2018年03月30日

世知辛い世の中になってしまった

ここの所暖かい日々が続いています。1か月前のあの大雪は一体何だったんだろうと日本と言う国は不思議な国のようです。北陸地方の大動脈の高速道路や一般道に何百台もの車を閉じ込めて見たり、普段は滅多に雪の積もらない地域にも何十年ぶりの大雪だとか観測史上初が何度も聞かされました。そのたびに豪雪地域の人々の不便さを知ることになりました。
来週はもう4月、新入生、新社会人の新しい制服や気慣れないスーツ姿を目にすることでしょう。
4月と言えば我々医療関係者も新点数の改正があり上がる項目もあれば無くなる項目もある。しかし昔は点数の上下にシビアになっていましたが今はと言うと会う歯科医は皆同じ会話をします。
「最近患者さんはどうや?」
「全然減って仕事にならんわ」
「少々点数が上がってもウチは関係ないわ」
歯科医師過剰が言われて久しいがこんなところにもしわ寄せがきている。国会議員が多すぎるとかも同じことだ。人口は減少すると言うのに場所によっては偏りが見られる。
いつも例えに引き合いに出されるのが「歯科医院はコンビニより多い」と言う例えがよく知られている。
でも地域によってであって都会の大きな交差点に立てば周りに幾つもの歯科医院が見られるが、ちょっと辺鄙な場所では未だ歯科医院があるわけではなく、不便をかけているのも事実。だから都会の真ん中でも辺鄙な地域でも日本国中歯科点数は同じ。
国策で歯科医を多く作りすぎてもだれも責任を問われない。同じように国家試験の最高峰の弁護士の世界も同じだと聞く。
あれだけ難しい試験に合格しても世の中弁護士が多すぎてなかなか開業するのは難しいと聞く。こんな事でこれから日本は良いのだろうか。人はこう言う。「下手な歯科医も勝てない弁護士も自然淘汰される」そうはなって欲しくないがいつかそんな時代がやって来ないとも限らない。世知辛い世の中になってしまった。

ページの先頭へ

2018年03月29日

強いものはより強く 弱いものはより弱く

日に日に暖かさが身に沁みるようになってきた。
杉から檜へと花粉も変わってきたように思う。診療所の観葉植物も毎日の水やりのおかげか新芽が芽吹いてきた。4世代目が芽ばえてきて喜びもひとしおだ。
動物界では強いものが生き残ると言う法則がある。ライオンもサルも強いモノから餌にありつけるのだ。オスからボスから食べ出し周りでメスや子供が残り物を狙っている。だから強いものはより強くなる。ただ蜂の世界、蟻の世界、カマキリの世界は女性上位だ。
人間界ではどうだろう。嘗て家長制度のあった時代は一家の主である主人が一品多い食事だったし、主人が箸をつけるまで周りの家族は食べれなかった時代があった。今では家族が先に食事をし、残り物を遅く帰って来る旦那の食事になっているところも多いのではないか。でもあるだけマシなのかもしれない。そんな晩飯すら無いところもあるやに聞く。飯が無いなら外食にでも行くといける御仁はまだマシで食器棚の奥にある非常食に手を出して怒られるのが関の山だ。いつの時代からこんなになったのだろう。女性が社会に進出し、自分で稼げるようになってからか。働き蜂や働き蟻のように只管働いて働いて女王蜂や女王蟻に餌を運んできた働き蟻、働き蜂、役目が終わればメスに食べられるカマキリの様に人間界もいずれはこうなるのではないかと些か心配になって来た。
話は飛躍しすぎたが同じように金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏人になって行く世界にだけはなって欲しくないと切に願ってやまない。

ページの先頭へ

2018年03月28日

何処も大変なんだなぁ・・・

先日、数年ぶりにあった連れと飯会をした。
そいつは私同様好き嫌いのはっきりした奴だった。
好き嫌いと言っても人付き合いとかではなく、食事の好みの話だ。私は肉派だがそいつは魚派だからなかなか好みの一致を見ることが無かった。だから「飯でも行くか」でもめることもあった。
そんな時は中間をとって中華料理などになることが多かった。
今回は何が食べたいと聞いたら即座に「鉄板焼き」との答えが返って来た。これなら肉派でも魚派でも行けるから即決した。
ここでも何方が支払いをするかでもめるのは嫌なので半々で支払いをしようと言うことになった。コイツとはいつもこうだ。
鮨屋に行ってもいつも割り勘、金額で行ったら私の数倍は食べているだろうがいつも半々の割り勘。それなら私が損をしていると言われるが、雲丹もイクラもトロも食べないのは私の勝手で私にとっては玉子や海老や胡瓜巻きの方が好きだから割り勘でも全然かまわない。たまに鉄板焼きに行っても向こうは肉を食べないからその代わり海鮮もので済ませる。そんな奴がいきなり肉を食べると言い出した。「どうした、急にそんなん食べるようになったんか」と此方が驚いてしまった。
鉄板焼きと言ってもそこの海鮮と言えばアワビや伊勢海老など高級食材ばかりだが私には無縁の食材。私も最近肉を食べる機会がすこぶる減った。余り脂っこいのが苦手になって来たからだ。
A5ランクと言われてもさしが入りすぎたら胸やけをしそうだし、赤身と言っても硬ければ噛むのが辛くなるのも嫌だ。
程々が良い、そいつは最近から肉を食べだしたと言っていたが焼き肉屋には行かない、すべて鉄板焼屋だ。金に糸目をつける奴ではないから気にしないが、財布は気にしだした。だからいつものように海鮮ものを頼んだが「時価」には何となく反応しだした。
メニューを見ながらだが「今日のアワビと伊勢海老っていくら?」
今迄こんな事を聞く奴では無かった。会計はいつもコイツでカード払い。半分は私が現金で渡していたが今回も同じように支払いはあちらで半分は現金を渡すいつものパターン。最後に一言、最近は現金が余り持ち合わせていないから助かるわ、だと。
私はカード払いをしない現金派だから私を飯に誘ったとか。
今まで良い暮らしをしていたから、それを落とせないと言っていた。その点私は落とすも落とさないもそんなに良い暮らしをしていなかったからかあまり影響はない。そんな事を見越してのお誘いだったのかもしれない。

