2019年10月31日

目標は身近なことから・・・

今日で10月も終わります。早いもので今月は皇室行事、ラグビーワールドカップ、そして台風と立て続けに過ぎて行った10月です。今年もあと2か月で平成、令和と重なった年が終わろうとしています。我々昭和生まれは大正15年が昭和元年、明治45年が大正元年、そう覚えてきました。西暦で覚えておけば何歳だとかは直ぐに引き算で出来たが大正○年生まれは何歳?明治○歳は?(もう明治生まれの方を考えることは無くなりましたが)但し昭和生まれは自分の年を基準に私より幾つ上か下で計算が出来たが平成が入って又もやややこしくなってしまいました。こんな元号を使っている国は日本だけでしょう。
令和初っ端から台風による被害で多くの地域、多くの方々にはご苦労だと思いますがこれから日本がより良い時代に生まれ変わる最初の試練だと思っています。
試練何て無い方が良いに決まっています。しかし今回の水害など今までの想定を大きく覆すことになろうとは思いも寄らなかったことです。
50年前、100年前にはこんな事を想定なんかしていなかったことでしょう。50年に一度の豪雨、100年に一度の云々、こんな言葉を聞き飽きたと仰る方も多いと思いますが、これをきっかけに見直し、やり直しをちゃんとやっておけばこれからの50年、100年を安全に過ごすためには大事なことだと思います。
これから寒さが増すようになれば被災されて避難場所に居られる方々の健康状態も心配になって来ることでしょう。
ボランティアの数もまだまだ足りないと聞きます。体が使える方々は体で、そこまで行けない方は多少なりとも寄付行為で少しでも早くこの災害を乗り切ろうではありませんか。来月は今月よりも良い月でありますよう、いやいやもっと身近に考えれば今日より明日が良い日でありますように。

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2019年10月30日

意識が変わるかもしれない・・・

絶好の秋日和だがまだまだ台風被害の映像が流れて来る。心が痛い。
関西地方は影響がないと言ってもそろそろ影響が出だしている。それはこれからの冬に備えてのお鍋の季節に絶対に欠かせない葉物野菜が高騰しだしたからだ。
昨日も今回の台風での農産物の被害状況が報告されていた。何百億単位の被害が東日本でで出したからだそうだ。今年の被害がまだ完全に出ていないと言うことはまだまだ被害額が増えると言うことだし、今年の農作物に与えた被害で来年に花が咲き実が出来るかが問題だと言っていた。泥をかぶった田畑にも水に浸かった所には一番大事な土の問題もある。ただ土に作物を植えたからと言って出来るわけではない。
その土を農作物の育つ土にするために肥料を撒き土を肥やすことを長年やってきたことが今回の洪水被害ですべてがダメになってしまった。来年になるか再来年になるか分らないが農家の心の被害額はおそらく算定できないくらいの被害を被ってしまったようだ。ある農家が言っていたが作物の被害はまた頑張れば持ち直すだろうが、生産者の心の被害はちょっとやそっとでは持ち直せそうにないくらいだ。
何年もかかって田畑を耕し土を作り、長年にわたって木を育て実をつけるのに適した大木まで育てたのに、一気にその実のなる木を折られたり根こそぎ持って行かれたりしたら農民の両手どころか両足までももぎ取られたようで直ぐには立ち直れない。
そう言った声が聞こえていた。コレはそこの地域の問題だけでは済まない、日本の国の根幹を揺るがせる大問題だろう。何年もかけて育てたものを失ったと言うことがこれからの我々の暮らしの中で徐々に出始めるのは食卓に並ぶ食材に大いに感謝しないといけない。ちょっと食べる意識が変わるかもしれない。

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2019年10月29日

今朝の雨でも心配は尽きない・・・

今朝は雨、天気予報では午前中いっぱいの予定。
こんな雨なら良いが、関東地方を中心に降った台風からの大雨には河川が決壊するほどの雨が大きな被害をもたらした。
よく1か月分の雨が1日で降ったとか、1000ミリを超えるとか全く想像が出来ないくらいの単位がよく新聞紙上でも見られた。ここ何年かは気温もそうだが暴風やら雨やら我々の子供の頃では想像も出来ないくらいの激しさだ。
昨日のネットのニュースでも高層マンションの浸水による停電で未だにエレベーターを使えず、30階以上の方が降りるに降りれず、上がるに上がれずとの報道もあった。
昨年の大阪を襲った台風でも同じような事があった。そんな中でも宅配の方が荷物を持って階段で上がって行くと言ったニュースがあったがこれもまた台風の影響でそして停電の影響で仕方がない事なのかもしれない。
しかし今回の関東地方を襲った台風は河川の氾濫による洪水は想定外だったろう。
後に残った泥や流れてきた木やゴミ。その撤去が如何に大変かを毎日のニュースが物語っている。田畑の作物、これから寒くなって来るとお鍋に必要な葉物野菜など一旦水が浸かれば使い物にならない。来年も畑が使えるかどうかも分からない。
果物でも台風の風で実を落として使い物にならなくなった映像が心を痛める。
代替えは出来るとしてもその地域のものと同じものは出来ない。
昔、台風で売り物にならないリンゴを大阪でもトラックに載せて売りにやって来ていたことがある。少しでも応援できるならって買っていた人が居たが実際にはそれは被災地域のものでは無くてそう名乗った悪徳商売だったことが分って問題になった。これからそんなのが出てこないとも限らない。
昨日も書いたが幾らかでも還元できるものを返金するくらいなら、その分のお金を被災に回せばよいと思った。コレは実際に被害に合われた方々にも遠慮なく回してもらえるのではないだろうか。こんな少しの雨でさえ気が滅入るのに豪雨や浸水を経験した方々には辛い雨になっている筈だ。

