2020年06月30日

今朝の雨で思ったことは・・・

今朝はしっかりとした雨だ。九州地方は何十年に一度の雨が降ったとか。
ここ最近の報道で何十年に一度の云々と言うのがあるが、異常気象であるのには変わりがない。河川の氾濫は相変わらずでそこまで水がやって来るとは思わずに整備されてきたことに人の考え以上の自然の前にはなす術もないと言うことだろう。もと川があった場所に工事をして土地を作ってその上に住宅地を作った所なんて全国にいくらでもある。また山を切り開いて造成地を作りそこにニュータウンを建設したところもいくらでもある。日本は土地が少ない上に山からの急流が整地には大きな障害がある。だから少しでも多くの雨が降れば土砂災害が起こり濁流が街を押し流してしまうのだ。この国に住めば少しでもその事を考えて場所を選ぶ人も居るが地震大国のこの国では何処でも地震に逢うしちょっと大雨が降れば水が溢れることを考えておかなければならない。
私の子供の頃の話をすれば恐縮だがここまでの雨は降られた記憶も無い。川が溢れて避難すると言ったことも無い。自然を避けると言う発想も無く大難は小難へ、小難は無難へと科学的根拠もなくただ自然に祈りをささげることくらいしか無かったように思う。その一例が今も一部で行われている「てるてる坊主」だろう。
行事や遠足の前の晩に窓の外にてるてる坊主を作って吊るした記憶がある。
そしてこれも前に書いたが下駄や靴を放り上げて表か裏化で天気予報をするなんて今の気象レーダーの時代では何と子供らしい発想だと言われるかもしれない。
それくらい現代科学は一夜にして風情のある昔からの慣わしやしきたりを変えてしまったようだ。
スーパーコンピューターによる予想が格段に正確性を増しスピード感が出てきた昨今、コレを上手に取り入れながら文明は進歩していくのだろう。でもこれで災害が無くなるわけではない。そこの所を我々人間は謙虚に捉えねばならないと思う。

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2020年06月29日

今が必死か いやいつも必死だ

今日は梅雨の中休みか洗濯日和の予報が出ている。
しかし同じ予報でも東京の感染者の数が日に日に増していくのは第二波が来たとか、いやまだコレは第二波ではないとかテレビの解説者が言っている間にあちらこちらで規制を緩和した影響が出てきている。あくまで予想した範囲での話だと言うが数字で見せられると怖いものがある。遊園地やアトラクション、密にならなければと観客席を一つ飛ばしで着席させている様子を見ていると、そこまでしないといけないのか、そこまでして行きたいのかと思ってしまう。
今回の騒動で一番の問題が生活をしていくうえで欠かせないお金の問題は避けて通れないだろう。収入が半減したり家賃の支払いが出来ないとかテレワークでこれからの仕事の環境が変わったとか言っている前にお金の問題が大きく影響していることを御偉い方は全く分っていない。当たり前だがお役人様は給料も減らなければお金の苦労なんて全くの他人事。家賃の保証をしたってローンの保証なんかしてくれない。
貯金もそろそろ底をつく事態になっている人がいかに多く居るかを分って欲しい。それに比べて日本以外の国ではまだ新型コロナウイルスの猛威は収まる傾向には無い。
ワクチンさえまだ未定だ。今までの様な生活がこれからも送れると思っていらっしゃるのかお役人や政治家の皆さんは。そう思っているならもっと庶民の声を聞かれては如何なものかと思ってしまう。今年ももう半分が過ぎようとしているがほぼコロナで半分は仕事にその他の生活に大きな影響が出てしまった。このまま消息を願いたいが第二波、第三波を考えながら生活をしていくのだろう。
自分の身は自分で守ると言う基本的な考え方は変わらないが何かしらどこかでしらっとみている自分が居るのに気が付いてしまった。
そうなんだ、今を必至で生きていることをもっと知って欲しいと言うことを誰にどうして伝えるのか分らないまま生活をしているように思えるのだが。

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2020年06月26日

夏の準備も整った・・・

九州地方は50年に一度の豪雨に見舞われたところもあった。
ここ最近よく聞く『線状降水帯』なる雲の流れで次から次へと雲が湧き次々雨を降らせるから止む間が無く雨量が増している。
必ずここ数年はこのような線状降水帯が何処かで発生していて、次はわが県かとやきもきさせられる。これも気象レーダーの進歩がもたらした発見だろう。
それに私がいつも見ている『気象レーダー』なるものの精度が格段に良くなって、雨雲の様子が手に取るように分るから助かる。例えば私の住む大阪市の場合、周りは雨雲が通過する様子をその雨雲レーダーで見ながら、少しの間の雨雲の切れ目があったらその間に近所のスーパーまで買い物に走る時、傘を持つか持たないかで迷ったりしていたが、雨雲の切れ目を見たらそのまま傘を持たずとも行き帰り雨に遇うことは無くなった、そう思うと便利になったものだと感心する。
昔子供の頃に靴や下駄を「明日天気にな~れ」と放り上げた記憶のある方も居ると思う。今の子供はそんな遊びはしないと思うが、何故かそんな遊びをしていたことを懐かしく思ったりする。今ならそんなことをする暇にスマホを取り出して「ちょっと待って、今の雨雲レーダーでは・・・」こんな会話が出たりするのだろうか。
この歳になると昔、やっていたことで最近はやらなくなったことが多い事に気が付く。その一つに『打ち水』と言うのがある。夏の暑い日中から夕方にかけて散水することで気化熱で温度を下げると言う風情のある行いだが、今のような水を撒けば瞬時に蒸発するようなアスファルトの地面では無くまだ土の地面に水を撒くとその土の上に水が染み込んで涼しく感じる、そしてその上を通る風がひんやり感じる、今では絶対に体感できないものである。その代わり今では汗をかけば冷感体験できるボディーペーパーで一瞬に汗が引く便利なものもある。
世の中の進歩を否定するつもりはさらさら無い、昔を懐かしんでばかりも仕方がない。今の子たちには経験できない事を経験した大人の経験がこうさせているのだ。
そりゃ、昔にこんな便利なグッズがあれば使わない手は無い。昨年から愛用のポータブル扇風機をついに出してきた。軽くて手に持っても涼しい風が来る奴だ。
でも今年はもう一つ昨年の夏の終わりに買った変わり種の扇風機を使おうと思っている。それは首にかけるタイプで両手が空くので頗る便利な代物だ。きっと今年の夏はそんな光景をあちらこちらで見るに違いない。

