れませんでした。いろんな事情があって詳しくは書けませんが、苦労が全身からみえみえでした。この歳になって苦労を云々言うつもりは無くてもそいつの全身から出てくる負のオーラは凄まじく何だか可哀想になってきました。
2~3年前にそろそろ我々も還暦だから、集まれる奴だけでいいから同窓会をしようと言ったのに、実行できずにいる現状、集まりたい奴だけで集まれば良いと言った奴、集まりたくないと言った奴。様々いましたが、昔の好で誰かがきっかけを付けないとこのまま忘れ去られていくのも嫌な感じがします。
頭が良くていい学校に行き、一流企業に就職して、家族も出来て順風満帆な人がちょっとしたきっかけでこうなるのもかと思ってしまいました。
また逆に女性で同じ同級生かと思わず見とれてしまいのもいました。
彼女は数年前に旦那さんを亡くされていましたが子供さんにも孫さんにも恵まれた方ですが」一向に婆さんっぽくなく、見た目はまだまだ魅力を振りまいておられる方です。どうして男女差を感じるのでしょうか?よく昔から連れ合いを亡くされた方で、男性はみじめな末路を辿るが、女性は生き生きとした生活に戻るとか。我々男性には酷な言葉です。しかしもしここで話をした同級生同士が会ったらきっと親子くらいにしか見えないのも事実。決してその逆はありません。
その逆ってですか?婆さんとその息子には見えることは無いと言うことです。

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2016年12月26日

さてさて残り1週間で今年も終わる

一年で二番目に早い週に入った。一番は正月1週間だ。
本当に年末年始の二週間はあっという間に過ぎていく。そう思いませんか?
クリスマスも終わり世間が少々浮かれている間に年末を迎え、「旧年中は云々・・・」を言ったかと思えば、「新年あけましておめでとう・・・」で始まる。テレビもそろそろニュース以外は来年のいついつから・・・。
余りにもめまぐるしく回っていく。これは毎年の事だが、思い返せばだが、
身内に不幸があったご家族も同じようにあっという間に「初七日」「「四十九日」「一周忌」と周りとは関係なく時間だけが過ぎていく。
年末に何故こんな話をするかと言えば、先日の新潟の大火、その前は熊本の震災、今年は色々な事件事故が相次いで恒例の今年の重大ニュースを新聞各紙が賑わせているからだ。日本のみならず世界的なニュースにも「テロ」など悲惨なニュースが上位に来るのが悲し思い出読み返しているからだ。
今年は「ゲス云々」で始まり、それこそ文春記事が日々スクープ記事としてワイドショーでも何度も同じことを流していた。コレだけ出てくるものだと感心しながら、次は何かな?と言う期待もこちらにはあって、期待していないと言えば嘘になるかもしれない。嬉しいニュースと言えば今年はオリンピックで日本人選手が活躍したこと、今年もノーベル賞を日本人が受賞したこと、まだあったかもしれないがそれくらいしか思い出せない。
外国からの観光客が増えたと言っても我々には関係がないし、それこそ街には日本語以外が飛び交っているのをこれも不思議な光景と思ってみている。
日本人も何年か前にはハワイやパリでここぞとばかりに買いあさって世界中のひんしゅくを買ったこともあった。やはり発展途上の国は同じことを繰り返すんだなぁとこれまた思う。
自分自身は今年還暦を迎え何が変わったかを考えるに、気持ちが年寄りになるのを極端に嫌っていたが、周りはやはり「御年寄り」にみられるようだ。
良かったこと?それはシルバー料金で映画を見られることと、食事代の割聞きが自分にも利くと思ったことくらいか。
わたしらの仕事はいつも言うように定年制がない。しかし何人もの同級生は定年退職した奴もいれば、そのまま嘱託で残っている奴もいた。
歳はこれからは取らないつもりで生きていこうと思う。やりたいことを我慢せず、自分の出来る範囲で周りに迷惑をかけずにやって行こうと確か去年もこの時期に思ったものだ。ちょっと早いが今年の残り三日の仕事を頑張ってやっていこうと思う。

