2020年01月31日

それで良いのだ・・・

予想通り、毎日暗いニュースばかりが躍っている。そう新型肺炎コロナウイルスの話である。大体において我が国には症例は武漢に行ったことがある人、その人と関係があった濃密感染者だと言うこと。ただ武漢に居たと言うだけでは流石にそこまでは感染しなあいだろうと言う淡い期待はあっさりと裏切られた。
武漢からの旅行者を乗せたバスの運転手、そしてそのガイドと明らかにもっと早く手を打っておけばここまで広がらなかっただろう。
第一便で帰国した人がその中にも新型肺炎の感染者が出たことに驚くどころか何故に早期帰国者を全員隔離検査をしなかったと言う話で皆が思ったことと国が思ったことのギャップが浮き彫りになった。バスもそうだが飛行機に乗せてその中に感染者が居ないと思う方がどうかしている。それにその中の2人が自宅に帰ったと言うではないか。何も症状が出ていないからと言って感染が起こっていないだけで潜伏期間だけでも隔離して様子を見なかったかと言うことだ。おそらく人権侵害だとか言われるのを恐れたのかもしれない。人権侵害と言うよりその他への感染防止が最優先することくらいお役人は分らないはずは無いと思うが、やはりそこは人権侵害と言うならもしもその人がウイルスをまき散らしたらもしも死者が出るような場合いっそ殺人未遂だというくらい言っても良いではないか。
話はコロッと変わるが私の同級生な話だが、一度こんな事があった。
それは夜中に急に電話がかかって来て「ちょっと○○警察まで来てくれへんか」
「何やいきなり、それに何で○○警察におるんや」と言う電話だった。
何でも夜に飲酒運転の検問で引っかかって警察に連れていかれたというのだ。
そいつは確かに酒は飲むが、いたってビビリで酒を飲む日は車を置いていく奴だ。それなのに何故に警察に?取り合えずその警察に行った時にアルコール検査もしたが勿論飲んでいないから検知されなかった。なら何故に?後部座席の下に注射器が落ちていたのを警官が見つけてそれを何故か勘違いして車を捜索したみたいだった。我々も勿論注射器は使用するが車の中に持ちこんだりはしない。
結局いくら説明しても警察は納得せずに証明できる人を連れてこいと言うことになった、そこで私にその説明役を頼んだと言うことだ。そこの警察署には近所の同級生の後輩が勤務していて私の名前を出した時の検問の責任者がたまたまその同級生の後輩だったと言うことだ。ややこしい話だが結局は夜中に起こされて警察まで行って取調室まで入って行き担当の警察官に訳を言って説明をしたと言う話だが、それくらい注意をしないといけないと言う話だがもしも人権侵害だとか言ったら、誤認逮捕だと言ったら冤罪だと言ったら、話は長くなったが別に薬をやるほどの勇気もなくその場で身分証明を示せば良かったのにそれもしなかった。
何で車の後部座席の下にそんな注射器が転がっていないといけないのか、それを見つけた警察官も「検問」、「座席の下」、「注射器」、「薬物」と連想したのではないか?結局は無罪放免になったがその間の時間を返せとばかり結局は帰りに鮨屋に連れて行って奢らせてやった。そして次の日にその同級生の後輩からも電話があった。「○○さんの名前が出たので警察まで連れて行って話を聞かせてもらいました」だと。これくらいしないと犯罪は減らないと言うことだ。
全く持って迷惑な話だがそれで良いのだ。

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2020年01月30日

暗い話も吹っ飛ぶくらいの・・・

皆さんは懸賞などに当たった経験はありますか?
連れがそれに当選したんです。どんな懸賞かって、ガソリンスタンドのエネオスの懸賞で東京ディズニーランドの貸きりナイトとか言うのに当たったとか。
本人は「当たるはずも無い」位のことで出したことも忘れていたみたいでしたがいきなり「「当選おめでとうございます」の通知が来たと言っていました。
何でも明日の31日の夜の部を貸し切りにしているんだそうです。
大阪人は東京ディズニーランドよりUSJ の方が馴染み深いですが、まぁ当選したと言うことが嬉しそうに語って居ました。勿論、入場料は無料だろうがそこまでの交通費や宿泊費はこちら持ちだそうで、それでも当選したと言うことが誰でも有頂天にしてくれるものなんだそうです。連れと連れの友達で行くそうで行く前からワクワクドキドキ、何度も会ってその相談をしていました。
運よくか運悪くか知らないが新型コロナウイルスによる肺炎の感染症が出ている最中マスクと手洗い嗽の準備は怠るはずはありません。まぁなにわともあれ、土産話に花が咲くでしょう。
懸賞と言えば宝くじもそうですが買わないと当たらない、当たり前の事です。
出さないと当たらないで、本人が出したのを忘れる位の事、いきなりの当選通知には相当嬉しかったみたいで何度もその話を聞かされました。
そう言えば家人も年末ジャンボを買っていましたが当たっているか外れているかまだ見ていないそうです。結果は見るまでも無く当たっていないと思いますが本人曰く「まだ確認していないからどっちか分らん」だそうです。
買う日にち、方角、場所を吟味して神棚にお供えして、毎日手を合わせる姿は滑稽でなりません。「当たってもあんたには御すそ分けなんかしないからね」だと。
「当たってから言えば」と返しましたが本人は当たる気満々、そして結果を見て落ち込むと言ういつものパターン。確かに300円でコレだけ夢を見させてくれるものは他にはないでしょう。本人曰く、ちゃんと当たる日にちで当たる方角で、当たる場所で買ったので当たらないはずがない。そこまで来れば大したものです。
何でもここまで来たら開封する日にちも決めているそうです。
まぁその日まで夢を見続けるのには安い買い物かも知れませんね。
最後に「当たる当たるって、何枚買ったんや?」と聞いたら、暫く間を置いてこう言いました。「いつもは10枚やけどジャンボは奮発して15枚や」???
100枚200枚ならともかく、10枚や15枚ではと言いかけたらすかさず、
「当たる時は1枚でも当たるもんや、そやから前後賞も合わせて10枚の所15枚にしといた」だと。
こんな事を言っているうちは暗い話も吹っ飛んでしまいました。