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2020年06月25日

火の元にはくれぐれもご注意ください

昨夜の夕食時にけたたましくサイレンの音がした。
交差点の角に我が家があるのでちょくちょくパトカーや救急車のサイレンを聞くことはある。しかし滅多に消防車の鐘の音がするサイレンを聞くことは稀だ。
その「ウ~~カンカン!」の音が聞こえたと思ったら段々と大きくなって我が家の前の交差点で鳴り止んだ。食事を作っていた手を止めて出て行ったら車庫の前に消防車が止まっていた。四つ角の内我が家以外がマンションと言うこともあってどこが火事かは見えなかったが、臭いがしていると言うことは近所のはずだ。5分も経たないうちに消防車、パトカー、救急車が10台くらいがあっという間に集結していた。すぐさま交差点から2方向に規制線が張られ交通をストップさせていた。何処にこれだけの人が居るのかというくらいに人が出てきてそれこそ密状態になってしまった。
一本南の筋の元歯科医院の跡地に建っている家の2階が火元だった。そこの住人は留守だったらしいがけが人は居なくて不幸中の幸いだった。
同級生の家の向かい側の家、後輩の家の真裏の家、両方とも無事でよかったが一つ間違えば大きな火災になっていたはずだ。
私が子供の頃はそこは歯医者さんの自宅兼診療所だったが院長先生が亡くなって診療所は廃院してしばらくそのままでいたが、診療所を取り壊した後に自宅を新築していた。小さなマンション位は建つ広さだったが大きな庭付の一戸建て住宅を建てられていた。ご近所では古い家はまだあるがそれを取り壊して何軒かの分譲住宅か小さなマンションを建てるのが多かった。昔の木造建築と言うよりは今はどこかで作って来てその場で組み立てると言う家が多いがそこの家は本格造りの家だった。
2階部分が火元だが完全に2階は焼けているからあれでは全焼に近い状態だった。
周りにマンションが多いがどれだけの人が居るかは分らないが今回の火事で多くに人が我が家の周りに住んでいるんだと言うことが分った。
昔、周りが暗くてマンションが建つ前はひったくりや痴漢がよく出没する治安が悪い?一部の場所があった。だからよく覆面パトが我が家の前で待機している時期があった。顔見知りになるとよく挨拶をしてくれる警官とそうでないのが居て、我が家の駐車場の前に停める時は私の車が返って来た時に直ぐに車を移動してくれていた。その時その警官から教えて貰ったことだが、ひったくりに逢ったら「ドロボー」とは言ってはダメで、「火事や」と叫べば多くに人が直ぐに出て来ると教えて貰ったことがある。本当にそうだと思う、ドロボーって叫べば誰でも注意して出てこないかもしれないが、火事やって叫べば誰だった直ぐに出て来る。理にかなった話だと思った。原因はまだ分らないが朝出る時にはそこの前にのみ規制線がまだ張られていてパトカーが一台止まっていた。きっと今晩にでも近所の事だからさぞかし正確な情報を聞けると思う。

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2020年06月24日

これからまだ一山も二山もありそうだ・・・

日に日に日常を取り戻しつつあるが新型コロナの第二波を警戒することを忘れてはならない。
東京のクラスターは夜の街のクラブなどの接待で感染が広がったのは明らかだが、感染者が一応に店の名前を出さないとか。そのニュースを聞いていて何処かのコメンテーターが口止めされているのか、それとも知られたくないのかと言った発言をしていて行政の網を潜り抜けての営業をしていた疑いを持たれている。
どこの世界にもこんなのは居る。自分さえよければと言った考えの持ち主は。
いやはやこれが日本で良かった。何処かの国では未だ感染者が出ていないと公の機関が発表しているが、見つかったら即、命が無くなる恐れもある。新型コロナより怖い政府の有無を言わさない死刑だろう。
若いから大丈夫とか、密にならなければ大丈夫だとか、思いは様々だけれど自分は罹らないかもしれないが、無症状になっていて感染を広げることだってあるだろう。
全くもって迷惑な話だ。何故そこまで踏み込んで規制出来ないのだろう。
固定費の家賃補助も何だかんだで揉めていた○○マスクもまだ全員には届いていないのだから。今回の支給も申請をしてからどれだけの日時が経っているのか、やっとの思いで再開出来ても第二波、第三波が来た時に最初の経験が生かせるかどうかにかかっている。まだ南米やアフリカ各地でどんどん感染者の数が増えつつある現状、わが国だけ終息しても何処からどう入って来るかも分らない。
一国だけで、自国だけで守り切れるものではない。
ここまで世界が一つになっていることを実感するとは思いも寄らなかった。
ワクチンの開発も世界中で行われている、何処が最初に開発してもそれが世界中に行き渡るまで、今のインフルエンザワクチンの様に誰もがいつでも受けれるようになるのはまだ先なのか、きっと特許や自国優先の「ワレヨシ」な考えは如何なものかと思う。規制が解除されてもわが国の賢い国民は今までの生活とはまた別の新生活を考えているように思う。一刻も早いワクチンの開発を応援したいものだ。

