2019年12月27日

今年もあと4日

押し詰まった年の瀬、って言う言葉が聞こえてきた。
診療は明日までだが女の子たちは今日が仕事納めだ。
昨日、昼から時間があったので女の子と棚卸と待合室の本の整理をした。
前にここでも書いたがそこの医院の趣味が待合室の雑誌に出ると言った事がある。
院長先生の趣味がゴルフならゴルフ雑誌、釣りが趣味なら釣り関係の雑誌、漫画好きなら漫画本が並ぶ。当医院も週刊誌は溜まってしまって始末に困るので週刊誌は置かないようにしている。その代わり漫画はゴルゴ13しか置かない。子供の本も1年に2~3人しか来ないからアンパンマンの子供向けの本が2冊くらいか。
それでも気が付けばゴルゴ13も20冊以上あるし車の本や釣の本やゴルフの本は殆どなくなってしまった。
連れに一昨年より新聞を捕らない奴が居て言われたことがある。「古新聞が溜まらなくて清々するわ」って。しかしいざというときには古新聞も役に立つ。だから年に2~3度は「オイ、古新聞を持ってきてくれ」だと。購入しないから新聞も溜まらないが掃除やガラスものの割れた時にそれに包んで処分するのに使うそうだ。
新聞が無くてもネットニュースで情報は仕入れられる。そう言って憚らない奴だ。
年末のこの時期に毎年女の子から「先生コレ要ります?」「コレ処分します?」と矢継ぎ早に問いかけられる。しかし答えは決まって「年末にゆっくり考えるわ」だ。
明日が診療の最終日だが、毎回ここで書くが31日の大みそかに来院される患者さんが居てその日にしか来られない患者さんだから私の場合最終診療日は大晦日の31日になっている。今年もアポイント帳の31日の昼からの欄にその方のアポが入っている。
毎年なんで土日だろうが関係が無い。働き方改革で元旦営業が無くなった所もあるがサービス業に祝日の休業はどうだろうか。当医院の患者さんで鮨屋の大将が要るが年末年始はかき入れ時だと言っていた方が今年の年末と正月をあえて休みにすると言う英断を下したと言っていた。どうしたのかと聞いてみたら答えはこうだ。
あえて休みにすることで従業員の士気を高める狙いがあるとか。何でも全店一斉休業ではなく部分休業で空いている店へお客を誘導するんだそうだ。それでは従業員の休みにはならないのか尋ねて見たら、本人の意思で休むかどうかを決めたらいいと言っていた。そうしたらほぼ全員に近い数が休むより働く方を選んだとか。
コレは大将の作戦勝ちのように思えてならない。こんな方法で働く意欲をかきたてられたら従業員はたまったものではない。

ページの先頭へ

2019年12月26日

どっちや ボケているのは・・・

如何でしたかクリスマスは?何の変化も無いクリスマスでした。
流石にケーキは連れが買って来たのを食べましたが今流行の「おひとり様」でした。
要はホールケーキではないいつものショートケーキ、モンブラン、アップルパイ。4個入りの箱に3個入っていて空いたところに保冷材の入った侘しい?ケーキでした。
紙袋のそこにレシートまで入っていました。夜遅く買って来たんだろうと分るレシートにはその時間と割引○○%の文字まで。でもケーキには変わりはないので有難く頂きました。
今朝、家を出る時にまたまたひと騒動がありました。いつも出る時にはセコムの解除をするのですが、はっきりと言える事はちゃんと解除ボタンは押していました?筈です。それなのに勝手口の解除をしたはずがドアを開けた途端にブザーが鳴りました。
すぐさま解除を切るための操作をしましたが一瞬遅くセコムから「大丈夫ですか」の電話がかかりました。これで何度目か?今回のは今までで一番早い電話連絡でした。
ちゃんと解除ボタンを押したのに何で?が頭から離れません。押し間違い?違う場所の解除?様々なことが頭をよぎりました。
高齢者の車のペダルの踏み間違いが頭をよぎりました。
自分はちゃんとしているつもりでも、このように間違いが起こってしまう。
こうした間違いは誰でも起こりうる、勝手にそう思ってしまいました。
誰がこんな間違いをしようと思うはずもありません。がしかしこんな事が起こってしまうのです。まだ直ぐに訂正できるから良かったもののもしも解除の暗証番号を忘れたり手順を間違えばどうなったことでしょう。家人に認知だとバカには出来ません、自分もこうした間違いを起こしてしまうからです。
連れにこの話をしたらそいつはこう言っていました。
「オレは皆に何か変わったことを言ったら直ぐに言ってくれって」
「変わったこと?」
「そや、いつもと違うことを言ったりやったりしたらや、頼むで」
「・・・」
「オマエにも言っていたはずや」
「・・・」
「そうやろ、言っていたはずや」
「いや、この話初めて聞く話やで」
「・・・」
さてさて何方がボケ始めているのか、お互いを疑ってしまいました。

ページの先頭へ

2019年12月25日

如何でしたか?

昨日がクリスマスイブ、今日がクリスマス、何だか二日クリスマスがあって得をしたと連れの子供が昔私に言ったことを思い出した。このイブと言うのが馴染みが余りない言葉で「イブとは祝祭日の前夜の事を指す」言葉だそうだ。
しかしクリスマスイブしかイブとは言わないみたいだ。○○イブ何てクリスマス以外知らない。
昨日も書いたが女子の3大イベントにこのクリスマスがある。他にバレンタインデー、そしてバースデー。これらは勿論祝祭日ではないからイブ何て言わない。
まぁ何にしろ昔程のバカ騒ぎをすることも無く、家族でケーキ団らんか最近は「おひとり様」のケーキだとか、プレゼント交換も貰って嬉しいものより『自分へのご褒美』が定番になりつつあるようだ。
我々がバブルを経験したころには、飲み屋のパーティー券をむやみに買わされて仕方なく行きたくもない飲み屋に行ったり、そこの女の子にはプレゼントだと言って鞄うあ財布を買わされたり、その鞄や財布がそのまま質屋に流れて行ったり、そんな思い出しかないクリスマスだった記憶がある。
今の若い子はどんなイブを楽しんでいるのか少々興味があってウチの女の子に何となく聞いてみた。
「君らは今日のイブ予定は?」
「はい、ありますよ」
「ずっと前から予定入れてます」だと。聞くだけ野暮だった。
我々の頃の定番と言えば勿論、ドライブデート、ホテルでのディナーが殆どだった。でもそこにもランク付けがあって、○○ホテルか**ホテルが最高ランク、次は云々。ディナーショーもそうだ。芸能人の稼ぎ時。24日が一番のメイン。
その前後がその次のランク。我々の頃は15000円か20000円が最高ランクだったが今や50000円60000円が当たり前になりつつある。
もうこうなると若い子たちには無縁の世界か。お金を持った芸能人の追っかけのおばさん達に占領されかねない。
どっちにせよ私には関係のない世界の話。皆さん良いクリスマスイブをお過ごしになりましたか?いかがでしたか?