ページの先頭へ

2018年03月27日

今が一番良い気候になって来た 花粉を除けば・・・

いよいよ3月も終わりに近づいてきた。
最高気温も20度を超える予報が出ている。そうなると診療所の中の気温は25度に達することになる。そうしたらエアコンが起動しだす。今までは4月半ばからエアコンが入っていたが益々早くなってきた。3月中に入るなんてこの国は四季の国から亜熱帯地方の環境になってしまったのだろうか。街を歩く人の服装もコートを羽織っている人は少なくなりつつあるが最近では冬でも夏でも自分のスタイルを貫く人が多くなってきた。
冬に寒いと思うがお気に入りの薄手のシャツにマフラーやコートやダウンを着こなしたり、夏にレザーパンツを穿いたりしておしゃれを楽しむ方が多く見られるようになった。
昔は夏と言えば白色のシャツ、冬と言えば黒色や色の濃いものをよく着ていたように思う。それだけ個性を主張するようになって夏にも黒色や冬にもパステルカラーのものを好んで着る方もいる。
正に今までの概念を覆すと言うか、個性を優先に色選びをするようになってきた。
その点私など家から診療所までしか道を歩くのが30メートルも無ければ夏でも冬でも、まして色合いなど全くの無関係な日々が続いている。当医院の女の子など一日として同じ服装では来ないし、通勤で駅から診療所に来るまでに歩く道すがらウインドウで服装チェックを欠かさないと言っていた。そう言えば後輩でこんな奴がいた。雨でもコートとハットを着用する奴だった。傘などもってのほかどこか昔のテレビドラマの中からやってきたような姿で大学病院に通っていた。また逆に自宅開業ではないが自宅の前に診療所がある奴など、パジャマと白衣以外着るものが無いと言った強者もいた。これから過ごしやすい気候になって行くのだろうがまだまだ花粉の飛散は当分続くようだ。杉が過ぎればヒノキが待っている

ページの先頭へ

2018年03月26日

何方が我慢比べ・・・

久しぶりに身体のメンテナンスを兼ねてマッサージに行って来た。
普段もマッサージには行くがそこは2時間半みっちりと身体の各所を揉みほぐしてくれるがとにかく痛いマッサージ屋さんだ。
余りの痛さにチビッテしまうかと思うほどだった。
家に帰って食事をして風呂に入ろうと思って洗面所を通った時に自分の身体に異変を感じた。洗面台の鏡に映った自分の姿にである。
太っているのは分っているが三面鏡の鏡に背中が一部映っているその姿に愕然とした。肩甲骨辺りを中心に何やら指の型が付いていた。一部は背中の皮が赤くなって剥がれかけている個所もあった。
シャツを脱いで風呂に入ろうと思ったがシャツが背中にくっつくような感じがして脱ぎ辛かった。そのシャツには血が付いていた。
何もそこまでやらなくてもいいのにとその時思った。施術最中は痛いのは勿論「う~」とか「ぎゅ~」とか唸り声らしきものを発していたがその時に付いた傷なんだろうか。シャツを着てその上にトレーナーを着こんでの施術、痛いのは痛いが気持ちが良いのも事実。背中と首周りの筋肉は張っていてそこを中心に揉み解してもらった。湯船に浸かった時に背中に痛みを感じたのでシャワーに変えたが直接背中のその部分にシャワーが当たればやはり痛みを感じる。バスタオルを使ったら真っ白なタオルが若干赤くなっている個所があった。大きめのバンドエイドを家人に貼って貰ったがそれでもパジャマに擦れると痛かった。
あの先生は確かに施術は上手だが手加減を知らん!!と思いつつしばらくしたらまた行くんだろうと思った。
よくあちらこちらで行われる、「撫で擦り」ではない。男と男の真剣勝負だと思っている。向こうもあれだけ押せば指が痛いはずだと思っていると、嘗てその先生にお世話になった家人がこう言った。
「アレ、先生は指なんかで押していないよ」
「何て?」
「アレは指の代わりに木の押し棒で押しているんやで」
「・・・」
そりゃ痛いはずや、指ならあれだけ押せが突き指をするはず。
でも押し棒でも結構力がいるはずやと思った。