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2020年06月23日

助けられた言葉・・・

私は皆から『石部金吉』とよく言われる。
石橋を叩いて渡るという言葉があるが、私を皆は「石橋を叩いても渡らない」とも言う。慎重だとかどうかは知らないが例えば買い物にしても衝動買いはまず無い。
もしも欲しいものがあれば、一日待って見て次の日も欲しいかどうか、いやもう一日待って見て欲しいかどうかで決めているとも言われている。それで欲しいものが売れてしまって買えなくなったら、それは私には縁が無かったものだと思うようにしている。しかしそんなことは決して無い。自分自身で思うことは欲が無いわけではない。
無ければ無いでやって行けるからだ。子供の頃に周りの悪友たちには「オマエのとこは歯医者だから何でも買って貰えてエエなぁ」と言われたことはいくらでもある。
例えば小学生の頃はプラモデルが全盛の頃、子供心に近くの模型屋さんの店頭に飾られている模型を羨望の眼差しで見ている同級生を横目に家に帰ったらそれより大きなプラモデルがあるのにって心の中で思いながら素通りしたのを思い出す。
そのころから親の思惑に嵌り手先の云々でプラモデル作りはダメだとは言われなかった。有難いことに小学生の低学年では持ってそうにない大きなプラモデルもあったし、もう一つの趣味のジクソーパズルも幾つもあった。でも飽き性な性格か根を詰めてやると言うところまでは行かなかった。
誰もがそうとは限らないが、欲しいものが手に入ったらそれで終わりという典型的な子供時代を過ごした。
ただ一つ親父から言われたことで今でも実践していることがある、それはこうだ。
それは親父の口癖のように言われていたことだが、決心がつかない時によく言われる「一歩踏み出せ」と言うのがある。しかし親父はその言葉を最初はよく使っていたが段々とエスカレートしてきて最後は「一歩踏み出せるなら、もう一歩踏み出せ」と言うようになった。そうなると最初の一歩はどんなに重くても一歩の重みでもう一歩とどんどん前に進むようになる。確かそんな意味で言われたように思う。
今の自分があるのはそんな事が大きな影響をしているように思う。
『一歩踏み出せるなら、もう一歩踏み出せ』今いろんな事に躊躇している人に贈る言葉としてコレを参考にしては如何かと。

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2020年06月22日

まさにその通りだと思う・・・

先週末は思った以上に人出が多くて各行楽地や大型ショッパーズモールは賑わいを見せていた。
あれだけ自粛が続けばどこかで一息というのも分るがまだ完全に収束したわけではないから注意は必要だ。でも出かけたいと言う欲求を抑えることは出来ないみたいだ。
先週末車の警告ランプが点灯してディーラーに点検に言ってきたらセンサーの不良で運転には支障が無いがセンサーを取り寄せる時間と値段を聞いて「考えさせて」と言って帰って来た。正規ディーラーと他の自動車工場でこんなにも値段が違うのかと思ったりしたが必要以上にお金を払わずとも取り寄せで付け替えてもらえればそれなりに安くつく。新車を正規ディーラーで買ったわけではないのでいつもお世話になっている修理工場で見積もりを取ったら正規ディーラーとは4~5万円の違いが出ていた。部品も同じだしそれでちゃんと走ってくれれば何も言うことは無いので安い方でお願いしようと思っている、。私の知り合いは絶対に正規ディーラー派の奴が居る。定期点検は勿論近くを通ったと言ってはそこに車を持ち込んで時間があれば「どこか悪い所はない?」って点検してもらっている奴が居る。そのおかげかその車を売る時にすこぶる良品でオークションでも高値がついた。正規ディーラー車、ワンオーナーカー、そこの下取り価格とは3倍の値がついたから驚いた。しかし売る時の事を考えて買っているからか下取りの値がよい色とか点検記録とかをわざわざ見ながら買う客はそうは居ないと思っていたが、いや逆にそんな事を考えないで買うと言うことがそいつからしたら逆に考えもしなかったと言われた。
そいつの考え方が変わっているのか私の考え方が変わっているのかは知らないがこんな話で盛り上がったことがあった。それは今は無きSMAPの名曲の話だ。
皆さんもご存じだろうが『世界に一つだけの花』と言う歌をご存じと思うが、そのなかに有名な歌詞がある。その歌詞が『世界に一つだけの花、ナンバーワンにならなくてもいい…』こんな歌詞だがそいつ曰くがこうだ。
『世界に一つだけの花はナンバーワンにならなくてもいいけど、花屋の店先にはならばないとアカン』だと。やけに説得力のある話だと感心してしまった。
まさにその通り。

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2020年06月19日

仕事は暇だが雑用が忙しい一日になりそうだ・・・

昨日とは打って変わって激しい雨が夜中から降りだした。
今日からプロ野球が開幕すると言うのに、しかし最近は半数以上がドーム球場だから雨の心配は無い。それにコロナの影響で試合数も減り最初は同じカードが連なる変則な試合になる。高校野球も中止が決まり球児たちは涙をのんだがプロ野球の方も約3か月遅れでの開幕戦になった。暫くは無観客試合で応援の楽しみの試合終了の風船飛ばしも無いがやってよかったと言う試合を期待してみてみたいものだ。
話は変わるが一昨日の帰り道で車の正面のパネルに今まで見たことのない警告ランプが点いた。「?」一瞬だったので何かのトラブルかそれとも何かの間違いかと思って路肩に止めてエンジンを切ってみたらすぐに警告ランプは消えてそのままその後は何も警告ランプが点かなかった。そして昨日は行きも帰りもランプはつかなかったので一時的に何かの御作動なのかと思っていた、そうしたら今朝、パーキングに駐車する直前に又もや警告ランプが点灯した。やはり何かのサイン?前回はタイヤに釘が刺さっていて徐々に空気圧が下がった時に出る警告だったが今回は何だろう。
最近の車っていろんな機能がついていてちょっとの異常で直ぐに知らせてくれるから便利と言えば便利だがエンジンルームを見てもさっぱり分らないし、専門家に診て貰わなければ何もできない。命を預けている車に異常があってはならない。
今回の車は新車ではないが走行距離の少ない極上車と言うふれこみで購入して、いたって順調な車で気に入っているがそうかと言ってそのまま乗る勇気は私には無い。通勤の足に使う以上整備には万全を期したい。直ぐに原因が見つかっても預けて見て貰ってもどちらでもよいがなるべくなら直ぐに原因は分って欲しい。そして修理をするなら費用が余りかからないのを期待する。確か前回のパンク修理から1か月しか経っていない、その時はコレで大丈夫と太鼓判を押されて安心して乗っていたが今回はどうか、神のみぞ知ると言うことで昼からディーラーに持ちこむことになると思う。