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2019年10月28日

どうでしょうか?こんなのは・・・

昨日、連れと晩飯に出かけた。いつものような元気が無いので聞いてみた。
「どうしたんや、元気が無いな」
「ちょっとな」
「何やちょっとなって」
「実はお袋の実家が千葉県やねん」
お袋さんはすでに亡くなっているがその実家が今回の台風で水害にあった地域の人らしい。
「誰かが住んでるんか?」
「従妹が住んでる」
「そうか大変やったな」
「何とか行ってやりたいけど行けてないんや」
「そうか」
「田んぼも畑ももう無理やって」
「そうか気を落とすなよ」
大体こんな感じの会話だった。前にも書いたが昨年の大阪の台風の被害の時も向こうさんが気にかけてくれていたらしいが、日本は東西にも南北にも長い国だ。
東日本と西日本を分けたらどんなになっているのかは実際に知り合いが住んでいるとかが無いとなかなか分らない。
今回の台風と水害は想像を絶する被害だそうだ。今までの景色が一変するほどだそうだ。
ニュースではその水害の映像ばかりを流すが、映像に映っているところは正直、見栄え?するところばかりで生活するところはもっと悲惨だそうだ。
一度ならず二度三度と水害の追い討ちにもうへとへとだそうだ。折角、ボランティアの人が後片付けに来てくれても泥をかき出して直ぐにまた台風や水害が襲ってくる。一度なら何とかまた頑張ろうと言う気にさせるが続けさまに襲ってくる水害には心も折れてしまうとか。自分の所だけならいざ知らず、周りも皆同じような被害にあっているともう一度一緒に頑張ろうと最初は思っていたそうだが、その気力さえも奪う被害だそうだ。
こちらでは映像でしかその様子は分らないが、実際の事を現場の人からの話や映像を見せられたらコレが我が身に被さったらどんな気持ちになるかは想像だに出来ない。
自然相手と言えここまでやるかとの嘆きが聞こえて来るようだ。
各テレビ局でも○○募金とかをやっているしお店に行けば今回の被害に対する募金箱もあるようだ。今までなら残った小銭を募金箱に入れたりもしたが今やキャッシュレスだのペイペイだのと持ち合わせがなかなか無い。幾らかキャッシュバックがあるのならそれらを募金に回せば幾らかの足しにはなるのではないか。
財布から小銭が出て行くには抵抗があっても同じように帰って来るお金がそちらの方に回るのには抵抗が無いはずだ。どうでしょうか?

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2019年10月25日

いよいよラグビーも佳境に入った

昨夜の雨も結構な降りだった。その雨音に目を覚ました位だ。
コレが被災地の方なら心配で寝られないと思う。折角、蓄積した泥や瓦礫の片づけをしている最中ならなおさらだろう。夜の気温も心配だ、温かくしてとか布団でゆっくりとか言うのは簡単だが、今だに避難所暮らしをしている方々は持病が出ないか、悪化しないか心配は尽きない。
先週でワールドカップラグビーの日本戦は終了したがこれからのベスト4は高校野球でも言うようにベスト4の戦いが一番面白い。どこが勝っても不思議でも無いからだ。
一時的な盛り上がりでラグビー熱が冷めないことを祈る。
ワァッと盛り上がって、サァッと覚める国民性があるからだ。本当の楽しさ、面白さはこれからである。ベスト4まで勝ち上がったのには実力は勿論だが運も引き寄せるからだと思う。一進一退の攻防を期待したい。一方的な試合にはならないだろう。1トライか1ゴール差がハラハラドキドキしてみている方は面白い。(やっている方はたまらんだろうが)。
今年を振り返るにはまだ日があるが、きっと今年の重大ニュースには「水」関係の話が出て来ると思う。台風や河川の氾濫、そして浸水やその対策。来年に迫った東京オリンピック2020、マラソンや競歩の会場が変わるかどうかもこれからニュースになるだろう。まずは今度のラグビー熱が冷めないうちに準決勝、決勝と滅多に見られない戦いを直にこの目で見られる幸せを噛みしめたいと思う。

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2019年10月24日

無い知恵を絞っても もう何も出ないのか・・・

最近めっきりと涼しくなったと思ったらもうすぐ11月の声を聞く。
毎日のニュースで未だに台風の爪跡が映し出される光景には昨年の近畿地方を襲った台風と重ねてしまい、どれほど台風の被害の大小にかかわらず大変かが分る。
屋根にブルーシートを被せた家をあちらこちらに見ていたが足場を組む業者が足りず暫くお待ちくださいと言われる始末。そして屋根瓦も量が圧倒的に不足していてそれに職人さんも不足して居ていつやって貰えるのか不安な日々を送った。
今回の関東から東北地方を襲った台風は去年の近畿地方を襲った比ではない。
何より水害が主な被害で河川の決壊がこんなにすごい事だと分らされた。
日本は平地が少なく山から海にまでの距離が短い。だから急流で尚且つ堤防より低い地域にも沢山の住宅が建てられている。その前の広島豪雨でも山からの急激な鉄砲水で多くの住宅が流される映像を見たが、今回の河川の決壊で一面の水浸し映像には違った意味で水の恐怖を思い知らされた。
大きな川、一級河川だから大丈夫は過去の話。それがもしも決壊したらどれだけの被害が出るか想像すると恐ろしい。
東京だって大阪だって地下街が発達していてそこに水が流れ込み、甚大な被害が生じる。そんな試算もある。
わが国にここは安全と言う場所が無い。何処に居たって天災は襲ってくる。
地震も然り台風も然りそして最近の豪雨も然り。山の方で降った雨さえ何時間かしたら下流に流れて来る。そして途中で決壊したらその周辺の低い土地では浸水してしまう。よく床下浸水、床上浸水とか言うがどちらにせよ浸水したら家の基礎部分からやり直さなければならない。テレビでも言っていたが屋根にブルーシートを張り巡らせていながら家の中でもブルーシートを敷き詰めている映像を見た。そして畳を処分した後床下の泥をかき出してその後消毒をしないといけない。
どれだけの作業がこれからも待っているかを考えたら頭が痛い。
今、急がれているのはボランティアの活躍だが法の整備も急がれる。
災害に強い街をうたっている高層マンション群さえ電気が来ないと全く陸の孤島だ。何千万円もかけてローンを組んでこれから快適な暮らしをと思っていた矢先こんな災害に見舞われては身も蓋もない。命があっただけでも御の字と思っていてもダブルローンが待ち受けている現実を見たらそれも心が痛い。
一体どうしたら我々の暮らしが安心して暮らして行けるのか無い知恵を絞って考えないといけない。