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2020年01月29日

皆さんはどう思いますか・・・

毎日暗いニュースで恐縮だがずっと言っていた通り、新型コロナウイルスの話題で持ち切りだ。先に言っておくがコレはヘイトではない。何故にこんな事を言うかと言えばお隣の国のお国事情だからだ。共産主義、社会主義をどうのこうの言っているのでは無い、日本だってちゃんとした情報が常に流されている訳ではないからだ。
でもそれをおかしいと思ったら声を挙げるチャンスと言うものがある。しかしその国にはそんなチャンスは無いに等しいからだ。政府の行うことを批判しようものならあっという間にネットは遮断されるし、監視下に置かれることは今回の香港の騒動でも明らかになっている。自国の、いや現政府に批判するものに正義は無いからだ。
有難いことに日本ではそこまでは無いがいくつかの大新聞の報道にも右、左はあろうが情報の正確さが見られると言うことはまだマシなのかもしれない。
テレビでも某国営放送は偏った報道には監視をする機関もあって極端な報道はされていないと信じたい。
その国から観光目的で日本にやってきたら、その国では報道されていない情報を目の当たりにして彼らはどのように思うのだろうか。反日とか言われるのはその国と朝鮮半島の国位で世界中の国々は日本と言う国を正しくかどうかは分らないが、ほぼ正しく伝えているように思うそれも今の情報社会に即してはネットと言うものが世界中で使えるからだと思う。そのネットを自国の都合の良いように制限したところでやはり無理がある。世界中に広がるネットの社会、そして世界中に散らばっているそこの国の人々がどの様に世界がその国を表現しているか、それをまじかに見るのも良い機会かもしれない。
しかし今回の新型肺炎の拡散は予想を遥かに超えている。サーズやマーズそして今回のコロナウイルスと人類が今まで経験したことのない猛威は一国では抑えきれないだろう。世界規模でまだまだ拡散されるに違いない。前回のサーズなど終息に7~8か月を要したのを見ても、今回の新型肺炎はもっと制限をかけてしまわないと取り返しのつかない事態になるようで怖い気がする。
毎日こんな事を思いながらニュースを見たいとは思わないだろうが、情報の正確なところを包み隠さず出してほしいものだ。
これで『桜』や何かがうやむやにされては困るが。
誰かが言っていたが今回の騒動を一番喜んでいるのは何を隠そう今一番窮地に立っているわが国の一番偉い人だろう。そう思えてならないのは私だけだろうか?

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2020年01月28日

何を信じればいいのか・・・

連日の様に新型肺炎のコロナウイルスのニュースが報じられている。
ここでも書いたが中国の報道を鵜呑みにしてはいけないと言っていたが本当に危険な域まで達したと言うことだろう。全て自国の報道で不都合なことはシャットアウトしていたがもうここにきて隠しきれない状態になってしまった。現地の報道も又現地に居た人の話としてネットニュースでも出てきているが我々が考える以上のようだ。
潜伏期間云々より飛行機や列車などの限られた空間に居れば感染しない方がおかしい位だしいくら水際作戦と言っても体温だけでは不安なことは百も承知、でもそこに行かなくてはならない人やそこから帰って来なくてはいけない人には終息を待ってはいられない。手洗い嗽など自分で出来る事は自らの身を守ると言うことからも率先して行って貰いたいものだ。春節で日本に来て居る人がどうのこうのと言っているわけではないが、旅行者も日本は綺麗で清潔で安心の出来る国と言うことで来日しているから何処何処からの人の入店はお断りとはいかないだろう。
丁度、インフルエンザの季節と相まってこの騒動で今やマスクはバカ売れ状態で業者にも在庫が少なくなっているそうです。偶々当医院では年末にマスクと手袋を買いこんでいて今の間しばらくは安心はしていますが、前回のサーズの時にも知り合いの頼みでマスクを中国に送った経験があります。まだ今回はそんな依頼は無いですがこのまま収束になって欲しいものです。
最近は夜の出歩きが無いもので人込みにも行っていないからと言って安心はできません。勿論職業柄の手洗い嗽は欠かさず行っています。皆さんも手洗い嗽を・・・

