2018年08月31日

病は気から 本当にそう思う

当医院の患者さんで信心深い方が居る。
どれほど信心深いかと言うと、当医院のビルの前に小さな祠がある。道路の端に銀杏の大木がある祠だ。私も
診療所の前にあってその道路を横断する時に一応素通りは出来ないので心の中で手を合わせている。
その方は毎日その祠のお掃除をしてくださる。その祠も近所のお寺が管轄しているので、お寺がお賽銭などを回収に来られるが毎日のお掃除は信者さん?か、気づかれた方がお掃除をされている。年に一度、そこのお寺の柴燈護摩の時には京都のお寺からも応援に来られ、柴燈護摩の前に隊列を組んでそのお寺の結界内を法螺行者を先頭に行進されるのが恒例になっている。
その信者さん?の当医院の患者さんが昨日、月一の受診に来られた。そして来月の予約の話になった時に「実は私、癌になりました」と仰った。スタッフも一緒にそれを聞いたので一応に驚きを隠しえなかった。そう言えば他にも患者さんの中で癌になった方は何人かいる。今や癌なんて病気は誰でも罹る病気なんだとつくずく思ってしまった。
親父の代から通院されているお鮨屋の大将も前にも書いたが癌の宣告を受けて見事に生還されているし、(その方は大腸癌)初期も初期の歯肉癌を発見した患者さんも見事に再発無しでバリバリと仕事をされている。
今や癌は治らない病気ではない。癌の宣告をされても落ち込むどころか皆さん、絶対に生還すると言う強い意志の持ち主ばかりだ。
その方もきっと生還されるだろう、そうあって欲しい。
その方も言っていたが後10年以内に癌は発見さえ早ければ必ず治る病気になるそうだ。

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2018年08月30日

そんな顔にはなりたくないものです・・・

最近のニュースで信じられないことが起こった。
病院で熱中症?一瞬耳を疑った。患者さんは全て80歳台だ。
一番最後に飛び込むところが病院なのにそこの入院患者さんがエアコンの故障でこの暑さの中扇風機一台で過ごしたとか。35度以上の気温でさえ熱中症に注意をと叫ばれているさなか、まさか病院で熱中症になるなんて誰が想像しただろうか。命を助けて貰うはずの病院で命がけになるなんて本末転倒だ。そこの院長の発言にも驚かされた。「すみません」と言ってしまえば後からの大きな問題になるのを知ってか、決して言わなかったのにも違和感を覚えてしまった。テレビで映って居ない時に謝ったのかは分らないが、院長にしろ事務長にしろ話し方や態度が如何にも他人事にしか映らなかった。
最近、テレビに映ったいろいろな不祥事で謝罪する場面に出くわすが、見ていて誰に謝罪しているのか、していないのかと思える場面によく出くわす。
アメフトのタックル問題でだれの指示かで問題となった件、ボクシングの忖度をされた側が開き直った件、そして今朝のスポーツ紙の一面を飾ったのは女子体操の問題、これらがスポーツ紙の一面を飾っては欲しくない。
スーパーボランティアの人が言っていたが「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」という名言を残した。
こんな事を言っちゃ笑われるかもしれないが、自分自身の保身に走れば段々と顔が変わると誰かが言っていた。そう言えば今問題になっている方々は失礼ながら人相は良くないように思いますが、皆さん如何でしょう。歳をとって皺が増えて顔にそのように見える年齢になっても自分は知らなかった、言っていない、何が悪い、と開き直る。そんなことばかり言っていると益々醜い顔になってきますよ。
明るいニュースがなかなか見つからないから、少しでも明るニュースが出るたびに余計に酷いニュースが表に出て来る嫌な世の中になったもんだと思うのは私だけでしょうか?

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2018年08月29日

悩みは人それぞれ・・・

今年の夏の暑さは異常なくらいだった。
同級生の親御さんが熱中症で入院したと後から聞いた。
その病院が又私の同級生の病院だった。そして私の連れもよくそこの病院を利用していて点滴やらリハビリで週に何度か利用する病院だった。今の院長は同級生で親父さんが亡くなってからそいつが理事長、院長を兼ねていた。私も受付の人を何人か知っていて院長の連れくらいの感じでよくしてもらっていた。
今年のお盆休みに同級生の親が入院したことを知らずにそこの病院に何度か言って連れの点滴やリハビリに付き合った。そして点滴ルームが満床だったので空いている部屋で点滴などをしてもらっていた。その時の隣にその親御さんが入院していたらしい。
いちいち名前なんか見ていないし、同じような苗字はいくらでもいる。変わった名前なら記憶にも残るがそいつの名前は至ってありふれた名前。(山田とか田中)下の名前も親御さんの名前を知らないから分らなかったみたいだ。そいつの点滴中、暇を持て余していていつも院長がいる時は院長室で無駄話をして時間を潰していた。
しかし我々の所のような個人の医院は私が判断すればそれで済ものを、大きな病院ともなると一つ決めることさえ会議、会議で決めないといけないらしい。薬一つ入れるのにも、リハビリの器具一つ入れるのにも何社かの業者による入札が当たり前だ。
ウチなんか材料屋が「先生今度の新薬です」と言われれば「そう入れといて」で済むものを、会議でああだこうだとなるらしい。
ウチみたいな個人医院にさえ新商品の売り込みは月に何度か業者が連れて来るが、そいつの所のような大病院ではないが個人病院でも無い中途半端な規模の病院などはひっきりなしに売り込みに来るらしい。一度使って貰えばそれ以降ずっと使って貰えるから業者も必死だ。露骨な接待工作もあるらしい。(あるとは絶対に言わないが)実際にはかなりあるみたいだ。一度冗談でそいつに「ウチも一度でいいからそんな接待受けて見たいわ」と言ったらそいつの口からこんな答えが返って来た。「あほか、一台何億もする機械をそう簡単に買い替えられるか」だと。そりゃ一台何億もの機械は歯科には関係が無い、高くても1000万円位か。医科では1000万円何てそこら中にゴロゴロあるらしい。
そんな機械を買ったら勿論現金払いもあるだろうがそれらのほとんどがリースかローンだそうだ。そう言えばそいつの車もリースかローンだった。前に一度そいつに言われたことがあった。
「一度でいいから個人名義の車に乗りたい」と。
「いつもいつも銀行の車じゃつまらんわ」だって。
悩みは人それぞれなんだと言うことです。