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2019年10月23日

厳粛にそして粛々と執り行われた

昨日の即位礼正殿の儀の様子が各局のテレビで紹介されていた。
内外からの多くの参列があって厳かにそして粛々と執り行われていた。
台風の影響で東京は朝からのあいにくの雨模様だったが丁度式が最高潮に盛り上がったころには雨も小雨になり風も穏やかにそして青空まで見えるようになった。
世界中からの国王や元首が一同に会した様子は世界中に配信された模様だ。
それだけ世界各国の関心が高かったと言うことだろう。世界では日本と言う国をどのように受け止められているかを紹介した番組の中の一部では「ミスレリアスな国」と言う表現で答えていた報道があった。世界で一番永く続く皇室の紹介とその歴史は我々日本国国民より外国での報道がより詳細に報道されていた。
いつからか戦後の教育では政教分離だとか皇室を政争の具にはしないと言った表しがあるが天皇は日本国の象徴だと習った我々世代は些かではあるが今の日本国内の報道には違和感を覚える。このおめでたい政に異議を唱えるつもりは無いが、どこかの党は出席を見合わせるとか、コメントを差し控えるとか折角のお祝い事に水を差すようでは日本国国民としては如何なものか。
我々国民の象徴であると同時に常にこれからの我々が出来ないであろう世界平和を願っての御言葉にはいくら政治がどうの国同士の諍いがどうのを言う前に純粋に世界平和を願われる先代の上皇とともにそれらを継承されると言う強い決意が文の中に感じられたのは心を打たれるとともに新たな時代に入った様に思えた。

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2019年10月21日

明日は祝日なんですよ

昨日は忙しい一日になった。
男子ゴルフの日本オープン、ワールドカップラグビーのベスト4をかけた南アフリカとの戦い、スポーツ好きにはたまらなかっただろう。
よく言われることだが強いものが勝つのではなく、勝ったものが強いのだ。
実にその通りだと思う。明らかに実力差があればそうは言わないが、プロと言われる人がひとたび試合に臨み勝つか負けるかを争った時、運と言うものが大きく左右することは分っている。ゴルフで絶好調でドライバーが芯を食い300ヤード以上ぶっ飛ばしてもその300ヤード先のゴルフボール一つ分のディポットに入ればセカンドショットに大きな影響がある。たとえ30ヤードも置いて行かれた人がフェアウエーから打つセカンドショットがベタピンにつくことさえある。ましてやラグビーなんかはボールが楕円形だからどちらに転ぶか分らない。これこそ運と言わずに何て言うのだろうか。
運も実力の内とも言われるが、運も味方に付ければこれほど怖いことは無い。
スリルがあってハラハラドキドキはスポーツ観戦には付き物だが、体に良く無い事も事実。心臓に悪いのは年寄りにはもってのほか。血圧が上がってそのままってことになったらこまるからだ。
私の後輩の親父さんは大のゴルフ好きだった。そして最終18番のグリーンでこのパットが入れば初の30台、そしてコンペの優勝と言うときに50センチのパットを打つ直前に何と心筋梗塞に襲われた。そのまま最終パットを打つ前に救急に運ばれた。コンペの大部分の人がお医者さんだったのと直ぐに救急処置をしたのが生死の境を彷徨っていながら向こうに行く直前にこっちに引き戻されたとか。
これも「運」だろう。コレがクラブハウスから一番遠いホールで尚且つ医者のコンペでなかったらと思うとぞっとする話だ。
日頃の信心か、いや日頃の行いかは知らないがもしも私の連れたちとのコンペなら間違いなくお陀仏だったろう。人それぞれだが運を天に任せるとは誰が言ったのか、まだ天には任せたくない連中と昨日の夜は遅くまでワイワイガヤガヤやってしまった。4人で飲んでいて明日が休みと知っていたのは誰も居なかったのには驚いた。明日は祝日なんです。