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2020年01月27日

ニュースは正確に・・・

今朝はしっかりとした雨模様、関東地方は段々と雪の様子ですと天気予報が言っている。南岸低気圧の影響だそうだ。いつものこの時期は乾燥した天気が続き今流行のインフルエンザにも大きな影響が出そうだ。しかしこの雨で乾燥は弛むしコロナウイルスの流行も少々収まってくれるのを期待する。
先日、当医院に外国の人が患者さんに来られた。少しばかり日本語が喋れるが最近の有難い機械を持って来られた。それは自国語で喋ったら日本語で応答してくれる機械だった。返答するにもこちらがその機械に向かって日本語で喋れば母国語に翻訳してくれる優れものだった。コレ一台あれば身振り手振りの必要が無い。
こんな事を言えば偏見だとか言うことを言われるのを覚悟で言わせてもらえれば、コロナウイルスが発症している国がその発症している都市を封鎖して外に感染を広げない処置をとったとか。当医院にもそこの駐在していて2~3か月に一度帰国するたびに来院される患者さんが居るが2月に春節の終わった時期に毎年来院されていた。
その方から先週に国際電話があって「今暫くは海外に出る手段が無いので暫く落ち着くまで行けません」と言う内容だった。昨日のニュースでは日本の首相が臨時便を出して帰国を手助けするとか言っていたが、日本人全員がそれを利用できるものではないらしい。やはり仕事から離れられない人も居る。実際に向こうで住んで家族も居てなかなか帰国できないとか。それにその地域のネットのニュースも一方的に遮断されていて本来の情報がなかなか取れないとか言っていた。
基本、政府に批判的なニュースや、情報はコントロールされる国では正確な情報が把握できないでいるから恐ろしい。何でも病院は患者さんで溢れかえっているらしい。そんな情報は聞いたことも見たことも無いが現地の人の話では相当なことになっているとか。こんな事が外に漏れればもっと風評被害が出るのは必至。
そこできっと情報操作をしているに違いないと勘ぐってしまう。
なにわともあれ正確な情報を早く国民に知らせて貰えることを期待している。

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2020年01月24日

注意にこしたことは無い

異常に暖かい朝だ。昨日との温度差が結構あると今朝の天気予報でも言っていた。
それに家を出て真っ暗な中を車で走ると街灯にうっすらと霧のようなものが映っている。地面との気温差がそうさせるのだろうか。
日中が15度予想だから3月下旬だそうだ。大寒直後にこの気温、二十四節季もたまったものじゃない。
来週で1月も終わる、早いもので一か月経ってしまうと言うことだ。お正月気分が抜けたと思ったら1月も終了、2月は逃げると言って早く過ぎるのかと思ったら今年はオリンピックの年で4年に一度の閏年。一日得をしたのか損をしたのか?
最近、コロナウイルスによる肺炎のニュースが騒がれている。ウイルスは目に見えないから恐ろしい。飛行機などの機密性の高い乗り物で長時間にわたり行動を共にしていると正常な人でも感染の危険に晒される。満員電車その他の乗り物にしても同じことだ。潜伏期間がどうのこうのでは無い。自分自身でいくら気をつけていても感染する時は感染する。ニュースでも言っていたが中国当局の発表は後出しじゃんけんの様に言われれば出す、言われれば出すの繰り返しに思えてならない。実際は発表の何倍かの感染者が要るに違いない。人口統計や貿易統計すら信用できない国だからだ。
今年は2020東京オリンピックの年で海外から多くの外国人が日本を訪れる。
そんな中ちゃんと水際で対策が出来るかの方が問題だ。
いくら保健衛生がちゃんとしていると言ってもどこまで食い止めることが出来るか政府も本腰を入れて考えて貰いたい。
インフルエンザの流行も聞こえてきた。これと薬漬けの日本人には特効薬はないのかもしれない。何かあったらすぐに薬を飲む、抗生物質を直ぐに飲みたがる民族。
自然治癒力の低下が指摘されている。どれだけこれからこのニュースが毎日のように賑わいを見せるか、嫌なことだが注意して見て見よう。

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2020年01月23日

雨の朝に思うこと

今朝は雨だ、今週の天気予報にも傘マークが並んでいる。
この時期にしては珍しいが寒さはちょっとマシで尚且つ乾燥からは外れるので風邪には丁度良いのかもしれない。適度のお湿りは喉に良いと言われているからだ。
先日のニュースで北海道や東北地方で雪不足が報じられていて各地の雪まつりが中止か順延になる様な報道がなされていたがその後はどうなったんだろう。
私の地域にはひと冬に雪が1度か2度見かければ良い方だが、子供の頃(小学校時代)小学校の運動場の裏側に池があってその池が凍ったことがひと冬に何度もあった。
その凍った氷の上に石を投げつけて遊んだ記憶がある。それからはもう池の水が氷ることが無くなった。それだけ温暖化が進んだと言うことか。
先週の土日にセンター試験の解説が新聞紙上に書かれていた。今さらセンター試験をしようとは思わないが問題位は見ておこうと問題文を読んでみた。
大学入試センター試験だから出来なくて当たり前の感じで問題を読んだ。
何より新聞に載るくらいだからかなり小さな文字で解説されていて老眼鏡でさえ小さく見える文字と格闘した。こんな問題を解ける人が何人いるのか?そう思わざるを得なかった。そして今日の新聞にはその正解率が乗っていた。平均半分取れれば何とかなるラインか?
しかしそれより少し前の新聞にあの灘中学だったか灘高校だったか忘れたが入試問題が乗っていた。こちらの方が面白かったと言うか、こんな問題を小学生や中学生が解けるのか?そう思わざるを得なかったのを思い出した。
同級生に塾の教師をしていた奴が居るが、一度聞いたことがあった。
「あんな問題どうして解くんや?」
「あそこの問題は総合的に分らないと解けない問題や」だと。
一夜漬けでは勿論できないのは分っているが総合力を試されていると知って納得した。関西では灘、甲陽、ラサールと昔から名門と言われる所はあるが、そこの出身者も何人かは知っている。言える事はそいつら全てが我々の感覚とは違った感性を持っていると言うことだ。小学生の時代からクラスでトップ、だから受験してもっと上の学校を目指すのだろう。今、テレビで「あいつ今何してる」というような番組がある。有名人が学生時代の思い出にクラスの○○は今みたいな番組だ。
大体学力優秀、スポーツ万能、みたいな奴を紹介する番組だ。
我々には計り知れない何かを持ち合わせた奴らの今を紹介している番組だ。
テレビに出ている当人も我々からすれば凄い人なのに、それ以上の人って旦どんな暮らしをしているのかは興味があるが努力して出来るものではない。レベルが違うと言うか次元が違うからだ。その中の一人が言っていた言葉が気になる。それは
『努力もしないのに結果を求めても仕方がない』だ。
スポーツの世界では特に二流と一流の差は歴然、そして一流と超一流の差はもっとすごい。プロになるだけでもすごいのにその中での上って計り知れないものがある。

