2017年11月30日

明日から12月 最後良ければすべて良し

日に日に寒くなったり寒くなく寒暖差が大きい日が続いています。
体調管理には皆さん気をつけましょう。今日で11月も終わりいよいよ12月へ突入です。師走、師も走る忙しい月です。最近はそのような傾向は無く落ち着いた年末を迎えようとしています。忘年会もクリスマスも一時に比べて落ち着いた仲間内でのパーティーや家族で過ごす方が多くなってきているとか、またホテルやイベントでの過ごし方も多く見られるようになりました。
バブルの頃と言ったら有名ホテルでのディナーショー、コンサートが目白押し、チケットを取るのにも一苦労した記憶がありました。
そんな華やかな過ごし方も良いですが、家族や友人たちだけでゆっくり過ごすのも良いのかもしれません。
私の友人にサンタクロースって本当にいると思っていた奴がいました。
小学校卒業まで本当にいる、いないで同級生同士言い合いになって一歩もあとへひかない両方がクラス会で言い合いました。今考えたら微笑ましいやら呆れるやらですが。こんな純粋な奴も今では孫が出来、自らがサンタクロースになっているではありませんか。何年か前に孫が出来た時に私が持っていたサンタのコスプレを貸したことがありました。(コスプレを持っている私も私ですが)
その時コイツに「オマエいつまでサンタを信じてたんや?」と聞いたら、高校に入るころまでやと答えていました。
夢があって良い事かも知れませんがそこの親もいつまでもプレゼントを置いていたかと思うと可笑しくて仕方がありませんでした。
今どきの子は夢も何もなく現実的でサンタ=親なんてことは百も承知だし、親の夢を期待を背いてあげるのは可哀想だとかでいちおう居ると言う体にして装っているみたいです。時代と言えば時代でしょうか。さぁ、あと1か月で今年もくれようとしています。最後良ければすべてよしになれるよう頑張ろうと思います。

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2017年11月29日

そんな季節がやって来た・・・

当ビルの玄関口にクリスマスツリーが飾られた。
いよいよ年末の準備にかかって行くのだろう。
この歳になるとクリスマスも正月もあまり関係が無くなった。一年中頭の中はハッピーなんだと思う。(ちょっと違う意味で)ワクワク感が少なくなってしまったのか、感動が薄れてしまったのか。
昨日、連れから今年の忘年会はどうする?って電話があった。その時に私がラインなるものをしていないのをイチャモンをつけられた。
電話で十分と答えたが、既読だの未読だの鬱陶しい事は御免被りたい。
そいつはいかにも知っていそうな発言で「ラインをやれ」とか「金がかからんぞ」とか言ってくるが、嫌なものは嫌なのだ。
いちいち気が付く付かないを心配するのがどうかしているように思うからだ。
読みたければ読めばいいし、読みたくなければ読まなければいい、それだけの事を何かしら考えすぎてしまう連中を多く見ている。そんな連中たちにも私のメルアドは教えていない。電話で済ませと常々言っているからだ。しかしショートメールなる電話番号からやってくるメールは止めようがない。だからこんな連中からのメールには着信音で分るようにしてある。この着信音が鳴ればろくでも無い奴らからのメールだからスルーしてやっても良い。たまに真面なのが入って来るがそれもごく稀にである。大した用事もないのにいちいち出ていても仕方がないからだ。
話を戻そう、そして今年の忘年会は如何やら毎年行っている場所を変えようと言ってきた。定店なら少々の無理は聞いてくれるが、新店はどうだろう、あの忘年会と言うよりは初めは大人しく始まっても終了間際は決してほめられたものではないからだ。あれを見たらきっとその店から出禁を食らうのは間違いない。
持ち込みOKそして踊り出すやつ寝込む奴、はたまた泣き出す奴。
はた迷惑な奴らばかりの忘年会。絶対出席が絶対条件。間違っても欠席すれば後で何を言われるか、されるか、そんな恐ろしい事を考えると夜も寝れない。
いつの間にか幹事さえだれがなるかも分らず、適当になっているが酒の飲まない私がいつも支払いをさせられている。最初は5名くらいから始まって、終わるころには周りにいる他のお客さんも加わるので最終的には15名くらいになる宴会。昨日も書いたが会費は先に払わさないと支払わずに帰って行くのもいててんやわんや。これで一人5000円は絶対に安いと思う。持ち込む酒は自腹だしおつまみも自腹、出してくれる料理と言ってもそこそこだが決して高い料理は頼まない。それでいて店を潰す一歩手前まで騒ぐ我々はきっとこの店にとっては邪魔な客なのだろうか、嫌々福の神なのだろうか。そんな季節がやって来た。

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2017年11月28日

懐かしいクリスマスの思いでです・・・

今週末はもう12月になる。
早いもので、クリスマスケーキやおせち料理の知らせが入った新聞のチラシが多く入っていていつものよりも重く分厚くなってきた。
早いものになると10月頃からケーキは作り出すとか。どのように持たせるかは企業秘密だそうだ。昔知り合いの子がケーキ屋さんでアルバイトをしていて親バカか私に「ケーキを買うなら娘の所で」とか言ってきたことがあった。別にどこで買うのも一緒だったからその年のクリスマスケーキはその娘さんのアルバイト先で買うことにした。クリスマスケーキって24日のイブに食べるものだとばかり思っていた私は24日になってもそのケーキが届かない。こりゃ25日に来るんだと思っていたらやはりその25日に届いた。そして届いたケーキを見て驚いた。30センチはあろうかと思うケーキが3個届いた。確か買ったのは1個のはず、何かの間違いかと連れに聞いたら、何でもノルマがあってその子が何個か売れ残ったので連れがまとめ買をしたそうだ。それでお金は1個分でいいから残りの2個も送ってくれた。25日の晩に3個の大きなクリスマスケーキをどうしろと言うのか。1個でも家族二人では食べきれないのに。それに生もののケーキ次の日に渡せない、残り時間はあと6時間ほど。結局は連れたちに急遽招集をかけて行きつけの居酒屋に集合。オヤジさんにはいつもの5人衆が集まるとか何とか言って席を確保、オヤジさんもクリスマスに腕によりをかけて船盛りを用意酒もどっさり用意して待っていてくれた。しかし事前にクリスマスの格好で集合と言っていたので皆それぞれサンタの格好やトナカイの被り物、空箱リボンを用意してその場所に集合最初の乾杯は居酒屋でのシャンパンでしたがその後は他の御客も交えてのクリスマスパーティー。結局3個のケーキは綺麗に無くなりました。狭い居酒屋で仮装パーティーをして後から入ってきたお客さんはきっと驚かれたことだろう。その日は勝手に会費制にして皆でもりあがりました。
結局は飲み食いしてパーティーをして知らぬ同士がワイワイガヤガヤ賑やかに過ごしとクリスマスでした。