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2020年06月18日

待ち遠しい開幕ももうすぐ始まる

いよいよ明日にプロ野球の開幕が始まる。2か月半遅れのスタートだ。
試合数も減りCSも無くなっても無観客試合でも本当の野球好きには待ちに待った開幕だろう。ただ国内の他のプロの試合では男子ゴルフの開幕はまだまだ先のようだ。
外国人選手が多く居て日本を主戦場としている選手はまだ日本にやって来れないからだ。私が子供の頃にはプロ野球も外人選手は少なかった、ひとチームで一人とか二人とか。一時期は巨人は日本人選手だけでチームを組んでいた時もあった。
それが今や外人枠の拡大で多くの選手が海外からやって来るようになった。元メジャー選手も大リーグでお役御免で日本に老後の資金を稼ぎにって言われた時代もあった。それが今では現役バリバリの選手もやって来るようになった。
Jリーガーでも神戸のイニエスタ選手の様にバリバリの選手を日本国内で観られようとは思っても居なかった。そのイニエスタ選手を何度か神戸で見かけたことがある。
行きつけの鞄屋さんがある六甲アイランドの中にあるスペイン料理店で家族と食事をしに来ていた。ラフな格好で子供たちと食事をしていて店のオーナーに「イニエスタ選手?」って聞けばよく食べに来てくれてますとの事。日本は海外に比べて有名人が居てもプライベートな場合余りじろじろと見ることも無く、サインを求めることも少ない。だから安心して食事を楽しめるのだそうだ。しかし食事が終われば気軽にサインにも記念写真にも応じてくれる所にファンを虜にするのだろう。
日本人選手でも握手やサインを気軽にしてくれる選手は人気がある。ファンを大事にしないと必ずしっぺ返しが来る。ファンあってのプロだと言うことを分っている方々はファンとも交流を大事にする。流石プロと言うほかは無い。

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2020年06月17日

コロナの功罪

今朝は梅雨の中休みか晴れで湿度が余り高く無くて過ごしやすい。
天気予報も「今日の晴れ間を活かしたい」と言った報道も聞かれた。
最近はいつもより早く出るから診療所には早く着く。今朝は何を思ったか普段は滅多に通らない道を通ってきた。これも前に書いたが、道順はその時の信号の変わり具合によるから赤信号で止まれが出れば右折か左折の信号が出ている方向に道を進める。
いわば完全ストップを好まないから常に車が動いた状態で直進、右左折を繰り返していることになる。一時、代車で乗っていた車はエンジンストップ機能とやらが付いていて信号待ちで止まればエンジンも止まる仕組みになっている。これまた慣れないと厄介な機能だ。車を移動の手段だと決めて乗るのは良いが、純粋に車の運転が好きな人はこの移動手段さえも楽しんでいることになる。
私は元々車が好きで乗ること即ち運転が好きだ。助手席の乗ったら運転手のブレーキ具合の間会いが合わないと自然と自らの足でペダルを踏んでいることがある。
早い目にペダル操作をしているのだろう、それがギリギリまでブレーキを踏まな奴の車に乗ったら降りた時に足に違和感を感じることがある。自然に足を踏ん張っているんだろう。だからこんな奴の車に乗ったら他に乗っている人が居る時は後部座席に座るようにしている。助手席ではついつい足をつっぱっているからだ。
話は横に逸れたが、そんなこんなで今朝は時間にして20分そこらの時間で初めて5回位しか止まることが無かった。距離にして12キロ。その間5回の信号待ちは今までに無い経験だ。何か良い事があるのかもしれない。いたって能天気な性格でこんな事でも嬉しくなってしまう。いつも停める駐車場もいつもの場所が空いていたしそんな小さな事さえ嬉しくなってしまう。
今日はまだ水曜日、週の半ばだが未だ三日しか経っていないのに長く感じる週になっている。最近のコロナの影響で患者さんの数が減ってきているからか、少し働いただけでも満足感を感じるようになってきた。昔は今の倍の患者さんを診ていたのに。患者さんの数が半分になれば当然、収入も半分かと言えばそうでは無い。
若干減りはしたがその代わり平均点数が多くなってしまった。患者さんの支払う料金は多くなってしまって申し訳なく思っている。でもそれだけ早く治療が終わってくれれば患者さんも喜んでくれることを期待しよう。

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2020年06月16日

もう暫くの辛抱なら我慢も出来よう

いよいよプロ野球もJリーグサッカーも開幕を迎えようとしている。
長かった休みも、黙々とトレーニングに励んだ選手にやっと活躍の場が巡って来た。
今年は変則で日程にも様々な工夫がされているが、やっぱり生のスポーツ観戦は良いものである。学校も夏休み、冬休みを短縮しての遅れている課題の克服を工夫されているが、スポーツの世界は自主トレだけでは結果に拘ることは出来ない。
東京オリンピックも来年に延期になったが果たしてそのままの開催が行われるかは疑問である。準備に怠りはないが折角のチャンスを今回のコロナ騒動で無駄にして欲しくはない。嘗て東西冷戦時代に西側諸国がオリンピックをボイコットして物議をかましたことがある。4年に1度のスポーツの祭典を逃した有力選手たちにはこの延期の期間の過ごし方を後世の選手に伝えてもらいたいものだ。
誰かが言っていたが今回の様に目に見えない敵と戦うのは目に見える敵と戦うことの何倍も精神的にも肉体的にも辛いものがあるとか。
ただ今回の事でいろんな工夫を凝らして各自が練習に励んだおかげでまた別の意味で新しい発見があったとか。万事塞翁が馬である。
今迄の生活のパターンが変わるよいきっかけになってくれれば、これからまた新しい工夫も出来よう。
同じように我々の仕事でも今までより効率よく出来る事を発見した。それはまた追ってここで紹介したいがまずは今回の騒動が完全に収束するのは無理でも抑え込んで生活に支障が出ないようになってくれることを最優先としたい。
ただ日常生活でもうマスクは当たり前な光景になって来ているようだが、中にはマスクなしで買い物に来ている人を見るたびに不安な気持ちのさせられる。
どうかせめてもう暫くはマスクの着用をお願いしたいものだ。

