2019年02月28日

好きこそものの上手なり

有難いことにこんな仕事をしていると、同級生やその家族が来院してくれることが多い。昨日来院したのは名前を出せば通の人は分るくらいの某オペラ歌手。現在はフランス在住の方だ。毎年一回は日本に帰って来てその都度メンテナンスに来院される。親父が同級生で奥さんが一つ下。女性だから年齢は不詳だけれど何年か前に待合室にいた時思わず母親と見間違える位そっくりだった。(親父に似ないで幸い)その子がまだ母親のおなかの中に居たころから両親はこの子が女の子なら将来はオペラ歌手にすると断言していてその通りに育って行った。
同じく母親が大の宝塚ファンでその子もやはり小さい時からの英才教育を受けて宝塚に合格して現役バリバリ。
そう思うと「一念は岩をも通す」というくらいすごい努力と環境が必要だと言うことが分る。
話は変わるが我々の業界は歯科医の親から歯科医の息子、娘が出来るのもやはり小さい時からの環境が影響しているのかもしれない。
何処かの大学も子弟の入学に便宜を図ったとかで問題になったが、其れはそれで仕方がない事だと思う。私も小さい頃は「オマエの家は歯医者やからどうせ歯医者になるんやろ」と言われるのが一番嫌で、反抗期?には絶対に歯医者になんかなるものかと思った時期もあった。しかし周りを見渡しても米屋の子は米屋を、魚屋の子は魚屋を鮨屋の子は鮨屋を継いでいる。他からいきなりその環境に入るのは並大抵ではない。やはり小さい頃からの環境と言うものは大事だと思う。そうしたらサラリーマンの子はサラリーマンかと言われてしまうがやはりそんな子は多いように思う。
別に老舗の何代目とか言うのではない、違う道を行きたければ違う道を行けばよいし、後を継ごうと思ったら後を継げばよいだけの事。
政治家の子が政治家になる、医者の子が医者のなる、会社経営者の子がそこの跡取りになる。そんなところが反感を買うのかもしれない。しかし環境と言うのは大事な要素でもある。他のサラリーマンの子は土日に親に連れられて遊びにも行けたが、医者の子は昔は急患とか往診とかで休みも無かった。それを指をくわえて見ていたなんてこともあった。
職業選択の自由何て叫ばれているがなかなか思うようにはいかないこの時代、せめて楽をしなくても自分の遣り甲斐のある仕事に付きたいと思うのが自然なことだと思った。

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2019年02月27日

何気ない朝の光景・・・

昨日も早寝早起きを実践して9時半には布団の中に。
そうすると夜中の1時頃、5時頃にトイレに起きる。そしてそのまま寝ようとはしないで熱帯魚に餌をやったり新聞をタイミングが良ければ読んでしまえる。そして家人を起こさぬように家を出る毎日がある。一応5時45分に家を出る習慣があってそうすると診療所着が6時15分前後、パーキングで6時30分まで待機、そうするとそこのパーキングが12時間制だから上限1500円で利用できる。最終に新患さんが来られるとドキドキする。機械は少々の延長も認めてくれない。たった1分の超過が900円の追徴になるからだ。くだらない話かもしれないがこのドキドキ感がたまらない。
筋向いのパーキングは24時間制だからほとんどの車がそこに行く。でも信号を渡らなくても良いだけで、その上そのドキドキ感だけで今の所に停めている。
毎朝、同じ場所に同じ車が止まっているがその人も私と同じである時間まで駐車しない。きっと私の後で停めるのだろうが何故か必ず同じ場所に車を停めている。料金を払うのに一番遠い場所に。おそらくそこの横のビルの人に違いない。顔は覚えているがどこの人かは分らない。向こうもきっと私の事を何処かのオッサンが同じ場所に停めていると思っているに違いない。
最近は見かけなくなったが、毎朝6時過ぎに自転車に乗ったオバちゃんがパーキングを斜めに通り過ぎる時にお米を撒いて行く、すると必ずすずめとハトがどこからともなくやって来る。そして私の丁度前の車の奥に猫の餌を置いて行く。
そんな毎日の習慣があって鳥たちも猫たちも生きながらえているようだ。まだそこまで私はようしないが心の中では「こんな人もいるんだ」と思っている自分が居る。何気ない朝の光景だ。

