2019年01月31日

知らなかった そこまでしてくれていたんか 感激!

1月も今日でお終い、あっという間の1か月だった。
来週は節分、昨日も節分の巻きずしの大量廃棄が問題になっていると言うニュースを聞くにつけ、いろんな問題が提起され論議を呼んでいた。
元々は関西地方が発祥のこの風習、一部では海苔屋組合の陰謀だとか大手コンビニチェーンが元凶だとか言われているが、この風習は私の小さい頃からあったように思う。その年の歳神様の方角を向いて巻きずしを丸被りするというもの。食べている最中は無言、そして一気に1本食べきるとその年は無病息災、そう言われてきた。
行きつけのすし屋では節分で巻く巻きずしは300本くらいだとか。前日から仕込んだ具材が山の様に積み上げられているところに出くわしたことがあった。別に節分だからと言ってその店は巻きずしの値段が上がるわけでも無いが、店によっては普段より高く売りつける店もあったようだ。
私の行きつけの店も巻きずしは普段と変わらなかったが、私は魚が食べれないから中に入れる具材も私仕様になっている。しかしこの時期はそうも言っていられない。仕方なく中に入っている具材も我慢して頂くことにしていた。すると昨年の巻きずしを買いに行ったときのこと、店の若い子がレジをしていたが私が買いに行ったらレジ横に山積みしている巻きずしの中から袋に詰めてすでにテープまで貼ってある包みを手渡してくれた。
買いに来るのが分っていて用意していてくれたんだと思っていた。
その時他のお客さんが居なかったのでその若い子に聞いてみた。
「用意していてくれたんや」そう言ったらその子はこう返してきた。「コレ先生ようです、中には魚を抜いてます」だと。
いやはやそこまで気を遣わせて申し訳ないと言うと、カウンターの向こうで大将が忙しく巻きずしを巻いていてこちらも見ずに「グゥ!」の親指を立てるポーズ、今まで気が付きませんで申し訳ない。

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2019年01月30日

その方は患者さんであり信者さんでもあった

最近、毎日の診療が楽しくて仕方がない。
何が今までと違うか、それはこうだ。
同じ仕事を繰り返し、少々の変化はあっても歯医者のする仕事はほぼ同じことを繰り返しているだけに過ぎないと思っていた。
患者さんによっては勿論同じような痛みでも様々違う。
今年の初めに激痛に耐えきれなくなって来られた患者さんが居た。
麻酔もなかなか効かない、少し触れるだけでもチェアーから飛び上るほどの痛みだった。5分経っても10分経っても一向に麻酔が効いたようには見えなかった。今までの経験上麻酔が効きにくい患者さんは居たがここまでの患者さんは初めてだった。こうなると患者さんとの根競べ状態だった。余りの痛みで顔も青ざめている患者さん、どうしようかと思案していてふっと先輩の先生の事を思い出した。その先生は漢方を処方されたり針麻酔をされる方で、思い出したと言うのは手のツボにある痛みを和らげる所を指圧して痛みを軽減する方法だった。本当は麻酔が効いてきたのかもしれないが、試しにそのツボを3か所押してみた。手のツボ2か所、足のツボ1か所。そしたらどうでしょう最初はそこをふれるのに怪訝な顔をしていた患者さんがみるみる自分で指圧しだした。そこを押すことで痛みが若干ではあるが軽減したとかで、指で押さえ乍ら何とか治療に協力してもらった。タービンで触れる事も出来なかった最初と比べて痛みはまだあるが何とか我慢が出来る位にはなっていた。
そして虫歯の中をほんの2~3ミリ削った所で歯髄内にダイアモンドのバーが抜けた瞬間に痛みが一瞬にして消え失せた。
まぁ滅多と無いがたまにある「急性化膿性歯髄炎」の典型的な症状だった。其れから何度か洗浄と薬を交換に来て貰ってあの時の痛みが嘘の様に無くなった。と本人の言い分。他しかその後の2~3回目に来院した時は手のツボ辺りが紫色に変色していた、内出血みたいに。それからと言うものその患者さんはいつの間にか私の「信者」さんとなっていた。藁をも掴む気持ちだったのだろう。