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2019年10月18日

様々な思いがドラフト会議にはある・・・

昨日はプロ野球のドラフト会議だった。
ドラフト会議と言えば毎回思い出すことがある。それは何年か前のドラフト会議であの桑田、清原の時の事である。当時私は大学病院の助手でその日は宿直で昼から連れとゴルフに来て居た。それもPL球場の横のゴルフ場。ゴルフをしての帰りにタクシーに乗って駅まで行こうとしたらそのタクシーの運転手さんが何やら様子がおかしい。後で聞いたらその年のドラフトは清原が巨人、桑田が大学進学と大々的に報じられていた。世間もその通りだと誰もが思っていたが開けてびっくり玉手箱。
桑田を巨人が指名して獲得し清原は西武へ。そしてあの伝説の西武優勝の時のファースト清原の男泣きがあったのだ。昨日の会議でも1位指名はほぼ予想通りだったが隠れ1位とかドラフトの4位、5位クラスになると本人さえ、周りさえ知らずにいきなり名前が出てびっくりすることもある。そりゃ人生を賭けたドラフトでプロになれるかどうかだ。びっくりもするだろう。そしてコレが終わって日本シリーズが待っている。そしてそれが終われば来季の構想外の選手による生き残りをかけた戦いの映像をテレビでやる事だろう。ドキュメンタリー風に仕上げているが家族の人生を賭けた様子を見ていて誰が楽しいのだろうかといつも思う。まだ小さな子供のいる家族などを追いかけて、どこか拾う球団があればまだしも、結局は何処にも声のかからない選手も数多くいる。引退試合をしてもらえる選手は一握りのまた一握り。
ドラフト1位だと言っても即、活躍出来るわけでも無い。何人も1位指名を受けても活躍できずに去って行く選手がいる。誰かが言っていたが勿論プロでやって行ける選手は一握りだしそこから1軍に行ける選手も一握り。人数の枠に入らなければ何にもならない。1軍に居ても試合に出れる選手もましてレギュラーになれる選手、そう考えると実力の世界だが運も大きく作用する。怪我に泣かされる選手もいれば怪我にめっぽう強い選手もいる。身体が資本のプロの世界、自分の身体にどれだけお金をかけてケアするかにかかっている。
我が家の前に子供の頃にバッティングセンターがあった。小学生時代だと思うがそこの子は私の一つ下、よくただでバッティングセンターを利用させてもらっていた。一つ下の子は女の子だったがその子の下に弟がいて私と仲良しで一緒にバッティングを教えると言う名目で暇な時に利用させてもらっていた。
軟球でそれも一番ゆるい球のゲージに入って打たせてもらっていた。確か2~3年しかやっていなかったがその子はその後中学高校と野球部に入り大学の時には東京六大学で活躍する選手になっていた。プロには行かなかったがドラフトにはかかっていた。いろんな思い出が交錯するドラフト会議、一人の若者の人生がかかっていると思ったら、外野は面白おかしく見るわけにもいかない。
あくまで本人の努力次第、あのイチローさえドラフト1位ではなかったのだから。

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2019年10月17日

本日は初っ端からトラブルでしたが無事解決 感謝

今朝、ここのブログが開かなかった。
何でもメンテナンスで午前9時頃まで閉鎖されていた。
9時になっても接続できませんと言うメッセージが出てうんともすんとも出来なかった。午後になっても接続不良で原因が分らなかったからGUPPYの方に電話をかけた。その前にメールで送ろうとしたら何故かここもエラーが出て送信できないでいた。結局は電話が一番早いと思ったので直接電話をかけた。
丁寧な対応で原因を探してもらったら、URLの一文字が多いだけだった。そりゃドット一つ違っても相手に送ることが出来ない。便利と言えば便利だが、不便と言えば不便だ。
結局はメールのやり取りが出来ないと言うことで直接電話をかけてみた。
こんな初歩的なことでこのページが開かないなんて初心者の私ぐらいか。
オヤジのパソコンってこんなものだ。他の方法が出来ない、ちょっとした専門用語も理解できない。でも根気よく、本当に根気よく付き合ってくれて何とかページを開くことが出来た。
本当に本当にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。お付き合い願った○○さん(女性の方)ありがとうございました。

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2019年10月16日

今からでも遅くは無い 早急な対策を・・・

日増しに台風被害の情報が入って来ては今回の台風の爪跡があからさまになって来た。昨今の情報は正確さを増し、危険避難となれば自分の身は自分で守るの法則通りいち早くそのような行動をとるべきだったと被災者皆が言っている。と言うことは実際に被災してみて初めて分ることだと思う。あまく見ていたわけではないだろうが、「まさか私が」と言う考え方が今となっては間違っていたと言うことだ。
誰でもそうだろう、「まさか私が」はだれだって思い得ることだ。
しかし自然の猛威をあまく見ているわけではないにしろ、一旦起こってしまえば後の祭りだ。偶々今回は免れたが次回はどうかは分らない。例えば車にしろ、まさかここまで水がつくとは思いもしなかったと被災された人は言う。川から何百メートルも離れているから大丈夫は東日本の震災の時にも同じことが言われた。念には念を入れよの言葉もあるくらいだ。
いつもは台風=沖縄や九州地方のイメージだがその地域には今までの蓄積された経験と知恵がある。まさか海なし県の長野や山梨で河川の決壊による浸水被害が起こるなんて誰が予測しただろう。でも起こってしまうのだ。今朝の新聞の記事で、幕末の動乱を経て明治政府が進みだした時、国土は荒れ果てていた。各地で河川が氾濫し、そこに招かれたのがオランダの土木技師だ。30年にわたって滞在し主要な川を巡って河川改修を手掛けたが、その時の感想が「日本の川はまるで滝のようだ」山から海までの距離が短く平地でも欧州の様にゆったりと流れる川が少ないと言うことに恐れを抱いたと言うことだ。そこで考えられたのが堤防を強固にすることだった。しかしその当時はこれほどの雨量を想定しては居なかった。
我々の住む町の地形は変えられない、だからより強固な堤防を早急に造らねばならない。