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2019年02月26日

実に失礼な話だが・・・

早いもので2月もあと二日、今月は28日までだ。
そして平成も終わろうとしている。時代が変わる。日常生活に置いては何も変わらないのかもしれないが、元号が変わると言うことは大きな意味を持つ。私は昭和生まれだから子供の頃から明治、大正、昭和という呼ばれ方に慣れてきた。そして平成の世になってゆとり世代だとか最近の若い子たちはとか言うようになっていたが、今回の改元で平成生まれの人たちも次の○○生まれの子たちはとか言うだろう。自分たちの事は棚に上げて次の世代の人の事をとやかく言うつもりは無いが、その子たちはこれからの時代に明治、大正、昭和、平成、○○と五つも時代名を言わなければならない。
高齢化の時代きっと最後の明治生まれの人が居なくなるまでにはまた次の元号が産まれているのかもしれない。
そう言えば最近のテレビ番組にもそんな傾向が見られる。
昭和を代表する名曲百選だとか、平成の何年にはどんな事が起こって世相は云々とか。
先日の天皇陛下の会見で平成の時代は戦争もなく平和に過ごすことが出来た。ような発言があったが、我々にとっては実にありがたい話だ。それまでの時代はいくつかの不幸な出来事があっての元号が変わった時代だった。これからの世はそんな事の無い様に願いたいものだ。またその御発言の中、自然災害による被害の話があったがこれからは益々、避けては通れないことだと認識しない訳にはいかない。
新しい世の中になっても災害はやって来る。出来る限り大難は小難に小難は無難にとなって欲しいものだ。こんな事を言ったら誠に失礼なことだが、新しく天皇になられるお方とは同世代と思うと何とか次の元号までは長生きしたいと思う今日この頃だ。

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2019年02月25日

もうそこまで春は来ている・・・

昨日、最近嵌っているハンバーガー屋さん巡りをしてきた。
一昨日も行きつけのイタリアンのお店のオーナーがこの話に乗って来た。毎週日曜日にハンバーガー屋さん巡りをしていると言うと、自分の2年後輩がここから車で10分ほどの所でハンバーガー屋さんをやっていると言う情報を聞きつけた。それは行かねばなるまい。そのお店は偶々先週の日曜日に行こうとして満員で入れなかったお店だった。偶然にもそのお店だと分って世間は狭いと笑ってしまった。
店店には特徴があって味が微妙に違うから嬉しい。しかしアメリカの代表的な食べ物だからお店の雰囲気はアメリカンなお店が多いようだ。お店の前に古き良きアメリカを表すクラシックカーを置いていたり、何処もよく似ているが中に雑貨が置いてあるお店が多かった。前にも書いたがマックやモスや大手のチェーン店には無い手作り感がある。値段は少々お高いがそこは各店のオリジナルな味付けでお客がひと手間加えてソースを加える。ポテトもサラダもお皿一杯だから1個食べれば昼食には十分すぎる量だ。
そしてその帰りにこれまた最近のお気に入りのカフェでお茶をすることにした。人気のカフェでお店の前の駐車場は満杯、名前を書いて車で待つこと30分。この私が待つ?考えられないと連れが言う。そうかなぁ、私も待つことくらいは我慢しているつもりだがその連れ曰く、「お前は絶対に5分以上は待たないと思っていた」と。お気に入りには少々の待ちも構わないと言うと「勝手な奴や」と言い返された。
その待ちの中に4人の力士がいた。そうか3月場所が大阪であるんやと。テレビで見た顔やと連れは言うがこちらはそんな力士は知らない。ただ連れてきた谷町さんの顔の方が気になる。どこかで会ったような。その場では気が付かなかったが家に帰ってつくづく考えたら同級生の親父さんだった。そうか谷町さんだったのか。
そう言えばまだ大学在学中にその親父さんに連れられて力士さんと一緒に私も新地の飲み屋に連れて行ってもらった記憶があった。
その当時はラウンジやクラブではないがスナックのちょっと上等なお店。その親父さんのお店だった。鮨屋から大きな丸い桶が3つ届いた。力士2名とそこの店の3名と私と親父さん。なのに大きな桶が3つ。我々5名で桶一つ。後は2名の力士が一つづつ桶を平らげた。それにしてもその食いっぷりや大食いファイター並だった。
この大阪場所が始まれば春はもうすぐそこに来ている。

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2019年02月22日

人生、生きているだけで丸儲け

最近、某タレントさんが舌癌を公表して話題になっている。
その前はスポーツ選手が白血病の告白で話題になっていた。
最近の傾向なのか病名を公表して同じ病気で苦しんでいる患者さんに勇気と希望を与えているのだろう。
私が大学病院で助手をしていた頃はこれらの病気はなるべくなら知られたくないと思うのが主流だった。同じく大学病院で着ぐるみに包まれて来る赤ちゃんはほぼ唇裂、口蓋裂の赤ちゃんが多かった。親としては居た堪れない気持ちだろうと思う。
昔はマイノリティなことはなるべく知られずに済むように生活して来たり、しかし最近の傾向なのかそう言った方々も「個性」だと割り切ってか堂々と公表されてきている傾向があるように思う。
これだけ堂々と公表されれば確かに陰でこそこそ言うよりはましだとは思うが、それでもまだまだ肩身の狭い思いをされている方々が多いと思ってしまう。
確かに人間一人一人違うし、それこそが個性だと思うが性格だったり生まれつきだったりしてその本人がどの様に割り切れるかが問題だと思う。
背が高くなりたい、そう思っている背の低い人がいるかと思えば逆に背が高いばかりに物珍しそうに見られるのが嫌だと言う背の高い人の悩みもある。
見た目は大事だと思っていてもガリガリで痩せていることにコンプレックスを感じている人もいれば、これも逆に太っているからと言う理由で細い人を羨ましく思っている人もいる。皆、無いもの強請りだ。
そんな事は人生に置いて大事なことだろうか?太っていようが痩せていようが、背が高かろうが低かろうが一時期メンタル面ではコンプレックスに感じるであろうが大きな病気を抱えている人からすれば「何がコンプレックスなものか生きているだけマシではないか」と思われているような気がしてならない。
誰かの芸能人が言っていた言葉を思い出した。それは
「人生、生きているだけで丸儲け」そんな言葉を思い出した。