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2016年12月24日

たまにはテレビも良いことに思いつかせてくれる・・・

先日のNHKの深夜番組の「○○の流儀」なる番組を見て思うことがあった。
それは一流料理人さんと市場の仲卸さんの話だった。
ミシュランガイドに星を貰うほどの一流料理人さんと言えばそれは腕も確かで、知り合いにそんなお店もあるが予約を取ることさえなかなか出来ないお店。
そんなお店の一流料理人さんが言った言葉だから心に響くものがあった。
そんなお店には何人ものお弟子さんが付き、師匠の下で研鑽をつみ、暖簾分けでもして店を持つのを夢に見る若者もいる。
しかし話はそうではなかった。その一流の料理人さんが市場の仲卸のお店でそこのお店の(魚屋さん)人との会話ややり取りを写していたのだが、一流店には当然、一流のお店から満足の行く魚を仕入れる。そこに行くまでには漁師さんから運搬業者さんへ、そして市場の卸さんからお店へ。コレが主だったルートだ。しかしそこまでが完璧でも最後の料理人が失敗してしまったら今までの苦労が水の泡と言うこと。最後にお客さんの口に入るまでがそれこそ大事だと言うこと。
テレビでは今が旬の「河豚」の話になっていた。それで一流料理人さんの選んだ河豚と、仲卸さんの選んだ河豚が一致しなかった。料理人さんが選んだのは丸々と太った身のぎっしり詰まった河豚だった。しかし書か卸さんの選んだ河豚は見た目が少し痩せた河豚だった。話はそこから佳境に入る。
その料理人さんは早速その両方を持って帰り、お弟子さんたちと同じようにどれが美味しいかを話し合って、皆一応に師匠の一押しを選んだ。そして試食。
それをもう一度3~4日後に試食した。一応に皆が顔をそろえて仲卸さんの一押しの痩せて河豚を美味しいと言った。それは見た目ではなく、毎日毎日コレで商売をしているその道のプロだから言えたことだろうが、本当の美味しさを知っているのはこうしたその道の専門家が選ぶものには間違いがないと言うことだ。
最後にこの話は料理人さんがどうすればお客さんに満足のいくものを食べてもらえるかを考えなおすで話は終わったが、自分も何かしらこの映像を見て感じたものがあった。それは上手く言えないが、いくら歯科医が上手と言っても例えば技工士はその技工物に一番触れていて毎日のように作品を作ってくれている。
また衛生士は毎日のように患者さんにブラッシングをしてくれて私の何倍も患者さんに触れていてくれる。だからこちらが一方的に指示を出すだけではなく、彼ら、彼女らに任せるところは任せる。各々の持ち分を最大に生かせれば今まで以上の成果が出るように思えた。

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2016年12月22日

この時期に想いだす思い出の一つです・・・

今日を入れて今年の診療はあと5日になった。
毎年ながら思うことだが、昔は忘年会で飲みすぎたり、酔っ払って何処かで顔面強打で歯が折れたり差し歯が亡くなったりと言う患者さんが結構いた。
最近はそんな強者は少なくなったのか、忘年会自体が減ったのか分らないが、夜中に道端で鞄を抱えたサラリーマンが・・・なんて光景は減ったようだ。
バブルの頃はタクシーが無くてミナミや北の新地から歩いて帰る方が早く着いたなんて話はよく聞いた。当たり前にこの時期タクシー待ちが2時間位はあった。まぁ大阪市内なら2時間~3時間あればほぼ何処へでも帰れる。
私の連れの会社も景気が良くて、よく一緒に飲みに行ったが帰りにはタクシー券をくれたものだ。しかし折角貰っても乗るべきタクシーが居ない。流しのタクシーなんてほぼ走っていなかった。全国共通のならまだしも、会社指定のタクシー券はそのタクシーが居る場所に行かないと乗れなかった。
私も一度共通タクシー券を貰って接待をされる側だったが予約しておいたのでそこまで迎えに来てもらって私を含めて5名を順番に送って帰った記憶があった。
関西地方の方なら分ると思うがまだETCなどない時代、高速に入るのにいちいちお金を払ってから高速に入ると言うことを当たり前にしていた。
北の新地で飲んでまず一人目を大阪市内から姫路まで送り、そのまま引き返して高速を飛ばして京都まで送り帰りに国道1号線で枚方に寄って一人を降ろし、最後に大阪の南部の泉北で降ろし、最後に我が家まで帰って来た記憶がある。
車内でワイワイ、ガヤガヤ話し込んでいたから、飲んでいることもあり二度のトイレ休憩を挟んで帰ったのが明け方だった記憶もある。金額ははっきりとは覚えていなかったが運転手さんに記載してもらって確か15万円を超えていたと思う。
そんなこんなで、今でもこの運転手さんには時々お世話になっている。
先週にもお願いして乗せて貰った時には必ずこの話題になる。
「あの時は今考えたら夢のようでしたわ」
「そうですか」
「あの1回で、今なら1週間分ですわ」
「本当ですね あれがバブルと言うもんでしょうね」
バブルがはじけて久しいがどこの業種もしんどいのは同じことだと、話はオチを見ました。

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2016年12月21日

いよいよ年の瀬が近づいてきた

いよいよあと1週間で今年の診療も終わる。
毎回言うが昔は「今年中に何とかしてくれ」という患者さんが多くいた。
時代の流れか最近は「来年でいいから」に変わって来た。
だから年末の混雑は無い。それでもこちらは何とかちゃんとした歯で正月を迎えて貰おうと思っているがそれさえ、「特別正月といってもねぇ」である。
歯科診療がどうのこうのではなく、世間一般がこんなにも変わってしまったのかと思ってしまう。昔は正月三が日は何処もお店も休みで、おせち料理で過ごしたなんて今の若い子は信じられないことだろう。勿論、私の子供の頃なんてコンビニもない。24時間営業なんて無い時代だったから。
正月に初詣に行ってそこに開いていた喫茶店に入ったらなんとコーヒー1杯が正月料金で通常150円のが800円。目玉が飛び出す位したのを思い出す。コーヒー1杯がこんな時代だから今で言えば自動販売機とそう変わらなかった時代だった。我が家と言えば初詣は家の近所で済ます傾向があって京都や奈良には滅多に行かなかった。ただ車で5分程度の所に住吉大社があって昔はそんなでも無かったが今は交通規制で車が入れるところが限られていた。連れの家がその近所にあったため自宅に帰ると言っては規制を免除してもらいそこの家の前に車を置いて参拝したものだ。今考えれば神様もこんな奴のお願いなんか聞いてやるものかと思っていただろうと思う。
そして今の歯医者さんには分らないだろうが、正月三が日はレセプトとの闘い。今のようにレセコンがあった時代ではない。大みそかの紅白を見ながら初めて丁度2日くらいに終わっていた。だから3日は家族皆で何もする気が無くてバタンと寝込んでしまった。
便利になったこの時代でも中には珍しい事もある。正月の車の前に「注連飾り」なるものを結び付けて走っていたが、最近ではそんな飾りを付けて走っているのは高齢者ドライバー位のものだ。いつの時代からこんなに変わってしまったのだろう。そして私はと言えば高齢者であり気持ちはヤングボーイ?だからどちらにしようかと思案中。