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2020年06月15日

まだまだ知らないことが多すぎる

昨日、連れの新車を購入した1か月点検が新型コロナの影響で2か月点検になって行って来た。
一応チェックしてもらったがどこが不満があるでなし、コンピューターでのチェックも無事に済んだ。ただ2か月にしては走行距離が出ていてディーラーの人からこう言われた。「2か月にしては結構走っていますね」と。
本人の自覚は無かったが別に不要不急でもないし、県をまたいでの移動も1度だけペットのご飯を買いに大阪から神戸に行ったくらいで余り普段の生活とはかけ離れていないと言っていた。
今回の自粛で今までの生活パターンが変わったとその連れは言っていた。何が変わったと言えば人込みを避けるために移動はほぼ車だったし、ガソリン代と駐車場代が結構かかったとか。と言うことは走行距離が出て居る筈だ。本人はコロナのせいだと言うし、納得しているならそれでよいが。
今、梅雨に入って湿気があって鬱陶しい日が続いている。
エアコンのモードも冷房にするか除湿にするかが悩ましい問題だ。
その都度使い分けをするような人ではない私も車のガソリンの入れ方はある人から言われてから変わってしまった、それは今までは常に満タンになるようにガソリンを入れていたが、最近はある程度減った時に満タンにならなくても一定額のガソリンを入れるようにしているからだ。お聞きになったこともあるだろうが、一年を通して考えた時には大きな違いが生じると言うもの。ほぼ1回分位の差だが結構そのことを知らない人が多いとか。『ドルコスト均衡法』と言う名前で呼ばれている方法だ。これは簡単に言えば毎回定額を入れる方がガソリンなどの変動する金額の場合トータルすれば得になると言うものだ。満タンにすれば安い時は良いが高い時は損をする。それに満タンで走れば一人分余計に乗せて走っていると言うもの。
それが1年を通して考えた時には結構な差が出て来ると言うことだ。
ケチで言うのではないと家人に言ったら家人は「それをケチと言うんや」と返された。言っておくが私はケチではない、無駄が嫌いなだけである。
しかし世の中知らないことがまだまだ多くて勉強になる。

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2020年06月12日

便利過ぎても使う側がついて行かなければ・・・

昨夜は湿気の多い寝苦しい夜だったのかもしれない。
この歳になれば健康第一を考えて無理はしない生き方を実践している。
そうエアコンを付けて寝ると言うことだ。嘗てはエアコンをつけっぱなしで寝るなんて考えられなかったが実に快適な睡眠を得られるようになった。エアコンなんて無かった時代扇風機を一晩中つけっぱなして寝るなんてこともあったがそうすると体調を崩すことも多かった。今の様に風量を調節することも無く「強」「弱」の2つ位しか選べない代物だった。今や20段階の調整を出来るものまである。ここでつまらない疑問が生じた。それでは13と14の違いを人は感じられるのか?7と8を感じられるのかと言うこと。そして最近は左右だけだった首ふりが左右に加えて上下にまで首を振る機種も出てきた。世の中が便利になると言うことは良い事だがそこまで厳密にする必要があるのだろうか。去年くらいからハンディータイプの扇風機が爆発的に売れている。電池式もあれば充電式もある。今私の机の上のパソコンの画面の隅っこにクリップ付の小さな扇風機が付いている。おもちゃと言えばおもちゃだがコレが頗る気持ちが良い風を送ってくれる。診療所の中にもエアコンだけでは無くサーキュレーターが風を循環させてくれている。
今我が家のガレージの中には現役ではあるが使われなくなった扇風機がいくつかある。昨年にそれらの扇風機はお役御免になったからだ。扇風機と言えば夏の代物。
その代わりに夏でも冬でも使える一台二役の冷暖房兼用のD社のに替えたからだ。
空気清浄機の機能まで付いた優れもの。コレ1台あれば夏でも冬で兼用できるから助かる。いつも行く電気屋で何台か買ったらいくら値引きしてくれるって交渉して買ってしまった。それにしても羽の無い扇風機の仕組みがイマイチ分らない。
説明書にはちゃんと書いてあるが手を入れても危険が無い、それなのにちゃんと風は来る。世の中進歩もここまで来ると我々世代にはチンプンカンプンだ。
でもそんな事を考えるのは最初だけだ。説明書も読まず動かし方だけを家人に聞いて後はどうなれ動いてくれさえすればそれでよい。

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2020年06月11日

これからの季節にコレは必需品だ・・・

昨日書いた通り梅雨入り宣言が出た。
嘗て、梅雨と言えばしとしと雨が降るイメージがあったがここ最近は何十年に一度の豪雨だの土砂災害で被害が出ると言った話が毎年の様に新聞を賑わす様になってきた。私の子供の頃は梅雨=カビが生えると言うイメージがあったが、最近はマンションの密封の良い部屋でさえこの時期のジメジメは避けては通れないもののようだ。
一昨日、用を頼まれてホームセンターに行って来た。今までなら入り口に「マスクはいつ入荷するか分りません」とか「アルコールの入荷は未定です」とかの張り紙があったが一昨日に行った時にはその張り紙は無くなっていた。
その入り口の直ぐの所に殺虫スプレーや梅雨対策のグッズが置いてあった。
こんな所で季節感を感じるようになった。
いつもはここのホームセンターに来たら一直線でペット売り場に向かうのだが家人からの頼まれごとを済ますためにまずはその買い物をして来た。その後ゆっくりとペットコーナーで自分の買い物をしようと思ったからだ。前にも書いたがこの時期の少量の雨は水やりをしなくて済む。しかし猛暑の時はこれでもかというくらいに水をやらないと日焼けしてしまう。
私の子供の頃の話ばかりすると、またかと言われるかもしれないがもう少々お付き合い願いたい。梅雨時に窓の外に吊るされたてるてる坊主や夕立の後のあの涼しい風は今や感じることは出来ないのだろうか。若い子たちにあの涼しい路地を通って来るひんやりとした感じてもらいたい。縁側の所には一昨日から蚊取り線香が置かれている。今や蚊取り線香は電子蚊取りだの玄関ドアに掛けておくタイプのものだったりがあるが私たち世代の蚊取り線香と言えばあの渦巻き型の蚊取り線香だ。
匂いと煙が季節を感じるようになる最たるものだろう。だからそれを買いにホームセンターに来たのだったが今や売り場の半分以上が電子蚊取りやそれに準ずるものが大半を占めていて、昔ながらのあの渦巻き型の蚊取り線香は肩身の狭い思いをしていた。

