2018年06月21日

数少ない親戚がまた一人旅立たれた

大阪北部の地震の影響はまだ傷跡を残したまま大雨で避難する地域も出ている状態だ。
支部からも地震の影響を受けた地域にお住いの先生方も沢山いると聞いた。何かあれば支部まで連絡をくださいとのFAXが流れてきた。
今回の地震で思ったことはいつも言うように「災害は忘れたころにやって来る」と言うことだ。
阪神淡路大震災をモロに被った親戚がいる。亡くなった親父の先輩の先生で兵庫県の芦屋で開業されていた先生だ。親父、お袋の仲人をしていただいて、私の子供の頃によく遊びに行って可愛がってくださった方だ。その方は私の小さい時の記憶でも立派な家で庭には芝生があってそこで犬を飼っていて子供心に素敵な家だと言うイメージが残っていた。応接間にはシャンデリアがあってフカフカの足首まですっぽりと入るくらいの毛の長い絨毯、飴でも落そうならどこに入ったか分らないほどの絨毯だった。小さい頃だったから行けばいつもそこのお兄ちゃん、お姉ちゃんに遊んでもらった記憶があった。生活のすべてが憧れであり、こんな暮らしがしたいと思っていたものだ。ハワイに別荘があって行ったことは無いがいつも写真を見せて貰っていた。そんな素敵なお家が阪神淡路大震災で被災された。一番に電話をかけたが安否は分らず、暫くしてからお見舞いに行って驚いた。あのころには珍しい鉄筋コンクリート作りの家だった。家自体には外見上は余り酷いことにはなっていない様に見えたが、家の中はもうグチャクチャだった。半月くらい経って行ったように思うが足の踏み場もないほどだった。周りの家は全壊、半壊上体だったがそこは頑丈な作りで外見はそのままだったように思う。しかし中は箪笥が倒れテレビや冷蔵庫もひっくり返って本当にここがあの素敵な家だとは思いもよらなかった。
やっと落ち着いてからもう一度お見舞いに行ったとき、何とか部屋の中を片づけたと言っていつものようにお茶を出して頂いた。
以前はコーヒカップもティーカップもロイヤアルコペンであったりウェッジウッドであったりミントンであったりしていたのが壊れてしまって全て割れたとかでモロゾフのプリンのカップに変わっていた。あの震災で全く人生観が変わったと言っていたが今回の大阪の地震の日にお母様がお亡くなりになったとか。次に日によく遊んでくれたお兄ちゃんから電話があった。その方でさえ70歳を過ぎている方だが丁度70歳を迎えた時に歯科医を辞めて悠悠自適?な生活っを送っておられた。90歳も半ばを超えて100歳まで頑張ってくださいと年賀状に書いたがまた一人親戚の方が亡くなった。
ご冥福をお祈りします。   合掌

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2018年06月20日

世の中にはこんな奴らもいる

昨夜からの雨は今朝がた一時期強い雨に変わって今回の地震の被害に合われた地域にも降っていた。雨雲レーダーは残酷なものだ。
そこの地域だけ色の濃い赤色で市内はそこまで降ってはいなかった。地方に居る同級生が心配してメールをくれるが、先週は近火見舞いで、今回は地震見舞いだった。誰でも震度6弱と言えば何かしら被害があると思うのが普通で建物の被害は?とか道路は大丈夫か?とか有難い心配をしてくれる。
しかし乍らここは都会だし、鉄筋コンクリートの大型ビルが立ち並ぶ地域、田舎の木造茅葺?とはわけが違うと冗談半分で言ってやったが、テレビニュースで水道管の破裂、煙突の倒壊などが映し出されていれば誰でも心配はしてくれる。しかし有難いことにこの通りぴんぴんしている。ただ地域によっては一時、水や非常食やその他の地震関連で必要なものが品薄になったとか。東日本の時も阪神淡路の時も一時期電池や水が品薄になったのは記憶に新しい。
しかし必要以上に日頃からの備えがあれば大丈夫。
ガスも水道も止まっている地域が大阪にはまだある。
大阪と言えど市内と郊外とは様子が違う。物資の数も一時減ったと言えど直ぐに集まるのが都会の良いところ。ライフラインも今朝のニュースでは水道管の破裂個所もすでに修理交換して尚且つ道路もアスファルトで舗装してあるではないか。こんな動画がまた海外では「アメィジング」とか「わが国なら何か月かかるか」とかのSNS
で発信されるだろう。それだけ災害の多いわが国では常に何かあった時の事は考えておかないといけないと言うことだろう。
一日も早い復興、復旧を願いたいものだ。ただ不安を煽る様な投稿も見られる、いつも思うことだがそんな事をして何が面白いんだろうとも思ってしまう。天に唾する行為は必ずや己に帰って来ることが分らないんだろうか。分らないからやってしまうんだろうけどね。止めようよそんなつまらないことは。口先だけで言っても分らないモノには何かしら自分に返って来て初めて分るんだろう。