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2017年11月27日

最初は中々馴染めないがいつまで経っても馴染めないのは困った

昨日、インフルエンザの予防注射に行って来た。
今年はワクチンが足らないとかで入荷次第受け付けますと張り紙がしてあった。
偶々その前に予約していたので間に合ったが、そろそろ流行り出しているらしい。連れも先々週に罹ったとかで約1週間仕事が出来ずに臥せっていたと言っていたが、周りからの情報ではインフルと言われた時に仕事は休んだのに出歩いているところを見られたとかで、「アイツ本当にインフルか?」と思われたと本人が言っていた。
勝手にインフルにしておいて仕事を休む口実にしたのではないかとの疑いも出てきた。何方にせよ本人の情報より周りの情報の方が正確な場合もある。
急激な寒さが続いて急に暖かい日が来れば汗をかいてそのままにしていたので私も鼻水が出たりクシャミが出たりで風邪のような症状ではあったが熱を測れば36度台、これでは風邪とは言わないと一蹴された。ただ咳は出なかったが鼻水がズルズル、マスクをしていても下を向けばマスクの中を鼻水が垂れて来るのでティッシュを丸めて鼻の穴に詰めながらマスクをしていた。
風邪を引いた時には風呂はダメだと言われてきたが、最近は少々違うみたいだ。
熱い風呂にさっと入って汗をかいて下着を何度か着替える方が良いと言う方もいる。本当に風邪でしんどい時は風呂に入る元気も無いはず。只管じっと寝ている方が良いように思う。しかし部屋の乾燥がやはり良くないようだ。
加湿器を二台ほど部屋の隅に置いて寝たら喉の痛いのが少しはマシになったように思う。子供の頃は加湿器などは無かった時代、練炭火鉢に大きなアルミの鍋を置き蓋をしないでお湯を沸かせて暖を取って乾燥ささずにいたように思う。
鍋の中のお湯が少なくなったら水を足すのが私の役目だったように思う。
そんな懐かしさも今は昔の思いで。今回リフォームで風呂場のカワックもミストシャワーも未だ使い方が分らずにいる。連れの中には「そんなの簡単なことや」と言うのもいるが今までの不便な暮らしに慣れきっている私にすればあ、ちょっとした近代化が仇となって未だに使いこなしていないのが現状だ。
最初に風呂上がりに乾燥のボタンを押し間違えてミストボタンを押して寝る前に洗面で風呂場を見た時にすりガラスがやけに結露していて乾燥が壊れているのかと思ったら乾燥ボタンとミストボタンを押し間違えたことに気が付いた。
それ以来老眼を理由に勝手にボタンを触らなくなってしまった。
加湿器にもアロマオイルを入れて気分を解すとかで入れた時も初めての事で刺激がきつすぎて興奮して寝れなかったことがあって以来アロマも使わなくなった。
アナログ人間には文明の利器は不要の産物なのか、そのまま使うのが一番良いように思えてならない。

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2017年11月24日

地元の患者さんの熱い期待を背負って・・・

昨日の祝日はかかりつけの先輩の診療所が今までの場所から少々国道寄りに移転するので場所の確認と同時に内覧会をされていると聞き見学に行って来た。
新しい診療所は未だ新築の匂いがして消毒の匂いではないのが不思議な感じだった。祝日に関わらず地元の患者さんや業者や同僚の先生が何人か来られていた。
私は先代との付き合いが長いし家族の方々も私の診療所に通院されているからか丁寧にも院長自ら各部屋を案内していただいた。先代にかかってからもうすでに40年くらいの付き合いだ。院長が産まれたことも先代から聞いていたし、その過程では高校、大学の進学も相談されたこともある。そんな子がもう開業医になられるとは月日が経つのは早いものだ。オヤジさんとはゴルフにも麻雀にも、飲みにもご一緒させていただいた。オネェちゃんが好きで飲み屋に同伴もしたしゴルフの打ちっぱなしにもつき合わされたし、オネェちゃんとの約束がブッキングしたときには急遽呼び出されて片方を私の専属とされたし、酔っ払って麻雀をしたらよくチョンボをされていてなかなか憎めない先輩だった。
うって変わって息子は堅物、酒も飲まない、博打もしない、ましてオネェちゃんなんて全く縁のない先生。何が楽しくてと思いきや仕事一筋の先生だ。
よく先代が「息子は変わっていてな」とか「何を考えてるかわからんわ」とかよく言われていた。だから必ずこう言い返しておいた。
「先輩の息子さんですよ、そんなはずは無い」って。嫌味で言っていても先輩は目を細めながら嬉しそうに私の話を聞いていたのを思い出す。
唯一、先輩との共通点はと言えば患者さんに対して決して妥協しないと言うところか。診療時間ぎりぎりまでは絶対断らないし、時間オーバーになってもその患者さんが終わるまでは決して診療所を出ることが無く点滴が終わるまで1時間でも付き合ってこられた。私などアポが無くなったら10分いや20分前でも帰り支度をするのを常に怒られていた。昼休みの5分前にいきなり治療に来られた時、昼ご飯を一緒に行きましょうかとお誘いした時は「まだ5分前や」と怒られたのを懐かしく思い出される。その時暫くは私も言うことを聞いた記憶があったが今ではやはりアポが無いと少々早い目に気持ちはもうすでにここにあらずと言う感じになっていることを少々反省しながら日々診療に従事している。