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2018年08月28日

表現の難しさと日本人の感性の問題だと思う

残暑はまだまだ厳しいですが日差しが少し真夏の日差しから柔らかに感じてきました。真夏の日差しは熱せられた鉄板の上に一滴の水を垂らして、「ジュ」と水滴が一瞬で蒸発するような感じなのに、今は同じ「ジュ」でも一呼吸置いて蒸発する感じ。(変な表現ですみません)
このひと呼吸の間こそ季節感を感じるのかもしれません。
何が言いたかったかと言うと今朝の新聞の記事の中にこんなのがありました。海外の人が日本に来て思ったことを書いた記事です。
それはその海外から来た留学生の人が日本人の曖昧模糊とした話し方に翻弄されたと言うものです。その人がスマートフォンで約束する時に、友達の「行けそう」と言う返事のメッセージには困ったとか。その人は「行ける」と受け取ったが相手は「行けそう」と言うのは行ける、行けないのどちらともとれる可能性を含みながらどちらとも取れる表現だと後から分ったとか。
だからその留学生はそれは心の中で考えることで返事は「行く」か「行かない」かを決めてからしてほしいと思った。
日本のこの曖昧な言い方が如何やらその留学生には分らなかったらしい。だから外国人にすると約束は「イエス」か「ノー」ではっきりと言って欲しかったと言っていた。
よく日本人は、日本語は曖昧で分らないと海外の人に言われているが、わたしはそうは思わない。その言い回しでその人が行くのか行かないのかは察しれると思うからだ。白黒をはっきりとつけるのが苦手な日本人ならではの表現なのだ。
世の中白か黒ではなくその中間のグレーもあると言うこと。
ただグレーという表現はあまり良い意味では使われることが無いのだが。外国の言葉の中には日本語のような表現はあまり見られない。例えば雨が降った時に「しとしと」「ざぁざぁ」「ごうごう」
最近でも「バケツをひっくり返したような」「50年に一度の」
等々。日本語の難しさがそこにはあるようだ。

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2018年08月27日

8月も残りわずか どう過ごしますか・・・

8月も今週で終る。
まだ夏の思い出を語るには日にちがあるが総じて暑いだの熱中症だのこんな思い出を思いつく方が多いんじゃないだろうか。
40度越えなんか今までよその国の話だと思っていたが、ついに日本のそれも沖縄や九州での話ではなくなった。フェーン現象で日本海側で日本の真ん中の群馬県などで39度越えを観測し、ついに今年は何か所かで40度越えを経験した。
この時期は残暑厳しい折、云々とは言えない未だ猛暑を実感している。2020年の東京オリンピックに突き付けられた課題は大きいと思う。観光で日本に来られた外国の方々はこれほど暑いのかと実感してこの状態でオリンピックを開催すれば選手は勿論の事、海外から来られる観客の方々の健康も心配しないではいられない。
正確な数はこれからの発表を待つとしても熱中症で搬送された方、残念ながらお亡くなりになった方が他の数は記録更新になるだろう。スポーツで記録更新は嬉しいものだが、こんな記録更新は御免被りたいものだ。
それにしてもいつからなのか大人しい夏休みをもう経験することは無理な話になったのだろうか。雨が降れば記録的豪雨、そして川の氾濫、田畑の水没、土砂に埋まった家屋の大掃除、ボランティアの活躍、たったひと夏の事でもここに書き尽くさないほどいろんな経験をした夏だったように思う。
こうして毎年毎年歳を取って行くんだろう。もう少し夏休みをと思っておられる方は今からでも遅くはない、ダラダラとした時間を過ごすも良し、短くてもきっちりとした夏休みを取るのも良し。
今週の土曜日は9月1日、防災の日だと言うことにも頭のどこかに少しは覚えておきたいものだ。