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2019年01月29日

今の現状と言えば・・・

1月も終わろうとしている。
正月明けからやっと落ち着いて仕事が出得切ると思っていたら案の定好事魔多しとは今の私の事だ。
インフルエンザでは無かったが先先週末の土曜日に昼飯を食べていていつものように同じ店の同じメニュー。しかし最後まで食べきれなかった。マスターに「先生、体調大丈夫ですか?」と言われた。
毎週、そこのパスタセットかピザセットを食べるのだがやはり体調が悪いと食いつきが悪かったのだろう、マスターに心配された。
帰ってからも夕食もあまり食欲がなく(普段はまず無い)早い目に風呂に入って休むことにした。夜中に寒気がして悪寒戦慄が走った。「やばい」と思っていたらみるみるうちに悪い方の膝の関節が腫れだした。
私の場合、風邪など熱が出たら喉や鼻に来る前に悪いところに変化が出る。それが膝だった。鼠径リンパも腫れだしたから家にあった抗生物質と消炎剤を飲んだがそれでも効かなかった。歩けなくなる前にガレージに置いてあった松葉杖を部屋に持ち込んで寝た。いや寝ようとしたがブルブルが止まらなく室温を30度にしても振るえは収まらない。明け方までコレが続いた。そして日曜日に早速病院に出かけた。痛い足を我慢して車を運転するのは危険承知で高速を飛ばした。
点滴を2本してもらったが一向にひかない足の痛み。そりゃすぐには効かないと思っていたがしないよりは今までの経験上無理は絶対に禁物。あれから1週間、先週は患者さんの数を制限してもらい何とか切り抜けることが出来た。良く知っている患者さんからは「先生またですか」との労わり?の声をかけてもらい、初めての患者さんには「どうされたんですか?」の質問にも答え、何とか乗り切れた。痛みは大分治まったが腫れがまだひかない。
何が不自由かと言えば、今までパッと出来たことが出来ないイライラ。机まで5メーターもかからずに行けるのが行けない。
両松葉杖だからカルテを持って動き回ることも不自由。今まで当たり前にしていたことが当たり前に出来ないと言うことが何より不自由だ。多分先週は一日200歩も歩いていないと思う。キャスター付きの椅子に座ってくるりと回ってカルテを書いて受付まで持って行く。慣れれば何ということは無い。ただトイレが困りものだった。入り口の横がトイレが歩く距離は無いが歩けない。いくらキャスター付きの椅子も段差があれば行けない。その距離だけが一日の歩数になった。しかし今はやっと松葉杖でも早足で歩ける、しかしもし扱けたりしたら何もならない。早く元の状態に戻さねば。
あと1週間くらいかかるだろうが、節分までには何とかなりそうだ。

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2019年01月28日

コレは春から縁起が良い

先週、夜に早く帰ってゆっくりしていると勝手口のベルが鳴った。
セコムの画面で確認すると宅配の人が何やら持って立っていた。
松葉杖状態なので直ぐには出れなかったが「ちょっと待ってください」と知らせてから出て行った。判子を押して受け取った。
やけに軽い箱だった。いつもは雑誌だったり重いものはガレージに置いておくが箱の割には軽かったので松葉杖でも脇に抱えて持って入れた。宛名をその時確認するも字が細かくて読めない。
老眼鏡で見ても自分の名前は分っても相手先が細かすぎて読めなかった。老眼鏡の上に拡大鏡をして読んだら何やら知らない所から私宛に届いたものだった。中身は「松阪牛すき焼き用」と書いてあった。横には「要冷蔵」のスタンプも。知らない所から届くと一瞬躊躇う。家人に聞くも「私しゃ知らん」と言う。いくらなんでも知らない所からそんな「松阪牛すき焼き用」なんてものは届かない。しかし受け取った時間は夜の8時。こんな時間から確認は出来ない。私も家人もそんな頂き物をするのは全くの初めての経験。
しかし宛名は私になっている、開封しようかどうか迷ったが箱のまま冷蔵庫には入らなかったので一応テープをそろっとカッターで切って中を確認した。確かに霜降りの入ったお肉が一枚づつ箱詰めされていた。
誰かの悪戯にしては手が込んでいる、そうかと言って知らない所からのを自分も家人も食べる勇気は無かった。次の日に送り先の会社に問い合わせて分った。年末、毎年年賀状の印刷をお願いしている所に行きあたった。勿論、私が年賀状を発注する訳はない、やはり家人だった。そこに電話をかけて経緯を言ったらこう答えが返って来た。何でもそこを利用したお客さんの中からそこのお店が特賞、1等賞、2等賞と商品を出していたらしい。その中の特賞がこの商品「松阪牛すき焼き用」だった訳だ。「おめでとうございます」の返事を頂いた。しかしそんな応募用紙に記入した記憶が無いらしい家人はすっかり自分ではないと言い張った。
「そう言えば何やら申し込み用に懸賞のようなものが付いていた記憶がある」だと。当然、当たるはずも無いと思っていたからそんな用紙は捨ててしまったとか。向こうさんには控えがあるし当たったことは分っているが、年賀状くらいしかそこを利用することは無いお店、もう何十年も利用しているからお店の人は顔くらいは覚えていてくれたみたい。でも新年早々、こんな事もあるんですね。
コレは春から縁起が良い。