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2018年06月19日

貴重な体験はわかるけど・・・

時間が経つにつれ今回の地震が大きな地震だったことが分った。
震災は忘れたころにやって来るとはまさにこの事だ。
前日に群馬県、千葉県に地震があって何だか日本列島がそのような地震サイクルの中に嵌ったように感じていたからだ。
診療所で急患を診ていて会計をしていた時だった。一瞬身体が浮くような感じがした。そして患者さんが待合の椅子に座りこんだ。
ビルの柱がメシメシと音を立てた。地震だとは直ぐに分ったが人間あの場に居たら何もできないのを実感した。地震が収まった後も何だか身体がフワフワするような感覚だけが余韻として残った。
今思えば、朝来た時から街路樹にカラスが多く集まっていたし、鳴き方も尋常で無いくらいクァクァと煩かった。昨日の昼間に食事に行く時太陽の周りに逆さ虹も出ていた。阪神淡路大震災は明け方だったが周りが明るくなった時の地震も怖い。テレビでもやっていたが車がバウンドするし電柱も、電線もゆらゆらと揺れている。
今どきの車にはドライブレコーダーが付いていてその瞬間の様子がよく分かる。走っていたらあんなに揺れるのは体感できないだろうがあれだけの揺れは走っていても実感できただろう。
用水路の水が左右にゆらゆらと揺れて撮影者の人もただ事でないのが音声を聞いたらよくわかった。
交通網も全て遮断され当医院の女に子も来れなかった。一人は後から自転車で駆け付けてくれたが、患者さんは日にち変更で予約患者さんは代えて貰った。ただ「今日やっていますか?」と何人かの新患さんや急患さんは来られた。皆さん仕事は休みになってやることが無いので歯医者に来たとか。何が幸いするか分らない。
でも私一人で午前中診療したので患者さんにはご迷惑をかけた。
昼飯の時いつものお店では地震の話題で持ち切りだった。
当医院の入っているビルは10階建て、患者さんの中には高層マンションにお住まいの方も何人かいる。3人来られた方は30階以上にお住まいの方。「1階まで階段で降りるには降りたが今度上るとなったら大変ですわ」とか言っておられた。エレベーターは周辺ビルのすべてが点検のために一斉にストップ。近所のスーパーもエスカレーターは動いていてもエレベーターは停止中。隣のビルでは車が上昇中に停止になったままで人が中に閉じ込められたらしい。
エレベーターの会社に電話を入れたらあちらこちらで点検のために職員が出払っていて中々捕まらなかったとか。笑い話だがエレベーターで地震にあったら最寄りの階で停止することになっているらしいが車用のエレベーターはそうではなかったみたいだ。停まるには停まったが今度はドアが開かない。手動で開けようにも人が居ないとかで解放されるまで2~3時間車の中に閉じ込められたとか。そんな患者さんが昼からやって来て一からこの話を聞くことになった。「何より無事で良かったじゃないですか」そう言うのがやっとだった。でも何かその患者さん、その時は焦ったと思うが今では貴重な経験をしその話をもう何人にしたことかと笑っておられた。
私にしていたかと思ったら今度は受付の子にも一から話をしておられた。その子は黙って聞いていたが一度目はチェアーサイドで二度目は受付で。患者さんは違う女の子だと思っているに違いなかった。愛想の良い子で「さっき聞きました」とは決して言わない子だった。私なら「それ、さっき聞きましたよ」:と言ってしまうのに。