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2018年08月24日

皆さん台風は大丈夫でしたか・・・

昨夜は台風20号の近畿直撃を受けてテレビでは避難地域の情報や早い目の避難への報道がなされていた。
大阪の西側を通る台風は久しぶりで、このコースが一番雨風の影響を受けやすい。
前回の豪雨の影響を受けた地域にも台風は容赦なく襲って来た。
交野、枚方、高槻、茨木と次々前回台風で避難したところに又もや避難勧告が出て心配した。同地域に何人も同級生もいる。こんな時間に大丈夫かと電話やメールをするのも非常識だと思って雨雲レーダーで豪雨の地域を見て見たら案の定そいつらの真上に赤から紫色の印が出ていた。実際に出てもそんなに酷い雨ではないこともあるが、面白半分では聞けないしそう思われるのもどうかと思った。朝のニュースでも停電個所も何か所か出ていた。
診療所に着いて一息ついた頃に女の子から電話があった。
「電車が遅れているので少々遅れます」だった。こちらは車の通勤だから、まして早い時間に家を出ているので渋滞に巻き込まれることは無い。しかし今朝は道路に木の葉や折れた小枝があちらこちらに散乱していた。今日は台風一過日差しが強い気温の高い一日になりそうだ。8月もあと一週間、残暑と言うにはまだ早いが気分的にはもうそんな感じがしてやまない。
それにしても毎年何か自然災害は起こっている、防災意識だけは切らさないように心掛けたいものだ。

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2018年08月23日

台風の備えは万全ですか?

台風のニュースが連日のトップニュースになっている。
西日本豪雨が記憶に冷めやらぬ所に又もや大型の台風が接近している。一刻も早い復旧もこの台風のせいでまた遅れることになる。
近畿地方は今晩から影響が出る予想で交通機関やお店の早じまいが予想される。今年は日本近海の海水温が異常に高いと言っていた。その影響で台風が勢力を強めながら日本に近づいてきているらしい。8月に発生した台風の数も異常だし、毎日のように発生するのも異常なようだ。今回の台風は雨台風で1000ミリを超える予想に驚きを隠しえない。一体1000ミリとはどのようなものか昨日のNHKのニュースでやっていたが、1000ミリは100センチ、100センチは1メートル、そこだけが1メートルに達するわけではない。川全体が1メートル嵩上げされると思ったらどれくらいの量か想像すると怖い気がする。50ミリを排水の限界とか聞いたがそれ以上でマンホールの蓋が浮き上がったり、噴水の様に水しぶきが吹き上がる様子を見たことがある。朝のニュースでも接近は今夜遅くから、避難は危ないと思ったら早い目にしないと自らの身は自らで守らなければならない。近所に川が無いからと言って安心は出来ない。非常食の確保、水の確保、そして何よりも広域避難場所の確認を怠ってはいけない。
折角、ボランティアの方々が災害地区の片づけをしてくださったのに一から振り出しに戻る様なことは止めて貰いたい。
昔は今の様に防災意識が高くなかった時代にも勿論台風はやって来た。ただ只管、台風が通り過ぎるのを待つしか手立ては無いのか。
これからも毎年やって来る台風だからこそ正しい知識を持って出来るだけ被害が出ないような防災を国にお願いしたいものだ。

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2018年08月22日

やっと緊張から解き放たれた高校野球だ

高校野球の決勝も終わり大阪桐蔭高校が優勝した。
春夏連覇がかかった緊張の中での優勝、天晴ものだ。
期待されてのプレッシャーもあったろうに、それでも勝つのがすごい事だ。甲子園球場と言うところは弱者に応援が付くちょっと変わった傾向があると解説者の人が言っていた。そのプレッシャーにも打ち勝っての優勝は称賛に値する。
毎年、この夏の高校野球が終わればすぐに二学期が待っている。
ひと夏の思いでと言ってしまえばお仕舞だがやはり高校野球にはいろんなドラマがある。今年から熱中症対策で水分補給の時間が設けられたり、今年からタイブレーク制が導入されたり、我々の頃とは大いに変わって来ているように思う。選手の負担を軽減すると言う意味では大いに賛成だが、タイブレーク制の作戦も立てないといけなくなった選手監督にはどうなんだろう、負担にはならないのだろうか。
選手はグランドで学生はスタンドで、そして県民はテレビでと白球に行方に一喜一憂する。東北勢の初優勝か、二度目になる春夏連覇かとニュースにはなったが結果は実力通り、予想通りの大阪桐蔭高校に栄冠は輝いた。
今日の新聞でも秋田県出身の人のコメントが多く寄せられているが、同県人としてこれほど誇らしいことは無い、胸を張って欲しいと書かれていた。全く同感だ。勝負は時の運とはよく言ったもので大差の結果であろうと一点差の結果であろうと見る者に感動を与えてくれた選手達には大きな拍手を送りたい。そんな純粋な気持ちで見ていたが、誰々がドラフト候補でとか大人の穿った見方の中にこれからおかれる選手達には迷惑な話だ。
ともかく夏の甲子園は終わった。多くの感動をありがとう。