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2019年02月21日

最近のニュースで思ったこと

今週は何故か長い気がする、まだ木曜日だ。
先週は月曜日に祝日があってその分短く感じたのかもしれない。
常々、もし日曜日以外に休みがあるなら水曜日が理想だと思っている。それは月、火と働いて水曜日が休み、木、金、土は半日と働いて日曜日が休み。今まででこのパターンが身体に優しいと思ったからだ。
年中無休のコンビニが時短で揉めていると聞く。確かに24時間営業が当たり前になっているコンビニ。しかし私の子供の頃はコンビニなんて無かった。深夜営業の店も12時までが多かったしファミレスも無かった。働き方改革か何か知らないが本部や企業は現場の声を知らない。確かに24時間営業には時給が高くちょっと働けば稼げる利点もあろう、街の活性化や治安維持も声高々に言われているが人が居なければ働きたくても働けない。結局はコンビニのオーナーが代わりに働くことになる。オーナーが高齢化している現状、働き手が来なければ深夜営業を出来ないと本部に相談したら、契約違反だの違約金が発生するだのと言われたらしい。私の家の近所のコンビニの話ではないが、連れの家の近所のコンビニでは外国の人が深夜店に出ているとか。片言の日本語で対応されたのが印象に残っていて覚えていると言っていた。辛くてしんどい深夜の時間に働いている外国の人はどう思っているのだろう。日本と言う国は働きやすいと思っているのか、お金の為とはいえきつい労働を強いてはいないのか。便利になっても24時間営業が地域に及ぼす影響は確かにあるが、深夜にしか行けない人やちょっと買い忘れて飛び込んで買い物が出来た時の喜びは確かにある。でも便利なだけではこれからやって行けないと言う現実を見た気がした。
それに人通りが多い交差点など四隅にコンビニがある場所もある。
コレだけ多くてもやって行けるのが不思議でならない。当医院の女の子に聞いたところ、買うものの種類によって店を選んでいるとか。何々は何処何処、それにフランチャイズと直営店でも同じ店が近所に並んでいるところもある。コレだけ便利なコンビニが数多くあるのに、それ以上に歯科医院の数はコンビニよりも多いと言われている。そこまで患者の数が多いとは思えないが集まるところには集まるものだ。何せコンビニの倍歯科医院があるのだから。

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2019年02月20日

静寂を裂くサイレンの音

昨夜、何度もサイレンの音で目が覚めた。
あの音は救急車や消防車ではなくパトカーのサイレンの音だ。
住宅街に鳴り響くサイレンの音、こんな夜中にと思わず何事かと思ってしまった。最近は寝つきが良いと言うか無駄に夜更かしをしなくなって10時の時計の音はお布団の中で聞く日が多い。
そのまま即寝付くがトイレに夜中に2度は起きるから睡眠時間としてはどうだろう十分とは言えないのかもしれない。
何年か前には暴走族のバイクの音が煩いとお隣の親父がそいつらに向かって立ち回りをした時にパトカーがやって来て以来のサイレンだったように思う。それも何台も、近所に公園もあり柵を超えると車は入れない。そんな事はバイク乗りなら百も承知。しかしそこはさすがに警察反対側に入り口はひとつ、そうなると挟み撃ちにしてしまえる。きっとそのような捕り物があったのかもしれない。
昔は自宅のすぐ近所に覆面パトがよく待機していた。
裏のマンションに誰か知らないがヤバイ人物が出入りしていたとの噂もあった。
交差点の一角に我が家があるが後の3つの角はマンションだ。最近は稀だが我が家から西の方に一方通行になっている。その他の3方向は一方通行ではない。だから知らない車が我が家の西側から一方通行を逆走して来る事もある。年に1度や2度ではない。その為に張っていると言うことは無いと思うが、最近はよくパトカーによる巡回が行われている。日曜日など家のガレージの前で車を洗車しているとよく巡回のパトカーに目を付けられたものだ。何せ交差点の信号より前に家があるからだ。
一度注意をされたがその時に家人がこう言った。
「家が建ってから後に信号機が出来たんや、それなら先に信号機を建てとき」
そう言われたら警察も「注意してくださいよ」と言うしかない。
だから今では正々堂々と車を洗車する時は交差点の中で洗車している。
でも昨夜のあのけたたましいサイレンは何だったのか、誰か聞いてほしいものだ。またお隣の親父さんが聞くに違いないと思うのだが。怖いもの知らずのお隣さんに聞いてもらおっと。