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2016年12月20日

今年は豪華賞品がいっぱいで~す!!

ここから怒涛のごとく年末に向かってまっしぐら。
今週は天皇誕生日やクリスマスイブやら行事が目白押しだ。
3連休でお楽しみ倍増な方々には羨ましく思います。
さて当医院も28日が年内最終診療とカレンダーには書き込んでいますが、アポイント帳には毎年のように31日に来られる患者さんが入る予定の時刻だけが空いたままになっています。
それと今年に限ったことなのか「お歳暮」なるものを沢山頂いた。
今も宅急便で着いたが、今年はミカンの当たり年なのだろうか、あちらこちらから箱で頂いた。まだ食べきれずにいるところに新しいミカンの箱詰が到着。
まだ今年はスーパーでは買ったことがない。それくらいお歳暮で頂いた。
有難いことに一度に重なることがないから助かっている。しかしそれでもスタッフに何個でもいいから持って帰ってと言ってもそう毎日毎日もって帰れるものではない。行きつけの飯屋や、隣の部屋の方に御すそ分けをしてもまだ一向に減らない。どうしたものか?箱から出したり入れたりしていないとカビが生えてしまったら御仕舞だ。
そして今またもや宅急便が届いた。こちらから見るに何かしら大きな箱だった。ミカンだったらお笑いものだと思ったら、何とこれが北陸からの御届け物。
表に生鮮食料品のマークが。何やら魚介類のシールも目に入って来た。
有難い事だがもしコレを家族で頂くには多すぎる。またどこかに配達しないといけなくなるかも。そうするとコレを見た誰かがきっと連絡をよこすと思うのだが。今年のクリスマス会の商品は箱詰ミカンとこの生鮮食料品で~す。でもきっと今年の闇鍋にはこのミカンが大量に入っているような気がします。
コレばかりは日持ちがしないので早いもの勝ちで~す。

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2016年12月19日

人が代れば何とやら・・・

いよいよ年の瀬も迫って来た。
あと2週間で今年も終わる。還暦の年回りももう終わり来年からは数えないようにしていこうと思う。
昨日、連れと昼飯を食べた時の事、お互い体調が悪く、お互いの行きつけの病院に行ってから会うことにした。お互いの行きつけの病院は日曜日診療をやってくれて大いに助かったと言う記憶があった。
私の行きつけは毎度お馴染みの先輩の診療所。前回の時もそうだったが今回も患者さんでごった返していた。1日200人くらいの受診患者さんが居るらしくて、馴染みの看護師や調剤をしてくれている薬剤師はお喋りをする間もないくらい忙しく働きまわっている。
先代の院長はワンマンで人の話はまるで聞かなかったが、息子の代では患者さんの話をじっくりと聞くから時間がかかって仕方がないと周りのスタッフが言っていた。しかしその方が新しい患者さんがどんどん増えてきて、聞くところによると来年あたりもう少し大きな場所に移転するとか。商売繁盛で素晴らしい事だ。ただ若いだけあって時間には几帳面な性格が出るのか、先代では時間ぎりぎりに来た患者さんは無条件で診察したが若先生は時間きっかりに受付に「午前中の診療は終わりました」の札が立てられていた。
今迄の調子で来た患者さんは面食らってしまっている。そこは杓子定規にするのではなく、臨機応変にすればと思うがどこかにけじめをつけなければスタッフから文句が出てしまうみたいだった。だから一応受付で番号札を取るのだが、取ってすぐに待合室を素通りしてトイレに行く格好で点滴ルームへ直行。
先代は何かあると「オイ、点滴」だったが若先生は中々点滴をしてくれないらしくルームは半分ほどしか埋まっていない。だから勝手知ったる所のように看護師に言われるまでに勝手にベットを使用している。
今迄なら受け付けを通った所で直ぐに連絡が行くのだろう、ルームに入ってモノの4~5分で点滴が始まるが昨日は始まるまでに30分近くかかった。
何でも人手が足りず、古手の看護師も一人辞めてしまったのでその分の負担は他の看護師の所に行くみたいだ。
昔は野戦病院のベットみたいで固いし体重をかければギシギシ言うし、でも今度のベットは静かでリクライニングが付いた代物。こちらの方が良いに決まっている。最初は2台だけだったが今回行って驚いたのはそのベットが全てに代っていたことだ。これなら患者さんの上げ下ろしや車いすからの移動も楽になるみたいだ。やはり先生が替わればこんなところにも気を使うことがよくわかった。
先代も草葉の陰でどのように思っているんだろうかと、つい思ってしまった。