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2018年06月18日

ドッカ~ンと揺れた、コレがっ震度6か・・・

いやぁ、揺れました。ここ大阪市北区は震度6弱だった。
真下からド~ンと突き上げるような揺れに見舞われ、て^ブルの前に積み上げていた雑誌や書類は散乱、ロッカーや机の引き出しは全て開いていました。前回の阪神淡路大震災の時の方が被害は大きかったように思う。
それでも女の子は皆来れないし、患者さんも来れない。でもご近所さんは来られた。一人で対応しているので待って頂くことに。午前診で止めようと思ったら朝の患者さんが昼から来られることに。
「こんな時に家に居てください」と言ったら、「家に居てもすることが無い」と言われた。これで私一人で診療することになった。
こんな怖い経験はもう二度と嫌だ。

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2018年06月15日

私ももっと調べようっと・・・

先日、友人からこんな話がありました。
それはそこの子供さんが(高校生)そばを食べていきなり意識を無くしてしまったとか。蕎麦アレルギーを発症したらしい。
それまではそばも食べていたのに急にショック状態で救急車を呼んだらしい。蕎麦アレルギーはそば粉に含まれるたんぱく質が原因で免疫機能が過剰反応をしてしまう状態で特に蕎麦の抗原は細胞と反応しやすい性質を持つために少量でもアナフィラキシー症状を呈する危険がある。ジャガイモ、胡瓜、えび、ピーナッツなど様々なものに反応する物質がある。アトピーなどはその最たるもので卵、小麦、牛乳など食べれるものが無いくらい多くの食品にアレルギー反応がある。アナフィラキシーショックなどで命の危険に出くわす場合もある。今回のケースでは行きつけの飯屋では無いところでそれは起こったとか。
連れの居酒屋の奴にこの話をしたところ、同じような答えが返って来た。どこの店もそうだろうと前置きしてそいつは言った。
蕎麦や饂飩を茹でる釜は共有していて、蕎麦は蕎麦用、饂飩は饂飩用なんてほとんどの店ではやっていないとか。そう言えばいつも行きつけの飯屋も同じ釜で湯がいている。だからアレルギーのある人がいくら蕎麦を食べないとして饂飩にしていても茹でる釜が同じなら蕎麦アレルギーを発症してもおかしくない。
連れの店は天ぷらを揚げるのもフライものを揚げるのも同じ油だとか。
普通は別々にするだろうと言ったら「同時には揚げない」だと。パン粉と小麦粉を別々にしているから大丈夫、そんな答えだった。
最後にその子供が血液検査をしたら数値はそんなに高くは無かったとか。それより親父のそいつの方が数値が高くて医者から「お父さんは大丈夫ですか?」と逆に聞かれれしまったとか。
何がいきなりこのようになるかは誰も分らない。そう言う結論になってしまった。

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2018年06月14日

大変だぁ~~!!

