2020年07月14日

昔の人はどう思うのだろう・・・

今朝は雨が結構降っている。しかし災害のあった地域の雨はこんなのではなかっただろう、インタビューのニュースでも言っていたが「生まれてからずっとここに住んでいるがこんな雨に遇ったこともこの川が氾濫することも考えられなかった」と言っている映像を見た。
誰も日常慣れ親しんでいる目の前の川が猛烈な勢いで流れて行く様子を表現するには地元の人の話が何をか況やだ。
今年はまだ半分が過ぎたに違いないが、新型コロナや水害で息つく暇がない。
ボランティアの入りこむ余地も無くただ只管この長雨が過ぎ去ってくれることを願ってやまない。台風なら予想進路があって徐々にスピードを上げて進んでいくが、線状降水帯は次から次へと積乱雲が湧き立ち同じ場所に大雨を齎す。
毎日のテレビのトップニュースも新型コロナウイルスの話から今や水害災害のニュースに取って代わってしまった。
今さっきは一時的に小雨だった街も現在ではしっかりとした雨模様だ。傘なしでは歩けない状態で時に傘にしがみ付かないと風で持って行かれそうになる位の雨だ。
明日は我が身と注意と警戒をしつつ備えておかねばならない。
ちょうど1週間前は『七夕』だとかなんだとか言っていた記憶があるが今年の七夕は何の記憶にも残っていない。天の川は決壊はしないのだろうか。こんなに雨が降り続き豪雨を齎せばひょっとしたら天の川も警戒水位を超えているのではないかと思ってしまう。彦星と織姫が長靴を履いてボランティア作業をしている姿なんか想像もしたくない。清流が流れているイメージの天の川が激流に変わってしまうのなんか想像したくない。こんな想像をし乍ら恨めしく空を見上げている。

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2020年07月13日

あと一息だぜ、頑張ろうではないか・・・

ここ最近新型コロナウイルスの感染者の数が増えてきている。東京では連日の200人越えだ。大阪の通天閣のライトアップの色が黄色に変わった。第二波なのかは分らないがあれだけ自粛していた反動で出歩けばそれ相当の数が出るとは思っていたがそれなりの増加が実際の数字ででて見るともう一度元の木阿弥になるんではないかと恐ろしくなる。夜の街クラスター、これで一括りには出来ないが接客を伴うお店と言うことは平たく言えば、ホストクラブやキャバクラやショウパブあたりか。
なぜ急に感染者の数が増えたかと言うと検査をする対象者が増えたからだと言う説明に納得は行かない。明らかにそこがクラスターと分っているのに何故に規制をかけない。規制をかければ保証が要る、保証が要ると言うことはお金が要ると言うことだ。
だったら保証をかけるしお金も渡すが、明らかにそこのお店から出たと分れば罰金でも営業停止でもいいからやればいいのだ。極論かもしれないがそこまでやらなければ国民の安全を守れやしない。確か海外ではタバコのポイ捨てや路上に唾を吐いただけで罰金になる国もあった。そこまでしないと綺麗さは確保できないのか。
電車に乗ってもスーパーに行ってもほぼ大多数の人はマスクをつけている。でも一部の人はマスクもしないで乗車しているし買い物をしている。
折角開幕したイベントをもう一度閉鎖しないと分らないのか、入り口でのマスクの確認や検温を徹底的に実施するくらいの事が何故に出来ない。
一部の人が人権問題だとか言うからそれを恐れてやらないならもしも感染者が出て閉鎖されればもっと大きな損害が出ると言うことを分って欲しいものだ。
自粛生活で何かを学んだ人が多いと言うが、基本的には自分の身は自分で守るを徹底してこそ新たな生活様式を身を持って経験したことになるのではないだろうか。
入り口のアルコール消毒も大分浸透して来た。ソーシャルディスタンスも慣れてきた。あともう少しだと言うところまで来ているのに、今までの苦労が水の泡になることだけは避けねばならない。ここは国民一致で乗り切らなければならないと強く思った。