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2016年12月16日

やっちまったなぁ・・・

2~3日前からぞくぞくするようになって、ヤバイかもって思ったら案の定風邪ひきになってしまった。この時期にダウンは出来ないがあと10日持ってくれればいい。正月は毎年のごとく予定はないから三が日寝正月と決め込んでいる。
しかし年々、身体が弱くなって来ているように思う。インフルエンザじゃないから心配はしないが節々が痛くて尚且つ今年の風は咳と喉の痛みがあるようだ。
風邪=上気道感染と言うことで当医院にある薬で十分だけれど、今回初めて薬局に出向いて風邪薬なるものを買ってみた。
この時期よく風邪薬のコマーシャルを見かけるが最近のは症状によって使い分けをするみたいだ。「熱の風邪」「喉の風邪」「鼻の風邪」と用途に分けられている。毎食後のもあれば、1日1回、1日2回と回数にもこだわるようである。
最近は薬剤師さんが常駐しているスーパーの薬売り場で探していたらその方が来てくれて「症状は?」とか親切に聞いてくれる。
いつもはちょっとおかしいと思ったらすぐに先輩の診療所まで車を飛ばして行ったが、代替わりをしてからあまり甘えたくなく、我慢するところは我慢して、よく言うように暖かいものを食べて、早く休む、コレが一番だと先輩の口癖を思い出していた。正直なところ薬局で風邪薬を買うのは初めての経験。目薬や胃腸薬はたまに買うが風邪薬と言うのは今まで全く買ったことが無かった。
60年も生きてきて何が初めてかと笑われるかもしれないが付き合って人が買うのを横で診ていたことはあるが、自分の分を自分自身で買うと言うことは無かった。
コレだけいろんな種類があれば迷って当然、いつもの見慣れているのがあれば即、それを買うのだろうが何せ初体験のこと、どれを買うか迷ってしまった。
コレはコマーシャルで見たやつ、コレは家人がよく飲んでいるやつ、たまたま私が迷っている時に後ろの人に順番を譲ったらその人も風邪薬を買っていて、迷わずレジに出していた。
結局何でもよかったから私もその人と同じ薬を買うことにした。
帰ってから効能書きを読んで用法などをチェックして早速飲んでみた。
きっとこんな単純な私だから即効に効くように思った。何せ市販薬に免疫がないから。

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2016年12月15日

悪しからず・・・

昨日最終の患者さんは連れの奥さんだった。
今迄会わせると言いながらなかなかお会いするチャンスが無かったが、歯が痛くて近所の歯医者に行ったが中々治らないから診て欲しいと言ってきた。
診療時間ぎりぎりに来たので原因を調べるためにレントゲン撮影をしてしばらく待ってもらった。院長室の椅子に腰かけた連れは気になったのか、何度も椅子から立ち上がったり、こちらの様子を窺っていた。奥さんは韓国の方で日本語は理解していても聞き取ることは出来てもしゃべりがあまり得意ではないと言っていた。結果は奥歯の根っこが割れていてそこが原因で痛みが出ていた。
時間的にもその後に予定があって今日は外しも出来ず、抜歯も出来ず、投薬と原因歯の咬合調整で帰ってもらった。
帰り際、連れが耳元で囁いた。
「余計なことを言わなかったか」
「何や 余計な事って」
「オマエの所によく来ていることになっているんや」
「そんな事早めに言っておけよ」
「だからオマエがいらんことを言わないか心配で」
こんな調子だった。いらんことって何や?それならコレとコレは言わんといてとか初めに打ち合わせをしとけよ。まぁどうせ大したことでは無かったと思うが、奥さが待合室にいる間に連れと院長室の入り口で話をした。
ところがどっこい、奥さん、受付の事やけに親しく話をしていた。
その様子は私は見えていたが連れは反対方向を向いていたので見えていなかった。どうやら連れの事を聞いていたみたい。どんなふうに女の子が言ったかは知らないが、帰ってからのお楽しみだ。女の子にも聞いていない、聞かない方が良いと思った。さてさてどんな結末になるかは今日連れから何なりかの連絡があって分ることだろう。
何もない事を祈るばかりだった。あっても私の責任ではありません。
悪しからず。

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2016年12月14日

ちょっと早いが 来年の抱負?

昨日は一日雨だった。庭の植木も盆栽も適度の雨なら心配はいらないが、夜中の雨には寝ていても心配なほど降った。
夏の日照りも困るが、冬の長雨も困る。自然には勝てないとはよく言うが本当に適度と言うものを考えた時、人間の都合で自然は動いてくれない。
昨日の件は言われて初めて気に留めるようになったが、こちらでどうしようもなく自然の成り行きに任せないといけないと思ってしまった。
誰かがこんな文章でも読んでくれていることに感謝しつつ、あったことを徒然に書き留めていてボケ防止のつもりで書いてはいるが、よく言われているような好き嫌いの話や特定な人の悪口は書かないつもりでいても、当の本人には分るような書き方が出来ていない部分もあったりしてご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします。
さて来週には待ちに待ったクリスマスがあったり、今年は天皇誕生日が金曜日になって人によっては三連休になって大いにお楽しみが増えてよかったと思っています。ここ何日かは今までのこの文章を振り返って見ていますが、段々と私の交友関係も変わってきています。昔からの悪友たちは別として最近知り合って私に良い影響を及ぼしてくれる方々には感謝しつつ、本当はもっと早くに知り合えば私の人生も大きく変わったのかもしれません。
世の中は自分の都合の良いようには回りません。あちらを立てれば此方が立たずとはよく言ったもので本当に自分がしたいこと、したくないことをこの歳になって初めて分りました。来年はいよいよ新しい事業が始まります。今までの経験を生かせれるところは生かせてそして新しい事にチャレンジするよう、できるように頑張ろうと思います。