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2019年01月25日

早速、食いついてきよった・・・

昨日の真偽の話を早速食いついてきた奴が居る。
「昨日のシシャモの話な ホンマかいな?」
「何で嘘を書かなあかんねん」
「オマエ、魚食べんのによう分ったな」
「見た目も違うやろ、味は知らんけど」
「いつも一緒に行っていた○○も分らんかったんかな」
「そんなこと○○に聞いても答えんぞ、おそらく答えても知らんわ」
この○○という奴は元鮨屋で働いていた奴
「そしたら今度行ったときに、大将じゃなくて××ちゃんに聞いてみよ」
「止めとき、××ちゃんも知らんわ」
この××ちゃんはその居酒屋の看板娘
「たかがこんな事でもめてどうする」
「そうかてコレは大きなことやで」
「言ったところで美味しかったらエエやろ」
「まぁそうやけど」
「そんなん言い出したらキリがないで」
「何がや」
「まだまだ偽装はいくらでも出て来ると思うよ」
「そら多少の偽装はあるやろ」
「いちいちこんな事に食いついて来るな」
「そしたら食いつくような記事を載せるな」

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2019年01月24日

身につまされる話が話題になっていた

今朝のニュースでこんな話があった。
人造ダイアモンドと天然のダイアモンドの差は結晶構造も一緒、天然に作られたか否か。解説者の表現が面白かった。それはこうだ。
天然に咲いている薔薇かハウスで作られた薔薇か、薔薇には変わりはない。天然の魚か養殖の魚か。言い出せばキリが無いが人はここまで作り出すことに成功したと言うことだ。クロマグロなどは何処かの大学がもうすでに養殖に成功して出荷して庶民の口に入っているし、河豚だって皆さんの口に入っている筈だ。次は鰻か?
それほどの科学の進歩がダイアモンドにも出現したと言うことか。天然、人造を区別するのは人間の目、そして機械分析でもすり抜けてしまうとニュースでは言っていた。そうなると何を信用していけばいいのか、そこがこれからの問題だろう。今年はそんな事からダイアモンドの値段の値崩れが予想されると言っていた。
我々庶民には関係ない話だが本物、偽物論争はこれにとどまらない。おそらく今現在も食品表示を義務付けている中にもいくらでも偽物はあると思う。よく行く居酒屋では「シシャモ」と書いてあるがあれは絶対違う。シシャモと書いてあるがよく出ている「カペリン」だと思う。だって漁獲量が無いのにこんなに出回れるはずがない。時計だってロレックスだと思っていてもすでにスーパーコピーさえ出回っていて買取業者さえ見抜けずにいるのが現状。このスーパーコピーはあちらこちらのロレックスから部品を調達しているからロレックスには違いが無いが正規品ではない。知らぬは本人ばかりなりだ。
そして最後にテレビのコメンテーターの女性陣がこう言っていた。
「やっぱり貰うなら小さくても本物が良い」って。男性陣にはよく分からなかったが、大きくて偽物より小さくて本物が良い。
なら大きくて本物なら尚良いに決まっている。だけどそう言ってしまうと小さくて偽物も出て来ることを覚悟したいものだ。
男性諸君、偽物か本物かを品定めされる前に人間の中身を品定めされているようで辛いと思いませんか、御同輩。