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2018年08月21日

そやったか? いやそやったで・・・

今度の日曜日に中学校の同窓会がある。50年ぶりくらいだろうか。一学年4クラスだったがもう担任の先生もお亡くなりになっただろう。どこかのクラスが言い出しになって、それなら全学年でしようと言うことになったらしい。もう定年退職をしている奴もいれば、未だ現役で頑張っている奴もいる。仲の良い連中は時々あったりはするがここに登場する奴らはその同級生の奴らだ。
今度の同窓会どうする?って聞いたら、集まっても会いたい奴ってそんなに居ないやろと言う始末。でもコレを逃せば次はいつになるか分らんぞともいう奴。なるほどそうかと思って仕舞った。
結局は時間の空いている奴が行ってみようとなった。
私を含めて時間の空いている奴が居なかったので、それならそれで俺たちだけで「プレ同窓会」をしようと言うことになった。
プレ同窓会なんかいつもやっている連中で何ら珍しい顔ぶれでもなく、話す内容もくだらんバカ話ばかりだ。誰か新しい顔を入れようかと話は直ぐに纏まった。そしたら誰が新しい顔を探すんやと言う話になった。オマエが行け、いやオマエの方が地元で顔が知れてると中々話がまとまらない。
結局は今回の代表幹事と良く知っている奴が全体の出欠のハガキの中から同じクラスの分をチョイスして何人かに声をかけることになった。そこまでは先月初めに話し合った。そしてその答えを先日会った時にどうなったかを聞いた。しかし中々集められたハガキの中にも自分が何組だったかも忘れた奴が沢山いた。そう言えばいつも集まっている我々の仲間も同じクラスの奴ばかりではない。
近所の仲間もいるしその連れもいる。地元で商売をしている奴が中心だったりして、そこの集まる奴もいる。まぁ女の子はその中には入っていないがオッサンばかりの飲み仲間だ。
誰かが女の子を呼べと言ったが(正しくは昔は女の子)今やオバはんを呼んでどうするねん、という声にかき消され、やっぱり気心の知れた奴らで十分と言う結論に達した。中に同級生同士で結婚したのが居るので若干ではあるが女子の動向は分っていた。
しかしこの歳になっても旧姓のままな奴が居て独身なのか、×が付いて旧姓に戻ったのかは分らないのが何人か居る。誰が聞くんやでまたまた話は紛糾。結局はプレ同窓会はいつものうだうだの飲み会に吸収されることになった。最後に誰かがこう言った。
「我々のクラスの同窓会の役員は何をしとるんや」だと。そやそや、皆が言い出したが最後に私の方を一斉に見てこう言った。
「オマエやったな、ウチのクラスの同窓会の役員は」
「そやったか?」

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2018年08月20日

たかが宿題、されど宿題・・・

普段なら32度、33度の気温は暑い、暑いで通っていた。
しかし今年の猛暑で35度以上が連日続き当たり前になっていたからか32度33度の気温は過ごしやすく感じるのは私だけだろうか。8月ももう20日経ってしまった。豪雨災害や熱中症のニュースに明け暮れた8月、お盆も過ぎ残り少なくなった夏休み。
昨日、近所の子供に会って「夏休みの宿題もう済んだ?」って聞いてみた。そうしたら「塾の宿題がたくさん残っています」と言う返事が返って来た。我々の頃は良かったなぁとは言うまい、昔は昔で塾は無かったが自由研究や読書感想文で頭を悩ませていたからだ。
あれは確か4年生か5年生の自由研究だった。同級生の作品が優秀賞になったことがあった。同級生乍ら上手に造ってあると感心せざるを得ない作品だった。その出来ばえの良さから学校を代表して市のコンクールに出すことになった。そこでも賞を取ってしまった。でもそいつに言われたことが忘れられない。「アレ僕が造ったんじゃないんだ、お父さんの作品や」そのことを小さいながらに僕に打ち明けた。僕もどうしたらいいか分らずにそのまま聞かないことにしようか、やっぱりアレはぼくの造ったものではありませんと言うべきか暫くの間悩んだ。でも結局はそいつと僕しかこの事は知らなかったのでついついそのままにしておいた。
何年か経ってからそいつとその話をした。確か大学に入ったころに会ってその話になった。「もう、時効やから」で話は纏まった。
そしてそいつの子供が小学校に入って同じように夏休みの作品云々で頭を悩ませたことがあった。絶対に子供の宿題を手伝わないと言っていた。奥さんに会った時にも「この人頑なに子供の宿題を手伝わないんですよ」と言われた。
そこには誰も知らないそいつと僕だけの秘密があるからだ。
大げさかもしれないが親として手伝ってやろうと言う何気ない出来事が何十年経っても心のどこかに重しとして残っていることを知るものは居ない、私以外には。