ページの先頭へ

2019年12月24日

私は意地悪爺さんで結構で~す

今日はクリスマスイブ。
女の子に聞くと女子の三大イベントの日がクリスマスイブ、バレンタインデー、そしてバースデーだそうだ。
昨日、帰りがけに女の子の一人に「先生、明日の最終の患者さん○○さんですよ」と言われた。「それがどうした?」と聞き返した。「○○さんはいつもギリギリに来るか、無断キャンセルがある人です」だと。今日はイブだし、コイツきっとデートかな?と思ってしまった。そして今朝来てアポイント帳を見たらいつもの最終時間のアポから15分繰り上げて書いてあった。益々怪しい。でも時間内だから何とも言えない。こんな大イベントの日に○○さんが最終患者だときっとこの子は心ここにあらずだろう。別に時間外で来るとは言っていないから拒否できない。それによくよく見て見るとその前の患者さんから30分空いている。この時間に片付けの一部をして、掃除の一部をするんだろうか。いろんな事を考え乍らアポイント帳を見ていたらその○○さんから電話があった。「先生、すみませんが今晩のアポイントの変更をお願いします」だと。「ハイ大丈夫ですよ」と答えて変更をしてあげた。ただアポイント帳には変更の印は付けていない。きっと印を付けるとウキウキして仕事にならないか、逆に早く終わるために頑張るか。どっちにせよ午前中は言わないで様子を見ようと思う。
意地悪なことかもしれないが偶々朝に私が電話をとったことでキャンセルが分った。この人は私の携帯番号を知っている。こちらの方に電話をかけてきたことにしようか。いろいろ考えたら私にとっては楽しいクリスマスイブになりそうだ。
だから言われるんだ。意地悪爺さんって。結構ですよ意地悪爺さんで。

ページの先頭へ

2019年12月23日

毎年の年末の風景と言えば・・・

昨日の日曜日は昼すぎからゆっくりできた。
日曜日の午後5時からは毎週マッサージに行っていたが先々週から都合が合わず行けなかった。そうしたら人気のあるそこの治療院は次の予約が来年1月になってしまって昨日の午後は全くのフリーになってしまった。本来は連れと土曜日の晩から夜釣りに行く予定だったが連れが風邪をひいて行けなくなって何だか嫌な予感はしていた。案の定日曜日も引き続き家で養生すると言い出した。それはそれでよかったがそのおかげか日曜日は久しぶりのフリーの日曜日になった。土曜日の午後に水槽の水替えをしたし庭の植木の冬ごもりの準備もした。南側の縁側の花壇も冬を越す準備も出来ているし、何かすることは無いものか考えた。あった、年末までに大掃除の準備をしないといけないと家人と話はしていても毎年「何とかなる」で何の策も講じていなかった。
実は毎年この時期になる前に思うことがある。それは家事代行サービスによる台所やリビングの掃除のサービスだ。サービスと言っても勿論タダではない。それなりのお金を支払い掃除をしてもらうのだが毎年思うことが、掃除をしてもらえる前に最低限の掃除はしておかねばならないことだ。家人の知り合いが一度このサービスを利用したことがあって、思ている以上に綺麗になったと言って喜んでいた。それならうちもして貰おうかと言うところまで、いや一歩手前までなったがその人が言う、最低限の片づけまではしておいた方が良いです、の一言が足枷になっている。
最低限の掃除がどの最低限なのか?サービスに聞けば「何もしなくて大丈夫ですよ」とは言ってくれたがそのまま鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。やはり常識的に最低限の掃除はしておかないと恥をかく。家人も同様の考えがあって、それじゃあどこまでが最低限なのかで昨年も出来なかった。
綺麗な状態で正月を迎えたいのは何処の家庭も同じ考えだろう。だから去年も正月を明けてから頼むなら頼めば良いで一年が過ぎてしまった。
どうせ正月に旅行にでも行ける家庭ならそれも良いのだが我が家は私が物心ついたころから正月は毎年レセプトで三が日を過ごしていた。今は30分もあれば出来る時代になっても家を空けると言うことをしたことが無い。
掃除代行の話から随分逸れてしまったが言いたかったことは、お金が云々では無くてあまりに汚い家の中を他人さんにお見せすることに対する抵抗が今年も出て仕舞って躊躇している。そんなこんなでこれから年末までちょびちょびと片づけをし乍ら年を越すであろう話を昨日も家人としてしまった。

ページの先頭へ

2019年12月20日

いち歯科医の呟きです・・・

実質の今年の診療もあと1週間になった。毎年この時期に思うことが今年は良い年だったか?来年は良い年になるか?と言うことだ。
来年2020年はオリンピックイヤーの年だ。前回の東京オリンピックは小学生の時だった。まさかもう一度オリンピックが日本で開催されるとは思いも寄らなかった。あのころの思い出は外国の選手って体格もよくてこんな人に日本人が勝てるのか?という思い出しかなかった。あれから様々な国でオリンピックが行われ一時は西側諸国がボイコットすると言った事まで起こった。誰かが言っていたが戦争中でも昔はオリンピックの期間だけでも休戦にしたそうだとか。元々オリンピックは平和の祭典とか言われていたみたいだが、最近はスポンサーの意向で高額な放映料を支払っているからかその都合の良い時間に世界中に映像が流されるから考えられない時間の競技もあるらしい。ちょっと前だがアスリートという言葉がよく使われたことがあった。プロの選手を、ある意味追及している人の事を総称してかアスリートと呼ぶようになった。だからプロ中のプロの事を指すみたいだ。誰もかれもがアスリートなわけがない。そんなに軽々しく使って貰ってはいけない。人が誰々はアスリートだと言うのは構わないが自分から自分はアスリートだと言うのは些かおかしいように思う。
日本の言葉に『匠』と言うのがある。何事にも秀でた人を指すのだがこの『匠』がまたややこしい。自分から「私は匠の○○です」なんて聞いたことが無い。
それは他の人が皆、あの人は頭一つ他の人より秀でているから、だれもが認めるからその匠と言われるものだろう。一つの事にすべてをささげ追及していくからこそその世界で名をはせ、万人が認めてこそその道の匠なんだろう。だから何人もその道には匠は居ない。又居てはおかしい。我々の世界でも匠と言う言い方ではないが違う言い方で「スーパードクター」と言う言われ方をされる方が居る。また「神の手」とも言われる。その方々をテレビで紹介していた番組を見たが、その日常は我々の日常では無いくらいハードな一日をされていた。脳外科、心臓外科などのスーパードクターはよく聞くがスーパーデンティストと言うのを聞いたことが無い。それ程な方が居ないのは実に残念でならない。