ページの先頭へ

2018年03月23日

それに比べて今は・・・

最近の気候の変化には驚かされることが多い。昨日と今日の温度差が10度以上になることもある。桜の蕾の上に雪が乗っかる映像を見てそのことが分る。4月から新年度と言うのにあと1週間で3月も終わろうとしているのに体調が優れないのは気候のせいか歳のせいか。今年は保険点数の改正の年だ。今週には厚生労働省の講習会もあったし、来週には本会での講習会、またレセコン会社の講習会、保険医協会のも待っている。すべてを受講するわけではないが皆同じ事を言っているから出れる講習会に参加すればよいだけの事。どこの歯科医院も同じような悩みを持っているんだろうと思う。当医院には税務署の職員さんも患者さんとして来られるが、特別な話をするではないが世間話の中でこう言った話を聞いた。
それは今歯科医院は半数以上がトントンか赤字経営なのだそうだ。儲かっているところは1割も無いそうだ。(その通り)
昔は自費診療なるものがあって、黙っていても儲かった時代だったそうだ。私はそんな恩恵を受けていないので詳しくは知らないが、実際にそんな時代はあったそうだ。学生の頃に先輩の診療所に行って驚いたことがあった。それは先輩は矯正医でオヤジのような一般開業医では無かった。しかし土日を主な診療日にしていたから平日は暇なので晩飯でも行くかとお誘いがあった。何人かの患者さんが待合室におられて、こちらも患者さんのような顔をして待っていて最後の患者さんが終わって診療室に入った時先輩が着替えをしていて、こちらが診察用の椅子に座っていたら何気なく先輩が机の引き出しを開けた。事務用の机の引き出しの大きい方の引き出しの中に無造作に万札が放り込まれていた。そこから一掴み取り出してズボンのポケットに入れて出て行った。思わず聞いてみた。
「お金はそのままでいいんですか?」
「2~3日したらまた貯まるからそのままでエエ」
不用心ですよと言ってもこんなところに泥棒は入らんって平気な顔で言っていた。正直、矯正って儲かるんやと思ってしまった。
そんな時代だったから税務署もよく目に付けられていたらしい。
歯科医憧れの時代だった。それに比べて今は・・・

ページの先頭へ

2018年03月22日

私が何か悪い事した?

関東地方の雪には驚いてしまった。連休前から箱根に宿泊に来ていた方が「まさかこんなに雪が降るとは思わなかった」とコメントしているのを聞き昨日と今日で気温差が15度以上なのは滅多に経験できないことだ。日本に旅行に来ている海外の人はこの温度差をどのように感じたのだろうか。特に暖かい地方から来られた方は初めて見る雪に思わず興奮したとか。別に海外の方だけではない、日本に居てもこの時期の雪は珍しいからだ。いちいち雪が降ったからタイヤを交換する人がそう居るとも思えず、無理な運転から事故にあうことも考えないといけない。ここ大阪では雪は降らなかったがしとしと雨からしっかりとした雨に変わって一日中鬱陶しい一日だった。
日頃は休みとなれば出歩くのが好きな私でもさすがに昨日の雨では出ていく気になれずダラダラとした一日を過ごしていた。お彼岸の中日で大阪のあるお寺では日想観と言うのがあって多くの信者さんがお参りに来られる。コレは鳥居の方角の真西に陽が沈むので多くの見物人が見に来られる。
彼岸が過ぎれば本格的な春になる。再来週には4月になって新入生、新入社員が入って来て賑やかな季節になる。毎年この時期に思うのだが、残念にも今回の受験に失敗した受験生は予備校なり自習なりで来年こそと言う気持ちが強く持っていると思う。持ち続けて貰いたい。同じ境遇の仲間が出来ても足の引っ張り合いは止めてお互い頑張って次こそ合格を目指してもらいたい。
最初は志高くだったのが夏ごろにはスランプになって今の気持ちを忘れがちになるが、合格を目指すならそこが一番大事なことだ。
高校の授業は云わば強制的なもの、予備校や自習は悪魔のささやきが常について来るもの。私の同級生で1浪2浪は当たり前、強者は4浪と言うのが居た。クラブの試合でそこの大学との定期戦でそこの大学に行ったとき、こちらは5回生で向こうは1回生、当然4回生までが現役で5回生以上はOB扱い。試合後の懇親会でその同級生が私の所に挨拶に来た。そいつがそこの大学のテニス部に居るなんて思いもしなかった。だからいきなり挨拶に来て馴れ馴れしくするものだから向こうの幹部が慌てて中に入って来た。私の同級生だと言ったら思いっきり驚かれた。その後はそいつは1回生乍ら待遇が良くなったことは言うまでも無かった。次の年今度は我が母校の大学での主催時にそいつは居なかった。聞いてみたら私と同級生だと言うことがばれてそこに居ずらくなったとか。

ページの先頭へ

2018年03月20日

今日はちょっと真面目な話です

今朝も雨模様だった。一日で10度近く気温の変化かあれば体調に気をつけないと直ぐに崩してしまう。そろそろスギの花粉からヒノキの花粉へと変わって行くからどちらにも反応する人はまた辛い思いをするはずだ。
只今、春のお彼岸の真っ只中で明日はお墓参りに行かれる方も多くいるだろう。なかなか近くにお墓がある方は少ないだろう。
幸い我が家の菩提寺は歩いて数分の所にある、しかしこれがいけないことになっている。それは近すぎていつでも行けると思ってしまうからだ。墓参りなんかお年寄りが行くものだと思い込んでいたが、今私もそろそろ行く年齢になって来たと言うことだ。何年前だったか墓石を新しくするのに知り合いの方に相談したら、今流行の石よりも昔からある石を薦められた。そしてその横に墓標を建ててご先祖さんの戒名を書き込んだ。自分の知らない?名前もあって過去帳から引っ張り出したり家人に聞いたり、その家人も知らない人は親戚の人に聞いたりと中々手間暇がかかった記憶がある。
お寺に聞いてみるのが一番と思っていても今のご住職はまだお若い方だったし先代、先先代の方はもうすでにお亡くなりになっているのでなかなか分らなかったが分る範囲でいろいろと調べて貰った。
女の方は結婚してそこの嫁いだ家のお墓に入るが男の人は長男なら先祖代々の墓があるが次男は新しく自分の墓を建立しないといけない。最近はマンション墓なるものも出来ていて、よくは知らないが自動的にそのロッカー式の墓が現れてスクリーンに映し出されてそこでお参りをするようになっているらしい。これから少子高齢化が進めば益々、終の棲家を自分で探さなければならなくなって来るようだ。自分で出来る事と自分で出来ないこともある。跡継ぎのいる家庭はそれでいいが、跡継ぎがいない家庭はどうするかがこれから高齢化社会が進むにつれて考えないといけない問題になって来る。