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2019年02月19日

決め台詞って大事なことです・・・

今朝は久々の雨、結構しっかりと降っている。
最近嵌っているのにここでも紹介したと思うが「ハンバーガー」である。ハンバーガーと言えば大手のチェーン店のを私はハンバーガーだと思い込んでいた。まぁそこのしか食べたことが無かったからそれをハンバーガーだと思うしか無かったと言うのが本音だ。
しかしこのハンバーガーと言う食べ物は奥が深いと言うか、その店その店で大きく違う。パテもそうだがバンズにも拘りを持っていてその上かけるソースもいろんな種類があってどれもこれもかけて見たくなる。元々チーズ嫌いな私はビックマックもチーズ抜きだし、パスタのカルボナーラも最後に降りかける粉チーズがかかっていたら食べない。一度、あるパスタ屋さんで「振りかける粉チーズは抜きで」と注文したにもかかわらず振りかけてあったので即、作り直してもらったことがあった。ただとろけるチーズは何とか食べれるが固形の食感がダメだし粉チーズのあの匂いがダメである。
話は脱線したがそのハンバーガー屋さんにも折角の自慢のチーズバーガーをお薦めされたが残念ながらチーズがダメと言って普通のハンバーガーを頂いた。店主の方が残念そうにしていたがお客の注文とあれば仕方がない。折角美味しいのにと連れに言われたが、こちらも頑として初心を貫いた。だから変なオヤジと思われたのだろう、二度目の訪問時には他のを頼んだが「チーズ抜きにしましょうか?」とこちらの好みを覚えていてくれた。流石商売人!
何だかんだで、お気に入りのお店を見つけたら私は間髪入れずに1週間以内にもう一度か二度は伺うことにしている。
そうすることでこちらの事を覚えていてもらえると言う利点もある。そうしていくつかの常連さんにしてもらっているお店もある。
そして何人か他のお客を紹介することでこちらへの印象も深くなり「お客さんを紹介していただいてありがとうございます」と言ってくれる。そうすれば必ずこう言い返す。「こんな美味しいものをもっとみんなに紹介しなければ」コレが決め台詞。そうすればしめたもの。絶対に上客になること請け合いです。
今までこれで何度も美味しい思いをさせて貰っているから、、皆さんも一度やってみてはいかがでしょうか。

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2019年02月18日

古い人間だと御思いでしょうが・・・

先週、連れから連絡があった。
「オマエの所にカード会社から連絡あったか?」
「何やいきなり」
「ウチの所に今のカードをメタルに変更しませんかって案内が来た」
「ああ、去年に案内は来てたで」
「手続したんか?」
「してない」
「何でしないんや」
「別に今ので不自由が無いからや」
「折角、メタルカードに変更してくれるって言うのに勿体ない」
「メタルに変えたからって中身は変わらんやろ」
「折角のチャンスやで」
「別に要らんもん、カードも滅多に使わんし」
「アホちゃうか、ポイント貯まるのに」
「別にエエねん」
こんな内容だった。今持っているカード会社から順次現行のカードからメタル使用のカードに変わって行くそうで頻繁に使う奴ならそれも良いのかもしれないが、こちらは現金主義、よほどの事が無いとカード決済はしない。まして今流行のペイペイだのプイプイだの知らないがそんなのは全く信用はしていない。
一度、仲間と飯食いに行ったときその内の一人がこのカード主義者だった。そこはまだその扱いをしていない店だったので誰かがそいつの分も支払っていた。返してもらったかは不明だが、小銭を持たない主義の人は最近多くなった。そう言う私もスーパーのポイントが溜まるカードでは買い物をするがさほど便利だとも思わない。
確かに溜まったポイントで買い物が出来るが未だに今月末までに失効しますと言われて使うことがあるが。
皆がよく使うTポイントカードなど3万円以上溜まっている。
毎日のパーキングやガソリンスタンドなどで使えるから溜まる一方だ。別にそれを使おうとは思わないしいずれどこかで使うかもしれないが今の所当てはない。
で、先ほどの話に続きだが今4枚のカードを所有しているが毎年の年会費が無駄だと思い出していつか解約しようと思っている。
銀行の金利がほぼ0に近い状態で年間何十万も引き落とされること自体に不自然に思うからだ。ステータスで持たされた時代ではない、海外によく行く方なら便利なカードでも一枚あったらそれでいいと思っているからだ。本当に使わないカードの年会費は何とかならないものか。銀行口座にたっぷりとお金がある人なら気兼ねなくカードを使えるのだろうけれど、銀行もあまり信用しない私は要る時に入金するタイプなのでカード決済なんか余り関係が無い。
未だ現金主義の人もいる事をカード主義の人も分って欲しい。