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2020年07月10日

考えさせられた 難しい問題なのだ・・・

昨日、小学校の同級生と何十年ぶりであった。
元々家が近所だったが結婚を機に実家を離れた奴で、年賀状くらいしかやり取りが無かった、今回彼の実家の母親が体調を崩しているらしく近くに居る兄弟が見に行っていたらしいが本人は中々来れずにいて今回やっと時間があって会うことにした。
何十年ぶりと言っても年賀状はやり取りしているしそんなに長い期間会っていないとは思わないほどだった。先に指定場所に私がついて間もなくして彼がやって来た。
面影はある、が、しかしお頭をまず見てしまった。65歳には65歳の雰囲気があった。仕事は退職をして悠悠自適?的な生活だと笑っていたがお互い歳をとったと言う話から始まった。昔話に花を咲かせたがお互いの今の問題は高齢の親の話が主な内容だった。私は兄弟が居ない一人っ子だが彼は弟が要る。実家は母親一人だが車で10分くらいの所にその弟が要るからほぼ90%くらいはその弟に任せているらしかった。お互い彼らも家庭があってなかなか揃うことも無いと言っていたが問題はその母親を誰が見るか、そしてその後の問題、相続問題が話の内容だった。
私は一人子だから相続も何も問題はないが、やはり彼らには大きな問題なのだろう。
今はまだ親は何とか一人でも生活できるが心配は尽きない。私の家から歩いて2~3分のところにその家はある。子供の頃はよく遊んだ家だ。大きい小さいではない。
私の家の周りは次々とマンションが建っている。そいつの家だって失礼ながら潰せばマンションが建つくらいの家だ。マンションか何軒かの建売も建つ大きさだ。
そこから先は向こうの問題で私が口を挟む気はさらさらないが、こういった問題は我々世代なら避けては通れない問題なのだ。一人っ子なら何の問題もないが兄弟が多いとそうはいかない問題だ。女の姉妹や男女の兄妹なら他人さんが入りこんで厄介なもめごとに発展するとも聞く。
私は一人っ子で良かったと思っているが、オヤジが亡くなった時に真っ先に聞いたことは「どこかから兄弟やって言うのが出てこないやろな」ってお袋に聞いた。
すかさずお袋は「そんな甲斐性はあるかい」だった。もしもそんな兄弟が居るのなら不謹慎乍ら会って見たい気がしたものだ。私によく似た兄弟に。

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2020年07月09日

皆で思うことが大事です

昨日の夜のニュースでも九州地方の豪雨は毎回言っているが、今度は中部地方の河川の氾濫のニュースが報じられていた。雨が止んだと言っても土砂災害はこれからやって来る。地盤が緩んでもう一雨降れば一気に土砂崩れが起こる。
日本の国土はそう言う地形になっていて河川は急流だし平地は湿地を埋め立てたところに街を作っているし、山を切り開いて新興住宅を建てている。
今考えればヤバい場所に街を作ればヤバい結果が待っていると言うことだ。
忘れがちだが大阪も東京もその他の都市でも地下街が発展して出来ている。総距離何キロにもなる地下街だ。その地下街の下には地下鉄が網目の様に通っているから一旦河川が氾濫して洪水が街を襲えば水は低い方に流れて行くのは自然の摂理。
こうなったら復興に何年とかかるかも知れない。地震もいつやって来るかも知れない。考えたらキリが無い。物理学で言うところの『量子力学の法則』というのがあります。コレは多数が一つの事を想像することで粒子の動きが変わり、検査結果のデータが変わる物理現象。事前に知ることで量子力学で最悪は起こりません。
事前に災難を想定することで無難に終わります。天災は忘れたころにやって来る=だから天災は忘れなければ来ない。毎年、梅雨のこの時期はこんな災害が何処かの地方で起こります。だからもしも起こっても仕方がないって諦めないで国民全員が災害は来るもの、だから来た時にはどうしよう、こうしようと想像するだけで大難は小難へ、小難は無難へと変わって行くことでしょう。災害は無害へと変わって行くことを期待しましょう。

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2020年07月08日

良い?経験をさせて貰った・・・

昨夜は九州豪雨のニュースで夜中まで寝れなかった。
深夜2次とか3時とかのNHKのニュースを見ていた。一旦眼が冴えるとなかなか寝ずけなくなり30分おきにニュースを見ていた。丁度西の方角から前線が東に移ろうとしている、このままだと線上降水帯の帯状の所が丁度家を出る時間帯に当たることになる。時間は4時半、いつもよりは15分早かったが4時45分には家を出た。
診療所の近くのいつも停めるパーキングに着こうとする僅か1分前にその豪雨がやって来た。何とかパーキングに車を停めることは出来たが車外には出れない位の雨。テレビを点けて5時のNHKのニュースを見ていた。まさにその時一瞬空が光った。そしてすぐさま雷鳴が轟いた。青の豪雨でもおそらく50ミリくらいだったのかもしれない雨だ。それが1時間以上もその中に居ればどうなるかは想像できる。
不安は増すばかりだろう。昼間なら周りも見えるし恐怖は恐怖だが夜中にあの雨とあの音は余計に恐怖を駆り立てるだろうと思った。24時間雨量で400ミリ以上も降ったとなればそれだけの雨は下水を通って河川へと流れて行く。それが合わさって大きな河川に流れて行く。当然だが流れきれなくなった雨水は洪水となって低い土地に流れて行く。田畑は水が入り込んで池のようになるし道路と川の境も分らなくなってしまう。テレビで見ている光景は安全な側で見ているからそうでも無いが実際にその場に居ると非常な恐怖になることは間違いない。
今現在は空は晴れて陽が差しているが、4時間前はこの地は車の窓さえも開けれないほどの雨が降っていたところに傘をささずに人々が信号待ちをしている。
滅多に出来ない経験をさせて貰ったと思っているが、こんな経験はしなくて良いならしない方が良いに決まっている。