ページの先頭へ

2019年12月19日

いやはやいくらになっているんやら・・・

今朝は昨日に比べて冷え込みがきつかった。
昨夜、前日に車の点検で代車に乗っていたがやっと昨夜に自宅に届けてもらった。
ブレーキパッドの摩耗によるランプが点灯していて気にはなっていたのでオイル交換をするついでにブレーキパッドを一緒に交換してもらった。何か気になることは無いかと事前に聞かれていたので、思っていることをいくつか言っておいた。
帰って来た車は新品の様にピカピカ、タイヤホイールまで新品同様にピカピカ。
その上全体にコーティングしてくれていてこれまたピカピカ。
一体いくらかかったのか恐ろしくて聞かなかったが向こうからの答えは驚きの答えが返って来た。それは「お代は頂いております」だった。???私が払った?いや払った覚えはない、そうしたら誰が?そう思ってこちらから聞いてみた。
「誰が払ってくれたんでしょうか?」そうしたら「○○さんがお支払いいただきました」だと。何でも現金が無くて○○がカード払いをしてくれていたみたいだった。
何が恐ろしいかと言って、コイツに支払って貰ったら後からの請求はいかほどになるんだろうか?こちらも前もって車を持て来てくれた業者に「後で向こうに支払いますので大体のお値段分りますか?」と聞いた。ちゃんと支払明細書を見せてくれてまずは一安心。オイル交換、ブレーキパッド交換、その上コーティングで締めて○○万円だった。何より最初はブレーキパッドの交換だけでいいですよねと言われてこちらも軽く「そうしといて」で済んだがあれもこれもと結構大がかりになってしまった。一体いくらを請求して来るのか怖い気がする。まさかそのままの金額を請求して来るとも思えず、かといって無茶苦茶な請求もしては来ないと思うが。
年末のお金の入用な時に恐怖の請求額が待っている。でもこれでコイツの狡さが分るか、親切さがわかるかだ。100%狡さが勝っている奴だから、きっとなん%か上積みして来るに違いない。10%か20%か、いや待てよ倍ならどうしよう。
そんな事を考えたら寝れなくなってしまった。さてさて今日にはいくらの請求が来るのかそれは恐怖でもあり心配でもある。楽しみなんて決してならない。

ページの先頭へ

2019年12月18日

酒は飲んでも飲まれるな・・・

いよいよ押し詰まってきた。再来週はもうお正月だ。仕事も来週いっぱいで終ろうとしている。今までの年末と言えば忘年会がどうのこうの、クリスマスはどうだとばかり毎年同じ報道がされているが今年は些か違うようだ。
昨年の忘年会ドタキャン騒動の影響が出ているのか、それとも先日は今どきの若者は忘年会より個人の用事を優先すると言った内容のテレビ番組を見た。
そりゃ行きたくもない忘年会に行くより仲の良い友人たちとの方を優先するのは当たり前だ。私だって出来るものならそうしたいのは山々だ。しかし大人の事情とやらで酒も飲まないのに酒の席に行くのは辛い以外の何物でも無い。
ただ私の場合どこに行くにも車を使うので酒飲みたちには便利が良いのだろう。
足として、利用され続けている。この歳になって年齢的に上の方はそんなに酒の席には御出にならない。そうかと言って後輩たちはと言えばやはり気を遣いたくないのか気の合った仲間たちと寄り合う傾向にある。ある後輩からこう言われたことがあった。それは私には酒を飲ますな、あいつに飲ませたら誰も止める奴は居ない。
そう言わせて何年になるか。昔、ある忘年会の会場でのこと。先輩がトイレに行って帰って来ないので私が探しに行った。先輩は個室で酔いつぶれていた。仕方がないので酔いがさめるまでそこの個室に入れたままでトイレの外で暫く待っていた。
別の忘年会の酔った客がそのトイレに入った。個室は使用中だし我慢が出来ないその人は小の方に我慢が出来ずにもどしてしまった。その後自分も小をしようとしたが間に合わずお漏らしをしてしまった。便器は詰まるし足元はびちゃびちゃだし、酔っていたので自分自身で床に滑って顔面を便器の淵にぶつけてのたうち回ってしまった。それを介抱している時に他のメンバーがやって来た。顔面血だらけ、便器も血だらけ、介抱している私の手も血だらけで誰が見たって私がその人をノックアウトしたようにしか見えなかった。その一件がいつの間にか尾鰭が付いて私が喧嘩をして相手をぶっ倒したことになってしまった。本当は自分自身で滑って転んで当たり所が悪くて顔面から便器に・・・と言う訳だ。こちらもいい迷惑だったがそんな武勇伝が出来上がってしまった。だからくれぐれもお酒の飲み過ぎにはご注意ください。

ページの先頭へ

2019年12月17日

これまたルーティーンの一つです

今朝は幾分暖かい朝だった。
毎日、同じ時間に起きて同じ時間に家を出る。そしてほぼ同じ道を通って診療所にやって来る。だからここでも紹介したが同じ車と出会う確率が多い。この車はここで曲がるとか、この車は必ず点滅信号になる前にスピードを上げるとか。
ルーティーンと言えばルーティーンなのだろう。仕事場に着いてからも時間があるから片づけものやこうしてパソコンを開けるのにも私なりのルーティーンがある。
朝着いたらまずはポットに水を入れてお湯を沸かす、その間に昨日分の石膏模型を外す、パソコンのスイッチを入れると同時に窓のブラインドを開ける。メールのチェックや新聞を読んでコーヒーを片手にこうして書き込んでいる自分が居る。
コレが順番が違うと何かしら違和感を感じる。例えばこうだ。新聞の休刊日を知らなくて何度もポストを見に行くが遅れているのか忘れられているのかが分らない。だから店舗に電話を入れるがほぼ一回では繋がらない。やっと出てきたと思ったら「今日は休刊日で新聞はお休みです」と言われてはっと気が付く。一体何度こんな事をやったことか。最近ここでもこう書くことが多いがそれは「歳のせいか」である。
何でもこの「歳のせいか」で済ませるのは考えてもいたら良くないと思った。
当医院の代診の先生は私より年齢は上であるが卒業時の学年が下で後輩と言えば後輩だがもうすでに前期高齢者だと自虐的に言われる。私も来年には仲間入りをするので暫くお待ちをといつも言っている。そこでふと考えた。その先生を見ていたら私と違うところが。私は同じ店、同じ所を通って行き来するから変化が無い。しかしその先生は意識して行ったことの無いお店や道を好んで通る。常に変化を求めているお方だ。私には出来ないことだ。家人もそうだ、全く私とは正反対な性格で冒険好きで変化を好む性格なのだろう。
些か手前味噌だがあるアスリートに話で恐縮だがそのアスリートは食事もそのメニューもあえてその食べる順番までも一定のルールに則って行うとか。
勝った時に食べたもの、通った道、着けていた下着まで拘ると言っていた。
私は勿論アスリートではないが何かこの話に頷ける点があって真似っこ真似りんではないがそんな拘りを持つようにしている。
歳をとると時間が早く感じるとよく言われるが私なりにはこう思う。それは
毎日がきちっとその人のルーティーンが確立されていてそこに入り込む隙間が無くなっているからではないだろうか。そう思うようになってきた。若かりし頃は何にでも興味があって限られた時間で何にでもチャレンジしようとしていたから時間が足りなくなって目一杯の時間を使っていたのかもしれない。それが高齢者になって来ると決まった時間を決まったルーティーンで過ごすから早くもなく遅くもなく安定した時間を過ごしているように思う。
異議や異論は受け付けませんが、そうは思いませんか?勝手な意見を押し付けるなとお言う御叱りも無く今日の所はこれくらいで許したろと言って頂ければ幸いです。