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2017年11月22日

手品も名医も種があると言うことが分ってしまった・・・

今晩からまた雨になると天気予報が言っていた。
天気予報は当たらない代表の様に言われた時期があった。
天気予報より下駄を放り上げたほうがよく当たると揶揄された時期もあった。
今どきの子供は運動靴だろうが、道端で靴を蹴り上げるような子は皆無だった。
もう死語になりつつあるが、我々の学生時代にはまだ下駄で通学するようなバンカラ学生もいた。私もその一人だったが大学の予科時代は下駄で通学をしていたのを思い出した。最初は新品の下駄でもだんだんと履いて行くうちに片方の下駄の刃の外側が目に見えて擦り減って来ていかにも歩き方が悪い代表のようになってきた。
今でも靴底を見ればやはり片方がもう片方より減り方が大きい。
先輩の先生はいろんな事に精通している先生で、特にかみ合わせには煩い。
色んな病気はこのかみ合わせからくると言えると常々おっしゃっている御仁。
よく患者さんとの話の中でかみ合わせの方向に話を誘導していって、自分の得意分野の話をされる。顎関節症の権威でもある。私もいろいろと話を伺ってはいるが、どのように話をそちらの方に持って行くか、そして患者さんのハートをつかむかを勉強させてもらった。まるで手品のようだとも思った。
しかし手品にも種はあるもので、聞けば聞くほどなるほどと思ってしまった。
一度自分の目の前でその種明かしをしてくれたことがあった。いたって簡単な患者さん掌握術だ。初めての患者さんはココの医院はどうかなと思うだろう、そしてこの先生は大丈夫かとも思うだろう。でも先輩はそこを逆手にとって上手に話を丸め込んでしまう術を持っている。
顎関節の動きを鏡で患者さんに見せて、口の開け方が真っ直ぐではないことを認識させ、これなら肩が凝りませんか?と聞き、大体の患者さんは少々の肩こりはもっているはずです、だからこのままだと肩が凝るんですと言い、極め付きは何やら受付の子との合図がありまして、この状態ならきっとあなたの靴は右側、左側のどちらかが減っていますねとたたみ掛け、受付の子との何かしらの合図でその片方を言い当てると言うこれこそ手品!!必ずや患者さんは「そうなんです」とか「その通りです」とか言わせればこちらのもの。絶対に帰りかけには自分の履いてきた靴やスリッパやヒールまで手に取って見てしまうと言うコレこそ先生マジック。ココの掴みがしっかりしているからこそ名医と言われる所以だと言うことをマジマジと見てしまった。結局は手品と一緒で種があると言うことだ。

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2017年11月21日

匂い(におい)と臭い(におい)は違うものです

一昨日くらいから寒さが増してきて標高の高い所では初冠雪があったようだ。何日も早い初冠雪だとニュースでも言っていた。
昨日も患者さんからのアポイント変更が相次いだ。インフルエンザも流行り出したみたいだ。日頃からマスクは必須で手洗いやうがいもマメにしているがやはり乾燥が良くないとか言っていた。待合室と診療室内には3台の加湿器がフル稼働している。本当はもう少し大きめのが欲しかったが朝水を入れて昼過ぎには無くなるので毎日3度水の補給をしないといけない。それはそれで新しい水が入ることで良いと言えば良いのだが。昔、その中にアロマオイルを入れたところ微妙なにおいがした。敏感な患者さんからの指摘で人によっては好き嫌いの匂いがあるので自分は大丈夫でもあまりきつすぎるとよくないかもって言われたことがあって、それ以来一か所のみ入れるようにしている。
確かに昼休みに食事に出かけて診療所に帰ってきたらやはりアロマの匂いが気になるときもあった。でも同級生の所はもっときつい匂いがしていた。
聞いてみたら誰かに貰ったお香を焚いているとか。院長は若干鼻が悪いから気にしないが私が行ったときにはお寺の匂いがした。そう女の子に言ったら
「やっぱり先生もそう思いますか?」
「皆もそう思わへんか?」
「みんなそう思っているんですけど院長が・・・」
「よっしゃオレが院長に言ったるわ」
こんな会話があった。そして同級生に言ってやった。
「オマエあの匂いは何や」
「エエ匂いやろ」
「人には好き嫌いがあって、あまり匂いのきついのはアカンぞ」
「あれは何のお香や?」
「知らん、家の仏壇にあったやつや」
「・・・」
「線香に種類があるのか?」
「厳密に言ったら線香もお香みたいなもんやが」
「どういうこっちゃ」
線香もある意味お香であるには違いが無いのですが、お香は匂いを楽しむもの、線香は仏事に使用するものと言うくらいしか違わないのですが、匂いに敏感な人ならお香と線香の違い位直ぐに分ります。そう言ってやったら早速どこかでお香を買ってきたらしいです。当然お香と言ったら「伽羅」「白檀」「沈香」と思いますが、そいつが買ってきたのはどこか東南アジアにあるような異常に匂いのきついお香と称されるモノでした。これならまだ線香の方が良かったかも。
それからそこの診療所はいつの間にか「バリ島」のような匂いがするようになりました。でも良い匂いとは言いますが良い臭いとは言わないものです。

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2017年11月20日

色んな問題は浮き彫りになって・・・

先日、後輩の結婚式の二次会があった。
今どきは昔の様にホテルでの式が少なくなったらしい。
礼服を着て参加すると言うよりカジュアルな格好での参加者が多くいた。
御両家の式と言うよりは友人たちが盛り上げるような雰囲気でそれなりに良かったと言っていた。
昔は結婚式場と言った堅苦しい場所で荘厳な式が多かったが、友人たちとワイワイガヤガヤが今の主流みたいだ。
同じくお葬式もお寺や会館での式よりも家族葬がこれまた主流になりつつあって、御香典をも受け取らない会が多くなったし、樒も無く家族とごく親しい方のみの葬儀が多くなってきたように思う。
確かにコレはこれでいいのかもしれない。結婚式とお葬式を同じとは言わないが時代時代に沿ったやり方がやはり主流になって行くことは良い事だと思う。
我々の年代は子供の結婚やら親の葬儀やらでさぞ忙しくなるかと思いきや、
子供は中々結婚しないとか、親も長寿でこちらが先やとボヤク声もちらほら。
結婚に関する考え方が違ってきたのだろうか。これも極端な言い方かもしれないが今の若者が結婚の意味を見いだせないとか、経済的にやって行けるか心配だとか、いざ結婚しても子供を持てないだとか、どう考えても悲観的な考え方が多くを占めているように思える。
今の日本が抱える問題として、今の若者の置かれている立場がそうさせるのかもしれない。少子高齢化が叫ばれてもう何年にもなる。待機児童問題もその一つだ。保育園も入れず、その為仕事に復帰も出来ず、正社員を辞めて非正規社員になって仕事を続けられずに仕方がなく辞めざるを得ない今の状況。
安心して子供を持つことも出来ない云々。
何処か昔の事を懐かしむ我々世代だが、自分の親もちゃんと介護できるか心配が先に立つ。老老介護なる言葉も我々世代には重く圧し掛かって来る。
希望の見いだせない現状を皆さんどう思われますか。介護の仕事はきつくて低賃金で大変なのは分っていますがそのまま放置していて良い訳がありません。
高齢者や子供たちにもっと希望を与えてくれるような国であってほしいと思う今日この頃です。