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2019年10月15日

忙しい週末だったが良い事も悪いことも・・・

先週末から台風にワールドカップラグビーと忙しい週末だった。
翌日のニュースで堤防決壊などのニュース、テレビ画面に映る一面の水没に川の氾濫映像。これまで酷いとは思いもよらなかった。30数年前に奈良県でも水害があって水に浸かったことがあったとここでも書いたが、連れのマンションは2階でそこまでゴムボートが来て居たと言っていた。1階は完全に水没、その時の水面の高さに水平に色の変わった線が未だに残っている。同様に隣のマンションの1階も水没したが連れのマンションは床から水平に線が付いているのがお隣はやや斜めに線が付いている。と言うことはお隣のマンションは少々傾斜が付いていると言うこと。何度もこの話を聞かされた。それはマンションが斜面に建っていることでは無いかと言うと「いや違う、ウチのマンションはまっすぐに立っているが、お隣は・・・」と必ず言う。
どちらにせよ水没したことには変わりないと言うと、「ここは大事なところや」と言い返す。水が引いた後の泥の清掃は半端ないそうだ。乾いた後の泥は風が吹くたびに細かいほこりのような砂をまき散らしマスクをしないと喉をやられるとか。
今回でもまたしばらくするとボランティアの活躍が話題になるだろう。
そのボランティアに行けない人が募金に行くか何かしらのお手伝いをすると考える。
日本でもボランティアと言う活動がそろそろお馴染みになって来た。今回も釜石でラグビーをする予定のカナダやナミビアの選手が被災地のお手伝いをしてくれたと一斉に報じた。しかし彼らの国ではボランティアは特別な事ではなくて困っている人がいれば誰でも手を貸すなんてことは当たり前の事だ。今までの日本はお金を出せばいいとか、援助の物資を送ればいいと思われがちだが人的なことが必要なことがいくらでもある。やれる人がやればいい、出せる人が出せばいい。
今回の台風で思ったことはもしもではあるがこんなに簡単に堤防が決壊したらそこの下流はひとたまりもないと言うことだ。我が国はどこの川が決壊しても甚大な被害が出ることが分った。その教訓を生かして一刻も早い復興を願ってやまない。
来年はオリンピックもあるしそんな時に今回のような台風でも来ればひとたまりもない。雨降って地固まると言うがこんな雨はもうこりごりだ。
そう思えばやはり日頃からの災害に対する意識と言うことが何より大事だと学んだ。今回も停電が起これば何も出来ないことが分ったし、水が無ければ生活できない事も分った。世界中が注目していたあワールドカップラグビーが別の意味で今の日本の状態を世界中に発信していくことになったのは何か皮肉なものだと感じてしまった。ベスト8に入った日本の選手が口々に被災した人の為だとか、力を貰ったという言葉を聞くたびに日本人に生まれて良かったと思った。

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2019年10月11日

どっちやねん・・・

一昨日、いつもは携帯の充電をして眠りについていたが、何らかの原因で携帯の充電が十分に出来ず朝そのまま持って出た。そして普段通りメールのチェックをしようと思って画面を見たら残量が10%しかなかった。これでは1時間も持たない。
案の定10時頃には充電が切れて携帯電話が使えなくなった。
慌てた、そりゃ今の携帯には相手の電話番号も入っていて開くこともできない。
まぁ普段は私の携帯に電話をかけて来る奴と言ったら数名あるかないか、でもこちらからかける相手の電話番号もこの中に記憶させている。全く故障ではないがただただ充電で来て居ないだけだが、それでもどれだけ携帯電話に日常の生活が浸食されているかだ。
私は音楽も聞かないし、ゲームもしない。専らニュースを見たり調べ物をする位だ。
だけど相手に電話をかけるのもほぼ昔の様によくかける相手の番号を覚えることも無くなった。学生の頃、お付き合いをしていた彼女の電話番号なんか忘れようとしても忘れられないほど毎日のようにかけていたが何がどうしたのか、間違って自宅にかけてしまった。それも公衆電話から。その時偶々親父がいて「もしもし」電話をかけたら親父が「何や、今お前家に居ったんと違うのか?」と言われて焦って電話を切ったのを思い出した。家に帰って親父から「オマエ何処に電話かけてるんや」と言われて変な汗が出ていた。そんな時代から今や各自が1台や2台、人によっては3台くらいの携帯を持ち歩いている。代診の先生などスマホ2台とガラケー1台を上手に使いこなしている。そんなに要るのかと思って聞いたが何でも「仕事用」「プライベート用」「その他」だとか。いろいろと説明をされて何となく納得はしたが気になることが出てきた。私の携帯は何処に分類されているのだろうか?今、私の机の前にその3台の携帯が並んでいる。代診の先生が診療中に一度鳴らしてみたい衝動にかられた。そして私の携帯を鳴らした。さてどれが鳴るのか、
マナーモードにされているし裏返しに画面を下にしておいてあるので分らなかったが、私が電話をかけた時に同時に2台の携帯が振動した。オイオイどっちやねん、
2台のスマホがタイミングよく同時に振動した。その後私も診療に入ったので最後まで聞くのを忘れてしまった。いったい私のはどっちやねん。

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2019年10月10日

やれやれ・・・

連日、台風の話題で申し訳ないがもう少し言わせてもらう。
気象庁が異例の三日前の発表だとか。それくらい今回の台風は十分な注意が必要と言うことだろう。前回の時もそうだったが鉄道各社が計画運休なるものが行われて不便ではあるがこちらも対策が立てやすかった。間引き運転など事前に掲示されていた所は混雑はすれど混乱は少なかったように思う。
日本人特有の几帳面な性格のせいで、尚且つ日本の鉄道は時間通りに運行されていると言うことも相まって5分、10分遅れただけでどうのこうのと外野は煩い。
只今は各列車がそれらによって管理されていて何処何処の線が事故や何かで遅れが出ると関係のない?線が影響を受けるようになっている。それらを管理している指令室は大変だろうと思う。車の様に「お先に」が出来ない鉄道。線路を「お先に」は無い。
だから前の列車が送れていれば当然、後の列車も遅れることになる。
況してや運行上何処かの駅で列車を切り離さないといけないなんてことになると、当然「お先に」なんてありえない。
その点車の場合、「緊急車両が通ります、道を開けてください」がある。
車は横に避ければよいが列車はそうはいかない。
今回の台風では前回同様に間引き運転がされるのだろうか。
大阪は直撃が無くても警報が出れば診療はどうする?そんな話が昨日女の子から出た。患者さんを入れるのか、日を変えて貰うのか。そんな話を女の子がして来た。
でも結論は、「そうか、土曜日ですもんね 私たちは元元休みだったわ」だと。
おいおい、それはワザとか?いや確信犯か?最近はそんなことにも疑いを持ち始めている私がいる。今日、明日中に結論を出しますと言っておいた。