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2019年01月23日

こういうことだったのか・・・

昨日で丸三日、食事を摂って居ない。
断食で3日食べないことはあっても、体調を崩してのコレはシャレにならない。意思を持って食べないのと、食べたくても食べれないのとは大きな違いがある。
断食の時は考える事と言ったら「食べること」「コレが終わったら何が食べたい」「アレも食べたい」しかし今は「食べる気も起こらない」体調不良で。でも結果、体重は少しづつではあるが減ってきている。ここからが問題で意識しての痩せはリバウンドを気にしなくて済むが、病気が治れば普通に食べていてもリバウンドすることになる。何故だろう?それは『意識の問題』なのだと思う。
食事に意識?簡単に言えば食事を皆さん無意識に食べていると言うこと。断食の指導されているお坊さん曰く、一回の食事を意識して食べると無茶な食事の摂り方はしないとか。そう言えば今まで何十回と断食に参加したが明けの食事が大事とも書いてきたが、食事に意識を入れたことなどなかった。そうか『意識』かそこではたと気が付いた。今までやって来たのは簡単に言えば「味噌汁を作って最後に味噌を入れ忘れたようなものだ」と。
一番肝心なことをやり忘れていたのに何十回目にして気づかされるとは。

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2019年01月22日

ちょっとはマシだがまだかなりキツイ

インフルエンザでは無いと言われても、普通の風邪でもかなり体力を消耗するには違いはないのだが、常に足痛が付いて回るのには閉口している。昨日は昼から早退した。家に帰っても誰もいないが帰ってそれが幸いした。誰からも邪魔されずに休むことが出来た。
何度か電話もなったが取る気もなく、玄関や勝手口のベルを鳴らした人がいたが後でセコムの画面で確認したら宅配のお兄ちゃんだった。本当は出てあげたかったが足の痛みに負けて出れなかった。夜に再配の手続きをしたので家人に出て貰った。そんなこんなでダラダラとした一日を過ごした。今日もまだ体調が戻らず最終の患者さんを診たら帰ろうと思っている。こんな体調で診療は失礼だ。
我々の仕事ってこんな時は「身体が資本」を思い知らされる。

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2019年01月21日

久しぶりのダウン

巷ではインフルエンザが猛威をふるっている。
インフルエンザでは無かったが風邪様症状で土曜日の午後からダウン。日曜日はその熱がいつものように足に入り高熱でダウン。
久しぶりに松葉杖を探して仕事場に来たが解熱鎮痛剤を服用しすぎて頭がボヤっとしている。昼からの患者さんの様子を見て日にちを変更して貰おうかと考えている。体調万全でなければ診療をしてはいけない、万に一つの事故もあってはならないからだ。
久しぶりにこんな足痛が出るとは思っても見なかった。

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2019年01月18日

いつまでも平和であ~れ

正月明け半月が過ぎた。御屠蘇気分はもうすでに無い。
戎さんも無事終わり、松の内も何となく過ぎてしまった。
仕事に生活に元の状態に戻りつつあるが、平成最後の云々、いろいろ言われて何となく忙しない年の初めだ。
誰かが言っていたが天皇一代に年号が一つ。そしてこの平成の時代に幾つかの大きな災害はあったが今までの時代を考えれば「戦争」と言った大きな出来事が無かっただけでも我々には幸せな時代だったように思う。世界中では何処かで紛争が起こっている。民族間、宗教間、当たり前の様に戦争は起こるのだ。日本は島国、周りを海に囲まれている、何度か攻め込まれた時代があったが何とか無事に過ごせたことは幸せなことだ。日本が攻め込んで植民地支配をしていた時代があった。コレはまぎれもない事実だ。そして敗戦、一時期占領下にはあった時代もあるがそこからの目覚ましい発展は誰の目にもはっきりと残っているはずだ。
今年は新しい天皇に代って新年号が発表されるが次の世も又その次の世も戦争のない時代になって欲しいものだ。
日本には様々な宗教観があって外国の人にはなかなか理解されない面もある。キリスト教、イスラム教、仏教と信仰の自由があるがそれは憲法にきっちりと守られている。そう言った面では宗教戦争なるものはわが国では起こらない。民族も単一民族だから民族間の争いも考えられない。思ってみれば日本って平和を絵に書いたような国だと思う。一握りの金持ちが政治を動かすことも無い。どこかの国の様に軍事政権でも無い。そう考えれば我々は幸せな国の国民だと思わざるを得ない。