ページの先頭へ

2018年03月19日

準備は着々と深く静かに潜行中です・・・

一日一日暖かさが身に沁みて来る気候になりました。
花粉症も一段落して郊外へと車を走らせました。今まで気にならなかった新緑も遠くからでは霞んで見えたのに、車で近くまで行くと鮮やかな緑色で気持ちよく車を走らせました。途中、国華園で植木を見に行き、いつもは観葉植物しか興味は無かったのですが最近嵌っているアクアリウムのための流木、水草のゾーンで暫し探索をして楽しみました。帰りにこれまた最近嵌っている熱帯魚屋さんで時間を有効に使い一日を締めくくりました。
今、水槽の中はいつでも魚が飼える状態の水にしてあるし、水草もCO₂を添加して生き生きとしているし完璧な状態っを維持しています。メイン水槽をまずは完ぺきにしてから水替え用の水槽を準備していたのでそろそろ生体を入れても大丈夫な感じがします。
問題は家人の「口とお尻があるものはダメ」のお達しを如何にかいくぐるかが問題です。水草の中に卵が付いていて気が付いたら子供が産まれていた。こう言い含めればいいのですが、家の中なら言い訳が立たないけれどガレージの中なら知らないうちに生まれていたで押し通すつもりです。
犬、猫なんかはもってのほかだと言われていますが、一度近所の同級生が散歩で我が家の前を通った時に一度だけですがその子犬を可愛いと言ったのを聞きのがしませんでした。だからあの時子犬を可愛いと言ったじゃないかと言ったら、そんなことは言っていない、何かの聞き間違いや、と逃げ切りました。正直、可愛いと言う気持ちはあるみたいですが、誰が世話をするんやとか、誰が散歩をさせるんや、で意見の食い違いがあるみたいです。最近、ちょくちょくボケ出しているのでそこの所を突いて何とかペット飼育をしようと虎視眈々と準備しています。まずはアクアリウム、次に小魚類、そしてその次は・・・

ページの先頭へ

2018年03月16日

久しぶりに見て懐かしさを感じてしまった

我々の仕事柄、患者さんから時々頂き物がある。
先代の親父の頃からの患者さん(高齢者)などよく頂き物をする。
一度、「御心付けはご遠慮申し上げます」と張り紙をしたことがあったが、それでも「大したものではありませんから」とか言って置いて行かれる方もいた。それはそれで大変ありがたい。無下に返すのも失礼かと思い有難く頂戴していた。
中には季節ものだと言って旬の果物や野菜を頂くこともある。
院長先生にとかスタッフさんでとか言われるけれども私は必ず、頂いたものを皆の前で(皆と言っても2人だが)それを分けるようにしている。よく親父は頂いたものを家に持ち帰り多すぎて苦労した経験があったからだ。分けれるものは全て分けるようにしている。
中には分けれないものはそのまま置いておくようなものもあるが、いろんなものを頂く。頂き物に甲乙は無い、全て有難く頂くが中にはちょっと困った物もあった。
もう亡くなったがオヤジの頃からの患者さんでいつもケーキを持ってきてくださった方がいた。その当時はスタッフも9~10名位いた時があった。その時からケーキを20個ほど持ってきていただいた。その時は一人2個で行けたが、今では3~4名だから一人1個あれば十分なのに相変わらず20個ほど持って来られた。勿論持って帰ってと言う数ではないし日持ちもしないから、同じ階にある他の会社の人やビルの管理人さんたちに助けて貰っていた。
ミカンの季節には一箱二箱と頂いたりした。そりゃ助かるには助かるが、有難いと言えば有難いが早く何とかしないと腐らせると申し訳ない。中でも月一に来られた患者さんで毎回何かしら持ってきていただく患者さん、「ほんの気持ち」と言って必ず頂き物をする。
一番記憶に残っているのが良く診療所内で飲むコーヒーのための砂糖だった。今ではスティック状で中身の量で入っているのが違ったりするが、その方はいつも「角砂糖」で頂く。当医院の女の子はそんな角砂糖なるものを初めて見たらしい。
「先生、こんな大きな砂糖の塊どうするんですか?」と聞いてきた。角砂糖を初めて見たらしい。マジでジェネレーションギャップを感じてしまった。そんな患者さんから頂いてしまってあったのを昨日戸棚の奥の方から見つけてしまった。今の子たちはコーヒー、紅茶はブラックらしい、紅茶にブラックはおかしいが何も入れないで飲むから砂糖は必要なかった。私も滅多にコーヒーや紅茶は飲まないので(ほぼお茶)戸棚の奥なんて見ることも無かった。
久しぶりに角砂糖なるものを発見して懐かしく思った。
皆さん角砂糖って最近見ませんが最後に見たのはいつですか?