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2017年11月17日

事故にはくれぐれもご注意ください・・・

今朝は一番冷え込んだようだ。
家を出るころにまだ薄暗くライトを点灯しながら走っていたが、街路樹の落ち葉がクルクルと舞っていてきっと外は寒いんだろうと想像できた。
当医院の入っているビルの周りも高いビルばかりで交差点に落ち葉の舞う姿が見て取れる。以前ここに書いたことがあるが不思議とその落ち葉が一定間隔で小さな山をこしらえる。襟を立てて道を急ぐサラリーマンさんやOLさんたちの足元にもこの落ち葉がクルクルと回って行く手を阻むことがある。
しかし交差点の中にある落ち葉はあっちへ行ったりこっちに来たりと忙しく場所を変える。そして車が通るたびにその渦は無くなっては消えを繰り返す。
ビル風がそうさせるのだろうが風向きによってもその渦の位置が変わる。
木枯らしが吹けば街路樹の葉が枝から落ちて地面一面に黄色い絨毯を敷き詰めたように一瞬ではあるが見える。そして信号が青に変わればその道路一面の落ち葉が舞い上がり風と一緒にクルクルとダンスを始める。
しかし綺麗に見えても交通事故にもなりかねない危なさもある。
一度診療中に交差点を曲がってきたバイクがマンホールの上にあった落ち葉に乗ってしまってすってんころりん転倒した場面に直面した。まだ後ろから車が来ていなくて良かったものの、もし昼間にでも同じことが起こればあ大惨事を起こしかねない。私はバイクには乗ったことが無いがバイク乗りの人に聞けば一番事故にあう危険性があるとか。連れは同じ経験をしたことがあって落ち葉では無かったが雨の日に交差点の真ん中でマンホールの上に乗ってしまってツルッと滑ってバイクが転倒したとか折角買ったバイクがそれでおじゃんになったとか。大きな出費だと言いまわっていた。それを聞いた別の連れが一言言っていた。
「あいつの乗っていたバイク新品でもなく750CCでもなく、中古の原付やで」だって。まぁあいつにとっては中古の原付でも大きな出費には違いない。

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2017年11月16日

やっと家風呂に入れる

リフォーム工事が明日で終了する。(今年分は)
そのおかげて日頃は行く事の無かった風呂屋にも、コインランドリーにも行くことが出来た。貴重な経験と言えば大げさだけれど、率直に言わせてもらえば風呂屋もコインランドリーも絶対になくならない職業であり仕事だと言うことがよく分かった。
絶対に欲しかった風呂場の暖房、家人は二度風呂場でヒートショックを起こして倒れてしまった経験があった。それにドアが内開き、これも中で倒れられたら開けるに開けられないからスライド式にしてもらった。これなら何かあってもドアが開けれないことは無い。なぜ最初からそうしなかったのか今となってはこの家を造った親父は居ないから分らないが、拘った造りも問題が山積だ。風呂から見える中庭何てどこかの本で見たのかもしれないが全くの不要なものだ。今は物置だし、だだっ広い脱衣場もそれだけで冬場は寒くて役立たない。(雨の日は洗濯物を干す場所だが)今回はカワックを入れて風呂も脱衣場も暖かくなったはずだ。本当はジャグジーにしたかったが横長のバスタブが邪魔をして付けれなかった。当時の親方が拘り性なかたで座敷の壁の中に入れる藁は何処何処からとか、
床柱なんか幾つもの中から選ぶと言う拘りよう。畳は誰の職人さんに作って貰う。その方が仕事で詰まっていたら何とかしてでも作ってもらうように仕向ける。そこまでしたから予定を大幅に延びてしまったとか。玄関の敷石は形が気に入らないとかで石屋と何度も現地に出向くこれも拘り。植木に至っては鬼門、裏鬼門に何々を植えてくれ、玄関の所にはコレとコレ。最初は綺麗だとは思わなかったが30年以上経てば木も大きくなりそれなりの格好になって来た。
いくらオヤジが建てた家と言っても余り変えてしまうのは心が痛い。そこでその当時の現場監督さんが独立してリフォームの会社を立ち上げたのでそこにお願いして今回のリフォームをすることにした。先代の棟梁の拘りをも受け継いでいる方なので一筋縄ではいかない。何度も打ち合わせを繰り返してやっと今年は風呂場と脱衣場と水回りを触ってもらうことにした。それがやっと明日一部ではあるが出来上がる。まだ全体を見ていないので分らないが拘りの詰まった風呂と脱衣場、どうなっているのか楽しみだ。

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2017年11月15日

変わった奴がいるのです

毎回銭湯やコインランドリーの話を書き込んでいたら、連れからこんな電話が来た。
「オイ ついにオマエ家を追い出されたんか?」
「何やいきなり」
「そうかて風呂屋に行っただの、コインランドリーを使っただのと書いてたやろ」
「それがどうした」
「またオマエしょうもない事をして、家を追い出されたんかと思って」
「アホか何で家を追い出されなあかんねん」
「オマエが風呂屋に行くとは思わんかったから」
「読むなら、よく読めや 風呂場のリフォームやと書いてあったやろ」
「そんなとこ読んでないわ コイツ風呂屋に行ってるとしか読んでない」
「どっちにせよあと二日で出来上がるわ」
「オレに言ったら風呂くらい使わせたったのに」
「いらんわ」
「遠慮せんでもエエのに」
「何でオマエの所の風呂使わなあかんねん」
「ただで使わせたろって言ってるのに」
「いらんわ オマエの所を使うくらいやったら風呂入らん方がマシや」
「遠慮せんでもエエのに」
「チョンガぁの風呂なんかいらんわ」
「今はチョンガぁでも昔は嫁も居ったわ」
「その嫁さんがオマエに愛想をつかして出て行ったやろ」
「そんな話はもうエエって」
「それにその後でその風呂で何を飼ってた」
「・・・」
「オレは知ってるで小型のワニを飼ってたやろ」
「・・・」
「その次は何処で貰ったかは知らんが亀や」
「・・・」
「何匹も飼っててどれだけ臭かったか」
「アレは失敗したわ」
「どっちにせよそんな風呂へ入れるか」
こんな会話だった。コイツどこで貰ったかは知れないが確かあれはミドリガメだったと思う、風呂タブの中に一面亀がぷかぷか浮いていて異常な光景だった。
いくら水槽が小さくなったと言ってもあそこに亀はいかん。その後で何年か後に聞いたらどこかにまた引き取ってもらったとか。そんな亀さんの後にオレが入れるかって言ってやった。
だからここに書いてもしょうもない事でオレに思い出さすな。
こんな会話だった。世の中にはいろんな変わった奴がいるのです。