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2019年02月15日

捕らぬ狸の皮算用か・・・

有難いことに昨日のバレンタインデーに患者さんからいくつかチョコとお菓子を頂いた。そう言えば昔は我が家も盆暮れの挨拶と言ってお中元やお歳暮が当たり前と言えば当たり前の様に頂いたり差し上げたりしていた。しかし最近はどうだろう、ご挨拶の贈り物もそうだがお葬式に至っては「家族葬」なるものが流行りだそうだ。
また事後報告と言った類のFAXが届くことが多くなった。
それまでは「お花やご香典は辞退させていただきます」と言うのが最近の流行だったのだが。香典返しの事を考えたら辞退させていただきますが助かるが、昔のようなのが良いのか今のようなのが良いのかは分らない。昨年の12月に喪中ハガキに混じって年賀状の挨拶を辞退させていただきますと言う案内をいくつか頂いた。
年賀状での安否確認?みたいな仕来りを申しませんと言う意思表示なのか、なんだかさみしいような気もするがそれもまた現代風と言えば仕方が無いように思う。
昨日だったか一昨日だったか忘れたが、年賀状に一筆添えるのがマナーだと言うのが新聞に載っていた。昔は住所氏名を手書きしていてそこに一筆添えては居たが、今はパソコンで高速プリンターで打ち出すので誰に出したかさえも分らない時代だ。
先輩からの年賀状で一際目立つのがある。独特な文字で書かれた年賀状で必ず一言書き添えてある。以前お会いした時にその話になって、どうしてあんな独特の年賀状を?って聞いたらこう答えが返って来た。
あれはその人をイメージして一気に書き上げているとか。ひとりとして同じ文字や絵は描かないと言っておられた。
そうしたら私のイメージだったのかアレは。
そしてその年賀状が今年の2等賞に当たっていた。ふるさと小包だと思うが。確か去年は切手シートが当たっていたから来年は1等賞を期待したい。これこそ捕らぬ狸の皮算用だと笑われかねない。

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2019年02月14日

緊急事態発生!!!

緊急事態が起こった。
家にも熱帯魚を飼っているが連れ宅にも同じように熱帯魚を飼っている水槽がある。我が家と同じ大中小と三つの水槽がある。
その内の一番大きな水槽の濾過ポンプがいきなり止まった。
メールが来たのが夜中の11時半、風呂上がりでうつらうつらしていてメールの存在には全く気が付かなかった。
朝方に気が付いて直ぐに返事をしようと思っていたがこちらの起床時間が午前5時なのでこんな時間にメールや電話をしようものなら何を言われるか分らないので8時過ぎに電話をかけた。
大水槽には100匹以上のグッピーがいる、中水槽の中にはグッピー以外のテトラ類がいる。そして小水槽には生まれたばかりのグッピーの子供がいる。ろ過装置が止まれば生命の危機だ。
生まれたての子供たちを小水槽からまた産卵箱に移しテトラのいる中水槽に移動、小水槽の濾過装置を大水槽の濾過水槽に移したと言っていた。
確かに大水槽に藻が発生して水が緑色になっているとは聞いていたがその中にも子供が沢山生まれていた。しかし水草の中に隠れて生き延びた者は沢山いる。でないと親が餌と間違って捕食しかねないからだ。
夜中の移し替えは大変だったらしい。水替えの時は自動ポンプで何とか凌ぎ切れたらしいが、生まれたての魚を一緒に吸い込んでしまうこともある。目の細かい網で水をろ過しながら小さな小魚を小水槽へと移しながら水をかえることに。
同じように我が家も水替えを定期的に行っているが、やはり光が入れば光合成を起こし水槽のガラス面に緑色の藻を発生させる。
フィルターにはぎっしりと緑色の藻が張り付いている。
水の状態が良いとクリアな透明な水になるが、一旦藻が発生するとどんどん周囲に広がって1週間もすればガラスは勿論水も緑色に変色する。
話は飛んだが、夜中の作業で連れは殆ど寝ていないと言っていたが生き物を飼うと言うことはその命を守ると言うこと。
人の手が入らなければ生きていけないと言うこと。
我が家の水槽にも頻繁に水替えをしないと同じような事になりかねない。でもいち早く気が付いて避難させれたので一安心。