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2018年08月17日

頼むわ 

昨日来られた患者さんはお盆休み中に急に歯が痛み出して、休日診療所に行かれたと言っていた。そしてその痛みが引かないから当医院に来られた。レントゲンで処置歯を見て驚いた。外見は普通の歯、しかしレントゲンで見たらあちらこちらに削った後が見られ髄床底は穿孔しているし側壁も一部穴が開いていて出血が止まっていない。何でも若い先生が一生懸命治療してくれたとか。頑張るにもここまで頑張らなくてもよかったのにと思ってしまった。
結局、出血を止めるのと穿孔部分を塞ぐのに時間を要したがこれで痛みが止まるかどうかは分らない。一か所なら何とかなるが二か所同時に穴をあけられては正直なところ確率は半々。患者さんには説明するのに一苦労。「若い先生が一生懸命してくれたんだから残せる限りこの歯は残しましょうね」と言うのが精いっぱいだった。
自分を振り返って見ても無駄に削ったんじゃないことは分る、しかしここまで削らなくてもミラーテクニックで歯の中は見れるはず。
きっと直視したかったんだと勝手に良い方に理解して患者さんに最後に聞いた。「何分くらいかかりました?」「・・・」
「30分くらいかかりましたか?」「・・・」
「1時間くらい?」「・・・」
「麻酔をして出るまでに3時間位でした」「・・・」
思わず聞き返した。「3時間ですか、こりゃまたご丁寧に」
そこまで言うのが精いっぱいだった。
治療に簡単、難しいは確かにある。しかし大臼歯のそれも下顎の抜髄ですよ、もっと何とかならなかったのか。心の中でそう思ってしまった。

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2018年08月16日

今の気持ちは・・・

お盆休みも終わってしまった。今年は11日~15日の5日間きっちりとあった。しかし一度だけ急患で診療所に出向いただけでほぼ家でゆっくりと過ごすことが出来た。
昔はお盆休みはゴルフ、釣りと出かけることが多かったが今は家でゆっくり過ごすのが一番の身体休めになっている。
近所の同級生はこの盆休みに孫を連れて帰省する子供らで賑わっていると言っていた。お年玉ならぬお盆玉が最近の流行だそうで年に二回正月とお盆が気になって仕方がないと言っていた。
お盆玉とは誰が考えたかは知らないが、上手い事つけたネーミングだと思う。その連れ曰く、父の日、母の日があっても良いがそれなら敬老の日をジィジの日、バァバの日くらい作れと言っていた。
そりゃそうかも知れない。海の日が作られて暫くして平成28年から山の日が出来た。何でも祝日法なるものがあってどんどん祝日が増やされて行く。働きたくても働けなくなっていく。一生懸命に働くのを美徳としてきた我々世代には今のように働きたくても働けない世の中にしてしまったお役人たちはどう思っているのだろう。いや何も思っていないと思う、そりゃ、あんたたちお役人は働かなくてもお給料は出るのだから。こんな世の中にしたのは誰だ。
紛れもなくそんな議員に投票した国民に責任があるのだから。
お盆休みが終わって8月も後半に入った。どうですか皆さん、いまあなたは働きたくてウズウズしているんじゃないですか?
チョット前なら私もそのウズウズだったんでしょうが、今はどんな気持ちって、「なるようになるさ」と言う気持ちです。

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2018年08月10日

苦瓜からコマ?

気が付けば明日から盆休み。何だか8月に入って異様に早く日が経っているように思える。台風やら豪雨やら地震やら立て続けに日本列島を襲っているからか。週末ごとに沖縄地方は台風に見舞われとかニュースでやっているから、今年は逆走台風や太平洋高気圧とチベット高気圧のダブルの影響をもろに受け連日の猛暑、高温に晒されていて少々の35度くらいではもう驚かなくなってきた。
昨日、家に帰ってしまったと思ったことがあった。いつもは帰る時間の1時間くらい前にエアコンのタイマーをセットしておくのだがそれを忘れてしまった。自分の部屋に入って驚いた。エアコンがかかっていない。テーブルの上の水槽に何やら異変が、いつもは私が帰って来て部屋の電気をつけると水面近くに熱帯魚が集まって来るのにおかしい、今日は夏バテか?いや違った、水草の向こうに腹を上にしてひっくり返っているではないか。(合掌)
部屋の温度は35度になっている。エアコンを入れている間は高くても30度かそれ以下に設定してある。折角、綺麗に色が出始めたのに残念。ゴメンねタイマーの付け忘れで申し訳ない。
熱帯魚と言えどもこの猛暑は辛いようだ。連れ所の猫もこの暑さで少々バテ気味だと言っていた。そのお猫様もこの暑さで食欲が落ちたとか。でもそこの買主は夏バテどころか益々順調に右肩上がりの食欲で夏を過ごしている。
しかし今年の夏の異常な暑さは動植物にはきつい様だ。
もし来年もこの調子なら来年はミストシャワーをつけようかと思っている。連れの家では今年からそのミストシャワーをつけ出した。
そうしたらやはり効果抜群で付けるのと付けないのでは4~5度も違うそうだ。最初はベランダの家庭菜園の為に付けたらしいがそのベランダの奥が連れの部屋だ。他の部屋は暑いのに連れの部屋はそれほどでもなかったとか言っていた。何が功を奏するか分らない。
瓢箪からコマか、いやいやそこのベランダで栽培しているのは瓢箪ではなく苦瓜、だったら苦瓜からコマなのかもしれない。