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2016年12月13日

コレは事件か? 事件です・・・

今朝、家を出ようとして携帯電話を持って車に乗って画面を開いたら、いつもより多くのメールが入っていた。
車の運転中でもあったし至急でもなさそうだから仕事場に行って朝の一通りのいつもの用事を済ませてから内容を確認してみた。それから電話をした。
「何や 何度もメールくれて」
「大した用事は無いんや」
「だったら何度も連絡くれって言うなよ 心配するやないか」
「まぁ大した用事でもないから一応送っただけや」
「何か嫌な言い回しやな」
「そうか」
「そうや」
「大したこと無いっていうのに」
「余計気になるわ」
「昨日のコレな」
「何や」
「いつもオマエのコレ見てるねん」
「それはどうも」
「それがすごいことになってんねん」
「そやから何がやねん」
「いつもオマエここのカウント見てるか?」
「そんなん気にしてへんわ」
「それがな 昨日一日で5000回越えてんのや」
「何やそれ」
「何やて 1日大体数百くらいやったのに」
「それがどうしてん?」
「土日でも1000回位やのに」
「どういうこっちゃ」
「だから 誰かがココを見てると言うことや」
「そんなことくらいで メールして来るなや」
「これは事件や」
「何が事件や」
「こんなつまらんオマエのを見てる人がいると言うことや」
「・・・」
「そう思わんか?」
こんな内容でした。確かにたまに合計位見ますが、いちいち今日は何軒とかは知りません。コイツはこんな事ばかり見ているのかと正直、気味悪くなってしまいました。が、いちいちこんなことで知らせてくれる暇な奴だと思えば有難くもあります。だから益々、気を引き締めて書かないといけないと思いました。
でもここに書かれて困る連中が未だに何人かいると言うことは分っています。
名前は伏せますが、「オレのこととちゃうの」というのがいて書かれたらいけないエピソードがあると言うことです。コレは事件か? 事件です。

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2016年12月12日

いよいよ追い込みに入ります

段々と今年も残り少なくなってきました。
来年のアポイント帳に患者さんのアポを書き込んでいると、今年ももう終わりなのかとしみじみ思う今日この頃です。
さて一昨日より朝晩の冷え込みが急にきつくなってきたように思います。
アポイントのキャンセルが体調不良やら風邪で咳き込んでいけないやらと、皆さん急に冷え込んだからか十分に気をつけてください。
今年は暖房も早々と床暖やエアコンやらで過ごしていますが、乾燥には十分な注意が必要です。昨日などいつの間にか寝てしまっていましたが、それが床暖の上にマットを敷いてそのままうつらうつらしていて寝てしまいました。
背中から、腰からホカホカと暖かいからつい、そこにお布団を被ってしまい寝込んでしまいました。そんなこんなで今朝はちょっと腰が痛いですが、夜中に起きる回数が1回と何だかよく眠れたような気がします。
歳からくるものだと思っていた夜中のトイレも、実は冷えから来ていたのかもしれません。
先日、夜中に足の指がつってしまって目が覚めました。これも考えてみれば布団から足を出していたのが原因だったのかもしれません。
近所のドラッグストアでそのことを相談して薬を買って飲んでみましたがあまり効果のほどは分らず、床暖で足を温めてからは足の指のツッパリは消えました。
今迄こんなことで目が覚めるような事なんかなかったのに、気持ちが悪くて薬剤師の処方通りの飲み薬を買って帰ったが、結局は足の冷えが原因だったとは。
何だかこれにしても体力の衰えからくるものだったりして。
今週は年末までのラストスパートで今現在でほぼアポは埋まりそうですが、毎年の事31日に入っている患者さんがあってどうしてもこの日にしか行けないと言う患者さんだから年末は28日がラストでも31日まで仕事をしています。
ここ何年かはこの状態が続いていてそれから近所の神社に行って正月の御供えをしに行って初めて年末が来たと思うようです。