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2020年01月22日

昨日、鬼さん来院 節分にはまだ早いはず・・・

昨日、連れが我が家に晩飯を食いに来た。
いつもは近所のファミレスで会うことが多かったがそこのファミレスが完全禁煙になったとかで諦めて我が家にやって来た。しかし我が家も勿論煙草を吸う人は居ないし灰皿すらない。当人にも我が家に来ても煙草は吸えないことを重々に言ってあるがそこはそいつのファミレスに対する細やかな抵抗だそうだ。
「あんなに利用してやったのに完全禁煙にしやがった」そう言ってぶつぶつ文句ばかりを言っていた。確かに完全禁煙の場所は増えたように思う。それで逆に喫煙できる喫茶店がもてはやされる。当医院の患者さんの所の喫茶店は完全喫煙?そんな言葉があるかないかは知らないがマスターも奥さんもかなりのヘビースモーカー。
別にそこまで禁煙、禁煙と言わないでもいいのにとオカンムリ。だからそこの喫茶店に行ったら直ぐに分る、帰って来て白衣に着替えようと服を脱ぐときにもうタバコのにおいが付いているからだ。ココのブログの第一歩目に書いたことを思い出した。
それは匂いには二つの呼び名があって良い匂いと悪い臭い。その名の通り匂いと臭いだ。だから現在の風潮としてタバコは匂いから臭いに変わってしまったと言うことだ。昔は電車にも特に特急電車などにも灰皿があったし飛行機ですらタバコが吸えた。あと駅や映画観、それに皆さん覚えていますか?学校の職員室も煙がもうもうとしていたことを。校舎の裏やトイレでタバコをふかしていた学生さん、職員室なら堂々と吸えたのに。(もちろん学生さんはダメですが)そして我々なんか大学病院の待合室でもタバコが吸えたのです。そんな時代を知っている我々世代は今が如何に肩身の狭い時代になってしまったと嘆くより諦めの境地が先に経ってしまったのではないでしょうか。だから煙草を吸わない人にとっては大きな勝利だと思います。やった、やった、と成功したことを言うよりかなり少数者にはなりましたが喫煙者の権利も考えてあげてはどうでしょうか。忘れもしない私の経験では高校時代の体育教官室のあの前すら見えない煙もうもうの部屋、そこに居た鬼のような体育教師の先生方はもし今御健在ならどう思ったのでしょうか?
その先生の一人が昨日当診療所にお越しになりました。まだ当時の面影はありますがごくごく小さな鬼教官のままでした。そして一言、
「おい、オマエ痛くするなよ」だと。痛くする前にもうすでに歯は無いじゃないですか・・・

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2020年01月21日

受験生は頑張ってくださいね

先週末の土日には最後のセンター試験が行われた。海外では遅れそうになった受験生を警察が会場まで送り届ける映像が毎年のように放送されている。
日本では当たり前だがそう言ったことは無いから事前に遅れないように受験生が対処している。
この時期は私学の中学校の受験で受験校の前には旗を持った塾の人が多く見送りに来て居る。正月もなくこの試験のためにすべてをささげてきた受験生には心強い応援だろう。
私の大学受験も忘れもしない寒い雪の降る日だった。控室は受験生の親が沢山いて結局は教室かグラウンドの石段に座って昼飯を食べた記憶がある。弁当箱の上に雪が積もるなんて考えられない光景で、滅多に雪など見ない市内の私などはこんな所に通えるかどうか一抹の不安があった。高校の同級生たちと一緒に昼飯を食ったが仲良しのようでこいつらが全てライバルと思えば何だか不思議な気持ちになったのを思い出す。最初の第一次希望の段階で48人いたクラスの約30人が同じ大学を希望して最終的にはクラスで10人が受験した。結果は2名が合格。私もラッキーな方だったがもう一人の奴は「必ず合格するから」と変な自信を持った奴だった。同じ高校から結局は8名が同級生になってしまったが半分が浪人生だった。現役が4人、浪人が4人。
浪人生が当たり前の様にいるがクラスの半分くらいが現役で後の半分が1浪、2浪生だと言うことを後で聞いた。
年齢が違うと言うことが不思議でならなかったが、医学部、歯学部では当然の様に入学した年齢より卒業した年齢が同じ同級生としては大事なことだ。
中には下の学年になった同級生も何人もいる。先に行くことは絶対にないのだが、1学年下。2学年下なんて当たり前の様にいる。我々の社会はこの卒業の学年がものを言う。ましてクラブなど入ってしまうとより一層その関係は大事になる。
いわば縦社会の縮図のようなもの、1学年上は神様で1学年下は○○のようなものだ。(ここで書けないが)
今でもたまに講習会などで先輩後輩と会うが、クラブの先輩を見つけたらその日の飯代が浮く。逆に後輩に見つけられたらその日の飯代は倍になる。
結局は上下関係の世界、それもまた吉だと思う。だからいつも先輩には感謝している。そして後輩には感謝されている?と思いたい。
今日のひと言は『感謝は感謝を呼ぶ、感謝しないから感謝されないだけだ』