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2019年02月13日

少し寂しいバレンタインデーかもしれない

今年もいよいよ近づいてきた。そうですバレンタインデー。
でも今回は当診療所ではチョコ禁止令を発令しました。
たった二人ですが毎年きちんと頂いておりました。昔は何人もいた時には「女の子全員からです」と言ってくれたものですが現在は二人、別々にくれています。金額でも量でもなく気持ちを頂くので今年からは自分にご褒美チョコを買いなさい、という御触れを出しました。そうすると義理でもお返しを考えなくても良くなったのでこちらも楽ちんです。
その代わり義理の代わりの食事会はそのまま継続することにしました。
滅多にこんな機会しか食べれないチョコもあるだろうし、それこそ1個何百円もするような高級チョコも自分で食べるために買うのなら納得できると言うものです。
嘗ては飲み屋さんで貰った義理❓チョコのお返しが何万円もかかったり、チョコが財布やバックに変わったり、何やら同伴と言う名のお高い支出になったりで、これも又経験と割り切ったら良いんでしょうが、「この年寄りに愛の手を」なんて言ったって誰も相手にはしてくれそうもありません。
だから私も男だ、食べたいチョコくらいは自分で買います宣言をして買いに行こうと思っています。
しかしデパートの特設売り場は凄い人だとか、そしてその特設売り場でまたしても事件が。それはとあるデパートの特設売り場のアルバイトが麻疹にかかっていたと言うニュース。麻疹は空気感染するので我々の年代の方はワクチン接種を済ませているが、今の若い子たちは接種していないのでそこが心配。チョコどころでは無いのかもしれません。人込みではマスク、でも麻疹のウイルスはマスクなど簡単に通り越してくるので手洗い嗽そしてちょっとでもおかしいと思ったら即、検査をして欲しいものです。
でも言った手前、少々残念な気持ちもあり複雑なバレンタインデーになりそうだ。

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2019年02月12日

この歳になってお恥ずかしながらの初体験だった

どうしても朝から火曜日と言う感覚が無い。
昨日が祝日で休んだせいか朝から何度も頭の中は月曜日モードだ。
土曜日半日仕事をして昼から病院で点滴、月曜日はゆっくり過ごし朝から墓参り、そして家で片づけ。そんな事をしていたら一日があっという間に過ぎて行った。
日頃はテレビなんか見れない、たまに日曜日に車の中で観る位だから平日のこの時間にこんな番組がやっているのかと思ってしまった。連れと日曜日の昼飯にそいつのリクエストでハンバーガー屋さんに行った。ハンバーガー何てマックかモス位しか食べたことが無かった。しかもハンバーガー専門店なんか行ったことが無かった。
土曜日に毎週行くイタリアンのお店の子が仲良くなってメニューにない無茶ぶりのピザやパスタを作ってくれる。
土曜日にもランチに無いピザとパスタを注文。他にお客さんが居ない時に無理を承知で注文するが食材が無い時は無理と言われるが、あれば何でもオーダーできる。ピザは和風が好き、薄い生地に岩海苔と大葉とシラスを乗せたピザ。それとタルタルにウインナーとベーコンをトッピングしたのをオーダー。後から来た人が我々のテーブルにあるピザを見てメニューを見て探していた。でも無いので仕方なく?本日のピザを頼んでいた。そのマスターの後輩がハンバーガー屋さんをしていると言う話になって食べに行くことになった。本格的なハンバーガー屋さんなんて初めての体験。どう注文したらいいかそこの店の人に聞いて注文した。私は初めてのお店ではまずは「ココのおすすめで」という。何度か行ったらお気に入りのを頼むが分らないので看板商品にすることにしている。
大体ハンバーガーと言うのはアメリカスタイルと言うかお店自体がアメリカンな感じを前面に打ち出している店が多いとか。そこの店も古き良きアメリカを出しているお店だった。R66,なんかのポスターやシール、雑貨屋さんかと間違うほどに細々したものが陳列してあるケース。そして食べ方の説明。一口では食べれないほどのボリューム。それをこうしてって身振り手振りで教えて貰って食べてみた。5~6種類あるソースをつけ乍ら一口ごとに口の周りをソースでベチョベッチョにし乍ら食べ終わった時には結構ボリュームがあってお腹一杯になったこれで1000円は安く感じた。
今まで食べていたのは何だ?と言う感じをお互いに思ってしまった。コレはちょっとハマりそうな予感。世の中にこんな美味しいものがあったのか、そう思う初体験だった。

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2019年02月08日

簡単なようで難しい生き方なんだと思う

昨日のニュースで最大級の寒波がやって来ると言っていた。
やはり今の地球に何やらおかしなことが起こっているのだろうか。
何処かの氷河の下に大規模な空洞があったり、暑いと言えば猛烈な暑さがやって来たり、寒いと言えばコレまで体験したことが無いほどの寒波がやって来たりと穏やかに過ごせる気候は無くなってしまったのかというくらい大げさでは無くなって来ている気候変動だ。
それにニュースと言えば「煽り運転」だの「虐待」だののワードが毎日のニュースで聞いていて気分が悪くなるくらい出て来る。
そんな中これらのニュースにホッと一息つくニュースはと言えばなかなか見つからない。自分の周りを見渡してみてもなかなか見つからない。考えてみたらコレが平和なのかと思ってしまう。
何も無いから、悪いことが無いから平和とは可笑しなことだがそれくらい暗いニュースを毎日聞かされている。
だからちょっとしたニュースがほっとさせてくれるのかもしれない。昔は箸がこけた位でも可笑しかったと言う表現があるが、箸がこけた位で何が可笑しい?と思う心が情けない。
小さな子供の何気ない仕草にさえ微笑ましいものがあった様に思うようになればまだ救いもあるが、何も感じなくなっていく自分が寂しい気もする。
毎日を楽しく過ごすのもつまらなく過ごすのも自分次第。
それなら楽しく過ごしたいものだ。今の現状を一歩踏み出すことで今まで見えなかった新しい世界が見えれば儲けもの。
誰かの言葉にこんなのがあったように思う。
「生きているだけで まる儲け」こう思えるようになるにはどうしたらいいのか。なかなか味のある言葉だと思うのだが・・・