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2017年11月14日

私もそろそろヤバくなって来た・・・

久しぶりに家人より先に家に帰った。
ポストから郵便物を取り出そうとしたが鍵がかかっていた。
ダイヤル式のやつだ。しまった暗証番号を忘れてしまった。
確か三回回さないといけないやつだ。え~と何番だったか?思い出せない、焦れば焦るほど番号が出てこない。こんな時の為に暗証番号を書きとめた紙を別の金庫に入れていたのを思い出した。しかしそこの金庫の暗証番号も忘れてしまった。漫画のような話だが、コレが分らなければ鍵屋さんを呼ぶか入り口から何かマジックハンドのようなもので取り出さなければならない。
自分の家のポストを態々マジックハンドで取り出すなんて格好が悪くて出来やしない。考えろ、考えろ、思い出せ、思い出せ。最初に買った時の番号なら忘れてしまうからと言って、態々何かしら忘れはしない番号に家人も同席したうえで確認しながら新しい番号に変えたことまでは思い出した。
されど思い出せない。このままなら折角買ったばかりの(半年くらい前に買った)のをこんな理由で壊すなんて思っても見なかった。
そうだ、金庫に入れておいた紙以外にももう一つ書いた紙をどこかになおしておいたことまで思い出した。が、しかしである。それをまたどこに置いたかを忘れてしまった。もう一度冷静によく考えてみよう。あの時は確かどの番号にするかでいろいろと議論したのを思い出した。誕生日?電話番号?住所?・・・
段々記憶が蘇って来た。家の電話台の引き出しの中か?いやそれは一番最初に決めた場所だが滅多に開けないところだったので忘れてはいけないと思い止めにした。(実際忘れているが)仏壇の引き出しの中か。いや滅多に仏壇に手を合わせないと言って家人とけんかになった所まで思い出した。そうすれば何処だ。
カギと言えば家の鍵と自転車の鍵だ。そうだ自転車の鍵の番号にしたらと言って同じ番号にしたことを思い出した。やった、これで開けられる。
しかし今その自転車に鍵はついていない。自転車を倒した時にそのカギを若干曲げてしまって取り外したのを思い出した。ああこれで振り出しに戻ってしまった。何の番号だったか。そう言えばどちらが忘れても思い出せるような番号だ。
そしてその番号は家族しかわからない番号だ。やったやっと思い出した。
家人と私の生年月日を足した数を番号にした。そうだその合計を暗証番号にしたんだった。やっとこれで開けられる。そう思って開けようとしたが未だ問題はあった。そのダイヤルが右回りで開けるのか左回りで開けるのか。
何度も考えれる範囲でやってみたが開かない。右に幾つ、左に幾つ、だったのか?左に幾つ、右に幾つだったのか?はたまた同じ方向に三回だったのか?
右、左、右だったのか?この地点でもうすでに30分は悪戦苦闘しているではないか。結局そうこうしているうちに家人が帰って来て、今迄の経緯を言ったら
「あんた、そろそろヤバいんじゃない」こう言われた。あんたに言われたくはないと言い返し、番号が分っても回し方が分らないと言ったら、家人は私がやるとポストに向かい何やらこそこそしだした。そして簡単に開けてしまった。
少々ボケても開け方は手に染み込んでいるらしい。最後に又こう言われた。
「あんたもたまには新聞を取りや」だと。益々あんたに言われたくないわと言い返した。

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2017年11月13日

経営はしんどいかもしれないが是非とも残ってもらいたい

日に日に涼しくから朝晩は寒く感じるようになった。
家のリフォームの関係であと1週間風呂が使えない。スーパー銭湯にも飽きたので地元の風呂屋に行って見た。440円、昔はいくらだったのか忘れたが当時の物価を考えたら今のこの440円は高いのか安いのか分らない。でももし家族4人で行ったなら1760円、それに風呂上がりの飲み物を入れたらゆうに2000円を超える出費になる。これでは家計に響くかもしれない金額だ。
それとコインランドリーにも行くようになって、最初はどうすればいいのか洗濯機の上に書いてある注意書きを読んでもよくわからなかった。だから隣の人がするように真似をしてやっと何とか洗濯が出来るようになった。そこのは洗濯、乾燥で50分、800円でドラム式のがすべてやってくれる。
私は車で待てばテレビを見ながら時間を過ごせるが、そのドラム式の洗濯機の前で漫画を読みながら待つ人やスマホでゲームをしている人、読書をしている人と様々だ。乾燥機だけを使いに来る人もいれば何だかいろいろな人間模様を見るようで面白い。一人暮らしの人ばかりではない、小さな子供連れも来ればお年寄りも利用している。私は洗濯を放り込んでその近くの風呂屋に行って出てきて丁度出来上がるくらいの時間になる。440円と800円、それに飲み物の140円で事足りる。スーパー銭湯のサウナも良いがただ岩盤浴やマッサージなんかをすれば5000円仕事だ。毎日は行けまい。でも近所のマッサージに行けばコースにもよるが3000円から5000円を使うことになる。
毎回言うが、家風呂が当たり前の時代、銭湯の効果は小さな子供には良い教育にもなると思う。マナーや共同風呂の使い方、大人との接し方、御年寄りとのつながり、でも良いことばかりとも限らない。小さな子供が湯上りに大人が飲むビールを興味深く見ていて、その大人が「大人になったらよくわかるようになるから」って訳のわからない話をしていた。そこの親父がビールを飲んでいて番台の横にはビールのアテ、そして子供向けのガム(1個10円)風呂の中とは違った人間模様?も見て取れる。私は昨日はスポーツドリンクにしたが、その前食べたかったアイスクリームやフルーツ牛乳、コーヒ牛乳など。コンビニではなかなか食べれないものの宝庫。一度家風呂も良いが、スーパー銭湯も良いが、こんな地元の風呂屋もなかなかですよ。
決して風呂屋の回し者ではありません。  悪しからず。