昨夜遅くと言うか、今朝早くと言うかの午前4時ちょっと前の時間いつものようにトイレに行った。遠くにサイレンが聞こえそれがだんだんと近づいて来るのが分った。1台、2台とその音がだんだん大きくなってきた。そして我が家の前で止まった。まだぞろ何台か続けざまにやって来る。普段なら即、出て行って見るのだが最近入れたセコムがかかっていて玄関も勝手口も窓も全てにかかっているから直ぐに窓や玄関を開けることが出来なかった。在宅ボタンで解除して表に出て見た。何やらキナ臭い臭いがするではないか、コレは火事に違いない、それも近い。パジャマのままサンダル履きで出て見るとご近所さんたちも皆さん心配そうに出てこられた。我が家は交差点の角にあってバスでもUターン出来る位の広さがある。パトカーも来た、救急車も来た、コレは大事、最終的にはどこかのテレビ局の車までもがやって来た。総数十数台。我が家を挟んで消防のホースが幾つも我が家の裏筋の方へ延びていた。「やばい」一瞬脳裏をよぎったが辻の角まで行ったら我が家のブロックでは無かった。隣のブロックの一軒から煙と火の粉が見えた。あそこは同級生の家や知り合いの家の方向だ。パジャマにサンダルのまま消防の邪魔にならないように近づいて行った。結果、連れの家の隣で知り合いの家の裏側の家が火元だった。でもあれでは影響が無いはずは無い消防の水もかかるだろうし、夜中ではっきりとはわからないが煤で黒くなるだろう外壁がそこにはあった。連れが家の前に出てきて安全は確認できたが、そいつが周り近所を叩き起こしたとか言っていた。しかしこれだけの人がこの周辺に住んでいるのには驚いた。
昼間でも滅多に見ない数の人がそこの周辺には居た、簡単に言えば「野次馬」達だが周辺の家にしたら類焼だけは避けたいからだろうが。
嘗てこんな事を聞いたことがあった。火事の起こる確率だ。
そこの場所だったかそこの周辺だったかは定かでないが400年に一度と聞いたことがある。今スマホで調べたら火事に遭う確率とやらが出ていた。年あたり「0.024%」だそうだ。これは住宅火災だけだそうでビルとか工場とかを入れるともっと確率は上がるそうだ。私も自宅周辺で火事は何度か遭遇した。一番最初は大学の入試の2日前、寒い冬の日連れの家の隣の居酒屋の外に出ていた換気からの出火、そのために連れの家が半焼した。そいつの家は火災保険の取扱店、笑うに笑えなかったが。次は連れのマンションの向かいにあった医院と裏の倉庫の間の資材置き場。そこには可燃性の塗料があってこれも大きな火災になった。その次は自宅の裏の木造アパートだ。連れのマンションからよく見えるとベランダから消防の撮影をしていた。後で連れに聞いたら何でも記録の為にベランダから撮影させてほしいとかで消防が撮影していた。そこも同級生の家の隣だった。コレだけでも40年くらいで3~4回は遭遇していることになる。単純に10年に1回なら確率はもっとだし、マンションの小火もいれたら本当にこんな確率か心配になる。
朝出る時には鎮火していたと思うが車が出せなかったので、消防車に少し移動してもらって家を出た。連れの家はどうなったんだろう?他の近所の連れと話はしたが近火見舞いもしないといけないだろう。そんなこんなで朝から大騒動だったからか今は少し眠い。
余計に火事は怖いと思った。貰い火も嫌だが出火元何てもっと嫌だ。そんなこんなで今日は長い午前中になっている。

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2018年06月13日

久しぶりに来られた患者さん

昨日、当医院に通院されていた患者さんが久しぶりにチェックに来られた。親父の代からだから40年以上通っておられる患者さんだった。年齢は70歳も半分過ぎているが未だ足腰はしっかりとした方で歩き方もシャキシャキされている。よく親父とその方と一緒にゴルフにも行った方だった。現役を引退してから会社を家族に任せて趣味のゴルフ三昧。週に3回はラウンドされているとか。だから「あと一回増やせばプロゴルファですね」と言ったら笑われていた。健康あっての事だと本人さんも自覚されていて月に一度の血液検査一年に一度の人間ドック。その血液検査の結果を見せて貰ったらすべての項目がチェックの票の真ん中にずらっと並んでいた。
たまたま先週に先輩の診療所で行った血液検査の結果を見せようか止めようか迷ったが向こうさんが見せたのに私が見せないのも何なので見せたら絶句された。
「あんたなぁこのままやったら私より先に死ぬで」だと。
全く言い訳のきかないほどの検査結果だった。中性脂肪、コレステロール、GOT,GPTと何一つ中央の位置に入っていなかったからだ。
でもこの方昔から健康オタクでテレビや新聞で広告をしているモノは一度は試してみる方。よく昔、「コレ良いから一度飲んで」となにやら健康食品やサプリメントを頂いた。結局は飲まずに来たがやはりその方の様に飲めば良かったのかもしれない。
次は半年後に来ると言って、それまでに痩せとけよと言い残して帰って行かれた。分っちゃいるけど中々思うようには痩せられないのが今の私。でも少しづつではあるが体重計の記録グラフには右肩下がりの記録が残っているのだがなぁ。
ピークからは10キロ減ったがそれでもまだ標準体重まではあと10キロ。食べなくても痩せないこの身体、いったいどうしたら効果が出るんだろう。