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2020年06月10日

いよいよ梅雨に入ります

いよいよ今週にも梅雨入り宣言が出るようだ。
庭の紫陽花はいつの間にか咲いているのに気が付いた。最初は鉢植えを買って来てそれを株分けして庭の土に植えたところ上手く根付いてそのままこの季節には欠かせない花になっている。紫陽花の色は土中の酸度によって変わると言われています。
我が家では毎年、青色かピンク色かは決まっていません。ただ小さな花の集まりで年々花の大きさは大きくなっているような気がしています。
コロナ騒ぎの最中も早く帰宅した時には庭の水やりを欠かさなかったおかげで今年はいろんな花を楽しむことが出来ました。前にも書いていましたが趣味の盆栽はこの時期は緑の新芽が出て今の時期は枝狩り、葉狩りが忙しいですが秋のためには欠かせない作業です。それに比べて躑躅の花の綺麗なこと、その後を追う形で皐が今が盛りと咲いています。花が散った後は少々残花で空しい気持ちにもなりますがそれ以上の楽しみを残してくれます。やはり花ものは見ていて気持ちが良いものです。
今年は時間がありすぎるほどあったので小さな庭ですが園芸に精を出しました。
土が大事なことは分っていますから種から始める種類と苗から始める種類を分けて庭に植えました。朝晩の水やりも日常になれば苦にはなりません。そしてこれからの梅雨入りはその水やりの労力が助かります。
また何処かの地方で降ったと言えば何十年に一度の大雨が降ることもあるでしょうが今年に限ってはもう新型コロナウイルスと言う大きな災害を被っているので雨が降らないのは困りますが丁度良い位の雨を期待したいと思います。

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2020年06月09日

う~ん 困った

ここでも何度も趣味の話の中で熱帯魚を飼っていると言っていた。
3水槽が並んで水替えが大変だとも書いていた。一番大きな水槽にはグッピー水槽になっていた。何代か数えたことは無かったが代々のグッピーが入っていた。
夏にはクーラーを一日中入れっぱなし状態でないと水温が微温湯になって仕舞うからだ。いくら熱帯魚と言えどもそれではたまったものではない。昨年、循環式のクーラーを取り付けて水温を一定にする装置を購入した。水温は一定になったがそうなると水槽に必要なバクテリアも一定で水の澄んだ状態が長く続いて少々値段が高かったが満足していた。そしてあとの水槽はカージナルテトラの群泳を楽しむための水槽にしていた。一年経って今はと言うとすべてがテトラ水槽になってしまった。
でもグッピーが居なくてもテトラだけでもきれいな水に馴染むのか群泳の状態は水草に映えて気持ちを和ませてくれる。特にこの時期の自粛自粛で水槽の管理する時間が大量に出来たためだ。
何匹いるか数えたことは無いが一つの水槽に150匹前後のはずだ。一回に買って来る魚の数は20~30匹だからそれくらい居るはずだ。勿論、何匹かは死んでしまってはいるが。夜にその水槽のライトだけで泳ぐ姿は見事と言うしかない。一つは水草を入れて、もう一つは水草を入れない魚だけの水槽で。偶々、後ろの景色もサイドボードの後ろのカーテンにも配色を考えていて昼間もいいが夜の景色を楽しむための配色にしている。
各水槽にその高温になりすぎないためのクーラーを通しての水を循環させているので水温は一定に保たれている。最初はただ熱帯魚が飼いたいから始まったのが木乃伊取りが木乃伊になるようにどんどんと深みにはまってしまった。
熱帯魚を飼うと言うのは繁殖を目的とした飼い方もあれば私の様に一種類を数多く買ってその群泳する姿を楽しむ飼い方もある。いつも行きつけの熱帯魚屋さんの店員さんにアドバイスを貰いつつ気が付けがいつの間にか私のその水槽が熱帯魚屋さんの水槽より出来ばえが綺麗になってしまった。写メでそれを見てもらったら実物を今度一度見せてくださいと言われた。見せるほどではないと丁寧にお断りをしたがまぁ一種のコレクターみたいな存在の私は見せたいのは山々なのだけれど、見せてはならない所を通って見て貰うことになる。それは大変なことだ。
テレビで最近やっている『家に着いて行っていいですか』なる番組があるが、同じようなものだ。来てほしい気持ちがある反面、あの汚い部屋を診て貰う勇気はまだ無い。

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2020年06月08日

くわばらくわばら・・・

街はそろそろ活気が出だした。
毎日のニュースで感染者0の報道は大きいと思う。
皆が同じ方向を向いていたと言う証拠だからだ。自粛、自粛で明け暮れた1か月半は今思い返せばちょっぴり懐かしささえ覚える。しかしまだ油断はならない。
第二次、第三次を考えておかないといけないからだ。しかし日本人は同じ轍を踏まない。あんなに苦しい自粛期間さえ何とか知恵を出して乗り切ったのだから。
何処かの国でが自粛解除が出た途端お祭り騒ぎでまた元の木阿弥になってしまったところもある。
今回のコロナウイルスは完全になくす方法はまだない、だから共存する道を選んだ人間は流石だと思う、嘗て、同じような疫病が流行病のごとく流行したが医学の発展とともにワクチンが開発され人々の意識の高さから封じ込めが出来てきたからだ。
今まさに世界中の研究機関がこの新型ウイルスのワクチンの開発が行われているが、特許だのどこが一番最初に発見しただのがこれから出て来る問題になると思う。
何処の機関が最初でもよいではないか、全世界の人がそのワクチンで助かるのであれば。それより私は今回の騒動で日本人のいろんな人が悲観するでなく楽しんでいるでなく知恵を出し合っていろんな手作りのマスクを試作していると言うことに誰かが言って物議をしたが正直私自身も『民度の問題』と思っている。
まぁ私のような民間人が言えば角が立たないが、御偉い方が言えばそりゃ角が立つのだ。誰しもが思っていてもそこはぐっと我慢して口には出さないでいるが思いは誰もが同じ。ただその御偉い方はきっとなぜ自分が言ったことにそんな問題があるのかさえ分っていらっしゃらないのだと思う。分っていらっしゃる方なら今まで同じような間違いを言われるようなことはしないと思う。ある人が言っていたが人間顔に出て来るって話。だからどんどんその方の御顔がひん曲がって見えて来るのは私だけだろうか。舌禍を笑えば舌禍に泣くことになると思う。そう段々とお口がひん曲がってきたように思う。くわばらくわばら・・・