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2020年01月20日

さてさてどうなったのかは知りませんが・・・

今日は大寒、二十四節気の内の一番寒い季節だそうだ。
今朝の冷え込みはそうでも無くて、これもまた地球温暖化の影響なのだろうか。
昨日は連れともう一人の連れの家にお邪魔した。そこは高層マンションの最上階のお部屋。周りをぐるっと見渡せる眺めは最高のお部屋。(高いんだろうなぁ)
最初に訪れた時は正直高所恐怖症の人には絶対に住めないと思った。それにソファに座っても何か身体が揺れている感覚がして正直、軽い船酔いのようにも感じた。
高層マンションに住んでいる奴は何人か知っているが最上階はここだけだ。
窓を開けても何にも音が聞こえない。無音状態。雨が降っても雨の落さえ聞こえない。ただ風は凄い。台風の時はゴーゴーという音と、揺れにソファに横になっていても船の中状態だそうだ。
昼飯を御馳走になってオッサンばかり三人がウダウダ話で時間を過ごした。
前の大阪北部地震の時にここのマンションも結構揺れたそうだが何より停電になって電気が通らなかったことが何よりの難だと言っていた。トイレは使えずエレベーターもストップ。階段で降りることは出来ても上がるのは何度も途中休憩をしないといけないと言っていた。そりゃ今回お邪魔した時ももしも今地震が起こればエレベーターの中に閉じ込められると出るに出れないから、閉所恐怖症の私はタダ目をつぶって最上階に付くのを待たねばならなかった。
何度来てもこの感覚は嫌なもので、初めて来たやつははしゃいでいるが二度目からははしゃぐ奴は居ない。
デリバリーを取ってくれていたので、私以外の2人は酒をガブガブト飲んで煩い位に話し込んでいた。
そして話が一回りしたころにそこの奥さんが帰って来た。何度も会っている奥さんだが我々が来ることは知らせていなかったみたいだ。
リビングに居ても聞こえる位の声で奥さんが「来るなら来るって言っといて」何だか雲行きが怪しくなってきた。「そろそろ時間もきたので、ここらでお暇しようか」そう言ったら、連れはこそっと言った。
『一人にせんといて』だと。そんなこと知るかい。夫婦の問題は夫婦で解決してくれ。そして今日のひと言は、『なんとかなるし、なんとかするするもの』

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2020年01月17日

今日は震災後25年が経っても思い出すことは・・・

25年前の1月17日午前5時46分に阪神淡路大震災が起こった。
あれから25年が経ったが、そうかもう25年かという感想が頭をよぎった。
東日本大震災を経験しこの大阪でも大阪北部地震を経験し災害には何と無力なことかとつくづく思わされた。しかしそこから我々は学ぶことも多かった。
記憶からは早く無くなって欲しいと思う反面、記憶の中にずっと残って居て欲しいと思うのは誰もが同じだと思う。
震災は忘れたころのやって来るとは誰が言ったかは知らないがその通りだと思う。
少しばかり思い出したくはないが毎年この日が来ると思い出すことがある。
あの地震の後、私は自宅は大丈夫だったので診療所が心配で見に来た時に、その道すがら信号が止まっていたりビルの外壁が剥がれ落ちたり、電線が垂れ下がっていたりと今迄見たことも無い光景だった。診療所内は机の上に積んでいた本やコピーの用紙が床に落ちていたり足の踏み場もない状態だった。額が傾いたりしていて何から手を付ければいいのかと思うほどだった。
そして安全の確認後、爺さん婆さんが甲子園に居てここから普段なら2~30分で車で行けるところが5時間余りかかった。昼前に出たのに到着したのが夕方だったのを思い出す。一向に車が動かず結局は甲子園の手前の武庫川の河川に車を置いて歩いて家まで行ったのを思い出す。そして周りの家が屋根が落ちたり塀が崩れている横を通って家まで行った。その前年にリフォームした台所に年寄り二人が座っていた。二階を見に行った時屋根が落ちていて空が見えたのを思い出した。
居間が屋根と二階を支えてくれていた。命拾いの前年のリフォームだった。
それから長い間電車に乗っても車に乗ってもブルーシートの屋根を覆う青色だけが脳裏に浮かんでいた。
生きるか死ぬかは紙一重、そう言われたがその当時思ったことは生きるかではなく生き抜くかだと思った。避難場所に想像以上の人が駆けつけ、共同生活でストレスになったり自衛隊の存在を有難く思ったりして過ごした。今では考えられないだろうがテレビの画面には亡くなった方の氏名などが流されていた。
そんな経験をされた方々ももう高齢になってそれらを受け継ぐ方々もどうやってこの教訓を後世に残すかが問題だと思う。あの時に助けられた命、そのおかげで警察官や消防士や自衛官になった子供たちも沢山いたのには驚いた。
感謝と一言で言ってもいろんな感謝があってその道に進んだ方々には強い思い入れがあるに違いないと思う。
今日のひと言は『他人を大事に出来ない人は、自分も大事に出来ない』と言うことだ。