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2019年10月09日

今回の台風は今まで以上に注意が必要

今朝の大阪の空は晴天、気温も丁度良い。しかしこの週末に今年一番の台風がやってこようとは思いもしないだろう。
テレビでもネットニュースでもこの台風の話題が一番に出てきている。
今年は何度も台風の被害が云々と出ていて、もう飽き飽きしている方も多く居ると思うが、もう一度備えには万全を期してもらいたい。最初の予想進路より少し東側に逸れているが風速65メートルは前回の台風に匹敵するかそれ以上なんだと聞くと、未だ復旧途中の地域の方々は気が気ではないはずだ。昨年は大阪も大きな台風に見舞われた。屋根瓦が飛んだり車が横転したり、関西国際空港が高潮で浸水したりとやっとその爪痕が消されかけての矢先に今度は千葉で未だに停電して居たり道路も寸断されていたりと台風の爪跡が残ったままだ。
毎回台風と言えば沖縄地方が一番に映し出されるがここの地方の方々は毎年の事で少々の事では驚かれたりはしない。我々関西も滅多に上陸をするような台風はやって来ない。しかし近年は列島に沿って縦断するような台風が毎年のようにやって来ては爪跡を残していく。
今はワールドカップラグビーで多くの外国の方々が来日されている。ちゃんとホテルを取られている方もいればチケット一つで来日されて観戦の時以外は各地を回られている方もいると聞く。台風に慣れていない海外の方々はきっと初の台風には驚かれることだろう。車もひっくり返る風や雨にどんなに恐怖を感じるかと思えば気が気ではない。
出るに出れない状態、行くに行けない状態こんな事が毎年の日本で起こっていようとは思いもしないことだろう。
いつも言うが今日明日はまだ準備が出来る時間がある。しかし土日になれば出歩けなくなるだろう。何かあってからでは遅い、何も無ければ笑って済ませることが出来る。もう一度こんなに早くから台風の情報を出すと言うことは今回の台風が如何に強くて各方面に影響が出るかもしれないと言うことだ。
しかしこの土日には各方面で運動会やイベントが目白押しなのに、そんなのお構いなしに台風はやって来る。少しでも逸れてくれて被害が少しでも済むことを願ってやまない。

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2019年10月08日

気が気でない、運を天に任せるのはちょっとねえぇ・・・

またまた今週末、大型の台風がやって来るらしい。
どうして週末にこうも当たるのか、そして今週末はあちらこちらで運動会などの行事が目白押しだ。日曜日、月曜日と連休が続くからか順延でも何とかやり切りたい思惑が見え隠れする。
確かに中止は今まで練習して来た子供たちには酷な話だが、それ以上に気を揉んでいるのが父兄や先生たちだろう。折角の練習の成果を皆に見て貰えるチャンスが無くなるのは辛すぎる。
最近は昔程、場所取りの為に夜中から園の門の前で並ぶことは無くなったそうだが、一時は何組かの誰かが順番で少しでも良い場所を確保しようと前日の夜から園の門の前で並んだそうだ。そこの園長先生が言っていたが、前日の準備を深夜遅くまでしていて園を出ようとしたら門の前で人影が、怪しい人かと思って警備会社に連絡をしたら何と園の父兄が場所取りの為に夜中から並んでいたとか。そこまでして我が子の姿を少しでも良い場所から撮ろうとする親の姿。そんなことがあってからはそこの園は抽選方式をとったそうだ。早くから来ても遅くから来ても抽選なら皆平等だから文句も出なかったそうだ。
一時期私の自宅前の中学校のグラウンドで近所の幼稚園の運動会があった。そして広いグラウンドで行われたため順番取りは起きなかったが、昼食時にお弁当の代わりに宅配のピザ屋さんがピザを配達に来て居たそうだ。一部の親が頼んだんだと思うが時代なのかあきれてしまったとか。それ以来宅配の運び込みは禁止事項に入っていたそうだ。
我々の時代の事を言うと笑われそうだがこんな運動会の時しか目立たない子がいた。
勉強はからっけしダメだったが、運動はずば抜けて出きる子だった。そんな子がヒーローになれる唯一の機会がこの運動会、誰もがコイツに憧れて凄い凄いと褒め称えた。そいつも日頃はアホとか言われていてひねくれてもいたがこの時とばかり自分をアピールする機会だった。そいつが今の連れの一人だ。
ただこいつの凄い所は自分を知っているところか。「自分はアホやから」がコイツの口癖。本当のアホは自分がアホとは認めたくないものだ。その点こいつはそこを上手く利用してアホを売りにしている。だから誰からも愛される人気者だ。
そこは本当にアホかどうかは分らない、演じているだけなのかとも思ってしまうが皆がそう勘違いさせるところが凄い所。だが私は本当のこいつを知っている。
本当の所は・・・実は・・・
ただのアホでした。と言うことにしておこう。