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2020年06月05日

やりにくくなってしまったものだ・・・

元々、当医院は週休二日制で女の子たちを採用して来た。
だから土曜日は私一人の診療日だ。忙しかろうが暇だろうが女の子たちは来ない。
一時期土曜日の方が平日よりも忙しい時期があった。半日の診療で平日分位の患者さんが来られる日もあった。昔は「土曜日が忙しければ来ましょうか?」位の答えを期待もしたが最近の子は契約が週休二日だからってことで気にもかけていない。
それはそれで仕方がないのだが、こちらも患者さんから「先生一人で大変ですね」
と言われつつも「気軽でいいですよ」と返答している。
土曜日にしか来れない患者さんが居る以上、土曜日を閉める訳にはいかない。
ある患者さんが平日に来られて土曜日の雰囲気と平日の雰囲気は違うことを指摘された。何でも土曜日の私は饒舌だそうだ。平日は余り喋らなくて怖い先生だと思われていた。しかし土曜日の私は良くしゃべり冗談も言いつつ診療するスタイルだそうでそのギャップを指摘された。昔々、女の子から「先生は女性と男性では説明の丁寧さが違う」と言われたことがあってからあまり最低限の事は喋るが冗談なんかほぼ言わない石部金吉のようだった。
今回の自粛で患者さんの数も減って時間を持て余すようになってからは一人にかかる時間が増え話もするようになった。
よく患者さんから聞くことで「先生に話しかけられてもこちらは大きく口を開けているから喋れない」と言われる、その通りでいちいち喋りかけても患者さんもしゃべれないので余り喋ることは無い。それにこんな指摘も歯医者あるあるで、先生の説明が余りないのが困ったものだと言うのがある。
私の親父もそうだったが、「診療の事は任せておけ」のタイプの人だったから患者さんとの会話もあまり無かったように思う。しかし今の時代それではいけない。
患者さんとの十分な意思疎通が無ければ一方的だとか、無理強いだとか言われてしまう。歯医者と言えども客商売、患者さんあっての成り立つ商売。
あまり不愛想ではよくない事は百々承知。でも手を擂り擂りいらっしゃいませの商売でも無い。最近の患者さんの知識は半端ない。前もって症状を調べてきて中途半端ではあるが知識は豊富、いわば耳年増状態だから少しでも違ったことを言えば「それはこう言うことじゃないですか」と返される。
これからはそう言ったスタイルが主流になりつつあるのかとも思ってしまう。
やりにくくなってしまったものだ。

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2020年06月04日

何処となく今までの診療が懐かしいと言うか・・・

いよいよ本日より一部の公の機関が動き出す。
今回の緊急事態宣言で自粛を余儀なくされた機関もそろそろ動き出すようだ。
裁判所も今回のコロナ騒動で裁判員裁判も延期されて、私の周りで唯一の裁判員裁判に当選した人も出ばなをくじかれた格好になっていた。
一部の公の機関も人数を減らしての仕事だから今現在は相当数の仕事が溜まっているらしい。政府の発表もお役人さんはすぐさま反応する。仕事をしてはいけませんと言われれば直ぐさまストップして仕事が溜まり出す。世の中には自粛警察なるものがあってそれらを監視している。
仕事をしてはいけないとなるとその関係機関に人の出入りがあれば市民オンブズマンなる人たちがそれを監視している。少しでも要請を無視したら告発準備をしているとか。世の中皆が監視の目を光らせているからうかうか監視の目を誤魔化そうとしてもなかなかできないのが現状だそうだ。
ちょっと前の新聞にこんなことが書かれていた。それは自粛期間中の交通事故が激減したと言うニュースだ。悪いことばかりではない、出歩く人が減れば当然車に乗る機会も減り事故も減る。それに夜の街の人も減るから犯罪の件数も減ったとか。
自粛するなら徹底的に自粛すればその分の補償も政府がしてくれるから休む時には休んだ方が良い。前年比が半分になったら幾らかの補助が出ると言われれば中途半端に開ければその補助が出ないとなると一番損をするのはその中途半端な開け方をしたところだろう。休むなら休むを徹底したところは半分どころか全くの0だから大手を振って申請すればよい。我々の同業の中に半月だけ開けて収入が半分になるだろうと思っていたところがあった。がしかしだ、思いのほか収入が減らずに目的を達成できなかったところがあった。しかしそれでも働き方の変化が見られ従業員の勤務時間を代えただけで生き生きと仕事に従事してくれたと言っているところもあった。生き生きとまでは行かなくとも当医院でも時間を一部変更したことでの士気は変わった。やる時には集中することで効率が上がったように思う。
従業員では無くて院長の私がである。ダラダラと仕事をしているつもりは無くてもいつの間にかそうなっていたのかもしれない。集中することで仕事の効率も上がったような気がする。これからはコレで行こうかとも思ったが、6月から平常診療に戻した途端、元のようなちょっとダラダラの診療になってしまった。
良い変化をもたらしたことには今後そのようにしていくことも考えてみたい。

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2020年06月03日

歯の治療は早すぎると言うことは無い・・・

昨日、今回の自粛中から自らの歯の治療をしてもらうために代診の先生の診療所に通っている。前回にも話したが残せない歯は抜歯するのがもっとうの先生だ。
前回から気持ちの整理と言う言い方で残りの抜歯を避けてきて居たが遂にそれも限度となり最後の抜歯となった。
自宅から来るまで20分くらいの所にある診療所だがなかなかアクセルを踏んでスピードが上がらない。いつもなら信号が変わりそうになると急いでアクセルを踏んで通り過ぎるのに昨日は免許取りたての様に信号が変わりそうになったらブレーキに足が行っていた。
私が大学病院に勤務していた頃、教室の教授が言っていたことが頭をよぎる。
『初めて歯を抜く患者さんと、残りの1本の歯を抜く患者さんにはより注意を払うように』と言われてきた。
初めての抜歯の患者さんは恐怖以外の何物でも無い。抜歯の初体験で麻酔と言うものはどんな感じなのか、出血は、そんな事を考えたら気が気ではない。そして最後の歯を抜く患者さんにはこれで歯が無くなると言う喪失感、ついに総入れ歯かと言った現実をどう受け入れるかだと言われたことがある。
初めてではないし最後でも無い、そんな私が日頃の治療の中で若かりし頃はどんな歯でも抜けないはずは無いと豪語していた。それがいつの間にか自らは抜歯をしなくなっていた。近所に同級生の口腔外科の専門医が居るからだ。
有難いことにどんな抜歯でも受けてくれる、このくらいの抜歯は自分ですればと言うお言葉も丁寧にお断りをするようになった。
たとえ簡単な抜歯でも前にも言ったが最初は「抜いてもらった」から暫くして最後は「抜かれた」に変化をすることに違和感を感じて、簡単な抜歯と言えどもそれは分類上『小手術』に分類されるからと自らに言い聞かせて、患者さんにも納得してもらい自分自身ではすることが無くなった。
話は飛んだが、自分自身のパノラマレントゲンを見て驚くとともにコレが歯科医の口の中では患者さんに申し訳ないと言う気にさせられたのも事実。
今迄のツケが回って来て今回の自分の歯の治療は避けて通れなかった。
昨日で抜かないといけない歯は全て抜いたし、暫くは傷の治りを待つ期間、そしてそのあと義歯の製作と続いて行くのである。
正直ここまで来ると開き直りもあって、代診の先生にすべてお任せすると決めたので、「ここはどうしましょうか?」「すべて先生の思いのまま」で行こうと決めている。まだ少々抜歯後の痛みより心の痛みの方が増しているので正確な判断が出来ずにいる。鏡に映った顔と言ったら情けない顔をしている自分自身に、もっと早くに自らの治療をしておけばよかったとつくづく思ってしまった。
今、私のような人が居るのなら一言言わせてもらいます。
『歯を治療すると言うのには早すぎると言うことは無い』ですよ。