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2018年08月09日

ルーツ新たな発見がそこにはある・・・

今週末の土曜日からお盆休みが始まる。
墓参りや家での仏壇のお迎えを毎年は家人がしていたが、今年からは私も参加しないといけない羽目になった。そりゃもう60歳も半ばに差し掛かって仏事を何もしない、知らないでは世間様は通るまいと思ったからだ。朝晩に仏壇に手を合わせるわけでも無く、墓参りはほぼ月一、今まで任せっきりで来たつけがここにきて出て来ているように思う。
もともとウチの家は浄土真宗だったが30数年前に身内の事故をきっかけに真言宗に改宗した。それから3代は真言宗でのお祭りをしていたがそれ以前のご先祖さんは浄土真宗のまま祭られていた。
いつしかこのままで良いのか、と言う疑問がわいてきた。同じご先祖様に対して宗派の違うお参りをしていてはあちらで迷われないか心配になって来た。何人かのお坊さんにもお尋ねをした。中にはそんな事心配せずにと仰る方もいた。いやいややはり本筋に戻すべきだと仰る方もいた。
女性の方は結婚されればそこの家の墓に入るが常、しかし男性は代々そこの家の墓に入るが常。そう思っていた。新興宗教に入る方もいるだろう、キリスト教に入る方もいるだろう。最近は無宗教と仰る方もいるだろう。でも今ある自分はご先祖様からの代々伝わった宗派であるべきだとの意見に従い、今回私の代で元の戻した。良いか悪いかはこれから先に答えが出るだろうが、とりあえず脈々と続く血筋はこれでつながったと言うことだ。仏壇の中にある過去帳にも何代ものご先祖様の名前は記されている。今回思ったことだが我が家の様に改宗すればこのルーツなるものを途絶えさせてしまうと言うことが分っただけでもよかったと思っている。
その過去帳を見て見ると会ったことが無い人ばかり(当たり前だが)聞いたことも無い人ばかりだがその方々が居られて初めて今の自分があることをしみじみ思ってしまった。
折角のお盆休み、皆さんも自分のルーツに触れて見ませんか。

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2018年08月08日

趣味の話で一服

まだまだ暑い日が続いています。今日は趣味の話をします。
今年初めから熱帯魚を飼い始めました。今までも飼ったことはありますが、阪神淡路大震災の時に水槽が台から落ちて以来可哀想で飼えなかったと言うのが真相です。その当時飼っていた熱帯魚の写真も未練たらしく残しています。その当時の水槽は60×90×120と言う大きなものでした。それがあの震災で動いて台から落ちてしまったのです。どのくらいかと言えば大体、鮨屋にある生け簀を思い出してもらえば想像が付くと思います。絶対に人の手では動かせません。大人が何人かでもやっとの位です。それをいとも簡単にあの地震で動かせたのですから相当のものです。
可愛がっていた熱帯魚が水槽から落ちて床の上でピチピチと跳ねている姿は直ぐにバケツに移しても半日しか持ちませんでした。
何せ水もPHも合わせてないからじっと弱って行くのを見るしかなかったのです。だから今回は家人が「ダメ」と言われないくらいの小さめの水槽から始めました。そして子供が産まれその子供を移すと言う名目でもう一回り大きな水槽を買い、水替え用の水槽を買っていきました。だから今現在は水槽が3つ、並んで机の上に置いてあります。20数年前に飼っていた時より小さくはなりましたが水替えは楽になりました。でも水質の安定度は大きな水槽の方が楽なのは明白、少しでも薬の量を間違えると魚が苦しそうにしていることも目に見えてきます。
昔の魚のディスカスほどではありませんが、今飼っている魚のグッピーは値段も手ごろだし何より飼いやすい魚です。純血のグッピーは値段も張るし中々気に入ったのを見つけるのが難しいですが、はっきりわかっている血統なら遡って元の魚に近づけることは出来ます。そんな楽しみもある魚です。そして何より繁殖力は凄い、25~26日周期で出産するのであっという間に数が増えます。今現在居るのは4代前のが一番大きく、繁殖力もあります。その子、その孫も大きくなって来て掛け合わせを考えないといけません。
何代にも渡って色や形を作れるのがこのグッピーの楽しみでもあります。私の子供時代にも約50年以上前にも一時熱帯魚ブームがありました。今ほど種類は多くないでしたがあちらこちらに熱帯魚屋さんがありました。いつの間にか小さい所はなあくなり大型の店が生き残っている現状です。そしてバブル期にももう一度ブームがやって来て私が飼っていたディスカスなどワンペアー血統書付で100万円したこともありました。たかが熱帯魚、されど熱帯魚です。色上げのための餌も水温管理、PH管理と飼い出せばどれだけ手間がかかるかの魚です。でも綺麗な色が出た時は何よりの癒しになること間違いなしです。