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2017年11月10日

言うは易く行うは難し

今朝は眩しいくらいの日差しで目が覚めた。
目が覚めたと言ってもいつものように6時過ぎには診療所に着いていた。
メールやパソコンの一通りの手順で毎朝のルーティーンがあってそれを済ませたら新聞を読むのが日課だ。しかし今朝はまだ新聞が届いていないので待合室のソファーでちょっと横になったら寝てしまった。ブラインドの間から日差しが入り込んでその光の眩しさで目を覚ました。その間30分くらいだろうか熟睡してしまった。目覚めた時は一瞬「ここは何処」状態で待合室だと言うことを忘れていたくらいだ。
家ではなかなか熟睡できないのか、はたまた歳のせいで夜中に何度もトイレに行くためか、目覚めが悪いように思う。たった30分の事でもすっきりとした目覚めだったから気分よくなった。
先日より家のリフォームで風呂が使えない。骨折中など入りたくても入れない状態だったころと違い、たった2週間でも毎日入るのが当たり前の入浴が出来ないのは心配だったが久しぶりに風呂屋に行った。スーパー銭湯には行くがそういうところではない町の風呂屋には最後に行ったのがもう50年くらい前になる。
半世紀ぶりに行って見たが今の風呂屋は何でもあって便利になっていた。
懐かしいフルーツ牛乳もコーヒ牛乳も今では懐かしい飲み物だったがそれらが未だにちゃんと風呂屋にはあった。紙パックではないガラス瓶の飲み物。衛生上その場でしか飲めないが瓶入りのフルーツ牛乳なんて何年振りいや何十年ぶりにのんで見たが味は覚えていないが何となくではあるがこんな味だった様な気がした。家風呂があって当たり前だがそこに来ているお客さんは家に風呂があっても大きな風呂が良いと思ってこられる愛好家❓なのかもしれない。
偶々近所に大きな競技場があるのでアスリートの方々もよく利用されているとか。入り口には「選手の方はよく足を洗ってからお入りください」との張り紙もあった。競技場周辺のランニングコースのすぐ側にあるから良くそんなランナーも来られるとか。スーパー銭湯には無いふれあいの場でもある。
その銭湯は子供たちにも人気があるらしく、風呂屋のマナー教室なるものがあるらしい。今の子は風呂屋に行ったことが無い子や、恥ずかしい、格好悪いと思って行かない子がスーパー銭湯や旅館の大浴場でマナー違反、ルール違反をしない様にとそこの風呂屋の主人が定期的に開いているとか。そんな地道な活動が地域の子には受けているらしい。
風呂屋と言えば私の大学の先輩の実家が風呂屋で同級生が嘗て「1日だけでもいいから番台に座りたい」と言って先輩に懇願していた。その先輩も「1日とは言わないから半日でも座れるもんなら座ってみ」とかで同級生が番台に座ってみた。まだ二十歳くらいの男性が番台に座れば目のやり場に困る。案の定1時間と持たなかったらしい。言うは易し行うは難しだ。

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2017年11月09日

世の中は上手に生きればそのリバウンドはきっと大きい

最近の昼食は今までの行きつけのお店がランチを休んでいるために、いろいろと足を延ばして昔行った店や行きたかった店に行くようになった。
昔からいろんなお店を開拓するような自分ではなく、一旦行くとずっとそこばかり行き続ける癖があった。だから常連になる確率が高く気が付けばいつの間にかそこに居ると言うことが多かった。しかしそんなお店にも新しい違うお店に行き出せば自ずと足が遠のくので1週間で言えば月曜日から金曜日の五日間しか昼食は無いので毎日違う店に通うとなれば週一と言うことになる。これでは常連にならず最初は週の半分かそれともほぼ毎日通っているうちにいつの間にか常連の仲間入りが出来る。
前にも書いたが最初に開店か何かで店に行き出した当初は週2か週3のペースで行き出して、そのうち週1になり半月に1回になり月に1回となれば最初の印象が強くなっていて月に1回でもよくお店に来てくれる客になってしまう。
そんなお店がいくつかあるがそんなお店の中でたまに行っても快く受け入れてくれるお店がいくつかある。そりゃ商売だから愛想がよいのは当たり前だがそれ以上に常連さんの条件は何かと言えばメニューにない料理を出してくれるところだと思う。俗に言う「裏メニュー」という奴だ。よく一緒に食事に行く連れがそれを見て自分もそれにあり付きたがって何度も足を運んだが一向にこの「裏メニュー」にありつけず、「お前と行くときだけ何で裏メニューが出るんや」と嫌味を言うことがあった。何も私が裏メニューを出してくれって要望したわけでも無いのにである。連れにしたら何か釈然としないと言っていた。
その内そこの大将に言ったらしい。「○○と来た時に出してくれたアレ今日は無いのかな?」そう言って大将に聞いたんだとか。すると大将は「アレですか、あれは○○先生が来た時に出すんで普段は出さないんですよ」こう言われたらしい。「オレあれが食いたいな」としつこく迫ってやっと出してもらったとか。
それだけで何とか常連になった気分で気持ちが良かったと言ってきたからこう言ってやった。「オマエもその内中元、歳暮が届きだしたらほんまもんの常連になったということやな」って。「何?中元や歳暮をオマエ貰ってんのか?」
「もう何年も前から貰ってるで」「・・・」
行く回数の問題ではない、使う金額の問題でもない、如何にそこの店に印象に残る客になるかやなと言ってやった。最初に如何に印象付けるかが後々に大きな差が付くことになるんやと言ったら連れは黙ってしまった。