ページの先頭へ

2018年03月15日

初めて見た1等と同じ当選番号を・・・

先日、連れからあるものを見せられた。それは宝くじだった。
私は宝くじとか、御神籤とかはやらない方で全く興味が無かったがあまりにしつこく言ってくるので話だけだぞっと言って聞いてやった。最初に見せられたのがバレンタイン宝くじだった。その宝くじを見せて何を言いたかったかが直ぐに分った。何とその宝くじの当選番号が1等の番号とまったく同じだったからだ。残念ながら組が違っていた。1等なら2億円、組違いなら10万円だそうだ。連れは至って平静を装っているが内心は悔しいに違いなかった。でも組違いとはいえ10万円も当たっているではないか。そこまでの話ならそれまでだがこの話にはまだ後があった。
前後賞なら5000万円、2等なら1000万円、組違いとは言っても1等の番号が合っているのに10万円は低すぎだろうと言う話。元々、お金にはあまり興味が無い奴で今回の宝くじも何が何でも当ててやろうと言った感じで買ったわけではないと言っていた。
それならどうして買ったのか聞いてみたら、最近余り良い事が無かったらしい、それに対していろんな事を試したとか。所謂、断捨離だとか、お寺参りや神社参りの御札やその他諸々の整理をしていたとか。そこでどこかの霊験あらたかな御札と財布があったらしい。そもそも買うときはそんなに意識しなかったとか言っていたが、やはり何かしらのお告げがあったとか。それで宝くじを買ってやろうと思ったと言っていた。そうしたら今回の宝くじに当たったと言っていた。まぁ偶然で片づけたらそいつは怒るであろうから、
「よかったな、それまでのご褒美や」と当たり障りの無い様に言いてやった。本人は「今までの信心が間違っていなかったと言うことや」でいたって真面目にそう思っているからそうしておいた方が周りに迷惑をかけないだろう。その連れは今回が初めての経験だそうだが当医院の患者さんで一人1000万円と100万円と言う高額にあたった方が居る。顔相も如何にも福福しくお金の方から寄って来るような顔立ち、あまりお金に拘っていないような方、そんな方の所にお金は集まるようだ。その連れもお金お金と言うタイプではない。前にも書いたがその連れはお寺や神社で賽銭箱の中に持っている小銭入れの中身をすべて出すような奴。そんな奴の所にお金は回って来るのだろうか。しかし私にはそんな勇気は無い。だから未だにお金が回って来ないんだと思った。何か御馳走でもしてくれるのかと思ったらもうすでに換金してどこかの賽銭箱の中に行ってしまったらしい。お金は天下の回り物とはこのことのようだ。

ページの先頭へ

2018年03月14日

ちょっとした発見・・・

昨日は今年二度目のエアコンが入った一日でした。
朝一は少々暖房が入り、昼過ぎからは冷房が入ると言う何とも不思議な一日でした。
当医院はビルの2階、そして全面ガラスの南東向きで昼前からの陽の入り方が半端ない。勿論ブラインドは降ろしているがその隙間から入り込む光はガラスを通して光と熱を齎してくる。患者さんが座るチェアーに直接入り込むため座って貰う時とチェアーを横にした時の光の入り込む微妙な角度でその都度女の子がブラインドを調節してくれる。でもそれも僅か1時間位なのでその時に当たった患者さんは満が悪かったのかそれとも貴重な時間になったのか?
今迄はそんな微妙な事すら分らなかったが、そこに気が付いていてくれた女の子に感謝。一度その時間に患者さんが居ない時に私自身がそこに座ってみた。座った時に感じた光の入り具合とチェアーを倒した時に入り込む光加減は同じではないことが分かった。
坐った時に入り込む光より横になった時に入り込む光の方が遥かに眩しい。まぁ半数の患者さんは診療中に目を閉じていることが多いのでそこまで感じられるかは分らないがセット時や印象時にチェアーを倒したままにしているより起こしてあげた方が良いと言うことが分かった。ちょっとしたことかもしれないがそんな事に気づかされた。ちょっとした発見があった。

ページの先頭へ

2018年03月13日

今年の花粉症はコレで乗り切れそうです

花粉症の方、ご愁傷様です。先々週より診療中に下を見れば鼻水ズルズル、マスクの中は酷い事になって診療していました。
患者さんからは「先生、辛そうですね」とか、「先生、風邪ですか?」とか言われています。私の場合花粉症は毎年ではなく一年おきにやってきます。
今年がそのやってくる年回りになっています。クシャミ、鼻水だけならまだ打つ手はあるかもしれないけれど、目の痒みにはどうにもこうにも打つ手がありません。目薬で朝一回点せば一日もつと言うのがあったので早速買って点して見ました。普段使いの目の痒み用の目薬に比べて高価ではあるが確かに何度も点さなくても回数的にはマシなようです。マスクの下にはティッシュを何枚か重ねて鼻に当てていても水鼻が滴って来てマスクを濡らす状態、ロールワッテを両鼻に詰めれば鼻詰まりの声で話さなくてはいけません。最悪、両鼻にロールワッテを詰めん、ティッシュを何枚か折りたたんだのをマスクの下にして診療をしていました。それが今テレビのコマーシャルでやっている「アレグラ」と言う商品、商品名を出してはいけないのは承知で言いますが、私には劇的にあって居る商品でした。朝夕の2回飲むだけですが目の痒みも、鼻水やくしゃみも一切なくなりました。患者さんの治療の時に花粉症の患者さんは辛いだろうと思います。鼻が詰まっているのにバキュームの時は息も出来ないんですから。
飲みだして1週間が経ちましたが未だその効果は継続中です。やはり今の薬の効果は絶大なんだと思いました。今年の花粉症にはコレで乗り切れそうです。