ページの先頭へ

2019年12月16日

こんな時代もあった

今年もあと半月になった。
今年は忘年会の話はあまり聞かない。昨年予約のドタキャンが話題になったからなのか。当医院の患者さんのイタリアンも満席で20名位の所に30名の予約、最初は無理だとお断りをしたらしいが立食でいいからと、そしてここの美味しいピザを皆に食べさせたいと言われてオーナーは張りきった。アルバイトも入れ食材も奮発して用意していたのにドタキャン、そして連絡取れず。ニュースにもなったお店だ。
全く酷い話だ。時間と食材の一部が無駄になったと嘆いていた。それも勿論痛いがそれより何か裏切られた気持ちの方が痛いと言っていた。
人間は失敗から何かを学ぶもので今年はそこのお店も予約時に前金を頂くことになった。それは失敗から学んだことだろう。
当医院もこんな話があった。それは8月に自費の治療で前歯のセラミックのブリッジをした患者さんが居た。何度か電話連絡をして来院してくれるようにお願いしたがなかなか実現できていない。途中海外出張が入ったり怪我で入院したりと都合が合わないことが続いた。余り長期になるといくら仮歯のブリッジが入っているとはいえ本人さんの事を疑い出していた。受付の子が3度、私が1度と連絡をしたが「必ず行きます」の一点張り。勿論前金を貰っていないからこのままキャンセルをされたら痛い。
嘗て同じようなケースでは患者さんがお亡くなりになったことで折角の綺麗に出来た自費の歯が無駄になったことがあった。でもお亡くなりになったのにこれ以上請求は出来なかった。またこんなケースもあった。この患者さんもなかなか来院されずにああだこうだと理由をつけては避けられていた。結局は悪質な患者さんで顧問弁護士に相談して内容証明を送ったらすぐさま現れた。患者さんとの関係は信頼の上に立っている。ここまでこじれたら引き続き診療に来て貰うことは出来ない。
その治療で完了として所謂「出禁」にした患者さんが居た。
最後にとっておきの話だが未だオヤジが現役の時には自費治療も盛んであった時代、お金が足りなくなって店の商品を持って来られてこれで何とかお願いしたいと言う話になったことがある。その方は呉服屋さんで着物の生地の反物を持って来られてそれで支払いたいと言われたが親父はそれを拒否して分割でもいいからと言って話をつけた。そんな時代もあったのを今の時期になったら思い出す。

ページの先頭へ

2019年12月13日

今年の漢字は「令」だが私には二つある

今朝の気温は2度台だとテレビの天気予報が言っていた。
いつもの朝のようでも走っている車のマフラーから出る排気の色が白い。
満月が走って行く方向にはっきりと見える。空気も澄んでいるのだろう。
昨日代診の先生の来られる日だった。もうかれこれ何年になるだろうか?最初は代診の先生の同級生の人が来てくれていた。アメリカに留学することになってその代わりに来て貰ったと言う経緯だ。そのころはその代診の先生には保育所に通う小さな子供さんが居た。偶々当診療所の近所にその保育所があって仕事帰りによく自宅まで車でお送りすることになった。その子ももう成人して今や立派な歯科大生だ。
私の主治医でもあるその先生の自宅の診療所に偶に伺うが、その時偶々自宅に帰って来ていて挨拶をしてくれた。立派な青年になっていて驚いた。あの泣き虫の小っちゃな子がこんな立派になったと言うと幾分はにかみながら挨拶をしてくれた。
時の経つのは早いと言うかこの歳になればなおさらだ。一年一年があっという間に過ぎて行く。この子にはまだそんな感覚は無いだろう。今が楽しくて仕方がないと思う。私はそうだった。一日一日そんな感覚で勉強にクラブ活動に遊びにと時間はいくらあっても足らないくらいだったのを思い出す。若さっていいなぁ。
かと言って今がつまらないと言うのではない。如何に生活を充実させるかは自分自身にかかっている。いつもここに出て来る連れたちは半分くらいはもうリタイアしたオヤジたちで残りの半分は自営業のオヤジたちだ。そいつらを見ていてこう思った。人生の楽しみ方は人それぞれ、楽しめるか楽しめないかではない。
楽しむか楽しまないかだと。小さなことでも昔程興味が湧かないと嘆く奴もいれば何も行動を起こそうとしない奴は何をやっても面白くないと言う。全く人それぞれだ。そいつらといて何か得るものがあるかと言えば正直何もないかもしれない。しかしこいつらとは小学校時代からの腐れ縁。良い時も悪い時も寄り集まっては連れの居酒屋でそれを魚にワイワイガヤガヤやった仲間だ。ただそいつらに共通して言える事は家族以外でこんなにワイワイガヤガヤ出きることに皆同じように感謝している。悪童がそのまま大人になって、家族を持ってもそんな遊び心を持ち続けれることに感謝するやつらだ。
昨日、今年の漢字とやらが発表された。今年は「令」だった。私は今年と言うより毎年思うのだが私にとっての今年の漢字はいつも同じだ。二つあって一つは「縁」だしもう一つは「絆」だ。どちらかひとつに決めることは出来ない。
それはこいつらもみんな同じだと言っていた。