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2017年11月08日

実際の言葉がけは大事な薬になるっていうことです

久々の雨だ、一雨ごとに季節は移り変わるとは言うものの、未だ半袖シャツで近所のコンビニに買い物に行くと周りの目を若干気にしだした。ウインドブレーカーを羽織ればそんな目にさらされないのに、そのひと手間が邪魔くさい。
先日、知り合いの先生が病気入院されたと聞いてお見舞いに行って来た。
いつもは元気でゴルフも釣りも私の師匠だったが息子さんに医院を譲られて悠悠自適の生活をと思われていたのに、患者さんによってはその先生にしか診て貰いたくないと言われて息子さんは少々悩んだとか。同じようなことは私にも経験があった。「院長休みか、そしたらまた出直すわ」一瞬ムカッと来たが暫くすると慣れてきて「院長のいる時にお越しください」で済ませれるようになるまでには1年はかかった。もし今親父が居て隠居している状態でこんな患者さんが来たらどうしたであろうか?想像したら可笑しいのかもしれない。しかし言われた本人はいたく傷つくものであろうと思われる。私は30代の後半でオヤジを亡くしたが、その当時なら女の子に言って「塩でも撒いとけ」と言ったかもしれない。
(実際は言ったようだが)同じように私が大学病院に勤務していた時に患者さんを担当していた時に、1学年上に女性の先輩が居られた。いつもお世話になりっぱなしだったが頭も良くて、技術も素晴らしい先輩だったがある時、患者さんから「女の先生は嫌や、男の先生に変えて」と言う患者さんが居た。私では無かったが1学年下の後輩にその患者さんを担当させた。いつもは気丈にふるまわれていたその女性の先輩は医局の自分の机で一人しょぼんとされていたのを思い出す。今や女性の数も大分増えてきていると聞くが、その当時はまだ女性の歯科医師は少なかったので患者さんの方にも心配だったのかもしれない。
自分も病院にかかったら、自分より若い先生に診て貰う時にも同じような感じがするかもしれない。「この若造に何が分るねん」と思うかもしれない。
嘘でも年配の先生の一言は我々高齢者には大いなる薬になる。
私もそろそろそんな目で見られる年齢になったのかもしれない。
「大丈夫、これで治りますよ」の一言が患者さんの心配を少しでも和らげる薬になることを経験上知っているからだ。もしも苦虫を潰した顔で「う~ん」なんて言ったら患者さんはきっとより心配に感じるはずだと言うことも経験上知っている。だからむやみに心配させるようなことは言わない。
先生の一言が患者さんには大いなる安心を与えることになるってこと。

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2017年11月07日

このような使い方は便利ですよ

昨日、診療所用に来年のカレンダーを買ってきた。
毎年この時期に買うのだが、一昨年はちょっと買う時期がずれたら毎年買うのが無くなっていて少しショックだったからだ。
私の横に掛けてあるあるのは患者さんからも見えて大きな文字のやつで、老眼の私でもすぐに目に付くような大きさのカレンダーだった。一つ約3000円くらいしている。そして後は待合に掛けているのとスタッフルームに掛けている分だ。昔は材料屋さんからも技工所さんからも暮れに頂いたものだが最近はそんなことも少なくなった。卓上のカレンダーはパソコンメーカーからのが毎年来るからコレは心配しなくて済む。
3~4年前から1日1ページの能率手帳なるものを目の前に置いている。
今迄何かとメモに書いていたがそのメモをすぐにどこかにやってしまって困った経験から、このノートをメモ代わりにしていて何かしら書き留めておくと便利だと言うことが分りそのように利用している。最初は2センチほどの幅のノートが一年を経とうとする頃には暑さが10センチほどになるからこの中にはいったいどれだけの分量が書きとめられるのか想像もつかない。
これの良い所はその日に来たハガキや封書で残さないといけないものもその日にちの所に挟むだけでよいから無くすことは無くなった。簡単に言えば家計簿のような役目もしていると言うことだ。コレはぜひ皆さんにも推奨したい。
はち切れない様になったらゴムバンドか何かで挟めばよい。格好良く見せるならブックバンドか何かで挟めばより格好良く見える。だから暇な時に読み返してもその時に考えていたことなどを思い出すツールにもなる。
その代わり余計なことも思い出すので注意が必要。
日記帳のような役目もすることになる。私はその中に昼食を書き込んでいるから何月何日には何を食べたかもわかるようにしている。そうすると今日の昼食を迷った時にぱっと捲って出てきた日にちに何を食べたかでその日の昼食を決めると言うこともしばしばある。

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2017年11月06日

ヒヤヒヤの昼食でした・・・

この3連休は絶好の行楽日和でお出かけになった方も多くいたと思います。
私は土曜日は午前診があったので昼からの休みを大いに楽しみました。とは言っても午前中のみの仕事があれば、結局は昼から休みと言っても身体の疲れはなかなか取れません。でも半日仕事を離れれば気分転換にはもってこい。リフレッシュできたのには違いありません。連れと昼から会う予定が入っていたので久しぶりに梅田の方に出かけました。同じ北区に居てももう何年もそちらの方には出ていなかったのでその変貌ぶりには驚かされました。
先ずいつも言っていたお店が無くなり、新しいお店に変わっていたり、通った事の無い道が出来ていたりで全く浦島太郎状態でした。周りから見れば周りをきょろきょろとみている御上りさん状態かどこかよその国からやって来た外人さんの様に見えたかもしれません。昼食をどこで食べようかと思案していたら連れの一人が見晴らしの良い所で食べたいと言い出して「オマエ北区で仕事してるのに知らんのか?」と言い出した。「こんなとこまで食べに来るか」と言い返したが正直なところこんなにも様変わりしているとは思いもしなかった。
それに土曜日の1時前何てどこに行っても待つのは覚悟の時間、連れ二人と私の3名は待つことのできないオヤジたち、そう言ってもどこでも空いていたら入ることはしない連中。美味しくて待ち時間が無くて景色のよい所なんて見つけるのは至難の業。結局、ぶらぶらと食堂街をうろつく目つきの悪いオヤジたち。
そして目ざとい一人が店内の様子を窺っていて一組の客が出そうなのを見つけて目星をつけた。幸運にも待ちは無い、すかさず店内入口に順番を待つかのような顔をしてレジの所に立っていた。その席の客は変なオヤジがチラチラとそちらを見たら逆に席を立たないか心配したが何とか入店することが出来た。
残念ながら窓際ではない、景色を見ながらとはいかなかったが空腹に景色は関係ない。メニューに限定10食とか書いてあるのを店員に確認したらまだあるとのこと、コレはラッキーとそのメニューを頼んだ。来るまでの間、「限定何て関係ないのとちゃうか?」「本当はもっと用意してあって出し惜しみとちゃうか」とかガヤガヤ煩い。一度、このメンバーで鉄板焼きを食べに行ったとき、「焼き加減はどういたしましょうか?」と言われて、ミディアム、ミディアムレア、と頼んで目の前で焼いてもらって、同じ時間焼いていた肉を出されて、「ミディアムとミディアムレアとのどこが違うのか」と訳の分からん事を言い出してこちらがひやひやしたのを思い出し、何も言わずにいてくれと思っていた。
空腹にはミディアムもミディアムレアも胃に入れば関係ない奴ら。案の定薀蓄は出なくてホッとしたがワイワイ煩く言いながら食べたのには変わりが無かった。
それ以来私は鉄板焼きを食べに行ったら「焼き具合は?」と聞かれたら「お任せします」と言うようにしている。