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2018年06月12日

いよいよ開幕 ワールドカップサッカー

いよいよサッカーのワールドカップが直前にまで迫って来ている。4年に一度のサッカーの祭典。日本も勿論出ることになったがそのギリギリのところで監督の交代があった。海外のメディアはこの地点で日本は迷走しているとか、この時期に何故?と疑問を呈している。予想結果のアンケートに90%以上が予選敗退を予測しているが中には無謀にも優勝の予想をしている人が居るのには驚いた。まぁ何が起こるか分らないのがスポーツの世界。相撲で言えば横綱が平幕に負けるようなものか、いや新入幕に負けるようなものかもしれない。野球で言えばプロ野球が高校野球では無くてリトルリーグに負けるようなものなのかもしれない。それなのに毎回、
もしや、もしやと期待を抱かせる記事が目立つが、目の肥えた国民はそんな事に驚かされたりはしない。結果は目に見えている。
でも最初の頃に比べて海外に出て行く選手が増えて、選ばれる選手の半数以上が海外のリーグで活躍?するようになって外人に対するコンプレックスは昔程ではなくなったように思う。
我々日本は島国で海外からの誘いや情報が入りにくい時代だったからか、言わば井の中の蛙大海を知らずで来たおかげで日本独自のサッカーを展開しているように思う。野球とベースボールの違いの様に。海外選手の身体能力は並外れて居るものがある。海外選手が日本のJリーグにやって来たら即その違いに気が付く。そんなストライカーだって母国に帰っても代表になれるとは限らない。
そんな化け物のような連中と競い合って勝ち上がって行くことは並大抵では無いが一縷の希望を持って応援したいと思う。
勝てば何よりだが、勝たなくてもたとえ1点でも相手のゴールネットを揺らせれば私は本望だと思う。暫くはこの話題で盛り上がる暑い暑い熱帯夜が続くのだろう。

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2018年06月11日

やっぱりこの国はどこかおかしい・・・

昨日のニュースで東海道新幹線の無差別殺傷事件があった。
日本の安全を大きく脅かす事件であるとともに犯人の人物像がニュースとともに大きく報じられていた。その前のニュースと言えばまだ5歳くらいの子供を両親が虐待して死亡させると言う悲惨なニュースも大きく報じられていた。一体この国はどの方向へ進んで言っているのだろうか。「適応障害」というレッテルを張られて自暴自棄になったものを誰がどの様に予防すればよいのか。たまたま乗り合わせたのが運が悪かったですむのか。そしてたまたまそんな親の元で生まれてきたのが運が悪かったとでもいうのか。
聞いていて腹立たしい気持ちになったのは私だけではないはずだ。
くだらないことで国会の審議を飛ばしてしまったり、言った言わないではぐらかされたり、国民ももっと声を挙げても良いだろうに。
選挙になればやはり与党候補が当選するこの国は何なんだ。
それだけ野党が弱いのか、それとも与党の中で声を挙げたら自分の立場が弱くなるのか。
私だけがこう思っているとも思えない。それでも今のこの国の選挙や国民の声が届かないのか。何か言えば必ず反対派が声を挙げる。人権だとか個人の問題をすり替えてワイワイガヤガヤ言うだけで何にも世の中の役に立っていないような気がする。自由にものが言えない国にしたのは結局は我々国民だ。昔は良かったと言うのは簡単だが、なぜ昔は良かったと言うのか。それは皆が真剣に政治の事も人権の事も話が出来たからに他ならない。
いつの世も事を唱えれば必ず反対するものは出る。でもそれでも言いつづけていかなければならない。
あるどこかのニュースで幼い子があんな文章を書けるはずがないと言っていた。親があの様に書かしたとも。どんな気持ちであの文章を書かせたのか考えただけでも胸が痛い。一言で「適応障害」と言われてもどこにもいるではないか。世間から見放されて登校拒否になったもの。いじめを受けて仕事にも行けなくなったあもの。引きこもりなど誰がどうして治していくのか。何か事件が起きてからでは遅い、それでも誰も解決策を示さない。いや示せないのだ。
本当に国会で「モリカケ」問題や財務省の隠ぺい問題も大事だが、適応障害の子供や大人を持った家族はどれだけ苦労をしているか世間の人は他人事と思わずに真剣にとらえて欲しいものだ。