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2020年01月16日

根気が無いから、運気も無い

私の連れに多趣味の奴が居る。
こう言えば如何にも良いように聞こえるが、これが全て長く続いたことが無いのだ。
皆さんの中にも同じように多趣味な方は居ると思いますがどうですか?
そこそこ続いていますか?そいつは他の人がやっている趣味を「ソレ、俺に向いているかも?」と、よく言えば決断が早い、しかし悪く言えば根気が無い、長続きがしないとなるのです。
わが国には何十年、何百年と続いてきた匠の業という言葉があります。
1つの事に打ち込んでずっとそのことだけ続けることがいかに大変で苦労が多い事かはよく分かると思います。どんな仕事でも商売でもまぁ10年続けばよく持った方と言われます。特に食べ物屋さんなどその傾向があってチェーン店ですら結果が出なければ直ぐに閉店するのです。一時はやっていた○○ステーキなどがその例です。
最初は珍しくて行列が出来るお店とかもてはやされましたが、海外に進出してもダメとなったら即撤退。それはそれで決断が早いのは良いことなのかもしれませんが、
石の上にも三年とはいかないものでした。
最近の私の周りでも特に食べ物屋さんがどんどん変わりちょっと行かないと違う店に変わっていると言った事があちらこちらでありました。
特に去年は。
そんな中でも地道にコツコツと商売をして来たお店は流行に流されないで今も残っているのを見るにつけ誰かが言っていた『商売は牛の涎』という言葉を思い出しました。最近の若い子にこの話をしてもなかなか分って貰えないかもしれませんが、昔の人がよく使っていた言葉で牛の涎が途切れることなく流れ出る様子で、商売と言うものは直ぐに結果が出るのではなく牛の涎の様に細く長くといった意味です。
最近の若い人はという言葉はあまり好きな言葉ではありませんが、あえて言わせてもらえば好きになるものが少ないから続かないとか言われます。
だから私から言わせてもらえば「根気が無いから、運気も無い」です。
どんな仕事にも最初から上手く行くものなどありません。十分な情報分析をしてまずは1年、そして3年、5年と目標を立てて一つずつクリアしたらよいのではないでしょうか。

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2020年01月15日

今日はどんど焼きだ

今日は1月15日、昔で言えば成人式。1月の第二月曜日に変更されたが我々世代には15日が成人の日と言う考え方が頭から抜けない。
そして15日はどんど焼きだ。コレは正月飾りの注連縄や門松をお迎えした歳神をお見送りする行事だ。
しかし最近は除夜の鐘すら煩いとかどんど焼きの煙が火事と間違うからとか、昔の大事な行事がことごとく文句を言われることが多くなった。
除夜の鐘の108は煩悩の数と言われお正月を迎えるのになくてはならないもののはずが、最近ではこんな所にもイチャモンが付くらしい。
最近の住宅事情か知らないが、元々そこにお寺があってそのことが分ってそこに家を建てたのなら文句を言う筋合いではないと思うが。確かにどんどの方は街中では難しいものもあるとは思うが何も一日中焚いているわけでもあるまい。
少数派の意見が如何にも正義とばかりまかり通る世の中になってしまった。
これからの時代、昔の風習などくそくらえなのか?私はそれは間違っているように思えてならない。その人は正月に神社仏閣にお参りはしないのか?クリスマスを祝うこともしないのか?何もかも自分が気に入らないことは声を挙げれば何でも聞いてくれるのか?それはおかしい。自分の正義が皆の正義とは限らない。世知辛い世の中になってしまったと嘆くのは歳をとったせいなのか。
こんな人たちに送る言葉を紹介しよう。
『些細なことへの感謝は忘れない、些細な不愉快は気にしない』
例えこんな考えの人が1%いやもっと少なくても今やこの意見がまかり通る世の中にはなって欲しくない。