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2019年10月07日

コレが秋を迎える大事な吉祥・・・

先週末にかけてだんじり祭りが各地で執り行われていた。
岸和田のだんじり祭りは有名になったがあれは言わば浜側の祭り、元々五穀豊穣を祈った山側の祭りが各地で行われていた。このだんじり祭りに命をかけているものがいかに多いか、大人も子供も。まぁ子供は大げさだけれどいい歳をした大人が年に一度この時期に子供に帰るのがこの祭り。仕事も何もあったもんじゃない。
それに昔からこの地域に住んでいてそのまま大人になったものにとっては地域の青年団は大人になるためには通らなければならない大きな関門。やんちゃな子供も、ちょっとぐれ掛けた子供もこの祭りを通して規律を守ると言うことを教えられる大事な機会でもあった。小さい子が法被を着て女の子は頭のセットをして一緒に走る姿は見ていて可愛いものだ。
ただこの日を迎えるにあたって、ずっと前から準備はなされる。笛や太鼓の音が聞こえて来るとそろそろ祭りの季節がやって来たと思えるのだが、早い所では夏前からそろそろ始まり最初は何となく聞こえる程度だったが9月に入れば毎晩それが聞こえて来る。地のものはそれが当たり前だが、他所から来たものは中々馴染めないでいる。
町々には祭りに寄付をする風習があってその金額を書いた看板がよく見えるところに立てかけられている。連れの地域では親戚が多く住んでいる地元の名士?なんだそうだがその寄付もバカにならない。そこの大小がその地元の力関係を表している。100万円何て額も見えるが、それでは「ケチりよったな」と言われる始末。
一番多い時で300万円なんて時もあった。
だんじりが一台1億円するところもあるとか、そんな祭りに熱を上げるのは仕方がないのだろうか。笛や太鼓の音が聞こえるたびに血が騒ぐ、そんな気質らしい。
迷惑なのはそれが道路を横切る時だ、信号2~3回は待たねばならないからだ。
町、町でだんじりが通る宮入などに出くわしたら10分か15分は通行止め。
抜け道に入ろうものなら人人で余計に時間がかかる。
そんな季節になって秋も一層深まりを見せる、そしてそれが終われば夏の空気も秋の空気に変わり冬支度へと変わって行く。
今年はそれすらできない地域もあるとか、自然災害に見舞われた地域の人たちにはこれからの復興に向けて大事な時期になる。日本全国でお祈りしています。

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2019年10月04日

腹をすかせてはいまいか・・・

昨夜の雨は凄かった。雷を伴った雨で部屋の中に居てもその凄い雨音で目が覚めた。
あんなに雨が降ると分っていたら庭の水やりも控えめにしておいたのに。少し残念。
そんな事もあって最近我が家の回りに野良猫が何匹か夜中に鳴く。時間は決まっていないが大体夜中の11時から12時の間だ。そして夜明け前の午前4時前後か。
何故この時間だと分るかと言えば夜中にトイレに起きる時間だからだ。窓を開ければ確認できるがセコムが入っていて窓を開けれない。わざわざ解除をして見に行くつもりもない。しかし鳴き声は聞こえる。可哀想だがどうしようもない。
そしていつもの診療所の近くのパーキングにも朝、ハトやスズメに餌をやる餌やりおばさんが居る。自転車でパーキングを斜めに横切るのだがその時に素早くお米をばら撒く。そして出口の所にある立て看板の下に猫の餌を置いて行く。その時間きっちり6時丁度か5分の間。雨の日は来ない。
私は6時前にその駐車場に着いているが12時間いくらの駐車場だから車を停めるのにも注意が必要。大体6時15分から30分の間に駐車することにしている。
診療が終わるのが6時だからだ。最終の患者さんがもしも新患ならば6時半を回ることもあるのでその時は仕方がないがほぼ最終患者さんの時間が6時として出て車を出すのに5分とかからないのでその時間に駐車することにしている。きっちりと精算機のレシートに入庫時間と出庫時間が印字されているので私にとってのタイムカードだ。
ほぼ同じ時間に毎日停めていることになる。だからその餌やりおばさんにも毎日会うが言葉を交わしたことは無い。でも毎日、雨でなければ餌をやりに来る。
最近は野良犬は見かけなくなった。私の子供の頃は保健所の人が野良犬の確保に網のような先の付いた棒で野良犬を捕まえる姿が時々見られた。でも最近は野良犬はほぼ見かけない。と言うか見かけたことが無い。でも野良猫はと言うと時々見かける。これまた誰かが餌をやりに来るのだろう、良く集まるところは張り紙がしてある。「この付近で野良猫に餌をやらないで下さい」と。でも追いかけっこだ。
態々その張り紙をしている下に餌が置いてある。誰かが餌を置いて行くのだろう。
そんなこともあって春先の一時期は恋の季節にはあちらこちらで猫の鳴き声がする。甘えたようなそれでいてライバルが現れた時の威嚇の声、そんな声を聞きながら想像がかきたてられる。
なにわともあれ、昨日の豪雨では流石に夜中の餌やりは無かったのかと思われる。

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2019年10月03日

私が敏感なのか・・・

昨日の午後診、途中でトイレに行った時に待合を通らずにスタッフロームのドアから外に出た。そして用を足して戻って来た時に患者さんが待合に座っておられた。
挨拶をしない訳にはいかなかったので玄関のフロアーの上がり框の所で挨拶をした。
???何かおかしい、何だこの臭いは?フロア-マットが敷かれているところが怪しい。挨拶が終わって患者さんは診察室に入られたがもう一度スタッフルームから入って待合室に入ってみた。何か臭う。その患者さんが終わって帰られた後もう一度今度はソファーに座ってみた。今度は何も臭わない。あちらこちらに座ったが同じことだった。と言うことは上がり框の玄関マットか?
いちいち鼻を近づけるわけにもいかなかったので受付の女の子にも来て貰い「何か変な臭いがしない?」と聞いてみた。女の子は「いや、別に」だと。
もう一度スタッフルームを出て玄関のマットの所に来てみた。やはり何か臭う。
確か2~3日前にダスキンがマット交換に来て居たはずだ。まさか誰かが犬のウ○チでも踏んづけていたのか?いろんな発想が頭をよぎる。中の女の子にもここに来て貰って臭いは❓って聞いてみた。今度は「何か臭いますね」だと。やはり私だけでは無かったのだ。その時には分らなかったが近所のコンビニまで出かける時にその原因は分った。診療所の前の街路樹の銀杏だった。この時期、葉はまだ緑で若干黄色味かかった葉もあるが黄色の実がなっている。そしていくつか落果してその実を車が轢いてあのような臭いを発している。そしてその道路を横切って来られた患者さんが靴の裏にその実?が果汁を付けて来院されたのだろう。
以前も同じような事があって思い出した。この季節は必ずこのような事が起こっていた。エレベーターのマットにもその痕があった。この調子で行けばあと半月か10月いっぱいは完全に落果するまで気をつけなければならない。
汗臭い季節が終わったと思ったら、今度は銀杏の匂いに暫し悩まされる。
私が敏感なのかそれとも・・・