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2019年02月07日

また一人ハマる奴が増えそうだ・・・

先日、血液検査の結果の話をした。早速に連れが食いついてきた。
「この前の血液検査の話な、もうちょっと聞かせてくれ」
「何の話や」
「お前の酷い結果が良くなったというやつや」
「酷くは無いわ」
「酷いに決まってるやないか、あの食いっぷり」
「そんなに食ってない」
「食べ放題の○○って言われてんねんぞ、お前は」
「煩いわ、放っておいてくれや」
「早よ教えろや」
「体重を減らしたらこうなったんや」
「それだけか?」
「それだけや」
「嘘つけ、何かまた悪い薬でもやってんのとちゃうか」
「アホか」
「聞いたで、何やら訳の分からんコーヒー飲んでるって」
「訳の分からんってなんや」
「コーヒーの中に何か入れるんやろ」
「砂糖とミルクや」
「そしたら何も変わらんや無いか」
「つべこべ言わずにやってみ」
「オレはブラックや、お前みたいに甘いのは嫌いや」
「そしたら諦め」
「ほんまにコーヒーに砂糖とミルクだけか」
「・・・」
「何かほかに隠してるな」
「隠してないわ」
「よし分かった、早速やってみるわ」
ここまできたらバターコーヒーダイエットの話が出来なくなってしまった。でもコイツ絶対に長続きはしない奴、きっと直ぐにねを上げるに決まっている。その時の言いぐさはもう分っている。こうだ。
「あんな不味いコーヒー飲む位ならダイエットはやらんわ」だろう。
人には向き不向きがある、あれだけ毎日がぶがぶコーヒーを飲む癖に、それにタバコを毎日2~3箱も吸う癖に何故か健康には人一倍気を遣う変な奴。これで今まで私より血液検査の結果が良かったなんて、信じられないことだった。

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2019年02月06日

こんな事もあったなぁ・・・

昨夜からの雨は午前中降り続くらしい。
久しぶりの雨で乾燥注意報も一安心、連日火事のニュースで一安心だろう。しかし乾燥しているだけで火災は起きない。そこは人が不注意で寝タバコや火の不始末やらを起こすからである。
ちょっと前だが近所で不審火が相次いだ。火の気のない所から火が出る、夜中に古新聞や段ボールを家の前に出していて付け火をされるから回覧板で夜中に出すのは止めましょう、朝に出してくださいとの案内が出された。今の様に曜日によって出すゴミを分けられる、これはこれで回収する方には便利だがマンションなどは独自で業者に回収をお願いしているところも多い。我が家は交差点の角にあるあとの3角は全てマンション、それもバスがUターンできるほどだから結構広めの交差点。信号は勿論ついているが家の前の道は一方通行、後の3つは一方通行ではない。その3つのマンションは夜中と明け方に回収業者のパッカー車がゴミ収集にやって来る。
そのたびに音で目が覚める。最近は慣れては来たがそれでも真夜中などは結構な音がする。
毎日、業者が取りに来るからそこは分別する必要が無いみたいだ。
偶に、夜中に帰って来た時にそのマンションのゴミ箱にマンションの住民では無い人がゴミを捨てに来る。何故か、マンションの人ならマンションに帰るはずである。その人は我が家の3軒隣の人だからだ。まぁ他所さんの所の事だからとやかく言うことでも無いと思うが非常識であるのは間違いが無い。どうしたらそんな事が平気で出来るんだろうか不思議でならない。自分家で出せば何の問題も無いのに態々そのゴミを持ってマンションのゴミ箱に捨てに来るとは。私が車をガレージに入れようとして見つかったと思って急ぎ足で自宅に帰られたがしっかり見られたと分ったのだろう、気まずそうにしていたのを思い出す。一度着いたイメージは中々頭からは消えない。その人に会うたびに他所にゴミを捨てる人という思いが私の頭の中から消えて行かなかった。どこで誰が見ているか分らないので人のふり見て我がふり直せだと思うようになった。