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2018年06月08日

気持の維持は中々難しいものだ・・・

先日、同級生がやって来た。久しぶりに会う小学校の時の同級生だ。60歳で定年延長をして次をどうするか迷っていた。
嘱託社員で仕事にはありつけるが、給料は大幅に減っていると言っていた。子供たちは独立して家庭を持ち夫婦二人だから何とかやっていけるらしいが今までペットを飼ったことが無かった奴が初めてワンコを飼ったらしい。そしてウチと同様口とお尻のあるものはダメと言うそいつの親の意見で今まで飼うことが出来なかったとか。私も同じく口とお尻のあるものはだめでそんなペットを飼ったことは無かった。(反抗して熱帯魚は飼ったが)
そいつ曰く、「何で今までもっと早くに飼っておけばよかったのに」だと。
この歳になったら夫婦の会話も減り、子供も独立すれば尚更、仕事も今までの様に毎日ではないから家にいる時間が大幅に増える。
散々ボヤキを聞いてから今はどうかと言うと、ペットのおかげで夫婦の会話も増えたり少々の事で夫婦喧嘩も減ったらしい。良い事ではないか、それなら何を私に言いに来たのか聞いてみた。
「オマエも今からでも遅くないからペットを飼え」だと。
熱帯魚も可愛いかもしれないが犬は良いぞと熱弁していた。
この歳からペットを飼い出してもしもペットが亡くなったりしたらこいつは絶対にペットロスになってしまう奴だ。
自分の子供の時もこんなに騒がなかった奴がワンコの為にここまで言うか。そう思ってしまった。そう言えば今世間で騒いでいる和歌山の資産家の変死事件。その直前に可愛がっていたペットのワンコが原因不明で亡くなった。事件性があるやも知れないから警察がその遺体を鑑識にかけているとか。まぁそいつには事件性があるような大それたことはないと思うが、溺愛しすぎると亡くなった時のペットロスが心配だ。まだそこまでではないが第二の人生を見つけたその同級生にはそのワンコを生きがいにしてほしい。
そこまで私は熱帯魚に入れ込んではいないが一応、亡くなった魚は大きめの植木鉢に墓標を立てて埋めている。最初は可哀想にと思って墓を造ったが最近では亡くなって埋める時にもうそんな気持ちになることはなかった。気持ちの維持は難しいものだ。

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2018年06月07日

これで良しとするか・・・

昨日、早速近畿地方に梅雨入り宣言が出た。
平年よりも何日か早いそうだ。そしてそれが終われば灼熱の熱帯気候が待っている。今週も北海道で夏日を観測して近畿地方の方が北海道より涼しいと言う逆転現象を観測している。
異常気象と一言では片づけられないほど年々この時期の雨は災害を齎すほどの豪雨になっている。今まではこんなに降らないだろうと言う予測で排水を考えていたらしいが、今ではそれらを遥かに超える雨量を観測しているからよくテレビで見るマンホールからの噴水のごとく吹き出している光景を目にする。
毎年、この時期には自宅の排水溝の掃除をマメにしないと角地なので両方向からの雨水が溢れてくるからだ。自宅は上町台地の東側にあるのでよく見ると西の方が高くなっていて、豪雨になると西から東へ雨水も流れてくることになる。そしてまたその雨水は東の方へと流れて行く。何年か前には広島で大雨の為に土砂災害が起こっているし、川の氾濫、田畑の冠水、毎年のこととはいえ少しでも被害が最小になってくれるのを祈るばかりだ。
今回の梅雨の雨の予報ではどうだろうか。警報が出たら一刻も早く安全な場所に避難することが何よりで、正確な雨量の予測は最新式の雨雲レーダーが教えてくれる。
私のスマホで唯一稼働しているのがこの雨雲レーダーの機能だけだ。そのほかの機能は全く使えないのにこの雨雲レーダーだけは何故か使える。まぁ他のは必要ないと言えば必要ないのだから。これで良しとするか。