ページの先頭へ

2019年12月12日

アホか・・・

今朝は幾分暖かく感じた朝だった。昨日、一昨日に比べてであるが。
昨日の帰りに現在乗っている車の正面パネルに『ブレーキパッドの摩耗』の表示が出た。今乗っているのはこの夏に乗り換えた車でまだ走行距離も3万キロくらいの中古車だったがあれから4か月くらいしか経っていなかったが5千キロ位走った所で表示が出た。今まで国産の車に乗っていたが22万キロも走ってしまって何かに乗り換えようと思っていたところ丁度タイミングよく今の中古車が出てきた。
副業で後輩と会社を興してその中に中古車販売と言う約款があってその仕事の延長上で出物の車を見つけた。先に乗っていたお客さんが役員送迎車に使っていて頗る当たりが良かった車だ。整備も完璧にディーラーで行われていて申し分のない車だった。
当然後部座席を重点にしているので運転するのには余り分らなかったがそれでもそれなりの車だった。確か前に乗っていた国産車はこれまた新車で購入してディーラーがしっかりと点検してくれていたおかげで何処もクレームのつけようがなかった。
しかし国産と外車の大きな違いはこのブレーキパッドにあるようだ。
国産の10万キロ位に対して外車は5万キロ位で摩耗の表示が出る。聞けば柔らかいパッドだからだそうだ。そんなに飛ばしているわけでも無いと思っていたが連れ曰く、「あれで飛ばしていないと言うなら、飛ばしたらどうなる」だった。
私の信条は市内ではゆっくり、高速では法定速度を守って少しはスピードが出ているかもしれない。
なるべく車は新車時と同じでなければいけないを信条に、外観はそのままでしかしエンジンは少々触っている。「羊の皮を被った狼」と表現されると思っていたら、これまた連れ曰く「狼の皮を被った獣だそうだ」。
年末にかけてまた物入りになって来た。
話は変わるが昨夜もう一人の連れからこんな電話があった。それはそいつがデパートの催し物の会場で目に入ったものが頭から離れず買うか買わないかを迷っていると言う話だった。それは「水晶玉」だった。宝石かと言えば宝石のようなものだが興味のないものにとってはただの玉だ。そいつは占いとかそう言ったものに非常に惹かれるタイプ。今回のそれもなかなか出てこない代物みたいだった。
だから言ってやった。欲しいか欲しくないかはオレには分らんけど、そんな場合は「1日経ってそれでも欲しいかどうか、もう1日経ってもっと欲しいかどうかで決めたら」と言ってやった。私はいつもそうして決めているからだ。
「わかったそうするわ」と言っていたが最後にこう聞いてみた。
「それっていくらするんや?」「○○○万円」だと。
「滅多に出ないもので今日初日の目玉商品や」
「嫁さんはどう言ってるんや?」そうしたらたった一言「アホか」だった。
私も嫁さんのその一言に賛成や。

ページの先頭へ

2019年12月11日

なかなかそっとはさせてくれない・・・

ここ二~三日は釣りの話ばかり書いているが、早速他の連れから反応があった。
それは嘗て一緒にゴルフをしていて同じ時期にゴルフから釣りに変更した奴だった。
「オマエ又釣りを始めるのか?」
「いや、○○が釣りに行きたいと言ったからや」
「何やアイツ釣りなんか始めるのか?」
「別に何を初めてもエエやないか」
「そうかて最初はゴルフやし次に車やし」
「何でもええやないか、お前も始めるか?」
「そんなに急に言われてもなぁ」
「嫌なら誘わんわ」
「そんなこと言うなよ」
まぁこんな具合だった。こいつもきっと何かのきっかけを待っていたんだろう。
最近のコイツはすっかり爺さんになって、休みの日はほぼ孫守りが日課になったと言っていた。そんな奴をまた連れ出そうものなら嫁さんに何を言われるかの方が鬱陶しい。そのことを言ったら嫁さんは今、下の子の子守で忙しいから時間はあるとか。
余計にそんな時に連れ出そうものならこちらに火の粉がかかる。
だから勝手に来るのには構わんが決してこちらが誘ったとは言うなとくぎを刺しておいた。
我々の年齢になると仕事の愚痴より健康や親の介護の話ばかりで会っててもつまらないことが多い。だからあまり昔の様に頻繁に会う機会が減ったみたいだ。
趣味を持つと言うことは良い事だが、お金のかかる趣味は頂けない。
昔は『飲む、打つ、買う』が男の三代道楽と言われていたが最近はそんな話も死語に近いようだ。こいつの言っていた言葉を未だに忘れもしないが、こう言っていた。白いブレザーを着て、新地にベンツで飲みに行く。だった。
白いブレザーは直ぐに買うことは出来たが、それに新地に飲みに行くこともできた。しかしベンツは暫くは買えなかった。それは自分の診療所の敷地内に国産の車屋さんに貸している手前なかなか外車には手が出なかった。
そんなこんなでも今の世の中新地に飲みに行ってベンツで帰るなんて飲酒運転を如何にもしてますって言っているようなものだろう。
だからこの三つは同時には成立しようはずは無い。いやしてはいけない。
こんな事を書いていると絶対にまた別の連れからのお誘いが増えるのは間違いが無い。折角密かに始めようと思っていたのに・・・

ページの先頭へ

2019年12月10日

最近の釣り場事情は・・・

またまた釣りの話で恐縮ですが、最近の釣りブームは一時のブームでは終わらないようになってきています。昔は釣りと言えばオヤジの趣味、それが釣り人からアングラーなる言葉も出来て所謂、釣りからフィッシングとどこか名前が変わって行ったようです。懐かしい言葉で太公望と言うのがあります。コレなどその典型ではないでしょうか。
今回訪れた場所も、私が20年ほど前いや中には10年程前に行った場所などは今はフェンスが張られ中に入れなくなっている場所も多く、何だか釣り人を締め出すようにも感じます。
昔は一人二人はフェンスを超えて立ち入り禁止場所に入って行くものも居ましたが、最近はファミリー層の増加で女性、子供にも安全に釣りが出来る場所も増えたように思います。ただどうしてそんなに立ち入り禁止場所が増えたかですが、危険は勿論ありますが釣り人のマナーが大きく影響しているのではないでしょうか。
先週末の釣りでもサビキ釣りはともかく、ルアーで投げていると決まって絡まって来るゴミ問題があります。例え遠投しても巻き上げて来る途中に必ずビニールの袋やゴミを引っ掻けてしまいます。最近話題になっているプラゴミどころではありません。釣り屋で餌は仕掛けを買ってビニールの袋に入れてくれます。それは大変ありがたいのですが仕掛けの袋や中に入っている紙のゴミになるもの、コンビニで買い物をして入れてくれるコンビニの袋。それらはそのまま持ちかえってくれればいいが公園などにはゴミ入れの場所にそのゴミ袋が山積みになって放置してあります。最近は駅や公園にもゴミ箱は置かれていない所もあります。
「ゴミは持ち帰りましょう」の立て看板も設置してあります。それをそのままみんなが守ってくれればいいのですが中には放置する不埒者も居ます。
ただ放置していなくても風などで飛ばされて海に落ちたり、飛ばされたものをそのままにしていると結果、ゴミの不法投棄になります。
要は釣り人のマナーなんだと思います。それが守られていないから今まで釣りをさせて貰っていた場所でも立ち入り禁止場所になるのです。こんなくらいだから波止釣りでも足元にゴミが落ちていたり、沖の一文字に渡っても外向き内向きの岸壁の周りにゴミが漂っています。そんな中で釣りをしてもそのゴミを避け乍ら仕掛けを投げたり巻き上げたりしないといけません。
まぁそんな愚痴を言っている私たちも帰る間際にその周辺に落ちているゴミを拾うと何とコンビニの袋4つも一杯にゴミが集まりました。
これからは釣りに行く時には家にある大きなゴミ袋も持参しようと思いました。
釣れた釣れないは二の次、子供たちに良いマナーを教えるのも大人の仕事だと思いました。最近の釣り場事情はこんな具合でした。