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2019年10月02日

ジキルとハイドか

いよいよ10月1日が過ぎてテレビや新聞で消費税の増税に関する混乱ぶりが相次いで報道されていた。これからは少しづつではあるが修正されて行くのだろうが初日はこんなものかという感想だ。日常生活に必要なものを買いだめしてトイレットペーパーやティッシュなどを買い求める姿が映し出されていたが我々庶民が出来るのはそれくらいだ。例えその光景も後々面白おかしく流されるのだろうか。
キャッシュレスと言われても年寄りにはなかなか馴染めない。昨日のテレビの報道の中でこんなのがあった。お年寄りの多い町では未だに現金商売の方が馴染みがあるのか便利なのか皆さん現金で買い物をされていた。スマホ決済何て夢のまた夢。
カード払いも、交通系のカードも持ち合わせていない。そんな皆さんの楽しみは買い物だろう。その買い物をより複雑にしているのが今回のややこしい8%だの10%だのそれで買い物の楽しみを半減するかは知らないが、これからきっといろんなところで問題が出るのは必至だ。一律に同じ税率にした方が混乱は少ないのは目に見えているがそうしたら不公平だの意見が出るのが怖いんだろう。
確かに消費税は国民全員が絡んでくるから取った取られたではなく平等に納めることが出来る。相続税や法人税などは誤魔化そうとすればいくらでも誤魔化せる。
だから毎年の脱税の額を聞いたら恐ろしい位の額になっている。そしてそう言った脱税に関わった人の言い分は全て「見解の相違だった」で済まされる。
私の周りにもそう言った見解の相違で追徴されたものが何人か居るが全く悪びれた様子は無い。悪びれるどころか、「何でうちが?」と思っている。
言っちゃあ悪いがそんな奴らは悪知恵が素晴らしい。どうしてそんな発想になるのか我々庶民には分らない。食べ物屋での伝票のごまかし、売り上げのごまかし、昔はそれで誤魔化せていたのが今や税務署はそんな甘いものではない。
必要経費として計上している領収書も誰々との会食、誰々との経費と勝手なことを言っているが本当は家族での食事に勝手に会食にして領収書を貰っている方も何人か知っている。個人で乗ったタクシー代も誰々を送ったことにして計上している人もいる。収入も無いのに経費がやけに多いと怪しく思われるそれは当たり前。
でも中には全くと言っていいほど経費の領収書が無いものも居る。
正直者がバカを見るのが今の世の常。そんな事はあってはならない。こんな事を書きながら我が身を振り返って見たら、そんな大きな口を叩くなと心の中のもう一人の私が言っていた。今日のここに書いた文章は心の中のもう一人の私が書いたと思って下さい。

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2019年10月01日

10月1日に思うこと

いよいよ10月が始まった。いろんな意味で消費税の増税を含め軽減税率などややこしい説明が不十分のままスタートすることになった。店内で食べるのか持ち帰るのかで税率が変わる、何で同じ税率にしないのか不思議でならない。
そもそも嘗ては福祉に使うからと大見得を切ったのに、一向に庶民の暮らしは良くならないし、一部の大企業が儲かってはいるがそんな恩恵にはそこの社員も与かっていない。内部留保が貯まりに貯まり、その上株主にさえ恩恵が少ないような会社は優良企業とは甚だ言いにくい。しかし今回の増税の話が出た時に政権与党は選挙で民意を得たとばかりどんどんと進んでいった。これでいいのか?寄らば大樹の陰のごとく、反対意見を言うことさえ憚られた。だから一向に政治が動かないのだ。
安定した政治は大事だがこと生活に直結する今回の増税には些か文句も言いたいが所詮言ったところで何が起きようか。政治にしろ経済にしろ我が身を預けている以上、我々庶民にマイナスになる様なことをしようとした時には誰かが断固反対の旗を振らねば。
最近のニュースでもいろんな意味で危機管理が出来ていないと思っている。
災害が起こった時の自衛隊派遣を要請するのに反対派の意見が入って時期が遅れたら被害が何倍にもなる。よく自衛隊は軍隊か?などという議論が出ているが我々庶民にとって軍隊か否かは問題ではない。国を守る組織と言うことで良いではないか。
外国から攻めてこられて誰が守る、大きな災害が起これば誰が守る。日頃から訓練を積んでいる組織が我々の生活を守ってくれるのではないか。
誰も自衛隊を美化するつもりは無い。警察だって自衛隊だって強いては公務員たるものの思うところは庶民の味方でなければならない。
話はどんどんと思っている話にはならなくなったが10月1日になって今年も残りが3か月、もうそんな時期になったことがいろいろと考えさせられることとなった。
今年は天皇が即位された記念すべき年、そして来年はオリンピックも控えている。
日本の国民で良かったと思うのは海外旅行をした人が皆が等しく思うことだ。
今の安寧な暮らしをしているからこそ、海外の平和を願いわが国の平和を願ってやまない。今行われているワールドカップラグビーの結果に一喜一憂しているが海外では日本のおもてなしや安全神話を発信している。如何に我が国が安全で安心できる国なのか一部の国を除いては大いに伝わったことだろう。

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