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2018年08月07日

コレを言いたかっただけ・・・

日曜日から阪神甲子園球場で全国高等学校野球大会が始まった。
今年は100回の記念大会で盛り上がっている。
1点を争う手に汗握る接戦を楽しみにしているファンも多い事だろう。しかしこの暑さ選手もそうだがスタンドに居るファンも熱中症対策は万全にしてもらいたい。応援に熱が入りすぎて、尚且つ熱中症になったら本末転倒だ。誰の提案かは知らないが給水タイムなるものが出てきて選手達の健康面を考えたら仕方がない事だろう。試合中に足をつってグラウンドに倒れた選手に相手チームから冷却材のスプレーをすかさず持って行ったこともスポーツマンシップの観点からは素晴らしいことだと思う。
昨日だったかそれ以前の記事だったかは忘れたがこんな記事が載っていた。それは救急隊員や消防隊員がコンビニに立ち寄って水分補給をすることに理解願いたいと言うものだ。いくら勤務中だからと言って今まではよってはいけない規則になっていたことの方が驚きだ。命を助けてくれる人が命の危険に晒されてはこれまた本末転倒だ。ご理解願いたいと言うことは公務員たるものコンビニに寄ってはいけませんと言っているのと命を助けてくれる人はそんなところによらないでと言っているのと同じだ。
話は変わるが自衛隊反対と声高に叫んでいる人が、災害にあってココの人は自衛隊反対の人だから助けるのは止めにしようとは思わない。彼らは人命救助しか頭にないからだ。だけど国の政策で動かざるを得ない人たち。命令は絶対だからそんな人たちの中にも今の政策はおかしいと思っている人はいる。そんな人たちだって人命第一なのには変わりはない。知事の要請があって同県の自衛隊基地から派遣される自衛隊員、または近隣の県からの応援のための自衛隊員を拒む人は居ますまい。自衛隊自身は反対だが災害時は反対ではない。何だか矛盾すぎないか。自衛隊員だって好き好んでこんな辛い仕事をしているわけではないが、多くの隊員たちは志高く国の為国民の為に働いていることを肝に銘じたい。
なんだか話が飛んでしまったが何が言いたかったかと言うとこうだ。都合の良い時だけ歓迎するでは筋が通らんと言うことを言いたかっただけだ。

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2018年08月06日

花火の思い出と言ったら・・・

先週末、大阪では淀川の花火が、神戸でも花火が大々的に打ち上げられた。大阪では天神祭りの花火に始まりPLの花火芸術、そして淀川の花火と大きな花火大会があった。最後に行われる花火大会は神戸の花火と同じ日になっているのは観客を分散する意味があると聞いたことがある。警備上の問題らしいが昔は両方に行けたのに同じ日になって以来どちらかに決めないといけなくなった。
昔の話をしたら笑われるかもしれないが、小さな花火大会はあちらこちらで行われていた。大阪湾の港、港で打ち上げられた花火は日にちが違っていたのでどこにでも見に行けた。奈良や宝塚や淡路島などいろんなところに見に行ったことを思い出しながら、「若かったなぁ」とため息交じりで花火のニュースを見ていた。
田舎の方では「○○商店提供」とか「スーパー○○提供」とか花火にお金を出して参加するようだった。大きな花火はお金がかかるが小さな花火なら1発何万円かで打ち上げられるので告白のための花火もあった。「○○さん結婚してくださ~い」とか「来年こそは告白するぞ」とか聞いていて微笑ましい花火大会なんかもあった。
しかし住宅事情など花火を打ち上げる場所が無くなったり、不況で協賛金が集まらず仕方なく中止に追い込まれたところもあった。
花火の思い出にこんなのがあった。それは仲間内でキャンプに行くことになっていて、連れの一人が花火を調達する役になっていた。
そしてキャンプ当日その花火を持って行くのを忘れてしまった。
皆からさんざん責められて来年は間違いなく持って来ると言っていて、その次の年に去年の忘れていた花火を持って行くことになった。しかしその年は大雨で花火を打ち上げるとこが出来なかった。それ以来もうキャンプに行くことが無かったが忘れ去られていた花火は今もそいつの家のガレージの片隅に保管されたままだった。何年か前にその話になってその花火を打ち上げて見ようと話は纏まった。しかし今日まで実現していない。何年も打ち上げられなかった花火はきっと火薬が湿気ていて火が点かないとか、もうそんなのは危険だから止めようとかいう声も無く、先日一部を打ち上げたらしい。結果は自ずとわかるものだった。そうです火は点くには点いたが「シュルシュル、ボウボウ、」言った割には打ち上げにはならなかったようだ。そりゃそうだ、いつの花火だと思っているのか、
今から20年も前の花火だぞ、点いたら点いたで怖い気がした。
皆さん今年買った花火は今年中に使用してください。でないと私たちと同じ目にあいますよ。