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2020年07月07日

そう願いたいものだ・・・

昨日もまた九州北部に線上降水帯がかかり大雨を齎した。
ここ最近の日本の梅雨は昔とは様変わりをして来たように思う。
我々の子供の頃は梅雨と言えば「しとしと」「ジメジメ」と言った表現が当てはまったが、今や豪雨と言う表現が当てはまるようになってきた。熱帯地方のスコールともまた違う。
国土の大半が山で河川も急流の地域では一度に降る雨の量によっては一気に水嵩が増すと言う現象が起きる。支流から本流へと流れる水の流れが一気に上流から流れて来る流れに反して本流から支流へと逆の流れになって川をさかのぼって行く現象が起こる。テレビの検証番組でもやっていたが車ならタイヤ部分まで水が浸かれば車は動かなくなるし、人の膝くらいの水嵩になれば危険な状態になるのは実験で証明済みだ。
アンダーパスなどで車が動かなくなっている映像もよく見かける。水圧でドアが開かないようになれば窓を割って外に出ると言うことも考えておかなければならない。
毎年のように起こる豪雨災害、ボランティアの人々が又被災地に入りお手伝いをする映像もこれから何度も流されて行くだろう。
ここ最近の豪雨で1階が水浸し、車の天井まで水が浸かる、そうすれば車は使い物にならず廃車、そして家の家電も処分することになる。
だから昨年も一昨年も梅雨明けと同時にそんな車や家電が飛ぶように売れだすと言った現象が見られた。車は新車では無く中古車、それも軽自動車の取り合いになってオークションもどんどんと値が上がる。家電は中古家電よりやはりこの際買い替えを考えるようになってどんどん売れる。それはそれでお金の循環には良いかもしれないが一度水に浸かった家はそう簡単に片づけられたものではない。
同級生が一度水害にあって床上浸水した時の話だが、結局は畳などは総替えしたと言うし床下の水害で泥をかき出し乾かすために暫くは畳なしの状態だそうだ。
臭いも想像以上の臭いだったらしい。ボランティアの人の助けを借りずにはいられなかったとか。大変ありがたかったと言っていた。
もうこれからは川の側は怖いと言って山間の新興住宅に引っ越したら今度は土砂崩れの心配が待っている。我が国はどこに行こうが危険はついて来る。
新型コロナの最中に避難場所でも3密を避けるように言われるがもっと根本の所を考えないといけないように思われる。
河川の堤防ですら何十年も前の基準で作られている。想定を遥かに超える雨量を受け止める河川の整備も一刻も早く望まれる。
今、ここで大地震でも来れば何をか況やだ。せめて一刻も早い復旧が望まれる。
ある人が言っていた言葉がある。『量子力学』多数が一つの現象を気にすることで、粒子の動きが変わり、検査結果のデーターが変わる物理現象。
だから災害は忘れたころにやって来る=災害は忘れなければやって来ない。
そう願いたいものだ。