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2018年06月06日

ヤクザな足って本当に厄介だ

昨夜からの雨は今朝もしっかりと降り続いている。
梅雨に入ったんだろうか?まだ梅雨入りにニュースは聞かない。
最近の天気予報はよく当たる。当たると言うのは失礼な言い方だが嘗ては天気予報=当たらないものの代名詞だった時代があった。
下駄を投げた方が良く当たると揶揄されたものだ。最近の若い人はこの下駄を投げると言う意味さえ知らないのにこちらは驚いてしまった。夏場の浴衣姿には下駄が似合う。和服姿に下駄しか考えられないだろう。昔は大学に下駄で通学していたと言ったら若い子たちに驚かれた。今そんな学生は皆無だ。運動部か応援団位しか用がないからだ。鼻緒を両足の親指と人差し指で挟むことで足の強化につながる。真冬でも裸足で下駄通学をしたものだった。
歩き方が悪いから両方の下駄の刃の外側が減ってしまって歩きにくくなっていた。それでも1年間下駄通学をした。
何年か前の自宅のリフォームの時に下駄箱の中からその下駄を見つけて懐かしんだものだが家人にあっさりと捨てられてしまった。
私の下駄や靴は簡単に捨てるくせに自分のとなると中々捨てようとはしない家人。留守の間に箱に入っていたのを黙って捨ててしまったことがあった。あの箱何処になおしたかと探していたのを横目で見ていた記憶があった。
今の玄関の下駄箱の3/4は家人の靴や草履が入っている。私のは数えるほどだ。もうカビて何足かは捨ててしまったが今履いているのを変えようとはしない自分がいる。私の足は少々変わっていて左が26.5センチ、右が27.0センチだから同じ靴を二足買わないといけない。だからどうしてもサラのまま片方が残ることになる本当に厄介な足だ。骨折を3度して足の形まで変わってしまったのか?同じサイズを買っても右に合わせれば左がブカブカだし左に合わせれば右が窮屈だ。だから無駄でも二足買って履きやすくして今日まで来ている。一度オーダーの靴を注文したが足の形を計って足型をとって造って貰ったが最初は良かったが暫くすると段々と窮屈になって来ていつの間にか止めてしまった。朝の足と夕方の足では2センチくらい違ったからだ。むくみがこんなに出るとはって靴の職人さんに言われた。それ以来上等の靴は履かずに安物の使い捨てても良いような靴ばかり履くようになった。本当に私の足はヤクザな足だ。

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2018年06月05日

切実な悩みをスルーは出来ない

日に日に日差しが強くなってきた。
朝夕は少しはマシだが日中は夏のような日差しだ。これから梅雨に入ろうとしているのに。
先日、友人が電話をかけてきて近々飯にでも行かないかとのお誘いだった。その友人とは半年ぶりくらいになるが、前回もいきなりのお誘いだったように思う。
特別な時でもないがこうしてたまに誘ってくれる。同級生ならではの間柄だ。大学の同級生と言えば同業者で話す内容はと言えば仕事の事が多い。コレは仕方がないと思っている。お互いが愚痴を言い合い、言うことでスッキリするならこれもまた息抜きの一つで良いのかもしれない。そう言えば高校の時の連れは中々会う機会がないからか最近会っていないことに気が付いた。最後に会ったのは昨年だからもう半年くらいのご無沙汰だ。
今回会うのは小学校、中学校の同級生。仕事は違うが近所に居てよく遊んだ仲間だ。しかし結婚と同時に他府県に引っ越しをして言ってからは中々会う機会が少なくなった。親がまだ近所に居るのでたまにこちらに来ることがあるらしい。その時に都合が合えば会って近況の報告をすることになっている。
今回も前回同様話の内容は分っている。親のこれからだ。
我が家と言えば前回そいつにも言ったが、ボケ出した、徘徊しだした、日常の生活が一人にしておくのが危なっかしくなった。など、私の方が一方的に話をした。その時にそいつは「ウチもそろそろやな」と言っていたから今回はきっとそいつの話を聞くことになると思う。ウチはと言えば母親だから家の事はまだ少しは分って話が出来るが、向こうさんは父親で何年も前に母親を亡くし一人で何でもできる人なので心配は無かったが、年齢も80歳後半でまだ車の運転を熟していると言う。最近のニュースで高齢者の事故が多い。それを気にして何度も免許の返却を言っていてもなかなかいうことを聞かないらしい。自分に自信があるらしいが周りの人はヒヤヒヤだと言っていた。やはり高齢者になれば反応が遅くなってしまう。それは我々世代にも言える事、その親の世代で80歳代ならなおさらだ。前回の話だともしも親の免許返却ならそいつが親元に帰って来ることになると言っていた。子供も独立しているから帰るには何も支障はない。そうなると今度はそいつと会う回数が増える。
そんな同級生が何人もいる。親も高齢になり子供も独立し実家を守るために帰って来るとか。そんな話をする歳になってしまった。