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2016年12月09日

ちょっと 愚痴ですが 聞いてください

気が付けば今日は12月9日。あれよあれよと言う間に日にちが経って行く。
今月は勿論実労日数が普段の月に比べて少なくなる。
そんなことは前から分っていること。でも昔に比べると12月、今年中に歯を治そうと言う人が減ってきたように思う。昔は何が何でも年内に治療完了をお願いしますと言う患者さんが多くいた。最近はそうでもなくて意識も変わってきたのかなと思う今日この頃です。
昨日、いつものように家に帰ったら、案の定なことが起こっていました。
最近家人は何かしようと様々なことに首を突っ込むようになって、それが益々ややこしくさせています。かっこ悪い話ですがこれも病気と割り切ってとよく言われますが、同じ屋根の下で暮らしていくからにはそれぞれのプライバシーもありそこは家族と言えども踏み込めない部分でしたが、最近はそれを知ってか知らずか病気と言う魔物が不可侵条約を破毀することがしばしば。
回りくどい言い方しかできませんが、要は日々頭の中の細胞が普通の人以上に破壊される病気との闘い。本人も辛いのは重々分っているが家族のストレスも大変なものです。
家の鍵は無くすこと幾たびか、ガスをつけっぱなしで眠り込んだり、絶対に普段ではしないことをいとも簡単にやってしまう。これでも命に係わることなら何が何でも防がねばいけないが、少々の事には目をつぶってきたがそれも今現在はギリギリ状態の綱渡り。ヘルパーさんの力を借りたりケアマネさんの助言も貰ったりしながら世間の同じような人もその家族もこんなことで日々戦っているのかと思ったら何とも言えないものがあります。
ここにもそのような施設の方もいらっしゃるとは思いますが、お仕事としてされていることに頭が下がる思いです。
嘗てはテレビもラジオも大好きで、世間話もよく知っていた人が加齢からくる認知と戦っている姿って他人ごとではありません。いつ我が身かと思うと居たたまれない気持ちになります。
よくきちっとした性格の人がなりやすいとか言われますが、確かに家人はそのままきっちりしないと気が済まない性格。ノートを見たら誰もが分るきっちり行もそろえる書きようでした。そんな人が字が書けなくなったり、曲がったように字を書くなんて、コレがその病気ですって医者に言われたら情けなくなってきます。
自分の行く末を見ているようで辛いですが、今やれることをやっておかないといつかは忘れ去られるようで怖い感じがします。

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2016年12月08日

ジェネレーションギャップとはこういうことか・・・

先日、後輩との飯会での話。
最近の若い者は云々と言ってきたのでこういい返した。
「先輩、最近の若い者の考え方ってわかりますか?」
「いきなり どうしたんや?」
「よく最近の若い者はさっぱり理解できません」
「そんなん 昔から言われているやろ」
「特に今の20歳前半の奴らの話にはついて行けませんわ」
「そもそも そんな奴らとついて行こうとするのが無理や」
「先輩もそう思いますか」
「思うも思わんも親子以上に歳が離れていて意見が合うはずがないやないか」
「礼儀も知らんし 挨拶もロクに出来んし」
「・・・」
「そう思いません?」
「まぁ彼らもちゃんとするときはちゃんとするやろ」
「あまいなぁ 先輩」
「そうか」
「あいつらの親の年代ってどのように育ててきたんでしょかねぇ」
「・・・」
「20歳前半やからきっと親も40歳半ばでしょ」
「そうなるか」
「子供が子供なら、親も親やと思うんです」
「そうかなぁ」
「やっぱり躾けの問題でしょう」
「そしたらオレよりだいぶ若い親やなぁ」
「・・・」
「オマエ幾つになったんや?」
「先輩より一回り下です」
「そしたら48歳か」
「・・・」
「偉くなったもんやなぁ オマエも」
「・・・」
こんな話でした。まぁ後輩もこの子たちの親のチョイ上やからって慰めておきました。と言うことは二十歳のの子の親って早い子の爺さん婆さんが丁度私の年齢になるってことです。益々、歳を感じざるを得なくなりました。

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2016年12月07日

老舗は皆が支えているもの・・・

師走に入り一日一日が早く感じられる。
今週から忘年会シーズンが始まっているようだ。
いつもの行きつけのお店もこの時とばかりあちらこちらに勧誘電話をしていると言っていた。黙っていてもお客さんはやって来ない、だからこちらから積極的にお誘いをかけるらしい。でもやりすぎはやはり嫌われるからそこのところが難しいと言っていた。
でも昔ほど夜のお仕事のお姉さんたちからはお呼びがかからなくなった。
パー券を買ってとか、誰々のバースディーだとかお店の周年記念だとか。冷静に考えたら年に何回かそのようなお呼びがかかっていたのは嘗ての話。
当たり前にそう何度も周年があるわけでも無く、そんなにバースディーもあるわけでも無く、お客もそこまでバカじゃない。
あるお店のマネージャーに聞いたことがあるが、実はこういうことになっているらしい。
お客がいきなり来るより、事前に予約してくる方が多くなった今、女の子を通しての来店が多いと、お客によって周年もバースディーも変えているらしかった。だからこのお客さんは今月来てくれるから来月はお店の周年で行こう、バースディーはいついつにしようとお店と女の事が共謀して作戦を立てるらしい。
それにまんまと乗っているのか、乗せられているのか。
会社の経費が使い辛くなって久しい、せめてこの忘年会のシーズンくらいは大目に見て欲しいとの要望はあちらこちらから聞こえてくる。
折角、キープしたボトルも次に行ったときにはお店は変わって跡形もないと言うことすらよくある時代。誰がそんなことを想像するか。
せめて1年いや半年くらいは持ってほしいと連れが切実に言っていた。
そんな飲み屋に行かなくなって久しいが、唯一学生時代からお世話になっているお店がミナミにある。そこは歯科大学生やOBがよくお世話になっているカウンターだけの小さなお店。ここだけは絶対につぶれない。出世払いもきくお店。
ママはもう70歳を超えるかどうかだが、なぜ潰れないのか?
その秘密はお客さんの8割以上が医者か弁護士か会社の社長さんたち。
ママが一度大病をしてお店を休んだ時にはその人たちが順番に店番をした。
ある社長はカウンターの中に入り会社の若い連中を日替わりで来させたし、ある先生は会議と称してこの店で会議をした。それをカウンターだけの小さな店だからお客が被らない様にカレンダーに歯科のアポイントよろしく「何時から何時まで何名」と書き込むノートを連れが作ったところ、毎日のようにお客さんが来た。ママが出て来た時にその売り上げに驚いた。
出世払いを銘打ってもそのままの奴も何人もいるが、そこの仲間たちからカップルも誕生して晴れて夫婦になったのもいる。もう何年も前からママが引退すると言うのを周りが必至で止めている。でもまたママが居なくても周りの連中が何とかしてくれるものと心配はしていない。
そんな時代外れの小さなスナックが今もミナミにはある。