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2020年07月06日

物は言いようだ

九州の豪雨の恐ろしさは毎年起こるこの時期の線上降水帯の影響が大きい。
雲がひっきりなしの湧き立ちそしてそこに絶え間なく雨が降り1時間に100ミリを超えるような猛烈な雨を降らせる。今まで何度も数十年に一度の豪雨だとかの表現を使われている。100ミリとはどういった雨かと言えば、人それぞれ感覚は違うがだいたい「物凄い雨が降っている」で20~30ミリだそうだ。車のワイパーをフル稼働させても同じく20~30ミリと言うからその凄さが分る。傘も差せない前も見えない位で50~60ミリだそうだ。家の中に居ても命の危険を感じるらしい。
同級生があの広島豪雨の時に家の中に居てこのまま家が押しつぶされるかもしれないと言う恐怖に駆られたと言っていた。雨の音で声がかき消されてしまうとは我々には想像すらできない。台風ならいざ知らず風の音ではなく雨の音で聞こえないらしい。
今回もまた高齢者の犠牲者がたくさん出たのは痛ましい限りだ。
弱者に手厚い行政が早くもっと普及してくれることを望む。
話は変わるが昨日にあった東京都知事選挙は如何にも盛り上がりを欠いた選挙だったみたいだ。1強後は全ての得票数を足してもその1強にははるかに及ばなかったのを見ても今の時期にやるべきなのかと思ってしまった。
マスコミに出る回数なんか毎日テレビで顔を出していれば選挙運動なんていらないし、知名度も抜群なら尚更だ。これからまだ新型コロナの問題も東京オリンピックの問題もましてや前回の主要項目だった築地の移転問題もちゃんと検証が出来ていないからだろう。誰がなっても同じという意見もあるが我々国民の生命財産を守って貰う大事な選挙だからそう簡単に考えてもらっては困る。
信任されたから言うのではない、国民全員が首都東京の知事さんはそれだけ注目されていると言うことを忘れないで貰いたいものだ。今日の新聞の風刺にこんなのが載っていた。米ソの指導者が登場する小話だが年齢にして20歳も違った両者が優劣をつけようとマラソンをした。当然若いアメリカの大統領が勝った、翌日のソ連の新聞にはこう書いてあったそうだ。「ソ連の大統領は健闘の末2位に食い込んだが、アメリカの大統領はビリから2番目だった」と。

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2020年07月03日

あ~あ 勿体ないなぁ・・・

昨日の新型コロナの感染者が東京で100名を超えたと報じられた。
第二波かと心配されているが果たしてこの数字の表して居るものは何か、もう少し見て見ないと分らないと専門家の意見が載っていた。
見極めることは大事だが決断することはもっと大事なことだ。明らかに夜の街クラスターだと分っていても先日も書いたが保証がどうだと言われるのが嫌で決断できずにズルズルと感染者が増えて行く方がよほど怖いのではないかと思う。
3密を避けて経済活動を再開してやっと仕事が出来ると思った矢先にこの感染者の増加は如何なものかと思う。もうこの歳で夜の街へ出歩くことは無いがもっと私が若かったなら心配事には事欠かなかっただろう。
若い頃には若いなりに経験しておかなければならないこともあると思う。
夜の街に出歩くなと言ってもそれは無理な話。腹ペコの猛獣の前を美味しそうな獲物が通れば黙ってみているほどお調子者ではないはずだ。がむしゃらに食らいつくか、将又討ち死にするか、本能に任せて行動するのが世の男だろう。と思っていた。
最近の男子はそうでは無いらしい、我々の若い頃は頭の中はアレの事ばかりだった。最近の若い男子はそうでは無いらしい。そんな話を聞くたびに私は自分が今の時代に生まれてこなくて良かったと思ってしまう。高度成長世代だし、競争世代で勝った負けたは当たり前の時代。それを良いとか悪いとか言っているのではない。
時代にあった遊び方や考え方があっても良いと思っている。昔は良かったと思うようになれば歳をとったと思われても仕方がない。
我々世代は目一杯仕事をして、目一杯遊んだ。だから24時間では足りないくらいの事をしてきた自負はある。でも今はどうかと言えばそれなりの時間をそれなりにすごして後は人との付き合いよりも自分の時間を優先するために他人とのお付き合いもほどほどに帰宅部よろしく直帰する若者が多いと聞く。それを聞いた時にすぐさま『勿体ない』と思ってしまった。
コレは強制でも何もないが誰もが歳をとって行く、そして必ずや若い時を振り返る時が来る。その時にあの時こうしておけばよかったとの後悔は必ずある。
それが嫌でがむしゃらに走ってきた自分が居る。でも今の若者はきっと歳をとっても私の様にそうは思わないんだろうと思ってしまう。あ~あ勿体ないなぁ。