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2019年01月17日

あれから24年

24年前の今日、阪神淡路大震災が起こった。
その日は偶々目が覚めていて布団の中でうつらうつらしていたのを思い出す。下からの突き上げのような揺れで飛び起きた。そしてすぐさまサイドテーブルを掴んだ。暫くして揺れが収まってから周りを見渡すとあるべきところに水槽がない、玄関横にあった水槽が床に落ちていた。120センチ水槽が床に落ちるなんて考えもしなかった。勿論、周りは水浸しだし中に居た熱帯魚のディスカスは床でピチピチと跳ねていた。どうする事も出来ずにすぐさま拾い上げバケツに移した。玄関には落ちて割れた水槽と水浸しになったマットがあった。その後部屋の中は食器棚の扉が空いて中の食器が割れたり、冷蔵庫が元の位置から10センチほど前に出ていたり後にも先にもこんな光景は見たことも無かった。表に飛び出してきたご近所さんたちも一応にパジャマの上に一枚羽織って道に佇んでいたのを思い出す。テレビもニュースの特番が始まって次第に地震の凄さを報じていた。でも関西地方がこんな状況になっているのに東京方面ではそこまで酷い状態ではないだろう位の感じだったとか。
昼に車で診療所に行ったが、途中の信号が止まっていたり、一部ではあるがビルの看板が落ちていたりしていた。診療所のカルテの棚から幸いにもカルテは落ちていなかったが上の置いていたものが全て落ちて足の踏み場も無いくらいだった。
その後親戚が甲子園に居たのでそこに様子を見に行った。
梅田からなら普段は30分もあれば行ける道が3時間くらいかかった記憶があった。窓越しに見える景色は戦後生まれの私にもコレが戦時中かのような錯覚になるようだった。幾つもの火事のための煙が上がっていたり、空全体が薄曇りのような感じだったり。
偶々、親戚の家に着く前に国道は渋滞で動かなかったから武庫川沿いに車を停めて歩いて甲子園を目指した。その前年に家を改装工事していて補強した居間に親戚の方は寝起きしていた。その二階に上がって驚いた。屋根が無い、空が丸見え状態で落ちた屋根が二階を覆い、一階の補強していたところに覆いかぶさっていたのを思い出した。その後半年くらいは屋根にブルーシートを被せた家があちらこちらにあった。連れはマンションの10階にいたがそれは生きた心地がしないと言っていた。食器棚が倒れてきて寝ていた上に覆いかぶさってたまたま隙間があったのでそこに入って難を逃れたとか。今もその当時の写真を持っているが見せて貰って絶句したのを思い出す。これから南海地震も想定されているがいつも言うように「災害は忘れたころにやって来る」なら絶対に忘れはしまい、そう心に刻んで朝からのニュースを見ていた。

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2019年01月16日

少しづつ相撲人気は戻りつつあるそうだ

今朝のスポーツ紙の一面に「横綱稀勢の里引退か」の記事があった。ただ一人の日本人横綱に多くのファンがヤキモキしている。
去年の今頃は暴行事件やら組織としての不祥事を賑わ合いを見せていて外国人横綱だの日本人横綱だのの話が多く載っていた。
横綱まで行くと負け越し陥落は無いが、それが続くと引退が待っている。何日か前の新聞には「横綱にならなくて大関のままだったらもっと永く相撲が取れたのに」と言う論調が乗っていた。
しかしここまで相撲が取れていて周りは皆横綱を倒して金星を頂戴するぞの勢いで向かってくるのだから、よほどの覚悟と実力が備わっていないとやって行けないのだろう。辞める辞めないは本人の意思だがどこかの政治家も「出処進退は本人が決めること」と如何にも他人事のような話をする。辞めたくても辞めれない事情も相撲協会にはあるのだろう。
外国人力士が何人いるかは知らないが、相撲が国技と言うからにはもっと日本人力士には頑張って貰いたい。嘗て、「若貴時代」と言うのがあった。もっと遡れば「大鵬、柏戸」から始まってライバルと呼ばれる存在が相撲人気を支えてきた。でも今やモンゴル人力士持ち回り優勝が続き、やっと稀勢の里が優勝して日本人力士万歳と持ち上げすぎだったのかもしれない。
相撲の事は余り知らないから余計なことは言えないが、連れに相撲オタクがいる。必ずや大阪場所の千秋楽が終わった後で贔屓部屋の打ち上げ会には参加するので3月場所の打ち上げ後の話を聞かされる。朝稽古も勿論見に行くし、時間が許せば本場所にも足しげく通っている。何度も誘われたがなかなか機会がなく見に行けていない。仕事柄土日にしか見に行けないので今年は中日か千秋楽のどちらかにチケットを持っている筈の連れにお願いしてみようか。
毎年誘ってくれるからにはチケットはあると思うのだが。