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2016年12月06日

箪笥の中に無かったと言うことは・・・

今日は午後から冷え込むらしい。と言っても北海道地方の話だ。
関西は滅多な事では凍らないし雪すら降らない。
日本と言う国は南北に長いと思うし東西にも長い国だ。
天気予報で言っていたが、最低気温は明け方に一番多く記録されるが、気象庁の発表では午前9時までの気温で一番低い気温が最低気温になるらしい。
それが今日は9時以降、特に昼からの気温が夜明け前の気温を下回るので、最低気温より9時以降も気温の方が寒くなると言う逆転現象があちらこちらでおこるらしい。
先日、12月に入る前にそろそろ冬物の服を出しておこうと久しぶりにブレザーダンスを開けたら昨年か一昨年に買ったと思う服とシャツが出てきた。
あまり服装には興味がないのであるモノを着る癖がついている。それで買ったもののそのまま仕舞っているのが沢山ある。特にシャツは1枚買うと言うことは殆どない。大きさが合えば色違い、ガラ違いを何枚かまとめ買いするから大体4~5枚を買う。しかし実際に着るのはその中の1~2枚だ。だからタグの付いたままの新品のが眠ったままになっている。
大体しょっちゅうブレザーダンスなどにはいかないし、買ったのすら忘れているから後から見つけて嬉しいような悲しいような。
同じサイズで買ったはずが、新品を着てみるとちょい窮屈。やはり着なれたほうがスムーズに着れるからこちら方を着てしまう。
連れに着道楽を地で行く奴がいるが、まぁ正直私から見てもお洒落な奴だ。
毎回同じ服なんて着ないし、靴すら会うたびに代っている。同じ服を着る事なんか絶対にないと豪語するこいつは特殊だと思っていたが、逆にこいつに言わせれば私の方が変わった奴らしい。
人それぞれ迷惑をかけなければいいじゃないかと必ず私がそう言うらしい。
家人に言わせれば「毎回替えれば洗濯代が大変や」とか言われる始末。
近所の同級生の洗濯屋さんが居るがそこにもう取りに来なくなって2年の洗濯物があるらしい。一度昨年だったかそこの奥さんにこう言われた。
「そろそろ取りに来てくださいよ」って。出したことすら忘れているのか。
しかし自宅に置けなない人がワザと預けたままになっているように置かせてもらっているのもあるらしい。
そんなことを聞けば私も置かせてもらっているように思われたらどうしよう。
でもそこは安心だ。同級生だもの。いやいや同級生だからそろそろボケが始まったと思われやしないか心配になって来た。確かあそこは前払いだったはずだ。
預り金の発生が無い事を願うばかりだ。

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2016年12月05日

物忘れがこんなにも身近にあったとは・・・

昨日、急患があって診療所に出かけた。
無事に治療は完了して、帰りに急に「豚汁」が食べたくなって探したが日曜日のオフィス街は開いているお店が無く、尚且つ豚汁と限定すればなかなか見つからなかった。そうすれば自分で作るしか手は無く、近所のスーパーで食材を買って今夜のおかずにしようと思った。何分幸か不幸か自分で作れると言うのは良くもあり悪くもある。各地方で中の具は違うのだろうが、私はオーソドックスが好き。それでいて妙に拘りがある。具材も人参、大根、牛蒡、竹輪くらいは全国共通だろうが蒟蒻には少々拘りがあって七味入りのがお気に入り。出来上がってからも七味は入れるが蒟蒻の中に七味が入っているのが何より大好き。そして最後にサツマイモを入れるのだがこの溶けるか溶けないかの太さに切るのが大事。
細すぎると溶けてなくなってしまうし、太すぎると柔らかくならない。
一度出来上がって冷ましてからもう一度火を通す、その時に丁度良いあんばいになるような太さに切る。そしてお味噌は自分好みのブレンドをする。
家人はよく適当に鍋にぶち込んでその時の具合で美味い、不味いが決まる。
一種の賭けみたいなものとよく言っているが、私の性格上そんな博打はようしない。だからまず材料を切ってザルやさらに取り分けてから順番に鍋に入れるが、家人は切ったしりから鍋に投入する。まぁ煮えにくい材料から入れるのには変わりはないが一気に大量に作るから大鍋一杯に出来上がる。見た目はどこかの相撲部屋のちゃんこ鍋みたいだ。
順調に出来上がっていざ食べてみたら美味しいには違いないが何かいつもとちょっと違う気がした。材料も具材も何も変わらない。味噌の具合もちょうどいい。でもいつもならコレだけでも十分おかずにはなるが今回のは「ちょっと具が多い目の味噌汁」と家人評。自分自身もそのように感じたのは間違いがない。
でも十分おかずにはなったので2杯もお代りをして食事を終えた。
家人が何かを電子レンジに入れようと開けてみて固まった。
「あんた この豚何に使うの」
「??? 何て?」
「だからこの解凍した豚を」
もうみなさんお分かりでしょう、「豚汁」ならぬ「汁」をおかずにしていたのでした。
でも味は中々でしたと言っても後の祭り。豚汁ならぬ具だくさん汁を作ってしまった。
こんなところにも歳からくるボケの兆候なのかと物忘れをバカにした罰が当たってしまった。