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2017年11月02日

懐かしい思い出だったなぁ・・・

今日も絶好の日和だ。スポーツにも行楽にも。
週末は台風が何度かやって来て大変だった日本列島にもようやく落ち着きを取り戻したかのようだ。しかしアメリカのトランプ大統領の来日で東京方面は厳戒態勢だそうだ。知り合いにこの5日に東京で結婚式が行われる奴がいる。そいつが行う訳ではないが子供さんが結婚式をするそうだ。
でも相当の警備は敷かれるみたいで、どうして時間通りに進むか心配だと言っていた。お相手も地方から東京に出てきているお互いが仕事場が東京と言うことで大阪と地方で二度も式を行うのが理想だがそうはいかないらしい。
だから両方とも仕事場のある東京で式を挙げることにしたとか言っていた。
最初は冗談半分で「相手は江戸っ子か」とか言っていたが今は純粋の江戸っ子は少なくなってきたみたいだ。下町には多くの純粋での意味の江戸っ子入るらしいが、殆どが地方からの出稼ぎ組何である意味江戸っ子なんて言葉ももうすぐ使われなくなるみたいに言っていた。
中々お相手の出身地を聞けなかったが東北地方だと言っていた。東日本大震災には直接の影響は無かったが関西人にはあまり馴染みの少ない土地だけに特に奥さんが心配していた。土地が変われば風習や仕来りが変わるからかもしれない。
同級生の中にもそろそろ年ごろの子供を持つ親が沢山出てきて、同じような心配をする同級生も沢山いる。男の子は仕事で転勤や異動であちらこちらに行くことはやむを得ないかもしれないが、女の子は意外や地元に残る子が多いようだ。
親元から遠くに嫁ぐと言うのは私の周りでは少なく、意外と近畿圏内にいるのが多いようだ。確かに親としたら便利なのかもしれない。
最近は結婚式も昔の様にホテルで大々的にやるような派手婚より身内だけで行う式が増えてきているそうだ。そう言えば大阪でも街中のあちらこちらにその専門の結婚式場や二次会を行えるような大きなスペースの所も増えてきた。
昔よく行ったイタリアンレストランはいつの間にか二次会専門の宴会場に様変わりしていたりしてその方が利用価値が上がるんだろう。何せまとまったお客さんが見込めるからかもしれない。私が大学を卒業まも無い頃は土日に3~4組の結婚式に招待されてそれこそマイクロバスで同級生たちがホテルを巡った記憶があった。皆同じ場所で式に招待されているから荷物を持ってホテルからホテルへ移動する。周りから見たら滑稽かもしれない。
私も一度土日に五箇所回ったことがあった。土曜日の昼にAホテル、夕方からBホテル、日曜日の朝にAホテル、昼からCホテル、夜に又もやAホテル。
なんだか売れっ子の芸人さんみたいに移動移動で大変だったのを思い出す。
同じホテルでの宴会なので出て来る料理によって大体の料金は分る。奮発したなとか、コレは普通のクラスやとか、引き出物に至っては今の様に選べるギフトみたいなのは無かったので持ち歩かなければならなかった。同じホテルならクロークに預けられるがいちいち持ち歩かなければいけない時は大変だ。今の様に宅配便などなかった時代だからだ。一人で2~3個の大きな袋を下げて車で来る奴はまだしも、酒を飲む奴はタクシーで来ていたからそのまままたタクシーで帰って行った。これも今となっては懐かしい思い出だ。

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2017年11月01日

嘘のような本当にあった話です

めっきりと冷え込んできた。シャツ一枚では寒くは無いが人の目が気になる。
近所のコンビニに行くときには半袖では些か肩身が狭いのでウインドブレーカーを羽織って買い物に行くようにしている。
昨日も行きつけのお蕎麦屋さんに行ったらそこの女将さんが「先生、外は寒いですかあ?」と聞いてきた。そのお店人手不足で昼の出前を最近、いや暫くの間休みますと注文の電話でそう言っていた。だから外に出るチャンスがあまりないので外の気温が分らないと言っていた。それに丼物に付くミニ蕎麦が冷から温かいのにお客さんが注文するようになった。
夏でも冬でも私は常に冷を注文する、だから日替わりの丼に付く蕎麦も普通は温だが私は無理を言って冷にしてもらっているくらいだ。
夏場のざるそばにしても、普通の食べ方に飽きたらず、汁に卵の黄身を入れたのや、たまには蕎麦にレモンをかけて食べたりする。勿論そんなメニューは無いから周りの御客さんから不思議に見られる。でも気にしない、食べたいように食べるのが私流。お店には迷惑な客なのかもしれないがその流儀は突き通す。
この食べ方おかしいですか?ざる蕎麦にレモンって。一度お試しあれ、結構これがいけるんです。
そしてもう一軒、私の行きつけのお店が10月末で昼食を取りやめた。
夜の方はそのまま続いてやっていくんで昼食難民がしばらくは出そうだ。
そして11月末で店を移転するとか。まぁ近所だからさほど変わらないと思うのだが、場所って大事だと言うことがよく分かった。
1階が多いと思うが2階までなら何とかなる、しかし3階以上になると飲食業には適さない。また地下の店もそうだ。なかなか入りにくい。
我々の業界も1階2階はよく目にするが3階以上や地下にある診療所は中々入りにくい面もある。無いことは無いが珍しい方かもしれない。
大きなビルには医療フロアがあって幾つもの診療科が入っているようなビルでは関係が無いが同じビルに幾つも歯科が入っているようなところもある。
昔、私の同級生がその大きなビルのある診療所に面接に行き、明日から来てくださいと言われ翌日に診療所に行って午前中の診療を行った。今日は院長先生が来なあいのかと思っていたら、受付の人も違う人だし???って考えた。
昼休みになってそこのスタッフに聞いたら如何やら行くはずの歯科医院とは違う歯科医院に行っていたと言う笑い話があった。嘘のようで本当の話だ。
そこの診療所も何人もの代診の先生がいてとっかえひっかえ変わるからおかしくも思わなかったみたいだ。

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