ページの先頭へ

2018年03月12日

備えあれば患いなし

昨日は東日本大震災から丸7年が経った。あの日の事がここ大阪でも忘れられない記憶になっている。午後2時46分、ちょうど午後診が始まって一人目の患者さんが終わった直後にカルテを書いていて一瞬眩暈かと思ってしまった。
すぐ横の柱が嫌な音をあげていてミシッ、ともギシィともつかない音がした。確か震度3位だったか。当医院はビルの2階にあってそれほどの揺れでは無かったが、しばらくして10階の人たちがビルの外に出てきてその大きさに驚いた。
丁度次の患者さんが10階の会社の人だったので聞いてみた、するとその揺れの大きなに正直驚いたと言っていた。同じビルでも2階と10階ではこうも違うのかと。エレベーターは動いていたが皆階段で10回から降りたそうだ。普段は10階から1階に階段で降りることなどないがこの時はどうして降りたかも分らなかったと言っていた。
コレを機会に非常持ち出し袋を用意したがもう7年が経って中身に何が入っているか忘れてしまった。非常食は何度か食べては入れ替えをしていたが、電池や何かは劣化するから交換し忘れているのもあった。
今朝のニュースでも言っていたが、帰宅困難者の話でも分かるように災害だけにとらわれず昨年末、今年に入っての大雪による交通機関の混乱も云わば大きな災害時の教訓にしないといけないと思ってしまった。
人は自宅が一番安全で落ち着く場所だからだそうだ。しかしそこにたどり着くまでに危険が潜んでいる。歩き続けて家に辿り着くよりは会社で留まる方が安全ならそちらを優先した方が身の危険を回避できるんじゃないだろうか。
今東海。東南海地震が高い確率で発生するであろうとの予測も出ている。
関東大震災の9月1日が防災の日と言うことになっている。しかしその後大震災は阪神淡路、東日本と二度も見舞われているわが国では日々忘れる事の無い様に過ごしていきたいものだ。備えあれば患いなしと。

ページの先頭へ

2018年03月09日

何故親の方がウキウキしてるんだ・・・

ここによく登場して来る「連れ」には、幼稚園の時の連れ、小学校の時の連れ、中学校の時の連れ、(小学校、中学校は同じ校区で持ち上がり)高校の時の連れ、大学の時の連れ、社会人になってからの連れと何人もいる。
家が近所だったから小さい時によく遊んだ連中も今は家庭があって近所には居ないが年賀状やらその他の用事の時には連絡がつく奴らだ。高校の時の連中は文系、理系と進路が分れたからどうしても同じ道を進んだ奴とはたまに連絡を取り合う仲だ。大学は将来同じ職業を選択した同志みたいな存在の奴らだ。
正直どの時代の奴らがどうのこうのは無いが、いま仕事柄付き合っている連中は同じ悩みを持ち話はよく分かるからお互いの利益のためにも必要な仲間なのかもしれない。その代わり狐と狸の化かし合いのようなものもある。まして同じ支部に居たりしたら。その点小学校、中学校時代の連中はその限りではない。
違う職種で気心の知れた奴らだ、お互いを認め合ってはいるが尊敬も無ければ、バカにすることも無い。なぜ急にそんな事を言うかと言えば、そのどこかの連れがこんな話をしてきた。それはそこの息子が東京で働いていて偶然、大都会東京の真ん中で小学校中学校時代の同級生に会ったとか。そんな事地元でなら珍しくも無いかもしれないが1000万人の暮らす大東京のある街の一画でである。
コレを偶然と言うか何というかと勢いよく話してくれた。
何かしら「縁」を感じると本人いたって感動して話してきた。
正直、偶然と言う言葉を返そうとしたが、あまりの勢いに押されてしまった。
「へぇ、そんな事ってあるんや」とだけ返したが、まだまだその勢いは冷めやらぬ。その上、実家が近所ってこれからの事も便利やと言い出した。
何やオマエは次の展開を期待してるのかと話したが、そいつはその次の次まで考えていた。実はそいつも今の嫁との出会いが偶然にもどこかの雪山のスキーで偶然出会った仲から進展したものだったからだ。だから余計にそんな事を思うのだろうか。そいつの口癖が「偶然を信じない奴はそれ以上は伸びない」だ。
今の嫁さんとの出会いがあまりにも唐突な出会いだったからその感じはぬぐえないのかもしれない。我々の学生の頃は今の様にそんなにスキー場なんか無かった時代だ。それにスキー場の出会いはよく言うように素敵に見えるものだ。
実際に会ったらイマイチの時もあるではないか。まぁ他所の家の事だ、折角こんなに感動しているのに茶々は入れないが、外野席からこれからの進展に幸あれと願うまでだ。

ページの先頭へ

2018年03月08日

タイミングが悪いのか 相性が悪いのかのどちらかだ

今日は雨の予想だ。最近の天気予報は雨雲レーダーなどの普及でおよその時間まで分るくらいに便利になった。昔は飛行機雲が出たら雨だとか、夕焼けの次に日は雨だとか、トンボが低く飛んだら雨だとか、言い伝えなのか昔の人の経験なのかよく言われたものだった。科学の発達とともにそれらは伝説?となったが未だにお百姓さんなんかは昔からの言い伝えを守って農業をしている方も多いと聞く。
現代ではスマホで何でもできる時代になった。わたしなんかは全く使いこなせていないが若者のあの指の使い方、腱鞘炎にならないか心配になるくらいだ。
昨日久しぶりに電車に乗った。ほぼ移動は車でしかない私は、満員電車に乗ったら人の多さで息苦しくなってしまう。閉所恐怖症的なものもあるからかもしれない。昨日、代診の先生と駅で会う約束をしていた。車で駐車場に止めて歩いて行くよりも電車なら降りたところで会えるから久しぶりに電車に乗った。待ち合わせの駅まで2駅、その間座っている人の90%以上はスマホを弄っている。半数はゲームだと思うが私より高齢な感じの人もいとも簡単にスマホを弄っていた。
確かに調べ物をするのには都合が良いが何せ老眼鏡が無ければ細かい文字は見えない年齢になったら、たとえスマホであろうと細かすぎて見えない。文字を拡大する機能が付いてはいるがそれでもいちいち指を動かさないと読めないなら不便この上ない代物だ。たとえわずかな時間でも(信号待ちの時)見ていたらほぼと言うか大多数の人がスマホを弄って信号を待っている。それでもスマホを持たないでガラケーで済ます奴もいる。もっと驚きは未だに携帯電話すら持たないと言う強者もいる。今まで連れの中に2人いたが、ついには1人になってしまった。
そいつ曰く、電話かけたい時は誰かの携帯を借りたらエエ、調べ物をする時も調べて貰ったらエエ。こんな具合だ。
もう一つ厄介なことがある。それは何処から調べてきたのか余計な通知やコマーシャル的なものも入って来る。一応、いたずら電話防止が付いているがそれをすり抜けて入って来るのもある。非通知拒否をしたり登録以外は出ないようにしているが公衆電話からかかってきたら出ないとこちらからはかけられない。
まぁ用事があればまたかかって来るとは思うが、こちらが出れない時にかかって来た電話ならまたしばらくたってからかけて来るのが常識だとも思う。
最近、何度かかかって来る人からタイミングが悪く出れなかったがそれ以来かかって来ても出れないが続いている。でもそんなに急用なら自宅の電話を知っているはずだから、自宅にかけてくれたらと思ってしまう。勝手なことで申し訳ないが常に持ち歩いていたりするわけではないが、仕事中に電話が鳴っても出ないし出れないことは分っているはずなのにあえて携帯にかけてくることは何か一大事なのかと思ってしまう。その連れなんかは連荘で5回も6回もかけて来る、やっと取ったと思ったらすぐに切れてしまう。ワン切りならぬ3~5回切りだ。
そしてこちらからかけ直しても今度はどこかに電話をしているのか向こうは出ない。困ったものだ。