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2019年01月15日

何となくこんな考えが浮かんでしまった・・・

世間は3連休の所もあったが、私は土曜日診療で日月の連休だった。それでも連休は身体が休まってこの歳になると大いに助かる。
日曜日は家でゆっくりと熱帯魚の水槽の水替えをした。
週一で水槽の水を1/3位交換している。窓際に置いておけば苔が生えて水が緑色に変色するので直射日光の当たらないように壁際の所に机を置いてその上に水槽を置いている。昔飼っていたディスカスの様に大きな水槽を置くスペースが無いので小さな水槽を大中小と三つ並べている。60センチ、45センチ、30センチと並べると机の上はそれだけでほぼ横一に一杯になる。
各水槽にライト、ヒーター、フィルターを使うので水槽の裏側はコンセントのコードが無造作に置かれている。外側からは見えないようになっているが上から見たらバックヤードは物凄いことになっている。一番大きな水槽には今やグッピーとカージナルテトラの群生を見ることが出来、一番小さな水槽には生まれたてのグッピーの子供が入れられている。そして中間の水槽には水草などのアクアリウム水槽として使っていたが自然の滝のような造りにするつもりがいつの間にか生まれたてから少し成長した本水槽に入れるにはまだちょっと早いグッピーの子供が泳ぎ回っている。
昨年の夏の猛暑を乗り切った強者たちが悠々と泳ぐさまは如何にも勝者の泳ぎそのものだ。一時期ペット屋の大将が薦めてくれた国産のフルブラックとフルレッドの繁殖用にと思ったが、昔はきっと別々に水槽に入れて繁殖用に飼っただろうけれど、雑種ほど強い品種は無いと分ったらそちらの子の方が可愛くなってきた。
赤、青、黄色と色とりどりの魚の子供も生まれたては白っぽいのか黒っぽいのかの二種類に分けれれる。
今中間の水槽にはそれぞれ少しづつではあるが尻尾に色づいてきたのもあり、両親の遺伝子を受け継いでこれから大きくなろうとする魚がいる。どこの世界にも強者と弱者がいる。特に動物の世界は強いものはより強く弱いものは生き残れないと言う鉄則がある。
メスはより強い遺伝子を求めるし100匹いても最後に残れるのは1割程度、その中でも最強が全ての魚の中には1匹いる。戦いに敗れた者はどんどん弱って最後にストレスで死んで行く。
昔は人も強いものが残って弱いものは生き残れなかった。しかしいつの間にか平等主義か何か知らないが弱者救済の名のもとに平均化される傾向にある。何もそれが悪いと言っているのではない、競争社会はこれからも続くだろうしそれでなければ生き残れない社会は続く。何でもかんでも平等、平等ではやっていけないことも忘れてはいけない。

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2019年01月11日

昨夜の出来事・・・

昨日、戎さんの帰りに当医院の患者さんのお店に昼飯を食べに行った。長年、通院されている患者さんで昨年は大きな手術をして暫く療養されていた。現場に復帰して暫くたったころに我々が訪れたことになる。半年ぶりくらいか。その間お店は継続して主なしで営業していたらしいが率直な感想としてお客さんが減ったように見えた。偶々そう見えただけなら良いが悪く言えば「御客が逃げた」ではやってられない。店の若い子が代わりに厨房に立っていたらしいが味は正直なもの、御客が減ったと言うことは味が変わったと言うことだ。1か月くらいの事でこんなに違うのかと大将も思ったことだろう。我々もそうだが食事を提供するお店は味が命。お客の舌もそう感じたのかもしれない。同じような事が当医院でもあった。
代診の先生に患者さんを任せたが後で受付に患者さんから「院長先生に戻して」と言われたらしい。どうしましょうかと言われたのでその患者さんは私が担当することになった。誰も気心の知れた人に診て貰いたいのは分る。でも担当医でも若い先生はこれからもあるから無下に注意は出来ない。
早速、昨夜そこの大将からメールがあった。今日の味はどうでしたか?と。何でも大将の作ったのではなかったようだ。若い子に調理をさせていたようだ。でも正直食べている最中に女の子にも言った。「ちょっと味が変わったのかなぁ」と。
女の子は暫くぶりで余り分らなかったらしいが、私はそこの店では同じものしか食べないから、その微妙な違いには直ぐに気が付いた。だから夜のメールには正直な感想を返信しておいた。
同じような味はその人しか出せない、我々も同様に当医院に来て頂いている患者さんは院長先生に診て貰いたいから来ているのでこちらも無下には代れない。そんな事を思い出した。