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2020年06月02日

取り留めのない話でなんですが・・・

昨日、全国各地で一斉に花火が打ち上げられた。
医療従事者に対しての感謝と患者さんへのエールを込めてである。
その前日もブルーインパルスの飛行が東京都心の上空を綺麗な軌跡と共に青空に描かれていた。一部ではそんな事をする位ならその費用を今回のコロナ禍に回せと言う人も居る中少しでもこの騒動を終息に向かってくれることを願っての事だろう。
世の中には必ず右と言えば左、与党、野党がある中その中道を行くのがどれだけ難しいか、民主主義の世の中多数決が全てで無いにしろひと時でも全国民の総意で行われたことに異議を唱える気はない。
今、まさに全国規模で規制の緩和が言われている中、一人一人が自覚を持って立ち向かっていかなければならない。第二波、第三波を想定しての経済活動の開始をどれだけの人が待ち望んでいただろう。
しかしそんなニュースをテレビで見るたびに、日本人で良かったと実感するニュースが飛び込んできた。それはアメリカでまた黒人が白人の警察官に殺されたと言うニュースだ。日本人はほぼ単一民族だけどアメリカなどは多種多様な民族の寄せ集めの国だから白人至上主義の一部の人が時代錯誤もいいところ、差別がまだまだ起こっていると言う典型だろうと思う。これらはきっと根が深い問題だと思う。
人類は進化の過程でいろんな人種に分けられてしまった。もとを正せば同じ種で出来ているのに。今でこそ国境があり国があり人種が区別されるがある人が言っていたがそんな小さな中で暮らしているようではまだまだだそうだ。
ある宇宙飛行士が興味深いことを言っていた。宇宙から見たら地球に国境は見えないし海と大陸があるだけだ。その中に何十億人と言う人が住んでいる、それだけだ。その通りだと思う。哺乳類という中に人種の違いは無い。もっと言えば地球人であるから他の星の異星人とは区別できるかもしれない。
今はその地球規模でのコロナウイルスと戦いに人種の区別など何の足しにもならない。話が段々と取り留めの無いところに行ってしまったが、そんなこんなで一日も早い今回の騒動の終息を願ってやまない。

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2020年06月01日

人って思い方も段々と変わって行くのだ・・・

いよいよ6月が始まった。新型コロナウイルスの影響で自粛自粛と中々思うような活動が出来ずに悶々とした日々を過ごしていた方々には解除の知らせが届くとこれまた一斉に活動しだすと言う若干危険をはらんだ日々が待っていることになる。
でももうあんな辛い日々を送るくらいなら自制した生活も苦にはならないのだろう。
苦になると言えば私自身もこの自粛中に本格的な自分自身の歯の治療を本格的に始めた。
何本か抜かないといけない歯があって、何とか持たせてくれって代診の先生の頼んだが一言、『無理です』容赦ない答えが返って来た。それでも残せる歯は抜髄をして残してもらえるが私なら何とか残そうと思うはもこの先生は容赦ない。
『どうせいずれ抜歯しないといけませんから』そう言われればお任せしている手前それに従わなければならない。しかし左右の奥歯が無くなるなんて想像したことも無かった。抜くのは痛くない、がしかし噛みにくいったらありゃしない。
患者さんの気持ちが痛いほどわかる。あの訴えるような目を見たら何とか残せないかと思うものだが私の主治医は容赦がない。ため息一つも付かせない間に麻酔をしてしまう。最初のチクッというくらいで後は段々と痺れが広がって行く嫌な感覚を感じつつもそこで今は亡き先輩が自分用に持ってきた表面麻酔を塗って貰い少しは痛みが軽減したところで本格的な麻酔をしてもらった。あららどうしたことか、表面麻酔をしたらほぼ痛みは無く、しかし口全体に広がるあの嫌な痺れ感のみになった。
麻酔が効きだすのは人それぞれ、早い人も居るが遅い人も居る。自分は早い方だと思っていたがその分麻酔が切れるのは遅い方だった。家に帰って風呂に入って髭剃りをしている時もまだ頤部分にまだ痺れがあった。
昔私が大学病院に居るころ最初の患者は一般患者を最初に診るのは怖かったので小中学校の同級生に実験台になって貰って親知らずの抜歯をさせて貰った。
今はそいつは警察官になって偉くなっているらしいが抜歯後30数年経っているが何をやらかしたのか1年近く麻酔が切れなかったと言っていた。そんなことは無いが親知らずの抜歯で神経を傷つけてしまったようだ。白いマーカーでその痺れた辺りを探ると丁度10円硬貨位の痺れているところがあった。
最初にして初めての医療事故だ。今でもそいつはその部分の皮膚を擦り擦り『一生このままかと思ったわ』と言うこと。
今では抜歯すら近所の同級生の口腔外科の専門医にお願いするようにしている。
例え簡単な抜歯でさえも。やっぱり抜かれることは患者さんにとっては精神的な負担になるからだ。あんなに痛かった歯が抜いたことで痛みが取れてもその内に、歯を抜いてもらったから知らないうちに歯を抜かれたに変わるからだ。
人って勝手なもので抜いてもらったから抜かれたと言うだけで全然変わって聞こえるからだ。

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