ほっと一息

フリー管理栄養士の毎日を綴ります。

2019年03月03日

ふと、思い出す ひな祭りの想い出

ひな祭りなんですね。
子供の頃、すごく貧乏で お雛様なんて、夢のまた夢。
でも、お雛様を本気でほしいって思った事はなくて、みんなが持っているから欲しい程度でした。
(それより、ローラースケートの方が欲しかった)
まぁ、でも、そういうお祭り気分というのを子供は欲しいじゃないですか。
それで、折り紙と段ボールの空き箱で自力でつくったりしたわけです、私は。
それはね、お世辞にもうまいとはいえないものでして
しかも、お雛と御内裏さまと、5人ばやしだけという8個の作成で二段飾りで。
そして、出来上がればお友達にみせたいじゃないですか。
近所のお友達をよんでみて頂くわけ。
そしたら、お友達は「すごいね、自分でつくったんだね」っていうわけ。(そういうしかないからね)
でも、兄が帰宅すると、父にみせるな、押し入れにしまっておけ! とすごい形相で怒られたのです。
うちは、凶暴ですから、一回でいう事聞かないと殴られます。
殴られたくないから、押し入れにしまいました。
ここで、私はなんだか、悲しくなったのでした。小学生だったし意味がわからなかったんです。
で、もういいやって押し入れにしまったまま忘れていました。
それから、一週間ぐらい過ぎたかな?
朝目を覚ましたら、忘れていたその駄作貧乏雛セットが飾られていました。
父は「よくできてんな」と。
えへへ・・・
なんだ、兄ちゃんは隠しとけって怒ったけど、大丈夫じゃんと思いました。
兄も起きてくるとゲゲゲと非常に怪訝な表情です。
朝の登校班で、思いっきりげんこつ二発。「なんで出したんだ、今日の夜は地獄だぞ」
でも、父が出したのだし、今朝はよくできているって言ったもん!
なんて思っていました、げんこつの痛さに泣きながら。
でも、兄の予言通り、その夜は大変でした。
わりと頻繁にある、お酒をあおっての帰宅。
大声で怒鳴りながら帰宅~ そして、こんなものつくりやがって、なんのあてつけだ!
と言いながら、貧乏雛は足でふまれ、手で破られコッパみじん。
ああぁ~
こいうことか、地獄。
ものすごく弱い父。
日ごろは思った事は言えない、でも酔ってしまえば本音トークぶちまけ自己中です。
小学校三年で120センチくらいしかなかった私は、よく投げ飛ばされたし、ぶん殴られたし、体や顏なんてあざだらけだったし。
毎日死んでもいいな、というか、なんで私生きてるんだろ?
って思っていました。
たまに、ほめてもらっても、それはいとも簡単に嘘だったんだってわかる。
人間てなんなんだろ?
と思いながら、それでも生きてきた感じ。
どこにいても所在なく落ち着かない気持ちになるのってこのころのせいじゃないかと思います。
って、そんな話はどうでもよいかな。
そういうの、忘れちゃえたらいいのに、歳をとると逆にそういうことを思い出していくって、なんだか嫌だなと思います。
でも、多分、発散しないから、たまっていくのですよね。
吐き出してしまえば、少し昇華するのかも?
今、貧乏雛をこわした父の気持ち、わかるし、暴れないとやってられない気持ちもわかります。(だからって、許さない気持ちもあるんですが)
普通の子供らしい気持ちを持つことは、父を怒らせるんだなと悟り、あまり浮かれないようにしていました。
行事なんぞも無関心を装って、女の子らしいスカートもあきらめて。
なんていうか、子供は親の顔色みてしまうから、やっぱり配慮、遠慮しちゃうんですよね。
そういうの、私は嫌だなと思うので、自分の子供には不自由がないようにと思ってきました。
なので、子供が普通に我がまま言って、自由にふるまうのって、どっか、普通だなって安心もしていたんですよ。
ですがね、ですが、最近では、少しは不自由させておくべきだったと思っています。
まったく配慮がない。
こうしたら、こうなるって読みもない。
ないなら作るっていう気骨もない。
色々なことがダメだな、私のしつけがなってないんだな
そんな風に思います。
なかなか、普通に育てることって難しいです。
と、そんなことを考えながら、今日もお仕事がんばります。

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2019年03月03日

いぶされる

ご飯炊いてなかった
今日卒業式とか、聞いてないし(>_<)
仕方ないなぁって、すいとん風の団子汁でもって作ったら、だんごがこげついて、けむたい団子汁ができあがる。
二人で無言で食べ切った。
うまいのまずいの文句言うならご自分でおつくりあそばせ
と以前に激怒したことがあり、まずい時は、ひたすら無言の食卓なんであります。
朝から口の中がいぶされている。。。
先日の、いぶりがっこおかきといい…
いぶし味に食傷気味。
けむたい朝でつ。

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