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2020年07月02日

それは私です

7月に入りいろいろな事が活動的に始まった。
人の往来も今まで自粛自粛で行き来が無かったのが解禁されれば一気に進んだように思った。
身近な所では1日よりスーパーやコンビニで紙袋の有料化が始まり近所のスーパーでも同様に有料化が始まった。しかし初めての事で混雑していた。そこのスーパーはセルフレジなるものがあって少量の品物を買うときはそのセルフレジを利用することが多かったが、レジ袋の有料化で最初は必ず店員がついての説明があった。
容量によって大、中、小と大きさが違い値段も違う。今までなら店員の判断で袋を付けていたがひと手間多くなった感じがした。別にプラスチックごみ削減は良い事だと思うが少し前から大手のスーパーでは行われていたのでさほど驚きもしなかったがいざとなったらマイバックなんか持って来るお客は主婦位なものだ。
店員のいるレジなら買い物の数に応じてどれにしますかと聞けるし判断も出来るがセルフレジでは一律な大きさのレジ袋になっている。そしてそれが問題なのだ。
大体セルフレジに並ぶ人と言うのは、買い物の品数が少ない人が殆どだろう。
品数にして数点か、それなのに有料のレジ袋は大きなサイズ一つだけ。
そこに並ぶ人はもう一度言うが買う品物は少数の人だ。それなのにそんなに大きな袋は必要が無い。でもサイズは一種類しか無かった。だから初日のセルフレジに並んでいた時に偶々店長がそこに居て顔見知りもあってそのことを告げた。
「店長、これでは本末転倒ですよ」と。でも店長曰く、店員のいるレジとセルフレジでは若干袋に違いがあるらしかった。それは店員のいるレジでは今までのより少々厚くなった袋だがセルフレジではそのレジ袋にバーコードが付いていてバーコードを読み取ってからその袋に商品を入れるようになっているとか。
確かに店員のいるレジ袋にはそんなバーコードはついていない袋なのに対してセルフレジでは袋の所にバーコードが付いているではないか。それを先に読み取ってから商品を入れる仕組みになっている。それともう一つ問題があることに気が付いた。それは缶コーヒーとかジュース一本を買う人なんか袋は必要が無いがそのまま買って店を出る時は今までならシールを張ってくれていたがセルフならそんなものは張ってくれない。もしも悪用でもされればこれまた本末転倒だろう。
そんな事を思いながら家で家人に話をしたら「そんな事を考えるのはアンタだけや」だと。だから昼から買い物の時に入り口にあった『お店に対する意見書』に書き込んでおいた。元々はそのセルフレジも最初は無かったが誰かが書いたおかげでセルフレジが出来た経緯があったからだ。それは何を隠そう私がしつこく意見書に書いておいたからだと自負している。

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2020年07月01日

早くも今年の半分が過ぎてしまった

今日は7月1日、今年ももう半分が過ぎてしまった。
本当は2020東京オリンピックまで後何日と言うカウントダウンや聖火リレーで国内が湧いていたはずだった。しかし今年初めに出た新型コロナウイルスの蔓延、世界中に拡散されて行ったことで今も中南米やアフリカの各国が躍起になっている中オリンピックどころでは無いだろう。はたして来年に延期されたオリンピックは開催されるのだろうか。ワクチンしだいだと言う人も居るが世界中に行き渡るのにどれだけ日時がかかることだろう。我が国が終息したとしても世界中が終息しないことには安全に開催されることはない。
思えば今年ほど早い半年が経ったことは無かったのではないか。日々感染者の数が増えつつある中厄介なことに日本でも第二波の影響が出てきている。
聞こえは良いが「夜の街関連」とか言っているが要は夜の飲み屋での感染だ。
飲み屋と言っても居酒屋ではない。ホストクラブやキャバクラの事だ。
言い方を変えたところでそこに行く連中は若者が多い。そしてマスクもせずに3密の真盛り。一時的な感染でもそれを持ち帰り家族や会社の同僚にうつればれっきとしたクラスターになることは間違いない。地域性もあろうが昼カラも問題になっている。
どうして我が国ははっきりと感染源が分っているのに規制をかけないのか。
もしも違っていたらとか、名誉棄損に当たるのではないかとか、ビクビクしている間にどんどん感染が広がって取り返しのつかないことになるではないか。
自粛ではなく規制をかけて店を閉めさせないとどれだけの人が迷惑を被るか。
規制をかければ保証をしなくてはいけない何て議論も出るだろうが、もしもそこに行って感染させられたと言うことがハッキリすれば賠償請求されかねない。
何に付けてもわが国の体制は遅すぎる。何処かの国の様に独裁政治がまかり通るところであればトップが「ココを閉鎖せよ」の号令一つで店も街も皆閉鎖させられる。これも怖いがコロナに感染するのも怖い。
後半年でこの騒動も幾らかはマシになると期待したいが第二波、第三波は必ずやって来る。その間に備えるべきものは出来るだけ備えておかないと。
もうすぐやって来る七夕様の飾りつけには多くの「コロナ退散」の文字が躍っているだろう。

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