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2019年01月10日

そろそろ受験シーズンですね

昨日から戎さんが始まった。
商売繁盛をお祈りする人で多くの参拝者があった。
夜のニュースでもそして今朝の開門と同時に一番福を目指して西宮戎神社には多くの人が開門を待った。ちょうど6時きっかりに開門するがその時間は車の中でテレビを見ていた。
上位三番までがその年の福男に選ばれる。知り合いに何年か前に2位になって2番福を引き当てた人がいた。その年は然程でも無かったが肩書に「二番福の男」と言うのがついてまわったとか。
そして近所にも福娘を引き当てた人が居る。コレは今宮戎の福娘で何百倍かの難関を乗り越えて選ばれたお嬢さん、これもまた肩書きに「福娘」と言われている。でも後で聞いた話では見た目と実際は大きな違いがあったらしい。三日間神社で福笹を授与して手の指は切れ切れになったとか。その後1週間は指に絆創膏を貼っていたとか。
なにわともあれ、正月が過ぎこれからは受験生にとっては大事な受験が待っている。インフルエンザも流行り出した。
今までの努力が無駄にならないように精いっぱいの実力を出し切って欲しいものだ。
昨年はいろんな意味で大学の受験、特に医大の入試で不正が明らかになった年でもあった。それだけ今年は注目されるだろうが頑張って欲しいものだ。しかしあってはならないことだと前置きをして言わせてもらえば我々歯科医も同じような経験があった。
よく言われるが同窓の息子、娘は入りやすいと何度も言われてきた。しかし同窓だからと言ってそう簡単には入れるものではない。
何年か後に(正確かどうかは定かでないが)成績順だけで入学させた年があったらしい。その年の学生はやはり少々変わった学生が多かったと先輩の先生から聞いたことがある。
外国の大学の様に入りやすく出にくい大学になって欲しいものだ。
入学試験で便宜を図っても国家試験では実力のみだから、出来ない学生は世間に出て貰っては困る。そこまで心配しなくてももうすでに歯科業界は満杯でそんなに魅力ある業界ではないのだから。

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2019年01月09日

人生初体験でした・・・

朝早くから尾籠な話で恐縮だが昨日初めて便秘と言うものを体験した。正確には人生二度目だが。一度目は中学生の頃に骨折をして入院、そして手術まで1週間も放置?されて手術前日に浣腸をされるまで便が出なかった。そして今回、ダイエット効果かいや反動でか知らないが便秘なるものを経験した。コレが世間でよく言う便秘なんだと。今までは毎日スルッと気持ちよく出ていたのが1日おきになって何となくお腹が張る様な気分になり同じ時間にトイレに行っていたのが出来なくなり、もよおすようになってからトイレに行ったが今までのようにすんなりとは出なかった。
よく女性の方が便秘になりやすいと言われるが中には男性でも2~3日に一度しか行かない人もいたらしい。私は快便❓なのかどうかは分らないが毎日スッキリと出ていて一日たりとも出ない日があれば不快な思いをしていた。今回もまだ一日しか経っていないがそれでも腹部に違和感を覚えトイレに行った。普段は5分とかからないが何と15分ほど出てこれなかった。食事を摂って居ない分押し出すものが無いのでか知らないが便意はあっても出てこない。
こんなに苦労している人がいるとは思いもしなかった。
家人は週一だそうで、そんなに貯めてどうすると嫌味を言ったことがあるが一日でもこんなにつらいのに1週間なんて考えられない。
下剤を飲むが最初は直ぐに効いたらしいがその内慣れてきたのか1回3錠位のが段々と増えて行き今では7~8錠飲まないと出てこないと言っていた。病院の先生には毎日の習慣だから出なくても決まった時間にトイレに行くようにと言われていた。
その点こちらは60年以上そんな経験がないから最初は「コレが便秘というものか」位でしか考えていなかったが、もしこんな事が続くなら相当な覚悟がいるようだ。
その話を連れにしたらそこの奥さんから早速メールが来た。
何でもその奥さんも何十年来の便秘症、アレが良いコレが良いと早速のお通じの良くなる食べ物を知らせてくれた。
親切心からなのは分っているから早速、試してみよう。
昔、断食で開けの食事を頂いた時に強制的に下痢をさせる方法は知っていたがその逆はならっていなかった。今日から朝はバターコーヒー、昼はキウイとすることにしようと思う。
その方曰く、キウイは便秘に頗る良いらしい。繊維質が豊富で。