ページの先頭へ

2019年12月09日

コイツにはついていけんわ・・・

先週末待望の釣りに連れと出かけた。
事前にリサーチをしていて場所も時間も決めていた。しかし土曜と言うことで家族連れが多く、帰ると思っていたが意外や多くの家族がそのまま夜釣りに入った。
オヤジ二人は段々と『歩きたくない』『近場が良い』と文句を一杯言ってなるべくその条件に近い場所に行くことにした。子供連れでも安全な場所、トイレが近くにあって水道もあって横に自販機まである絶好の場所を見つけてきてはいたがそこはもう満杯状態。車から歩いて50メートルも無い場所、公園内の柵もちゃんとあって安全面では何一つ文句は無いが人が多い。今や小さなテントを持ち込む猛者もいる。
車を横付けできるところも車が入る場所さえない。暗くなる前から場所取りをしようとは思いもしなかった。本当は渡船で一文字まで渡ればぼうずは無いのは分っているが連れは一文字には行ったことが無いと言うので今回は波止で釣ることにした。
連れはサビキで小魚を釣ってそれを生餌に飲ませ釣りをしたかったみたいだ。でもサビキをするのに新品の竿だから準備をするのに手間取った。こちらはルアーデビューで仕掛けを作るのは簡単だったがお互い60歳を遠に超えたオヤジだから困ったことがあった。お互い老眼でしかもメガネを忘れてきた。ガイドに糸を通すのに一苦労。
そのくせお互いを急かすこと急かすこと。
「早くやってくれよ、魚が逃げるわ」
「うるさいな、そしたらオマエがやれや」
「出来たら苦労するか」
「そしたら黙っておけや」
こんな具合だ。連れは今まで釣り堀位しか行ったことが無いとか、仕掛けを付けるなんて皆無だったらしい。
「こんなに見えているのに・・・」
だから言ってやった。『見える魚は釣れない』そんな格言も知らない奴だ。
それに「オマエに釣られる魚なんておらんわ」「そしたら釣ってから文句を言え」
こんな会話の繰り返し、でも何とかサビキの準備は出来た。気が付かなかったがそこはあまり人が入っていなかったが立て看板があった。
『この場所で釣り禁止』『この場所で遊泳禁止』とあった。
ヨットの係留場所であったから誰も入って来なかったみたいだ。
我々もそこを出ようと思ったが夜は誰もそんなところにはやって来ないと横の家族も同じ考えで「言われたら出たらいいわ」とか。ただ私のルアーデビューには適さないので連れを置いて私は湾の外向きに出て行った。多くの釣り人が竿を出していた。海面は蛍光浮きの一列に並んだ様は綺麗なネオンの様だった。
堤防の先端は決まって人気スポットだ。何組かの家族が居て横で釣りをするのに一声かけておいた。しかし子供もいるのにこんな堤防の端で釣るのは危険だ。ライフジャケットも付けていない。こちらは投げ釣りでもサビキ釣りでも無くルアー釣りだ。それもデビューの釣りだ。少し離れて安全確認をして何投かしたがやはり少々の風で流される。お隣さんの邪魔をしない程度に場所を離れたがやはり風で巻くときに風下に流れる。もう少しでおまつりしそうになったので今回は止めにした。
こんな時に無理にすれば必ずや事故にあう。ルアーは先のとがった鋭利な刃物そのままだし引っかかれば事故間違いなしだからだ。デビューの私にはそんな危険を冒したくは無かったからだ。それで連れの所に戻って連れの釣りの付き合いをした。
しかし今だ格闘をしている。
「さっきの元気はどうした」
「煩いわ、オマエの方こそもう止めか」
「オマエこそうるさいわ、子供が居て危ないから止めや」
今回の釣りで飼っている猫たちに新鮮な魚を食べさせたいと言う連れの考えとは逆に一匹も入っていなかった。小さな魚ばかりで可哀想だから逃がしてやったとか。
負け惜しみもここまで来れば大したものだ。まずは竿を出してデビューしたと言うことであまり遅くならない程度にその場所を後にした。
「あんなにたくさん魚が居たのに」
「だから言ったやろ、見える魚は釣れないって」
「ほんまやなぁ、今度は網で掬うか」
「アホそれやったら魚釣りちゃうぞ」
「ええねん、格好つけれるか猫が待ってるんやぞ、猫が」
「そんなん知るか」
「でも今日はええねん、残ったきびなごが猫の餌や」
そうなんです、サビキで釣ってそれを飲ませにして、それから投げでタチウオを釣る予定で餌にきびなごを買っていたが結局は一回も使わなかったからだ。
暫く考えて連れが言った一言は。
「スーパーで買うきびなごより、釣り屋の餌で買うきびなごの方がお得や」
「???」
「これからここまで晩御飯を買いに来ようか」
コイツにはついて行けんわ。