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2020年01月14日

頑張れ新成人たち

昨日は成人式だった。我々世代には15日が成人式と言う感じが拭いきれない。
天候に恵まれて新成人は何を思ったのだろうか。我々の時代はまだ高度成長という言葉がまかり通った時代だったし、同級生たちもいろんな方面に活躍の場を求めて出て行った。私は成人式当日は大学のテニス部のクラブの試合があってその当時区役所や区民ホールので同級生たちがお祝いの成人式に出席していた場所には行けなかった。その代わり二次会三次会の場所には参加した記憶がある。二十歳になったらお酒が飲めると言われるが、飲む奴らは二十歳になる前から勿論飲んでいたがそれより煙草をやる奴の方が多かった。家系的にお酒の飲めない奴もいてお酒は余り勧められなかったが煙草は高校時代からやっていた奴らが多かった。変なもので酒もよし、煙草もよしとなったら変わり者の奴らは「堂々と飲めたり吸えたりするのはどうかと思う」と訳の分からない言い訳で中には二十歳を吉祥に酒も煙草も辞めると言う変わり者も居た。
我々の中には18禁のパチンコや雑誌に興味を示す奴の方が多かった。
最近の若者はどうだろう、余りパチンコに興味のない人も多いだろうし、18禁の雑誌などインターネットでいくらでも見ることが出来る時代、そう思うと昔が懐かしく思えてしまう。
新成人に送る言葉を考えたが今どきの子たちの方が我々の頃の様に後先を考えずに行動する子が少なくなったようにも思える。ちゃんと考えてこの先を見据えているように思えてならない。しっかりした子が多いと言うことだ。
ここで老婆心ながらその新成人に送る言葉を考えてみた。
『考える順番を間違えると答えに辿り着けない』ということを。
あれやこれや考えるのは良いことだが回り道も大事だがこの考える順番を大事にしないとなかなか答えには辿りつけないと言うことを新成人に送る言葉としよう。
未来は君たちにかかっている。頑張れ新成人たち。

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2020年01月10日

今日の教訓は・・・

朝からテレビで西宮戎の福男神事をナマで見た。
6時開門で一斉に飛び出して、本殿までの参道を駆け抜ける様子は見ていて気持ちが良いものだった。誰かが言っていたことで恐縮だがこの様子を例えた話が妙に興味深かったので紹介する。些か艶めかしいと思われるかもしれないが神事と言うことでご勘弁願いたい。
それはこうだ。開門と同時に参道を駆けて行くさまは精子が子宮に向かって産道を駆けて行く様子と似ている。そして神事の方は三着までが福男として認められるが子宮に向かって登って行く精子は一着のみが受精する。
なるほどそう言われてみればそう言うことかと妙に納得したのを思い出した。
人間の神秘と神様の神事と似ていると言えば似ているかと勝手に納得したものだ。
世の中いろんな事で波風はある。いつもいつも順風満帆とはいかない。順調に行ってもうそこがゴールと言うときに今日の福男神事でもゴール直前に転んだ人が居る。
それも人生、勝手にそう思っているがこけた人はこれからもそのことを教訓にして生きて行くのだろうと、コレまた勝手な推察ではあるが。
人は波風の無いのを好む人も居るが、いやいや波風があるのが面白いと思っている人も居る。私も手前勝手な方だが順風満帆も好めば、少々の波瀾万丈も好きな方だ。
ここで思い出す言葉がある。それは「楽に生きるのは楽ではなく、楽しく生きるのは楽しい」という言葉だ。
要は思い方一つで楽にでもなるし楽にもならないと言うことだ。

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2020年01月09日

久しぶりの再会は駐車場・・・

昨日、帰りにいつも買い物をするスーパーに行った。駐車場の何時も置いている場所に車があったのでその横に停めた。私専用の❓場所に何やら見覚えのある車が止まっていた。運転手はスマホを見ていた。買い物を済ませて自分の車に乗り込んだ時横の車の窓が開いた。見覚えのある顔、連れだった。
「やっぱりオマエの車やったんか」
「何やいきなり」
「○○から聞いてたで、オマエが車を替えたこと」
「ほっとけや」
「丁度エエわ、これ渡しておくわ」
「何やそれ?」
「年賀状や、ポストに入れに行く途中や」
こんな会話だった。ポストに入れるか近所やから自宅のポストに入れるか考えていただと。ずぼらな奴でも憎めない奴だ。久しぶりに会ったのと会話が弾んだのとで30分ほど時間が経ってしまった。しまった、アイスクリームを買っていたのだ。思い出してそれを取り出して駐車場で二人で食べてしまった。
何年かぶりに会っても連れは連れ、話は尽きない。誰がどうした誰はこうだったと、情報はかなり持っている奴だ。久しぶりはいいが又、会いたいと言う話だったのだがコイツは他の連れに愛想が悪いとかで暫く干されていたのを思い出した。
果たしてそのことを他の連れに言っても良いものかどうか自問自答してしまった。
コイツは人一倍プライドの高い奴でそこの所が他の連れに嫌がられていたのを思い出した。でも年齢を重ねて私から見たらかなり丸くなったようにも思う。
少々頭が良いのと運動が出来るので他の連れから言わせればそこが癪に障るらしい。まぁ私などあまりそう言ったことに関心が無いのでそこまで分らなかったが、酔うと結構くだを撒くらしい。プライドが高くて周囲に気をつかわないから嫌われる。そういった奴だ。今の見た目は好好爺だがどこか喋っていてそれを感じた。
よく言うではないか、「プライドを守ると弱くなり、プライドを捨てると強くなる」と。コイツを見ていてそう思ってしまった。