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2018年06月04日

この歳になると我慢するのが面倒になる、いけない傾向だ

先週末いろいろな雑用を済ますには絶好の日和だった。
午前中は仕事で昼から病院でリハビリのはずが、急遽連絡があって午後診を休診すると言う連絡があった。
先代の時代から毎週土曜日と日曜日には用事がない時は必ず来院していた。向こうから言ってこられたのは初めてだった。
「先生、申し訳ないですが土曜日の午後診休診にさせて頂きます」
「いいですよ、また時間のある時に伺いますので」
「研修会があるんで、午後診を休ませていただきます」
「先代の時も研修会ってあったんですか?」
「あったかもしれません、でも親父はあんなの行くつもりはコレっぽちも無かったと思います」
「そうでしょうね、先代は研修会へ行くくらいなら仕事するって方でしたから」
「また来週お越しください」
こんな内容だった。ほぼ毎週同じように動いているので、ぽっかりと時間が空いてしまったら何をして時間を潰せば良いか分らなくなってしまった。最初から行かないと決まっていたらそれなりに時間の過ごし方はあっただろうに。まぁ身体を休めなさいと言うことだと思いゆっくり過ごした。
毎日毎日同じように時間はすぎて行く、そして身体が1週間でリフレッシュでき次の週も又同じように仕事をする。コレを1か月、1年とするうちにまた歳をとって行く。
何かが変わろうとするときは見えない大きな力が働くと言うことを知っているがそれは自分自身が動き出さないと何も変わらないと言うこと。平平凡凡と過ごしていたら何も変わらない。それを悪いと言っているつもりは無い。しかし自分が動くことで新たな発見があるかも知れない。今回、土曜日の午後にこんな時間にこんなところを車で走ったことが無い。すると今まで見えなかった、見ていなかった景色が見えて来るから不思議だ。
最近嵌っている熱帯魚、そのお店がこんなところにもあったのか、こんな種類の熱帯魚があったのか、おとなしくしているつもりが逆に火が付いてしまってまた余計なものっを買ってしまった。
もうちょっと我慢と言うものを身に付けないと又家人に叱られてしまうように思った。何がって?それはまた少しづつお知らせします。

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2018年06月01日

こちらの真剣さが伝わってくれればいいのだが・・・

昨日の話の結果は案の定ドタキャンでした。
まぁそんな奴だと諦めてはいましたが、最後通告で言ってやりました。「オマエの生き方は世間では通用せんっぞ」って。
本人も薄々は気づいてはいるんだろうが周りに甘えていてズルズルとここまで来たと言う次第です。だから私も本気で「これからの付き合い方を真剣に考えるわ」と言ってやりました。
人には生まれつきなのか、これくらいなら許してもらえるだろうと言う甘い気持ちってあるようですが、私はそんなに甘くありません。「最後通告と取って貰って結構」とまで言いました。
皆さんの中にもこんな人はいないでしょうが、知り合いにはきっといると思います。それを許すかどうかは私にはわかりませんが、はっきり言ってやったら何だか私自身の気持ちがスゥッと晴れたのは間違いありません。こんな事を言ったら嫌われるんじゃないかとかそこまでアイツもバカじゃなかろうとか考えましたが結論は
嫌われるはずない、そしてコイツはバカだと言うことです。
悪口のように聞こえるかもしれません、しかし決して悪口を言っているのではありません。コイツの為に言っているのです。
私を嫌いになってくれても構いませんが、私以外で大事な人に愛想をつかされては今まで築いてきた若干の信用は二度と戻らないと言うことを肝に銘じてほしいものです。
一日経てばもとに戻っていた今までとは違い、今回のはちょっときついかもしれません。それに気が付かないようでは周りの人間も一人減り二人減りで最後には誰もいなくなることを考えて欲しいものです。

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