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2018年08月03日

暑い時は暑いなりに過ごす方法を考えねば・・・

8月に入り例年なら夏本番という言葉が出て来るが、今年はもう夏本番という言葉は過去の言葉のようになってきた。それでもまだ今日で3日しか経っていない。来週一週間が過ぎればお盆休みに入る。国民大移動の季節でもある。でも最近は休みが分散型になったせいか、それとも国民が賢くなって集中型から分散型へとシフトしたのか11日から16日が大半の人の盆休みだろう。
しかしその時に休めない人も沢山いる。サービス業関係の人は人が働くときに休み、人が休む時に働くからだ。
今回の西日本災害や大阪北部地震で使い物にならなくなった電化製品や車の買換えが盛んだと言っていた。当医院の患者さんで中古車業者の人が居る。中古の軽自動車が特に人気で新車を買うより中古車に行くそうだ。入荷しても店頭に置いておくだけで1日しか持たないとか。入っても入っても売れて行くとか。嬉しい悲鳴だそうだ。でもその買う内容が被災して車が使い物にならなくなったとか言われるとついついまけてしまうとか。儲けは少なくてもそれで助かる人が居れば、喜んでもらえればとの思いがお客さんには伝わるらしく、業績が好調だそうだ。
嘗て阪神淡路大震災の時あるコンビニがいち早く普段の値段より高く販売をして批判を浴びたことがあった。困っている人の弱みに付け込んで値段を上げる、何たることだの批判がマスコミでも取り上げられた。でも売り上げの一部を被災地にと募金を呼びかけたらお釣りの一部を募金してくれる人が沢山現れた。こんな事は余り報道されない。24時間テレビであちらこちらの募金場所に多くの募金が集まる。今月の25日から26日まで行われる。小さな子供が手造りの貯金箱を持って来る光景は心温まれるものとして映し出される。今年はより一層多くの募金が集まることに期待しつつ、あまりテレビは見ないが終わった後での募金額発表を見ようと思っている。募金の重要性は募金をしたものにしか分らないと誰かが言っていた。額も大事だがすると言う行為が大事だ。

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2018年08月02日

チョット精神的にまいりつつあるのかもしれない

そろそろ体力にも限界が見えてきた。
そんな事を言ったら屋外で仕事をしている人や被災地で頑張っている方々、ボランティアに入られている方々には申し訳ないが歳のせいか集中力が無くなって来ているのが自分自身で実感できる。
何を言っているのかと御叱りを受けるのは山々なんだが暑さだけでも無いのはよく分かっている。
最近、私の周りで今まで普通に起こっていることにも邪魔が入ったりして少々落ち込むことがあって考えないでもよいことまで考えさせられてしまう自分が居る。
抽象的な言い方で申し訳ないがご勘弁願いたい。
それは仕事の事、友人関係の事、家族の事と誰しもが持っていることが急に煩わしくなってきた。わっはっはと笑い飛ばせば済むことかもしれないが出来ない自分が歯がゆいのかもしれない。
他人が同じ悩みを言ってきたら「そんなもん屁じゃないわ」とか一蹴するものも「ふ~んそうなのか」と考え込んでしまう。
今までの自分は困ったことがあったら○○先生に相談しようとか、気分転換に何かに没頭しようとしたが今の自分は何処にも持って行きようがないでいる。そうだからすべて背負ってしまっている自分が居る。何から片づければよいか判断が付かない。それが正しいのかも判断が付かない。コレって病気?精神的に病んでる?そう思わざるを得ない状態の一歩手前のように感じる。
そこまでではないけれど皆さんも持っている悩みの解決法が現在の私には見いだせない。それがここまで苦しくしている原因だと言うことは分っている。抽象的過ぎて分りずらいかもしれない。
もう2~3日考えて何らかの答えを出すつもりでいる。
頭がボゥッとしているのは暑さのせいだけではない。このままこの状態が続けば誰かに言われるかも知れない。その時はどうしようか、一番身近にいる人に判断して一喝してもらうつもりだ。

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2018年08月01日

前寒背熱?

いよいよ8月に入った。昔で言えば夏本番だが今年はちょっと様子が違う。もうすでに最高気温の更新やらで体力、気力を使い果たしたからかもしれない。私の周りでも何人かが熱中症でぶっ倒れた奴が居るからだ。何も外で倒れたのではない、一人は夜中にエアコンが止まってしばらくそのままにしていたら朝起きた時に頭痛がしてそのまま病院に直行する羽目になったとか。寝ている間に熱中症になったらしい。そしてもう一人は車でスーパーの駐車場で仕事をさぼって仮眠していたら、最初は暑い位に思っていたが指先が痺れてきて一瞬、梗塞を疑ったが脱水によるものと分かったそうだ。これも熱中症の一種だったとか。こうなると命がけだ。
有難いことに私たちは室内のエアコンの効いた部屋で仕事をさせてもらっている。しかしその中にずっといると身体が冷え切ってしまってトイレ休憩の時に窓から頭を出さねばならない。そうすると頭や首筋が温かくなって元気が出て来る。贅沢な悩みだとは思うがエアコンの部屋に長くいるとこう言った方法で対処しなければならない。受付の女の子などは頭の上から冷気がきて足元には温風機の風が来るようにしている。全く持って頭寒足熱状態だ。
こうしたことが毎日続けば私などは普通は冷たい所から暖かい所へ入れば汗をかくのに逆に暖かい所から冷たい所に入った時に汗をかく身体になってしまった。そして今座っている椅子も良くない。
正面からエアコンの吹き出し口があって身体の正面は冷たいのに背中の方はガラスの窓に向かっているので背中は暖かい状態だ。
こんな言葉は無いかもしれない、いやきっと無い。
前寒背熱?(正面が寒くて背中が温かい)いつか広辞苑にでも載せてくれないかなぁ。

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