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2019年02月05日

夢なら覚めるな・・・

先週末、今回の足痛で先輩の診療所に受診した時に血液検査をしてもらった。先代が居たころは毎月血液検査をしてもらっていた。
息子さんの代になって滅多に行く機会が無かったがどうしようもないくらい足が痛くて松葉杖状態で受診した。その時の血液検査の結果を先週に行ったときに貰った。点滴中に院長がやって来てこう言った。
「先生、何かあったんですか?」どういう意味か分らなかった。
先代からのカルテにはびっしりと検査データーが張り付けられていて一際カルテが分厚くなっていた。そしてそれとは別に検査データーだけ別にグラフにして張り付けてあった。
そのグラフが大体基準値のはるか上にグラフの線があっていつ検査してもさほど変わらなかった。それが今回のデーターは何かの間違いでもあったかのような数値。GOT,GPTは約半分に、総コレステロール値はこれも半分に、中性脂肪に至ってはMAX900位あったのが正常値の上限に(900が異常すぎるが)グラフの線がいきなりストンと下に下がると言うグラフに。
そりゃこの数値を見たら???となるだろう。だから言ってやった。「真剣にダイエットした結果がコレですわ」と。
その後何人かの顔見知りの看護師がやって来てこう言った。
「さっき院長が怪訝な顔をして血液検査の会社に聞いていたんですよ」って。何でも今までの検査結果とあまりに違うから。
足は痛いが何だか気持はウキウキ、それより何より、今やっているダイエットが間違っていなかったことに一安心したと言うことでした。この数値が夢なら覚めないでほしいと願うばかりだった。

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2019年02月04日

インフルエンザ大流行

この土日も病院で点滴をしてきた。
先輩が亡くなって息子さんが後を継いでいる病院、先代の頃とは大分雰囲気が変わったように思う。
まず、受付で銀行の様に順番の紙切れを貰う、診察と点滴や薬だけ、リハビリを分ける。画面には現在何番目の患者さんか分るように表示されている、それと待ち人数も。先代の頃は勿論行った順だが治療内容によっては順番が変わることも多々あった。
私など混んでいたら従業員出入り口から入って素通りして点滴室に入ったものだったが、それが今では通用口にもIDカードで入室するようになったから直ぐには入れない。(顔見知りの誰かがいれば一緒に入れるが)セキュリティーは格段に上がった。
昔は院長の患者さんがよく裏口から入って院長室に居座っていたがそれも今度の息子さんは出来なくした。当然と言えば当然。
前の診療所から2~300メートル移動したところに新しく建てられた診療所、駐車場も60台くらい入ったが今度のは40台くらいだ。だから路駐が多くてきっとこれから近隣から何か言ってこられるかもしれない。第二駐車場はあるにはあるがチョット歩かなければならない。誰もが診療所の裏にあるこの駐車場を利用したがるのも無理はない。
この土日はインフルエンザの患者さんも多く居た。病院で感染するかもしれないと言う不安は確かにある、私も点滴中はマスクとそれから車にあったネックウォーマーを首元から口に上げて周りの患者さんの咳から身を守っていた。もしもウイルスが目に見えたらどれだけ空気中を舞っているかが分るだろうと思ったりした。
この時期病院に行くのも命がけだ、それに今年の流行は一度なったインフルエンザも安心は出来ない。二度目の感染も報告されている。今はA型が多いがそのA型にも二種類あるそうで二度かかる患者さんが出ているらしい。そしてA型が出て次にB型が出番を待っているとか。手洗い嗽は勿論だが必要以上に人込みには出て行かないのが一番らしい。

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2019年02月01日

何とかならないのか・・・

2月が始まった、今月は28日しかない、その上祝日も一日ある。
どうしてこうも休みが多いのか、働き方改革何て言葉が躍っているが、仕事をしている者にとっては休みが増えた方が良いと喜んでいる方が居る反面、こう休みが多いと売り上げが上がらないとお嘆きの方もいる。休んでも給料が変わらない方はそれで良いかもしれないが休めば収入が減る方にとっては死活問題だと思う。
最近、我々の業界も土日祝日の診療をしている所も出てきた。
経営者は実際に働かないので従業員のシフトさえしっかりしていたらしれで良いかもしれないが、もう一つこんな医院も出てきた。
それは昼休み無しと言うところだ。休憩は昼食は順番に患者さんの空いた時間に取るらしい。よく患者さんから言われることにこんなのがある。それは医院側と自分の昼休みの時間が同じで行けませんと言うことだ。1時から2時までが医院の休憩時間、その人の会社の休憩時間も1時から2時まで、こうなると仕事が終わる時間に来てもらうしか無い。でも仕事が終わる時間も医院側と同じなら、有給でも取って来ないといけなくなってしまう。
そんな患者さんには昼休みの無い診療所は都合がよいかもしれない。あちらを立てればこちらが立たない、双方上手くいく方法は中々無いようだ。
患者さんが多くて待ち時間のある所も困ったものだ。余裕を持って行っても予約時間の前から待っていても、前の患者さんが長引いて時間がおす場合もある。歯科医院はほぼ予約制、しかし内科や外科やその他の診療所は来た順で診て貰えるがそこも待ち時間に差がある。ある整形外科は3時なら3時の患者さんが10名位いるとか、そして言った順に呼ばれて診察室に入って行く。皆自分が3時と思っているが何人も3時の患者さんが居ることは知らない。
だからあの人は私が来た時に居るから私より早くよばれるはずだ。あの人が呼ばれたからそろそろ私の番か。そう思っているかもしれない。そんなこんなが今我々が直面している問題の一つか。

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