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2020年01月08日

運は引き寄せるもの

今朝は久々にしっかりとした雨が降っている。昨日は七草粥を頂いた。
正月明けの弱った胃腸を整えると言う意味で昔からの言い伝えである。これまた先人の知恵だろう。全く理に適っている。最近の若い子たちはお節をあまり食べないし正月もお店も開いていて胃腸に負担をかけていないから整えると言う意味さえ知らないのだろう。連れに聞いたら、連れ所の子供が「何でこんな草を食べるの?」だと。
草には違いが無いがそこには先人の知恵が詰まっているとその親は説明したとか。
「草より良い胃腸薬があるのに」と言われて返す言葉も無かったと言っていた。
明日から戎さんだ。近所の戎神社の飾りも準備がしてあるがこの雨でまだ飾りつけまではしていない。そしてこの時期は西宮戎の福男神事が執り行われる。一番福を誰が引くか、先頭集団の中からか二列目からか。当医院の患者さんで一番福を逃したが二番福を引き当てた患者さんが居る。その年の一年は良いことがあったか聞いたらあまり無かったとか。そこの家族はその人が大学生で二番福を聞き当てお姉ちゃんだか妹さんだか忘れたが今宮戎の福娘に当選したとか。結局はお目出度い一家になったと言っていた。今年の運も向こうからやって来ると思っていてはなかなかやって来ないものだ。運は自らの力で引き寄せるものと聞いたことがある。正月早々、御神籤で大吉を引いて「今年はラッキーな年になる」と思ってはいませんか?いやいやそうではりません。誰かが言っていましたが運が良い人はただ待っているだけでは運はやって来ないのだそうです。
運と言うのは「覚悟と自信と情報と知恵」が揃わないとやって来ないのだそうです。だから御神籤を引いただけで大吉が出ただけではまだスタートラインに着いただけなのです。引きの強さがモノを言うとか、そうは思いませんか。

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2020年01月07日

今年の年賀状は・・・

今年に限った事ではないが、今年の年賀状に何通か「来年以降のお年賀をご辞退申し上げます」の最後の年賀状が入っていた。
昨年末にも喪中ハガキや診療所を閉院する旨の挨拶状を頂いた。考えてみれば私ですら今年は65歳を迎えようとしているが、先輩の先生方には70歳を超える方や中には80歳を超える方が混じっておられる。仕方がない事なのかもしれないが寂しさを感じて仕方がない。実際にお目にかかることは無いが年賀状が唯一の安否確認の手段だったから。平素はどうされているのだろうとか気にはなるがそれ以上の行動も起こさないから、年賀状が来た時に「お元気で何より」と毎年思っていた。
昔からの慣わしが良い悪いではない。何でもメールで済ませれるのは良いと言えば良いのかもしれないが、印刷された中に一筆書き加えられた年賀状は嬉しいものだ。
一時期は子供の写真や家族の写真を送って来られる方もいたがそう言った写真付きの年賀状は正直始末に困る。処分できないからどんどん溜まる。中には成長の記録のような写真付きの年賀状もある。そいつは大学時代の同級生だが結婚を機会に夫婦の写真、子供が出来たら子どもの写真、二人目が出来たら家族4人の写真。それがずっと続いて子供が結婚して孫との写真。だからそいつの歴史をその年賀状に見ることが出来る。また中にこんな奴もいる。それは必ず年賀状の片隅に私の誕生日は1月1日、二重に喜ばしい云々と書き加えてある奴だ。
確かに皆からオメデトウ、オメデトウと言われては悪い気はしないと常々言っている奴だが正月がおめでたいのか、誕生日がおめでたいのか。
話は戻るが喪中ハガキは余り喜ばしいことではないが我々の親の年代はそろそろ鬼籍の入る年代だ。本人が亡くなってしまったのではお悔やみも言われないから喪中明けた年に新たに年賀状の復活をしようかどうか迷っている次第だ。
まだまだ出したのに帰って来ない年賀状やら、出していないのに頂いた年賀状の整理が暫くは続くことになるだろう。

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2020年01月06日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今日から仕事始めです。とは言っても今年になってから3度診療所には来て居ます。
毎年、年初めに今年の目標、抱負などを思うのですが今まで誰にも言ったことが無く、言うと何だか達成できそうにも無いので言わなかったのですが、初めて去年の目標が達成できたので自分で思うより人様の前に言うことで退路を断つ覚悟が出来ました。そんなに大げさなことではありません。でもこうして言うとなるとウソつきにはなりたくないのでなかなか勇気がありませんでした。
今までの目標は『ダイエット』でした。まぁ何とか嘘つきにはならずにすんでよかったと思っています。1年で15キロほどダイエットが出来ました、追々、どうしたらできたかを説明したいと思います。そして今年の目標ですがこれも今まで毎年思っていたことですが簡単に言えば「量より質」とでも言いましょうか今までの仕事にも遊びにも通じたことですがこの質を上げることを今年の目標にしようと思いました。
今までは何となくが多かったことに今年からは精いっぱいに頑張ろうと思った次第です。年末にも診療所の掃除をしながら思ったのですが何となく中途半端なことが多くやり切った感が無い思いがしたので、今年は少しでもそう言った感を減らそうと思いました。
沢山の目標を掲げても十の内一つや二つが達成できてもそれに満足していたのを一つの目標を確実に達成したら次の目標に移れるように、そうすれば満足感も出るに違いないと思ったからです。
今年の正月に三社参りをして、元旦から縁起の良い雀を見たし昨年には今年の持ち物のあるものを買ったし(また追々と発表します)益々良い年になることを願って新年早々気持ちも新たに仕事に入ろうと思います。
皆さまにも益々のご健勝をお祈り申し上げて新年のあいさつに代えさせて頂きます。

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