ページの先頭へ

2018年03月07日

どうでもよい悩みがなかなか解消できない・・・

昨日、最近嵌っているアクアリウムのお店から連絡があって、この前に話をしていた水草が入ったので見に来てほしいと言う連絡。平日は仕事で見に行けないことは話をしていて土日にでも是非にと。店頭に置くと即完売の水草もその中に入っているらしい。滅多に入らないからと念押し。そこまで言われると如何にも商売臭さが気になるが大体の値段は知っているから無茶な値段は言ってこないだろう。しかしなかなか手に入らないのも事実、最低個数もこちらの希望通り。
問題は最終の水槽の大きなとのバランス。小型水槽には似合わないから順番に小さいモノから大きくしていこうと言うのにはいささか反する。
家人には小さい水槽だからと無理やりと言うかしぶしぶOKをさせた手前、大型水槽となると「話が違う」とごねかねない。次にいつ入荷するか分らないと言われれば今がチャンス、しかしこれからの事を考えたら無理をしてすべてがおじゃんにはしたくない。何か良い案は無いものか。大型水槽は急なことだと言うか、スペースがどうしようか迷っていると言おうか、しばらくそちらで預かってほしいと言おうか、いっその事購入してしまおうか、迷いはつきない。
コレが魚の購入ならこんなに迷いも生じないだろうがアクアリウムも水を作ることから始めないといけない。コレが直ぐには出来ない。最低一週間はかかる。
今机の前にはアクアリウムの本ばかりが積み上げられている。見れば見るほど妄想が膨らんでくるし、一刻も早く作り上げたい気持にかられる。一か月後いや半月後の姿は想像できるが焦っては事を仕損じる気もする。水質の維持も大事な要素だから基本私は即買いはしない性格。その返事は明日までで明日返事をすればよいからもう一日悩むことになる。
他に悩むことが無いだけにこんな事で悩むのは連れに言わせれば贅沢な悩みだそうだ。確かに他に悩みは無いからってそんな言い方は無いだろうと言い返しては見たがやはり自分自身もどうでもいい悩みとは若干ではあるが思っている。

ページの先頭へ

2018年03月06日

こんなところにも老眼の弊害が・・・

日によって花粉の飛ぶ量が違うことが身に沁みてわかるようになってきた。
流石に雨の日は量が少ない、しかし暖かくなると一気に飛散するのはゴミ箱に溜まるティッシュの量で分かる。最近のティッシュの箱は以前のに比べて小さくなったようだ。いろんなメーカーのティッシュがあって使う側はどんなティッシュでも関係ないように思うが当医院に居た技工士はそうは言わなかった。
何でもA社のとB社のでは違いが大いにあるらしかった。鼻をかむ位ならどちらでもよさそうなものだが、技工をするうえではコレを間違えば出来上がる作品(技工物)が大きな差が出るらしかった。何でも細い筆でメタルボンドのパウダーを盛って行くうえで片方のはスムーズに盛れるのに、もう片方のは細い毛先にティッシュの繊維が付くらしく盛るたびにいちいちその毛先に付いた繊維を取らなければならなかったとか。だから女の子にティッシュを買いに行ってもらう時には必ずメーカーの指定をするくらいだった。そんなに精密なものとは知らなかったから院長として恥ずかしくなってしまった。それほど真剣に作り上げてくれた技工物をいとも簡単に削ることは技工士に対して申し訳なく思うようになった。今は外注で出しているが下手な形成を上手な技工士に作り上げて貰っている身にはいささか申し訳なく思っているが、最近の技工の手が変わったことに少々気が付いたので技工士に聞いてみた。
「最近、新しい技工士さん入りました?」
「どうしてですか?」
「技工物の感じがいつもとちょっと変わったような気がして」
「・・・」
「いや、別にそれがどうのこうのと言っているわけではないんで、気にしないで下さい」
「あの、新しい技工士に何度か作らせていまして・・・」
「そうだったんですか」
こんな会話だった。私もそろそろそんな違いが分かるようになったのかと連れに話をしたらこう返された。
「そらオマエの形成が下手になって技工士が苦労して作ってるだけとちゃうか?」だと。なかなか鋭い指摘でございまする。