ページの先頭へ

2019年12月06日

ウダウダ話です・・・

最近ちょっとお疲れ気味の体力、歳のせいかなかなか疲労が取れない。
昔はいくら疲れていても一晩寝たら疲れは取れたが、最近は一晩寝た位ではその疲れは取れなくなってきた。それに体力を使う事をしたら翌日まで残っていたのが二日くらいシンドイ感は残っている。そんな気力、体力が減少しつつある中で12月に入っていろんな問題が起こってきた。
私は山あり谷ありより平平凡凡が良いと思っている。人生って良い事と悪いことは半々で終わりを見ればプラスマイナス0に収まるものだと思っている。
良い事も長くは続かないし悪いことも長くは続かない。「俺の人生、悪いことばかりや」と思っている人はその悪い中でもまだマシな事も悪い悪いと思っているが実際はそんなに悪いと思うほどではない事が多い。逆に良いことの方は今良い事があって次にそれよりちょっと良い事があったら「ラッキーが続くもんだ」と思うからその連鎖で良い事が継続していくのだと思う。
何だかややこしい言い方だが、他人には自分の良い悪いは分らないから相手に対して相対的に良かった、悪かったと判断してしまう。又ややこしい話になって来たがこう言うことだ。良い悪いの基準は人によって違うと言うこと。これくらいは大丈夫と思うかコレは大変だと思うかだ。よく例えに出て来る話だが「まだ水が半分ある」と思うか「もう水が半分しかない」と思うかだ。
益々ややこしい話になって来た。ここでこんな格言が頭をよぎる。それは
「まだはもうなり、もうはまだなり」と言う格言だ。コレは株の格言だそうだがまだまだ上がると思っているとそれ以上は上がらない、もうこれ以上は下がらないと思っているとまだまだ下がる。だから思っている反対のことが多いと言う話。
私の今までの人生の中でも同じような体験がある。大体自分がこうだと決めたことの反対に動いて行くことが多かった。
でもそのシンドイ、辛いことの中に成功に導く何かがあることが多い。ただそれに気が付いていないことが殆どだ。ちょうど今の心境はそんなところか。
最後に今の心境を一言で言えば「日の出前が一番暗い」と言ったところか。

ページの先頭へ

2019年12月05日

それが日本人の美徳と言うものだ

時々ではあるが同じような夢を見ることがある。
大学を卒業して40年になろうとしているが、毎回同じような夢で目が覚める。
それは6回生時の試験での事、ある時は会場を間違えていくら待っても答案用紙が届かない。またある時は今日の試験科目と明日の試験科目を間違えて覚えてきて問題を見て愕然とすると言った内容の夢だ。もういつ辞めようかを考えようとしている年齢になっても何故かこんな大学時代の夢など見たくもないのに見てしまう。
一度夢占いで調べたことがある。それは何か強い衝撃となって潜在意識の中に刷り込まれたことがあったに違いないと言う結果になった。
別に特別刷り込まれるようなことをした記憶は無いが知らないうちに刷り込まれた何かがあるのだろうか。
話は変わるが、世の中には4つのパターンがある。例えばこんな例である。
1、出来たのに、出来ないという奴。
2、出来ないのに、出来たという奴。
3、出来たから、出来たという奴。
4、出来ないから、出来ないという奴。
コレをご覧になって3,4は正直者だ。2はたまにいるがコレは見栄っ張り。
そして大体は1の出来たのに、出来ないという奴だろう。
同じようにこの「出来た」を「お金」に変えて見たらよく分かる。
1、お金があるのに、お金が無いという奴。
2、お金が無いのに、お金があるという奴。
3、お金があるから、お金があるという奴。
4、お金が無いから、お金が無いという奴。
これまた3,4は正直者だ。だが1と2はどうだろうか。ココの判断は難しい。
私はここは拮抗していると思う。何故こんな話をしたかと言うと、今巷で話題になっているあるお方の話である。よくYahooのニュースでも取り上げられる某社長の話である。株式を売って1000億円以上を通帳に記帳して話題を振りまいたあのお方だ。確かに通帳に1000億円何て個人では見ることが出来ないだろうが、企業でも大企業、いや大大企業の通帳でもなかなか見ることは無いと思う。
そうなるとあのお方は上記の3に当たるのだろう。有るから有ると言っただけなのに何がそんなに批判を浴びるのだろうか、わからないお方だらしい。
正直者だと言うこと。でも正直者だけでは中々世間は受け入れてくれないのも事実。ちょうど1年前、お年玉と言うことで確か高額なお金をプレゼントをしてこれまた世間を騒がせたことを皆さんも覚えていることだろう。またそんな季節がやって来た。世界のセレブと言われる人はこんな話題を振りまくことはしない。
寄付行為や財団を設立して貢献するからこそセレブと言われる所以だと思う。
なかなか日本ではそんな人は見当たらない。税金逃れのための財団設立や何かだろう。後でわかったがいろんな芸能人も大震災の時に寄付やボランティアで名前を伏せて行ったということを。それが日本人の美徳と言うものだ。

ページの先頭へ

2019年12月04日

やれやれ・・・

今朝も寒い朝だった。
昨日も書いたが公園での清掃をしてくれているオジサン、寒い中ありがとうございます。そして診療所に行く途中にある祠にも毎日掃除押してくれる人が居る。
何組かは居ると思うが、当診療所の患者さんもその中の一人だ。箒と塵取りで祠の周りを掃除してくれているのが日課になっているんだろう。朝に昼に夕方と大体2~3回は掃除をしてくれている。
掃除と言えば診療所の前には並木道の様に道路の両側に街路樹が植わっている。
楡欅の木が国道までずっと植えられている。夏は日陰になってその中に入れば直射日光を遮るので信号待ちの時など人々はその陰に入って待っている。
その街路樹はこのところの寒さで一斉に葉を落とし始めた。先週は当ビルの清掃をしてくれているオバちゃん(失礼)もかき集めた落ち葉はゴミ袋に1袋程度だったが、昨日はあの大きなビニール袋をパンパンにして3袋あった。かき集めてもかき集めても風が吹いたらまたそこら中に落ち葉が散らばる。
昨日昼休みに近所の郵便局に行く用事があった。その途中にある公園では銀杏の木がたくさん植えられていてその落ち葉が公園内に敷詰められていた。見事な黄色の絨毯だった。何人かがスマホで写真を撮っていた。今流行のインスタグラムにでも載せるのだろうか?
食事の写真も良いがこうした季節の移り変わりの写真も満更でも無い気がする。
そう言えば私のスマホにも写真機能が付いているが最近撮った記憶が無い。
調べて見たら最後に取った写真は7月の日付だった。それも家の工事屋さんが玄関の床を大きな道具を持ってきて床に置いて傷がついた時に『写真を撮っておいてください』と言われて撮った時のものだった。
その他の写真と言えば今飼っている熱帯魚の写真位か。
その時は水も濁らず藻も生えていない綺麗な水槽の写真だった。こんなに綺麗だったんだと改めて思ってしまった。それに比べて今の水槽の写真を撮ったら緑色以外は映らないような写真になっている。この前にペットショップの店長と話をした時にこんなに緑色になったらいくら強力な濾過をしても無理と言う結論になった。
年内は無理かもしれないので年明けに出も新しい水槽を買って今のと入れ替えをしようと思う。いろいろとやらないといけないことが多い年末になってしまった。