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2019年01月08日

その意味が何となく分かる年齢になったと言うことか・・・

今年は今までやって来なかったことに挑戦しようと思っています。
まずは今年の初めに何十年ぶりかで映画を見ました。それも映画館で。昔の映画館とは比べものにはならないほど充実しています。
当たり前ですが今は気軽に家でDVDやブルーレイを楽しむことが出来ます。確かに迫力では映画館には敵わないですが音響、そして画面の迫力、家にそれなりの設備をしていれば別でしょうがそれでもその迫力に圧倒されました。
偶に劇団四季を観に行くことはありますがこれまたチケットがなかなか取れないので取れたら時間調整して行くようにしています。
今回観た映画は「Bohemian Rhapsody」と言う映画です。
我々世代には懐かしいクイーンが1975年に発表した楽曲。
音楽を聞けば「聞いたことがある」位の楽曲でしょう。今回、ゴールデングローブ賞二冠を獲得した映画です。中にはもう何度も見られた方もいらっしゃるかと思います。内容は見てのお楽しみですが、それより私は今の映画館の素晴らしさに驚かされました。やはり家で観るものではありません。あれは劇場であの迫力で観るものなんでしょう。
ファンでなくても何度も足を運ぶ気持ちが分ります。
劇団四季の方もいろんな演出が施されていますが私は「キャッツ」の大ファンです。もう何度も足を運んでいますがその他の作品も観るには観ましたがやはり私の中で「キャッツ」以上のものはありません。何がそこまでさせるのかと言えば、偶々、私のマッサージの先生が元劇団四季の専属のトレーナーさんだったことが大きく影響しています。マッサージをしてもらっている最中にいろんな話を聞くにつけますます興味が湧いてきて終いにはコレは一度ではなく何度も観に行かねばと思わされてしまいました。
「ヒットするにはヒットする訳がある」と誰かが言っていましたが誰もがヒットしたいと思っているはずです。しかしそこまでするかというくらいに彼らは並々ならぬ練習を積んで身体が悲鳴を上げる位の所でやっていることを聞いた時に誰かが言っていた言葉を思い出しました。それは「一流にはなれる、でも超一流にはなかなかなれない。実力は必用だが超が付くには運も必要だ。運を味方に付けるには日頃の行いが一番大事だ」誰が言ったかは忘れましたが納得できる言葉だと思いました。

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2019年01月07日

明けましておめでとうございます

遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。
仕事は土曜日からでしたが、昨年は一昨年に立てた目標のひとつが達成できたのでまずまずの一年だったと思います。その目標のひとつがいつも言っている「ダイエット」でした。一昨年末には96キロあった体重が昨年末には82キロでした-14キロ。正月で少々戻りましたがそれでも現在84キロ、何とか目標の70キロ台も目前です。おせち料理も食べたいのをぐっと我慢して御雑煮もお餅は1個にして何とか乗り切りました。そうしたらどうしたことでしょう、膝の痛みが嘘の様に無くなりました。やはり減量が一番の薬だったのでしょうか。
そして今年の目標はダイエットは引き続き継続しますが、診療に関しては時間にとらわれない診療を心掛けたいと思っています。
時間に限りある患者さんは仕方がないにしても、患者さんの了解を貰えればじっくりと時間を懸けて丁寧に診療をしようと思っています。今まで丁寧に診療をしていないかと言ったら嘘になりますが、なお一層丁寧な納得のいく診療をしようと今年の目標の中に入れました。
今までとは違った一年にしようと正月にはいつもお参りする神社の他に三社参りも行ってきました。そして産土(うぶすな)神社へも。その第一歩にはオイオイとお知らせしますがある方に教えて貰ったお参りの仕方があります。
それは自分の名前と同じ神社にお参りに行くこと。山田さんなら山田神社、田中さんなら田中神社と言うように全国にはどこかに必ず名前と同じ神社があるそうです。難しい名前はその中にはありませんが、所縁のある名前父方、母方の名前でもよいそうです。
そこにお参りに行くのをことしの目標にしました。どうですか皆さんの名前の神社はありましたか?何かの御縁だと思ってそこに行ってみては。全国に88000社以上あって、末社を入れれば20~30万社もあるそうですよ。

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