ページの先頭へ

2018年03月05日

只今、深く静かに進行中・・・

先週末より花粉がビシバシ飛ぶようになった。
もしも花粉が見えたなら辺り一面花粉だらけだろうと思う。そんな花粉が飛び交っている中先週末大阪の外環状沿いにある国華園という大型花屋に行って来た。環状道路から少々山に入った所の山にあるドーム球場ほどもある大きさの店舗だ。苗木から観葉植物から園芸用品などありとあらゆるものが揃う店だ。
今迄は観葉植物ゾーンを中心に見ていたが今回は盆栽ゾーンと水生植物ゾーンが主な開拓場所で今までスルーしていたところにもお楽しみのモノは沢山あった。
これなら毎週のように来ても飽きは来ない。何せ市内のお店の半額かそれ以上の安さが魅力の場所だ。土曜日に目ぼしいものを見つけていて日曜日に買いに来ようと算段していろいろと障害があることを排除するための下ごしらえを考えていた。
あれだけもう熱帯魚はダメのきついお達しがあったが、そこは考え方をちょっと変えただけだが「アクアリウム」という水草の水槽をつくると言うもとに新しく水槽を買った。家人はそれに嫌な思いが蘇ったのか何度も「熱帯魚はダメ」と言うことだったのでまずは水草水槽をつくることにした。まだ今は水を作る段階だから水草も入っていない水だけの水槽を準備している段階。まずどこに置くか、リビングには置くスペースが無い、そうかと言ってガレージの中では意味が無い。いきなり大型水槽を置けばバトル必死だからまずは一番小さい水槽を買ってきた。30センチ水槽、次に60センチ水槽、最終的には90センチ、120センチとまたぞろ増やしていこうと思った。前回のディスカスの様に水替え用の水槽はいらない、でも今回はバクテリアとCO₂は必用だから水槽だけのスペースと別にCO₂のガスを置くスペースも必要になって来る。すでに行きつけの熱帯魚屋さんでは何の魚を何匹、何の水草をどれだけと思いを店員さんと相談している。前に見て頂いたアクアリウムのような水槽は無理でも小さいながら出来る範囲でやって行こうと思っている。目標まであと半月くらいで水が出来上がって中に泳ぐ小さな熱帯魚を見れると思ったら楽しみで仕方がない。

ページの先頭へ

2018年03月02日

少々の愚痴を聞いてください・・・

昨日いつもの道を帰っていたところ、公園の四つ角を直進しようと思って一旦停止の白線を若干超えて停止したつもりだったがいきなり警官に停止させられた。
案の定「一旦停止違反ですよ」のひと言。思わず聞き返した。
時間は6時30分、辺りは暗くなっていて勿論ライトは点いていた。
正直なところ確かに白線は超えて停止していた。それが一旦停止違反の宣言。
警官の目視からの距離は10メートルはあった。文句を言っても聞きそうではない若い警官、「一応切符は切りますね」何かその言葉は「文句があればどうぞ」と聞こえる。切られたことに文句は無いが、言い方に引っかかるものがあった。
交通違反は何度も経験済み、速度違反が殆どだったが一旦停止違反は初めて。まして診療所を出てすぐの場所では今までもこんなところでやられたと言う話は聞かない。当医院のビルの前ではよく(毎週のように)速度違反の取り締まりを行っている。丁度、信号が変わりかけで思わずスピードを出してしまうところに機器が置いてあって、当医院のビルの前で旗振りの警官と誘導する警官が居る。
取り締まりと言ってもタクシーから宅急便の車、もちろん自家用車も。
タクシーなんかお客が乗っていようが居まいがお構いなし。
そんな姿を常に見ているからどこでよく取り締まりをやっているかは分っているつもりだったが昨日のあの時間で、あの暗闇で、あそこでやるとは思わなかった。それも自転車に乗っていた警官単独で。多分私以外にも何人かはその警官の餌食になったであろうと思う。若いから正義感に溢れているから仕事に忠実なのはよくわかる。こんなに愚痴っても仕方がないが何故か若さゆえの仕事熱心さが感じられた。一生懸命な姿には共感できると口では言うが心の中では何故なんだ?が先に立って昨日の晩飯は味が薄かった。

ページの先頭へ

2018年03月01日

オリンピックの興奮冷めやらぬうちに・・・

今日から3月、朝は春の嵐が吹き荒れていた。
天気予報では北海道は台風並みの風が吹き、雪も降る悪天候で飛行機の欠航も相次いでいるとか。風速30メートルは台風並みだ。海上ではそれ以上の風が吹く。
オリンピックは史上最多のメダルを獲得して日本中に感動の嵐が吹いていた。
此方の嵐はいくら吹いても喜ばしい事だが本日の日本列島は北と南では同じ国とは思えないくらいの気温差があるとか、これも又仕方がない事か。
昨日のニュースで新幹線の土台に亀裂が生じ、あるメーカー製のがそのうち1/3に不具合があったとか。安全神話は何処へ行ったのか。日本は精密な仕事をすることで世界にアピールしてきた国なのに、そんな信用を積み重ねてきたことが一瞬で吹き飛んでしまうようなニュースだった。
新幹線=安全の公式ももう少しで吹き飛んでしまったかもしれない。
何時からか安全が信用できない社会になったのかと思わざるを得ない。そう言えば車のエアバックもそうだった。命を守るために使用しているその商品が、逆に命の危険を齎すとは何を信用して何に命を託すか、我々ももう一度考え直さねばならなくなったみたいだ。昨夜のニュースでも言っていたが、オリンピックが終わって選手にはゆっくりと心身を癒してもらいたいのは勿論の事だがもうすでに次の試合のためにすぐさま海外に出ていく選手たちもいる。
そして次にパラリンピックが開催されるがオリンピック同様多くの選手の活躍が期待される。アスリートと呼ばれる選手は何もオリンピック選手だけではないことは百も承知、パラリンピックの選手も同じアスリートとして頑張ってほしいものだ。オリンピックと同様にその競技に情熱を燃やす世界中のアスリートたちの健闘を期待したい。

ページの先頭へ