ページの先頭へ

2019年12月03日

いろんな考えの奴が居るもんだ・・・

今朝は久々に寒く感じた朝だった。
昨日の天気予報は今日から空気が変わって寒くなると言っていた。まさにその通り。
勿論家を出る時は真っ暗、診療所に着いた時もまだ薄暗い。そんな中から出て来るのにももう慣れた。しかしこんなに朝早くから公園の掃除をしているオジサンがいる。
なかなか出来ないことだ。自分自身のためか、きっと誰かに言われてそうしているんではないのは明白。なかなか出来ないことだ。
昨夜も近所では野良猫たちの鳴き声が聞こえてきた。縄張り争いか?恋の季節にはまだ早いのできっと縄張り内に他所の猫が入りこんだんだと思う。我が家とお隣さんの間には路地があってそこに入りこんでいる猫が他の猫を威嚇しているんだと思う。
話は変わるが昨日、連れからどこか近所で空いている駐車場は無いかとのお尋ねがあった。ネットで調べたがなかなか無いみたいだ。最近は月極めの駐車場は段々と減ってきているらしい。時間貸しの駐車場は空き地になった所に一時的にあるが月極めとなると直ぐに空は埋まるらしい。如何やら最近のマンションの建設ラッシュで住民が増えてきたことが原因だそうだ。一軒に一台分は駐車場を用意できるマンションならマシな方だ。駐車場が無いマンションも結構できている。だから車を持つと言うことは駐車場が必要になって来るのだ。近所にも取り壊した家の跡地に2~3台くらいの所から10台分くらいのところまで遊ばせておくくらいなら駐車場にと出来てはいるがそのすべてが時間貸しの駐車場だ。
連れがこう言って来た。
「オマエの所、もうちょっと詰めたらもう一台分くらい出来ないか?」
「何がや」
「そやからあと1台分空かないかって」
「アホか、何でそんな事せなあかんねん」
「ただとは言わんで」
「金もろてもいややわ」
そんな会話だった。それくらい最近の駐車場不足は深刻みたいだ。
ちょっと前にも少し離れたところに借家があって、そこの住民が出て行ってもらって空いている土地がある。そしたら即、パーキング業者から電話があった。
「土地の有効利用に駐車場経営はいかかでしょうか?」と。
今すぐにどうこうするつもりはありませんと言っても空いた土地をお持ちならもったいないですよだと。放っておいてくれ、そんなんこっちの勝手でしょとお断りしたことがあった。
最近近所でも昔の家を売れば4~5軒は新築の建売が建つ。それ以上の土地の場合はマンションが建つ。なかなか駐車場にするところは無いみたいだ。
連れの実家も昨年売りに出て即、マンションになった。それも駐車場の無いマンションに。そうしたら別の連れがこう言った。
それくらいの土地でマンションは勿体ないな。マンションみたいな立体駐車場はどうやろ。儲かるで。だと。こいつはバカか、エレベーター式の駐車場をこんなところに建ててどうするんや。誰がそんなことするんや。そう言っていると一人マジな目をしているバカがそこに居た。

ページの先頭へ

2019年12月02日

まさにその通りだった・・・

今日は久々の雨だ。12月に入って残りあと1か月。
今週は明日からまた気温が下がる予報が出ている。今日を境に空気が入れ替わるらしい。そんな前線の雨のようだ。
昨日は大阪マラソンが行われた。今までは南港がゴールだったが今回は市内を発着とするコース、昨年は丁度そのゴールの時間ぎりぎりに出先から家に帰ろうとして交通規制にかかった。仕方がないのでパーキングに車を置いて家の帰り規制解除になってから車を取りに行った。毎回コースは少しづつ変わっていて今回は私の家の方にはそのコースはかかっていなかった。
午前中にお歳暮の買い物に連れと行った。美味しいお漬物のお店がある岸和田の山奥、それを買ってから毎回同じ神戸北野ホテルのジャムの詰め合わせを買いに神戸まで出かけた。そう言えば去年より1週間早かった。何故かと言えば去年の神戸行はルミナリエをしている最中だったからだ。距離にして100キロ超え、まぁ車の移動だからそんなに疲れはしないが昼食を大阪か神戸でか意見が分かれた。昔はジャンケンで決めることが多かったが最近はお互いの意見を曲げることはしないようになって、それならどちらにも損得を起こさないように両方を辞めることにした。
そうしたら喧嘩にならない。でも二人とも性格が少々曲がっていてやっぱりあそこに言った方が良かったのにとなる。そうすると決まり事で行ったことのないお店に行くと言うことにしている。私が中華、向こうが洋食、だから今回はどちらとも取れないスペイン料理にした。スペイン料理なんて久しぶりだ。連れはラザニア、こちらはお任せでシェフにお願いした。
そこのお店は小さいが味は良かった。カウンターの席で食事をしたがテーブル席も空いていたがあえてカウンター席にした。オープンキッチンでシェフが料理を作るのが見えて話しかけやすい雰囲気だった。そのお店は初めてのお店だがそのシェフはこちらをチラチラと見ている。そして話しかけて暫くして向こうからこう言われた。「失礼ですが昔、貝塚の○○というお店にいかれたことがないですか?」
一瞬考えた。そのお店は岸和田の先輩とちょくちょく行ったお店の名前。
「ハイ、ちょくちょく伺ったお店です」
「やっぱりそうですか、私の事覚えていらっしゃいます?」
「はぁ、ちょっと・・・」
「○○のシェフです」
「・・・」
暫くして思い出した。10年ほど前によく食べに行っていたお店だ。
先輩は気にいったらそこばかり通う性格、そして店の人にも仲良くなって顔を覚えて貰う特技があった。そして美味しい料理を食べさせてもらったら必ずこう言う。
『シェフを呼んでください』と。そしてひとしきり料理の話をしてそのお礼を言うと言った言わばパフォーマンスをするのだ。
思い出した。その時のシェフだ。その時はそのお店の従業員だったが今は独立して自分のお店を持つオーナーシェフだ。○○さんはお元気ですか?先輩の事を聞かれた。実は3年前にお亡くなりになりました。そうですか残念です。こんな会話だった。
まさか行ったことも無いところでの久しぶりの再会、それはきっと先輩が引き合わせてくれたんだろうと思った。
亡くなられて3年が経つがお歳暮と命日のお花は未だに送らせてもらっている。
その買い物に行った帰りにこんな偶然が待っていようとは驚きを通り越して怖くなった。いつもは1万円のお歳暮をするのに今回は5千円にしようか迷ったがやっぱり1万円にして良かった。横で連れが合いうには「1万円でよかったなぁ、先輩がこんな事でケチるなと言っているんやろ」そう言われた。まさにその通りだった。

ページの先頭へ