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2016年12月02日

さすが先生 分っていらっしゃる・・・

昨日、何か困った時にいろいろアドバイスを頂く先生の所に行った。
最近目が悪くなったと言って白い杖を使ってられるが、心の目はしっかりと見えていると言っておられた。
かれこれ30年近くになると思うが、その頃は迫力があって頭に「や」のつく自由業の方が来られても、その迫力で相手がビビったと言うほどの貫録があった方だ。是々非々で判断されるし、間違ったことは何があっても間違いを正そうとするし、その方の前では全く嘘はつけない。すべてがお見通しだからだ。
前にもこんなことがあった。それは前日の晩に夢の中で私が現れていたそうだ。
そうしたらきっちりと翌日に私がやって来たとか。そんな事1度や2度ではない。
丁度前に来た時に「袴と白衣」を頼まれていたから、出来上がったのでお届けに行って来た。一日に何人もお客さんがあって先生も大変なお仕事をされている。相談だけでも時間に制限がないから、長ければ2時間以上にも及ぶこともある。
待っている方々は大変だ。しかし先生はいつも言われる。「待つのも修行」と。
私も休みの日には朝6時前から行っている。開門時間はほぼ9時過ぎ。
それから先生がお出ましになるまで1時間半から2時間かかる。門の所で待っているとお滝の所から水の音がする。先生が朝から水行をされているからだ。
夏ならともかくコレから冬に向かっては大変な修行だ。真冬でも行われていると言うから並大抵ではない。それに月に一度のお護摩も春と秋の大祭も御歳を考えたら大変な行だと思う。行者と言うのは私もそうだが簡単な気持ちでは出来はしない。(私は若干簡単な気持ちがあるが)
我々の仕事は時間から時間までの仕事だがこの先生の仕事は全国にいる信者さんの要望もあって全国各地に行かれると言う。大変な作業だ。身体にはくれぐれもお気をつけて頂きたい。
私が行くと必ず言われることがある。それはその先生の所に行くのに何かがそうさせていると。だから「今日は蔵王権現さんといっしょやな」とか「八大竜王さんといっしょや」とか聞きもしないのに必ずどなたと一緒と教えて下さる。
なにがしらの神さん仏さんがここに導いてくれていると実感することが度々ある。
「今日はどの方がここにお導き下さったんですか?」と聞いたらしばらく考えてこうおっしゃいました。
「今日呼んだのは 私や」「そろそろ替えの袴が出来たころやと思ってな」
それでどうしてもコレを持って行きたくなったのか・・・

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2016年12月01日

ホンマ 一日が早いと思う歳になってしまった・・・

寝過ごしてしまった。一昨日より今まで着ていたパジャマを冬物に替えて寝たからか、夜中に起きるのも一回減ったし、夜中に最低二回はトイレに起きていたのに一回になったことでついつい油断してしまった。
5時45分起床、6時には家を出る。6時20分には診療所に到着。
このパターンがもう数年続いている。なんでそんなに早く出るのかと皆が聞くけど、人それぞれ24時間しか持ち時間がない一日。もったいない気がして早く家を出るようにしたからだ。それに混雑が嫌いな性格、渋滞などもってのほか。
だから早く診療所に着いて、それからゆっくりするのが何よりの楽しみ。
でもいつもより30分出るのが遅れたら案の定、幹線道路は信号に引っかかりいつもはスムーズに走れるところが信号に引っかかる。
誰の思いも一緒だと思うが、家でゆっくりするか、診療所でゆっくりするかの違いだけだ。
一日のスタートのルーティーンが違うと些かムッとするからそこは十分に注意するようにしている。
最近よくポストに今年亡くなった方のご家族から喪中ハガキが入っている。
あの人も亡くなった、この人も亡くなった。そんな事を思いつつ、今日から12月に入ってしまった。あとひと月で今年も終わる。
そうだ今年の目標としていたことの一つがまだ達成できていないことに気が付いた。人に言うほどの事ではないがやらねば自分自身が気持ち悪い。
ひと月あれば大丈夫。今目の前にあるパソコンも今年新しく購入したばかり。
でも未だに使いこなせてはいない。携帯もガラ携からスマホに替えたがもちろん必要最低限しか使っていない。
段々と一年が経つのが早くなった気がする我々の年代、もっと大事に一日一日を過ごそうではないか 御同輩。

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